絶望世界 僕の日記

第2部<虚像編>
第5章「電脳の渦」


第17週「輪廻」

3月1日(月) 晴れ
早紀のパソコンを起動させました。かわいい壁紙が目に入ってきます。
スタートメニューの「お気に入り」から目的のページをクリックしました。
自動的にダイアルネットワークが開き、ネットに接続すると数秒後にはそのページが開かれました。
・・・・「希望の世界」。僕は「掲示板」に行き、あらかじめ考えておいたセリフを打ち込みました。

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「復活!!」
投稿者:sakky
投稿日:03月01日(月)

お久しぶり!sakkyです。やっと受験が終わりました。
終わるまで親からネット禁止令が出てたからここ数ヶ月全然書き込めなかったんだよ〜。
でももう大丈夫なんでこれからもよろしくね!
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・・・・たったこれだけ。これだけの事で早紀は生き返る。
僕は早紀で早紀は僕。僕が生き続ける限り、早紀も生き続ける。
早紀。一緒に生きよう。


3月2日(火) 曇り
早速掲示板に反応が有りました。「久しぶり〜。」とか「心配してたんだよ。」とか「何処の高校?」とか。
僕は「私の日記」を更新しました。僕は早紀なんだから。sakkyなんだから。不自然な事はありません。
「高校受かって嬉しい。」等書いておきました。爽やかな日記です。
sakkyはとても明るく、元気で、希望に溢れてます。これからも、僕の理想通りに生きてくれるでしょう。
全て僕の思い通りに。


3月3日(水) 曇り
「希望の世界」に来る人たちはみんな爽やかです。
掲示板では雛祭りのことが話題になってました。僕もとても爽やかな気分になります。
一点の曇りもない世界。sakkyにふさわしい世界です。ここではsakkyが汚れることはありません。
不都合な現実のことなんか忘れよう。理不尽な事なんか考えたくない。
安らぎを感じるということは、僕がまだ完全に狂ってない証拠かもしれません。
やり直せるかもしれない。


3月4日(木) 晴れ
今日はみんなとチャットをしました。例の出会い系ページの一角にsakky達のたまり場がありました。
「最近あったかくなってきたね。」なんて言ってみたりしてしばらく温かいトークで盛り上がってました。
チャットは時間を忘れます。かなり夜遅くまでしていたのに全然話し足りない気分です。
自分でも信じられないくらいすんなりとみんなの輪に入れたので少しびっくりしてしまいました。
明日もチャットしよう。


3月5日(金) 曇り
今日チャットで「sakkyはICQ入ってないの?」と聞かれました。
入ってないと答えると、ICQについて詳しく書いてあるページを教えてくれました。
みんなとのチャットが終わった後そのページに行って知識をつけてきました。そんなに難しくないようです。
ダウンロードしてセットアップ。簡単に出来ました。明日にでもみんなにICQの番号を教えようかと思います。
便利そうです。


3月6日(土) 晴れ
ICQのナンバーを「私の日記」に公開しました。すぐにいつも掲示板に来てるメンバーが登録してくれました。
今のところ5人登録してます。「タケシ」さんなんか一番乗りでした。
「sakkyがICQ入るのずっと待ってたんだよ。」とか書いてくれました。嬉しいこと言ってくれます。
他にも「えんどう」さん、「渚」さん、「TOMO」さん。sakkyの受験中に新しく仲間に入った「三木」君も居ます。
僕とチャットしてくれたメンバーがそろいました。ICQのおかげでもっとたくさんお話できるようになります。
素敵。


3月7日(日) 雨
みんなのと会話がとても楽しいです。掲示板にはICQを入れてない人たちも来てくれます。
あれから一週間。全てを失った僕にも新しい居場所が出来ました。
もうインターネット無しじゃ生きていけない。こんな僕を受け入れてくれる場所なんか他にありません。
岩本亮平という人間も、「虫」と呼ばれたイジメられっ子も、ここには存在しない。
僕はsakky。



第18週「接近」
3月8日(月) 曇り
今日の話題は「いじめ」についてでした。「三木」君もいじめられっ子らしいです。
僕は思わず熱く語ってしまいました。勿論僕自身がいじめにあったとは言いませんでした。
知り合いがこんなイジメにあってたよ、という感じで間接的に話しておきました。
「タケシ」さんも熱く語ってます。「タケシ」さんの高校にもイジメはあるそうです。
僕がいじめられてた頃の光景なんかもう思い出せません。記憶の彼方に封印してしまったんでしょう。
ここでは僕はいじめられない。今の僕にとっていじめは語るモノで、体験するモノじゃなくなった。
いじめ、バイバイ。


3月9日(火) 雪
今日のチャットも昨日の続きでいじめ問題について語り合いました。
「タケシ」さんに「sakkyはいじめられてない?」と聞かれた時はとまどってしまいました。
少し考えた後、「私はいじめられてないよ。」と答えました。
sakkyはいじめとは無縁の世界に生きてなきゃダメだ。そんな汚い世界なんか知らなくていい。
「三木」君に「イジメはつらいよね。でも頑張って!私達がついてるから!」と言って励ましてあげました。
とても清々しい気分になりました。


3月10日(水) 雨
昨日のsakkyの発言がみんなに気に入られたようです。「三木」君からかなりお礼を言われました。
「タケシ」さんなんか「sakkyがいじめられたら俺守ってあげるよ!」と言ってくれました。
「えんどう」改め「えんどうまめ」さんも「僕だってsakkyの為なら何だってするよ!」と言ってくれます。
「TOMO」さんまで「私も助けてあげるからね!」って言ってくれました。とても嬉しいです。
ここはみんないい人ばかりです。仲間ってこんなに素晴らしいモノだとは思いませんでした。
ずっとこのままでいられるかな。


3月11日(木) 曇り
今日のチャットの話題は昨日からの流れをついで「仲間」についてでした。
「そうだ!」と突然「タケシ」さんが言いました。「みんなの親睦を深めるためにオフ会をしよう!」
マズイ。それはダメ。それだけは避けなきゃ。そんなことしたら僕は、sakkyは・・・・・・・・・・・・。
「えんどうまめ」さんが「いいねぇ!僕もみんなに会いたいよ!」と言ってます。
「渚」さんも「あ、それイイ考え!私もみんなと会いたーい!」とか言ってる。
「TOMO」さんは「やろうやろう!でも私最近忙しいから行けるか不安・・・・・・。」なんて言ってます。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。反対しなきゃ。でも何て言えばいい?反対する理由は?
僕が答え損ねてると、「三木」君が素晴らしい意見を言ってくれました。
「それは・・・・・やめた方がいいんじゃないでしょうか?」と「三木」君。
「ネットって、お互い顔が見えないから仲良くできるんじゃないでしょうか?」・・・・・・その通りだよ「三木」君!
「うん。sakkyもそう思う。私、自分の容姿とか自信無いの・・・・・。会っちゃうとsakkyのイメージ崩れちゃうよぉ。」
なんとかこの場は凌ぎました。


3月12日(金) 晴れ
オフ会ネタがまだ続いてます。sakkyと「三木」君が拒否してるため話がなかなか進みませんでした。
結局今回は延期、という事になりました。「渚」さんが「私容姿には自信あるんだけどなぁ。」と愚痴ってます。
オフ会話が落ち着いたところで、突然「タケシ」さんからICQでメッセージが届きました。
「オフ会できなくて残念だよー。sakkyに会いたかったのにな。」・・・・・・・・・・・そんなこと言われても。
「本当にごめんなさい。でもやっぱりみんなとは会えない。会うのが怖いの。」と返しておきました。
「みんなで会うのは怖い・・・・か。じゃあ二人で会うのは?」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
「二人で?」「うん。俺とsakky二人だけで。俺はsakkyがどんな娘でも絶対イメージを変えない。だから、ね?」
マズイマズイマズイ!これじゃ断れないじゃないか!どうする?「それでもイヤ。」とでも言っておくか?
ああ、でもそこまで言うとsakkyはただの頑固者になっちゃうじゃないか。嫌われる!ここに居づらくなる!
「詳しい話は明日にしよう。じゃ、考えといてね!」爽やかに去る「タケシ」さん。
「おやすみなさい。」と挨拶を交わしてネットを閉じました。さて、僕はどうするべきなんだ?
考えないと。


3月13日(土) 曇り
いくら考えても答えが出ない。でも、やっぱり会うべきじゃないのかな?
ネットに繋ぐとすぐ「タケシ」さんから「昨日の件、考えといてくれた?」とメッセージが入りました。
「ごめんね。まだ考え中なの。」・・・・・・・・・・・・・・・とりあえず、今は保留。これでいいだろう。
「sakky。俺、今すぐにでも会いたいんだよ。」・・・・・・・・・・「すぐになんて、心の準備ができないよぅ。」
「じゃ、来週の金曜日。もう学校行ってないでしょ?それまでに心の準備しといてよ。頼むよ!」
来週の金曜日。確かに普通なら早紀は春休み中に当たる。僕自身もあれ以来学校なんて行ってない。
「なんか強引だよぉ。」・・・・・・・・・・・「強引でも構わない。sakky、俺を信じてくれよ!」
こいつ、本気だ。


3月14日(日) 晴れ
無視するのが一番良いのは分かってる。でもそれだと「希望の世界」に居続ける事が出来ない。
ICQでは無視しといてチャットで愛想良く、なんて器用な真似なんかできるわけない。
いっそのことチャットでも無視してしまおうか?・・・・・・そんなの楽しくない。みんなとの会話が楽しいんだから。
せっかく手に入れた楽しさを放棄するのは嫌だ。何か良い方法はないのかな。
今日もまた催促のメーッセージが来ました。sakkyは相変わらず「まだ考え中。」と答えてます。
来週の金曜日までには答えを出さなきゃいけない。誰かに相談したい。でも相談できる相手なんかいない。
誰か。



第19週「衝撃」
3月15日(月) 雨
チャット中に考え事をすることが多くなりました。「タケシ」さんへの返事はまだ考えつかない。
「タケシとまめっち、発言少ないよ〜。」と「渚」さん。
「いやーちょっとねー。」「男同士の秘密の会話をしてたもんで・・・・。」「わー!なんかヤラシー!」
まずいな。この流れだとsakkyの発言の少なさまでつっこまれそうだ。
そんなことを考えてあわてて発言しようとしたら、ICQのメッセージが来ました。「TOMO」さんからでした。
「sakkyも発言少ないよ。なんか考え事?」・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり来た。「うん・・・・・ちょっとね・・・・。」
「何々?悩み事?もしかして恋愛関係?」・・・・・・・・・・鋭い。「すっごーい!何で分かっちゃったの?」
「ふふ。女の勘って奴よ。で、で、どうなの?お姉さんに相談してみなさいよー。」
相談。そうだ。この人に相談してみよう。同じネット仲間なんだし。独りで考えるよりいいはず。
でも何処まで話す?まさかsakkyの正体を言うわけにはいかない。
「んっと。明日になったら詳しい話してあげる。」・・・・また保留。深く考えようとしないのは悪い癖かもしれない。
それでも相談相手が見つかっただけ一歩前進した気分です。明日までに話す内容を決めておかないと。
何て話そうかな。


3月16日(火) 晴れ
今日はチャットを早々に切り上げて、「TOMO」さんに相談に乗ってもらいました。
「他の所で何だけど。」と付け加えてネット上で男の人にアプローチを受けてる、という内容のことを話しました。
「それで・・・・・どうすればイイと思う?会うべきなのかな?」・・・・・・・・・・・・・この質問がしたかった。
「それはやっぱり会うべきでしょ!怖いなんて言ってないで相手を信用してみたら?」・・・・・・・信用?
「簡単に信用なんかしちゃって大丈夫かな?」「平気よぉ。ミニオフ会みたいなもんでしょ?会ってみなって。」
「でも・・・・でも・・・・・・。」・・・・・sakkyには秘密が有るんだ。これを言えたら楽なのに。言えない。
「何なら会う約束だけして遠くから見てたら?で、その人を直接見てから改めて会うかどうか決めるの。」
それだ!会いたくなければ後で「やっぱり怖くて会いに行けなかった。」とでも言っておけばいい。
「そうだね。そうしようかな。」「うん。がんばりなよ〜。」・・・・・・・・決まった。「タケシ」さんへの返事が。
今日はもう「タケシ」さんは寝てしまってるので明日話してみるつもりです。
待ってて。「タケシ」さん。


3月17日(水) 晴れ
「タケシ」さんにメッセージを送りました。「まだ不安なんだけど会う事にしました。あさってだよね?」
すぐに返事が来ました。「良かった!『やっぱりイヤ』とか言われたらどうしようかと思ってたよ。」
それから時間と場所を決めたんですが、「タケシ」さんが指定してきたのは家からそう遠くない場所でした。
電車とか使って一時間もしないで行けます。さすがに地域別チャットタウンで知り合っただけある。
おそらく「タケシ」さん以外もそんな遠くには住んでないはず。みんなある程度近くに住んでると思います。
決めること決めたらなんだか疲れてしまいました。本当に会ってみるのかはまだ分かりません。
見てみて誠実そうな人だったら・・・・・・・・・いっそのことsakkyの正体を明かしてしまおうか。
独りで秘密を抱えてるより、誰か味方がいたほうがいいに決まってる。僕も少しは楽な気分になれる。
「どんな娘でも絶対イメージを変えない。」と言ってくれた。その発言の責任は持ってくれるはず。
sakkyがどんな娘でも。


3月18日(木) 晴れ
「TOMO」さんから「どうなった?例の男の人と。会うことにしたんでしょ?」とメーッセージが来ました。
「うん。」「いつ会うの?」「明日だよ。」「明日!?もうすぐじゃん!で、で、何処で会うの?」
適当に会話した後、「じゃ、頑張ってね!」と励ましの言葉をもらいました。「うん、頑張る!」
そう、明日。「タケシ」さんと会います。会ったらどんな話をすればいいんでしょうか。
言うべき事は決まってる。問題なのはどう切り出すか、です。「タケシ」さんはどんな顔するかな。
「sakky、明日待ってるから!」「心配しないで。でも本当にいいの?会ったらショック受けるかもしれないよ。」
「大丈夫!俺はsakkyのこと良く知ってるから。sakkyがどんな人でも俺は絶対裏切ったりしない!」
「信じていい?」「もちろん!」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・信じよう。ここまで来たら信じる他ない。
うまくいけば味方ができるんだし。ダメなら、素直に謝るしかないかな。いや、「タケシ」さんは裏切らないはず。
信じていいんだよね?


3月19日(金) 雨
今日は「タケシ」さんと会う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・予定でした。
早く待ち合わせの場所に行こうとしたんですが、途中でちょっとした知り合いに会って話し込んでしまいました。
気づいた時にはもう待ち合わせ時間を過ぎてました。急いで会話を終わらせて待ち合わせ場所に行きました。
・・・・・・・・「タケシ」さんらしき人はいませんでした。誰かを待ってる様に見える人は一人もいません。
絶え間ない人の流れを見つめながら、僕は必死に「タケシ」さんの姿を見つけだそうとしました。
「タケシ」さんは僕の姿を見てもsakkyと気づくわけがないんだ。僕から見つけなきゃいけないのに・・・・・・・・・。
結局それらしき人は見あたらず、沈んだ気持ちのまま帰路につきました。
「タケシ」さんになんて言い訳をしようか・・・・・。今日はもうネットを繋げる気にはなれません。
もう寝ます。


3月20日(土) 雨
気まずいけど話さないわけには行かない。思い切ってネットを繋げてみました。
「タケシ」さんも繋いでます。「昨日はごめんなさい。」とメッセージを送っておきました。
「いいよいいよ。気にしてないから。とりあえずお話はできたしね。」・・・・・・・・・・・・・・・・「・・・・・・・・・・え?」
「なんか突然話切り上げて行っちゃうんだもん。もっと話したかったのにな。」・・・・・・・・・・・「それって・・・。」
「あれ?もしかして気づいてなかった?てっきり全部分かってたのかと思ったけど。」・・・・・・・「・・・・・まさか。」
「なんだ。本当に分かってなかったんだ。じゃ、改めて自己紹介。杉崎武志です。よろしく!」
昨日僕が話し込んだ人物。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・杉崎先生。それが「タケシ」さんだって?
あんなに平然と喋ってたのに。何で?何で?知ってたの?僕がsakkyだって事。何が、どうなってるの?
「あの、ちょっと今頭が混乱しちゃってて・・・なんかうまく考えられなくて・・・続きは明日にして下さい・・・。」
一方的なメッセージを送ってネットを切断しました。まだsakkyっぽく喋ってるのが情けなくなってくる。
なんで僕がsakkyだと分かった今でも先生は普通に喋ってくれてるんだ?なんか意図があるのかな?
それより僕はこれからどうしたらいい?まだsakkyのままでいるのか?先生は僕にどうしろと?
くそっ!考えたってどうしようもないじゃないか。考えるだけ無駄だ。ああ、もうどうでもいい。どうなってもいいよ!
なるようになれ!


3月21日(日) 雨
今日もまた沈んだ気分のままネットを繋ぎました。やっぱり「タケシ」さんとはきっちり話をしなきゃいけない。
どうせ酷いことになるのには変わりない。覚悟はできてる。恐喝でもするつもりか?それとも他に何か?
「やあ。昨日の話の続きなんだけどさあ。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・来たか。「何です?。」
「俺、ちゃんと約束は守るよ。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?「約束って・・・・・・・・・どんな?」
「ほら、会う前に言ったじゃん。」・・・・・・・・・・・・・・・だから、それは何?「どんな約束でしたっけ?」
「『sakkyがどんな娘でも絶対イメージを変えない』って。岩本。この約束は今でも守ってるよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それって・・・・・・・・・・つまり・・・・・・・・・・・・・・・え?
「本当はなんとなくsakkyが岩本だとは気づいてたんだ。でも実際会うまで確信が持てなかった。」
「なんで?なんで気づいたんですか?」「『なんで?』って言われても・・・そのまんまなんだけど。」
何が「そのまんま」だっ!ちゃんと説明してくれよっ!
「それよりさ、以前ちょっと世話したりしたじゃないか。その時の俺、覚えててくれてる?」
何だよ。奥田のデジカメの事か?それも全て意図があってやった事なのか?
「あの時からかな。なんとなく、気になってたんだよ。」・・・・・・・・・・・うわああああああああああああああああ!!
やめろやめろやめろやめろやめてくれやめてくれ「やめて下さい!僕にはそんな趣味はないんです!」
「なんかしゃべり方おかしいよ。それにそんな言い方されると傷ついちゃうな。」・・・・おかしいのはお前だろ!
いくら僕でもそんな趣味はない!ホモ。聞いただけで寒気がする!何で僕なんかに!イヤだ!嫌だ!!
「この際、はっきり言うよ。岩本。俺はな、お前のことを」・・・・・・・・・・・・聞きたくない聞きたくないキキタクナイ
「愛してる。」

僕は電源を切りました。



第20週「凶行」
3月22日(月) 曇
ネットを繋げるのが怖い。繋げたらICQでメッセージ来る。奴から。
これ以上僕を悩ませないでくれ。ただでさえ僕は正常であることを保つのに必死なのに。
sakkyは僕の生き甲斐だ。なのにネットを繋げることが出来ないなんて・・・・・・・・・・・・・・・・。
奴が居る限り僕はsakkyになれない。ならば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・消すか?
先生、頼むから死んでくれ。


3月23日(火) 晴れ
今日はネットを繋げました。ICQはオンになる前に素早く切っておきました。
アンダーグラウンドと称される様々なページをお気に入りに追加しておきました。全て掲示板です。
これには結構時間が掛かりました。本当にたくさんのページがありました。
「希望の世界」に置いてある掲示板からレンタル元のページへ行きました。「TCUP」という掲示板です。
今日はもう遅いのでこれくらいにしておきます。具体的なページのネーミングはこれから考えます。

・・・・・・僕は何やってんだ?


3月24日(水) 晴れ
新しく掲示板を作りました。題名は「殺人依頼掲示板」です。
まだ僕の発言しかありません。ハンドルネームは「依頼人」。杉崎先生の住所とか個人情報を公開してます。
「誰かこいつ殺してくれ。」と簡単なコメントも添えておきました。
ここからがまた忙しかったです。昨日お気に入りに追加した掲示板の全てにリンクを張りました。
「こんな掲示板見つけた。」と他人のフリして書き込みました。後は待つだけです。

・・・・・・・・・・・・待つだけ?何を?こんなので人を殺せるわけないだろ?
いや、いいんだこれで。僕だってそんな簡単に人を殺したくない。個人情報にはメールアドレスも含まれてる。
メール爆弾とかくらってネットに懲りてくれればいい。飽くまでネット上で死んでくれるだけでいいんだ。
・・・・・・でも、本当に殺されたら?そもそも僕の勝手な理由で殺人なんか依頼していいのか?
杉崎先生は死に値することをしたか?・・・・・・・・・・・・・・あああ、もういい。やってしまったんだから仕方ない。
僕の中の誰かが「やめて。」と叫んでる。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
今更書き込み削除なんかしたくない!もう戻れないんだよ!誰だよお前!消えろ!ああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
「声」は聞こえなくなりました。


3月25日(木) 雨
杉崎先生から、電話が、ありました。でも僕は出ませんでした。
暗くなってきた頃、電話が鳴りました。僕はなんとなく親が対応してるのを聞いてました。
親の口から「杉崎先生」という単語が出た時、僕は心臓が止まりそうになりました。
「あなたによ。」と受話器を向けられた途端、僕は叫んでました。自分でも何て叫んでたのかわかりません。
たぶん意味不明の奇声を発してんでしょう。そのまま部屋に駆け込みました。
親が、ノックしてます。「なんか急いでるみたいだけど。」とか言ってます。僕は拒み続けました。叫んでました。
親が僕の名の呼んだとき、無性に物を壊したくなって部屋の鏡を割りました。
自分の姿が映るモノはすべて壊しました。何故か壊さなきゃいけない義務感を感じました。
声も枯れて、我に返ってみると、もうノックの音はしませんでした。電話をかけてる様子もありません。
とても気分が悪いです。


3月26日(金) 雨が止まない
親の悲しげな視線が痛いです。達観した表情を見ると、もう僕のことは諦めてる様に思えます。
僕も悲しい気分になってきました。まだ狂うわけにはいかない。そんなことを考えるようになりました。
その決心を早くも試されることになるとは思いませんでした。
例の依頼をしてから、僕は新聞の社会欄を隅々まで見るようにしてました。
その記事を待っているんだけど、そんなことにはなって欲しくないと願っていました。とても複雑な気分でした。
でも、とうとうその時が来ました。今日の新聞の隅っこに、ちいさな記事が載ってました。
「都内に通り魔」と題された簡単な記事でした。被害者は・・・・・・教員杉崎武志さん(25)、か・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・落ち着け落ち着け落ち着け。
大丈夫。気を確かに持て。これは僕が望んだ結果じゃないか。僕に疑いがかかるような事はないはず。
・・・・・・ああ!これで僕の周りで死んだ人間が三人に!今度こそ、駄目かもしれない!どうしようどうしよう。
待て、だから落ち着け、僕!もう戻れないんだから!これはじっくり考えるべき事なんだから!狂うな!
叫んだりしちゃいけない。これ以上親に迷惑かけるわけにはいけない。ゆっくりと、いつも通り振る舞うんだ。
・・・・・・・・あんなちっちゃな記事、誰も気づかないサ。それにあれが僕の依頼だってわかる奴なんかいない。
それにしても、本当に殺す奴がいるなんて。信じられない。ネットにはそんな馬鹿までいるのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・居るのか!?あそこに!
僕はネットを繋げました。そしてすぐに「殺人依頼掲示板」に行きました。・・・・・・・・・・・居た・・・・お前か。

********
「死刑執行」
投稿者:処刑人
投稿日:03月26日(金)

杉崎武志。確かに処刑してやったぜ。
もっと依頼クレヨ。俺はもっと殺りてーんだよ。kekeke!
********

背筋が凍りそうだ。こんなに怖いと思ったのは初めてかもしれない。こんな奴に!こんな奴に杉崎先生は!
ごめんなさい。今頃になって罪悪感が・・・・先生、やっぱり死ぬべき人じゃないよ。殺すべき人じゃない!
僕は、何て事を。


3月27日(土) 狂ったように降る雨
正気でいるのが精一杯です。杉崎先生には本当に酷いことをしてしまいました。
でも今更悔やんでもしょうがない事です。それに、その事を考えるだけで狂いそうになる。
杉崎先生は僕のくだらない我が儘で命を失ってしまったんです。死んでも死にきれないと思います。
僕が、変な掲示板なんか作らなければ、ヘンな奴に殺される事なんてなかったのに・・・・・・・・・!
やめよう。これ以上考えるのは。頭が痛い。今はもう結果だけを見ることにしよう。
酷いことをしてまで守った「希望の世界」。いつも通り、この世界を堪能しよう・・・・・・・・・・・・・。
ネットに繋いで「希望の世界」へ。落ち着く。ここにいれば、現実を見ないで済みます。
・・・・・・なんかチャットする気分じゃないな。掲示板でも見よう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見るな見るな見るな見るな見るな
その発言を見ちゃいけない!狂う!今度こそ、狂ってしまう!あああああああああでも目に焼き付いてる!
「密告者」、お前、何故!?なんで「希望の世界」の住人が「殺人依頼掲示板」を知ってるんだ!?
なんで、杉崎武志が「タケシ」さんだって知ってるんだ!?何が、どうなってるんだよっ!
頭から離れない。投稿者の欄に書かれた「密告者」という文字。「殺人依頼掲示板」へのリンク。
そして、その上にあるたった一行のコメント「↓こいつ、希望の世界に良く来るタケシ。殺されてやんの。」
すぐに「殺人依頼掲示板」を削除しました。念のためにソースをコピーしておきました。よし、僕はまだ正常だ。
「密告者」の発言も削除しました。これで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、もう、遅い。
奴の発言の後、次々とレスが付けられてる。みんな、知ってしまった。もう、隠せない。終、わ、り、だ・・・・・・・。
・・・・・・・・・・待てっ!まだ終わったわけじゃない。「依頼人」がsakkyだって知られたわけでもない!
でも、でも、・・・・・このまま狂ってしまえればどんなに楽か。駄目だ!狂っちゃいけない!
僕は、この先をきっちり見届けなきゃいけないんだっ!だから、今はこらえろ!・・・・・・・・・分かってる。でも!
叫びたい。何も考えず叫んでしまいたい。我慢しなきゃいけないけど、駄目、できない。我慢できない!
僕は思いきり声を張り上げました。意味不明の悲鳴をあげました。でも、とっさに口を手で覆いました。
手からうめき声が漏れてます。涙が流れてきました。声が外に漏れるのを抑えた分、代わりに涙が流れてる。
ボロボロと大きな滴が床に落ちていきます。声が止まりません。涙も止まりません。パソコンの画面が歪んでる。
部屋中に僕の低いうめき声が響いてます。


3月28日(日) 曇り
「希望の世界」が混乱してます。「タケシ君、冗談でしょ?返事してよ!」との書き込みがあります。
いくら待っても無駄だよ。もう「タケシ」さんはいないんだから。もう、消えてしまったんだから。
無駄なのに、みんな書き込みます。「見てないで書き込めよ!」とか「お願いだから、何か言って!」とか。
返事は返って来ませんでした。


第2部<虚像編>
 第6章「悠久の闇」