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絶望世界 僕の日記

第2部<虚像編>
第8章「希望の光」


第29週「決戦」

5月24日(月) 雨
新しい「希望の世界」。チャットで三人仲良く喋ってます。
「えんどうまめ」さんと「TOMO」さんが何故いないのかは二人にも説明しました。
「殺人依頼掲示板」の疑惑以来、亀裂が入ってしまいそのまま離れていってしまった、という事にしてあります。
「渚」さんが「寂しいね。sakky、私達はずっと一緒でいようね?離れないでいようね?」と言ってくれました。
楽しい会話の最中、ずっとanonymityの事が頭から離れませんでした。こいつは何者で、何をしたいのか?
この問題が解決すれば、ようやく自由になれる。「希望の世界」が元の姿に戻る。anonymity、僕は闘うぞ。
最終決戦だ。


5月25日(火) 晴れ
anonymity・・・・・・。こいつの正体を考えてると、とても嫌な仮定ばかりが頭をよぎります。
遠藤智久。カイザー・ソゼ。あいつらに関わり、闘ったせいで、僕は人を疑うという行為を覚えてしまいました。
anonymityはNSCが消えた後、僕にメールをよこした。だからNSCの連中では無いと思います。
逃げたsakkyを追ってくる程暇な奴がいるのか?それなら単にsakkyが逃げた行為自体を非難するはず。
奴は、タケシを殺した事にこだわってる。実際に殺したのは遠藤智久だけど、僕が犯人だと思ってる。
それに、「逃げても無駄」という表現。「希望の世界」が消えたのではなく、引っ越した事を知ってるという事?
となると考えられるのは・・・・・・・・・考えたくない。考えたくないけど頭から離れないんだ。疑惑が消えない。
「渚」さんか、「三木」君か。


5月26日(水) 曇り
確かめる方法は、ある。とても簡単で且つ確実な方法が。
これはカイザー・ソゼがロロ・トマシだったのかを確かめた方法に似てるかもしれません。
二人にメールを送ればいい。ICQを使うべきなのかもしれないけど、違った場合が面倒くさい。
チャットの流れを中断する事になる。チャット中は控えよう。メールで送って間を置いた方がいい。
ただ一言「anonymity?」とだけ書いて、二人にメールを送りました。ちゃんと差出人は「sakky」にしてある。
今は何も知らない二人とチャットをしてます。明日になればなんらかの反応をしてくれるはず。
anonymityを知らなければ「何これ?」みたいな事言うだろうし、本人なら・・・・・・「当てられた」と思うだろうな。
ひょっとして僕は仲間を疑う最低な奴かもしれない。けど、確かめずにはいられないんだ。仕方ないんだよ。
二人ともメールを見て「何これ?」と言って欲しい。これ以上裏切り者は見たくない。お願いだから。
僕を、裏切らないで!


5月27日(木) 雨
喜ぶべきなのか。悲しむべきなのか。僕の予想は当たってしまいました。
ICQにメッセージが入ってます。「よく分かりましたね。」と一言だけ。・・・・・・・・・・・「三木」君でした。
今日は「三木」君はネットに繋いでません。「渚」さんと二人だけのチャット。妙に寂しいです。
「三木」君、君がanonymityだったなんて。また一人信じてた人に裏切られました。孤独になっていく僕。
「希望の世界」が廃れていく。もう修復する事はできないのか?新しい世界を作らなきゃ駄目なのか?
このままだと「渚」さんと二人だけのになってしまう。「渚」さんはずっと一緒にいてくれると言ってくれた。
僕も「渚」さんを裏切らない。僕が裏切る時、それは「希望の世界」が終わるという事。
「三木」君とはじっくり話をしなきゃいけない。何故anonymityなんて名乗ったのか。何故タケシにこだわるのか。
・・・・なんか、哀しいな。


5月28日(金) 曇り
「三木」君の方から話しかけてくれました。「こうやって話を出来て嬉しいですよ。聞来たい事がありますので。」
「私も三木君に聞きたい事たくさんあるよ・・・・。」僕は哀しい気分のまま裏切り者「三木」君に返事をしました。
「そうですか。ではそちらからどうぞ。」と余裕の態度を見せています。じゃあ聞かせてもらうよ「三木」君。
「なんでanonymityなんて名乗ったアノニマスメールをくれたの?」。まず一番に聞きたかった事です。
「それはsakkyさん自身が良く分かってるんじゃないですか?」・・・・・・・・・何が言いたいのかは分かるよ。
「私がタケシさんを殺したと思ってるんでしょ?でもね、私じゃないの。どんなに疑っても、これは事実よ。」
本当に、これだけは事実なんだ。きっかけを作ったのは確かに僕だ。でも実行犯は遠藤智久なんだよ。
「じゃあ誰が殺したんです?」・・・・・・・・・・・・これにはこう答えるしかない。「話せばとっても長くなるよ。」
「なるほど。とりあえず今日はここまでにしときましょう。また、明日。」そう言って「三木」君は落ちました。
まだ僕のことを疑ってるだろうな。こればかりは仕方ない。明日時間をかけてじっくり説明するしかないな。
今日は短い会話だったけど精神的にかなり疲れました。遠藤智久の時と違って「三木」君のままだからかな。
裏切られるのって、辛い。


5月29日(土) 曇り
今日も「三木」君は繋いでます。僕の方から話しかけました。「昨日の続きなんだけど・・・・・・・・・・。」
「何でしょう?」と「三木」君。聞きたいことはまだ山ほど有る。だけどこれだけは聞いておかなきゃいけない。
「あなたは一体何者?」何の理由もないのにタケシさんに拘るとは思えない。絶対裏があるはず。
「・・・・誰がタケシさんを殺したか、の話ではないんですね。まぁいいでしょう。僕が誰なのか知りたいですか?」
「知りたいに決まってるじゃない。」タケシさんの話、忘れてたわけじゃない。今は早く正体が知りたいだけ。
「わかりました。では明日お会いしましょう。そこで詳しい話も聞かせて下さい。」
・・・・・・本気か!?突然すぎるよ!!なんでいきなり会おうだなんて・・・・何か企んでるのか!?
「返事が無いようですが、何か不都合でも?」・・・・・・・・・・どうしよう。僕の正体までバレてしまうことになる。
いや、ここは行くべきだ。相手の正体を確認しない限りは話のしようがない。いずれは通る道なんだ。
「大丈夫。私、行くよ。場所と時間はどうするの?」・・・・「三木」君は僕の家の近くの駅を指定してきました。
「明日、楽しみにしてます。」と言い残して「三木」君は落ちました。明日、か。
僕は面と向かって会うつもりはありません。遠巻きに待ち合わせ場所付近を眺めて「三木」君の正体を見る。
さっきの会話でわかったんですが、たぶん「三木」君は僕の知ってる人です。
わざわざ僕の家の近くを待ち合わせ場所に指定したのは僕が何処に住んでるのか知ってるからだ。
sakkyの正体までわかってるのかはわからない。明日は細心の注意を払って挑む必要がある。
勝負所です。


5月30日(日) 曇り
おかしいです。待ち合わせの時間、その場所には僕の知り合いは誰もいませんでした。
思い切って僕も姿を露わにしたんですが誰も話しかけてはきません。どうなってるんだ。
結局何も起きずに時間だけが過ぎていきました。僕は不思議な気分のまま家に帰りました。
夜、ネットに繋ぐと「三木」君から「なんで来なかったんですか?」とメッセージが届いてました。
・・・・・・・・・何を言ってるんだこの人は。僕はちゃんと行ったぞ。そっちが来なかったんじゃないか。
「私、ちゃんと行ったよ!三木君の方が来なかったんじゃない!」そう言い返してやりました。
「そうですか。では明日また同じ場所で会いましょう。」
え?どんな反論が帰ってくるかと思えば、随分とあっさりと次に進む。何を考えてるんだ?
待ち合わせ時間は夕方になりましたが、ほとんど今日と同じ様な感じです。
「何か不都合でも?」・・・・・僕は「大丈夫。今度こそ、また明日ね。」と答えておきました。
ネットを切断した後も、「三木」君の淡々とした態度の事をずっと考えてました。なんであんなにあっさりしてる?
長い間考え込んでると、一つの結論に達しました。今日のすれ違いは、あっちにとって予定通りだったんだ。
つまり、「三木」君も僕と同じで遠巻きに見て僕を確認するつもりだった。
明日、同じ場所で今日見かけた人をsakkyだと見なすつもりでしょう。だとすると・・・「三木」君は僕を知らない?
知らないからこんな回りくどいやり方をするのか?なんだなんだ、予想もできない方向に進んできたぞ。
なら僕の正体がバレた所でそんな大きなダメージは無いかもしれない。明日は面と向かって会ってみるかな。
・・・・・何か重大な事を見落としてる気がする。



第30週「呪縛」
5月31日(月) 曇り
今日こそ「三木」君の正体を見極めてやる。そう意気込んで決戦の場へ行こうとしました。
面と向かって会う決意をしたのに。僕の正体をさらす覚悟でいたのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・出れない。
親に止められました。「これ以上外をウロウロしないで・・・・。」って。なんだよその言いぐさ。それじゃまるで・・・・
僕が外を歩くのは恥、みたいな言い方じゃないか。
釈然としないまま引き下がってしまいました。反抗してでも行くべきだったのかはわからない。
何故か反抗する気は起きませんでした。もしかしたら僕は心の何処かで安心してるのかもしれない。
「三木」君に会わないで済む、と。・・・・・そんなはずない。僕の方だって「三木」君の正体が知りたいのに。
じゃあなんで強引に行かないんだ。畜生!自分の心が分からないなんて!何なんだよこの感じ!
夜になってネットに繋ぐと「三木」君から「今日、ちゃんと来てましたか?」とメッセージが届いてます。
「ご免、行けなかったの・・・・・・。これからもちょっと無理っぽい。」・・・・・・他に返事の仕様はない。
「何故です?」・・・・・・・・答えられない。「三木」君の正体もわからないのに全て打ち明けるなんて出来ない。
会いたいのに行動が起こせない。答えたいのに言葉が出てこない。ワケガワカラナイ。
僕はどうなってしまったんだ。


6月1日(火) 晴れ
僕はおかしいんでしょうか。相変わらず親からはどこか達観したような目でみられる。
ネットに繋いでも変な気分が抜けない。「三木」君からのメッセージ。「昨日の質問に答えて下さい。」
昨日の質問?何故会えないのかって?そんなの僕にだってわからないんだから答えられないよ。
「ねぇねぇそんな事よりチャットしようよぉ。」突然チャットをしたくなってきました。
「わかりました。今はそれでいいですがいずれ答えて貰いますよ。」なんだ「三木」君もチャットしたかったんだ。
「渚」さんと「三木」君と楽しいチャット。「私達ずっと一緒だよね!」とsakky。「うん!」と渚さん。
「三木」君なんで黙ったままなんだよ。「三木」君どうしたの?「三木」君?「三木」君?「三木」君?三木
そういえば「三木」って何て読むんだろう。「三」は「さん」って読むし「木」は「き」と読む。「さん」は「さ」と省略
サキ?


6月2日(水) 晴れ
今日も「三木」君からのメッセージ。「まだ会えない理由は答えてくれませんか?」
サキ?早紀なのか?お前は死んだはずじゃないか。生きてるの?僕に会いたい家においでよ。
「家においでよ。私、待ってるよ。」早紀、お前のためにsakkyは生きてるんだ。いつでも戻っておいで。
「家にですか?僕は構いませんが・・・・・本当に行きますよ?」ほらやっぱり早紀だ。僕の家を知ってるモン。
「何時でもいいよ!待ってるから!」自分の家に帰ってくるのに時間なんか決める必要ないからね。
「わかりました。明日伺います。ちゃんと家の前に出て迎えて下さいね。」そんなに僕に迎えて欲しいのかい?
明日早紀に会える。早紀は生きてたんだね。あれ?じゃあ今は何処にいるんだろう?
「ねぇねぇ、今、何処にいるの?」今すぐにでも帰って来ればいいのに。・・・・・・・・・・・・・・「自分の家です。」
????


6月3日(木) 曇り
閉め切ったカーテンの端から外を眺めてました。早紀が帰ってくるのを待ってたんです。
早紀、自分の家に帰ってくるだけなんだから迎えは必要ないよね?帰って来たら僕がドアを開けてあげる。
ドアを開けると目の前には早紀が。感動の再会。僕はこれがしたいんだ。迎えに出たらこれはできません。
外を見てると色んな人が道を通ります。下校中の小学生。散歩中の老人。知らないお姉さん。若い男。・・・・。

早紀は、帰って来ませんでした。夜になっても家をノックする音は聞こえてこない。どうしたの?
ふと、昨日の言葉が蘇ってきました。「何処にいるの?」「自分の家です。」ふふふ。こっそり帰ってたんだね。
僕は家中を探し回りました。一階のリビング、トイレ、風呂場、二階のトイレ、僕の部屋、早紀の部屋。
居ません。親が僕を見てる。「何してるの?」と聞いてきたので「早紀を捜してるの。」と答えました。
親が哀しい目で見てます。何故?何故そんな目をするの?僕何かおかしい事してる?構わず探し続けました。
早紀、お母さんだって悲しんでるよ。早く出てきなよ。押入の中に、ノートパソコンが有りました。
見つけた!早紀、これを使ってたんだね。ふふふふふ隠れん坊をしたいのか。ようし頑張ってみつけるぞぉ。
待ってろぉ


6月4日(金) 晴れ
夜まで捜しても早紀が見つからない。参った。僕の負けだよ。早紀、降参するからでてきておくれ。
ネットに繋ぐと「三木」君からメッセージが溜まってました。「家の前に立っててくれました?」「返事して下さい。」
「家の前には立たなかったよ。必要ないし。だって家の場所ちゃんと分かってるんでしょ?」当たり前だよね。
すぐに返事が。「なるほど。どうやら僕の正体は既に察してる様ですね。」早紀なんでしょ?早く姿を見せて。
「早く会いたいよぉ。」・・・・・・「そちらに会う気が有るのなら。僕は逃げませんよ。もう逃げないで下さいね。」
このメッセージを見た途端、頭の霧が晴れたように急に現実が見えてきました。「もう逃げないで下さいね。」
逃げないで、この文字が目に焼き付く。僕はここ数日おかしかった。いや、今さっきまで確かに変だった。
何故僕はおかしくなったんだ?そして何故正気に戻った?「逃げないで」。僕は、逃げてた?
何から。僕は何から逃げてるんだ。・・・・そうだ。あの時からおかしくなったんだ。
正体をさらけ出す決心をした瞬間から。
これまでそんなことなかった。カイザー・ソゼと会うときは自分から正体を言うつもりなんかなかった。
僕がsakkyだとバレたのは予想外の事。でも今回は僕自身の意志で、sakkyの正体を明かすつもりだった。
現実から逃げてた。親に外出を止められたなんて言い訳だ。強引に外へ出るのは簡単だったのに。
僕は無意識の内に現実を見ることを否定してたのか。そして今、その事を指摘されてようやく認識できた。
何故現実から逃げてたんだろう。僕自身狂ってる事に気づいてなかったとか?そんな馬鹿な!
早紀と会わなければ。現実をしっかり見つめるんだ。そうだよ。早紀に、「三木」君に会えばはっきりするんだ。
もう、逃げない。


6月5日(土) 曇り
早紀がこんなに遠回りしてまで僕に接触しようとしてるには何か訳が理由があるとしか考えられない。
会えばわかる事です。僕は逃げない。現実をちゃんと肯定して0qdfxg0qdくちあt@4vst@え。q@;tqr:w
あああああまた変な気分になってきた。何故現実を見ようとするとおかしくなってしまうんだ。しっかりしろ!僕!
僕の現実。無意識に否定してしまうほど壊れているのか?僕は、狂ってるのか!?
会えない「三木」君。家にいると言う「三木」君。「三木」君は早紀。家には早紀はいない。最近おかしくなる僕。
ネットに繋ぐと現れるsakky。sakkyは僕。ネットでしか会ったこと無い「三木」君。僕。sakky。「三木」君。早紀。
混乱。僕は混乱してる。僕が僕じゃなくなるみたいな気分。僕が蒸発する。僕は僕じゃないのか。
何言ってるんだ!僕は僕だ!
虫と呼ばれて、奥田にいじめられて、奥田を恨んで、荒木さんが奥田を殺すのを目撃して、黙ってて、
杉崎先生に奥田のデジカメを受け取って、官能的な気分になって、早紀を好きになって、早紀を犯して、
また学校に行き始めて、渡部さんにいじめられて、荒木さんをいじめて、警察に行って、荒木さんが捕まって、
「希望の世界」を知って、トオルの存在を知って、殺そうとして、トオルが奥田だと分かって、絶望して、そして、
そして・・・認めるよ。僕は早紀と心中しようとした。でもできなかった。早紀だけ死んだ。そう、僕が殺したんだ!
早紀をネットで生かし続けるために、僕はsakkyになった。タケシさんと仲良くなって、杉崎先生だと分かって、
告白されて、「殺人依頼掲示板」を作って、杉崎先生が死んで、処刑人を捜して、「滅望の世界」を見つけて、
カイザー・ソゼと会って、逃げられて、NSCを知って、遠藤智久が真犯人だと分かって、罠にかけて、
カイザー・ソゼにネットでも逃げられて、anonymityが残って、「三木」君だと分かって、早紀だと気づいて、
この記憶、間違いない。僕は、岩本亮平だ!
早紀は生きてた。僕が殺そうとしたんだから会いづらいんだろう。早紀の存在、確かに感じる!そして僕は、
僕は岩本亮平。早紀の兄。誰に何と言われようとこの事実は変わらない!どうだ!僕は現実を認めたぞ!
狂ってる。そう言われても仕方のないような生き方をしてたかもしれない。でも僕はそれを自分で認めてる。
本当に狂ってるのは自分が狂ってる事に気づいてない事だ。僕は、わかってる。自分が普通の人とは違う事を。
僕は現実を受け入れました。


6月6日(日) 晴れ
ネットに繋ぐと既に「三木」君も居ました。すぐにメッセージが届きました。「最近繋いでなかったですね。」
「ちょっと心の準備をね。もう大丈夫。今日はじっくり話をしよう。」今日こそ早紀と話をつける。
「ようやくその気になってくれたんですね。」そうだよ早紀。僕はもう逃げないから安心して。
「さて、何から話す?僕には聞きたいことたくさんあるんだけど。」・・・・・「やっと『僕』と言ってくれましたね。」
ああ早紀、やっぱりわかってたんだね。そっちももう敬語なんて使う必要ないよ。
「僕は自分を認める。だからサキも素直になってよ。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「何を言ってるんですか?」
何って・・・・・「早く自分に正直になってよ!話を進めようよ!僕は早く会いたいんだ!」・・・・・・「え????」
どうしたんだよ早紀。「そっちこそ何言ってるんだよサキ早く会いたい僕はお前の為に僕は好きなんだよ僕僕・・・」
自分でも動揺してるのが分かる。まともな文章が書けない。「僕はサキじゃありません!読み方が違います!」
違うの?早紀じゃないの?僕は間違ってたの?僕は間違ってたの?僕は間違ってたの?「じゃあ誰なの?」
「虫!」メッセージを開いた途端、僕は頭が真っ白になりました。メッセージは続きます。「虫なんでしょ!?」
「なんでその呼び方を知ってるの?」他に何も考えられないまま返事を書きました。何がなんだかわからない。
「やっぱり虫なのね!私は渡部。渡部美希よ!」
渡部さん。渡部美希、美希、ミキ、三木。名前をわざと誤変換してハンドルネームにする。王道じゃないか。
「なんで渡部さんなんだよぅ。」このメッセージを打つのが精一杯でした。僕にはこれ以上力が入らない。
日記を書いてる今も手が痺れてきてる。呪縛状態。考える事も、キーボードも打つ事も許されてないみたいだ。
僕、震えてる・・・・・。



第31週「絶叫」
6月7日(月) 雨
ネットに接続。無気力なまま渡部さんにメッセージを送りました。「なんで僕だって分かったの?」
「私が入ってきて間もない頃、チャットでいじめの話題になったでしょ?」
返事を求めてるようだけど僕は文を書く気にはなれませんでした。そんな僕に関係無くメッセージは続きました。
「生まれたてのハムスターを上履きの中に入れらてたって言ってわよね。」そういえばそんな事も言った気がする。
「鞄を女子トイレに持ってかれて中身を全部便器に入れられてた、とも言ってたわよね。」それも言ったかも。
「お弁当に犬のオシッコをかけられてたとも言ってた。」あの時僕は熱くなっていじめについて詳しく語ってた。
「知り合いがそんな目にあってたとか言ってたけど、ハムちゃんなんて名前は当事者しか知らない事だから。」
「もしかしてsakkyは虫じゃないかって疑ってたら、sakkyもオフ会に行きたくないって。私は性別を偽ってたから
行きたくなかった。でね、sakkyも何か行きたくない理由があるんじゃないかと思って。それで虫だと思ったの。」
僕は自分から告白してたんだな。「僕は虫だ」って。「とりあえず今日はこれくらいに。明日も繋いでね。」
うん・・・・・。


6月8日(火) 曇り
言われた通り夜になったらネットに繋ぎました。渡部さんが待ってました。「私が希望の世界を知ったのはね
学校のパソコンルームの机にアドレスが書いてあったの。誰が書いたのか知らないけど。虫がやったの?」
!?・・・たぶんそれは奥田だ。そうでなければ杉崎先生か。いずれにせよ渡部さんは来るべくして来たのか。
「僕じゃない。」無気力状態は続いてます。メッセージに長い文章を書くのも嫌になってる。
「そう。とにかくそれで私はここに来た。最初は学校で。後から自宅で。ネットは初めてだったから楽しかった。」
そうさ。「希望の世界」がとても素晴らしいところなんだよ。素敵な所だったんだよ。楽しい所だったんだよ。
「私にはね。」わざわざ一区切りついて強調してきました。「もう友達はいなかったの。何故だかわかるでしょ?」
いじめられっ子だから、だね。逆恨みはしないでよ。そうなったのは自業自得じゃないか。
「だからね、友達ができて嬉しかった・・・・・。」妙に寂しさを感じました。僕は同情してるのか?
「ねぇ何か言ってよ。」僕に何を言えと?また僕をいじめるつもり?やめてよ!僕は昔の僕じゃないんだ!
「渡部さんカワイソウ。」少し間を置いてから返事が返ってきました。「明日はちょっと聞きたい事があるから。」
何だよぅ。


6月9日(水) 雨
ネットに繋げるとすぐに渡部さんからのメッセージが有りました。「聞きたいのはタケシさんの事。」
「何か?」渡部さんだって「タケシ」が杉崎先生だったって事知ってるんでしょ?今更何を聞こうって言うんだ。
「本当に、タケシさんは杉崎先生なの?」何でそんな当たり前の事を聞くんだ。「そうだよ。」
「絶対?だとするとおかしいのよ。タケシさんって私が来るずっと前から『希望の世界』にいたんでしょ?」
確か僕が最初にログを見てた時も見かけた。「居た。」間違いなく居た。「それだとやっぱり変。」「だから何が。」
「杉崎先生、授業中に『最近パソコン始めた』って言ってたのよ。『始めた』よ。貴方は知らないでしょうけど。
それ、2月の話よ。私もパソコンいじり始めた頃だったから覚えてた。でも、その時既にタケシさんは居た。
パソコン始める時期に嘘つく必要なんて無いじゃない?だとすると、その時居たタケシさんは誰?」
知らない。僕は知らないぞ。「タケシ」さんは杉崎先生で間違いない!実際に見たんだし、新聞にも載った。
「杉崎先生、もう居ないから貴方に聞くしか無いのよね。・・・・・・・・それまで貴方が演じてたの?」
「僕じゃない!」僕じゃない。僕じゃない。渡部さん、それでタケシに拘ってたのか。でも、僕じゃないんだ。
「そう。わかった。また明日ね。」渡部さん。何故いつもそうやって話を早く切り上げるんだよ。取り残された気分だ。
そんなものじゃない。敬遠してるような、汚いモノを避けていくような、馬鹿は近づくなって言ってるような、
車に轢かれた鼠をまたいで行くような、潰した虫の体液を必死で拭おうとしてるような、逃げてるような、
そんな感じが。


6月10日(木) 晴れ
渡部さんは今日もネットに繋いでる。僕も言われた通り繋いでる。
「渚」さんからメッセージが有りました。「最近チャット来てないけど何か有ったの?三木君も来てないし・・・・。」
渡部さんに「今日はチャットしながらにしようよ。」と送りました。「『渚』さんのメッセージでしょ?私にも来た。」
チャットでいつもの様に会話しました。何故かあまり楽しくありませんでした。
sakkyも、「三木」君も、ただ演じてるだけ。そう考えると悲しくなってきました。何も知らない「渚」さんが眩しい。
突然渡部さんからメッセージが来ました。「杉崎先生を殺した人ってまだ逮捕されてないのよね。」
遠藤智久だよ。僕じゃない。昨日もそうだ。渡部さん、僕を疑ってる!僕じゃない僕じゃない僕じゃない
「貴方が殺したんでしょ。」違う違う違う違う違う違う違う違う「違う!僕は殺してない!」「じゃあ誰が殺したの?」
「TOMOとえんどうまめだよあの二人同一人物だったんだよ遠藤智久って奴なんだよそいつがやったんだよ!」
チャットでは「渚」さんの話が進んでる。sakkyと「三木」君が修羅場を迎えてる事も知らないで。
「つまり、その遠藤智久が犯人なわけね?貴方ではないのね?虫は関係ないわけね?」
殺人依頼掲示板は作った。でもそれだけだよ。殺したのは遠藤智久なんだよ。悪いのはこいつなんだよ。
全てを説明するには時間が掛かりすぎる。とにかく僕じゃないんだよ。「僕じゃない。信じてよ、渡部さん!」
「私は悪くありません。」気がつくとチャットに書き込んでました。「渚」さんが「sakkyどうしたの?」と聞いてる。
「三木」君が「ごめんなさい。今日はちょっと疲れてるんで先に寝ますオヤスミナサイ。」と言って消えた。
逃げないでよ渡部さん。何か言ってよ。信じるって一言だけでいいんだよ。疑ったまま行かないでよ!!
「sakky、悩みがあるなら相談に乗るよ。何時でも言ってね。」と言い残して「渚」さんも消えた。
僕は今独りだ。明日も渡部さんはネットに繋いでくれるだろうか。僕は、僕は悪くないってもう一度言わなきゃ。
残された僕は鈍い光を放つ画面に向かって同じ言葉を何度も何度も繰り返して呟いてました。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。


6月11日(金) 曇り
渡部さん。渡部さん。渡部さん渡部さん渡部さん渡部さん渡部さん。今日も繋いくれるよね?ね?ね?ね?
今日はもう渡部さんがネットに繋いでくれるかどうかずっと心配してました。いつも夜しかいない「三木」君。
考えてみれば平日は学校だから昼居ないのは当たり前か。今日は夜も居ないんじゃないかと思ってた。
夜になるのが待ち遠しかった。早めに繋いでずっと渡部さんを待ってた。渡部さんは来てくれた!
説明を。長くなってもいいから説明をさせてよ。悪いのは遠藤智久。僕は悪くないんだよ。僕は、悪くないから。
「昨日の続きだけどね。長くなるけど説明するよ。僕は悪くないって事。」やっと送れました。なのに。
「もういい。」渡部さんはこんな返事をしてきました。「じゃあ僕を信用してくれるんだね?」そうなんだね?
「信用?するわけないじゃない。」じゃあ何だよ!何で僕の話を聞いてくれないんだよ!決めつけないでよぉ!
「私が性別を偽ってたのは、違う自分になりたかったから。いじめにあってる自分を忘れたかったの。」
自分の話ばっかりして!僕の話も聞いて。聞いてよ。そう伝えようとしても、あっちからのメッセージの方が早い。
「anonymityの名前で匿名メールを出した理由はもう分かるわよね?杉崎先生の事で貴方が疑わしいから。」
だからその疑いを晴らそうとしてるんじゃないか!でもすぐにメッセージが来る。「続きはまた明日にしましょう」
またそれだ。何でいつもいつも自分の話だけして逃げてくんだよぉ。「なんでいつもすぐ逃げるんだよ!」
しばらく沈黙が続きました。数分後届いたメッセージにはこう書いてありました。「貴方が、怖いの。」
怖い?怖い?怖いって?それは僕を人殺しだと思ってるからだ。その誤解を解いてあげる。だから話を。
「僕の話を聞いて聞いて聞けキケ僕悪くないだだからキケ聞いて聞けええ僕は僕僕ボくくく聞いいてテててt・・・」
焦って書いたら変な文になってしまいました。しばらく待っても返事が来ません。ネットを切ってしまったようです。
こうなったら直接話をするしかない。相手は渡部さんだって分かってるんだから。電話。明日電話しよう。
明日は土曜だから夕方には帰ってるはず。電話するぞで話でんわしな電話するのしなきゃデダンでんするシdワ
でンンワスルスルsルルルゥ


6月12日(土) 晴レ
夕方の学校も終わったくらいの時間。特に何もない生徒は家に帰ってる時間。僕は受話器をとりました。
メモを見て電話番号を確認すると緊張してきました。住所録で渡部美希さんの電話番号を調べておきました。
そこで初めて住所を知ったんですが、僕の家からそんな遠いわけではありませんでした。同じ学区内だからか。
第一声は何て言えばいいんだろう。「久しぶりだね。」がいいかな。「僕の話を聞いて下さい。」がいいかな。
電話番号を一つずつゆっくり確認しながら押してピッピッという音を聞いてボタンを押してる指に噛み付きました。
受話器を壁に擦り付けて壁が削れるのを見て楽しんでるとさっき噛んだ指から血が出てるのに気づきました。
イタイイタイと叫んで血を吸って渡部さんに電話する事を思い出してまた受話器を取って番号を押し始めました。
押し終わる前に受話器を頬張ばってよだれを垂らしながら舌で番号が押せるか実験してみて失敗しました。
電話するよりテレパシーを送った方が早いと思って念力を送って駄目らしくて疲れて夜まで横になってました。
結局電話できなかったのに気づいたのは夜ネットに繋いでからでした。
「明日詳しい話を聞かせて貰います。」と渡部さんからメッセージが届いてました。今日はもう繋いでないようです。
電話、できなかった。電話しようとすると何故か意味不明の行動をとってしまう。催眠術にでもかかった様に。
僕は、渡部さんに、電話する事を、許されてないのか?今日の行動を思い出すと自分でもゾッとしてくる。
狂ってる。あんな変な行動とってたなんて、僕が狂ってるみたいじゃないか!ああああああああああああああああ
違う断じて違う僕は狂ってなんかいない確かに普通ではないけど僕はそれを認めてるだから大丈夫なはず
畜生なんで電話できないんだよ電話しようとするだけで僕はおかしくなんてしまう何故だ何故だ何故だ何故だ
現実と向かい合おうとするたびに、狂ってしまう。ネット越しに何かをしようとしても何の抑制もない。
僕は、ネットの中でしか、存在を許されてない?そんな。嫌だよそんなの。僕にも。僕にも僕にも僕にも僕にも
僕にも現実を見せてくれよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!


6月13日(日) シトシトと静かに雨が降っています
今日の出来事を頭の中で整理することができない。今も顔が冷たい。指も震えてる。
順に述べていくしか「今日」を語れない。日記らしくなくなると思う。でも、書く。これは僕の義務だから。
僕にとって日記は、生きてる証明なんだから。

今日も電話を試みました。電話。しっかりと気を持って、番号を押します。集中して、狂わないように、押しました。
押し終わって受話器の向こうでコールが鳴ってました。できた。ちゃんと渡部さんに電話出来たじゃないか!
そう認識できたのはやっぱり夜、ベットの中でプルプル震えてる時でした。どうやっても現実と接触できません。
ネット。ネット越しの接触ならできる。渡部さん。今日こそ話を聞いてくれると言ってたよね。全て話すよ。
渡部さんがネットに繋ぎました。「今日電話しようとしたけどできなかったからここで話をするね。」
「貴方だったの!?今日ワンコールだけの電話してきたの。そんな真似二度としないで!」怒ってるらしい。
「だって話をしないと誤解が解けないじゃないか。」渡部さんが話を聞いてくれないから誤解が解けないんだよ。
「誤解?何が誤解だって言うのよ。」決まってるじゃないか。「僕が杉崎先生を殺したと思ってるでしょ」
「もういいって言ったじゃない!私が知りたいのはそんな事じゃないのよ!」じゃあ、「じゃあ何だって言うんだよ。」
「私は自分の事を全部話したわ。そっちも正直に話してよ。」正直に?「僕は何も隠し事してない。」
「そうやってはぐらかす。いい加減にして!」渡部さんは何を言ってるだ。「渡部さんは何を知りたいの?」
突然悪寒が走りました。聞いてはいけない。その質問だけはしちゃいけない。それだけは駄目なんだ。
僕は直感しました。言ってはいけない事を言ってしまった。駄目だよこのままじゃ。その答えは危険すぎる!
でも、もう遅かった。その返事は返ってきました。

「貴方は一体、誰?」

脳に直接突き刺さるようにその言葉が飛び込んできました。僕は、僕は、「僕は岩本亮平。」
すぐにメッセージが来る。「嘘!虫は、岩本亮平は自殺したはずよ!」もう何も考えられない。「僕は虫。」
「そう、貴方の言動を見ると虫としか考えられないのよ。でも虫は死んでる。虫のフリをしてsakkyと名る貴方は」
「貴方は、誰なの?」

アナタハ、ダレナノ?椅子から倒れるように転げ落ちました。
僕は、誰なんだ?僕は岩本亮平、のはず。記憶を辿る。いじめられた記憶。早紀を殺そうとした記憶。
もっと。もっと思い出せ。岩本亮平の記憶を。どうした。思い出せ!くそう。おかしいよ。思い出せない。
日記に書いてあること以外、何も思い出せない!
それどころか、荒木さんの顔も、渡部さんの顔も、分からない。思い出せないんじゃない。全く分からないんだ!
早紀を殺そうとした記憶。変だ。この記憶は変だ。僕の目に映ってたのは、僕。視点がおかしい。
薬を飲ませようとする狂気に満ちた僕の表情。なんで僕が僕を見てるんだ。口の中に薬の感触が蘇る。
そして、薬を吐き出す感触も。ベットの横に転がった泡を吹いた死体。僕だ。その死体の顔は、僕だ。

ボクハダレナンダ?僕は岩本亮平、じゃない。自殺した。虫は自殺した。僕は何者?確認。確認しなきゃ。
鏡、鏡は?無い。顔が映るようなモノは全て壊れてる。僕の姿を確認しろ。自分の姿を見ろ。早く、早く!
這いつくばってドアに近づく。足がガクガクいって立てない。ドアノブに掴まり、体を起こす。部屋を出た。
壁づたいに階段を下りる。頭が痛い。鼓動が聞こえる。手の甲では異常なほど脈をうってる。一階についた。
洗面所へ。鏡のある所へ。足がまた震えだして倒れた。このまま倒れてるわけにはいかない。進め。現実へ。
這ったまま洗面所についた。体を起こせば鏡が見える。立て。タオル掛けに手を延ばし、掴まった。あと少しだ。
腕に力を入れる。ゆっくりと体が上がっていく。視野に鏡の端をとらえた。力を振り絞る。踏ん張れ。立った。
頭は下を向いたまま。顔を上げれば鏡が見れる。首に。首に力を入れろ。これで辿りつくんだから。現実に。
僕が見たがってた現実がもう目の前に。顔を上げろ。よし。もう少し。もう少し首に力を入れるだけで。
ゆっくりと視線が上がっていく。体が見える。華奢な体。細い。胸元が少し膨らんでる。顔を、全部上げた。
鏡に映ったその顔、僕はよく知ってる。綺麗に通った鼻筋。うっすらとした眉毛。虚ろな目。

早紀。

ひいいいいいいいいいいいいいいい  ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ
ヒイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ



第32週「昇天」
6月14日(月) 曇り


6月15日(火) 晴れ
昨日は一日中眠っていたらしいです。日記を書いた夢を見たような気がしました。
夢心地のままでしたが、かろうじて日付と天気だけは書いていたようです。夢。これが夢ならどんなに楽か。
怖い。僕の体は早紀。いや、早紀の体に「僕」が発生した、と言うべきかな。
早紀の心が、無い。体は早紀のものだと気付いたのに、心の中をいくら探っても「早紀」が居ないんだ。
いつだったか、早紀の声を聞いたような気がした。あれは、「殺人依頼掲示板」を作った時だったかな?
ベットの中、布団にくるまって目をつぶってると、あの時の記憶が蘇ってきます。
病院から帰ってきて、まだ意識がはっきりしてなくて、親と警察の人が岩本亮平の自殺について何か話してて、
何て事無く聞いてた。そうしたら母さんが「早紀ちゃんは部屋でおとなしくしててね。」と優しく言ってくれたんだ。
フラフラと部屋に戻った。その時はショック状態から抜けきって無くて、自分の部屋が何処だか分からなかった。
二階にあった事は覚えてた。階段を上がって目の前にドアが有ったので入った。パソコンがあった。
何もする事がないのでパソコンの電源を入れた。パソコンの操作は体が覚えてたらしい。
インターネットに繋いでみた。ブラウザを開き、ホームのページが表示された。「僕の日記」があった。
そこが早紀の部屋ではない事に気がつく余裕は無かった。「僕の日記」に夢中になっていた。
読み終わった時、兄が早紀を殺そうとするまでに至った経緯の全てを知った時、再び壊れた。
ただでさえ自分が誰なのか分かってない状態だったのに、さらに地獄にたたき落とされた様なショックがあった。
世界が崩れ、周りが歪み、自分自身もその崩壊の中に飲み込まれていく気がした。そこで意識を失ったんだ。
そして、「僕」は目を覚ました。その日から、毎晩寝る前に「僕」の部屋に「僕の日記」を書きに行った。
ラックにパスワードのメモが貼ってあった。このおかげで「僕の日記」は更新を続けることになった。
「僕」は、虫だ。「僕の日記」は虫の物語。「僕」はその部分だけを受け継ぎ、存在してる。そうさ。
僕は、早紀ですらないんだ。


6月16日(水) 曇り
日記を書くのに使ってるこのパソコン。岩本亮平のモノだ。この部屋の主は岩本亮平。「僕」じゃない。
普段「僕」が居る隣の部屋。早紀の部屋。「希望の世界」に繋ぐあのパソコン。早紀のモノだ。「僕」のじゃない。
「僕」のは?「僕」は何処に居ればいいんだ?ここは岩本家。虫が存在していい所じゃない!
昼間の何も無い時、早紀は部屋に閉じこもっていた。兄に犯されて以来の心神喪失状態は変わらなかった。
唯一違うのが、「僕」が早紀の身体を動かせた事。早紀の心は深く閉ざしたまま消えていった。空っぽになった。
早紀が早紀でなくなる時、すなわちネットに繋ぎsakkyとなる時が、「僕」の出番だった。
今だからこそ、そんな生活を送っていた事が認識できてる。それまで「僕」の生活は「僕」が全てだと思ってた。
「僕」は自分を岩本亮平だと思っていた。早紀は死んだと思っていた。でも違った。「僕」は虫だった。
真実を知った「僕」は今、恐怖に怯えています。だって、だって、「僕」の居場所が無いんだ。
現実で、現実の中で「僕」が存在出来る場所は?無い。無い無い無い無い無い無い無い無い!!!
「僕」はここにいるよ。早紀の居場所は有る。でも「僕」は早紀じゃない。「僕」は「僕」自身の居場所が欲しい。
誰か「僕」を認めてよ。これは哲学的な話とかそんなんじゃない。たた純粋に、「僕」を知って欲しいだけなんだ。
「僕」の存在を認識して欲しい。自分だけが「僕」の存在を主張してるなんて、そんなの存在とは言わない。
誰か聞いてよ。「僕」の声を。ほらこの声。ああああああああああああああああ。畜生!この声は早紀のモノだ!
それだけじゃない。目の前にある世界、早紀の目を通して見たモノ。「僕」の、「僕」の世界は何処だ?
腕を噛む。この痛みは早紀のモノ。画面に触る。この冷たい感触は早紀のモノ。見えない。「僕」が見えない。
外の闇も、部屋の光も、「僕」を苦しめる。現実の中に「僕」を肯定してくれるモノは、無い。「僕」は。
「ねぇ」何も見えない闇に向かって、かつて叫んだ言葉を今一度叫びました。「僕は、生きてて大丈夫?」

闇の中に虚しく響き渡りました。


6月17日(木) 大雨
今日もまた、「僕」の存在を否定された世界で目が覚めた。誰も助けてくれない。
何もしないで過ごした一日。いつもと同じなのに、「僕」が早紀の中に居るのに気付いた日から何かが変わった。
空白の時間が、辛い。いっその事「僕」と早紀が一緒になればこんな思いをしない済むのに。出来ない。
一度違いを認識してしまうと、もう一緒のままではいられない。気付かなきゃ良かった。現実を見なきゃ良かった。
居場所の無い「僕」はその事を認識する度に震えてる。狂ってる。「僕」は狂ってる。自分が怖い。恐ろしい。
「僕」の世界は何処だ。「僕」の世界は何処だ。そう呟いた何回目かに、思い出しました。「僕」の世界を。
「僕」の居場所、有ったじゃないか。あそこに居るとき「僕」は、「僕」で居られた。・・・・・・・・「希望の世界」だ!
sakkyは「僕」。sakkyの言葉は「僕」の言葉。杉崎先生も、カイザー・ソゼも、間違いなく「僕」が会った。
ネットに繋ぐ。気持ちが高ぶる。「希望の世界」に居るとき「僕」は現実を見なくていい。「僕」の世界だ。
現実なんて見るもんか。「僕」には「希望の世界」があれば十分だ。現実なんて、もういらない!!
「三木」君からメッセージが来てる。開く気にならない。「三木」君は渡部さん。現実と繋がってて不愉快だ。
「消えな」とメッセージを送っておく。これで「希望の世界」には来なくなるだろう。邪魔者は居なくなる。
「渚」さんが繋いでる。ああ、会いたかったよ「渚」さん。「渚」さんだけが「僕」の味方。「僕」の唯一の理解者。
「ずっと一緒に居ようね。」って言ってくれた。「悩みがあるなら相談に乗るよ」って言ってくれた。
助けて、渚さん。「僕」は今現実に居場所が無くて悩んでるんだ。ネットでは「僕」の存在が許されてる。
「僕」の相手になって。助けてよ。「僕」の相談に乗って。答えはいらない。相談に乗ってくれるだけでいいんだ。
そうやって話をすることで「僕」は自分の存在を確認できる。だから、手伝って。助けて。「僕」を認めて。
メッセージを送れば返事が返ってくる。会話できる。渚さん。渚さん。渚さん!「僕」のメッセージを受け取って!
「助けて!渚さん!」

誰かが階段を上ってくる音が聞こえる。ギシギシと一歩ずつ踏みしめる音が夜の家に響いてました。
その音は次第に近づいてきて、部屋の前で止まりました。代わりにトントン、と乾いたノックの音が聞こえます。
僕はゆっくりと振り返り、「どうぞ。」と早紀の声で言いました。ゆっくりとノブが回り、ドアが開きました。
「早紀ちゃん、大丈夫?何か助けて欲しい事ある?」
僕は早紀の顔を静かに微笑ませ、抑揚のない声で答えました。
「大丈夫。もう平気だよ、渚さん。」
その言葉は自然に出てきました。階段の音を聞いた瞬間から、僕は全てが分かった様な気がしました。
「そう、ならいいわ。悩み事があったらいつでも言ってね。」
うん、と言葉に出さずに頷きました。その時の早紀はとても優しい笑顔をしていたと思います。
「もう平気だから・・・・。」と渚さんにも聞こえないくらい小さな声でもう一度呟きました。
早紀の笑顔に満足した渚さんは「じゃあね、おやすみ。」と言って部屋を出ようとしました。
ドアを完全に締め切る直前、ちょっとだけドアを戻して僕の方を見ました。いつもと変わらない哀しげな目をしてます。
「早紀ちゃん、お母さんが居ないと何もできないから。」
そう言い残し、ドアを締めて母さんは階段を下りていきました。

階段の音が聞こえなくなった途端、涙が溢れてきました。僕は立ち上がり、壁に頭を打ち付けました。
手で壁を叩く。何度も、何度も。激しい嗚咽が漏れてきます。涙は止めどなく流れます。
悲しみが「僕」を支配しました。何故こんなに悲しいのか分からない。問答無用にに悲しみが襲ってくるんだ。
「僕は!」と叫ぶ。泣きながら叫ぶ。大声は出ない。かすれた声で叫びました。「僕は!」。涙は止まらない。
歯を食いしばり、頭を抱えてうずくまりました。「僕は!」ともう一度叫ぶ。この続きが、出てこない。
みっともないほど呻き、滝の様に流れる涙を抑える事のできないまま、僕はうずくまる事しかできなかった。
この涙は今も尚流れ続けています。このまま僕は一生分泣きつくしてしまうんじゃないかと思いました。
他に何も考えることが出来なかった。逃げられない。「僕」は一生この悲しみの感情から逃げられない。
受け入れる事も出来ない。「僕は!」とまたかすれた声で叫び、これ以上ないくらいの絶望感を感じました。
誰も、助けてくれない。


6月18日(金) 雨
いつもなら部屋で閉じこもってるのに、今日は一階に降りていきました。渚さんと話がしたかったんだと思います。
リビングルームに渚さんが居ました。僕が渚さんの横に座ると、渚さんは笑顔で僕の方を見ました。
「どうしたの?早紀ちゃん。」
母さんに聞きたいことが有るんだ。そう言いたかったけどそうしても「母さん」とは言えませんでした。
「何時から見てたの?」と聞いてきました。
母さんは少しびっくりしたような顔をしましたが、すぐにいつもの悲しげな目と寂しそうな笑顔に戻りました。
「早紀ちゃんと一緒にホームペ−ジを作った時からよ。」
当時中三の少女が難なくHPを作れた理由が今、分かりました。早紀、母さんに相談してたんだね。
渚さんの「悩みがあるなら相談に乗るよ。」が胸に響きます。生まれたときからずっと相談に乗ってくれてたんだ。
そう考えると胸が苦しくなってきました。親なんだから。親に相談するのは当たり前だよ・・・・・・・・・。でも、
早紀は知らなかっただろうな。渚さんが母さんだったなんて。知ってたら恋人との情事を日記に書いたりしない。
早紀も、「僕」も、子に対する親の優しさには気付かなかった。母さんはさらに話を続けます。
「恋人役も付けてあげたけど、早紀ちゃんには無用だったみたいね。タケシ君、無駄になっちゃった。」
ああ、やっぱり母さんだったんだ。でもトオルのおかげで無駄になっちゃんたんだね。
結局タケシとは別れる事になったけど、その真相は知らないだろうな。母さんに言う必要もない。
「杉崎先生、知ってるでしょ?良平の学校の先生。後であの人がタケシさんに・・・これはもう知ってるわよね?」
こくん、と頷いて見せたものの、代わりに疑問が沸いてきました。
「なんで、杉崎先生なの?譲らないでそのままとか他の誰かとか・・・。」
そこまで言うと母さんはクスクスと笑い出しました。「だって」と言った後一息ついてから続きを話してくれました。
「だってね、あの人名前がタケシだったのよ。何か運命感じちゃって。」
でも、それでも疑問は残ります。「ICQで知り合ったんじなかったの?」
「それは知り合った後の話よ。亮平の事で相談にのって貰ってて。最初はメールだったんだけどね。」
ICQの方が便利だもんね。それはもう言わなくても分かるよ。
「それで段々と・・・・・・。」と言いかけた母さんを、「僕」は早紀の口に人差し指を当てて制しました。
親の浮気話を聞く気にはなれません。その思い出は母さんの中にしまっておいて。「僕」には必要ないから。
横に座ってた渚さんがゆっくりと立ち上がり「僕」の背後に回りました。両腕で「僕」を包み込んでくれました。
「亮平も、杉崎先生も、私を裏切ったの。」
母の温もりを感じながら、「僕」は何も言えませんでした。後ろから抱きしめる母さんの腕に少し力が入りました。
「早紀ちゃんは、裏切らないよね?ずっと一緒でいようね?離れないでいようね?」
涙声になってるのが分かります。肩に涙が落ちてたのを感じました。この人にはもう早紀しか残されてないんだ。
ほとんど家にいない父さんは、この人にとって最早「大事な人」ではなくなってた。それは前からわかってた。
今はもう、早紀だけが。早紀だけがこの人の生き甲斐なってるんだ・・・・・・・・・。
そこまで分かっていながらも、「僕」は首を横に振ってました。
「早紀ちゃん?何故?頷いて。頷いてよ・・・・。」
なおも首を横に振り続けました。違うんだ。違うんだよ渚さん。「僕」は、「僕」は早紀じゃないんだ。虫なんだ。
貴方の期待に応えられる早紀はこの身体にはもう居ません。「僕」は早紀じゃないんです。早紀じゃない・・・。
「お願いだから頷いて。」と既に悲鳴に近くなってる声で言われても、「僕」は頷けませんでした。
「僕」は母さんの腕をほどき、二階へ向かいました。
振り返ってみると母さんが「どうして・・・どうして・・・。」とエプロンの端で顔を覆って泣いてます。
床に一滴の滴が落ちました。昨日あれだけ泣いたのに、まだ涙は出るんだな・・・・・。

早紀の部屋に着くと、すぐにパソコンの電源を入れました。
そして、全てのデータを消しました。ハードディスクごとフォーマットしました。
これで「希望の世界」は終わった。「僕」には、早紀と渚さんの作った「希望の世界」を扱う資格は、無い。
「僕」は虫らしく日記だけをつけれてばいいんだ。虫らしく、日記だけを。
さようなら。「希望の世界」


6月19日(土) 止むことのない黒い雨
虫・・・・・・虫・・・・・・虫・・・・・・・・。「僕」は虫だ。生まれてこなければ本当は良かったのに。
全てを失い、残されたのは「僕」の人格だけ。早紀が現実を拒否するために立てられた代理が、「僕」。
その「僕」だけが残るなんて・・・・・・。ふふふふふふふ。もう笑うしかないな。あは。あははははははははは。
うふふふふふはははははは「僕」はふふふふふふ何なんだあはははひひひひひひひくくくくくくくくくくくく
そうさ、「僕」は虫だよ。くくくくくく。畜生。へへへへへへへへへへへ。「僕」の居場所は何処だよ。
「希望の世界」じゃない。現実に。「僕」の居場所が。欲しい。無い。なら。
ツクレバイイジャナイカ
ゼンブケシチャエ
ゲンジツガボクヲウケイレテクレナイノナラ
ボクイガイノスベテヲケセバ
ボクハソンザイデキル
ボクノソンザイヲキョヒスルモノガイナケレバ
ボクハソンザイデキル
ボクダケノセカイニスレバ
ボクハ

その為にはどうすればいい?決まってるさ。「僕」の目の前にあるゲンジツを破壊する。
渚さん。まずは目の前に居る渚さんを消せ。そうすれば道は開ける。ふふふふふ。虫らしいやり方だ。
ナイフを取り出し、「僕」はその刃の冷たさを肌で感じました。
親を殺す・・・・か。けけけけけけ。「僕」は狂ってる。虫は狂ってる。
カイザー・ソゼよりも、遠藤智久よりも、今まで見てきた人達の中で一番狂ってるのは、「僕」。
「僕」は狂ってるぞ。聞け!「僕」の狂った叫びを!!ボクハクルッテルゾォォォォォォォォォォォォォォ!!!

ふと気がつく。今書いてる「僕の日記」、ネットにアップしてるものの何処にもリンクを張ってない。
孤独なページだ。ふふ。虫らしくていいじゃないか。それでもページにタイトルが無いのは寂しいな。
何かいいのを考えてやろう。タイトルまで「僕の日記」じゃつまんないな。かといって・・・・・・・・・・
「希望の世界」が思い浮かんでしまった。ははははは。全然違うよ。希望なんて、無かったじゃないか。
あったのは・・・・・・・そうだ。これがいい。このタイトル、虫にぴったりだ!!
「僕」はタイトルを付け、ネット上にアップしました。赤と白の題字が画面にぼんやりと光ってます。
「絶望の世界」


6月20日(日) 白く輝く空
「僕」は「僕」自身の居場所を確保するため、ナイフを振るいました。
渚さんは・・・・母さんは、突然のことに目を丸くしてました。ナイフは母さんの頬をかすり、浅い傷を刻みました。
母さんが早紀の名を叫んでます。「僕」はその言葉を聞く度に「違う!」と心の中で叫びました。
腰を抜かし頬から少し血を垂らす母さんを横目に押入を開けると、ノートパソコンが有りました。
これか。これが渚さん。これと、母さんとが一緒になると渚さんになるんだ。こんなの!消えてしまえ!
ノートパソコンを持ち上げ、母さんに向かって投げつけました。いや、投げつけようとしました。
「僕」の手は「僕」の意志とは裏腹に、ゆっくりとパソコンを押入の中に置きました。何故だ。
この手は早紀のモノだからか?この身体に尚も生き続ける早紀。意志はなくとも、その存在は伝わってくる。
「僕」は首を振り、母さんに向かってナイフを構え直しました。消してやる。消してやるんだ。消して・・・・・・
どうしても、「殺してやる。」という言葉を出すことが出来なかった。目をつぶり、今一度決意を固めました。
さあ覚悟してくれ渚さん。頬を抑えて震える母さんを消すべくナイフを振りかぶる。手に力がこもります。
さよなら渚さん!ナイフを振り下ろす。しかしそれは母さんに達する直前に止まってしまいました。
その時の母さんの姿は忘れることが出来ません。震えながらも、祈るように手を組み、首を差し出す母さん。
床に母さんの涙が落ちていく。それでも姿勢を崩さず、自分を何故殺そうとしてるのか聞く事もなくただ黙って、
母さんは、「僕」に首を差し出しました。「僕」はそれ以上ナイフを下ろすことができませんでした。
これも早紀のせいなのか?早紀がまた「僕」の腕を勝手に止めてしまったのか?・・・・違う。これは「僕」の意志。
それが分かった時、目から涙が溢れてきました。頬を伝わり、音を立てて床に落ちていきます。
「僕」は居場所が欲しい。でも・・・でも・・・・・殺したくない。母さんを殺したくない。誰も・・・誰も殺したくない!
狂ってしまえば何をやっても許されると思った。狂っていればどんな罪でも背負っていけると思った。
だけど本当は・・・・・狂うことも嫌だったんだ。狂いたくなかった。正常なままで居たかった・・・・・・・・・。
叫んだ。どうしようもない悲しみが襲ってきて、ナイフ握りしめたまま大声を上げて、泣いた。
その声は悲鳴にも聞こえ、歌のようにも聞こえました。切なさが音を立てて吹き出てるのだと思いました。
空を仰ぎまた大声を上げる。涙は止めどなく流れ落ち、「僕」は生まれたての赤ん坊のように泣きました。
涙が一滴、足の上に落ちました。はっと気がつく。「僕」の居場所。
実に簡単じゃないか。「僕」の居場所を作る方法。早紀には居場所がある。・・・早紀と一緒になればいいんだ!
以前のように中途半端な共存じゃない。もっと根本的に。そう、融合するんだ。その方法は簡単だ。
この身体には早紀の意志はもう無いけど早紀の核とも言える部分はまだ残ってる。純粋な「早紀」が。
「僕」もそうなればいい。一度全てを白紙に戻し、それでも尚残る早紀と「僕」。それが一緒になれば・・・
「僕」達は一つになれる!
一度白紙に戻せ。そこから道は開かれる。
「僕」はナイフを自分の腹に突き刺しました。ズズ、と肉をかき分ける音を立ててナイフが沈んでいきます。
母さんが悲鳴を上げると同時に、腹部に強烈な痛みを感じました。これでいい。
この痛みが虫の記憶を消してくれる。お腹の傷から余計な記憶が流れ出ていくのが見えた気がしました。
消えてしまえ。消すべきなのは現実じゃない。「僕」の方だ。虫の存在は最初から許されていなかったんだ。
母さんが今まで見たこともないほど泣きじゃくり、「僕」に寄ってきましたが、「僕」はその腕を払いのけました。
もう少しだけ、待ってて下さい。貴方の早紀は必ずお返しします。だから、待っていて下さい。
「僕」は二階へ上がっていきました。

部屋にカギを掛け、パソコンの電源を入れる。「僕」の最期を記録に残しておかねば。
今もナイフはお腹に刺さったままです。不思議と痛みは感じません。神経が麻痺してしまったらしいです。
母さんがドアを叩き「開けて!」と叫んでる。ドアの一つくらいすぐに破られるだろう。
遠くから救急車のサイレンが鳴ってます。母さんが呼んだんだね。日記を書くのに結構時間がかかったんだな。
人間がどの程度の傷を負えば死んでしまうのかは分からない。この傷が致命傷となり得るだろうか。
ならない気がする。この身体はたぶん生き長らえるだろう。何故かそんな気がします。
段々と意識が薄らいでいきます。この次目が覚める時、「僕」の人格は消えてるだろう。
「僕」と早紀とが混ざった新しい僕。それがこの身体の次の主となる。
周りが白くなっていく。まるで、光に包まれてるみたいだ。光はますます広がっていきます。
キーボードを叩く指にも力が感じられなくなってきた。そろそろ終わりか。光が強まる。
さあ行こう。早紀と一緒になるために、光の中を進んでいこう。
この光は「僕」にとって希望の光だ。新しく生まれ変わるための、希望。
光の向こう側に行けば生まれ変われる。旅立て。希望の光のその先へ。
光の果てに見える世界。そこが、

そこが僕の、新しい世界だ。




「絶望の世界」
−完−


「光と影の世界」
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