第十二週「雷鳴」の続き

3月31日(土) クモリ
タケシ君に迫られました。
「もう決意してくれた?」
ボクは何も答えませんでした。顔も上げずに黙ったままでいました。
まだ迷ってました。消えるのは嫌だって気持ちはあります。
けど、自分の存在があやふやになってきた今、このまま生きていけるとも思えません。
タケシ君の協力も得られそうにない。そのタケシ君の存在すらも何なのかわからない。
ハッキリした答えが欲しい。
しじれを切らしたタケシ君が声を上げました。
「頼む。もうこれは君だけの問題じゃないんだ。早くアサミを元に戻してくれ。
 君がアサミと話してくれれば徐々に戻れるかもしれない。何もしなければ強制的に消える羽目になるぞ。」
タケシ君の言うことも素直に信じることができない。
かと言ってボクに何が正しいのか判断する力は無い。
アサミさん。あなたのせいだ。答えはあなたが全部知ってるんだ。
「思い出せ。蛇口から水の補給が無ければプールは干からびる。隣から汲んできた水は、ほっといても消えてしまうんだ。
 うまく蛇口を治せば、アサミの水は少しずつ補充される。少しずつ君と混じり合って・・意識を共有して・・いずれアサミだけになる。
 けど、このままだと干からびるより酷いことになる。水が暴発するんだ。出たがってるアサミの水が、一気に。
 そうなればプールそのものを破壊してしまう。だから今すぐ蛇口の修理をして、アサミの水を出すんだ。」
タケシ君は焦ってるようでしたが、ボクはもっと焦りました。
蛇口の修理を、と言われても何をすればいいのかわかりません。
「感じてくれ。アサミの水がうねるのを。」
そんな抽象的なこと言われてもできるわけありません。
アサミさん。どこにいるんだよ。出てきてどうすればいいか教えてよ。
どこか心の奥底に。いるかもしれない。いないかもしれない。
何かが足りない。あの人のところへ行くのに。
できない。できないよ。タケシ君の言うとおりにできない。
どうすればいい
どうすればいい
どうすれば

4月1日(日) ハレ
一日経っても結局何もできませんでした。
ボクはボクのままだし、アサミさんの存在を感じることはできない。
「ごめんなさい」ボクは謝りました。
タケシ君は「いいよ」と寂しそうに笑いました。
「たぶん俺が肝心なことを話してなかったからだ。」
タケシ君がボクの前に座り込み、ボクの両肩を掴んで視線を合わせました。
「アサミには兄がいた。気弱な兄貴でね。ものごとをあまり深く考えない奴だった。」
突然何の話を始めたんだろう。ボクは耳を傾けました。
「アサミが憧れた人ってのは、その兄貴のことだ。アサミは一番身近にいた味方、兄のようになりたいと願った。」
そうだったのか。前からの疑問があっけなく解けてしまいました。
驚きよりも素直に「へぇ」と思いました。
けど話は続きます。
「自分の昔の姿を見てるようでね。照れ臭かったんだよ。」
ちょっと視線を落として片方だけ口元を上げてました。少し間をおいてから視線をボクに戻しました。
もう笑ってない。真剣な顔をして言いました。
「兄の名はタケシ。」
え?
「俺だ。君は俺の過去の姿なんだ。
タケシ君はボクの反応を伺うようにボクの顔を見つめました。
ボクは一瞬頭が真っ白になってました。けど、彼の言葉を何度か頭で繰り返すウチにようやく意味がわかりました。
嘘だ!思わず叫んでしまいました。おじいさんが来ないかと心配になったけど、幸い声は届いてなかったようです。
ボクは声のトーンを落としてまくしたてました。
そんな。性格が違いすぎるよ。ボクはそんなに頭良くないし強くない。
「変わったからさ。俺の方がね。」
タケシ君はボクの肩をがっちり掴みました。
「いいか。俺は最初、アサミが助けを求めてたのに気付かなかった。
 だからあいつは自分の中で助けを求め、俺が助けてくれるのを想像した。想像は膨らみ、膨らみ過ぎて・・君になった。
 妹が酷い目にあってたことを知って、俺は変わった。救おうと思った。だがその時はもう、君になっていた。」
 君のその仕草、セリフ回し。昔の俺にそっくりだよ。
 畜生。なんで俺なんかになろうと思ったんだよ。あんな気弱で、何も考えてない奴に。」
ボクはタケシ君と目を合わせることができませんでした。
「なぁ、アサミは中にいるんだろ?教えてくれよ。なんですぐに言ってくれなかったんだよ。
 おいお前。感じるだろ。お前の後に引っ込んでるアサミの存在を。アサミを出して出してくれよ。
 頼むから、早く、アサミを出してくれ。お願いだよ!」
タケシ君はボクでボクはタケシ君の昔の姿で今のタケシ君はボクじゃないけどアサミさんの兄でアサミさんはボクで
ボクの中にアサミさんがいてアサミさんの中のボクがタケシ君でタケシ君のアサミさんがボクになってボクは
「早く戻って来るんだ!でないと、でないと・・・!!」
でないと?
突然強烈な痛みが頭を襲いました。
雷が落ちたようにその痛みは一気に全身を駆けめぐりました。
雷鳴がガラガラガラと凄い音を立てて頭の中に響きます。
お腹にビリビリと電撃が走りました。目の前が真っ白になっていく。
お腹が痛い。頭も痛い。全身が痛い。痛い痛い痛い!
タケシ君。どこにいるの?見えない。何も聞こえない。
アサミさん。そこにいるの?これはあなたの仕業?
痛いよ。苦しいよ。助けてよ。
ねぇ。誰か。いないの。
あ、女の子が

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