第九週 「暗影」

3月5日(月) ハレ
ボクも手伝えることが無いかとタケシ君が読んでる本を横から覗き込んだら心理とか精神って漢字が見えました。
難しそうだから読んでもらおうとしたら「無理しなくていい。これは俺が理解するから」と言われてしまいました。
それでも頑張ってみようと思ってよく見てみるとそこには文字ですらない適当に書いた記号みたいのが並んでるだけでした。
*」:`P;心理%#。p:q・」@精神!#「@0・・・・・・・
この本も幻なんだと思いました。

3月6日(火) クモリ
せっかく協力する気になったのでボクも何かやりたいです。タケシ君に「ボクにもできることは無い?」と聞いてみました。
「まだいいよ。直に色々頭を使ってもらうから、あともう少しだけ待ってくれ」
従うことにしました。黙って座ってるとタケシ君がボクを見ました。「なぁ。自分のことをボクというのは止めてくれないかな。」
なぜ?ボクは男だから自分のことを言うのはボクなはずだけど。そう言うとタケシ君は困ったような顔をしました。
「確かに君は男だ。けど身体は女だし、それに君のその人格は俺が良く知ってる人で恥ずかしいというか・・・いいや。忘れてくれ」
変なの。でも忘れてくれと言うから忘れます。

3月7日(水) ハレ
タケシ君は幻のくせに人間くさくて面白いです。本を読んでるときも鼻をかいたり目をこすったりする仕草がリアルです。
ボクにしかみえないボクの中で作り上げた幻の人間なんだってことはボクでもわかります。
でもなぜタケシ君が出てきたのか?ボクの思い出せない過去にその原因があるようです。
問題はわかるのにいざ解こうとすると頭が痛くなって解く気がなくなるなんて変な話です。
けどそれはボクの頭が変だから仕方なくてボクの頭が変だと思うのは他の人には見えないタケシ君が見えてそれが見える原因は・・・
わからないです。

3月8日(木) ハレ
タケシ君があまりに真剣に本を読んでるので聞いてしまいました。
「難しいのばかり良く読めるね」読めない字が多くてボクにはサッパリ意味不明。
タケシ君は顔を上げて照れるようにして笑いました。「まぁね。このまま知識が増えればいずれ専門で食べていけるかもな。」
専門で食べてくなんて凄いです。そんな職業と言えばあれかなと思ってると突然泣きたくなってきて不思議でした。
きっと食べていけるよ。なぜかボクにはわかりました。

3月9日(金) クモリ
タケシ君は時々おじいさんを睨みます。
今日も睨みながら「自分で稼げたらあんな野郎なんかの世話にはならないのに」と呟いてました。
もちろんおじいさんには聞こえてなくて寝転がってスポーツ新聞を読んでました。
そんなんでもたまに出かけたりするからきっとどこかでお金を稼いできてるのでしょう。
だからおばあさんも買い物ができてボクもご飯が食べられる。
自分で働けるようにはなりたいけど今のままではできそうにありません。
ボクは変だから。

3月10日(土) ハレ
タケシ君が「やっぱそれしかないか」と言って分厚い本をパタンと閉じました。
「カウンセリングっていうんだけどね。過去を思い出して君がそうなった原因と自ら向かい合う。
 多重人格者を統合するときなんかによく使う手らしいんだけど、君も似たようなものだから効くかもしれない。」
多重人格者って言葉を使われてボクは少し気になりました。それは自分の中にいくつかの人格があることのはずです。
いや、でもタケシ君はボクの作り出した幻だからある意味じゃボクの一部とも言えるかもしれません。
ボクの中にもこの状態をどうにかしなきゃって思ってる部分があってそれがタケシ君となってこうして目の前に・・?
タケシ君はブツブツとカウンセリングの方法をあーでもにこーでもないと一人で考えてました。
難しいことを考えるのはよそう。タケシ君が何であろうと、任せてれば解決してくれる。
ボクより頭いいのは確かです。

3月11日(日) ハレ
カウンセリングってどんなことをするのか聞いてみました。
「本では催眠療法とかを勧めてるんだけどさ。俺にはそんな技術無いから質問に答える会話形式みたいな感じでやろうと思ってる。」
ボクが不安げな顔をすると「大丈夫。きっと成功するよ。」と励ましてくれました。
その時です。タケシ君が暗くなりました。全身が一瞬暗い影になって、すぐに元に戻りました。
なんだったんだろう。しばらく考えてみたら思い当たりました。
もしかしたらあれは、ボクが回復に向かおうとしてるからかもしれません。
ボクが変じゃなくなるってことはタケシ君が見えなくなってしまうってこと。
元に戻るとタケシ君は消える・・・?

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