絶望世界 もうひとつの僕日記

第10週


1月22日(月) 曇り
渡部理論に基づき偽募集をかけることになった。バイト中も考えてたはネットのことばかりだった。
寒い中の窓掃除も何か考えてれば随分と楽にこなせる。
わけない。普通に手がかじかんで外にいる間は何かを考える暇なんてなかった。
とりあえずネットでやるべきことが明確になったので
美希ちゃんのことだけを考えることは無くなってる。良いことだ。
家に帰ってあったかいコーヒー飲みながらパソコンに向かうとようやく頭が回り始めた。
さてさて、どこでKをおびき出そう。
まず募集はどのカテゴリでやるべきか。そこから考えなきゃいけない。
「あなたに合ったメル友探し!」では本当に色んなカテゴリに分かれてるし
メル友だけじゃなくてMLもあれば交流掲示板もある。
「フリー掲示板」が一番盛り上がってたけど何かキチっとしないとうるさそうだった。
デカデカと「公序良俗に反する書き込みは削除します」と。
なんか僕が書き込むと全て違反になってしまうような気がするのはなんでだろう。それは人間性の問題かな。
色々と多すぎて全然盛り上がってないところもある。
地域別MLなんて細かく分かれすぎててどれも一つか二つくらいしか募集がなかった。
種類が多すぎるのも問題だね。そんなところには興味ナシ。
人が集まるのはどこだろう。


1月23日(火) 晴れ
僕と美希ちゃんはわざわざ休みをとって作戦を練った。
でも美希ちゃんに速攻「募集の場所はもう決まってるでしょ。」と言われた。
前回同様、無職仲間。ここには多くの人が募集をかけている。
というか無職仲間の募集が盛況なのは笑えるような笑えないような。
このご時世、無職さんは多いだね。さっそくメル友募集を書き込もうと思ったけど、ここでちょっとゴネだ。
本当に罠にかかるのかな。僕がそう言うと美希ちゃんは自身に満ちた表情で言い切った。
「絶対大丈夫!ケイさんがメールをくれたのは無職仲間のところでしょ?で、Kは掲示板を荒らすほどの暇人。
ってことは。Kは無職で暇人だから今もネットでくすぶってるってことでしょ。」
納得。いや実にその通り。てゆうかなんか自分のことを言われてるみたいなのは気のせいだろうか。
それはともかく今度の募集はKに怪しまれちゃいけない。うまくやらなきゃいけない。
人物設定を決めないとって話になった。性別は。年齢は、等々。
で、こーゆうことに懲り始めた彼女はもう止められない。下らないことに注げる情熱は尊敬に値する。
なんだかんだと熱くなって結論は明日に持ち越し。
美希ちゃんやる気ありすぎ。


1月24日(水) 晴れ
今度の募集は美希ちゃんがやることになった。
電話では「亮平君がやると文章のクセとかで見破られちゃうかもしれないでしょ。」と
言ってたけど「私、一度ネナベやってみたかったのよ。」と本音もチラリ。
そのまま女の設定で募集をかけてもいいのにって言ったら
前の時Kは男の「リョーヘイ」にメールを送ってきたから今度も男がいい、と散々言い訳された。
そんなにネナベをやってみたいのか。
男が女のフリをするネカマは結構いそうだけど逆のネナベは珍しいかもしれない。
美希ちゃんが男のフリか。どんななるんだろう。彼女は奥田と出会ったのがメル友募集でだったから要領もつかんでそうだ。
ちょっとドキドキしながら「あなたに合ったメル友探し!」にアクセス。
無職仲間のところに行くと、さっそくそれらしき書き込みが増えていた。

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名前:三木
性別:男
地域:東京
趣味:旅行、映画、ゲームなど

同じ無職同士語り合いましょう。
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なんだこのやる気ない名前。ミキだから三木。名字のつもりか。
それになんかどっかで聞いたことあるような自己紹介文。というか僕が以前やったのと同じじゃないか。
文章考えるのが面倒だった様子。というか思いつかなかったのか。さすが美希ちゃん。
こんなんでうまくいくのかな。


1月25日(木) 雨
電話が壊れそうなくらい美希ちゃんは興奮してた。
「ホントに来ちゃった!しかもケイって名前そのまんま!ね、私の言った通りでしょ!
あんなんで引っかかるなんてバカよね・・・・」
その後も散々自分の成功をたたえてKのことをバカにしてた。
って自分でもあの募集をイマイチだと思ってたらしい。認めてなかったけど。
あまり長くなると店長に怒られるから、メールを転送するように伝えて電話を切った。
美希ちゃんも仕事中だったのによく電話かけられるな。
あっちは人の良いおやじさんに奥田という後ろ盾。こっちは厳しい店長にすぐ入れ替わるバイト君たち。
気がつくとここのバイトの一番の古株は僕になってるし。
僕もソバ屋で働きたくなってきた。
家に帰ってメールをチェックすると美希ちゃんから転送メールが届いてた。
Kことケイさんが何も知らずに「はじめましてー。」などとのたまわってる。
よく見るとその内容は、僕に送ってきたやつと同じだった。
あそこに居着いて募集があるたびにコピペペールを送り続けてるらしい。
本当に暇な奴だ。美希ちゃんはこいつをどう引っ張りだすんだろう。
ちょっと見物だ。


1月26日(金) 曇り
美希ちゃんはKとはすぐに仲良くなれたらしい。
オンライン同士で何度かやりとりしてたらほとんどチャット状態になったという。
そうなると親密度は急激にアップしてくる。僕はARAさんと親しくなっていった時を思い出した。
ARAさんか。思えば処刑人追跡の入り口はこの人だった。
渚さん。紅天女さん。あの二人も今なにをやってるのかな。
ケイさんと美希ちゃんがメル友になるのもあの頃からじゃ想像もできなかった。
というかメル友始める時は、まさか処刑人なんてロクでも無い噂に巻き込まれること自体思いも寄らなかった。
人生何があるかわかんないな。
大学時代、一緒に「生涯童貞」の誓いを立てた奥田はしっかり彼女も作ってるし
(この誓いは僕だけが未だかたくなに守ってる)
「一生親のすねかじり」のつもりだった僕は家を飛び出して生活のためにバイトしてる。
コンビニの仕事だって最初はきつくて何度も逃げ出そうかと思ったけどなんだかんだで慣れてしまってるし。
先のことなんて想像できない。いつかは奥田のように立派な目的で働きたいとは思う。
だけどとりあえず今食べてく為には収入がなきゃいけない。
惰性的にバイトしてるのだってちゃんとした理由があるんだ。
レジ打ちながらちょっと哲学してたら客がお釣りを取り忘れて帰ってしまった。
残されたお釣りは僕のポケットへ。すごく得した気分になった。
・・・やっぱ僕はダメ人間だ。


1月27日(土) 大雪
美希ちゃんがすごい勢いで電話してきた。「大変!掲示板に書き込み増えてる!」と。
今バイト中だからと説明してもなかなか電話を切ってくれなかった。
しまいには「こんな雪でも出勤するなんてがんばり屋さんね。」などと言われたり。
雪だろうがコンビニは開店する。むしろ雪かきまでやらされて大変だった。
足場の悪い中、頑張って早足で家に帰った。
久々に「WANTTED処刑人」を覗いてみるとKが新しい書き込みをしていた。

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投稿者:K

板倉聡美:リスト追加だ。
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投稿校日は先週の日曜日。最近見てなかったから気づかなかった。
美希ちゃんに教えてもらわなかったら気づかずじまいだったかもしれない。
夜に奥田の家に電話すると、美希ちゃんが受話器を奪った。
「ねぇ。あの人も絶対処刑人に手を出してやられちゃった人だよね。」
Kは今でもキッチリ僕らのことを忘れてない。それでもあえてKとメル友になってる。
奥田が「お前ら、俺の知らない間に凄いことやってるな。」と言ってた。
僕も今度の書き込みを見てからは俄然緊張感が増してきた。
これはヘタに手を出したら本当に返り討ちにあうかもしれない。
メル友作戦はこのまま遂行しても大丈夫か?
奥田はこの作戦自体に感心しまくってた。「そこまで考えてたお前らの方が凄いよ。全然問題ないじゃん。」
僕は少し迷ったけど、このまま続けることを決意した。
よくよく考えてみると渡部理論は的を得てたし順調に滑り出してる。このまま終えるのは惜しい。
肝心の発案者且つ実行者の美希ちゃんがちょっと怖がってた。
でも「じゃ、やめとく?」って言ったら「いや、やめない。続ける。」と即答した。
美希ちゃんはなんだかんだで結局は好奇心の方を優先させる。
それが彼女の魅力でもある。これで決まり。
作戦続行。


1月28日(日) 晴れ
美希ちゃんはまだ心配してた。このままKとメル友しちゃっていいのか、と。
昨日はやる気あったのにまた心が揺れ始めたらしい。忙しい人だ。
牧原さんと岡部君。そして新たに加わった板倉さん。実名だけに、確かにこの三人は気になる。
Kの言葉から推測すると、処刑人に手を出して返り討ちになった人だろう。
ならKに手を出したら同じ運命辿ることになるんだろうか。
それとも僕らを脅すためだけの架空の人物で、単なる脅し?
「ケイさんの方は今でもいい感じの手応えなのよ。全然警戒してなくて。」
最初は散々バカにしてたのに今は順調なのを怖がってる。
電話の向こうの不安げな顔が想像できた。気持ちはわかるけど今のところは不安要素は何もない。と思う。
今の段階じゃ僕にも何もわからない。結局はKをおびき出さない限り何もわからないんだ。
とりあえず「大丈夫。きっとうまくいくよ。」と言っておいた。僕らしくないポジティブな発言。
大丈夫。何かあったら僕が・・・いや、君には奥田がついてるから。
僕なんかよりよっぽど頼りがいのある奴がいるから。あいつ守ってくれるから。
僕は見守るだけでいい。


第11週