絶望世界 もうひとつの僕日記

第52週


5月6日(月) 晴れ
僕は膝を抱えて部屋の隅に座り込んでいた。
ブルブルと震えながら一日中ずっとそこにいた。
彼女の「ご飯食べて。」という声が聞こえたけど無視した。
途中どうしても我慢できずにトイレに行った。
用が済んでも一時間以上座ってたら、彼女がノックしてきて「大丈夫。」と声をかけてきた。
僕は「うるせぇ。」と叫びトイレから飛び出て、また部屋の隅に座り込んだ。
部屋に虫が這ってるのが見えた。


5月7日(火) 曇り
起きるのが億劫になった。
彼女が「今日から仕事じゃないの?」と声をかけられても布団を頭から被りって黙り込んだ。
携帯が鳴ってもすぐに電源を切った。
お昼に「ご飯くらい食べなよ。」と声をかけられた。僕は「持ってこい。」と叫んだ。
彼女がハンバーガーとポテトとジュースの入った紙袋を持ってきて、僕の布団の横に置いてくれた。
僕は布団から這い出てハンバーガーにかぶりついた。
昨日から何も食べてなかったので猛烈にお腹が空いていた。
全てたいらげると僕は再び布団にもぐりこんだ。
気付いたらゴミは片付けられていた。


5月8日(水) 晴れ
布団を移動させてテレビの前に陣取った。
彼女は隅に追いやられても普通に本を読んだり携帯をいじったりしてた。
僕がご飯を作らなくなったので代わりに彼女が作ってくれた。
僕はお皿を布団に持ち込み、一人で食べた。
布団の横に空いたお皿を置いておくと彼女が勝手に後片付けをしてくれた。
彼女とは会話をしなくなった。
彼女が買い物に行く時も、帰ってきた時も、彼女から声をかけてくれるものの僕は無視し続けた。
目もあわせてない。


5月9日(木) 曇り
テレビで暗闇のシーンがあると自分の顔が写った。
無精ひげが生えて髪もボサボサ。少し前にしてた格好に似てるなと思った。
彼女の話し掛ける声はテレビの音にかき消され、僕の耳には入ってこなかった。
テレビ画面に反射して時たま彼女の姿が見える。
携帯を眺めながらクスクス笑ってるような気がした。
誰かの新曲のCMが始まって彼女の姿をかき消した。
僕は振り向きもせずテレビに視線を向けたままでいた。
外では雨が降り始めた。


5月10日(金) 雨
一日中雨が降ってるので布団がじめじめしてる。
今日はご飯を食べてないかお腹が減って仕方なかった。
彼女は買い物に行ったっきりまだ戻ってこない。
「買い物に行ってくるね。」と言い残し、傘を持って外に出ていったままだった。
僕は冷たい布団に篭り、ご飯が差し出されるのを待ち続けた。
雨が落ちる音だけが変わらず聞こえる。
ご飯は出てこない。


5月11日(土) 晴れ
テレビを消すととても静かだった。
聞こえるのは外で吹いてる風の音と僕の息遣い。
彼女が出て行ったと認識するのにそんなに時間は要しなかった。
布団から這い出て冷蔵庫をのぞいて見た。
彼女が買いだめしていたレトルト食品が見つかったので温めて食べた。
空腹から解放されて一息ついたあと、久々に温かいシャワーを浴びた。
体にこびりついたほこりや垢が綺麗に洗い流される。
何もかもが流されていく。
窓を開けると新鮮な空気が部屋に吹き込んだ。
大きく深呼吸すると足の先から頭の中まで風が吹きぬけた。
あまりの爽やかさに草原にでも迷い込んだような錯覚に陥る。
目を開けるとそこはただの殺風景なアパートの一室だった。
僕はけけけと笑ってまた布団にもぐりこんだ。

これで僕は一人になった。



5月12日(日)                      晴れ
パソコンの画面に浮かぶ無数の文字。
誰かが誰かに呼びかけて、見知らぬ誰かがそれに答える。
ひとつ「出会い系」と書かれたサイトがあったのでそこの掲示板をのぞいて見た。
すっと前からかわらない。人が入れ替わり同じ事が繰り返されている。
顔も見えない者同士、何かを求めて語り合う。
そこに得体の知れない異物が紛れ込んでいたって誰もわからない。
僕は気付かなかった。たぶんみんな気付かない。

キーボードをカタカタ打つ音が妙に大きく響いた。
マウスを動かして灰色のボタンを押す。カチッと音がして文章が登録された。
画面が更新され、僕の入力した文字が誰かの発言の下に連なった。
「みんな死ねばいい。」
画面の向こうでキーボードを叩いてる連中の姿を想像してみた。
どいつもこいつも猿の顔をしてやがる。

殺してやろうと思った。


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