狭間の世界 −ボクの日記−
第十週「遮光」
3月12日(月) アメ
疑問を抱いたままタケシ君のカウンセリングが始まりました。と言ってもただ単に質問に答えるだけです。
「過去を思い出すんだ。少しずつでいい。覚えてるところから話してくれないか。」
タケシ君の声はとても穏やかでとても安心した気分になれました。
ボクは目を閉じて目覚めた時のことを思い出して話しました。深い真っ暗な穴から這い出たような、目覚めたときのまぶしさ。
横にはタケシ君が立ってた。名前は教えてもらわなくてもなぜか頭に思い浮かんだ。
あの時のタケシ君はまだあまりお喋りじゃなくて中学の制服を着てたっけ。ちょっと気弱そうだった。
今はこんなに凛々しいのに。
3月13日(火) ハレ
昨日の話じゃ不満なようです。質問が変わりました。
「今日は昨日思い出したことよりも以前のこと。眠ってた頃、どんな感じだったかを思い出してみてくれ。」
眠ってる時のことなんて思い出せるわけがありません。文句を言ったけどタケシ君は諦めませんでした。
「イメージだけででいいんだ。何か夢を見てなかったか?誰か他の人の存在を感じたりは?」
質問が難しくなってきたのでボクは困ってしまいました。夢は見てた気がするけど内容はとてもうっすらとしてます。
話せるほど覚えてない。
3月14日(水) ハレ
記憶がおぼろげでも「頑張ってイメージすることが大切なんだ。」と言われてしまいました。
だから頑張ってみます。目覚める前に見てた夢。あの時のイメージは・・・
プールがある。干からびてて水が無い。蛇口が壊れてて水が出ない。水が無いと泳げない。
隣のプールには水がたっぷり入ってる。そこから水をもらうことにした。バケツで少しづつ運んで。
あっちはちゃんと蛇口から水が出てる。勝手にもらっても誰も困らない。こっちが一杯になるまでもらい続けた。
自分の水じゃないのは知ってたけど、一度自分のプールに入れてしまえばもう自分の水だと思った。
・・・たぶんこんな感じだったと思う。
3月15日(木) ハレ
タケシ君はプールの話を聞いてから考え込むようになりました。
ボクはあの夢は完全に覚えてるわけじゃないので細かいことを聞かれると答えに詰まりました。
蛇口はなぜ壊れてたか。バケツは誰が運んでたのか。周りには他に何かあったか。
ボクが思い出せるのはあの水を運んでたイメージと、運んでた理由だけです。
水が無いから隣からもらった。それしかわかりません。
考えすぎて頭が疲れました。
3月16日(金) ハレ
おじいさんが「独り言をブツブツうるせえ!」と怒鳴ってきたので質問タイムは中止になりました。
「まったく、何度狂えば気が済むんだこのアマ。穀潰しは穀潰しらしく飯だけ食って寝てりゃいいんだよ。」
タケシ君がおじいさんを睨んでました。でもおじいさんは気付きません。
おばあさんも「何叫んでるの?」とやってきてボクは取り囲まれました。怖くなってタケシ君の隣に逃げました。
「おい。いっそこの部屋、座敷牢にしようぜ。」「今でも同じようなものじゃない。」「前はどうしたか覚えてるか。」「あの時は」・・
ボクを閉じこめる話をしてたんだと思うけど頭が痛くなってきたので耳を塞ぎました。
聞きたくない。
3月17日(土) アメ
閉じこめられたらタケシ君とずっと一緒なんだと思いました。ゆっくりタケシ君のカウンセリングを受けて元に戻る。
おじいさんは怖いけどおばあさんがご飯を持ってきてくれる。友達もいる。生きていける。
「外に出たくない。」思わずそう漏らしたらタケシが怒りました。
「今はそんな身体だから無理はできないけど、いずれは外に出るんだ。こんな家に居ちゃ行けない。」
外に出た時のことを想像して怖くなるとタケシ君が言ってくれました。
「大丈夫。俺がずっと一緒にいる。みんなで行こう。」
そうだよね。外に出れるかどうかはわからないけど、これだけはハッキリしてる。タケシ君はボクの心の一部。
決して離れることはありません。
3月18日(日) ハレ
本当に一緒にいてくれるのか気になったので聞いてみました。
「ボクが回復したらタケシ君は消えちゃうの?」「何言ってるんだよ。消えるわけないじゃないか。」
「でもタケシ君はボクにしか見えない幻だから。」
言った途端、タケシ君が薄まっていきました。見る見るうちに透けていく。
焦って一生懸命タケシ君のことを考えました。目をつぶって、タケシ君の姿をイメージ。高校の制服。睨むような目。
光を断って真っ暗闇に。じっと見てるとほら、タケシ君の姿が浮かんでくる・・・
ゆっくり目を開けると何事もなかったようにタケシ君がそこにいました。
これで確信しました。タケシ君はああ言ってくれてるけど、ボクが元に戻ったらタケシ君は消える。なら。
回復しなくていい。
→第11週「黒雲」