光と影の世界 −カイザー日記−
第2章「再始動」
カイザー日記 Chapter:5「希望の世界」
8/22 晴れ
リニューアルした「希望の世界」。昔の仲間が戻ってきたらしい。「渚」さんが「こんにちわ。」と挨拶してる。
三木と渚さん。二人は連絡を取り合ってるのか?今のところ彼女は敵か味方かわからないな。
いや、彼女なんて呼び方も正しくないかもしれない。男である可能性も充分考えられる。
まだ三木は来てないけど恐らく見てるだろう。「希望の世界」はハッキングとは関係なくアクセスできるんだから。
僕はsakkyとして渚さんに返事をしておいた。「お久しぶり。」この返事で問題は無いな。
渚さんは何故今まで黙ってたのだろう?見てはいたのか、見てもいなかったのか。
「こんにちわ。」と言われるとまるで初めて来た感じがする。慣れた常連なら今まで見てなかった理由、もしくは
見られなかった理由等を書くはずだ。久々の登場なんだから何か気の利いた事を言うのが礼儀だ。
それに「TOMO」さんと「えんどうまめ」さんは相変わらず登場してこない。
変わった。僕が乗っ取って以来、「希望の世界」は明らかに違うモノになっている。「それは違うぞ。」
また声が聞こえた。違う?何が違うんだ?「順序が逆だ。」・・・・・・・・・・・順序?ああ、なるほど、そう言うことか。
乗っ取ってから変わったんじゃない。僕は変わってしまった「希望の世界」を乗っ取ったんだ。
変わってしまった故に乗っ取ることができたのだ、とも言えるかもしれない。
ならば・・・とことん変えてやろうじゃないか。どんな理由で「希望の世界」が変わってしまったのかはわからない。
ただ、一度変わったモノはそう簡単には戻らない。・・・・・・・・僕が壊れてしまったのと同じように。
戻れないのなら進むしかないじゃないか。「希望の世界」を再び動かして、僕は進む。
再始動だ。
8/23 晴れ
麻生で捕まったサルがアザミと名付けられたそうだ。そして、「希望の世界」にも「K.アザミ」が登場した。
三木、渚さん、「K.アザミ」、sakky。「希望の世界」は確実に動き始めている。
今日も病院に行ってカウンセリングを受けてきた。これで僕の狂気は治るのかは疑問だけど続けるしかないな。
一回や二回カウンセリングを受けたところでその効果は簡単には現れないと思う。地道に通うとするか。
僕を病院に通う原因を作った三木は今のところ大人しくしてるみたいだ。電話もないしネットの書き込みもない。
でも奴は「希望の世界」を見てるはずだ。ハッキングがバレた事を知って様子を伺ってるのかもしれない。
悔しいことにハッキングの詳しいメカニズムは僕にはわからないけど、奴が僕のパソコンに侵入してる最中に
コンセントを抜いてやったんだから、三木にも何か異変があった事がわかるはずだ。それは間違いないと思う。
ただ、奴の次の行動が予想つかない。三木、次はどのようにして僕に近づいてくる?ネットか?現実か?
それとももう僕に手を出すのを止めたのか?「その可能性は薄い。」・・・・・・・・・・・確かに。虫の言う通りだ。
僕は三木に対して何か有効な反撃したか?してない。僕はただハッキングの事実を突き止めただけだ。
三木は、全く傷を負っちゃいない。無傷のままでただ身を引くだけなんて考えられない。
三木は、そんな生やさしい相手じゃない。僕の窮地は相変わらず続いていると言ってもいいだろう。
この窮地から脱する事が出来ない限り、僕は正気には戻れない。そんな予感がする。この予感、恐らく・・・・・・
間違ってはいない。
8/24 曇り
三木が再びやって来た。「やっと来てくれましたね。」とほざいてやがる。
少し前、僕は確かにネットに繋いでなかった。三木の奴その間もずっとネットで僕を待ちかまえていたのか。
だけどこうしてまた向かい合う事になったわけだ。今度は監視されてない僕と。
今はもう奴は日記を読んでいない。僕はパソコンを使わない時、コンセントとモジュラージャックを抜くようにした。
ハッキングなんかさせるものか。いつまでも見られてるわけにはいかないんだ。
監視されてない、と考えることで頭が少しスッキリした。監視の恐怖に怯えて狂気に包まれる事が少なくなった。
病院のカウンセリングの効果なのかもしれないけど、とにかく以前のような奇行はしなくなった・・・・と思う。
僕がとってる行動が正気のものなのか狂ってるのか自分じゃ判断することはできない。
テレビに向かって話しかけたり新聞を短冊状に切り裂いたり机の上に立って天井を眺めたり指を舐め回したり
誰もいない所で笑ってみたり電話が鳴るたびにビクっとしてみたり貧乏揺すりがやめられなかったり
ゴミ箱をひっくり返して紙屑の数を数えてみたり突然惚けてみたりするのは異常な行動だと言い切れるのか?
何処までが正気でどこからが狂気なのかその境目はあるのだろうか?そもそも境界線なんか引けるのか?
ただ、はっきりしてるのは僕は完全に正気の方には居ない、ということ。
僕は「希望の世界」で渚さんに無難な返事を返して置いた。オーケー。ここでは僕が狂ってる事はバレてない。
「希望の世界」での僕は正気の部分の象徴みたいなものだ。これを失うと僕はもうモトに戻ることはできない。
三木は来た。もう逃げるつもりはない。「希望の世界」に託したおいた「正気の僕」は守らなければいけない。
覚悟はできてる。
8/26 晴れ
「渚」さんが痛い発言をしている。「本音で話しあえるのっていいよね。」だって。
本音で話し合えたら、確かに素晴らしい事だよ。でもここは・・・・・「希望の世界」は偽りだらけの世界だ。
少なくとも僕と三木は偽ってる。僕と三木の関係は「希望の世界」のそれとははるかにかけ離れてる。
ネット上でも三木はたまに本性を垣間見せてたけど、現実での奴はそんなのとは比べモノにならない。
ハッキングの技術を持った悪魔だ。これまで出会ってきた人間の中で最低の部類に入る奴に違いない。
あんなの人間ですらないかもしれない。人の姿をしてないんじゃないのか?豚だ。豚野郎だ。豚豚豚豚豚豚豚
三木は豚だ三木は偽善者だ三木は最低の豚野郎だ三木は人間じゃない三木は豚三木は豚三木は豚
僕は?僕も、偽善者だ。ネットじゃマトモぶってるけど本当はこんな狂った人間なんだ。正気じゃないんだ。
病院がよいの精神異常者がネットで女性を演じてる。僕も三木と同じ様なものかもしれない。
「希望の世界」。改めてこの名前を見てみると悲しくなってくる。希望?ここにはそんなものがあるのか?
あんなマジメな事を言う渚さんにとっては「希望の世界」と言えなくもないだろう。だけど、僕には無い。
僕の希望はここには無い。あるのは三木によってもたらされた絶望だけだ。
「希望の世界」の管理人に「希望」が無いなんて・・・・・・・・なんて愚かな話なんだろう。
僕だってネットでも正直になりたい。でももう遅い。僕は既にネットの世界を信じることができなくなってしまった。
NSCを作った時から僕の運命は決まってたんだろうな。ネットストーキングはあまりに罰当たりな行為だった。
その結果がこれだ。精神が破綻して挙げ句の果てハッカーに追い詰められてる。
僕に希望はないのか?
8/28 晴れ
三木は前の書き込み以降なんのアプローチもしてこない。僕の知らないところで何か進めてるな。
もうすぐ学校が始まってしまう。そうしたら多くの人に出会うことになる。三木の手が学校まで回っていたら・・・・
嫌だ。考えたくない。学校が僕の知らない世界になっていたらどうしよう。僕の存在が消えてたらどうしよう。
みんなして僕を追い詰めてきたらどうしよう。僕の味方はいない。学校に、行きたくない。コワイコワイコワイコワイ
今日も病院に行った。落ち着く。お母さんの言った通り入院すれば良かったかもしれない。
パソコンの使用を許可されてる患者さんもいるんだったっけ?いいな。ノートパソコンなのかな。
精神病院からネットに繋いでこっち側との交流か。その人、一度会ってみたいな。
僕の苦しみを分かってくれるかもしれない。三木と対峙する覚悟は出来てる。でもこのままじゃあまりに不利だ。
味方になってくれなくてもいい。せめて、せめて僕の悩みだけでも聞いて欲しい。聞いてくれる人が欲しい。
大人は駄目だ。僕を変人扱いして終わりだ。看護婦さんやカウンセリングの先生に話しても無駄だな。
あの人たちは僕を「患者」としてしか見てない。何を言っても「精神異常者の戯言」で終わらされてしまうだろう。
僕は本当にハッキングされたんだ。三木は僕を何故だか知らないけど追い詰めてくる。誰か聞いてくれよ!
僕自身の問題。悲しいくらい僕自身で解決しなくちゃいけない問題だ。そして、あまりに重すぎる。
誰だ分からない人に理由も分からず監視されたりするんだぞ。この怖さ、分かってくれる人はいないのか?
「希望の世界」には三木がいる。現実でも三木は近づいてきてる。奴は僕が中学校に通ってる事を知ってる。
病院は・・・僕が精神病院に通ってる事は知ってるのか?「知らないはずだ。」
そうだ。僕が精神病院に通うことになった事を書いた日の日記はギリギリ読まれなかったはずだ。
味方を作るならあそこしかない。三木、お前は僕の知らないところで何かを進めてる。
なら僕は、お前の知らないところでお前の知らない「何か」を進めてやろうじゃないか。
少しだけ、光が射してきたかもしれない。
8/30 晴れ
病院に行った時、僕は先生にパソコンの使用を許可されてる患者に会いたい、と言った。
先生は変な顔をして何でそんな事がしたいのか聞いてきた。僕ははっきり言ってやった。
「僕はパソコンのやりすぎでここに通う事になりました。その人もパソコンを使う人なら話が合うと思うんです。」
確かに会話する事は回復の為の良い手段だけど・・・と言ったものの先生はあまり乗り気じゃないようだった。
僕は食い下がった。僕は話し相手が欲しいんです。同じパソコンを趣味とする人と悩みを語り合いたいんです。
先生は観念したらしく、なんとか話をつけてみるみたいな事を言ってました。これで一歩前進した。
今日もまた「希望の世界」へ。「K.アザミ」が「大丈夫。怖いものなんてないよ。」との書き込み。
そう。三木を怖がる必要なんて無い。僕には今、味方ができようとしてるんだから。
精神病院からネットを繋ぐまだ見ぬ「味方」の姿を想像してみた。やっぱり年上の人かな?それとも・・・・
僕は以前病院で見た女の人の姿を思い浮かべていた。何処かで見たような、見た事ないような顔。
あの人にももう一度会いたいな。漠然とそんな事も考えてみた。あの人は一体何者なんだろう?
三木はまだ「希望の世界」に来てない。じきに学校は始まる。夏休みはもう終わりだ。
夏休みが始まる前と、今。僕を取り巻く環境と、僕自身とはあまりに変わってしまった。
ああ、もう考えるのはよそう。希望は少しだけ見えてきたんだから。なるようになるしかない。
僕は僕が今出来ることを可能な限り進める。三木が次に何をしてくるかなんて僕にはわからないんだから。
「希望の世界」の未来だって、見えない。
→カイザー日記6.「学校と病院」