光と影の世界 −カイザー日記−
カイザー日記 Chapter:8「夢」
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今日やっと退院できた。
やっぱり頭の怪我ってのは大したことなさそうでも精密検査やらで時間がかかる。
病院のベッドで目が覚めるまで、とても長い夢を見た。恐ろしいほどリアルな夢だった。
日記。日記を書かないと。あれからもう10日経ってる。あの日に起きた事、書かないと。
9月15日のオフ会。あんな夢を見たのもオフ会に行ったからだ。
そこであんな目にあったからだ。
あの日、僕は予定通り黄色いTシャツと紺のジーンズ、灰色の帽子をかぶって出かけた。ベルも持って。
ポケットにはナイフを入れて置いた。JRを使って横浜へ。休日の電車はガキが多くて嫌だった。
オフ会の集合時間は午後1時。僕は12時半には横浜に着いていた。
鞄に付けたベルがチリチリなってうるさかった。駅の構内は人が多くて暑かった。汗が出ていた。
JRの改札を出て東横線の改札へ向かった。とりあえず行ってみて、誰もいなければブラブラしてるつもりだった。
東横線の改札に行くには階段を上らなきゃいけない。時間は早いけど誰かいるかもしれない。
ポケットのナイフを握ってみた。ぬるかった。ベルは相変わらずうるさい。階段に向かった。
階段を上ろうとしたとき、知らない男に話しかけられた。ベルをつけてた。
「ねぇ君、そのベルさ。もしかして『希望の世界』の人?」
20代後半くらいの男だった。30過ぎてると言われても違和感無い。太り気味で眼鏡をかけてた。
そうですけど、と答えた。こんなに早く出会う事になるとは思わなかったので少しとまどった。
「良かった!僕もね、そうなんだよ。オフ会に来たんだよ。まだ時間早いけど。」
ぼくはまたそうですね、と答えた。誰なんだろう。この男はネットでは何と名乗ってるんだろう。
「あの・・・名前は・・・?」僕はそいつに向かって聞いてみた。
「ああごめんごめん。自己紹介してなかったね。僕はね、昔よく書き込んでた『えんどうまめ』だよ。」
いきなりその名前が出てきて驚いた。何故今頃「えんどうまめ」さんが?今まで何やってたんだ?
「あ、ここで喋ってると邪魔だからちょっと端に行こうよ。」
確かに階段のは人通りが激しく、僕たちは結構邪魔になってた。だから端に寄った。逆側の、端に。
えんどうまめさんは「『希望の世界』ご一行行きマース。」と叫んでベルを振りかざしながら歩いていった。
わざわざエスカレーターの下を横切って東横線改札のすぐ下から逆側の端に寄っていった。
ベルをかざすえんどうまめさんの姿を何人かはチラリと見たけどほとんどの人が無視してた。
僕は恥ずかしかったけどなんとかえんどうまめさんの後ろについていった。
「それでさ、君は?」
僕は拍子抜けした声で「は?」と答えた。
「だから、君のハンドルネームだよ。あそこじゃ何て名乗ってるの?」
僕はここで初めて自分が何と名乗るか考えてなかった事に気がついた。三木が直接来ると思ったから。
まさかえんどうまめさんが来るとは思わなかったから。僕には、堂々と名乗れる名前が無かった。
だからと言って答えないわけには行かなかった。仕方なく僕は答えた。
「K.アザミ」
えんどうまめさんは驚いた顔をして僕を見た。「えー!女の子だと思ってたよぉ!」
すいません、と僕は下を向いた。えんどうまめさんは歩き出していた。
「びっくりだよーびっくりだよー僕もずっとROMってた身だからそんなに人の事言えないけどさぁ。」
僕は何も言わなかった。えんどうまめさんは階段を上ってる。僕も横に並んで歩いた。
駅の西口を歩いてた。東横線改札口は前を通ることなく過ぎてた。
「でもねぇその気持ちわかるよ。うん。男ってさぁやっぱ女に憧れるワケじゃん?ねぇ?」
僕はこれで三回目となる「そうですね。」のセリフを言った。
西口の地下街へ抜ける階段を横に見ながらモアーズの方に歩いてた。
僕はえんどうまめさんについていってるだけだった。東横線の改札は人混みに邪魔されて見えなかった。
「女のキャラを演じるのってさぁなんかね。イイんだよね。あ、君ってさ、中学生?」
はい。中学三年生です。素直に答えてた。
モアーズの横まで来てる。この人は何処に行くんだろう。そんな事を考えてるとモアーズの横を通り過ぎた。
「ところでさぁ他の人たちってどんな人なんだろうね。どう思う?ねぇ。ねぇ。」
居酒屋等がある雑居ビルが並んでる裏路地っぽい所を歩いてた。
「他の人?」と僕はおうむ返しに聞いた。
「そうそうそうそうそうそう他の人他の人他の人。特にさささsakkyさんについてはどう思いますか?」
工事中のフェンスに囲まれる狭い道に入った。僕たち以外誰もいない。えんどうまめさんは立ち止まった。
「どう思いますか?ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇぇぇ。」
「sakkyさんは・・・別に・・・・僕は。」僕は突き飛ばされた。固いフェンスに頭をぶつけた。一瞬クラっとした。
「何が別にだよぉぉぉぉぉぉぉお前がぁぁぁぁお前がぁぁぁぁsサキの名前を使うなよぉおおお。」
僕はポケットのナイフを握りしめていた。固く、固く握った。
「お前中学生なんだろ?わかってんだようお前がカイザー・ソゼだろ違うのか違うのか?」
一瞬ヤツの顔が曇った。違ったらどうしよう、と思ってるんだな。でも、正解だ。
僕もその時わかった。えんどうまめが三木だ。目の前に居るヤツが、三木だ。
僕はまた突き飛ばされた。鞄のベルがとれてチリチリと鳴りながら落っこちた。
「お前が変な事するからサキちゃんいなくなっちゃったじゃないかよぉお前が悪いんだぞお前がお前が。」
「ちょっと!何してるのよ!」
女の人が路地に入ってきた。三木はぅぅぅと唸って、逃げた。女の人は倒れた僕に走り寄った。
「悪いけどそこで立ち聞きしてたわ。確認するけど、あなたはカイザー・ソゼで、sakkyの名を騙ってたのね?」
はい。そうです。あなたは誰です?どうしてここが?
「私は本当の三木。あいつは、たぶん悪さをしてる方のニセモノの三木。あいつ、何か言ってた?」
えんどうまめって名乗ってました。どうしてここが?
「本当?確かにえんどうまめって言ったのね?」
本当です。どうしてここが?
「なんであいつが・・・。」
どうしてここが?
「あれだけ大声で叫ばれちゃわかるわよ。私も改札前に行く途中だったから。」
どうしてここが?
「それで、あなた達をつけたの。話は聞こえなかったけど、この工事中の路地に入ってからは静かだったから。
そこの門にいたら話が聞こえるようになったよ。あいつがカイザー・ソゼって叫んでるあたりから聞いてた。」
「あ!あいつあっちで私達見てる!」
僕、今ナイフ持ってるんですけど
「また逃げた!私、あいつを今から追ってくる!」
僕まだナイフ握ったままなんです
「何言ってるの?まぁいいわ。あなたはこれ見て自分のしてきた事の重さを知りなさい!」
フロッピー・ディスクですね
「私の本名はワタベミキ。あなたは?」
K.アザミ
「やば!あいつ見えなくなっちゃった。じゃ、私行くね!その中身、ちゃんと読むのよ!」
もう走り始めてますね
「それ読んで、自分のやるべき事を考えなさい!」
ワタベさん行っちゃった。
ナイフ、握ったままなんですけど。ねぇ、ナイフ。ポケットの中で、僕ナイフ握ってます。握ってました。
僕は立ち上がり、来た道を戻った。頭が痛かった。
午後1時5分。僕は東横線改札前を通った。僕にはベルは無かった。他につけてる人も見あたらなかった。
切符を買って改札をくぐり、階段を上ってホームに着いた。電車が来てたので乗った。僕は家に帰った。
家につくと僕は自分の部屋に戻った。ナイフは握りっぱなしだった。机にしまった。フロッピーもしまった。
ここで、僕の記憶はとぎれた。
たぶんフェンスに頭をぶつけたときの打ち所が悪かったんだと思う。それから三日以上、僕は眠り続けた。
妙な夢を見た。いや、夢と呼ぶにはあまりにリアルすぎる。
そこは妙にあかるい場所だった。僕は黒いコートに黒い帽子をかぶり、金の腕時計をしてた。
映画で見たカイザー・ソゼの格好そのままだった。僕は自分がカイザー・ソゼである事を認めた
色んな人が歩いてた。でも、老人はいなかった。みんな若い人たちばかりだ。
中には小学生っぽい女の子もいた。カッコイイお兄さんと一緒に会話しながら歩いていた。
しばらく見てると、二人は別れた。小学生の女の子が帰るそうだ。手を振りながら帰っていった。
カッコイイお兄さんは何処かにいってしまった。小学生の女の子を見ると、そこにはもう居なかった。
男の人が立ってるだけだった。その男の人は人混みの中に入っていって何か喋ってた。
とても楽しい話をしてるらしく、人だかりができた。離れていく人も居た。その人達は違う場所でかたまってた。
僕は別の場所へ歩いていった。誰かに会った。顔がよく見えないので誰だか分からなかった。
僕は女になってた。自分の顔は見えないのでどんな風になってるのかよく分からない。
顔がよく見えないその人も女の人っぽかった。僕に話しかけてる。何て言ってるのか聞こえた。「sakkyさん」
僕は自分がsakkyさんになってる事に気付いた。自分の顔はやっぱり見えなかった。
僕たちは一緒になって話してた。僕と、顔の見えない人と、ワタベさんとで。
ワタベさんは話をするたびに顔がえんどうまめになったりした。何も喋らないと特徴のない男の顔になってた。
その顔がどんなものなのか思い出した。僕がイメージしてた三木の顔だ。
三木は顔のよく見えない女の人に近づこうとしてる。辿り着けなかった。何処にいるのかわかってない。
ワタベさんの顔になると簡単に近付くことができてる。えんどうまめになるとまた近づけなくなる。
いつのまにえんどうまめは離れた位置に座ってた。そこでずっと僕たちを見てた。
僕と顔の見えない女の人とワタベさんはずっとお話をしてた。
僕はベットで目が覚めた。それから数日間、精密検査やらで入院が長引いた。
僕は駅の階段で転んで頭をぶつけたと言った。親は僕の精神状態まで心配してた。
発作的に自分から転んだんじゃないかとまで疑ってた。さすがに僕もそこまではしない。
事故ということでみんな納得した。
久々に家に戻り、日記をつけてる。日記?これは日記だよ。僕が、僕の物語を綴ってる。
三木の事、ワタベさんの事、もらったフロッピー。今は何かを考えるような事はしたくない。
まだ夢見心地のままの僕。何がどうなってるのか、まだ把握しきれてない。
オフ会の時に吹いていた強い風ももうとっくに収まってる。
僕は頭を抱えて画面の前に座ってる。時々思い出しようにこの日記を書く。
この文章を書き終えたらまた僕は頭を抱える。痛い。頭が、痛い。
痛い・・・・
→サキの日記5−「接触」