世界 カイザー日記

カイザー日記 Chapter:12「中へ」


10/23 晴れ
一昨日、病院に行っても何も出来ず。日記を書くのに値しない日。
昨日、病院に行っても何も出来ず。日記を書くのに値しない日。
今日、病院に行って何も出来ず。でも、進展はあった。
悪い方に。
先生に言われた。「君はもうカウンセリング受ける必要ないんじゃないかな。」
それはつまり、僕はもう狂ってないという事ですか?
「表現はあまり良くないけど・・・・まぁそうゆう事だね。」
もう来るなって事ですか?
「来るなとは言わないよ。来る必要がない、というだけなんだ。」
狂ったフリして中に入ろうとしても無駄だよって事ですね
「ん?何?」
中に入れてたまるかって思ってるんですね
「やけに中にこだわるな。君は中に入る必要もないし、勝手に入れるわけにもいかない。前にも言っただろ。」
僕を野放しにしておくのは危険ですよ
「自分で言えるなら平気だ。中はそんなもんじゃない。」
危険ですよ
「もう中にこだわるのは止めなさい。」
・・・・
僕は狂ったフリをして中に入るのを諦めた。けど、中に入る事自体諦めたわけじゃない。
遠藤智久。奴はもう早紀さんを見つけたのか?中の事は外じゃわからない。
そして僕は、焦れば焦るほど悪い方へ進んでいく。
駄目だ・・・


10/24 晴れ
今日も病院にベルの女の人が。声をかけられました。
「カイザー君、遠藤智久ってどうなったの?」
いきなり聞いてきたのでびっくりしました。色々質問したいのは僕の方なのに。
僕は奴が中に入った事、入った方法を説明しました。
「ふぅん。」と拍子抜けした声で返事をしてます。こんな重大な事態でよくそんな。
この人は、誰だか知らないけど「希望の世界」の関係者のはずだ。早紀さんの事も知ってるんだろ?
「じゃあカイザー君も急がなきゃね。」
全然緊迫感の無い声。本当に、この人は誰なんだ?
あなた何者なんですか?僕は聞いた。
「そのうち、ね。」とはぐらかされてた。そしてそのまま帰ってしまった。
わけがわからない。遠藤が中で何をやってるのかもわからないし、中に入る事も止められてる。
僕の作戦も破れたっぽいし、他に名案もナシ。早紀さんへの道が、無い。
僕は何処へ進めばいいんだ。


10/25 曇り
遠藤智久のように、本当に狂ってしまうしか道はないのか。
虫が僕の中に居たころ、僕は間違いなく狂ってた。もう一度あの状態に。いや、それ以上になれば・・・
虫。何処へ行ってしまったんだ。いつの間にか消えてしまった。
もう一度、戻ってきてくれ。そして、僕を中へ導いてくれ!
時間がないんだ。奴が早紀さんに会う前に。いや、もう会ってるかもしれない。
とにかく、早く中に入りたいんだ。力を貸してくれよ。
助けてくれよ。誰でもいいから。頼むから。
早紀さんに会わせてくれ・・・


10/26 晴れ
虫はもう、僕の中に舞い降りてはこなかった。
これは運命なのかもしれない。僕に早紀さんを守る事なんかできないと、あらかじめ決まってたのかもしれない。
あるいは「お前に早紀を守る力はない。」と神様が教えてくれてるのかも。力のない者は中には入れないと・・・
そんな僕のあきらめが光を呼んだんだろうか。道が、開けた。
ずっと、ずっと待ち望んでいた状態が僕の目の前に。
中への扉が開き、人が通る。先生たちがすれ違う。僕の担当の・・・・名前は知らないけど、あの先生はいない。
僕はベンチから立ち上がった。ゆっくりと扉に向かう。ロビーからは離れた所にあるこの通路では人気が少ない。
だから無理矢理中に入ろうとすると目立ってすぐにバレる。ただでさえここのベンチに座ってると気まずいんだ。
僕は目立つのを嫌っていつもはロビーのベンチに居る。でも、今日に限って僕はこっちにいた。
中に入ることを諦めていた僕は、もうなりふり構わずこっちのベンチに座ってた。そしたら、道が開けたんだ。
偶然じゃない。僕は導かれてる。そう思った。
何人かが扉が開いたまますれ違う。中に入る先生の後ろをゆっくりとついていく。
先生が中に入る。僕はまだ入らない。外から出てくる先生が。ここだ。この瞬間を待ってたんだ。
僕は中へ入った。外から出てくる先生は僕がずっとベンチに座ってた不審人物だとは知らない。
親切に扉を押さえててくれてる。僕は軽く会釈をして、当たり前の様な顔をして、中を進んだ。
僕は扉を監視してる警備員の人が気付いてない事を祈った。

僕は不思議と迷う気がしなかった。僕は導かれてるんだから、早紀さんの所へ辿り着けるはず。
虫が、飛んでいた。僕はその後を追った。そうか。お前が僕を導いてくれたのか。
ふと遠藤智久の事を思い出した。奴に会うかもしれない。でも、平気だ。僕には虫がついてるから。
虫の導きに従い、僕はひたすら進んだ。目の前の虫が本当に存在してるのか、ふと疑問に思った。
そんなことはどうでもいいじゃないか。虫がそう言った気がした。確かに。そんなことはどうでもよかった。
どれだけ進んだのか良く覚えてない。気がつくと、僕はある部屋の前に居た。
虫はもう消えていた。役目を終えたんだな。ありがとう。僕は消えた虫に向かって呟いた。
その瞬間だった。
僕の視界に遠藤智久が入ってきた。奴は僕に気付いてない。何かブツブツ言いながら歩いてる。
見られるわけにはいかない。僕はノックもせず、その部屋に入った。本当に早紀さんの部屋なのか確認せずに。
奴の声が近づく。ドアに耳を当てて、外の気配を伺った。声はどんどん近づいてくる。来る。
声が止んだ。そして、代わりに激しい息づかいが聞こえた。耳に響く。奴は、この部屋の目の前に立ってる!
ドア越しに視線を感じる。奴は今、この部屋に入ろうか迷ってる。やめろ。来るな。来るな!心の中で叫んだ。
息づかいは止まらない。むしろ激しくなってる。僕も息が荒くなってきた。汗が垂れてきてる。
来るな。来るな。来るな。来るな来るな来るな来るなクルナクルナクルナクルナクルナクルナ

あ゛ー

その叫び声はなんとも弱々しく、辺りに響いた。奴の叫び声だ。
しばらくの沈黙。その後再びブツブツ言う声が聞こえてきた。遠ざかっていく。去ったんだ。
僕は安堵の息をもらした。

改めて部屋の中を見渡してみる。誰もいない。ベッドがあるだけだ。
ベッドの上に何か置いてある。何だろう、と思って近づいてみた。
僕は叫んだ。
頭だ。人の頭だ!頭だけがベッドの上に転がってる!
なんでこんな所に。なんでこんなモノが。なんで僕が。なんだこれは。なんでこんなことに・・・・
僕は混乱していた。冷静になるまで数分かかった。
落ち着きを取り戻し、もう一度それを見てみると、それが人の頭ではないことに気がついた。
人形の頭だ。
僕はオクダのくれたバラバラ人形を思い出した。あれは頭だけが無かった。ここには、頭だけがある。
どう考えても、この頭はあの人形のものだ。僕は手にとって眺めてみた。
そして、突然ドア開いた。びっくりしてドアを見る。そこに立ってたのは・・・・・・僕の担当の先生だった。
先生も驚いてた。でも、すぐに平静さを取り戻した。「お前、こんな所で何やってるんだ!」と叫んだ。
僕が外に連れ出されるのに、それから10分もかからなかった。

家に帰った僕は、人形の頭を持ってきてしまった事に気がついた。
全部揃った。だから何だと言うんだ。早紀さんには会えなかったじゃないか。
人形の頭を眺めながら僕はそう思っていた。
せっかく中に入れたのに。


10/27 雷雨
昨日入った部屋は本当に早紀さんの部屋だったのか?そしてあの人形は?
もはやそんなことはどうでも良かった。僕は今、混乱してる。

病院のロビー。雨に濡れた身体で中に入る。
ベンチに座ってた人が僕を見て、近づいてきた。・・・・・・・・・・遠藤智久だった。
疲れ切った顔。いつものニヤけた顔は面影もない。
今日はナイフを持ってきてなかったので焦った。ここで闘ったら負けると思った。緊張が走った
けど、そんな不安はすぐに消えた。奴から殺気が全く感じられなかったから。
遠藤智久は本当に疲れてるみたいだった。声にも力が感じられない。狂気でさえも、感じない。
「追い出されちゃった。」と呟いた。
僕は聞き返した。追い出されたって?寂しそうな顔をして奴は答えた。
「狂ったフリしてるだけだろ、だって。」
この男は・・・遠藤智久は「中」で扱わなければならない程危険じゃないって事か?
僕から見ればこいつも十分狂ってる。それでも、プロから見ればマトモな方なのか?
僕が色々考えてると、奴は急に顔を曇らせた。
「ねぇ。」と声を上げる。涙声だ。
僕の目を見て語りかけてくる。奴の目は、とても・・・何というか・・・悲しい目をしてた。
そんな目をしたまま、奴は言った。

「早紀ちゃん、居なかったよ。」

顔がだんだん崩れていく。奴の目から、涙が、こぼれた。
中の、何処にもいないんだ。早紀ちゃん、自分でここに居るっていってたのに、居ないんだ。
僕、早紀ちゃんがここにいるって信じてたのに。また騙されちゃったよ。裏切られちゃったよ。
カイザー君。早紀ちゃんここにはいないんだよ。隠れてるのかと思った。でも違うんだ。本当に居ないんだ。
見つけられないんだ。どの部屋にも、中庭にも、どの先生に聞いても、居ないんだ。居ないんだよ。
ねぇ。もしかして早紀ちゃん、僕の事キライなのかな?だから嘘の居場所教えたのかな?
でもさ、そしたら君も嫌われてることになるんだよ。へへへ。おあいこだね。へへへへへへへへへへへへ
その後はもう、泣きながら笑ってるだけだった。その姿はとても・・・・・哀れに見えた。
へへへ、という笑い声はロビーのざわめき声にかき消され、決して周りには響かない。
奴は再びベンチに腰を下ろし、泣き続けた。
その泣き声は何処にも届かない。広めのロビーの中で、奴一人ぽつんと取り残されてるみたいだった。
誰にも相手にされず、ただひたすら泣いてた。
ずっと。ずっと泣いていた。

僕はひどく混乱した。病院にいるともっと混乱してしまいそうだった。家に帰ることにした。
一度、落ち着いて情報を整理しなきゃいけない。いや、整理も何もない。奴の言った事をどう考えるかだ。
あの中に、早紀さんは居ない。
本当なのか?奴が嘘言ってるだけなんじゃないのか?でも、嘘つく理由がない。
それとも、中の人たちがグルになって早紀さんの存在を隠してるのか。
あるいはただ単に患者である遠藤智久に他の患者の情報を教えなかっただけなのか。
・・・・・・・・・・わからない。なら、自分の目で確かめるしかない。
いつもそうだ。自分の目で確かめなきゃ現実は見えてこない。僕は覚悟を決めた。
それがどんな現実でも構わない。どんな結果になろうと構わない。僕は真実を知りたいんだ。だから、
もう一度、中へ。


10/28 晴天
絶対中に入ってやる。この決意を胸にした僕を迎えてくれたのは、ベルの女の人だった。
病院に入った途端、「待ってたわよ。カイザー君。」と声をかけられた。
僕が何か言うよりはやく、その人は喋り始めた。
「本当はね。私、表舞台に出るつもりなかったの。けど、そうも言ってられなくなっちゃって。」
何を言ってるんだ?あなたは、誰なんですか?
僕が話そうとすると、彼女は人差し指を自分の口に当てて、しいっと言った。
「今は何も言わないで。いずれ全てがわかるから。」
僕があっけにとられて何も言えないでいると、勝手に歩き出していった。少し行くと振り返り、こう言ってきた。
「さあいらっしゃい。私が、中へ連れていってあげる。」

僕はただついていくだけだった。中への扉に着くまで、彼女は喋りっぱなしだった。
もう中に入るための話はつけてあるから。でも先生には見つからないようにね。そうだ。先生の名前、知ってる?
知りません。先生ってたぶん僕の担当の先生の事だろうけど、名前は本当に知らない。
色々話を聞いてるから間違いないと思うけど・・・・・・その先生ね、岩本っていう名前なんだよ。
岩本先生。僕は一瞬背筋が凍ってしまった。それって、それってまさか・・・・・。
「着いたよ。」
中への扉の前まで来た。彼女が警備の人と何か話して、戻ってきた。
「オッケー。中に入れるわよ。でも、ここからは一人で行ってね。」
え?と思わず聞き返す。早紀さんの所まで連れていってくれるんじゃないんですか?
ゆっくりと首を横に振る。一人で、とまた言った。
「なんかの映画のキャッチコピーでさ、『自分の目で確かめな』ってあったよね。私の言いたいことわかる?」
わかります、と僕は頷いた。そうだ。僕はここに現実を見るために来たんだ。僕自身の目で、現実を見るために。
なら迷うな。一人でも、行け。進め。
僕は一人で中に入るのに同意した。扉を開き、中へ。背後で彼女が叫んでるのが聞こえた。
「見るのよ。現実を。目をそらしちゃダメよ!」
僕は振り返らずに頷いた。そして、人形を手に入れたあの部屋に向かった。
・・・・早紀さんの元へ。

今日は迷わずに進めた。道は分かってる。ゆっくりと、確実に一歩一歩を踏み出す。
もはや障害は何も無い。長かった。ここまで来るのに、本当に長い時間がかかった。
こんなに近くに居ながら、辿り着くことができすにくすぶってた毎日。でも、全ては今日、報われる。
階段を上がる。部屋が近づくにつれ、僕の緊張は高まっていった。気がつくと僕は早足になってた。
落ち着け。ゆっくりでいいから。僕の意志に反して歩くスピードは速まる。
落ち着いてなんかいられるか。待ちこがれていたこの時を、一分でも早く体験したい。
なぁ、正直になろうぜ。僕は自分に向かって呟いた。自分の本音をぶちまけろ。
早紀さん!僕は叫んでいた。そうだよ。これが僕の本音だ。
ワタベさんに頼まれたからとか。遠藤智久から守るためとか。そんな理由はどうだっていい。
早紀さんに会いたい。想いはこれだけで十分だ。ああそうか。僕は、そうだったんだ。この時初めて気がついた。
僕は、早紀さんの事を好きになってたんだ・・・・・。
もう僕は走ってた。階段はかけ上り、廊下を疾走する。早紀さん。もうすぐです。今行きますから。
息を切らせて駆けていく。早紀さん。早紀さん。早紀さん。早紀さん・・・・!
そして、部屋に着いた。

部屋の前に着いた僕は、数秒間息を整えた。ドアの向こうで気配を感じる。鼓動は収まらない。
心臓がバクバクいってる。ついに来た。僕は辿り着いた。もう止まるな。ここまで来たら、行くしかない。
呼吸を整える時間さえ惜しかった。すぐにでも中に入りたかった。でも、その前に言うことがあるんだろ?
この時の為に用意した言葉。前に見た映画に似たセリフ。お気に入りのセリフを、僕が言うんだ。
手を握り、拳を作る。そしてゆっくりと振りかざし、ドンドンと、ノックした。
落ち着いて息を吸って・・・・・僕は言った。
「早紀さん、迎えに来たよ!」
しん、と数秒静まった。僕はもう一度叫んだ。「早紀さん!僕です。カイザー・ソゼです!」
カタン、と中で音がする。ペタペタと、スリッパの音が。早紀さんだ。僕は胸が高鳴った。
ドアのすぐそこまで音が来た。カチャ、と音がしてノブが回った。ギィィと音を立ててドアが開く。
そこには、早紀さんが立っていた。
ずっと前早紀さんに会った時を思い出す。正確な顔は思い出せない。けど、目の前の顔と、明らかに似てる。
間違いない。この人が早紀さんだ。僕は震えた。感動のあまり涙が出そうになった。
今すぐここで抱きしめたかった。ありとあらゆる喜びが僕を包み込む。やっと会えたね、早紀さん・・・・。
早紀さんは僕の顔を見て、ぱっと表情が明るくなった。喜んでる。早紀さんも僕に会えて喜んでくれてる。
早紀さんは、そんな明るい表情のまま、口を開いた。
「カイザー・ソゼさん、来てくれたのね!」

カイザー・ソゼサン、キテクレタノネ
早紀さんの言葉が僕の脳に突き刺さる。突き刺さって、取れない。
さっきまで僕を包んでた喜びが、吹き飛んだ。遠藤智久は言った。「早紀ちゃん、居なかったよ。」
ベルの女の人は言った。「見るのよ。現実を。目をそらしちゃダメよ!」
僕は目をそらしていた。目の前にいる人を見ずに、廊下の窓を見ていた。
目をそらしちゃダメよ。この言葉が体中に響いた。目を、そらすな。現実を見ろ。
僕はそのためにここに来たんだろ?昨日決意したじゃないか。どんな結果になっても構わないって。
僕は視線を戻そうとした。けど、出来なかった。見たら全てが崩れてしまいそうだった。
僕の信じてきた全てが、ガラガラと音を立てて、崩れる。いや、最初からそんなの存在しなかった。
足下に視線を移す。スリッパに素足。視線を上げろ。ゆっくりでいい。確認するんだ。ピンクの寝間着。
認めろ。細い足。もう誰なのか分かってるはずだ。細めの腰。痩せた身体。嫌だ。肩にかかった髪の毛。
認めたくない。白い肌。綺麗な顔立ち。笑顔のままだ。認めたら僕は。二重の瞼。きりっとした鼻。
無理だ。少し潤んだ目。これが現実だ。薄紫の唇。認めるしかない。顎にはうっすらと、
部屋の奥に人の気配がした。近づいてくる。僕の顔を見て驚いてた。先生だ。岩本先生。
目の前の人はまだ僕を見てる。何も言わない僕に、怪訝な顔して聞いてきた。
「どうしたんですか?」
ドウシタンデスカ。また僕の脳に、いや、体中にその言葉が突き刺さった。
その声が。その声の響きが全てを壊した。僕の、信じてきた全てを。
低く、鋭く鋭く突き刺さる。変声期を過ぎた、低い声が。
岩本先生がため息をついた。全てを諦めたような、そんなため息。
目をつぶり、首を何度も横に振った。ゆっくりと目を開ける。なぁ、と僕に向かって言った。
「これ以上、俺の息子に関わらないでくれ。」

深い沈黙が辺りを包む。状況を把握できてない亮平さんだけが、ひとりオロオロしていた。
沈黙に耐えられなくなった亮平さんは、やがてクスンクスンと泣き始めた。
岩本先生が彼の腕をとり、部屋の中に戻っていった。
再び沈黙が訪れた。窓から差し込んだ太陽の光が廊下を照らし出す。
泣くことも、叫ぶことも、動くこともできないまま僕は、廊下に立ち尽くしていた。

僕の目にはもう、何も写っていなかった。


第3章「鎮魂歌」
 サキの日記9−「決意」