光と影の世界 −サキの日記−
サキの日記 第十五節「迷走」
11/14 晴れ
今日から私の新しい生活が始まりました。病院じゃない、家での生活。
私の部屋にあるパソコンは壊れてます。倒れて、破片が飛び散ってる。キーボードには血が付いてました。
棚の中に壊れたオルゴールがあるのを見つけました。音は出ません。無性に悲しくなりました。
部屋の中をふらふらしてるとトイレに行きたくなりました。でもドアには外から鍵がかかってるので出れません。
我慢しようと思いました。
我慢できませんでした。
11/15 雨
隣の部屋から何かゴソゴソ音が聞こえます。幻聴です。私はおかしくなってるのでしょうか。
これからトイレはお母さんが食事を持ってきてくれる時に済ますことになりました。
昨日の汚れた服は捨てられてしまいました。洗ったらまだ使えるのにと思いました。
お母さんは口をきいてくれません。先生は家に帰ってきてません。幻聴はまだ聞こえます。
部屋には私一人です。アザミを呼んでも返事はありません。今日もノートパソコンに日記を書きます。
楽しいことは何もなかったけど。
11/16 曇り
カチャッと鍵の開く音が。ドアが開きました。先生が立ってました。
「岩本さん、調子はどうですか?」
先生はとても爽やかな笑顔でそう言いました。私も微笑みました。大丈夫です。私は平気・・・・・
「なんて言うと思ったか?ここは病院じゃねぇんだバカ。」
そして、例のけけけって笑い声。私は唖然としてました。先生は笑うだけ笑って部屋を出ました。
カチャン、と鍵をかける音。私は何が起きたのかしばらく理解できませんでした。
理解できた時には泣いてました。
11/17 曇り
久々に、本当に久々に「希望の世界」へ繋いでみました。
誰もいませんでした。
最近誰かが掲示板に書き込んだ気配すらありませんでした。
「アザミに会いたい。」私はそう書き込みました。でも、それだけです。誰も見てくれない。
部屋の中にはアザミはいません。部屋から出られないからアザミを探しにいけません。
お母さんは話し相手になってくれません。いつも泣きそうな顔をしながらご飯を運んできます。
ご飯はとってもおいしいのに。食器を下げる時「おいしかったよ。」と言ったらお母さんは少し笑顔になりました。
けど、すぐに泣きそうな顔に戻ってしまいました。
11/18 とても寒い日
私は「外」にいるはず。でも、部屋からは出られない。私以外誰もいない。
「外」に出たら色んなお友達と遊べるかと思ってた。色んな場所にも行けるのかと思ってた。
そんな事できると思ってた私がいけなかったのかもしれません。
倒れたパソコンはモニターが壊れてます。何となく電源を入れてみました。
電源が入りました。
思わぬ発見でした。全部壊れてると思ったのに。破片まで飛び散ってるのに。キーボードに血まで付いてるのに。
ケースがいくら壊れても、中身は無事だったんだ。
モニタの中の映像は歪んでます。何がどうなってるのかよくわかりません。
不思議な事に、手が自然に動きました。マイコンピュータらしきアイコンをクリック。
凄い。私、このパソコンを自分のモノみたいに扱ってる。
何かのファイルを開きました。モニタの写りが悪いので何のファイルなのか分かりません。
かろうじて読めたのは・・・・「日記」って文字だけ。
誰の?私はモニタに目を凝らしました。読めません。モニタを叩きました。画面は変わりません。
モニタを揺さぶりました。読めません。叫びました。読めません。泣きました。読めません。
読めないんです。
11/19 曇り
またパソコンをいじってました。どうやってもモニタの写りは良くなりません。
はっと気付きました。倒れたラックの近くに散らばってる色んなモノを拾ってみました。
有りました。フロッピーディスク。差し込みました。入りました。うまく保存できるか不安でした。できました。
ノートパソコンの方でファイルを開いてみました。僕の日記。誰の日記?お兄ちゃんのでした。
読みふけりました。止まりませんでした。悲しくなりました。とても悲しくなりました。とても、とても・・・。
K・アザミに教えてもらった事がすべて書いてありました。それだけじゃない気がしました。
お腹の傷。この傷は・・・・お母さんが刺した傷。私は全てを理解しました。そして、泣きました。
この日記を書いてた時の私は、お母さんをかばってたんだ。だから自分が刺したって書いたんだ。
そうに決まってる。お母さんが刺したなんて書けなかったから、私は自分のせいにして。絶対そうだ。
お母さん。私は叫びました。ドアを何度も叩きました。お母さん。
何て言っていいのかわからなかった。でも、とにかくお母さんを呼ばなきゃって思いました。私は叫び続けました。
ドアが開きました。お母さんが立ってました。私はボロボロ涙を流しながら、何かを言おうとしました。
何も言えませんでした。ただ泣くことしかできませんでした。
泣いてる私を見てお母さんは言いました。
「静かにしててね。」
いつもの寂しそうな笑顔でした。バタンとドアを閉めて行ってしまいました。
ドアの向こうで叫び声が聞こえました。
11/20 怖い
お母さんが昨日、部屋の鍵をかけ忘れた事に気付いたのはお昼ごろでした。
お昼ご飯がまだだったのでお母さんを呼ぼうとしたら、ドアが開いてしまいました。
おそるおそる部屋から出ました。「お母さん!」と叫んでみたけど反応は有りません。
家には誰もいませんでした。
このまま外に出れるんじゃないかと思いました。でも思い留まりました。
私は家から出るべきじゃないと思ったから。
夕方ごろ、外が暗くなりかけた感じの時に誰かが家に来ました。
私は慌てて自分の部屋に戻りました。会話が聞こえます。二人組でした。
その二人組は一旦私の部屋の前に止まりました。この部屋の様子を伺ってるみたいです。
男の人が「何やってるんですか?」と言いました。女の人が「別に。気にしないで。」と答えてました。
二人は隣の部屋に入っていきました。
私は怖かったのでしばらく寝たふりをしてました。隣の部屋の音はうまく聞き取れませんでした。
二人が何をしてるのか気になりました。私の部屋にカギはかかってません。
私は部屋から出てしまいました。隣の部屋の前まで行きました。
ドアに耳を当ててみても中で何をやってるのかよく分かりません。鍵穴を覗いてみました。
真っ暗でした。何も見えません。とても気になりました。でも覗いちゃいけないと思いました。
手が勝手に動いてしまいました。ゆっくりとドアのノブを回す。音を立てないように。
ダメ。そう思いました。覗いてはダメ。分かってても身体がうまく動いてくれません。
とうとうノブが最後まで回ってしまいました。大丈夫。きっとカギがかかってる。引いてもドアは開かないよ。
カギはかかってませんでした。ドアがほんの少し開いてしまいました。
隙間から中を覗いてしまいました。真っ暗です。二人がもぞもぞ何かしてるのだけはわかりました。
二人は見られてる事に気付かずに何かをしてました。うっすらと身体の輪郭が見えてきました。
二人とも寝転がって動いてます。ちょうど重なりあうように・・・・・・
私は二人が何をしてるのかわかってしまいました。体中が緊張しました。
ゆっくりと、音をたてないように、ドアを閉めました。閉めると慌てて自分の部屋に戻りました。
見ちゃいけないものを見たのかも。実際にその通りなのでしょう。
それにしても、何故隣の部屋で?そもそもあの二人は誰なの?そう思った矢先、何かが引っかかりました。
さっきの声、何処かで聞いた事あったような・・・・・・しばらく布団にくるまって考えてました。
隣ではまだしてるのに。だからと言って私にはどうする事もできません。声の主に心当たりがないか考えるだけ。
突然、閃きました。思わず叫びそうになってしまうのを手で口を押さえてこらえました。
男の人の声はカイザー・ソゼさん。そして、女の人の声はワタベさんだ。
何故?何故?何故あの二人が私の部屋に?なんであの二人があんな関係に?
私は怖くなりました。よくわからないけど悲しくもなりました。寂しくもなりました。震えてきました。
泣いてしまいました。声を立てないように泣きました。そのかわり涙がボロボロ落ちました。
泣いてばっかり。私はいつもすぐに泣いてしまう。そう思っても涙は止まりませんでした。
自分がなんで泣いてるのかもわかりません。勝手に涙が出てきます。
私は泣き虫です。
→サキの日記16−「奇跡」