希望の世界 −ワタシの日記−
第二週「依頼」
12月27日(月) ハレギミ
「希望の世界」は再び動き始めました。「私の日記」も更新してあげました。
過去の日記は全て消しました。これからは、私が新しい「sakky」だから。
掲示板はまだ書き込みが少ないです。ARAちゃんのカキコの前は「渚」さん。虫のハンドルネーム。
「アザミはもう動きません。」と書いていました。その前も虫で「アザミに会いたい。」。その前は・・・・・もう随分書き込まれてません。
早紀ちゃんは「虫のお兄ちゃんはもういません。今のあの人は『渚』さんです。」って言ってました。
それでも私は虫に会いたくありませんでした。早紀ちゃん情報で虫が退院して家に帰ってた事は知ってました。
けど、結局あの家族は逃げてしまいました。カイザー君は知ってるんでしょうか。彼には早紀ちゃんの死後会ってません。
私は一度岩本家に行ってみたけど、全ての窓は閉め切られ、ただただ寂しげに家が建ってるだけでした。
「希望の世界」もそうです。長い間更新されず、ただ黙ってネットに浮いてただけです。
私の家にぴったりです。
12月28日(火) ハレ
今日は現実で荒木さんに会いました。「希望の世界」のお話をしました。
話してる最中、私は荒木さんの顔を直視できませんでした。
かつてのかわいい面影は皆無です。顔は傷だらけで恐ろしいほど醜くなってます。怖い。
そんな彼女も、ネットの中では普通の子でいられます。顔が見えないって素敵。
「sakky」の話題になりました。会ったことあるのか聞いてきました。
「会ったこと?あるよ。とってもいい子だったよ。」
嘘は言ってません。確かに早紀ちゃんはいい子でした。死んでしまったけど。
へぇ、と荒木さんは感心してました。その声はしゃがれてて耳障りでした。でも耳を塞ぐわけにはいきません。
傷だらけの荒木さん。現実では会うのが辛いです。
とっても、辛いです。
12月29日(水) クモリ
ネット上ではとても楽しく話せます。チャットもやりました。
最近寒いよねとか2000年問題って何が起きるんだろうねとか色々話せました。
二人分のチャットは結構面倒でした。わざわざ違うウインドでチャットページを二つ開かなきゃいけません。
でも、楽しく話せたのであまり気になりませんでした。ARAちゃんも満足してるようです。
二役やった甲斐がありました。私も満足です。
ちょこっとだけ虚しさが込み上げてきます。これでいいんでしょうか。
いいんです。
12月30日(木) クモリ
毎回思うことですが、現実で荒木さんと会うと嫌な気分になります。今日も会いました。
荒木さんはやたら私に会いたがります。中ではよほど孤独だったんでしょう。
2000年を一緒に迎える事になりました。初日の出を見て、初詣に行こうなんて言い出しました。
私は嫌でした。でも断れません。約束してしまいました。
今日も荒木さんは気分が悪くなるような話をしました。
いちいち傷を見せて、この傷などんな風につけられたとか延々と話します。
中にリーダー格みたいのが居て(奥田みたい)、そいつが許せないとか言ってました。
名前も聞いたけど忘れました。私には関係有りません。
顔が醜くなると性格まで醜くなってしまうのかと思いました。
思っただけです。言ってません。
言えるわけないです。
12月31日(金) オオミソカ
今から荒木さんと出かけなければなりません。
寒い夜に外に出るなんて本当は嫌です。断りたかったです。
2000年問題とかで電車が止まってくれればいいのに。
そのままオールで川崎大師なんて疲れます。人混みにも行きたくありません。
荒木さんは自分の顔を鏡で見たのでしょうか。私ならあんな顔で人前なんか歩けません。
信じられない。2000年を迎えるのにあんな醜い人と一緒にいなきゃいけないなんて。
ネットでなら温かく迎えてあげるのに。中でつけられた傷なら私には関係ないはずです。
もう時間です。行かなきゃいけません。
だるいです。
2000年1月1日(土) ガンタン
無事に初日の出も見れて川崎大師に行きました。
人混みの中私達は普通に歩いてました。私はドキドキしてました。荒木さんの顔が気になって。
荒木さんは平然としてました。平然と醜い顔をさらけ出してました。
初詣は騒がしいだけで、特に変わった事無く帰路につきました。
帰る途中です。荒木さんが酷いことを言ったのは。
私が「初詣、何てお祈りしたの?」って聞いた時でした。
「私にこんな傷をつけた人達がみんな死んでくれますように。」
荒木さんは平然と言い放ちました。
思わず聞き返そうとすると、突然彼女は私の顔をのぞき込みました。
「殺したいの。」
私が何も言えないでいると、すっと彼女の手が伸びて、私の手を握りました。
そしてそのままその手を上に、荒木さんの顔に、ピタっとくっつけました。
おぞましい皮膚の感触。今でも忘れられません。私はあまりの気色悪さに泣きそうになりました。
「殺すつもり。」
必死になって首を振りました。でも彼女は手を離してくれません。
「あんな所に入れられなきゃ、こんな傷できなかった。」
お願い。手を離して。小さく叫んだのを思えてます。
「あなたが押し込んだのよ。」
手には更に力が入りました。ザラっとした感じとグニャっとしか感触が、同時に。
「あなたが、黙っててくれてれば、私は、あんな所に、行かずに、済んだ。」
荒木さんは無表情でした。いや、もしかしたら何か表情があったのかもしれません。
傷のせいでよくわからなかっただけかもしれません。
「手伝ってくれるよね?」
その言葉は優しささえ感じるほど、穏やかでした。
断れない。けど、そんなの嫌。頭の中でぐるぐると同じ言葉を繰り返してました。
なんとか絞り出した言葉は「考える時間を頂戴。」でした。
私の手は解放されました。顔の傷から剥がれた皮膚が少しこびりついてました。
「じゃ、また明日。」と言い残し荒木さんは帰っていきました。
私はその場に座り込み、しばらくガタガタ震えてました。怖かったです。恐ろしかったです。
最悪のお正月です。
1月2日(日) ハレ
私は土下座してました。
いつか練習したあの言葉。「ごめんなさい。」を繰り返していました。
荒木さんが私を罵倒します。私はひたすら謝り続けます。長く辛い時間でした。
私が額を地面に擦り付けて何分も経ちました。荒木さんは罵倒を止めました。
「顔、上げて。」
私は顔を上げませんでした。荒木さんが私の前にかがみ込みました。
「ごめん。無茶な相談だったよね。もういいから。」
私は顔を上げませんでした。私の肩に手を触れて言いました。
「もう、いいから。」
荒木さんのしゃがれ声が体中に染み渡りました。私は顔を上げました。
彼女は優しく微笑んでいたのかもしれません。でも、私には般若の面に見えました。
すっと立ち上がり、何も言わずに去っていく荒木さんの背中に向かって、もう一度だけ言いました。
ゴメンナサイ。
→第3週「怨念」