希望の世界 −王蟲の日記−
第二部<迎撃編>
第六章「膜」
第二十一週「裏側」
5月22日(月) はれ
学校に行くのが憂鬱だ。
でも行かなきゃ怪しまれるから行った。
横山は来てない。あいつの机に顔を向けられなかった。
誰とも話をしたくなかったけど、やっぱり西原さんには声をかけられた。
「例のオフ会、秋山君は行ったの?」と。
僕は行ってないと答えた。「見に行くほど物好きじゃないよ。」と付け足して置いた。
西原さんは「なんだ。」とつまらなそうな顔をして自分のクラスに戻った。
それだけで済んだからほっとした。
言えるわけない。怖くなって逃げ帰ってきたなんて。
そして僕が「王蟲」だなんて。
言えない。
5月23日(火) はれ
中学では「情報通」の地位を確保してた僕も、高校に入ったらこのザマだ。
僕はどうも人付き合いが苦手らしい。クラスに溶け込めずにいる。
得意のパソコントークも新しい環境では全然ダメ。
以前は挨拶代わりに「ジャンク情報」のアドレス教えてアングラ情報流してたのに。
唯一話が合い、友達となれた横山。今日も彼は欠席だった。
昼休みには西原さんが遊びに来てくれた。彼女もうまくクラスに溶け込めてないそうだ。
人付き合いがヘタな人は同じ中学同士で固まるしかないのか。
でも彼女はなんかの部のマネージャーなんかやってるから、僕とは明らかに人種が違う。
クラスに溶け込めない、なんてのは僕に話を合わせてくれてるだけだろう。
本来なら、パソコンオタクの僕なんかに構ってくれないであろう西原さんが
遊びに来てくれるは嬉しいけど、今はタイミングが悪い。
ネットの話になるたびに胃が痛くなった。
触れないで欲しい。
5月24日(水) はれ
日記をつけ始めて三日経った。
横山が学校を休んでることに関して気にしてる奴はいない。
西原さんがやたらあのページの事を聞きたがるのが辛い。
中学ではみんなジャンクは面白がってくれたけど
肝心の「絶望クロニクル」自体の方はすぐに飽きられてしまってた。
ネットバトルは記録だけだから、一度見たらそれでオシマイ。
西原さんだけが湖畔にまで興味を持ってくれて、以来一緒にROMってる。
僕は最初から「王蟲」としてずっと居着いているんだけれど。
僕の書き込みが知り合いにROMられてると思うとドキドキしたもんだ。
しばらく特に面白い事もなかったのに、最近何故か人が増えてきた。
そのせいでこんな事になってしまうなんて。
寂れたままの方がずっと気楽だった。
戻りたい。
5月25日(木) はれ
四日目にしてようやく横山のことが話題になった。
先生の「最近横山君見てないね。」の一言だけだったけど。
誰も欠席の理由は聞かなかったし、先生も言わなかった。
まったく学校サボって何やってるんだか。
西原さんは相変わらず「絶望クロニクル」のことを話したがる。
「最近どうなってるんだろうね。オフ会行った人たち書き込んでないみたいだし。」
他の人の書き込みはあるらしい。わざわざ報告してくれる。
僕は適当な返事ばかりしかできなかった。
僕は見てない。もう見なくなった。
できれば忘れたいのに西原さんが忘れさせてくれない。
一度ガツンと言うべきか。その話は止めろって。
意思表示をしないと延々と続く。男らしく言うか。
言うべきだ。
5月26日(金) はれ
結局遠まわしにネットの話はもう止めてと言おうとしたけど
グズってる間に西原さんの方がネット話を止めれない方向に持って行ってしまった。
「ネットにハマり過ぎて入院した人のこと、覚えてる?」と振ってきた。
実に良く覚えてる。ウチの中学では有名な話だ。
僕はそいつと直接面識がなかった。話したことも無い。
というより彼は僕らとは(西原さん以外)明らかに人種が違った。
明るそうで全然オタクに見えなかったし、ネットなんかやってる様にも見えなかった。
その彼が精神病院に入院したと聞いた時には本当に驚いた。
名前は風見君だったかな。カッコイイ名前なのに。なぜネットなんか。
西原さんはさらに話を続けて、僕はますますどうしようもなくなった。
「オフ会の日、ジャンクの方でね。処刑人って人の書き込みがあったの。誰かが死んだって。
なんかタイミング的に怖いじゃない?中学での事もなんか思い出しちゃって。
だからクラスの人とか部の人とかにあのページ宣伝しといたの。これなら私達の身に・・・」
何か有っても、誰かが「ネットで何かに巻き込まれたかも」と気づいてくれるかもしれない、だね。
西原さんは実に健全な精神の持ち主だと思う。
僕にはそんな発想は無い。友達になれそうな人に、自分の見てるサイトを紹介するくらいだ。
第一「ROMってるだけでも何かされるかも」という発想自体が、なんというか、かわいい。
そのせいで僕はますます追い詰められているんだけど。
横山はまだ来ない。
5月27日(土) くもり
放課後、知らない先輩に呼び出された。西原さんも一緒だった。
西原さんがマネージャーやってるテニス部の先輩だった。
名前は・・・渡部先輩。
思わず下の名前まで聞いてしまった。すると渡部先輩が肩を叩いてきた。
「西原にもそれを聞かれたんだよ」
西原さんがペロっと舌を出した。それで事の状況を理解できた。
「俺の名前は渡部ヒロフミだよ。インターネットで書き込みなんかもしてない。」
どうやら西原さんは渡部先輩を例の「ユウイチ」だと勘違いしたらしい。
お姉さんを探してるとかいう奴だ。姉の名前が「渡部美希」だった。
西原さんが「絶望クロニクル」を宣伝して回ってると、渡部先輩が興味を示したらしい。
それで彼女は「あのユウイチじゃ?」と疑ったそうだ。
聞いたら違ってて、逆に「なんでそんなこと聞くんだ?」ってなって・・・
情報発信源である僕のところにも来た、と。
全部説明し終わったら渡部先輩に笑われた。
「俺にも姉ちゃんはいるけど家でピンピンしてるよ。」
僕も西原さんも笑った。
心の中では笑っていられなかった。
・・・・・・・確実に「絶望クロニクル」が広まってる。
このままではいつか横山のことも僕のこともバレる時が来るかもしれない。
横山は結局一週間学校にこなかった。あいつが早く姿を見せてくれればオッケーなのに。
聞きたいことは山ほどある。あの男は誰だったのか。何処に行ったのか。僕の事まで喋ったのか。
早く戻ってきてくれ。
5月28日(日) はれ
どうしよう。横山の親から電話があった。
先週から家に帰ってないって。ヤツは僕が友達であることを親に言ってたらしい。
だから僕のところに電話を。パソコンについては何も話してこなかった。
僕は全て「知らない」で通した。僕は知らない。何も知らない!
確かに「絶望クロニクル」を教えたのは僕だ。湖畔でのルールを教えたのも僕だ。
でも言い出したのはあいつの方だ。
やっぱり止めておけば良かったんだ。あんなアングラっぽいトコでオフ会をやろうなんて。
僕等は他人のフリして、他のメンバーがどんなヤツなのかを見て楽しむ。
「面白そう」なんて言った僕がバカだった。
僕はあんなページを作る「シャーリーン」って人が見てみたかっただけなんだ。
僕がネタを振って、ヤツが企画。
トントン拍子で進むなんて思わなかった。横山だってすぐにやるつもりなかった。
僕も横山も、ネタだけは振っといて「シャーリーン」が出てくるまで待つつもりだった。
けど「ダチュラ」がわざわざメールで「早くやろう。」って言うから。
だからその週にすぐやることにしたんだ。僕等以外にも一人来ることがわかったから。
ダチュラもメールで来るって言ってた。
横山。あの男はやっぱり「ダチュラ」だったのか?
あの日、横山は先に改札前にいた。
僕は少し遅れてた。けどちゃんと着いた。でもそこには・・・
横山が・・・知らない人と話してた・・・。
ベルを持ってた。ダチュラだと思った。あるいは他のメンバーかと。
愚かだった。来るのは僕等と同じような人間だと思ってた。
どうせみんな中坊だと・・・たいしたヤツは来ないだろうと・・・・なのに・・・・あんな・・・・
大人が来るなんて・・・・
なぜ怖くなったんだろう。なぜ横山を見捨てたんだろう。
あいつは僕をずっと待ってたのに。僕はすぐ近くに居たのに・・
行けなかった。回れ右して、帰った。
逃げた。僕は逃げたんだ。
横山が。「ロロ・トマシ」が行方不明。
どうしよう。
→第22週「下降」