希望世界 続・虫の日記


8月11日(金) a
言うべき言葉など無い。
わかってはいたが、フラフラと足は母親の部屋に向いていた。
起きる気力もなくベッドに寝続け、ようやく身体を持ち上げたのはついさっきのことだった。

カチャリとドアを開けた。
今日も母親は一人で遊んでる。
祖母と祖父は、マトモに遊び相手などすることは無かった。
ノートパソコンさえ与えておけば大人しくなる・・・
そうして部屋で一人遊ぶことを余儀なくされていた。
毎度のこと、なにやらニコニコしならがキーボードを叩いてる。
ノンキなもんだ。
僕が入ってきても気にせず作業を続ける。
何の目的で部屋に来てしまったんだろう。
「シャーリーン」を目の前にして、僕はやることを失った。
ふと、殺したくなった。
包丁は川口弟に渡したっきりだったので、首を絞めることにした。
ユラリと背後に回った。
背後の殺気など微塵も感じず、母親はニコニコと画面を眺めてる。
何をニコニコと眺めてるんだろう。
思えば、こんなにノートパソコンをいじる姿を目にしてきても、
具体的に何をやってるのかじっくり見たことなどなかった。
首に手を回す直前、ちょっとそれを見たくなり、画面をのぞき込んだ。
僕は、小さく飛び上がった。
後ずさりして首を何度も何度も横に振る。
汗がダラダラと流れてくる。
背中がタンスにぶつかってもなお、後に下がろうと力を入れていた。
母親は背後の物音など聞こえていない。
画面をスクロールしたりして遊んでた。
なぜ。ナゼ。何故。
昨日よりも、脳味噌はフル回転していた。
なぜだ。なぜお前が・・・!!
画面に映っていたのは、「湖畔掲示板」
それはいい。これは父親のノートパソコン。
ヤツは絶望クロニクルを見てたのだから、画面にそれがあってもおかしくはない。
けど、なぜ、どうして。どうしてこの画面には。
掲示板の上部。書き込み欄と、タイトル入力欄と、メアド欄と・・・・投稿者欄。
その投稿者欄には。クッキーで記憶され、そこにあらかじめ書かれてる文字は。

投稿者 ミギワ

一番新しい書き込みも「ミギワ」のもの。
「処刑人さん、居なくなっちゃった?みんなどうしちゃったの?」
・・・・ニコニコしながらキーボードを打ってたのはコレだったのか。
現実じゃこんなにオカシイくせに、ネットじゃマトモな書き込みを・・・!!
その場にいるのが恐ろしくなり、自分の部屋に逃げてきた。
ああ、シャーリーンが。
シャーリンはずっと居たんだ。
舞い戻っていた。
記憶を無くし、自分が「シャーリーン」とも気付かずに・・・
・・・・・・・そうか。そうゆう事だったのか。
何故あんなに楽しそうにしてたのか。
どうして心の破綻した者が、平然と書き込みをできるのか。
タイピング技術は身体が覚えていても、マトモなオハナシはできないはず。
それがなんで普通にこなしているのか。
うひ。ひひひひひひひ
簡単じゃねぇか。そんなのさっき書いたじゃないか!
僕は父親に「絶望クロニクル」を教えた。
ヤツは自分のパソコンでそれを見るようになった。
あの母親を、傍らに置いて。
遊びたがってた。あの女はヤツと遊びたがってた。
しかしヤツは「絶望クロニクル」を監視する仕事が。
そこで考えた、一石二鳥の策。
絶望クロニクルで、遊べばいい。
そう考えればどうだ。湖畔の、一人忽然と姿を消したあいつの正体がわかるじゃないか!
ミギワと親しくオハナシをしてたあいつ。
「シス卿」
父親が居なくなったと同時に消えていた。
当然だ。ヤツが、「シス卿」だったんだから!
ウケケケケケケケケケケ
これが笑わずにいられるか。
交代交代で同じパソコンを使い、相手が隣にいるのにネットで会話する。
あの女は単純な機械みたいなものだ。
やり仕方さえ教えれば、すっと同じことを繰り返す。
一人楽しく書き込みに明け暮れている。
今はもう、会話する相手などいないのに。
ケケケ
おかしいよお前。

にしても何だよ。シス卿はともかくミギワって。
シス卿の方は何かのキャラの名前だろう。そんな感じがする。
「ミギワ」なんて意味不明じゃないか。
言葉の意味もわからないほど狂ってんのかよ。
ええ?シャーリーンさんよ?
クソデブに正体を暴かれ、湖畔に戻ったと思えば記憶無いし、
その上自分の名前もロクにつけれれない。
救いようがねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇよッッッッッッッ!!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・待てよ。

何だよこれ。
ちょっと待ってくれよ
おい。こりゃ何だよ。何なんだよ!
ミギワって・・・
え?これって・・・ええええ??
あ、いや、え?
こ・・・これ・・・
ミギワ・・・・・・
変換。
ちょっとスペースキー2回押しただけ。
考えなんかなにもない。
ただちょっと、押しただけ
漢字変換、しただけ。
それが・・・・・・
こんな・・・・・・
み・・・・・・・・

みぎわ

ミギワ

ミギワ

水際





渚は「ミギワ」とも読む。

あ、今なんか弾けた。
僕の中で何かがポコンと音をたてて壊れた。
おお・・・・・。おおおお。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?????
過去が。
僕の過去が戻ってくる。
凄い勢い。走馬燈のようにサァァッと。
プチ遠藤の叫び声
壊れた川口弟
知らない顔する渡部さん
父親が目を見開いて絶命してる
母親が「お化け!」と叫ぶ
祖母と祖父がおろおろと
もっともっと遡っていく
バットを振り回す川口
僕の顔の傷に絶句する渡部さん
包丁かざしてニヤニヤする遠藤
僕は風見祐一
風見となって、川口を誘い出す
僕は荒木さん
荒木さんとなって、渡部さんを誘い出す
父親とと共に「希望の世界」を見つめる
こいつらを殺してくれ、と頼む僕
早紀の炎
燃える炎
早紀の声が聞こえる
「戻ってきて。」

ああなんだ。
さっき弾けたのはアレか。
僕か。
僕が壊れた音か。

ケケケケケケケケケケケヶヶヶヶヶヶヶ

笑い声が、遠のいていく

・・・・・・止まらない・・・・・・・・・・

・・・止まらない・・・・・・・・・・・

止まらナイ・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・

・・・・

・・

・・・・・・・・・・・・・・・私のアザミが壊れました。
アザミはもう戻りません。
部屋の中でポツンと一人、私は取り残されてしまいました。
ドアが少しだけ開いています。
私はそのスキマから中を覗いてみました。
カイザー君と渡部さんが、変なことをしてます。
暗闇の中でゴソゴソと。
二人は私を助けにきてくれたんじゃないんでしょうか。
私をここから連れだしてくれるんじゃないんでしょうか。
でも少しおかしいです。
あの渡部さん。何か違うように思います。
カイザー君は何か必死になって身体を動かしています。
渡部さんがこっちを見ました。
・・・・・・・笑ってる。
渡部さん。私と目があったら、笑った。
なんで笑うのでしょう。
渡部さん、何かおかしいの?
私はとても嫌な気持ちになりました。
けど渡部さんは笑うのを止めません。
・・・渡部さん。アナタは本当に渡部さん?
私は疑問に思いました。そして確信しました。
違う。この人は渡部さんじゃない。
本当の渡部さんは、もっと無表情よ!
全て無かったことにしようとする渡部さん。
渡部さんは、私に笑いかけたりはしません。
なら、この人は誰?
ああ、何か名前が出てきそうです。
この顔。良く知ってる顔なのに。
思い出せません。
喉まで出かかってるのに。
サキ?違います。これは私の名前。
あれ?でもこの人も・・・・・
あ!思い出した!
アナタの名前は・・・・・・・・・・














虫だ。


8月12日(土) 台風
お母さんが、変なおじいさんとおばあさんに連れて行かれました。
今朝、僕がおじいちゃんに「お父さんに頼まれてたんだけど。」と
お母さんを引き取りだがってる人の話をしたからです。
おじいちゃんは喜んですぐに電話をしてました。
夕方にはもう来てました。
お母さんは泣いて嫌がりましたが、強引に行かせました。
狂ってるから仕方有りません。みんな納得済みです。
変なおばあさんは、お母さんを見ると手を合わせて拝んでました。
おじいさんは、嫌らしい手つきでお母さんを触ってました。
お母さんは泣き叫んで必死に抵抗してます。
僕は「これでいいのかな」とちょっと思い返しました。
けど、三人はすぐに行ってしまったので、今更どうしようもありません。
おじいちゃんは「これでやっと肩の荷が下りたよ。」と言ってました。
おばあちゃんが「あっちでうまくやってくれるでしょう。」と言いました。
僕もお父さんとの約束を果たして満足でした。
少し違った気もするけど、気のせいだと思います。
みんな満足。素晴らしい終焉です。
お父さんのノートパソコンが、部屋に置きっ放しになってました。
僕には自分のパソコンがあります。
使う人がいないので捨てました。携帯電話も一個だけで十分です。
捨てやすいよう、叩き壊しておきました。
とてもスッキリしました。

やるべきことはこれで全て果たしました。
だから死にます。
僕にはもう、生きる意思などありませんので。
どうせ死ぬなら、早紀と一緒の場所にしようと思います。
あの家で早紀は「希望の世界」を作りました。
ネットには「希望」がたくさん詰まってると思ったのでしょうか。
思ってたのでしょう。希望に満ちあふれた素敵な世界。
残念ながら、そこには絶望しかありませんでした。
絶望の世界です。希望なんてありません。
ネットだけでなく、現実にも。
そして、自分の中にも。
あちら側にはあるかもしれません。
早紀のじゃない、僕の「希望の世界」が。
僕の「希望」は何だろう?
もちろん、早紀です。
だから行きます。早紀の元へ。

逝かせて下さい。


8月13日(日) 明るい雨
プチ遠藤の言葉を思い出したのは、彼女に出くわした直後でした。
・・・最近になって誰か家にいる気配があって・・・
家に入るとすぐに、その荒れ具合に驚きました。
思わずバッグを落としました。中の食料がグチャリと潰れ、CDも何枚か割れる音がしました。
緊張の中にありながらも、いよいよ死ぬしかないと思いました。
無造作に上がり、居間の方へ行ってみました。
そこには、かつて無いほど狂気に帯びた、鬼の形相をした彼女が。
渡部さんが、棚の引き出しを漁ってました。必死に何かを探してます。
渡部さんは頭と左腕に包帯を巻いてました。雑に縛ってあり、赤黒い染みも幾つかあります。
なぜ、渡部さんが僕の家に?それはすぐに想像つきました。
僕は彼女に「今はおばあちゃんの家にいる。」と漏らしたことがあります。
その住所を探していたのでしょう。僕の居場所を、突き止めるために。
そんなもの、お父さんがとっくに処理してしまったことなど知らずに。
僕が声をかけるよりも早く、渡部さんは僕に気付きました。
顔をあげた瞬間、僕と目が合いました。鬼と目があった。
彼女は叫びました。

「虫!」

全てを理解するのには、この一言で十分でした。
僕を「虫」と呼んだ。「岩本君」でなく、「虫」と。
なんだ渡部さん。僕のこと覚えてたじゃないか。
やっぱり罠だったんだ。僕を陥れるため、知らないフリをしてたんだね・・・
僕と渡部さんの最終決戦。彼女は罠を張り、僕を孤独に陥れた。
その結果、僕がおばあちゃんちにいることを、自分の居場所を吐露してしまった。
一回戦は渡部さんの勝ち。続く二回戦。僕は川口弟を逆利用し、渡部さんの家に放り込んだ。
黒い染みのある包帯が、痛々しくなびいてる。二回戦は僕の勝ち。一勝一敗。
次で勝負が決まる。追撃してきた渡部さん。迎撃する、僕。
勝負の行方は・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・渡部さんの勝ちだ。
包丁を握って突進してくる渡部さんを見据え、僕は自分の負けを悟りました。
包丁は、僕が川口弟に渡したものでした。
恐ろしいほどスローモーションに見えました。顔中に皺を刻み、渡部さんは怒りの権化となっています。
頭に巻いた包帯が少しほどけ、片目を覆ってました。片目を失った川口の顔を思い出しました。
彼女は両手でしっかり包丁を握り、真っ直ぐ僕に向かってきます。
歯を食いしばり、やがて大きく口を開け、叫び、
僕を刺しに来ました。

色んな人に迷惑をかけました。多くの人を、傷つけました。
できれば早紀と一緒の死に方が良かったけど、僕にそんな贅沢は許されません。
殺されるのは当然の運命なのでしょう。僕は自ら死を望み、ここに来ました。
刺されて死ぬのも悪くない。僕の身体には刺し傷があります。
その傷では死には至りませんでした。今度こそうまく、死ねるかな・・・
僕は渡部さんの包丁を迎え入れました。これまでのこと。全てにケリをつけるために。
両手を広げ、この身をさらしました。胸を張ってました。空を、見上げてました。
何十回も空を見たけど、今日はより高いところが見えました。
天井の向こう。雨降る雲の、それより向こう。行こう。早紀の待つ、空の世界へ。
・・・希望の世界へ。
僕の顔はとても穏やかになっていたと思います。
信じられないくらい優しい気持ちになれました。
人間らしく、なれました。僕はもう虫じゃない。
救われました。



・・・・・ああ。それがなぜ。どうしてこうなるのでしょうか。
また虫に戻れと言うのでしょうか。虫のまま、生き続けろと言うのでしょうか。
僕に死ぬなと言うのですか?答えて下さい。渡部さん!

包丁が僕のお腹に刺さる直前でした。
軽く先端が押しつけられ、少しでも力を入れたら、そのまま刺さる。
なのに彼女は・・・渡部さんは・・・
包丁を止めました。
その顔はもう、鬼の顔ではありませんでした。ゆっくりと刃を引っ込めました。
死を覚悟していた僕は戸惑いました。
彼女は、とても寂しそうな顔をしてました。憑き物が落ちたように。怒りは全く感じられませんでした。
悲しそうな。今にも泣きそうな顔。大切なモノを壊してしまった子供のように、目を潤ませて。
一筋の涙が流れました。頬を伝い、滴がポタンと落ていきます。
僕の顔を見ました。僕は何も言えず、涙を流す渡部さんを見てました。
見つめ合いました。お互い何も言えず。動けず。
長い沈黙です。
先に動いたの渡部さんでした。またゆっくりと腕を動かしました。
包丁をくるっと回し、刃を反対側に向けて・・・・
クスリと笑いました。イタズラっぽく、可愛らしい笑顔。
楽しそうに笑いました。優しく、微笑んでいました。

そして刺しました。自分のお腹を。

いつか見たような場面です。
早紀が自分のお腹を刺した、あの日記のシーン?
そうだ。そこだ。それを僕は、逆の立場で見ている。
仰向けになって倒れる渡部さん。赤い血が、宙に舞いました。
僕は彼女に駆け寄りました。身を屈め、迷わず僕は・・・・
包丁を抜き取り、傷を服で押さえつけました。
血が止まらない。救急車を呼ばなければ。
僕は立ち上がり、電話機へ。
この家の電話はまだ使えるか?受話器を取ると、ツーツーと音が鳴りました。
使える。119番を。早く呼ばなきゃ。渡部さんを助けなきゃ!
・・・・・・・・・・なぜ?
疑問が頭をよぎりました。
無意識の内に身体が動いてましたが、僕はなぜこんなことをしたんでしょうか。
渡部さんの死は、望んでいたはず。なのになんで助けるんだろう。
受話器を持ったまま、僕は決断を迫られました。
渡部さんは、このまま放っておいたら死ぬでしょう。
僕や早紀がお腹を刺させても死ななかったのは、やるべき処置をしたからです。
彼女がなぜこんな真似をしたのかわかりません。
あんなに、僕を殺したがってたのに。僕らは憎しみ合ってたのに。
短くうめき声をあげる渡部さん。
痛みに顔を歪めてはいるけど、口元は笑ってる。
渡部さん。どうして。どうしてこんなことを・・・・・・・・・・
・・・・・・・これは・・・・・・・・・・・待てよ・・・・・・・・・・・
同じだ。あの時のお母さんも、同じ疑問を抱いたはず。
自らの腹にナイフを突き刺した早紀。その理由は・・・・
渡部さん、まさか君も・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・君は・・・・・・・・・・・・・・?
僕は救急車を呼びました。
ハッキリとこの家の住所を告げ、僕の名前も告げました。
彼らが来たら、全てを話すつもりでいます。何も隠さず、僕らの因縁、全てを。
事件になるでしょう。それでも構いません。もう僕らだけで抱えるのはよそう。
二人で罪を、償おう。
彼らが到着するまで、僕は日記を書くことにしました。
食料やCDジャケットは壊れましたが、そのおかげでノートパソコンは無事でした。
だからこうして、日記を書けています。これが最後になるでしょう。
明日の僕は、どこにいるのかわかりません。日記を書ける状況にはいないでしょう。
今度はもう、逃げないから。

彼女に話しかけました。息を荒げ、助けを待つ彼女に。

「早紀。」

彼女は少し顔をこっちに向けました。そして弱々しく呟きました。

「私は、美希よ。」

そうか。そうだったね。
けど関係ないよ。僕は君の中に、早紀を見たんだから。
早紀は僕の希望・・・・それが、渡部さんの中に。
たった今気付いたよ。
お互い憎む対象だった。だけどそれは、孤独より遙かにマシだった。
孤独の罠に陥った時、僕はとても寂しい思いをした。
生きてる心地がしなかったんだ。自分の存在が、消えてしまったようで。
だれでもいい。僕のことを、覚えていて欲しかった。
渡部さん。これだけ長くやってきて、残ったのは君だけだ。
身内じゃない。他人で、だ。
今じゃ君だけが、僕のことを覚えてくれている。
君が死んでしまったら、僕を、「虫」を知ってる人がいなくなる。
好意を望むのは無理だろうね。だから憎んでくれてていい。
それでもいいから、僕の事を忘れないで。
死んではいけない・・・!

「美希ってね。『美しい希望』と書くの。」

か細い声で囁きました。そして少し、笑いました。
クスクスと楽しそうに笑っています。
無理しちゃだめだよ。彼らが来るまで、ゆっくり休むんだ。
それでも彼女は笑い続けました。クスクスと、楽しくそうに。寂しそうに。
やがて声を上げて笑うようになりました。アハハハと、とても明るい笑顔になって。
大きな声を上げようとしても、力が入らないようです。
声は小さなままです。でも、頑張ってる。
小さいけど、精一杯笑ってます。

「私が『希望』だって・・・・・・しかも、『美しい』!」

アハハハハハハハ・・・
それはどこか自嘲じみた響きがありました。
僕も一緒になって笑いました。二人の笑い声が、部屋中に響きます。
愚かな行為を繰り返してきた二人の笑い声。
幕を下ろす、最後の笑い声。
いつまでも響きます。虚しく響きます。
いつまでも、いつまでも

ありがとう。僕は彼女に言いました。
何に対しての「ありがとう」だろう。
刺さないでくれてありがとう?それとも、憎んでくれてありがとう?
いや違う。関わってくれて、ありがとう。
僕は生きてみるよ。「虫」であっても、構わない。
だからお願いします。もう少しだけ、僕のことを覚えていて下さい。
憎んでいて下さい。・・・忘れないで下さい。
そうすれば僕も、生きられるから。
生き続けて下さい。

残ってるのは、絶望だけかもしれません。
望むことすら許されない。無の世界かもしれません。
だけど僕は探します。僕はきっと見つけます。
光は君の中にある。
渡部『美希』

貴女は僕の、希望です。




「希望の世界」
−完−


「狭間の世界」
 序章


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