絶望の世界 −僕の日記−
第28週「淘汰」
5月17日(月) 晴れ
こんな陳腐な思いつきに身をゆだねる事になるなんて思わなかった。成功する保証は、ない。
でもこの閃きは僕にとって特別です。どんなに陳腐だろうが構いません。これ以上の戦略は思いつかない。
条件に該当するページを見つけるために、僕は行ったこと無いようなサイトばかりを巡ってました。
なかなか見つかりません。いくら広いネット世界と言えど、無いモノは無いのか?それは困る。
今回は自作自演ができない。条件をクリアしないと先に進む事はできないんだ。早く見つけないと。
遠藤智久からまたメッセージが来てる。こっちはこっちで話を進めなくちゃいけない。
「なんで返事くれないんだよぅよぅsakkyこれが心の繋がった僕に対する仕打ちかい?はやく返事してしてして
でもそんなお黙りさんなsakkyも好き大好き超好きもう超超超超超超超好き愛してる愛して愛してぁぃして
こんなに好きなのに返事くれないなんてsakky酷いよちくちょうふざけてんのかよてめぇさっさと返事書けよ。」
・・・・・・怖い。僕はこんな奴とチャットとかしてたのか。人間をこれ程恐ろしく感じたのは初めてかもしれない。
だけど、引けない。こいつと会話をしないといくら条件をクリアしても罠にはめる事が出来ない。
「ごめんね返事書けなくて。何回も送ろうとしたんだけど最近サーバーの調子悪くって・・・・・・・・。」
手が震えてます。
5月18日(火) 晴れ
遠藤智久はメールを使ってまで迫ってきます。膨大な量の文章なので日記には載せれません。
内容は酷いモノです。sakkyに対する歪んだ愛情を垂れ流すように書いてます。全然中身が無い。
ICQで「メール見てくれた?ちゃんと返事書いてネ。」なんて言ってます。何のためのメールだったんだよ。
例の条件に該当する候補のページを幾つか見つけました。検索したら簡単に見つかりました。
キーワードは「sakky」。ネット上でsakkyというハンドルネームを持つ人のページ。僕の身代わりとなる人達。
引っ越したフリして別のsakkyと入れ替わることができれば、遠藤智久は入れ替わったsakkyを追ってくれる。
「プロバイダを変える。」と言っておけばメールアドレスが変わってもそんなに怪しまれないはず。
うまく事を運ぶには僕のsakkyともう一人sakkyのキャラが似てる方がいい。ページも出来立てが理想です。
「渚」さんと「三木」君には別の場所に引っ越した「希望の世界」を教えれば、移動完了です。
遠藤智久には「気分を変えてタイトルも変えてみた。」とでも言っておいた方がいいな。別モノになるんだから。
一番怖いのは「渚」さんか「三木」君が遠藤智久に移動先を教えてしまうこと。あの二人は奴の正体を知らない。
「えんどうまめ」か「TOMO」に引っ越し先を聞かれたら、答えてしまうと思います。それを止める事はできない。
誰もあの二人は自作自演だと言われて信じないでしょう。実際奴の本性を見ない事には説得力がなさ過ぎる。
移動先に「えんどうまめ」と「TOMO」が来てない事を疑問に思われたら?何て答えたらいい?
「殺人依頼掲示板」の疑惑問題以来、仲が悪くってしまった、と言っておけば問題ないかな。
着実に、進んでる。
5月19日(水) 雨
・・・・・・・・・駄目だ。違う。他のどのsakkyにシフトしようとしても、違和感が拭えない。
みんな自分の世界を持ってる。僕が入り込む余地なんか全然ない。これじゃ遠藤智久にすぐバレてしまう。
でも他にいい方法なんかない。やっぱりこの方法でいくしかないのか。成功するのか?可能性ゼロだよ!
悩む僕に追い打ちをかけるメッセージが届きました。この時のハッホーの音はとても鈍く聞こえた気がします。
「sakkyの本名ってイワモトサキって言うんだね!カワイイー!これからはサキちゃんって呼んでいいかな?
サキちゃんサキちゃんサキちゃんサキちゃんサキちゃんサキちゃんサキちゃんサキちゃんサキちゃんサキ
サキサキカワイイカワカワクァイィィイカワィィイイィ☆◎★※△★◇●うふふうふうふふふぅふふふふふふふ。」
あああああああ!!狂ってやがる!!いやそれより何で本名がわかったんだよ!!僕は何も・・・・・何・・も・・・
・・・・・・・・迂闊だった。昨日のメールはそれが狙いだったのか。何も考えずに返信してしまった。僕のミスだ。
早紀は差出人の所には丁寧に「Saki Iwamoto」と書いてました。奴はこれを見て本名が分かったのか。
・・・・・・・これで、僕の作戦は破綻しました。別のsakkyでも同じようにメールのやりとりをされたらバレてしまう。
なにしろまともな人達は全て、と言っていい程多くの人が「差出人」の所に本名を書いているから。
この作戦も所詮は悪あがきだったのか。また、奴からメッセージが届いた。ハッホーって音、もう止めて欲しい。
「サキちゃんオフ会するよもう決定だから嫌って言っても無駄だよそんな事言ったら僕サキちゃんち行くから
本名分かったから調べようはいくらでもあるモン。タケシんちがあそこで駅があの辺だからサキちゃんちはねぇ
あははは大体検討ついたぞぉ会いに行くから待っててね早くサキちゃんのカワイイお顔が見たいよおぅおぅ。」
やめてくれ!!来るな来るな来るな「わざわざ家に来なくても平気だよ。私、ちゃんと会いに行くから!」
奴を止めるには、実際会って全てをさらけ出すしか方法はない。でも、相手は平気で人を殺すような奴だぞ?
僕の正体がバレたら絶対殺される。嫌だ!会いたくない!会いたくない!死にたくない!怖い!怖いよ!
「じゃああさって会おうね変更はきかないよ来てくれなかったら僕がサキちゃんち行くから約束だよ絶対来いよ。」
殺される・・・・・。
5月20日(木) 晴れ
「ねぇねぇ何処で会おうか何処がイイ?サキちゃん決めていいよ僕はサキちゃんの居る所なら何処でも行くよ。」
覚悟しなきゃいけないのか。嫌だ。殺されちゃうよ。仮に本物の早紀が会いに行ったって、絶対何かされる。
僕なんかが行ったら・・・・殺されないとしても、何か酷いことするに違いない。あいつ、絶対何か変なことする!
例の作戦、あれ以上の閃きはないのか!?このままじゃ僕はあいつに・・・・あいつに・・・・・あいつに・・・!?
絶対何かされる・・・・・・絶対・・・・・待てよ・・・・・・逆に言えば、奴は絶対何かしてくるって事だ・・・・・・・・・・・
あの閃き・・・・・別のsakkyを、別のサキを身代わりにするって・・・・・・・会う場所、僕が決めていいって・・・・・・・
・・・・・・・・・おおおおおおおおおおおおおお!?考えろ!!この場合、何が最適か!?別のサキは!?
う・・・・・・・いけるかも・・・・・・・今度こそ、いけるかもしれない!!あの閃きは、やっぱり無駄じゃなかった!!
人間、追いつめられるととんでも無い事思いつく。強引すぎる荒技だ。これはもう、勢いでやるしかない!!!
「あの・・・・じゃ、ちょっと変わった会い方しない?」・・・・・・「何々何々何々????変わった会い方って?」
この間にも条件を満たすページを捜しています。とにかく時間がない。会話が終わるまでに見つけださないと。
「うん、私のバイト先で会うってのはどう?私、明日仕事入ってるから。ね、いいでしょ?」
ソレはあっけない程簡単に見つかりました。逆に多いほどです。捜せばもっと有りそうだけどそんな暇はない。
「え?え?サキちゃんバイトしてたのぉ!?僕知らないよぉそんな事。日記に書いてないじゃーん!!」
どれが一番イイか。出来れば近場がいい。その方がより現実味を帯びてくる。となると・・・・・これか?
「うん。実はね・・・・ちょっち年齢ごまかしてやってるの。でね、でね、私が今までオフ会嫌がってたのはね、
このバイトのせいなの。何て言うのかな、これやってるせいで、私どうも他の人に対して引け目感じちゃうの。」
ここの「サキ」は・・・・・・いいぞ!これなら充分通じる!!それにしても、サキって名前の人結構居るんだな。
「何何何???どんなバイト???僕、サキちゃんがどんな事してても大丈夫だよ!受け入れてあげるよ!」
ここ、笑っちゃうほど条件にぴったりだ。いや、それ以上かもしれない。凄いな・・・僕の知らない世界だ・・・・。
「本当に?絶対、私のバイトの事バカにしないって約束してくれる?」・・・・・・「絶対の絶対!僕を信じて!」
「でも、日記に書くのが恥ずかしいほどのバイトだから・・・・・本当に、信じていいの?」・・・「勿論さぁ!!!」
「信じたいんだけど・・・・私、一度タケシさんにも裏切られちゃってるし・・・・・・・・。
あ、そうだ。こーゆーのどう?私、今からURL送るから、そこに書いてある時間の中でそこに来て。
これを送ったら、私はネットを閉じます。
本当に私を受け入れてくれるなら、来て。ううん、お願い、来て下さい。
私にあなたを信じさせて!!」
「うん。絶対行クよ!僕はサキちゃんを愛してルから。どンなサキちゃんでも会いにイって抱きシメてアゲる!」
「ありがとう・・・・・・・・・・・・・嬉しいよぉ。・・・・・じゃあ、今から送るね。」
僕は「来てくれると信じてます。」とメッセージを添えてそのURLを送り、その直後ネットを切断しました。
やるべき事は全てやった。この作戦は結果を知ることができない。変な話だけど、遠藤智久を信じるしかない。
天命を待つ・・・か・・・・。
5月21日(金) 晴れ
結果を知ることはできないと思ってましたが、もしかしたら、という期待は有りました。
駄目モトでネットスポーツ新聞のサイトを徘徊してると、その記事が目に入ってきました。
はっきり言って、自分でもぴっくりしてます。こんなにうまくいくとは思わなかった。・・・・相手がバカで良かった。「風俗嬢、ネットストーカーに襲われる。」と題されたその記事は、社会欄の中で小さく扱われてました。
被害にあった源氏名「サキ」さんは、間違いなく昨日僕が見つけてきた人です。そして、加害者は・・・・・・・・・
・・・・・・・・遠藤智久33歳。朝イチに「サキ」さんを指名して、二人きりになったとたん刃物を取り出したそうだ。
何でも奴は「僕のイメージ壊すなよぉ。」と言って迫り、「サキ」さんは軽傷を負ったらしい。申し訳ない事したな。
結局駆けつけた店員に抑えられ、御用。その後の調べでその風俗店の持つHPを見ての犯行だと分かった。
そのHPを教えたのは、僕。記事を見た限りでは、「イワモトサキ」の名前は出てない。
それ以上詳しいことは載ってないけど、奴がどんな行動をしたのか、なんとなく想像はつきます。
僕はすぐに今のプロバイダを解約しました。そして、別のところに加入。ICQもインストールし直した。
今頃奴は騙された事に気づいて、全てを警察に吐いてるかもしれない。だから、用心するに越した事はない。
でも考えてみれば、僕自身がやった犯罪はたいしたものじゃない。それに今回は人が死んだわけでもない。
警察が全てを知っても、僕の所に来る確率は低いんじゃないかな。根本的に悪いのは遠藤智久なんだし。
あっけないほどの幕切れだったな、遠藤智久。これでもうお前に会うことはない。さよなら、だ。
予定通り、「紅天女」用にとっておいたスペースに「希望の世界」を移しました。掲示板も新しくしてあります。
新しいICQのナンバーを「渚」さんと「三木」君に伝え、引っ越し先を二人だけに教えてあげました。
・・・・・・・・・随分長かった気がする。NSCから、やっと解放されるんだ。「希望の世界」はもう自由だ!
新しい所でやり直そう。暫くは「渚」さんと「三木」君だけでもいいかな。新しい友人を作るのは後でいい。
今は、この開放感を思う存分味わいたい。
5月22日(土) 中途半端な晴れ
NSC。「希望の世界」を移転したおかげで落ち着いて見れます。これで見納め。もう二度と来るつもりはない。
ここから「希望の世界」へはジャンプしても何も有りません。既に前のところは削除済みです。
掲示板では「sakkyの奴、逃げやがった。」等の発言が見られます。もちろん「ダチュラ」の発言は無い。
何も考えずにNSCを見てると、開放感が増して気分が良いです。こいつらにはもう関わらなくていいんだ。
どうせ二度来ないんだから、見尽くしてやるか。そう思ってNSCをじっくりと見て回りました。
何て事なくみてると、ある所でふと違和感を感じました。「sakkyの自作自演の歴史」・・・・何か、変な気がする。
どこが変なんだ?何でこんな所で違和感を感じるんだろう?これの何処がおかしいんだろう?
ここは「ロロ・トマシ」が僕が騙ってきた人物の紹介をしてるだけだ。おかしい部分なんて・・・・・・・・・・・・・ん?
「sakky」「依頼人」「王蟲」「紅天女」「クラッシュ・B」「SEXマシーン」。ここで紹介されてる人物のリストです。
・・・・・・・・・・・何か引っかかるぞ?何だ?確かに何処かおかしい。考えろ。何処だ?おかしいのは、何処だ?
僕の騙りの歴史。sakky、依頼人、王蟲、紅天女、クラッシュ・B、SEXマシーン・・・・・・・待てよ。これって・・・・
おかしい。やっぱり変だ!これは、「ロロ・トマシ」が書いたものだ。だとすると、明らかにこれだと疑問が残る!
カイザー・ソゼがNSCの掲示板に密告したのは王蟲がsakkyの自作自演である事だけだ。
「希望の世界」で「えんどうまめ」と「TOMO」が言ってたのはsakkyが殺人依頼掲示板の依頼人である事。
つまり、NSCで知ることができる僕が自作自演した人物は「sakky」「依頼人」「王蟲」の三人だけだ。
なのにここでは、「紅天女」「クラッシュ・B」「SEXマシーン」までが紹介されてる。・・・どうやって知ったんだ?
カイザー・ソゼが「ロロ・トマシ」に密告したとは考えにくい。あいつは掲示板に「王蟲」について書いてる。
全てを密告するなら掲示板にも残りの三人の事を書くはず。逆にメールを送るのなら掲示板に書く必要はない。
わざわざ「王蟲」についてだけ掲示板で書いて残りの三人の事を含めて改めてメールを送ったのか?
何でそんな中途半端な事を。いや、それよりその事を伝えるには「滅望の世界」が知られてなきゃ意味無い。
「ロロ・トマシ」が「滅望の世界」に出没した僕の虚像達を知ってる保証は?あんな寂れたサイト誰が見る?
・・・・・・・・・NSC。よく見てみると、意外と簡単な作りになってる。画像が張ってあるわけでもない。
文章だけだ。ネットストーキングという発想自体はアングラっぽくて凄いけど、技術的には大したことない。
特に高いスキルはいらない。ちょっとネットをやってる人なら誰にでも作れる。そう、「串」なんか知らなくても。
僕以外に、「紅天女」「クラッシュ・B」「SEXマシーン」が僕の自作自演だと知ってる人物。それは・・・・・・・・・
・・・・・・まさか・・・いやそんな・・・・・僕の思い過ごしかもしれない。あ・・・でも・・・送るだけ送ってみて・・・・・・・。
沸いてくる疑問をぬぐい去る為に、僕はカイザー・ソゼに一通のメールを送りました。内容はこうです。
「お前、ロロ・トマシか?」
・・・・・・・大体一時間くらいしたでしょうか。NSCを更新してみると、全てが消えてました。
掲示板も、そして「滅望の世界」までも。虚空にそびえ立ったNSCという巨大な塔は、真実に到達し、消えた。
メールの返事は来ません。もう一度メールを送ったら、戻ってきてしまいました。何回やっても同じです。
カイザー・ソゼ。いや、ロロ・トマシ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・完敗だよ。僕の、負けだ。
参ったな。昨日は僕の勝ちだと思ったのに。ただ、これで長かったネットバトルに幕が下りたのは確かだ。
本当に、長かった・・・・・。
5月23日(日) 突然の雨
メールが来ました。「anonymity」からです。「yappritakesiwokorositanohaomaedattana
nigetemomudada」
・・・・・・・ヤッパリタケシヲコロシタノハオマエダッタナ
ニゲテモムダダ・・・・・これは一体どういうことだ?
全ては終わったと思ったのに。淘汰された世界に残った最後の敵「anonymity」。予想外の伏兵が、ここに。
このままでは、終われない。
→第2部<虚像編>
第8章「希望の光」
第29週「決戦」