絶望世界 もうひとつの私日記

第4部<断罪回帰編>


第21週

3/4(月) 晴
学校に行きました。
授業を受けました。
それが終わると家に帰りました。
家では何もしませんでした。


3/5(火) 晴
携帯電話は鳴りません。
ちゃんと電源をいれてます。
誰からもかかってきませんでした。


3/6(水) 雨
誰とも会話してません。
学校で話す人はいません。
家では親とも話してません。


3/7(木) 曇
授業はただ座ってるだけ。全て耳を通り抜けます。
家では寝転がってるだけ。テレビも見ません。
審判が下るのはまだでしょうか。


3/8(金) 晴
電話が鳴りました。とうとう来たと思いました。
でも、全く予想してなかった人からでした。
お兄ちゃんです。
今日実家に戻るから学校帰りにでも一緒に夕食食べようって。
久々に会ったので随分遅くまで話し込んでしまいました。
電車はあったけどお兄ちゃんが面倒くさがったのでタクシーで家に帰りました。


3/9(土) 晴
学校の帰り、お兄ちゃんと待ち合わせて買い物をしました。
途中遠藤さんから電話がありました。一緒に遊ぼうって。
断りました。隣にはお兄ちゃんがいたから。
晩御飯はお兄ちゃんが作ってくれました。
料理人として働いてるだけあって、かなりおいしかったです。
おいし過ぎるくらい。


3/10(日) 晴
お兄ちゃんはもうしばらくいるそうです。
店の人に「たまには実家に顔出せ。」と言われて春休みをもらったんだそうです。
お兄ちゃんは外でちゃんと働いてる。それに比べて私は。
現実に戻されていく。



第22週
3/11(月) 晴
自転車で遊びに行ってたお兄ちゃんが、学校帰りに私を駅から乗せてくれました。
今度原付を買おうか迷ってるとか言ってます。私も「あったら便利だね」と答えました。普通の会話。
普通の兄妹。


3/12(火) 晴
携帯が鳴る。遠藤さんから何度も。非通知でも来た。
とれませんでした。勇気がないんでしょうか。電話だからでしょうか。
今でも決意は変わらない。流れに身を任せるつもり。
来たらきっと行くでしょう。面と向かって誘われたら断らない。
でも来ない。誰も直接来てくれない。


3/13(水) 曇
携帯が壊れました。
お兄ちゃんがイタズラで「着信履歴見せろよ。」と携帯を奪った時でした。
私は取り返そうとしました。遠藤さんからの着信を見られるのが嫌だったから。
「こいつ誰?」と聞かれるのが嫌だった。友達と答えれば済むことなのに。
それを言うのが嫌でした。
もみ合ってるうちに携帯が割れてしまいました。そんなに力を入れたつもりは無かったのに。
お兄ちゃんは青ざめて必死に謝ってました。
明日弁償してくれるそうです。


3/14(木) 雨
新品の携帯。お兄ちゃんの予算の関係で新規での購入です。機種変更だと高いから。
番号が変わることに抵抗はありました。今まで番号教えた人と連絡とれなくなるから。
でもお兄ちゃんの一言で考えが改まりました。
「友達に新しい番号教えてあげれば済むことだろ。」
友達・・・いないからいいや。
新しい番号。誰にも教えません。


3/15(金) 晴
こうなることくらい簡単に予想できたはずです。
携帯の番号が変わった。遠藤さんは知らない。
だから私と連絡取るには、直接会いに来るしかない。
遠藤さんが私の前に現れたのは当然でした。
私に声をかけてくる。遠藤さんがあの言葉を口走る。
「処刑人」
やっぱりそうなんですね。あなた達は、私に罰を与えに来た。
もう覚悟は決まってました。好きなようにして下さい。罰はちゃんと受けますから。
・・・そのつもりだったのに。
お兄ちゃんが隣にいました。お兄ちゃんは遠藤さんに向かって言いました。
「お前、頭おかしいんじゃねぇか!!」
そして遠藤さんを殴り倒しました。やっつけた後、変質者として警察に連れていきました。
怒ってるお兄ちゃんを見て私は思いました。
ああ・・普通に反応したらそうなるよね・・・。


3/16(土) 晴
普通の人がそばに居ると、これまでのことが夢だったようにも思えます。
私がしてきたことも、されてきたことも。
誰かを傷つけたなんて思えない。誰かが死んだなんて思えない。
でも昨日、遠藤さんは間違いなく言った。「処刑人」と。
この言葉は忘れられない。とても非現実的な言葉だけど。
確かに言ってた・・よね?


3/17(日) 晴
秋山君が家に来ました。声で気付きました。玄関から秋山君の声が。
お兄ちゃんが対応してます。口論してます。お兄ちゃんが追い返したんです。
秋山君駄目だよ。もっと頑張らなきゃ。ここまで来たんだから。後少しだよ!
声がやみました。窓から外を見ると慌てて帰る秋山君の背中が見えました。
秋山君が帰っていく。私のところまで来れずに。諦めて・・・
私は何を望んでるんでしょうか。



第23週
3/18(月) 晴
お兄ちゃんが帰りました。
また一人で家に帰ることになります。
けど後少しですぐ春休み。もう授業もない。
学校に行かなくなる。
外に出なくなる。


3/19(火) 晴
帰宅するのにわざと遠回りしてなるべく長い時間外にいるようにしました。
どこかに遠藤さんがいるかもしれないと思いました。探しても見つかりませんでした。
家に帰るとドアホンが鳴るのを待ってました。でも鳴らない。秋山君は来ない。
せっかくお兄ちゃんがいなくなったのに。


3/20(水) 曇
終業式です。これでしばらく学校には行きません。
田村さんを見かけたけどすぐに行ってしまいました。
帰宅中、ずっと周りを気にしてました。前を歩く人、後ろを歩く人、すれ違う人。
遠藤さんや秋山君は見つかりません。けどお仲間は?まだ私が会ってない人がいるはず。
道行く人は、誰も私に話し掛けてはくれませんでした。


3/21(木) 晴
外に出ました。特に目的地はないけどとにかく外に。
学校の近くにも行ったし駅も朝昼夕方どの時間にも顔出すようにしました。
知ってる顔は見つかりませんでした。知らない人でも、誰とも目が合わなかった。
一日中歩いて疲れました。


3/22(金) 曇
遠藤さんの電話番号を書き残してないか探しました。
メモはありませんでした。携帯のメモリにしか入れてなかったから。
今は新しい携帯。誰も番号を知らない。
でも私のことは知ってる。私を知ってる人は何人もいる。
私がその人を知らなくても。


3/23(土) 雨
家に誰か来ないか気になって仕方ありません。
ドアホンが鳴るのが待ち遠しい。でも鳴らない。
段々怒りの感情が芽生えてきました。
何。何なの。みんな何なのよ。
気持ちの準備だけさせておいて。せっかく覚悟を決めたのに。
私はここで待ってるのに。


3/24(日) 晴
学校の連絡簿には電話番号が載ってる。
携帯の番号は前の携帯と共に消え失せました。けど自宅の番号はここに。
田村さん。あなたはまだいるよね。



第24週
3/25(月) 晴
電話をかけるのにこんなに勇気がいりました。
でもやりました。相手が出るまでコール音がとても長く感じる。
誰も出ませんでした。


3/26(火) 曇
親が出ました。取り次いでもらいました。
でも出たのはまた親御さんでした。
「今ちょっと寝てるみたいだから・・。」
有り得ない。


3/27(水) 雨
今日も出たのは親御さんでした。
「今ちょっと出かけてるから。」
携帯は壊れてるので自宅に折り返し電話して欲しいと頼みました。
こっちの自宅なんてもうバレバレなんだから隠す必要もない。
待つだけです。


3/28(木) 曇
やっぱりこうなってしまう。
電話が来ません。たぶんずっと来ないと思います。
いるのは分かってるのに。居るはずなのに。
話をさせてもらえない。


3/29(金) 曇
思いが通じたのでしょうか。
今でも信じられないのですが、田村さんから電話が来ました。
でも喜んでいいのかわかりません。一言だけ言われてすぐ切られました。
「早紀、私には強力な味方がいるんだからね。私を殺そうとしても無駄よ!」
致命的な何かが失われてる。


3/30(土) 晴
強力な味方とやらは田村さんを守るだけなんでしょうか。
こっちに出向いてはくれないんでしょうか。
遠藤さん。秋山君。まだ見てない人達。
私を裁きにきてよ。罰を受けて、罪を償って、例え誤解だったとしても。
私は早く・・・許されたいの。


3/31(日) 晴
考えてみればこれ以上最悪の事態はありません。
今更どんなことを言っても無駄。私は「処刑人」として見られてる。
裁かれる覚悟は決まってる。むしろそのつもりでいるんだから。
となれば。
自分から会いに行くしかないよね。



第25週
4/1(月) 晴
田村さんの家に行くのに気兼ねする必要はありません。
お料理教室をしてた時に散々行ったから。
けど考えてみれば田村さんの親と顔を合わせたことはありませんでした。
今日会いました。玄関で。
「喜久子は今出かけてる。」とのことでした。
ここでも弾かれた。


4/2(火) 曇
お兄ちゃんに会って「普通の人」の感覚を少し理解した気がしてました。
でも私には自分の行動がどっち側のものなのか相変わらずわからないでいます。
家の近くで田村さんの帰宅を待つのはどっちなんだろう。
「今日も出かけてる。」と言われたから待ってるだけ。それだけなんだけど。
夜になっても帰ってこなかった。でもそれは当然の話。
田村さんの部屋の電気はずっとついてたから。


4/3(水) 曇
遠藤さん達はもう二度と来ないでしょう。
家に居ても来てくれない。外に出て動き回っても会えない。
ふと思うこともあります。あっちが相手にしてくれないなら、もういいんじゃないかと。今のところ生活に支障はない。追ってくる人がいなければ逃げる必要もない。
けどそのたびに思い直します。それは違うと。
ここまで知った以上、何もなかったことになんてできないよ。
だから田村さん。返事をして。
部屋に明かりがついてるのが見えてるんだから。
私はこんなに大声で叫んでるのに。
あなたのお母さんが「また今度来てね。」と苦笑しながら出てきても叫び続けてるのに。
悲しいよ。


4/4(木) 晴
家に行くのも4日目。とうとう捕まえることができました。
今日は本当に出かけるようです。玄関から出ると田村さんは早足で駅へ向かっていきました。
私は必死に呼び止めました。「田村さん、待って!」
彼女は逃げました。走って。叫んで。「来ないで。」と。
一度だけ振り向いたけど、その顔は怯えきって青ざめていました。
その姿を見るとそれ以上追えなくなりました。
足が止まり、遠のく田村さんの背中を見つめることしか出来ませんでした。
私は思いました。
自分はとても悪いことをしてるんだと。


4/5(金) 曇
もう諦めた方がいいのかもしれない。
最悪の事態を改善しようと思ったけど無理でした。
どんな努力をしても改善できないから「最悪の事態。」と言うんだよね。
だからもう無駄な努力はやめた方がいい。
相手に嫌な思いをさせるだけだから。


4/6(土) 晴
留守電でもいいからせめて一言だけでも謝っておこう。
そう思って電話をかけました。そうしたら・・・・繋がりました。
予想もしなかったことだったので私は戸惑ってしまい、用意してたこととは別の質問をしてしまいました。
「ねぇ田村さん。強力な味方って、誰なの?」
田村さんはすぐに答えました。
「奥田さんよ。私はあの人に守ってもらってんだから。私を殺そうとするなら無駄よ。逆に奥田さんがあなたを殺すわ。」
「待って!誤解よ。私はあなたを殺そうなんて思ってない!」
「嘘ばっかり。」
「嘘じゃない!だって・・・友達だから!」
「嘘ばっかり。」
「お願い話を聞いてよ。私のこと、処刑人だと思ってるでしょ?私それでもいいから。聞いて。私もう処刑になんかしない。それに罪も償うから。私に罰を与えたいなら、していいから。」
「嘘ばっかり。」
「嘘じゃないのに・・・。」
「それこそ、嘘よ。」
もう駄目だと思いました。
かつての友人はその面影を無くし、ただ私を悲しませるだけの存在へと成り果てました。最後に一つだけ質問をしました。もはや状況を変えることはできないから、今一番知っておきたいことを聞きました。
「ねぇ。奥田さんって誰なの?」
「あなたに知る権利なんてないわ。」
そこで電話を切られました。
まだ新しい携帯電話から「ツー」と電子音が流れています。
途切れることなく、ずっと。


4/7(日)
友人がいたあの時期は単なる幻想だった。本当は誰も許してはくれてなった。
そしてこの先も許されることはない。
ずっと嫌われ、誤解されたまま生きていく。
友人と楽しい時間を過ごしたことのある私には、どうも我慢できそうにありません。
例え幻だったそても、あのひと時は体にしっかりと刻み込まれてしまってます。
だから余計に苦しい。取り戻せないとわかってるから。
罰を受けたいのに誰も裁いてくれない。だから永遠に許されない。
それでも許されたいなら・・・・どうしたらいいんだろう?
誰か教えて下さい。



第26週
4/8(月) 晴
学校が始まりました。
田村さんはいませんでした。
始業式だけだから早く帰れました。
寄り道せずに帰りました。


4/9(火) 曇
新しい担任の先生は受験勉強の話をしました。
周りのみんなもそれなりに何か考えてるようです。
幸せな人たちです。


4/10(水) 曇
田村さんは学校に来てない。
新しいクラスに顔を出すのはとても勇気がいるのに。
報われませんでした。
もう勇気を出す必要なんて無いのかもしれません。


4/11(木) 晴
お兄ちゃんが家に遊びに来ました。仕事は順調だそうです。
普通の人と会話すると現実感が戻ります。
そして余計に自分の境遇が浮き彫りにされ、激しい劣等感に襲われます。
いつも以上に寂しさが沸きあがり、夜には思わず部屋で泣いてしまいました。
早く全て諦めたい。


4/12(金) 雨
お兄ちゃんは明日から仕事なので戻ってしまいました。
暇だったら料理を教えてもらおうかと思ったけど仕方有りません。
忙しい人は羨ましいです。私には何の予定もない。
前にはお料理会があったのに・・・
ああ。全然諦めきれてない。


4/13(土) 晴れ
自分から飛び込むしか、この寂しさを解消する方法はない。
お兄ちゃんのように普通の生活に馴染める能力があれば、それができる。
教室の周りを見渡して私の周りにいる普通の人たちの表情を観察してみました。
みんな生き生きしてる。
どうも私には新しい関係を築き上げるのは難しいようです。


4/14(日) 曇り
また部屋で泣きました。
お兄ちゃんに会って以来、「普通の人」と私の差を意識せずにはいられない。
確かに悪いことをしてきました。でも反省してるんです。
罰して欲しいんです。ちゃんと罪を償いたいんです。
誰か聞いて。私の声を。
願いを。



第27週
4/15(月) 曇
狂気の中にいた時は賑わってたメールも今では全く届かなくなりました。
誰もが興味を失ってしまったんでしょう。所詮は一時のものでした。
それが今日、久々にメールが届きました。
たった一行「また泣いてるんだね。」と。
なぜわかるの。


4/16(火) 晴
「あなたは誰?」
返信したらちゃんと送れました。私のアドレスで送ってきたものではありません。
午後の授業中、返事が来ました。
こっそり見るとまた一行「前はよく話したじゃないか。」とありました。
「それだけじゃわからない。」
返信したけどもう返事は来ませんでした。


4/17(水) 曇
一日たっても返事が来ないのでまたメールを送りました。
「遠藤さんですか?でなきゃ秋山君?それともまた別のお仲間さん?」
今度はすぐに返事が来ました。
「あんな連中と一緒にしないでくれ。」
すぐさま返信メールを送りました。
「それなら誰?私を知ってるの?なぜ泣いてるとわかったの?」
その後すぐに追加で送りました。「すぐに返事を下さい。」
携帯は沈黙したままでした。


4/18(木) 曇
朝起きるとメール着信のランプがついてました。
「返事を焦らないで。ゆっくりやろうよ。」
無茶です。名乗りもしない相手に行動を見透かされてる。そんな状況でゆっくりだなんて。
私は何通も送りました。
「処刑ターゲットの募集に応募してた人?」
「あなたも処刑人を追ってる人?」
「私に罰を与えてくれるの?」
何も答えてくれませんでした。


4/19(金) 晴
授業など今の私には何の意味もありません。
頭の中ではメールの相手のことでいっぱいでした。
学校で机に座って鉛筆を握ってるこの姿でさえ、その人には見えてるのでしょうか。
学校から帰る時もキョロキョロと周りを見渡しながら歩きましたが、誰も私を見てはいませんでした。
メールはまだ来ない。


4/20(土) 晴
私はメールを送り続けました。
「現実の私を知ってるんですか?」
「実際に会ったことある人ですか?」
「なぜメールをくれたんですか?」
「お願いです。返事を下さい!」
飼い主を改札の前で待つ犬のように、私は携帯の前に座り込んで返事を待っていました。
待つことが私の義務なんだと思いました。


4/21(日) 雨
メール着信音が胸に心地よく響きました。
急がなくてもメールは逃げません。なのになぜか焦ってしまいメールボタンを押すのに手間取りまってしまいました。
メールを開く。小さな画面に現れるこのわずかな文字を、私は楽しみに待ってました。
「君は生き残った。狂気に飲み込まれてもそこから這い上がり、裏切られても絶望せず、全てに耐え抜いた。それを誉めたかったんだ。」
私は返事を書きました。
「耐えてない。全然耐え切れてない。」
一分も経たないうちにまたメールが届きました。
「わかってる。でも、凄い。とても凄いことなんだよ。」
凄くなんてない。
そう呟きながらも、私の口元には笑みが浮かんでました。



第28週
4/22(月) 晴
私の不思議なメール友達はたまにしか返事をくれません。
相手が誰なのか。私は何となくわかりかけていました。
まさか向こうから来るとは思わなかった。


4/23(火) 曇
「君のことはずっと気にしてたんだ。そっちはもう忘れてるだろうけど。」
メールが届くたびに始まりの頃を思い出します。
忘れてなんかいない。


4/24(水) 曇
聞きたいことはたくさんあります。
質問を一つ一つメールで送りました。けどその返事は届きません。
こっちからアプローチしても効果はありません。
私は待つことしかできない。


4/25(木) 晴
気まぐれなのか計算してなのか、私には計りかねるところです。
どちらにしても私はずっと振り回されてたことに変わりありません。
本来なら警戒すべき相手です。
でもメールが届くたびに思わずにはいられない。
この人が一番私のことを理解してる。


4/26(金) 晴
相手の名前を出して呼びかけてみました。
今はあの名前など使ってないでしょう。どうせ何個もある名前の一つのはずです。
反応してくれるかな。


4/27(土) 晴
「ダグラスか。随分懐かしい名前で呼んでくれたね。あれは単なる捨てハンだからどうせ呼ぶなら『カザミ』にしてよ。こっちの方はよく使うんだ。」
私は思わず吹き出してしまいました。もっと良い呼び名があるじゃない。
イタズラ半分ですぐに返信メールを出しました。
「『処刑人』じゃ駄目?」
今回の返事は早かった。
「その名はもう君にあげるよ。僕は『真・処刑人』に改名する。」
私を孤独に追いやった張本人です。


4/28(日) 晴
驚くことが少なくなりました。
どこかの神経が麻痺してしまったのでしょうか。おかげで憎しみも沸いてきません。
せっかく「真・処刑人」からメールを頂いてるのに。
それが一度はメル友として交流のあった相手だと知ったのに。
私は何も行動しない。
失うものは一通り失ってしまったからかもしれません。
たぶん今「処刑人」として逮捕されても、私は黙って警察についていく。
友達がいないから、じゃない。
友達などできないことを知ったから。



第29週
4/29(月) 晴
今日の真・処刑人は少し饒舌でした。
「怒ってないの?」
「ずっと恨んでた。でももう怒ってない。怒ったところでなんにもならないから。」
「大人になったね。」
「なってないよ。」
「なってるよ。君はもう恨みを人にぶつけたりはしない。」
「ぶつける相手がいないだけだよ。」
「なるほど。」
「処刑しない処刑人なんて変かな。」
彼はまた黙り込んでしまいました。


4/30(火) 曇
「あなた自身は誰か処刑したの?」
このメールには返事が返ってきました。
「したよ。女の子を二人。男を一人。」
私が「処刑」したのは細江さんと田村さんだから・・
数が合ってる。


5/1(水) 雨
学校に行ってもただ過ごすだけ。
冷静に世間と自分に境界線を引くことができるようになりました。
カザミと名乗る真・処刑人は、どこか別世界にいるような感じがします。
その彼とメール越しに交流する私もまた、世間とは離れたところにいます。


5/2(木) 曇
「君には全部話さなきゃいけないね。」
「うん。話して欲しい。」
「ここに来るまでに随分色んなことが起きた。それを全部説明するのは長くなるし、とても難しい。」
「それでも知りたい。」
「どうしても?」
「どうしても。」
もう私には怒りや憎しみなどの感情は無く、単純に「知りたい」という思いしかありません。
彼にもそれはわかってると思います。


5/3(金) 晴
ゴールデンウィークがなんて私には関係ありません。
今の私の生きがいは、携帯でメールをすることだけ。
「あなたは今、どこにいるの?」
「まだ言えない。でも決して遠いわけじゃない。」
「近くにいるの?」
「ある意味、ね。会おうと思えばいつでも会える。」
「じゃあ会いましょう。」
返事はまだ来ません。


5/4(土) 晴
私は再度送りました。
「会いたいです。」
この一言に私の気持ちが全て詰まってる。
復讐なんて考えてない。
本当に、会いたいだけだから。


5/5(日) 晴
「いいよ。今度会おう。」
私は飛び上がるほど喜びました。
「ありがとう。」
本来なら感謝する必要なんてないのかもしれない。
むしろ私は被害者で、「出て来い。」と言える立場なのかも。
そんなこと、もう関係ないけどね。



第30週
5/6(月) 曇
相手がどんな人か想像してみました。
口調は男性だけど、今更それが本当に男だとは思えない。
遠藤さんみたいな見た目がソレ系の人なのか、秋山君みたいにまだそんなに年がいってない人なのか。
それとも田村さんのように普通の女子高生みたいな人か。
もっと年上かもしれない。普通に働いてるような人かも。ひきこもりみたいな人かも。
想像は広がるだけ広がってまとまりませんでした。


5/7(火) 晴
田村さんに何か話してあげようかと思ったけど、最近全く見なくなりました。
どうも彼女はもう学校には来てないようです。
私には他に学校で話せる人はいないから、それ以上探ることはできません。


5/8(水) 曇
「いつがいい?」
「いつでもいいよ。」
「学校が休みの日にあわせなきゃね。」
「そんなの今更どうでもいいよ。」
「学校は行っておいた方がいいよ。普通の生活を止めた時点で現実へは戻れなくなる。」
「処刑人になってた私がいい例?」
「そう、その通り。君は奇跡的に戻ってきたけど、致命的に戻れなくなった人だっているんだ。」
「私ってすごいんだね。」
「すごいよ。ところで今週の土曜日はどう?学校終わったら。」
「それでいいよ。」
土曜日に決まりました。


5/9(木) 曇
会う前に聞きたいことを先に聞いてみました。
「田村喜久子さんって知ってる?」
「知ってる。」
「遠藤って人とか秋山って人は?」
「知ってる。間接的にだけどね。たぶん君が関わった人間は全て知ってると思う。」
「すごい。全部裏で糸を引いてたんだね。ある意味尊敬。」
「そこまでしてないよ。まぁいずれわかるよ。」
「土曜日が楽しみ。」
「土曜日か。そうだった。」
「忘れてたの?昨日決めたばっかなのに。」
「いや、そうゆうわけじゃないけど・・・ちょっとね。」
「その日は予定が入って行けなくなったとか?」
「そうじゃないんだ。まぁ気にしないで。」
カザミにも自分の生活があるんだと何となく感じました。
どこに住み、どんな生活をしてるんだろう。
どうやって育ち、どうして真・処刑人になんてなったんだろう。
知りたいことが山積みです。


5/10(金) 雨
もう前日なのに待ち合わせ場所も決まってなかったので、催促のメールを送りました。
すると住所だけが送られて来ました。
「ここに来いってこと?」
「そう。」
その一言だけで後はいくら質問しても何も答えてくれませんでした。


5/11(土) 曇
昨日送られてきた住所を地図で調べました。
学校帰りに行くには少し遠いところですが行ってみました。
そこは墓地でした。
「着いたよ。」
その場でメールを送りました。すぐに返事が来ました。
「そこにいるよ。」
「ここ、墓地だよ。」
「うん。その中にいるんだ。」
「ふざけないで。」
「そこにいたんだよ。」
「じゃあ今は?」
しばらく間がありました。待つ間墓地の敷地内を歩き、墓石に刻まれてる名前を見て回りましたが、知った名前はありませんでした。
メールが届きました。
「探してごらん。ここまで辿り着くその過程で、全てがわかるから。」
私は目をつぶり、空を仰ぎました。
耳の奥で何かが流れる音が鈍く響いてました。


5/12(日) 晴
自分にはどうにもできないと思ってました。
私は大きな波に飲み込まれそれに流されてたと。
けどもう違うのかもしれない。波は過ぎ去り、解放された。
だから今なら探し出せると思います。
私も外に出るしかない。



第31週
5/13(月) 晴
まずは何をしよう。
メールから辿るのは厳しいかもしれない。
他に方法はあるのでしょうか。


5/14(火) 曇
本人から得た情報を考えてみました。
最初からずっと私を見ていた。あのメーリングリストを始めた時から。
あの人たちは彼のことを知ってたのかな。


5/15(水) 曇
昔のツテを辿ろうにも、残ってるのは一人しかいません。
何度も教室を覗き込んだけど彼女がいる気配はありませんでした。
クラスの人に聞いてみると、彼女は今学期に入ってから一度も来てないそうです。
ずっといなかったんだ。


5/16(木) 雨
家にいるのは分かってる。
でも話を聞いてくれるのでしょうか。
また門前払いされるかもしれない。
親御さんにも嫌われてしまったから。


5/17(金) 雨
ここで踏み出さなければ何も変わらない。
せっかく解放されたのに、動き出さなきゃ意味が無い。
普通に会話するくらい、私にだってできるはず。
お兄ちゃんのようにやればいいい・・


5/18(土) 曇
勇気は出してみるものです。
嫌われてたって同じこと。そう思って田村さんの家に行ってきました。
弾かれるのを防ぐ為に親御さんに言うコメントを考えてたけど、使わずに済みました。
逆に「話をしてあげて。」と言われるとは思わなかった。
部屋に通されると田村さんが笑顔で待ってました。
彼女は既に壊れてました。


5/19(日) 雨
「私は自殺しないよ。絶対に。」
昨日の田村さんの言葉がまだ耳に残ってます。
「田村さんに何をしたの?」私は彼にメールを送りました。
しばらくしたら返事が来ました。
「会っただけだよ。あれ?あの子まだ生きてるの?」
今回は私が無視してやりました。



第32週
5/20(月) 晴
田村さんは外に出るのを異常なほど嫌がります。
何か怖い思いをしたのかもしれません。
「処刑人」という言葉にはピクンと反応するけど何を質問しても首を横に振るばかり。
何を考えてるのかもわかりません。


5/21(火) 曇
親御さんはもう私を疑ってませんでした。
行くたびに「頼むわね。」と言われるので、むしろ私が何とかしてくれると思ってるのかもしれません。
一度「いいんですか?私で。」と聞いてみたら
「岩本さんのことを聞いても『関係無い』って言ってたから。」という答えが返ってきました。
田村さんは私のことをまだ覚えてるようです。


5/22(水) 雨
毎日足を運んでも田村さんに改善の傾向は見られません。
私も学校に行ってない身なので学校の話はできないけど、料理の話とかをして何とか耳を傾けてもらうよう努力してみました。
反応はありません。
遠藤さんの話や牧原さんや板倉さんなど昔の人の話を聞こうとしたら顔を伏せてますます口を閉ざしてしまう。
なかなか手ごわいです。


5/23(木) 晴
私を怖がらなくなったのが唯一の救いです。
私が誰なのかはちゃんと認識してくれてる。
たまに「早紀もかわいそうな人ね。」と言ってクククと笑います。
その度に何か話してくれるのかと期待してもいつも無駄に終わります。
聞いても笑うだけで喋ってくれない。


5/24(金) 曇
親御さんに「病院に連れてった方がいいのかしら?」と相談されました。
私は反対しました。たぶん何の意味もなさないと思う。
ふと細江さんのことを思い出しました。あの人もこんな感じになったんだろうな、と。
そういえば細江さんもまだ生きてるんだっけ。


5/25(土) 雨
親友だった人間が虚ろな目で宙を眺める姿は痛々しいものがあります。
これ以上問い詰めても何も得られなさそうなこともあり、他に誰かいないか考えてみました。
板倉さん、牧原さん、岡部先生、細江さん。
手当たり次第当たってみようか。


5/26(日) 雨
カザミさんからは何の連絡も来ない。
ヒントをせがんでもどうせ何も教えてくれないでしょう。
彼はこれまでと同じように、私が悩み、這い回る姿をどこからか眺めて楽しんでるのかもしれません。
もう思い通りにはさせない・・。



第33週
5/27(月) 雨
板倉さんの家は既に引っ越してました。
昔の名簿の電話番号は通じず、今の名簿には住所も載ってません。
岡部先生も同じでした。もう名簿から外されてる。
知らないうちに時が流れてる。


5/28(火) 晴
牧原さんの家は引っ越してません。
電話をかければ母親らしき人が出てくれます。
でも牧原さんの友達だと言っただけで切られてしまいました。
前もこんな感じだった気がする。


5/29(水) 曇
無理に押しかけたら怒られてしまいました。
牧原さんはまだ行方不明になってるはずだから「一緒に探しましょう。」と言っただけなのに。
「もう死んだからいい。」としか言われない。
あまりに頑なに拒否するものだから、何かあったのかと思いました。
単なる行方不明でなく、死んだと諦めざるを得ない何かが。


5/30(木) 曇
板倉さんの家族も岡部先生の家族も音信不通。
牧原さんの親は娘との関わりを拒否する。
処刑人は家族すらも巻き込むのでしょうか。
周りの人々まで不幸にするのでしょうか。


5/31(金) 曇
細江さんが入院している場所はどこかわかりませんでした。
家に問い合わせても教えてはくれませんでした。
私が気付くのが遅すぎた。過去の人を放っておきすぎた。
処刑人は始めに居たのに、私がぐずってる間に手の届かないへ逃げてしまった。
関わった人から辿られぬよう、痕跡まで消して。


6/1(土) 曇
やっぱり無理なんでしょうか。
頼りの本人からのメールも届かない。
このまま辿り着けなければ、処刑人はやっぱり私の妄想の産物だということに?
そう言われても否定できない。証明できないから。
自信もありません。


6/2(日) 晴
田村さんの家に立ち寄り、進行状況を報告しました。
田村さんはいつものように笑ってるだけで何も話してくれませんでした。
どうしようかと途方に暮れてたのですが、そこで思わぬ情報が入ってきました。
細江さんの病院がわかった。
どうも以前田村さんが調べてたようです。それを親御さんも覚えてて「何かの参考になるかも。」と教えてくれました。
田村さんは細江さんに会いに行ったのでしょうか?
行ってみる価値はありそうです。



第34週
6/3(月) 晴
細江さんこそ私が地獄に叩き落した人。
今更顔を合わせられる義理はないけど、私は行かなければいけません。
反省してることを伝えれば少しは許してくれるかな。


6/4(火) 晴
細江さんはまだその病院にいるようです。
田村さんはもともと細江さんがいる病院を少しは知ってたらしいのですが、
住所や電話番号を調までは知らなかったので母親に聞いたそうです。
母親が言うには「見つけたみたいだけど本当に行ったのかはわからない。」とのこと。
たぶん行ってる。


6/5(水) 曇
田村さん自身に細江さんのことを聞いても話してはくれませんでした。
細江さんも同じような状態なはず。まともに会話なんかできない。
それなら田村さんは何しに行ったんだろう?
あんな中途半端な時期にお見舞いとは思えません。
明日、何かわかるかも。


6/6(木) 晴
心配してた通り。
細江さんには会えなかった。
中に入れてもらえなかった。
でも・・・


6/7(金) 晴
処刑人には私がまだ知らない人が関わってることを知りました。
あの名前は聞いたことが無い。まだいるのでしょうか。
いや、もしかしたら遠藤さんのような田村さんの知り合い・・?


6/8(土) 晴
施設の人の怒った声を思い出します。
「あなた達、一緒になってイタズラしてるんじゃないんですか?」
あなた達、ということは前に誰か来たんだ。
田村さんだ。そう思った。でも聞いてみると違った。
今日、田村さんにその人のことを聞いてみました。
田村さんは急に泣き始めました。
ずっと泣いてました。


6/9(日) 晴
一日たって落ち着いたのか、今日の田村さんはその人の名を聞いても泣き崩れたりはしませんでした。
「奥田さんって誰なの?」
田村さんは私の言葉に耳を傾けてくれました。
そして話してくれました。
私にはとても辛い話だったけど、しっかり聞きました。



第35週
6/10(月) 晴
私を囲ってた人たちの全貌がわかったものの、少し複雑な気分です。
田村さんがそこに加わってるだろうとは気付いてたけど、まさか首謀者とは思わなかった。
ネットで募った仲間の中で、一番頼りになれる人。同時に田村さんの恋人。その人が奥田さん。
今どこにいるんだろう。


6/11(火) 曇
田村さんから教えてもらった奥田さんの携帯番号は何度かけても「電源が入ってません」のメッセージになってしまいます。
奥田さんと川口という人には会ったことがありません。
でもこの二人は田村さん、遠藤さん、秋山君とは別行動をとってたようです。
田村さんには言ってませんが、私は奥田さんと川口さんは一緒に行動してたと思えてなりません。
田村さんは先に細江さんに会ってたのは川口さんだけだと思ってるけど、施設の人は奥田さんの名前を出してたから。


6/12(水) 曇
田村さんは割と喋れるようになってるけど、肝心の奥田さんの居所は知りません。
恋人だったのに相手の住んでる場所も知らないなんて。
かわいそうだけど、もしかしたら田村さんは奥田さんに騙されてたのかもしれない。
段々怒りが込み上げてきました。


6/13(木) 雨
何度も通ったおかげで田村さんはとても辛いことまで告白してくれました。
酷いことをした川口さんはもちろん許せない。
けど結局ほったらかしにした奥田さんも許せない。
なんて酷い人たちなんだろう。処刑人なんてどうでも良かったんじゃ・・
そう思った時何かに気付きました。
処刑人は田村さんに会ったと言ってた。
ならもしかして、この二人のどちらかが?


6/14(金) 曇
私の推理は田村さんに見事に否定されました。
特に奥田さんのことは必死にかばってた。田村さんはまだ奥田さんのことが好きなのかもしれません。
じゃあ田村さんは誰と会ったんだろう?
その話になると田村さんは未だに口を閉ざしてしまいます。
「早紀、それだけは知っちゃ駄目。」と。泣きながら。
そうはいかないのだけど、必死に懇願する田村さんにはそれ以上問いただせませんでした。


6/15(土) 晴
カザミに報告しました。
「奥田さんと川口さんに辿り着いたよ。」
今度は返事をくれました。
「お見事。そのルートで行けばゴールまでもうすぐだ。僕の方はスタンバイOK。ここまで来るのを楽しみ待ってるよ。」
何がもうすぐよ。待ってるなら会いにこればいいのに。


6/16(日) 晴
最初にカザミが言った通り、ここまで来るまでに色んなことを知りました。
田村さん側のことはほとんどわかった。遠藤さんや秋山君とは本当はどんな関係だったのかも知った。
あとは田村さんすら知らない奥田さんと川口さんのルートを。奥田さんの裏側を。
彼も言ってる。もう少しだと。
後一息で全てが繋がる・・!



第36週
6/17(月) 雨
奥田さんと川口さんの携帯は繋がりません。
それ以外の連絡方法と言ったら、もうネットしかありませんでした。
田村さんの家のパソコンを使わせてもらえればどうにかなるかもしれません。


6/18(火) 曇
田村さんのパソコンを借りて奥田さんと川口さんにメールをしました。
話したいことがあるから連絡欲しい、と。
たぶん返事は来ないでしょう。
田村さんが奥田さんに散々送ったメールの記録が寂しく放置されている。


6/19(水) 雨
メールの返事は来てません。
他に何かないかとパソコンをいじってると、田村さんが以前運営してたサイトのデータが残ってました。
今はもうネットからは消えてしまった、私を囲むためだけに作られたサイト。
初めて見た。怒りは沸いてこない。
「こんなものを作ってたんだ」と思っただけ。


6/20(木) 晴
奥田さんも川口さんもフリーメールです。
もう使ってないのかもしれない。返事は来ません。
掲示板の方は誰も書き込まなくなってから大分時間が経ってます。
サイト自体が消えてしまってるから、掲示板のアドレスを知ってるのは関係者だけ。
あの二人と、秋山君と遠藤さん。まだ見てるでしょうか。
田村さんの名を借りて書き込みました。
「誰かいますか?」
とてもか細い声のように見えました。


6/21(金) 晴
掲示板に反応はありませんでした。
ここにいた人たちは本当にいなくなってしまったのかもしれません。
それでも書き込みました。
今度は私の名で・・「岩本早紀」の名で。
「本人です。誰かいませんか?」
誰か、返事を。


6/22(土) 雨
田村さんから電話がありました。あんな風になってから彼女から電話が来るのは初めてです。
急いで田村さんの家に行ってみると、パソコンを見せてくれました。
画面に昨日の掲示板が表示されてます。
「本当に本人ですか?」
書き込みが増えてる。「この書き方は秋山君よ。」と田村さんが教えてくれました。
田村さんから秋山君のアドレスを教えてもらい、メールを送りました。
「掲示板の書き込みは秋山君?早紀です。連絡下さい。」
送ったのは、私の携帯のメールからです。


6/23(日) 晴
返事が来ないのはなぜだろう。
秋山君なら喜んで返事をくれそうなのに。
私を警戒しているの?もう私に関わりたくないの?
私は本当の処刑人では無いのよ。殺人鬼ではないのよ。
わかって!



第37週
6/24(月) 晴
秋山君から来た返事はとてもそっけないものでした。
「僕は秋山です。でもあなたはどうなんですか?本当に早紀さんなんですか?」
今更騙しあいなどしたくないので私は正直に全部話しました。
「疑うのもわかるけど私は本当に早紀です。田村さんから全てを聞きました。別に恨んでないから安心して。」
「今ね、知りたいことがあって色々聞いて回ってるの。奥田さんと川口さんって人のことなんだけど、秋山君今あの二人がどこにいるか知ってる?」
秋山君はまた黙り込んでしまいました。


6/25(火) 曇
秋山君が妙なことを言ってます。
「奥田さん。もしかして早紀さんのフリして僕を試してるんですか?」
そんなこと有りえない。私は奥田さんを探してるのに。
なんで奥田さんの名前がいきなり。
「違うよ。私は早紀だよ。それより秋山君、どうしてそんなこと言うの?奥田さんが何かしたの?」
秋山君は何か考え込んでるかのように返事をよこさない。


6/26(水) 雨
あまりに返事が来ないのでもう一度送りました。
「秋山君お願い。メールだけじゃ信じてもらえないなら電話してくれてもいいから。」
電話番号を添えたのに電話は来ませんでした。
来たのはメールだけです。
「そんなやり方卑怯ですよ。これで僕が電話するってことは、その時点で早紀さんと関わりたいという意志表示になってしまうじゃないですか。」
「何をそんなに疑ってるの?お願い、教えて。何があったの?」
まただんまりです。


6/27(木) 雨
私があまりにしつこくメールを送るものだから、秋山君も怒ってしまいました。
「いい加減にして下さい。奥田さん、僕は約束を守ります。仮にあなたが早紀さん本人だとしても、放っておいて下さい。僕はもうあなた達に関わりたくないんです。」
私はますます引けなくなりました。
奥田さんとの約束って?
あんなに親しげだったのに、なんでそんなに嫌になったの?
秋山君が奥田さんとの間で何かあったのは明白です。
一体何が。


6/28(金) 曇
何度もメールを送ったけど、返って来る返事は「もう勘弁して下さい。」ばかり。
やがて全く返事が来なくなりました。
秋山君。よほど奥田さんに嫌なことをされたんでしょう。
ここでも奥田さんが関わってる。
秋山君に最後のメールを送りました。これ以上彼に嫌な思いはさせられません。
「迷惑かけてごめんね。これで最後にします。私はね、自分のしてきたことがどんな結果になるか知りたいの。そして全てを終わらせたいの。それだけ・・。」
私の願いは届くでしょうか。


6/29(土) 雨
「あなたが奥田さんか早紀さん本人か関係なく、これだけは伝えておきます。川口さんは死にました。奥田さんが殺したんでしょ?警察が奥田さんを追ってますよ。僕の所にも来ました。もちろん何も知らないと答えました。僕はネットの人との関わりは一切断ちます。忘れます。もう厄介事に関わりたくないので。さよなら。」
秋山君の最後のメール。書いてある内容を理解した時、私は何も言えなくなりました。
殺したって・・。


6/30(日) 雨
川口さんを殺した奥田さん。
どちらも会ったことないから確証は無いけど、たぶん川口さんは本当に殺されたのでしょう。
処刑人に関わって死ぬのは私の周りのことだけかと思ってた。
でも違った。知らない人まで死んでる。
奥田さんがカザミなの?田村さんは違うと言う。
ならこの二人は、何?



第38週
7/1(月) 雨
これ以上誰に聞けというのでしょうか。
どうしようもなくなり遠藤さんにも電話してしまいましたが、電話はもう使われてませんでした。
あれから全く連絡をよこさないことを考えると、たぶん私などもうどうでも良くなったのでしょう。
とっくに見捨てられてたんだ。


7/2(火) 曇
田村さんは怯えてカザミの正体を教えてくれません。
奥田さんのことも重要なことは何も知らない。
もう駄目なんでしょうか。これ以上進めないんでしょうか。
やはりこんなこと諦めた方がいいんでしょうか。


7/3(水) 晴
何をすれば良いのかわからず、田村さんの家に上がり込んでネットを探しました。
「奥田」さんはどこか。「処刑人」はどこにいるのか。
検索しても本当に欲しい情報などでてこない。
本気になって探せば見つかるのかもしれない。
元々ネットで探すべきものなのかもしれない。カザミもそう思ってるのかな?
だとしたら、わかってない。
私のように自分のパソコンすら持ってない素人に、そこまで調べ上げる能力は無いのよ。私が「処刑人」だった頃も、所詮はその場にあったものをいじっただけ。
素人なのに。誰もそう見てくれない。


7/4(木) 曇
わからない。どうしてもわからない。
私はカザミに助けを求めました。
「川口って人は死んだらしい。これ以上わからない。奥田さんもあなたも、どこにいるのかわからない。」と。
私は精一杯叫んだつもりでしたが、メールに書くと小さな画面にこじんまりと収まる。
届かない。これじゃ全てが届く分わけがない。


7/5(金) 雨
カザミからメールが来ました。
全然期待してなかっただけに驚きました。
そしてその内容は・・・何を言ってるんだろう。
「僕の予想だと、直に向こうから現れると思う。最後に逃げ込む所はそこしかないから。」
これは誰のことを?奥田さん?カザミが来るわけじゃないの?
向こうから来る。ということは私はもう何もしなくていいのでしょうか。
このまま待てばいいのでしょうか。


7/6(土) 雨
私はじっと待ちました。
天命を待つほど人事は尽くしてないかもしれない。
けどもう信じるしかない。カザミの言葉を。
来るのは恐らく、奥田さん。
川口さんを殺したのであれば、今は逃げ回ってるということ。
最後に逃げ込むのが・・ここ。なぜ私のところなんだろう。
私は奥田さんなんて人は知らない。
でも来る。誰かが。
私を知る誰かが。


7/7(日) 曇
来ました。
確かに「誰か」が来ました。
戻ってきた。
その人は私の顔を見ると「ただいま。」と言いました。
私は「あれ?おかえり。珍しいね。」と答えました。
「しばらく実家に戻ることになった。世話になるよ。」
私のよく知る声です。
お兄ちゃん。



第39週
7/8(月) 晴
ただタイミングがいいだけなんだろう。何度もそう思いました。
カザミにメールを送りました。「来たのはお兄ちゃんなんだけど。」
帰ってきた返事が「だから、その人だって。思ったより早かったね。」
何を信じていいのかわかりません。


7/9(火) 曇
お兄ちゃんに「学校行けよ。」と説教されました。
いつもと同じ調子です。私の知るお兄ちゃん。
でも違う。何かが違う。
カザミに言われたからそう見えるだけ?
いや、本当に違ってる。
何かが変わった。


7/10(水) 晴
お兄ちゃんは外に出るどころか部屋からも滅多に出ません。
私も外に出ないのでかち合うことが多くて気まずいです。
中で何をやってるのかドアの前で耳を済ませてみたらゴソゴソ音がしてました。
そして嗚咽が聞こえてきました。


7/11(木) 晴
親は何も言いません。私が篭ったときにも何も言わなかったくらいだから
今更お兄ちゃんが家に篭ったところで何も感じないのでしょう。
お兄ちゃんはまだ働いてるのでしょうか。辞めたから戻ってきたのでしょうか。
こんなに近い場所にいながら、私はまだ何も聞けてません。
あっちからも何も言ってこない。


7/12(金) 雨
とても不自然なことをしてしまいました。
冗談のフリしてやったけど、お兄ちゃんはにこりともしませんでした。
それでも私の怪しい行動には何も言いません。
黙って部屋に戻り、それっきり。
もう何を考えてるのかわかりません。


7/13(土) 雨
結果を待つのにそんな時間はかかりませんでした。
昨日インスタントカメラで撮ったお兄ちゃんの写真はすぐに現像できました。
その足で田村さんの家へ。お兄ちゃんの写真を見せました。
ある程度は予想できてました。どんな結果になるのか。
それでも直に言われるのはショックでした。
一目見るなり目を真っ赤にして写真を奪う田村さん。
聞くまでもありません。田村さんは自分からその名を叫んでました。
「奥田さん!」
私は何も言えずその場に立ち尽くしました。


7/14(日) 曇
だからって全ては繋がらない。
お兄ちゃんが遠藤さんと秋山君を追い返した。
仲間のはずなのに。でも仲間の川口さんを殺した。殺したって。
じゃあお兄ちゃんは一体・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・いや・・・・・・・まさかそんな・・・・・



第40週
7/15(月) 晴
家にいない間、この人は一体どんな人生を歩んでたんだろう。
私の見る限りは全く普通の、私が憧れるほど普通の生活をしてたのに。
普通の人に見えたのに。胸の中にはとても大きな闇を抱えてる。
私以上に。


7/16(火) 晴
なぜ外へ出ようとしないの。なぜ部屋からすら出ようとしないの。
何も無い部屋で何をやってるの。何を考えてるの。
疑いたくなくてもあの人の行動は私の考えを肯定してしまう。
耐えられない。とてもじゃないけど耐えられない。
お兄ちゃん。あなたは。


7/17(水) 晴
この一言が何もかも壊してしまいそうでした。
けど私は言ってしまいました。
親も仕事に出た後、昼頃に起き出したお兄ちゃんにあわせて私も居間に行きました。
二人で朝ご飯兼用の昼ご飯を食べてるとき、「あ、そうだ。」と白々しく切り出しました。「お兄ちゃん、奥田って人知ってる?」
その時のあの人の目は忘れられません。
目の奥で何かが光った。
とても・・とても冷たい目で私を見てる。
睨むわけでもない。顔をしかめるわけでもない。
ただ無表情で、ピクリとも動かず、目だけしっかり私を凝視する。
私は思わず目を逸らしました。
いたたまれなくなって「知らなきゃ別にいいや。」と言おうとした矢先、あの人が口を開きました。
「田村さんにでも聞いたの?」
低い声が頭に突き刺さる。背筋が凍りました。
「別に。何でもないから。」そう言い残し、私は自分の部屋に戻りました。
とても疑わしい行動だったかもしれません。
けど私の全身は恐怖で一杯でその場を離れずにはいられませんでした。
「お兄ちゃん。なぜ田村さんの名前を知ってるの?」
私は声にならない声で叫びました。


7/18(木) 晴
私は部屋から出れませんでした。
水をペットボトルで確保して、トイレに行くのも命がけ。
お兄ちゃんが家の中をうろつく音を聞くたびに身を震わせてました。
それでもあの人はやってきた。部屋のドアを叩く。
「早紀、どうしたんだよ。メシくらい食べろよ。」
その言葉の裏に何があるのか。
私は「いらない!」と叫び、ガタガタ震え続けました。


7/19(金) 曇
あの人の声を聞くと全身がしびます。
「早紀、大丈夫か?体壊したのか?」
「別に。」と答える私。それ以上言葉が出ない。
おかしくなりそう。怖くて気が触れてしまいそう。
お兄ちゃん。あなたは何なの。
何でそんな普通にしてられるの。
何か言ってよ。なんで説明してくれないの。
なんで田村さんの名前を知ってるの。
なんで奥田さんなの。なんであなたはそんな風になってしまったの。
なぜ、なぜ、
なぜ私を苦しめるの!!


7/20(土) 晴
何回目の訪問だっただろう。
私は疲弊しきっていたのでその時のことはあまり覚えてません。
ただ、とても致命的なことをしてしまったということだけはわかります。
遠くで聞こえました。
私が叫んだ言葉。私は確かこう言ってた。
「お兄ちゃん。あなたがカザミなの?・・・処刑人なの?」
ドアの向こうの沈黙。ドアから足音が離れる。
とても静かだった気がします。
その後は誰も来ませんでした。
誰も声をかけに来てくれませんでした。
私は暗い部屋で一人、天井を見つめていました。
ただぼんやりと。全てを放棄して。
絶望の中に身を沈めていました。


7/21(日) ハレ
ノックの音が静かな部屋に響き渡る。
そしてあの人の低い声。
「早紀、話があるんだ。」
私は答えない。あの人は話を続ける。
「なぁ早紀。わかったんだよ。俺は何をすべきなのか。」
ドアのノブを回そうとする音。カギが掛かってて回らない。
「全ての罪を裁かなくてはならなかったんだ。」
ガチャガチャとしつこくドアノブを回そうとする音。開かない。
「お前を例外扱いしてはいけなかったんだ。お前は被害者だが、同時に加害者でもある。身に覚えがあるだろ?であれば、お前もまた裁かれなければならない。」
親は出かけてる。今この家には、お兄ちゃんと私の二人だけ。
「本当はずっと前からわかってたんだけどな。今、やっと決心した。」
ドアノブが激しい音を立てて揺れる。ネジが飛んだ。グラついてる。
「早紀。お前への断罪が必要だ。ここを開けろ。」
メキメキと音がしたかと思ったら、バキンと大きな音が鳴った。
ドアが開いた。ゆっくりと、ゆっくりと開く。
半分開いたところで、その奥に立ってる人の顔が見えた。
そこにいたのは、私の知ってるお兄ちゃんではありませんでした。
暗闇に無表情でたたずむその人は・・・
「お前を裁き、全てをゼロに戻す。」
自分は殺されるんだと理解した時には、既に私の首に触手のような手が絡みついてました。
私は叫んでたはずですが、恐怖で声がかすれて自分でも何も聞こえませんでした。
助けて。こんな終わり方なんて嫌。
どれだけ叫んでも私の声などどこにも届きませんでした。
永遠に届きませんでした。

こうして私は実の兄に殺されました。



絶望の世界∀
−完−


絶望の世界A
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