絶望世界 もうひとつの僕日記

第1部<内界編>
第1章


第1週

11月20日(月) 大雨
今日もまた、建設的な事は一つも無かった。
僕は何をやってるんだろう。疑問に思うことは多々あっても、お酒が入ると大概どうでもよくなってしまう。
大学に行ってた頃からそんな疑問は常に頭にあった。新しい生活を望んでいたはずなのに、
いざその生活を始めると具体的に何をしたかったのか途端にわからなくなる。
実際のところ、何も考えてなかったんだと思う。大学で得たのは奥田だけか。
奥田と美希ちゃん。今ではこの二人と飲むことだけが僕の生き甲斐になってる。
今日も飲んだ。おそらく明日も飲むだろう。誰かに迷惑掛けてるわけじゃない。
これでいいさ。


11月21日(火) 晴れ
家を出れば何かが変わると思ってた。
でも大学はダメ人間たちの吹き溜まりでしかなかった。
みんな僕と同じように、具体的な考えを持たずに漠然と何かを期待して集まっていた。
そんな連中が固まったところで何かが始まる道理は無い。それでも無理に楽しもうとしてる連中はいる。
僕はそれすら嫌で、結局彼らからも離れてしまった。
同じドロップアウト組の奥田だけは話が合い、それ以来今でもつき合いがある。
けど奥田はマシな方だ。美希ちゃんという彼女がいるんだから。
僕ら三人は皆ダメ人間を自負してるけど、女の子が側にいるだけでだいぶ違うかもしれない。
僕の側には誰もいない。


11月22日(水) 晴れ
バイト。飲む。帰って寝る。今日もいつもと変わらない。別にお酒が好きなわけじゃない。
ただ、「昨日も飲んじゃったよ。」って言ってるとなんとなく有意義に過ごしてるような気がするだけだ。
ビールなんか苦くておいしくない。ワインなんてもってのほか。
こんな退廃的な生活でいいのか。
今日の話題はこれだった。「じゃあ熱く生きたいのか?」奥田がすぐに返してきた。
美希ちゃんが「私たちには似合わないわよ。」と言った。
その通り。ダメっぷりを熱く語ることはあっても、熱く生きるなんてことは似合わない。
「何かしようとしたら、楽しいこともあるけど辛いこともあるでしょ?辛いことはイヤ。だから何もしない。」
渡部美希。君は実に良いことを言った。フリーターやってるのもちゃんと理由があるんだ。
無職で何が悪い。


11月23日(木) 曇り
休日だからといって普段と何も変わらない。コンビニの客が少し増えたくらいだった。
寒かったらおでんがよく売れた。こんな日には時給も少し上げて欲しいと思った。
ふと、奥田のバイトに比べると僕の方がマシかもしれないなんてことを考えた。
あいつは知り合いのソバ屋で配達やってるけど、コンビニの方が会社に雇われてるみたいで
少しだけ優越感を感じる。ちゃんとタイムカードで管理されてるし。あっちは履歴書すら書いて無かったな。
地味に生きるのが信条のあいつには似合った仕事だ。美希ちゃんと似たもの同士。
僕も大して変わりないけど。


11月24日(金) 曇り
今日は意外な事実が発覚した。奥田と美希ちゃんが先週あたりから同棲を始めてた。
飲みの席で「そうそう、俺達同棲してるんだよ。」となんてことなく言っていた。
驚いた。僕にしてみればいつのまにそんな前進的な事をって感じだけど、二人にとっては特別な意味など無いらしい。普段と変わらない様子だった。喜ぶことなく淡々と語ってた。
にしても、同棲なんてそんな簡単にできるものなのか?僕は思わず美希ちゃんに聞いた。
「親は許してくれた?」
愚問だった。美希ちゃんはニヤニヤしながら切り返してきた。
「亮平君は、親と連絡取ってるの?」取ってない。今の住所すら知らないはず。
これで同棲話は終了した。
同棲か。漠然と二人はいつか結婚するんじゃないかなとは思ってた。
でもいざこうして現実を見せられると、なんていうか・・・うらやましい。
やっぱ女の子がいる奴はいいよな。昨日くだらないことで優越感に浸ってたのがバカみたいだ。
あいつらちゃんと、前に進んでるじゃないか!
それに比べて僕は。いけない。このままじゃいけない。
取り残される。


11月25日(土) 曇り
焦ってみたものの、どうしようもなかった。
何をすればいいと言うんだ。「お前も彼女作ればいいじゃん。」実に明快な答え。
女の子がそばにいればきっと何かがかわるだろう。
けどな奥田徹。お前は何も分かってない。そんな簡単に彼女なんかできるわけないだろ!
第一僕の周りにいる女の子と言ったら美希ちゃんくらいだ。美希ちゃんに手を出すつもりはない。
じゃあ新しい出会いを?どうやって?簡単に「彼女作れ。」なんて言うのは、彼女がいる者の傲慢だ。
そのことを奥田に言って聞かせてやった。
奥田は「俺はお前のことを思って・・」とブチブチ文句言ってた。
「コンビニには出会いはないのか?」金髪ギャルなんかお断りだ。
「ナンパはどうだ。」僕にそんな根性あると思うか?
挙げ句の果てに「ホームページ作ってみれば。」なんて言い出す始末。そんな面倒なことしたくないね。
「彼女作れ。」「わかった作る。」で作れれば苦労しないさ。
僕もしぶとく愚痴を言ってると、美希ちゃんが「あ、いい方法がある。」と声を上げた。
「私たちの時みたいにさ、亮平君もインターネットで出会いを探せばいいのよ。
出会い系サイトで。」ネットで!?ホームページは嫌だと言った矢先にこれだ。
奥田まで「そうだ。それがいい。」と乗ってきた。「いいサイト紹介してあげるから!」
そりゃ二人はそれで知り合ったんだろうけど、僕もうまくいくとは限らないしそれに・・
僕が嫌がってるのも気にとめず、美希ちゃんは紙切れにアドレスを書き込んで強引に渡してきた。
「そこは私たちが使った所だからオススメ。ねぇ。絶対やるんだよ!」
もうやることに決定したらしい。奥田は奥田で手を叩いて「やれーやれー。」と喜んでた。
なんでこいつら他人事にはこんなに熱くなれるんだろう。
家に帰ると、なんとなくパソコンに電源を入れてみた。どうやらこのまま流されてしまいそうだ。
さて。「ネットで出会い」なんて初めてだけど。
本当にやるか?


11月26日(日) 快晴
考えてみたら他に出会いが期待できるものは何も無い。
ネットは確かに奥田と美希ちゃんという実績があるし、二人にアドバイスも頂ける。
ダメもとでやってみることにした。埃をかぶってたパソコンも有意義に使えってもらえて喜ぶだろうし。
さっそく美希ちゃんから教えてもらったサイトにアクセス。
「あたなに合ったメル友探し!」よくありそうな名前だった。色んなカテゴリに分かれてる。
まず登録人数の多さに驚いた。世の中、出会いを求めてる人がこんなにいるんだな、と素直に感心してた。
メル友、ICQ友達、ページャー仲間、ML仲間、サークル、合コン・・・種類もすごい。
それにカテゴリの数も。スポーツ、映画、同じ映画でも洋画に邦画、等々。便利なもんだ。
ただ、美希ちゃんから教えてもらったアドレスだと「無職仲間」のカテゴリに直接アクセスすることになる。
・・・あの二人らしい出会いだ。そして当然、僕もここで出会いを探す。
他のカテゴリでなんてまぶしくてやってられない。ここだけでも登録者がいっぱいいる。
これだけいたら本当に出会えるかも。少しやる気が出てきた。
メール登録。自己紹介文。同じ無職同士語り合いましょう。
地域は東京。実家の横浜とは近くて遠い。
あと名前。岩本亮平だから「リョーヘイ」でいいか。
もちろん募集相手は女性。登録完了。
こんな簡単でいいのかってくらいすぐ済んだ。
さてさて、これで本当に来るのかな?柄にもなくドキドキしてきた。
意外とこれって楽しいかもしれない。
出会いが見つかりますように。



第2週
11月27日(月) 晴れ
朝、メールはひとつも来てなかった。
つまらない。こんな大勢いるのになぜ誰もメールくれないんだ!
不機嫌なままバイトにでかけた。
運良くコンビニに美希ちゃんがやってきた。「首尾はどう?」
全然ダメ。美希ちゃんが顔をしかめた。そんな顔されても。
登録の仕方に問題あったか確認してもらった。
変な名前は避ける・・・ちゃんと本名使ったから大丈夫。
自己紹介文がおかしくないか・・・美希ちゃん曰く「そんなもんでいいでしょ。」
カテゴリは合ってるか・・・顔を見合わせて頷いた。「無職仲間以外あり得ない。」
「あとは時間の問題よ。一日くらい泳がせとけば来ると思う。」
その言葉を信じて夜になるのを待った。
本当に来てるかと、家に帰ると急いでメールチェックをした。
すると待望のメールが一件来ていた。
「初めまして。募集見たのでメールを送りました。」
名前は「ARA」。年は僕と変わらず20歳。そしてもちろんフリーター。
素晴らしい。


11月28日(火) 晴れ
ARAさんと急激に親しくなっていった。
話す内容はなんてことない世間話ばかりだったけど、その方が打ち解けやすい。
フリーターと無職は違うのか。マジメに大学通う人の気が知れない、等々。
あっちもオンラインだったので一晩で三回も送った。
気が合うし会話に詰まることもない。滑り出しとしては順調。
さらに嬉しいことに、新しいメールが二件も来てた。
「渚」さんと「紅天女」さん。二人にも返事を書いておいた。
やっぱり世の中、出会いに飢えてる人が多いんだな。
奥田が美希ちゃんとメールしてた頃はバカにしてたけど、
実際やってみるとこんなに楽しいと思わなかった。
もっと早く始めとけば良かった。


11月29日(水) 曇り
今日も新しい人からメールが来た。年上の「ケイ」さん。
これで計四人。この中から恋人を見つかれば。
なんか簡単に見つかりそうな気がする。ARAさんとはすでに意気投合してるし
渚さんと紅天女さんもすぐに返事をくれてる。トラブルが起こりそうな気配もない。
奥田と美希ちゃんに経過報告しておいた。
「何回くらいやりとりした?」一人は5回。あとはまだ全然。
「いい感じになって来たら一度会って見ろよ。」まだ早いよ。
美希ちゃんが横から口出しをしてきた。
「メールではね。日数よりやりとりした回数が大事なのよ。」
奥田がうんうんと頷いた。「頻繁に来るってことはお前に興味がある証拠だ。」
言われてみればそんな感じもする。
ARAさんとは夜11時ごろからはオンラインでやりとりしてるし
うまく進めていけば早めにご対面できるかもしれない。
僕もその気になってきた。


11月30日(木) 晴れ
バイト帰りに奥田に出くわした。これから仕事なんだと言っていた。
仕事は昼じゃなかったか?聞いてみると「仕込みを教えてもらってるんだよ。」と。
どうやら本気でソバ屋に就職を考えてるらしい。
最近は泊まり込みで店の親父さんに料理人の修行をしてもらってるとか。
美希ちゃんもウエイトレスで雇ってもらえることが決まったそうだ。
その美希ちゃんが奥田を迎えにやってきた。
これから店で食事して、奥田はそのまま修行。美希ちゃんは奥田のアパートへ。
「メールがんばれよ。」と言って二人は去っていた。
美希ちゃんに寂しい思いをさせてるんじゃないのか?そんないやらしい疑問は全く沸いてこなかった。
背中を丸めてトボトボ歩くその姿。まるで老夫婦みたいだったから。
僕らのような人間がカップルになるとああなるのか・・。
それでもうらやましかった。はやくあちら側に行きたかった。
所詮僕らに明るいカップルなんて無理なんだ。地味でいい。つつましく生きたい。
そして側には誰かを。
夜、チャンスは思いがけないほど早くやってきた。
ARAさんから「ねぇ。一度会ってみない?」と。すぐに返事を返した。
「いいね。会ってみよう!」


12月1日(金) 晴れ
話はトントン拍子で進み、日曜にもう会うことになった。
二人ともオンラインのままやりとりしたから完全にチャット状態だった。

>>>>いつ暇?
>>>来週はバイトが忙しいから・・日曜は暇なんだけどね。
>>日曜?日曜は僕も暇だよ。明後日も空いてる。
>ホントに?じゃあ明後日にする?私はそれでも構わないよ。

うまくいく時ってのは何でもうまくいく。食事して適当にブラブラすることになった。
美希ちゃんの言う通りメールは日数よりやりとりの回数が大事。
メールを書くのが楽しかった。書けば書くほど時間の流れが早くなる。
他の三人ともメールは続いてるし、みんな結構親しげになりつつある。
ARAさん。どんな人だろう。できれば美人の方がいいな・・・
想像してるだけで心が弾んだ。会う前が一番楽しい時間なのかもしれない。
そんなうまい話は無いと思ってもどうしても期待してしまう。
仮にARAさんで失敗してもそんな痛手にはならないな。まだストックが三人いる。
奥田に電話してみようかと思ったけどやめといた。
二人には秘密にしておいて、後で驚かせてやろうと思う。
こっそり成功してやる。


12月2日(土) 晴れ
今日もARAさんと明日の具体的な打ち合わせを。昨日と同じチャット状態。
そこでちょっと妙なことを聞かれた。

>>>とろこでさ、処刑人って知ってる?オフで会う時は
>>>奴に気をつけなきゃいけないんだけど。
>>処刑人?何それ。聞いたことないな。
>えっとね。処刑人はネットに巣喰う正体不明の殺人鬼で、
>オフ会に紛れこんで誰構わず殺していく奴なの。
>今回のオフは二人きりだから大丈夫だとは思うけどね。

なんだそりゃ。
馬鹿馬鹿しいと思ったけど、とりあえず明日のことを決めておいた。
午後3時に渋谷のハチ公前。待ちに待ったご対面。
でも少し不安になってきた。処刑人って何だよ。いきなり殺人鬼だなんて言われても。
かと言って今更止めるのももったいないし・・・
まぁ、気にせず楽しもう。


12月3日(日) 曇り
目印の紺のフリースを着てハチ公の前で突っ立ってた。
地味な格好だけど、渋谷のワカモノ達が派手だからかえって目立ってた。
スポーツ新聞読みながらたまに腕時計のチェック。約束通りの行動。
しばらく待ってたけどARAさんは来なかった。
電車が遅れてるのかもしれない。携帯の番号交換しておけば良かったな。
そんなことを考えながらもう少し待ってみた。
日が沈み始めた頃、僕はようやくすっぽかされたことに気が付いた。
なんて無駄な時間を過ごしたんだ。
ものすごい脱力感に襲われながら帰路に就いた。
けど途中で思い直した。
いや、きっと何か行けない事情ができてしまったんだ。
ARAさんは約束をすっぽかすような感じじゃなかった。お詫びのメールが来てるはず。
そう思って家に帰るとすぐにメールをチェックした。
案の定、ARAさんからメールが来てた。
やっぱり何かあったんだ。さっそくメールを開いてみた。
そこにはたった一行こう書かれていた。

「やっぱり処刑人が怖いからやめとく。」

ふざけるな。



第3週
12月4日(月) 曇り
二人に話すと大笑いされた。
「お前それイタズラだったんだよ。うまく行き過ぎじゃないか!」
後から考えてみると確かに奥田の言う通りだった。
短時間で仲良くなれてすぐに会えるってのは、いくらなんでも虫が良すぎた。
畜生。こっちは真剣にやってたのに。
虚しいやら情けないやらでだんだんと腹が立ってきた。
「まだ何人かいるんだろ?そっちで普通にがんばれよ。」
それが懸命だ。渚さんとも仲良くなってるし、紅天女さんとケイさんとも続いてる。
イタズラなんか忘れちまえ。別の人とうまくやろう。
酒をあおって意気込んでると、考え事してた美希ちゃんが口を開いた。
「・・処刑人ってどっかで聞いたような気がする。」
本当に!?そんな怪しげな噂どこで?
気になったけど美希ちゃんは「どこだっけなぁ。」と思い出せずにいた。
まぁいいや。僕は興味を失ってずっと他のことを考えてた。
渚さんに書くメールの内容。今度は失敗しないようにしないと。
地道にいこう。


12月5日(火) 快晴
ARAさんにはもうメールは送ってないし、あっちからも来ていない。
残ったのは三人。渚さん。紅天女さん。ケイさん。
みんな落ち着いた雰囲気があって僕には合いそうだ。
こうして冷静になってみるとARAさんがいかにあやしげだったかがよく分かった。
オフに誘ってきたのもあっちからだったし、何しろレスの早さが尋常じゃなかった。
初めてのメル友だったから頭が茹だってたらしい。結局あれはネカマだったのか?
遠目で眺めて笑ってやがったのかもしれない。
考えれば考えるほど情けなくなってきた。信じた僕がバカだった。
ネットには変なのが多いからそのくらい覚悟しておくべきだったんだ。
あとの三人だって本当に女かどうか。これ以上騙されるのは嫌だ。
メールを書くのも慎重になってきた。
少しスタンスを置いて、焦らずゆっくりやればいい。
次は失敗しない。


12月6日(水) 晴れ
奥田と美希ちゃんにはオフで会う時の心がけを教えてもらった。
携帯番号の交換は必須。会う前に一度電話で話しておくと確実。
ただし、より安全に行きたいからってあまりに突っ込んだ話はナシ。
奥田がこっそり教えてくれた。
「俺だって美希のプライベート全部知ってるわけじゃないんだよ。」
その後美希ちゃんがこっそり教えてくれた。
「いきなり住所とか聞いちゃダメよ。ストーカーに思われるわよ。」
なんとなく二人が初めてあった時のことが想像できた。
奥田の奴、住所聞いて怒られたな。
それでも今では同棲してる。奥田は調理師免許を取りたいとか言ってたし
美希ちゃんは奥田の家(今は二人の家か)でのんびり映画でも見てるらしい。
仕事しろよと突っ込んでおいた。やっぱり二人を見てると彼女が欲しくなる。
そうすれば僕も、奥田の様にちゃんと何かをしようとする気になれるかもしれない。
はやく真人間になりたい。


12月7日(木) 晴れ
コンビニで買い出しに来てた美希ちゃんに会った。
同棲を始めてからは僕の店で買いに来るようになってる。
僕は昼しか働かないから何度も顔を合わせることが多くなった。
「そうそう。処刑人の噂、ちょっとだけ思い出したの。」
思わずパンを握りつぶしそうになった。
「イジメられっ子が狂ってネットで知り合った人を殺しまくるって・・。」
また突拍子もない話が出てきた。美希ちゃんも言っててよくわからなくなったらしい。
顔をしかめて「わけわかんないね。」と自分で言ってた。
僕も激しく頷いた。微妙にARAさんの話とかぶらなくはないけど意味は不明。
そんなくだらない噂より今は未来の彼女の方が大事だ。
もしかしたら渚さんと映画でも見に行くことになるかもしれない。
紅天女さんとは漫画の話をしてるしケイさんとはバイト話を。
オフをするなら明確な目的があった方が誘いやすい。
その意味じゃ三人ともいい感じ。
いけるかも。


12月8日(金) 晴れ
奥田はクリスマスも年末年始も働きづくめらしい。
美希ちゃんのウェイトレスは昼だけだから夜は一人。
「お前も暇ならウチに来いよ。」と言われた。
美希ちゃんも「おいでよ。」と言ってたけどそれは二人きりになるってことだ。
変なことする気はないけど、一応そうゆうのはマズイと思う。
「メールのコと過ごすかもしれないから。」と言って置いた。
笑われた。「若いっていいね。」なんて。三人とも同い年なのに・・
「アテはあるのか?」
僕が反論しようとした矢先にそう聞かれた。
アテは・・ない。僕はとても小さな声でいったのに二人にはしっかり聞こえてた。
ますます笑われた。そして美希ちゃんが冗談混じりでこう言った。
「はやいとこ誰か誘っちゃいなよ。」
それだよ。この一言で僕は決意した。
ARAさんとのゴタゴタはあったけど、他とはそろそろ二週間になる。
ここらで誘ってもいいかもしれない。はやくしないとクリスマスに間に合わない。
夜、渚さんに映画のお誘いをした。
善は急げ。


12月9日(土) 曇り
返事はオーケーだった。素晴らしい。
来週あたりは暇らしいからそこら辺にでもしようかと思う。
彼がいないことは確認済みだし、うまくいけばクリスマスには間に合う。
あとは酷い容姿でないことを祈るだけか。(それが一番問題だけど)
会うとなったら色々決めておかないといけないな。
何の映画がいいか。場所はどこにするか。時間は昼か夜か・・
そうそう。携帯の番号も交換も必要だ。
今度は失敗しないように、と。
そこまで考えるとふとメールを書く手が止まった。
別に問題ないとは思うけど、ちょっとした不安が頭をよぎったから。
・・・また処刑人がどうだとか言われないよな?
美希ちゃんも知ってたからとりあえず噂としては存在するってことだ。
オフで会おうとすると現れるって?イジメられっ子が狂ったって?
突っつけば突っつくほど変な話が出てきそうだ。
渚さんは大丈夫だよな。いや、でもARAさんの時も大丈夫だと思ってたし。
散々悩んだあげく、自分から聞いてしまった。
「処刑人って知ってる?『オフで会う時は気を付けろ』って噂を聞いたんだけど。」
聞く必要なんてなかったのに。どうしても気になってしまった。
これで渚さんまで知ってたらマジモノの噂かも。

予感は的中した。
寝る前にメールチェックをしたら渚さんから届いてた。
「あ、その噂知ってるよ。でも私が知ってるのはちょっと違うな。
今確認するからちょっと待っててね。またすぐメールします。」
そのままメールは来なかった。


12月10日(日) 晴れ
今日は一日中家にいたから暇さえあればメールチェックをしてた。
真っ昼間から何度も何度もやってみた。
結局、いつまでたってもメールは来ないままだった。
僕の頭には「ただ単にメールを送り忘れてる。」という考えはもうなかった。
思ったことはただ一つ。
また処刑人。
布団に寝っころがって処刑人について考えた。
こうなってくるとARAさんも本気で処刑人を心配してたのかもしれない。
あるいは処刑人の噂を利用したイタズラか。
渚さんはなぜ連絡をよこさない?確認した噂がオフ会に関することで、ARAさんみたく会うのが怖くなったのか。
でもただが噂でそこまで怖くはならないだろう。もしかして実際の事件を元にした噂なのか?
いずれにせよ「噂」の内容がハッキリわからないことには何も言えない。
オフで会おうとする度に噂のせいですっぽかされちゃ、おちおち恋人探しなんかやってられないじゃないか。
残りは二人しかいないんだぞ。クリスマスはもうすぐなのに。
誰か詳しく教えて欲えてくれ。
処刑人って何だ?



第4週
12月11日(月) 晴れ
渚さんのことを報告すると、二人はもう笑わなかった。
連続してくるとさすがに冗談では済まなくなってくる。
三人そろって首を傾げるばかりだった。
奥田は処刑人について何も知らなかった。噂すらも聞いてない。
美希ちゃんも噂のカケラしか知らなくて、詳しいことはわからないという。
「他のメル友の人にも聞いてみたら?」
美希ちゃんの言うとおりにするのが一番いいかもしれない。
知らないなら知らないでオフで会う時の心配が無くなるわけだし
また処刑人のせいで失敗するようなら早めの方マシだ。
残った二人、紅天女さんとケイさんにメールを送った。
「処刑人ってヤツの噂、聞いたことある?」
ないとは思うけど、一応ね。


12月12日(火) 曇り
いよいよ変なことになってきた。
紅天女さんから返事が来たけど、その内容がまた意味不明だった。

>>処刑人ってヤツの噂、聞いたことある?
>知りません。私は何も知りません。

散々否定されたあと、最後にはこんなコメントが付け加えられていた。
「一方的で申し訳ないんですが、これ限りでメル友は止めさせていただきます。」
なんて露骨な嫌いっぷり。そんなに処刑人が嫌なのか?
画面を見つめたまま僕はしばらく途方に暮れた。
ここまで楽しく漫画の話とかしてきたのは何だったんだよ。
貧乏人にとっちゃ電話代だってバカにならないんだぞ!
一通り怒ってみたものの、結局どうしようもなかった。
見知らぬ噂にここまで邪魔されるなんて。
どうなってるんだ。


12月13日(水)
ケイさんが壊れた。
「はぁ?処刑人?何言ってんのお前。バカじゃねぇか。つーかバカだろ。
変な電波受信してんじゃねぇの?死んでいいよ。つか氏ね。逝って良し!
ああもうクセェクセェクセェクセェクセェクセェクセェクセェクセェクセェ
メールからクセェ腐ったニオイがプンプンしてきやがるよ。
わかったお前豚なんだろ豚が豚して豚るってのも豚な感じがして豚豚豚豚・・・・」

あとは延々と「豚」と書かれてるだけだった。
メールを開いた瞬間「豚」の文字が敷き詰められるのを見た時はさすがに怖くなった。
つい前まで普通に会話してた人がなぜ。背筋が冷たくなってきた。
尋常じゃない。これで全滅だ。
四人全員、あいつのせいで終わってしまった。
処刑人。
お前は一体何なんだ。


12月14日(木) 晴れ
どこにもアテは無くなった。
何でもいい。処刑人に関する情報が欲しい。
このまま意味不明のまま終わるなんて納得できない。
僕は最後の望みに賭けた。
ARAさん。この人がそもそもの始まりだった。
詳しい内容を知ってそうなのはARAさんだけだ。
なりふり構っちゃいられない。どうしても知りたいんだ。
ARAさんにメールを送った。
「処刑人について詳しく教えて下さい」
頼む。


12月15日(金) 晴れ
ARAさんの返事はこうだった。
「教えることはできません。知りたいのなら自分で探し当てなさい。」
僕は布団に倒れ込んだ。
暗闇の中に放り出された気分だった。
もういい。何も考えたくない。勝手にしてくれよ。
力を抜いて、頭をカラにして、僕はその闇の中に身を委ねてた。
そこでは何も見えず、何も聞こえず、何かを考える必要もなかった。
しばらくそのままでいると、真っ白な頭の中にフッと現実が沸いてきた。
バイトに行かなきゃ
起きあがり、顔を洗ってひげを剃って服に着替えた。
いつものように支度をしていつもと同じ道でコンビニへ。
何も解決しないまま僕は日常に戻っていった。
心にしこりを残したままで。


12月16日(土) 少し曇り
奥田の出した結論は「ネットには変なヤツが多い」だった。
自分でも釈然としてなかったみたいだけど、僕はもっと納得できなかった。
そんな簡単に終わっていいのか。
さりとて他にそれらしき結論はない。どうしようもなかった。
僕たちは処刑人に関して有益な知識は何も持ち合わせていない。
噂そのものにしたって、信じるべきか信じないべきかを判断する材料すらなかった。
こうやって混乱に陥った時はまずい酒でも煽るのが一番だ。
ヤケになって普段飲まない聞いたこともないようなボトルを頼み、三人で飲み干した。
酔っぱらうと変な話で盛り上がる。
「処刑人はアレだ。幽霊なんだよ。お前のメル友たちはみんな取り憑かれたんだよ。」
「いや、処刑人はイジメられっ子なんだろ?実在するね。本物の殺人鬼だよ。」
「そうそう。最初の被害者はイジメっ子だったりしてね。」
一通りのアイデアが出終わると話すことが無くなった。三人ともしばらく黙って飲んでた。
ちょうどボトルが空になった時、美希ちゃんが「ねぇ。」と口を開いた。
「何も分からないのなら、自分たちで調べましょうよ。」
僕は「自分で探し当てなさい。」とARAさんのセリフを口に出して言ってみた。
無理だね。どうやって調ろと言うんだ。
奥田も「誰に聞くんだよ。」と反論した。
美希ちゃんはクスっと笑って「みんなによ。」と答えた。
みんなに?僕と奥田は顔を見合わせた。
僕が何か言おうとする前に美希ちゃんがとんでもないことを言い放った。
「ホームページを作るのよ。処刑人の情報求むって。」
はぁ!?僕らは思わず叫んだ。
「ねぇいいアイデアだと思わない?ネットでなら誰にでも聞けるのよ。
あ、なんか面白そう。やってみようよ。やるわよ絶対。もう決まりだから。」
僕にネットで出会いを勧めた時と同じように、それはもう決定してしまった。
ただ、今回は奥田も僕と同じようにあっけに取られてた。
酔っぱらうと何を思いつくかわからない。
美希ちゃん一人楽しそうに話してる横で、僕らは苦笑いするばかりだった。
そりゃ処刑人のことは知りたいさ。でも、ホームページを作るだなんて!
「美希、お前が作るのか?夜は暇だからってそんな・・。」奥田が言った。
美希ちゃん何度も首を横に振ってから、僕に顔を向けた。
「亮平君に決まってるじゃない。処刑人と一番関わってるのはあなたなんだから。」
もちろん僕の反論は聞き入れてもらえなかった。
僕がやるのか。


12月17日(日) 雨
ここ二、三週間のメールを読み返してみた。
ARAさん。渚さん。紅天女さん。ケイさん。
最初は確かに普通の会話をしてた。映画の話やゲームの話。フリーター同士のお話も。
楽しかった。この中から恋人ができるかもしれないと期待もしてた。
今ではこの人達からメールが来ることは無い。
僕の中で何かがスッと消えてった。
出会いが欲しい。僕をネットへと導いた一番始めのあの気持ち。
それがとうとう無くなってしまった。
諦めた。
僕は奥田と美希ちゃんのようにはなれない。
ARAさんのメールにあった「処刑人」の文字を画面越しに指でコツンと弾いた。
お前のせいだ。お前が邪魔をするからだ。
僕はこいつを文字でしか知らない。姿も、声も、想像すらできない。
美希ちゃんの言葉を思い出した。「処刑人と一番関わってるのはあなたなんだから。」
そう。一番関わってるのに、何も知らない。
僕は目をつぶって自分の意志を確かめた。
恋人計画を潰した相手だ。くだらないと思うだろうが、僕は真剣にやってたんだ。
このまま終わるワケにはいかない。
目を開けると無機質な画面が相変わらずの光を放ってた。
白い背景に黒い文字で「処刑人」。憎たらしく画面に浮いている。
やってみるかな。ホームページ。
相手はネットに巣喰う殺人鬼。同じ土俵に上がったなら、何かがわかるかもしれない。
決めた。

僕もそっちに行ってやる。


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