絶望世界 もうひとつの僕日記

第1部<内界編>
第2章


第5週

12月18日(月)
ホームページを作る。と言っても僕には何の知識も無い。
美希ちゃんに聞くと実に良く知っていた。
「ウチにホームページ作るソフトあったと思うから。今度あげるね。」
そんなに詳しいなら美希ちゃんが作ってもらおうかな。
ちょっと口に出しただけで猛烈に怒られた。
「亮平君がやるから意味があるんでしょ。」
言ってみただけだ。ちゃんと僕は自分で作るつもりでいる。
フリーターのくせに夜勤を嫌ってるから、夜は時間が空いてる。
その時間を使えばできると思う。そんな難しい作業じゃないだろうし。
ネットの知識なら人並みに持ち合わせてる。
分からないことは美希ちゃんに教えてもらえばいい。
なんとかなるだろ。


12月19日(火) 曇り
ネットで色んなホームページを見てみた。
結構凝ってるのとかあるけど僕には無理だ。僕のは簡単でいい。
ネットを巡るついでに「処刑人」の検索もしてみた。
意外と表示数は多かった。けどどれも映画とか小説ばかり。
僕の知りたい「処刑人」はいなかった。
噂はどうやって広まったんだろう。僕は疑問に思った。
出所が無ければ噂自体成り立たない。
ネットに巣喰う殺人鬼なら、ネットに噂の一つくらい転がっててもいいのに。
全てが謎に包まれてる。一体どっからやってきたんだ?
いくら考えてもわからなかった。


12月20日(水) 曇り
美希ちゃんからソフトを受け取った。
これでいよいよホームページ製作に取りかかれる。
奥田は「格好良く作れ。」と言う。美希ちゃんは「かわいく作って。」などと。
二人とも無茶ばっかり。僕にそんな技術は無いと言ってるのに。
奥田と美希ちゃんにも時々手伝ってもらうことになった。
でも奥田は例によって仕事が忙しく、あまり手伝えないかもしれないらしい。
「もちろんクリスマスも仕事だよ。年末は忙しいんだよ。」と。
ソバ屋と言ってもちゃんとした料理屋。年末年始は忙しい。
奥田は凄いな。僕なら絶対耐えられない。
「クリスマスといえば。」と美希ちゃんが余計なことを言った。
「亮平君。イブの予定はどうなのよ。」
あるわけない。聞かなくてもわかってるくせに。
メル友が失敗した今、僕にクリスマスなど関係ない。
「なら遊びにきなよ。私も暇だし。」断る理由はなかった。
でも「行く。」とは答えなかった。
考えとくよ。それだけ言っておいた。人の彼女とクリスマスなんて。
奥田は気にしてない様子だった。
けどやっぱりそうゆうのは・・・
マズイと思うな。


12月21日(木) 曇り
バイト中もずっとHPのレイアウトを考えてた。
アンダーグラウンドな感じにした方が雰囲気が出るかもしれない。
何しろ相手は処刑人。名前からしてあやしい。
とりあえず情報を集めるに必要なのは何だろう。
掲示板とメール。とりあえずそれだけあれば十分か。
集めた噂をまとめたコーナーを作った方がいいな。これがサイトのメインになる。
僕の知ってる限りの噂を書き留めておいた。
オフ会をすると現れると言う無差別殺人鬼。
処刑人の名を口にしただけで壊れたメル友たち。
狂ったイジメられっ子の復讐劇・・・
書いてみるとますます意味不明になってきた。ここに繋がりなんてあるのか?
情報が足りなさすぎる。もっともっと、集めないと。
とするとサイトの名前は。そうだ。こんなんでどうだろう。
「WANTED処刑人」


12月22日(金) 晴れ
ついにHPができあがった。
「WANTED処刑人」やっぱり題名を付けると一つの世界として成り立ってるように見える。
なかなかうまくできてるんじゃないかな。
プロバイダには自動的にHPサービスもついてるし、あとはアップするだけだ。
FTPの設定も完了。アップロードのボタンを押せばサーバーに。
そこで手が止まった。
今更ながら、根本的な疑問が頭をよぎった。
・・・ここまで処刑人に固執する必要はあるのか?
確かにメル友を奪われた。噂も気になる。だけど何かが違う気がする。
こんな風に思ったのは、アップする寸前にとても嫌な予感がしたからだった。
本能的に危機を感じていた。体中に電気が走ったみたいだった。
ネットの中に入っていく。処刑人の居る場所に。
万が一の時、逃げるのなんて簡単だろう。サイトを消せばいいんだ。
それはわかってる。なのにもう戻れない気がしてならなかった。
色んな疑問がめぐる中、僕は頭を振って全てを追い払った。
直感なんて関係ない。奴を知りたい。それだけだ。
その思いだけを手に込めて、アップロードのボタンを押した。
これで僕もあちら側の人間だ。


12月23日(土) 晴れ
サイトの宣伝は「あなたにあったメル友探し」でやればいいと美希ちゃんに聞いた。
HP宣伝コーナーもあるし、他の掲示板でも勝手に宣伝してしまえと。
そうやって一通り話終えたあと、美希ちゃんが不安げに言った。
「本当に作っちゃったのね。」なんだよ。君が作れと言ったんじゃないか。
気難しい顔をしたまま「そうなんだけど・・。」と何度か頷いた。
「ねぇ。処刑人の情報って極端に少ないよね。それってさ。
噂を伝えようとしただけでどうにかなっちうからだって思わない?」
それだ。昨日僕が感じた危機感。美希ちゃんの不安と同じものだ。
僕のメル友たちもおかしくなった。噂に触れること自体が危険なのか?
奥田の意見も聞きたかったけどあいつは今日も仕事だった。
定例飲み会も段々と寂しくなっていく。
答えが出ないままとりあえずHPはそのまま公開ことにした。今更あとには引けない。
何もわからないのが一番怖いな。改めてそう思った。
「明日さ。ウチで一緒にホームページ見ようよ。」
美希ちゃんが言った。明日はクリスマスイブじゃないか。
僕が気を使って何度も拒否してるのに。もちろん今日も断ろうとした。
だけど女の子に腕を引っ張られて「いいでしょ?」と言われたら・・
断れないじゃないか。


12月24日(日) 曇り
結局奥田の家に行った。もちろん奥田は仕事でいない。美希ちゃんと二人きり。
何をやってるんだ僕は。ずっと自分に問いかけていた。
二人で鬼のように「WANTED処刑人」を宣伝しまくった。
その後もネットに繋げたまま様子をうかがった。
「宣伝したのに誰も来ないね。そんなすぐには来ないのかな。」と美希ちゃんが言った。
僕はちょっと離れて「そうだね。」と頷いた。
距離を置かないと息づかいが間近で聞こえてしまう。
「それにしても亮平君凄いよ。ホームページ結構うまくできてるじゃん。」
美希ちゃんは僕の気遣いなどお構いなしだった。
僕は純粋にHPのことだけを考えるようにした。
「やっぱみんな処刑人なんて知らないのかな。」
何の動きも無かったので、当然僕らは飽きてきた。
美希ちゃんがテレビでも見ようと言ってパソコンを終了させた。
二人でこたつに入ってテレビを見てた。しばらくするとクリスマス特番が始まった。
「そういえば今日、クリスマスイブだったんだよね。」
美希ちゃんがあくびまじりにつぶやいた。
「うん。奥田と過ごせなくて残念だったね。」
「そう?亮平君なら全然オーケーよ。」
鼓動が早まった。さりげない会話だったけど、僕の中ではその言葉が鳴り響いていた。
僕でもオーケー?
待て。美希ちゃん。それはマズイよ。いくら奥田がいないからって・・
普通にテレビを見てるつもりでも、内容は全く頭に入っていない。
頭の中は修羅場と化してた。
何焦ってるんだよ。友達としてってことだろ?。僕の考えすぎだ。自意識過剰だ。
余計なこと考えるなよ。奥田がいるんだ。僕と美希ちゃんは、単なる友達だ!
散々考えたあげく「もう一回掲示板見てみる。」と言ってこたつから出てしまった。
少し距離を取りたくなったから。(狭い部屋だからパソコンもすぐ近くだったけど)
まったく。美希ちゃんの余計な一言のせいで妙に疲れた・・・
そうやって逃げてきたパソコンには、思いも寄らないものが待っていた。
僕は思わず「何コレ。」と叫んだ。
「どしたの?」と美希ちゃんにが振り返る。
僕は言葉も出ずに指さした。二人で画面を覗き込む。
処刑人情報掲示板。
そこにには画面いっぱいに「a」の文字が敷き詰められていた。
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa・・・・・
なんだこれは。



第6週
12月25日(月) 晴れ
投稿者「K」は今でも「a」を書き込み続けている。
昨日は自分のパソコンで掲示板を見た時にも(結局僕は家に帰った)新しい「a」が増えていた。
そして朝チェックした時には投稿時間が新しくなってた。
更新ボタンを何度か押すと、たまに思い出したように増えてたりもする。
美希ちゃんは「処刑人の噂に触れようとしたからだよ。」と興奮気味だった。
噂に触れること自体が危険。「WANTED処刑人」の存在が許せないってことか。
掲示板が荒らされただけで、特に致命的なダメージは無い。
HPを続ける限り、ずっとこんな嫌がらせが続くのか?
なんだか僕らは途方もないことを始めたのかもしれない。
無機質な「a」の大群を見てると、だんだん頭が痛くなってきた。
気持ち悪い。


12月26日(火) 曇り
緊急ミーティング。奥田は「やっぱやめといた方が良かったんじゃないか。」と言った。
正論だ。僕もそう思ってた。いっそのこと消してしまうか。
公開して間もない、今なら気兼ねなくやめられる。
美希ちゃんだけは「せっかく作ったのにやめちゃうの?」とふてくされた。
挙げ句の果てに「嫌がらせなんかに屈しちゃダメよ!」と熱くなったりもした。
仕方なく僕と奥田は「屈しないで闘う」ことに同意した。
なんだかんだで僕と奥田は美希ちゃんには逆らえない。
でも美希ちゃんはなんでそこまで熱くなるんだ。僕が熱くなるならまだわかるのに。
トイレでこっそり奥田に話してみた。美希ちゃんそんなに処刑人が気になるのかな。
奥田は笑って返してきた。
「せっかくの暇つぶしのネタを手放したくないだけだよ。」
納得。


12月27日(水) 晴れ
Kの奴は飽きずに投稿を続けてる。いつまで荒らせば気が済むんだ?
バイト中も目をつぶると「a」の列が浮かんでくるようにまでなってしまった。
こちらとしてもずっと荒らされ続けるわけにはいかない。
せっかくホームページを作ったってのに、荒らされて何もできませんじゃ意味がない。
美希ちゃんは闘えって言ってたけど・・・具体的に何をすればいんだ。
ハッカーとかなら荒らしも追い詰めたりもできるんだろうけど
僕にはそんなにネットの知識があるわけじゃない。
とりあえず管理人としてやるべきことは奴に対する呼びかけか。
今のところそれしか思いつかない。

********
投稿者:管理人リョーヘイ

荒らしはやめて下さい。迷惑です。
********

これで止めてくれればいいけど。


12月28日(木) 晴れ
「荒らしがそんな一言で引き下がるわけないだろ。」と奥田が言った通り
僕の発言など朝になったら「a」の彼方に消え去っていた。
一日の投稿数は軽く十回は越えてる。全て時間帯はバラバラで。
よっぽど暇な奴なんだろうか。それに「WANTTED処刑人」を狙った理由は?
またもややる気が無くなってきた。面倒くさい。放っておこう。
そうは言ってもやめられるわけが無かった。
美希ちゃんに「処刑人追跡隊の任務を放棄する気なの?」と文句言われた。
やっぱり遊び半分じゃないか。というか美希ちゃんは遊びになると真剣になる。
普段は僕ら同様やる気ナシ夫君なのに。
奥田との会話。
「くだらないことで熱くなるのって女の特性なのかなぁ。」
「さぁ。俺は美希しか知らないかから分かんねぇや。」
「同じく。」
僕と奥田に女の頭の構造など理解できるわけなかった。
僕の妹は暗い奴で、世間一般の女の子とは明らかに外れてたから論外。
普通の女の子で知ってるのは美希ちゃんのみ。(普通の部類に入れていいか疑問だけど)
出た結論は「女の考えることはよくわからない。」
実に。


12月29日(金) 晴れ
本格的にどうにかしなきゃいけない。僕のHPの存在意義が消えかかってる。
今日は僕の家が対策本部になった。奥田は相変わらず仕事で来れなかったけど。
荒らしは放っておくのが一番らしい。でもKの奴は止める気配が無い。
このままだと世紀越しの荒らしをされてしまう。また何か呼びかけるか。
「亮平君の僕の書き込みは当たり前過ぎるのよ。」と美希ちゃん。
今時荒らし相手に「荒らしをやめろ。」は無いそうだ。じゃあ何て言えばいいんだ。
散々頭をひねったあと、美希ちゃんは僕の名で書き込んだ。

********
投稿者:リョーヘイ

なんでこんなことするんですか。
********

僕は文句を言った。僕が書いたやつと大して変わらないじゃないか。
美希ちゃんは「ほっといてよ。」とスネた。お互い立派な知恵など持ってない。やっぱり同じ人種。
革命的な対策案そんな簡単に出てくるわけがないよね、と慰め合った。
二人で話し込んでると、ふとクリスマスイブを思い出した。
同じ状況だ。二人きり。しかも今度は僕の家。自分の中で何かが沸いてきそうだったけど、
今度は冷静に押さえ込んだ。飛び出そうとするその気持ち。無理矢理奥にねじ込んだ。
力一杯奥に。二度と出てこないように。
一度それが芽生えてしまうと取り返しのつかないことになりそうだった。
年が明ければ奥田も少し暇になる。そうすればまた、三人仲良くやっていけるさ。
自分の意志を改めて確認した。二人の間に割り込むつもりはない。うん。
それでいいんだ。


12月30日(土) 曇り
コンビニで美希ちゃんに「掲示板見た?見た?」と聞いてきた。
朝は見てこなかった。そう答えると美希ちゃんは妙に勝ち誇ったような顔をした。
「私の書き込みのおかげよ。」
帰ってネットに繋いでみると、その理由がよくわかった。
「a」が止まっていた。
美希ちゃんが書いた「なんでこんなことするんですか。」から上は被害が無い。
そして、一つだけ書き込みが増えていた。
********
投稿者:K

これは警告だ。処刑人に触れるな。
********

見た瞬間、ゾっとした。
予想はしてたけどまさか本当に奴の名が出てくるなんて。
画面の前でため息をついた。マウスを持つ手も力が抜けて、両手がだらりと垂れ下がる。
美希ちゃん。これは笑ってる場合じゃないよ。こんなんじゃいつまで経っても先へ進まないじゃないか。
せっかくホームページまで作ったのに。それもダメだなんて!
愚痴しかでてこなかった。


12月31日(日) 雨

今日だけはネットのことは忘れ、何もせずゆったりと過ごした。
大晦日と正月はコンビニも人手不足だけど、僕がそんな忙しい時に働くわけがない。
夜には奥田の店で三人で年越しそばを食べた。
奥田も美希ちゃんも大忙しだったけど僕だけ店の隅で
チョコナンと紅白を見ながら二人が空くのを待っていた。
空腹に耐えてようやく食事にありつけた頃には11時を過ぎていた。
奥田が打ったソバが出てきた。意外と美味しかった。
二十世紀が終わろうとしている。やり残したことは何だろう。
奥田は生活の為にちゃんと仕事を始めたし
美希ちゃんも奥田と一緒に生きていこうとしている。
いつの間にが僕だけが取り残されていた。僕がやったことは?
ホームページを作った。それだけだ。
いけない。もう二十一世紀になるというのに。
恋人計画は失敗し、今は処刑人の噂なんて下らないことに凝っている。
そんなんじゃダメだ。何か。何かを。
焦れば焦るほど気持ちだけが空回りしていく。
除夜の鐘が鳴り始めた。何か見つけないと。早くしないと間に合わない!
大学に入ってすぐの時の気持ちを思いだした。
今と同じ。何かをしようと焦ってて・・・何も見つからなかった。
何をしたいのかわからなかった。
カウントダウンを初めてもなお僕は自分の未来を頭に描くことはできなかった。
年が明けた。
周りのみんなが「おめでとう。」と言ってる。僕も一緒になって「おめでとう。」と言った。
何がめでたいんだか。二十一世紀になったって僕は何も変わりはしない。
流されるまま生きるだけ。



第7週
2001年1月1日(月) 晴れ
正月だからといって暇なのはいつも同じ。
年賀状は美希ちゃんから来た変な蛇の絵が描いてあるやつが一枚。
他には全く来なかった。ここの住所を教えてないから実家からも来るわけない。
奥田と美希ちゃんは初詣に行ったけど僕は人混みが嫌だったから断った。
僕の正月は毎年同じ。餅を焼いて醤油つけて海苔を巻いて食べる。
今年は新世紀だから特別にバターを乗せたら異常なくらいおいしかった。
これで僕の元旦は終了。
去年から持ち越してる仕事に取りかかった。ネットに繋いで掲示板チェック。
掲示板荒らしの問題を解決しなきゃいけない。
意気揚々とクリックしてたけど、画面を見た途端ゲンナリした。
Kはまた「a」の連続投稿を始めていた。
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa・・・・・・・・・・
正月気分も全部吹っ飛んだ。
僕以上に暇なヤツだ。


1月2日(火) 晴れ
正月休みで久々に三人で作戦会議を開けた。
僕も三が日はバイトをしないことにしてる。
バイト仲間と普段疎遠にしてると、こんな時文句言われないから助かる。
会場は岩本邸。ビール片手にパソコンを囲んだ。
昨日の初詣は散々だったらしい。二人ともはぐれて別々で勝手に帰ってきたそうだ。
やっぱり正月は家にいるのが一番。奥田も美希ちゃんも深々と頷いた。
雑談が終わると本題に入った。処刑人追跡隊の定例会議が始まった。
掲示板荒らし「K」は何者なんだ?
熱い議論が交わされた。まず出てきたのは処刑人の手下説。
崇拝する処刑人の正体がバレないように、近づく奴らを妨げる。
それとも処刑人の噂を知ってるヤツのイタズラか。噂を利用して僕らを怖がらせて楽しむ。
他にもたくさん意見が出てきたけど、もちろん決定的な結論は出なかった。
「こいつはアレだ。中学生だ。今時の中学生なんて処刑人とかの噂好きそうだろ。」
「違うね。意外とちゃんとした社会人なんかがそーゆー変なことするんだよ。」
「そうそう。実は学校の先生とかで問題になったりしてね。」
みんな適当なことばかり言ってる。
いずれにしろKは正月もパソコンの画面にへばりつくかなりの暇人と伺える。
・・・僕らと同類か。


1月3日(水) 晴れ
奥田の正月休みは今日まで。僕も明日からバイト。
そろそろこれからやるべきことの指針を立てる必要がある。
「WANTTED処刑人」こいつが本来の役目を果たせるのはいつになるんだろう。
掲示板は荒らさせるしメールも未だに一通も来てない。
誰も噂を教えてくれないからサイトの更新もできない。
こんなロクでもない状況に活を入れたのは我らが美希ちゃんだった。
「ねぇ。せっかくの新世紀なんだから。私たちも行動を起こすのよ。」
行動を起こす。そりゃ僕だって何か対策を打ち出したいさ。
でも管理人としてできるのは発言を消すくらいだ。連続投稿に対してこれはあまり有効とは言えない。
そうやっていつものように水を差すと、美希ちゃんは人差し指を立てて
チッチと「甘いな。」と言わんばかりのポーズを決めた。「こいつの正体を暴くのよ!」
新世紀にふさわしい無茶っぷり。それでこそ美希ちゃん。
僕と奥田はもう何も言わず、美希ちゃんのプランを黙って聞いていた。
サーバーホストを調べてどっかからハッキングソフトをとってきて
Kの実際の住所を暴く。美希ちゃんは意気揚々と語ってた。
全部話し終わって満足そうに笑顔を浮かべる美希ちゃん。
僕と奥田は声をそろえて言ってあげた。
「無理。」
美希ちゃんは首を横に振った。
「やるのよ。」
やることになった。


1月4日(木) 曇り
下らないことに関する美希ちゃんの情熱は止められない。
というか僕と奥田のような流され人間に彼女を止める力はない。
好きなようにさせて黙って従おう。僕もその方が楽だし。
Kの正体を暴く。
バイト中も僕の持ってるネットの知識をフル動員して考えた。
ホスト名を知る方法はわかる。「表示」タブを押せばいいだけ。
昨日もみんなで確認したけど、連続投稿が同じホストなのを見て
「うん。こいつは全部Kの仕業だ!」と納得して終わりだった。なんて意味が無いんだ。
次の「ハッキングソフトの入手」が一番の難関。
これが簡単にいったら世の中ハッカーだらけになる。
それに、これって犯罪だろ。いや、ただ住所を盗み見るだけならセーフ?
よくわからない。いずれにしろソフトを手に入れないと。
家に帰ってから鬼のように検索しまくったけど
どれもハッキング話とかばかりでイマイチ。ソフトらしきものにはたどり着かない。
Kはそんな僕の苦労もどこ吹く風で荒らしを続けてた。
腹が立つ。


1月5日(金) 曇り
珍しく奥田と美希ちゃんの喧嘩を見た。
美希ちゃんは昨日、ハッキングソフトを探すために一日中ネットに繋いでたそうだ。
アンダーグランド専用のリンク集から飛びに飛びまくって探し回った。
当然、その分電話代がかさむ。奥田はそれを咎めて文句を言っていた。
美希ちゃんがそれでも「Kの正体を暴くため。」と頑張ったけど
奥田は「下らないことに金をつぎ込むのはやめてくれ。」と怒った。
貧乏人が躍起になってハッキングソフトを探すのは確かに馬鹿げてる。
奥田が必死に稼いだ金がネット代で消えるなんて、そりゃ怒りたくもなるな。
結局美希ちゃんはしぶしぶ謝って「別の方法にする。」と肩を落とした。
Kの正体暴露作戦はまだ諦めてないご様子。僕は横で喧嘩を見ててドキドキしてた。
美希ちゃんと別の方法について話し合った。ネットで何か探す必要が無い新しい発想を。
その間奥田は一言も口を開かなかったのが少し気になった。
僕のサイトのせいで仲が悪くなるのはちょっと心苦しいモノがある。
一応二人一緒に帰っていったけど・・・
大丈夫かなあの二人。


1月6日(土) 晴れ
美希ちゃんに「徹君が不機嫌なんだけど、どうしてかな。」と相談された。
そんなの僕にどうしろと言うんだ。
やっぱり自分が仕事で稼いだお金を遊びで使われたからじゃないかな。
僕なりの意見を述べたけど、それ以上のことなどわからない。
美希ちゃんは「そうかもしれない。」と反省してる様子だった。
こんな時に限ってレジも暇で、僕はそれ以上のコメントを求められた。
恋愛経験など皆無な僕にはアドバイスなんてできるわけない。適当に話を逸らした。
美希ちゃんも仕事あるんだから店に行けばいいのに。
そう言ったけど暇してるのはそれなりの事情があった。
店員の仕事は奥田のソバ職人として雇われるのと違って
単なるアルバイトみたいなものらしい。
店の親父さんも美希ちゃんには気を使って「家事があるから。」と結構暇をくれてるそうだ。
それがますます美希ちゃんの暇っぷりに拍車をかけている。
そして美希ちゃんは、休んでいいなら休む人だ。この子が忙しくなるようなことは無い。
と、彼女の暇な理由がわかったけれど相変わらず客は来ない。
隣のギャルバイトの目も気になってきたところで美希ちゃんが「そうだ。」と口を開いた。
「一緒になってネットの問題を解決すれば何か良くなるかもしれないよね。」
懲りない人だ。明日また定例会議を開くことになった。
それを了解したあとも客は全然居なかったけど、
僕は「棚の整理をしなきゃいけない。」と適当な理由を作って仕事に逃げた。
どうも恋愛相談は苦手だ。そんなの当事者同士でやってくれ。
僕は関係ない。


1月7日(日) 初雪
僕が見る限り奥田は普通だった。
美希ちゃんが言うほど不機嫌じゃなかった気がするけど、それはまぁ二人の間でしかわからないことなんだろう。
で、仲直り目的の定例会議だったけど、事態は思わぬ方向に進展した。
お題はいつものように「Kの正体をいかにして暴くか。」もちろんハッキング以外で。
美希ちゃんがしきりに「どうすればいいかなぁ。」と奥田に振ってたのが健気だった。
奥田も奥田で「うーんどうしよう。」といつもの反応。なんだ全然大丈夫じゃないか。
やっぱ僕が気にすることなかったんだよ。うん。
今日はそんな事情で美希ちゃんがひたすら喋ってたんだけど、そこで僕のメル友の話になった。
「処刑人の噂を知ってるのってKの他に亮平君のメル友だけだよね。どんな人だっけ。」
とりあえずみんな無職というかフリーターでARAさんが最初に処刑人の名前を出して
渚さんが映画好きで紅天女さんが漫画の話でケイさんは年上で・・・
僕がざっと説明してると美希ちゃんが変な顔をした。
「亮平君。荒らしがメル友だったんなら最初っから言ってよ。」
はあ?僕は意味が分からず拍子抜けした声を上げた。
美希ちゃんも僕の反応の意味がわからなかったらしく、え?え?と不思議そうにしてた。
「何言ってんの?なんで荒らしがメル友だってわかるの?」
僕は当然の質問をした。美希ちゃんが答えた。
「え?だって今、メル友の名前。最後の人、Kさんって言ったじゃない」
あまりの単純さに、頭の中がぽっかり空いたくらいに呆気にとられた。
ケイさん。Kさん。口に出してみるとわかる。
同じだ。
みんな顔を見合わせた。「亮平君。気づいてなかったの?」
いや、だって、そりゃ短絡的すぎないか?
名前だけじゃないか。証拠が無いよ証拠が。
でもケイさんが最後に寄越したメールには「豚」の文字がびっしり。
掲示板には「a」の文字がびっしり。
・・・似てる。



第8週
1月8日(月) 曇り
美希ちゃんの中ではすっかり同一人物となってるけど、僕はまだ確信が持てなかった。
「疑い深いのね。」と言ってた美希ちゃん。というかなんでそんな簡単に信じられるんだよ。
やっと見つかった解決の糸口に舞い上がってるのかもしれない。
僕と奥田は慎重派だった。もっと説得力のある証拠が無いと信じられない。
誘導尋問で何か引き出せないか。僕は奥田の意見に賛成した。
そしたら今度は美希ちゃんが不機嫌になった。
やっぱり女の子の扱い方はよくわからないと思った。
今日はゆっくりケイさんから受け取ったメールを確認してみた。
ヘッダ情報を見てホストを調べたけど、無料メールだからあまり有益な情報は無かった。
掲示板でのKのホストを見てもケイさんのものとは一致してない。
どこかしら一致する部分を見つけることだできれば同一人物だと断定できる。
今のところ一致してるのは「同一文字をひたすら反復させる」という癖だけだ。
足りない。それだけじゃわからない。
荒らしはまだ飽きもせず続いてる。そこで誘導尋問と行きたいところだけど・・
僕に秀逸な策など思いつけるわけがない。
とりあえずケイさんに久々のメールを送った。
たった一行。「Kはあなたですか?」
なんてヒネリの無い文章。だけどそれしか浮かばなかった。仕方ない。
僕は凡人なんだから。


1月9日(火) 晴れ
不思議なことに、荒らしがやんだ。
昨日の夜を最後にぴたりと止まってる。僕がメールを送った後だ。
もしかして本当にケイさんだったのか?
メールの返事は来てない。だけど段々信憑性が増してきた。
美希ちゃんも仕事をマジメにやり始めたせいで、誘導尋問は僕の役になった。
「私がまた一日中ネットをやるわけにはいかないでしょ。」と電話越しから力のない声が聞こえてきた。
仕事中でお疲れのご様子。奥田もわざわざ電話に出て「今じゃお前が一番の暇人だよ。」と突っ込んでくれた。
こいつの機嫌も治ってる。あっちの問題は解決したみたいだった。
で、これで心おきなくK問題に取りかかれというわけか。
バイト中に窓を拭きながら色々考えた。
「Kはあなたですか?」の一言で図星だったなら、まだまだ突っ込み甲斐がある。
もしかしたらそこから誘導できるかもしれない。
罠をはってやろう。よし、次のメールはこれだ。

「Kさんとは『あなたに合ったメル友探し!』で知り合ったんですよね
僕のサイトもそこで宣伝したんですが、それ見て来たんじゃないんですか?」

もしケイさんが無実なら、言いがかりつけられたらなんらかの返事はすると思う。
壊れた性格のままでいたら激怒して鬼の様にメールをよこすかもしれない。
返事が待ち遠しい。


1月10(水)
また無視された。メールが来てない。
返事が来ないと誘導にまで至らない。
またバイト中、モップで床を拭きながら考えてた。
無視されない文章を考えなきゃいけない。
それってどんなんだろう。無視したらあっちに被害が及ぶようなメールか。
でも実際に「無視したら被害」なんてのは消費者にはあり得ない・・・
なんかどっかで聞いたことあるぞ。
高校の時だっけか大学の授業だったで聞いた話を思い出した。
マルチ商法についての話で、自分も引っかかりそうだからちょっと気にとめてたヤツだ。
いきなり商品が送られてきて「料金を払って下さい」って感じのだったかな。
結構前に聞いた話だから詳しいことは思い出せない。
でも原理はそんな感じだったと思う。無視しちゃいけないような気分にさせる詐欺。
これをメールに応用したら・・・?

「これ以上返事がないようならケイさん=Kと認識します。」

なんだか全然違う気もするけど、突き放した感じがいいかもしれない。
というか僕なら引っかかる。相手は僕のような人間なら。
僕の仕掛けた罠は返事さえ来てくれればいいんだ。
頼む。返事を書け。


1月11日(木) 曇り
とうとうケイさんから返事がもらえた。
たった一言、メールにはこう書いてあった。
「何も知らない。」
微妙な答え。罠にかかってると言えなくもないけどまだハッキリしない。
もう一押し。あと少しで決定的な証拠になるのに。
とりあえず返事がもらえたんだ。これだけでも大進歩。次こそ期待できる。
美希ちゃんに電話したけど忙しくてあまり話せなかった。
とりあえず罠の説明だけはしておいた。
「亮平君凄い。絶対罠にかかるよそれ。」と美希ちゃんにもお褒めの言葉も頂いた。
奥田は電話に出ることすらできなかった。やっぱり生活を支えてるやつは違う。
そんな奥田をよそに美希ちゃんは「徹君、残業まであるから一緒に帰れないのよ。」と
なぜか楽しそうに話してた。自分が早く帰れるのがそんなに嬉しいのか。
「頑張ってね。また一緒にネットの作戦たてようね。」と別れ際には激励を送ってくれた。
その時後ろの方で奥田の声が聞こえてきた。「仕事しろよー。」と。
僕の電話のせいで美希ちゃんがサボリ魔扱いされると困るので早々に電話を切った。
でもたぶん、普段からサボリ魔なんだろうな。奥田が忙しくなるわけだ。
Kが罠にかかるのは後少し。あの二人が落ち着くまでには一区切りつけたい。
慎重に言葉を選んで、またメールを出した。

「何を知らないと言うんですか。
僕が聞きたいのはあなたがKなのかってことだけです。答えて下さい。」

今度こそ。


1月12日(金) 曇り
罠にかかった!
また来たケイさんのメールは「私は荒らしじゃありません。」
そう、この言葉が欲しかったんだ。「荒らし」というセリフ。
僕はメールで「Kは荒らし」だとはいっさい触れてなかった。
「WANTED処刑人」を見てなきゃKを荒らしだと知ることはできない。
なのに「荒らしじゃない。」と言い張った。それはつまり、ケイさんは掲示板を見てるってことだ。
となるとケイさん=K説も俄然信憑性を帯びてくる。
「荒らし」「処刑人」「WANTED処刑人」等々。
こっちの事情を知らなきゃわかり得ないキーワードを引っぱり出せれば僕の勝ち。
僕の誘導尋問に見事に引っかかってくれた。一回目の返事で手応えを感じてたからイケルと思った。
あなたがKか?なんていきなり聞かれたら、まず「Kって何?」と疑問を持つはずだ。
でもケイさんの反応は既にKのことなど知ってるような感じだった。
僕のサイトも荒らしのことも何の疑問も持たず当たり前の様に「何も知らない。」と。
そこからしてもう怪しい。突っ込んだ甲斐があった。
最後に止めをさしてやった。

「僕はKを荒らしだとは一言も言ってませんが?」

これで終わりだ。


1月13日(土) 晴れ
ケイさんから最後のメールは一言「うるさい。」と書いてあるだけだった。
なんて陳腐な捨てゼリフ!
気持ちのいいくらいの馬鹿っぷりに画面の前で三人で大笑いした。
勝利を祝して宴が開かれた。奥田と美希ちゃんも久々の休日だとかで昼間っから飲み明かし。
ちまちま貯めたお金も酒代にすっかり消えてった。やっぱり僕らはお金を貯めるのが下手らしい。
「亮平君凄い。」と酔っぱらった美希ちゃんが抱きついてきたりしてかなり焦った。
奥田も笑って酒を煽るだけで何も言ってこない。二人とも酔っぱらいすぎだよ。
明日仕事だから、とフラフラのまま帰っていった。
奥田も酔っぱらい美希ちゃんの相手をするのは大変だろうに。僕もかなり酔っぱらって夜には頭が痛かった。
一人になってからも画面を見ながらちびちび飲んで楽しんだ。
さてこっからが本番だ。処刑人追跡隊の任務、忘れてたわけじゃない。
邪魔者が消えただけで、謎はまだ何にも解決してない。
ケイさんことKを信者にする(?)処刑人は何者か。これから探らないと。
美希ちゃんと一緒に頑張るか。


1月14日(日) 晴れ
まだ終わってはいなかった。
あれだけで喜んでた僕が馬鹿だった。
今日届いたメールを見た瞬間に凄い勢いで後悔した。

「勝ったとでも思った?別に個人情報知ったわけじゃないのに何喜んでんの間抜け野郎。」

ケイさんの言う通りだ。喜んでる場合じゃなかった。
ケイさんが荒らしだとわかっても僕らには何の得もないしあっちにもダメージはゼロ。
個人情報だ。荒らしを成敗するには正体を突き止めなければいけない。
それを忘れて浮かれるなんて滑稽きわまりない。そして掲示板には新しい発言が加わってた。

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投稿者:K

牧原公子 岡部和雄
こいつらのようになりたくなかったらもう余計なことはするな。
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誰だよこの人たち。美希ちゃんから電話がかかってきた。
「ねぇあいつまだいるじゃない!それに掲示板の人、誰なの!?」
僕は「わからない。」の一点張りだった。
頭の中が情けなさでいっぱいで美希ちゃんの声はあまり届いていなかった。
色々責め立てられた気もするけどあまり覚えていない。
いい印象を与えなかったのだけは確かだ。失敗した。
電話が切れた後もあまりの恥ずかしさでおかしくなってしまいそうだった。
参ったな。美希ちゃんに合わせる顔がない。
電話でも結構怒ってたし。あの子は楽しいことがそがれるのを嫌うから。
謝らなきゃ。もう一回電話するか。このまま失敗君のレッテルのままじゃ辛い。
美希ちゃんに嫌われるなんて、いや、あれ?僕は何を考えてるんだ?
どうも最初の趣旨から外れてるな。
昨日抱きつかれたせいだ。美希ちゃんに嫌われるのが気になって仕方ない。
友達として嫌われるのが嫌なのか。それとも別の・・
友達として、だよ。うん。余計なことを考えるのは良そう。
とにかくネットの問題はまだまだ解決してなかったんだ。
これからそれに取り組まなきゃいけない。美希ちゃんの機嫌を直す為にも。
Kの他にも変な二人の名前も出てきたし。まったく。いつになったら処刑人にたどり着くんだ。
画面を見てると処刑人が向こうでせせら笑ってそうで不愉快になった。
志気を高めるためにも、心の内をわざわざ口に出して言ってみた。
力強く画面に向かって叫んでやった。
今に見てろ、処刑人!

虚しく響いただけだった。


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