絶望世界 もうひとつの僕日記

第1部<内界編>
第3章


第9週

1月15日(月) 曇り
美希ちゃんはまだ怒ってた。
でも約束をしたらそれまで不機嫌が嘘のように笑顔になった。
怒ってるのはフリだけだったのかもしれない。美希ちゃんがよくやる手だ。
約束後も「そんな亮平君が素敵。」と言われて僕はまた焦った。
最近の美希ちゃんの言動は心臓に悪い。もちろん友達としての好意だって意味はわかってる。
別にその言葉には何も感じないし、特に思うことはない。
でも一応美希ちゃんには奥田がいるわけだし。同棲までしてるんだし。
そして僕は女に縁がない。そこら辺のモテない男の心理を分かって欲しい。
僕が気にしすぎてるだけだと思うけど。
とりあえず美希ちゃんとの約束のことを考えよう。
「Kの個人情報を暴く」
機嫌を治すためとは言え、無茶な約束したもんだ。まぁ仕方ない。
嫌われるよりマシだ。


1月16日(火) 晴れ
今日の美希ちゃんとのミーティングでやるべきことをまとめた。
「牧原さんと岡部君」については保留しておくことにした。
いきなりこんな名前出されても意味が分からないって。
Kの個人情報暴きが優先だ。あとでKに直接聞けばいい。
さてその個人情報暴きの方法。これが肝心だ。ハッキングはなんかもう無理っぽい。
僕らのレベルでできることじゃない。それで合意したけど、なら他にどんな方法が?
「二人で一緒に考えましょう。」と美希ちゃん。自分ではアイデアは持ってないらしい。
僕も色々考えてみた。前にも同じ様なことを考えた時はいいアイデアは浮かんでない。
今は前に比べて何か状況が変わったっけ?事態が進展してればそれなりのアイデアも。
新しく得た知識。新しく変わった状況・・
二人して頭を抱えた。掲示板を見れば何か浮かぶかも、と美希ちゃんが言って
画面の前に肩寄せ合って座り込んだりもした。
そういえば奥田が忙しいせいで三人より二人で会うことが多くなったな。
二人の距離が近づいたことで僕はそんなことを意識した。
隣に座ってるとシャンプーの香りが漂ってくる。
結局「何か浮かんできそうなのに。」と愚痴りながらも美希ちゃんは帰っていった。
僕も他のことを考えてたせいで、何のアイデアも浮かんでない。
このまま進展ナシだったら、当分二人でのミーティングも続きそうだな。
美希ちゃんは熱くなるとなかなか止めないし。
全く、世話がやける。


1月17日(水) 晴れ
今の時期受験生をよく見かける。バイト間でそんな話があった。
僕にはどれが受験生なのかよくわからないけど、恐らく多いんだと思う。
大学入ったって何もいいことなんて無いのに。「きっと何かある」なんてのは幻想だ。何もない。
僕はむしろドロップアウトしてからの方が充実してる。
大学行かなくなってから、美希ちゃんと遊ぶ機会も増えた。
奥田が仕事を始めてからは二人だけで会う機会も出てきた。
今では美希ちゃんは僕のバイトに合わせて仕事のシフトを入れるようにしてる。
一緒にネット問題に取り組むためらしい。いいことだ。
ネットの問題はもしかしたらこのまま解決しない方がいいかもしれない。
美希ちゃんと一緒に頭を悩ます時間も増えるから。
今日はわざと何も考えなかった。
僕なんかが「個人情報を暴く方法」なんて思いつくわけないよ。
また文句言われるかもしれないけど、どうせ美希ちゃんだって思くわけないんだ。
お互い様だよ。


1月18日(木) 晴れ
何だろう。最近美希ちゃんのことを考える時間が多くなった。
バイト中も、次に美希ちゃんと会うときは何の話をしようかなんて考えてた。
いけないな。美希ちゃんは奥田のモノだと何遍言い聞かせれば気が済むんだ。
また余計なことを考えてしまいそうだったのでネット問題に集中することにした。
掲示板はまだ「K」の発言で止まってる。
牧原さんと岡部君が放置されてるみたいでちょっとかわいそうだった。
この人たちはアレかな。処刑人に「処刑」された人なのかな。
でないと「こいつらのようになりたくなかったら」って脅しが通用しない。
でも名前だけ出されてその素性も何もわからないんじゃリアリティーが無さ過ぎる。
Kが適当に思いついた名前なのかもしれない。
いずれにしろこの人たちに関しては探りようがないからしばらく保留にするしかない。
Kの正体さえ暴ければ全部わかる。結局やるべきことはそれなんだ。個人情報。
K=ケイさん。わかってるのはこれだけ。
これをなんとか有効利用できればいいんだけど。
ケイさんの個人情報を探る方法を考えればいいのはわかる。
Kが残した掲示板の記録をたどるよりは、メル友の素性を暴く方が比較的楽。
かもしれない。なんとなく。
メル友の素性を暴く。ケイさんがどんな人だったか。どうやって知り合ったか・・
僕も何かアイデアが浮かんできそうだったけど、うまく出てこなかった。
何かできそうなんだけどな。


1月19日(金) 晴れ
マズイ。これは非常にマズイ事態だ。
美希ちゃんのことが頭から離れなくなってきた。
ネットのことを考えようとしても、美希ちゃんと一緒に作戦をたてる姿ばかり想像してしまう。
奥田に電話した。何でもいいから奥田と話しておきたかったから。
仕事中だったけど無理に出てくれた。今日は美希ちゃんはお休みらしい。その方が都合がいい。
「おう。どした。」と奥田は普段通り接してくれた。僕の心の中の葛藤も知らずに。
いや別に。暇だったからさ、と僕も普いつも通り話した。
それからはいつもの雑談になった。仕事はやっぱ大変だろうとか。お前もそろそろ仕事見つけた方がいいだとか。
美希ちゃんの話題にもなった。奥田が笑いながら話してた。
「あいつ最近俺にこっそり電話したりするんだよ。こっちは余裕で気づいてるのに。」
僕は心の中で謝った。すまない。その相手は僕だ。
いたたまれなくなって、最後には僕らしくないねぎらいの言葉までかけてしまった。
「仕事がんばれよ。」「おう。二人分やんなきゃいけないからな。」
わざわざ電話した甲斐があった。この言葉を聞きたかったんだ。
自分の中で改めて確認することができた。
美希ちゃんは、決して僕のモノにはならない。
奥田がいるんだから。


1月20日(土) 雪
美希ちゃんから電話があったけど、僕はもう落ち着いて対応ができた。
普段通りやる気なく。特別な意識は持たずに。
さりげなく最初は雪が降った話題にでもしようと思ったけど、美希ちゃんはいきなり本題だった。
「ねぇ、すっごいいい方法思いついた!ちょっと聞いてよねぇ。」と、かなり興奮気味。
Kの正体を暴く壮大な計画を思いついたという。そういえばそうだった。それが目的だった。
美希ちゃんは僕の葛藤など何も知らずにずっとネットのことを考えてたらしい。知って欲しくないけど。
「今すぐ試したいんだけど、夜は暇?」
最近どうもそんな流れになってばっかだ。いや、僕が意識しすぎてただけか。
またその気になってしまうといけないので「眠いし。雪降ってるし。」と今日は断った。
僕も成長したもんだ。いつもならここぞとばかりにオーケーしてたのに。
「えー。いいじゃん。」としぶとく粘ってたけどその後も丁重にお断りした。
また明日ってことで。
明日は奥田は仕事で僕と美希ちゃんはお休み。
結局奥田は忙しいからネットのことをやろうとするとどうしても二人きりに。
仕方ないんだよ。うん。今日は我慢したんだから明日くらい。
・・・全然振り切れてないっぽい。


1月21日(日) 晴れ。昨日の雪が嘘みたい
美希ちゃんの計画を聞くと、これがなかなか立派なものだった。
「あなたに合ったメル友探し!」この中から再びケイさんを見つけだす。
最初なんでそんなことをって思ったけど、その理由は納得のいくものだった。
「ねぇ。Kはケイさんだってのは認めたんでしょ?これを利用するのよ」
K=ケイさんを利用した壮大な罠。実に楽しそうに語ってくれた。
まず「Kが掲示板を荒らせた理由」から説明してくれた。
「私たちはメル友探しでHPを宣伝したでしょ。Kはそれを見て荒らしに来たのよね。」
それは当たってると思う。メールでは否定してなかった。
「それまで私たちがHPを作ったのなんか知らなかった。
たまたま見つけて、それが処刑人に関するサイトだったから慌てて荒らしたのよ。」
おまけに管理人はかつてのメル友「リョーヘイ」だ。
一度処刑人から切り離した奴が、しぶとく処刑人を嗅ぎまわってる。
うん。Kは処刑人信者だ。慌てて荒らしたってのも納得できる。
「で、Kに関してはここで置いておいて次はケイさんの方よ。」
美希ちゃん理論に拍車がかかってきた。僕はもう感心しっぱなし。
「処刑人の話は亮平君から振ったんだよね。ってことは、処刑人抜きなら普通のまま。
ケイさんは普通にメル友するつもりでメールしてたってことよね。」
実に。
「でも亮平君との関係が終わっても、まだあそこにはいた。
だからWANTED処刑人を見つけることができた。そこんところわかるわよね。ね?」
わかる。
「ということはよ。ねぇ。こうゆうことなのよ。」
どうゆうことなのよ。
「今もいるってこと!」
シビれた。どうせ美希ちゃんの思いついたことだから、とタカをくくってたけど僕が間違ってた。
これは凄い。そこまで考えが及ぶなんて!
ありったけの賞賛を送ると「一週間ずっと考えてた成果よ。」と胸を張った。
・・・ずっと考えてたんだね。さすが暇人。
まぁともかく使える理論であることには変わりない。やる価値はありそうだ。
結論。
名前をかえて再びメル友募集をする。そして仲良くなってオフ会を。うん。
意外と長い道ノリかも。



第10週
1月22日(月) 曇り
渡部理論に基づき偽募集をかけることになった。バイト中も考えてたはネットのことばかりだった。
寒い中の窓掃除も何か考えてれば随分と楽にこなせる。
わけない。普通に手がかじかんで外にいる間は何かを考える暇なんてなかった。
とりあえずネットでやるべきことが明確になったので
美希ちゃんのことだけを考えることは無くなってる。良いことだ。
家に帰ってあったかいコーヒー飲みながらパソコンに向かうとようやく頭が回り始めた。
さてさて、どこでKをおびき出そう。
まず募集はどのカテゴリでやるべきか。そこから考えなきゃいけない。
「あなたに合ったメル友探し!」では本当に色んなカテゴリに分かれてるし
メル友だけじゃなくてMLもあれば交流掲示板もある。
「フリー掲示板」が一番盛り上がってたけど何かキチっとしないとうるさそうだった。
デカデカと「公序良俗に反する書き込みは削除します」と。
なんか僕が書き込むと全て違反になってしまうような気がするのはなんでだろう。それは人間性の問題かな。
色々と多すぎて全然盛り上がってないところもある。
地域別MLなんて細かく分かれすぎててどれも一つか二つくらいしか募集がなかった。
種類が多すぎるのも問題だね。そんなところには興味ナシ。
人が集まるのはどこだろう。


1月23日(火) 晴れ
僕と美希ちゃんはわざわざ休みをとって作戦を練った。
でも美希ちゃんに速攻「募集の場所はもう決まってるでしょ。」と言われた。
前回同様、無職仲間。ここには多くの人が募集をかけている。
というか無職仲間の募集が盛況なのは笑えるような笑えないような。
このご時世、無職さんは多いだね。さっそくメル友募集を書き込もうと思ったけど、ここでちょっとゴネだ。
本当に罠にかかるのかな。僕がそう言うと美希ちゃんは自身に満ちた表情で言い切った。
「絶対大丈夫!ケイさんがメールをくれたのは無職仲間のところでしょ?で、Kは掲示板を荒らすほどの暇人。
ってことは。Kは無職で暇人だから今もネットでくすぶってるってことでしょ。」
納得。いや実にその通り。てゆうかなんか自分のことを言われてるみたいなのは気のせいだろうか。
それはともかく今度の募集はKに怪しまれちゃいけない。うまくやらなきゃいけない。
人物設定を決めないとって話になった。性別は。年齢は、等々。
で、こーゆうことに懲り始めた彼女はもう止められない。下らないことに注げる情熱は尊敬に値する。
なんだかんだと熱くなって結論は明日に持ち越し。
美希ちゃんやる気ありすぎ。


1月24日(水) 晴れ
今度の募集は美希ちゃんがやることになった。
電話では「亮平君がやると文章のクセとかで見破られちゃうかもしれないでしょ。」と
言ってたけど「私、一度ネナベやってみたかったのよ。」と本音もチラリ。
そのまま女の設定で募集をかけてもいいのにって言ったら
前の時Kは男の「リョーヘイ」にメールを送ってきたから今度も男がいい、と散々言い訳された。
そんなにネナベをやってみたいのか。
男が女のフリをするネカマは結構いそうだけど逆のネナベは珍しいかもしれない。
美希ちゃんが男のフリか。どんななるんだろう。彼女は奥田と出会ったのがメル友募集でだったから要領もつかんでそうだ。
ちょっとドキドキしながら「あなたに合ったメル友探し!」にアクセス。
無職仲間のところに行くと、さっそくそれらしき書き込みが増えていた。

********
名前:三木
性別:男
地域:東京
趣味:旅行、映画、ゲームなど

同じ無職同士語り合いましょう。
********

なんだこのやる気ない名前。ミキだから三木。名字のつもりか。
それになんかどっかで聞いたことあるような自己紹介文。というか僕が以前やったのと同じじゃないか。
文章考えるのが面倒だった様子。というか思いつかなかったのか。さすが美希ちゃん。
こんなんでうまくいくのかな。


1月25日(木) 雨
電話が壊れそうなくらい美希ちゃんは興奮してた。
「ホントに来ちゃった!しかもケイって名前そのまんま!ね、私の言った通りでしょ!
あんなんで引っかかるなんてバカよね・・・・」
その後も散々自分の成功をたたえてKのことをバカにしてた。
って自分でもあの募集をイマイチだと思ってたらしい。認めてなかったけど。
あまり長くなると店長に怒られるから、メールを転送するように伝えて電話を切った。
美希ちゃんも仕事中だったのによく電話かけられるな。
あっちは人の良いおやじさんに奥田という後ろ盾。こっちは厳しい店長にすぐ入れ替わるバイト君たち。
気がつくとここのバイトの一番の古株は僕になってるし。
僕もソバ屋で働きたくなってきた。
家に帰ってメールをチェックすると美希ちゃんから転送メールが届いてた。
Kことケイさんが何も知らずに「はじめましてー。」などとのたまわってる。
よく見るとその内容は、僕に送ってきたやつと同じだった。
あそこに居着いて募集があるたびにコピペペールを送り続けてるらしい。
本当に暇な奴だ。美希ちゃんはこいつをどう引っ張りだすんだろう。
ちょっと見物だ。


1月26日(金) 曇り
美希ちゃんはKとはすぐに仲良くなれたらしい。
オンライン同士で何度かやりとりしてたらほとんどチャット状態になったという。
そうなると親密度は急激にアップしてくる。僕はARAさんと親しくなっていった時を思い出した。
ARAさんか。思えば処刑人追跡の入り口はこの人だった。
渚さん。紅天女さん。あの二人も今なにをやってるのかな。
ケイさんと美希ちゃんがメル友になるのもあの頃からじゃ想像もできなかった。
というかメル友始める時は、まさか処刑人なんてロクでも無い噂に巻き込まれること自体思いも寄らなかった。
人生何があるかわかんないな。
大学時代、一緒に「生涯童貞」の誓いを立てた奥田はしっかり彼女も作ってるし
(この誓いは僕だけが未だかたくなに守ってる)
「一生親のすねかじり」のつもりだった僕は家を飛び出して生活のためにバイトしてる。
コンビニの仕事だって最初はきつくて何度も逃げ出そうかと思ったけどなんだかんだで慣れてしまってるし。
先のことなんて想像できない。いつかは奥田のように立派な目的で働きたいとは思う。
だけどとりあえず今食べてく為には収入がなきゃいけない。
惰性的にバイトしてるのだってちゃんとした理由があるんだ。
レジ打ちながらちょっと哲学してたら客がお釣りを取り忘れて帰ってしまった。
残されたお釣りは僕のポケットへ。すごく得した気分になった。
・・・やっぱ僕はダメ人間だ。


1月27日(土) 大雪
美希ちゃんがすごい勢いで電話してきた。「大変!掲示板に書き込み増えてる!」と。
今バイト中だからと説明してもなかなか電話を切ってくれなかった。
しまいには「こんな雪でも出勤するなんてがんばり屋さんね。」などと言われたり。
雪だろうがコンビニは開店する。むしろ雪かきまでやらされて大変だった。
足場の悪い中、頑張って早足で家に帰った。
久々に「WANTTED処刑人」を覗いてみるとKが新しい書き込みをしていた。

********
投稿者:K

板倉聡美:リスト追加だ。
********

投稿校日は先週の日曜日。最近見てなかったから気づかなかった。
美希ちゃんに教えてもらわなかったら気づかずじまいだったかもしれない。
夜に奥田の家に電話すると、美希ちゃんが受話器を奪った。
「ねぇ。あの人も絶対処刑人に手を出してやられちゃった人だよね。」
Kは今でもキッチリ僕らのことを忘れてない。それでもあえてKとメル友になってる。
奥田が「お前ら、俺の知らない間に凄いことやってるな。」と言ってた。
僕も今度の書き込みを見てからは俄然緊張感が増してきた。
これはヘタに手を出したら本当に返り討ちにあうかもしれない。
メル友作戦はこのまま遂行しても大丈夫か?
奥田はこの作戦自体に感心しまくってた。「そこまで考えてたお前らの方が凄いよ。全然問題ないじゃん。」
僕は少し迷ったけど、このまま続けることを決意した。
よくよく考えてみると渡部理論は的を得てたし順調に滑り出してる。このまま終えるのは惜しい。
肝心の発案者且つ実行者の美希ちゃんがちょっと怖がってた。
でも「じゃ、やめとく?」って言ったら「いや、やめない。続ける。」と即答した。
美希ちゃんはなんだかんだで結局は好奇心の方を優先させる。
それが彼女の魅力でもある。これで決まり。
作戦続行。


1月28日(日) 晴れ
美希ちゃんはまだ心配してた。このままKとメル友しちゃっていいのか、と。
昨日はやる気あったのにまた心が揺れ始めたらしい。忙しい人だ。
牧原さんと岡部君。そして新たに加わった板倉さん。実名だけに、確かにこの三人は気になる。
Kの言葉から推測すると、処刑人に手を出して返り討ちになった人だろう。
ならKに手を出したら同じ運命辿ることになるんだろうか。
それとも僕らを脅すためだけの架空の人物で、単なる脅し?
「ケイさんの方は今でもいい感じの手応えなのよ。全然警戒してなくて。」
最初は散々バカにしてたのに今は順調なのを怖がってる。
電話の向こうの不安げな顔が想像できた。気持ちはわかるけど今のところは不安要素は何もない。と思う。
今の段階じゃ僕にも何もわからない。結局はKをおびき出さない限り何もわからないんだ。
とりあえず「大丈夫。きっとうまくいくよ。」と言っておいた。僕らしくないポジティブな発言。
大丈夫。何かあったら僕が・・・いや、君には奥田がついてるから。
僕なんかよりよっぽど頼りがいのある奴がいるから。あいつ守ってくれるから。
僕は見守るだけでいい。



第11週
1月29日(月) 晴れ
今回、僕には特にやることが無い。
ケイさんのメールは今も転送してもらってるけど相変わらず以前僕がやったような
フリーター同士の傷の舐め合いみたいな会話してる。同じネタも見かけたし。
他のメル友にも同じパターンの会話しかしてないんだな。
メール内容はもう美希ちゃんにまかせることにしたけどこのままじゃ僕の立場がない。
仕事を与えられないと不安になるのはダメ人間の特徴かな。
仕方なく何かすること無いかと「WANTTED処刑人」にアクセス。
合計三人の実名が今でも寂しそうに表示されてる。
牧原公子。岡部和雄。板倉聡美。処刑人に手を出すとこいつらみたいになるって。
この人たちの正体を推測しようと頑張って考えてみた。
被害者は三人。僕らもヘタしたらこのリストに追加されるのかな・・
しばらくボケっと眺めてると、ふと何かが引っかかった。
処刑人に手を出した三人。三人。
僕の中で何かと繋がりそうだった。いや、でも何と?僕は何を気になってるんだ?
具体的にそれが何かはわからない。でも確かに違和感みたいなものを感じる。
何だろう。


1月30日(火) 曇り
Kをいかにしてオフ会に誘い出すか会議が開かれた。
美希ちゃんとの二人ミーティングも久々な気がする。
奥田は休日返上で働いてる。修業時代がそろそろ終わるので追い込みをかけてるらしい。
やっぱり目的を持った人間は責任感が違うな。凄い。
弟子を認定されれば晴れて正社員。僕らダメ人間からようやくマトモ君が誕生する。
頑張る奥田を後目に相変わらずネットに没頭する僕らはまだまだマトモになれそうにない。
「最近徹君がまぶしいのよ。」と美希ちゃんもダメ発言をしてた。
僕も激しく同意した。いい加減何か新しいことを始めないと、と思ったけどとりあえず今は、ね。
処刑人問題が解決してないから。これが終わらないとスッキリしないから。
その為にはKを誘い出さなきゃいけないんだよ。やることたくさんあるんだよ。
美希ちゃんと二人で言い訳放題。結局本来の目的である作戦会議はほとんどやらなかった。
僕は以前ケイさんとフリーター話で盛り上がったから、今回もそれで行こうって話が出たくらいだ。
僕が感じた掲示板での違和感は話題に出し損ねた。
まぁいいか。順調だし。


1月31日(水) 曇り
やっぱり気になる。バイト中もその原因を考えてたけど、答えは出てこなかった。
実名の三人はどれだけ記憶をたどっても覚えはない。
一度詰まるともうダメだ。僕には何もわからない。考えるだけ無駄。他のことをしよう。
美希ちゃんから転送されてくるメールでも見て楽しんだ。
こうして他人のメールを見てるとちょっと面白い。二人は僕の時と同じような会話をしてた。
フリーターはやっぱり世間的には冷たい目で見られるから
自己紹介の時は「働いてる」って曖昧な言葉を使って誤魔化すとか。
「勤めてる」と「働いてる」は違うから別に嘘は付いてないとか。
ダメっぷりを大発揮。でもこの表現は新しい。
他人の会話なのに妙に共感してしまった。僕も何かあったら使わせてもらおう。
奥田はもうじき勤め人になるけど僕と美希ちゃんは働き人のまま。
うん。あまり大差無いように聞こえる。
この分だと美希ちゃんとケイさんは僕より長くメル友することになりそうだ。
一日何回もやってるからやり取りの回数はもう抜かれたんじゃないかな。
元メル友が他人と親しくなっていくのを見るのは少し複雑な気分だった。
今更関係無いけどね。


2月1日(木) 曇り
思いついたのは本当にふとした拍子だった。
最初はケイさんと美希ちゃんのメールは僕がやってた会話と似てるなーと昨日と同じ様なことを考えてた。
そこからあの頃は他の三人ともメールやってたなーと連想した。
ARAさん。渚さん。紅天女さん。あの人達は今何やってるんだろうな・・・
その時、僕の中でID4ばりのレーザー砲が直撃した。
ホワイトハウスを爽快に吹き飛ばしたように気持ちいいほどの衝撃を受けて
これまでの情報が凄い勢いで繋がっていった。
そうなのか?そうならエライことだ。Kおびき出し作戦が急激に重要度を増す。
というかこれまでの謎が一気に解決していきそうだ。
牧原公子。岡部和雄。板倉聡子。
この三人、ひょっとすると僕のメル友達?
背筋がビリビリきた。これが本当だったら僕は天才ちゃんかもしれない。
これならKの言う「処刑人に手を出した。」って言葉にも納得できる。
彼女たちは僕に処刑人情報を教えてしまった。
ARAさんはダイレクトに教えてくれたし、後の二人は「処刑人」の言葉に反応して
なんらかのリアクションを残してくれた。
男の名前があるのは、あの三人のうち誰かがネカマだったからだろう。
考えれば考えるほどそうとしか思えなくなってきた。
凄いことになってきたかも。


2月2日(金) 曇り
本当に僕の考えは正しいのか。美希ちゃんに言う前に自分で確認することにした。
確認方法は実に簡単。あの三人のメールアドレスはまだ残ってる。
直接聞いて見ればいい。といっても渚さんと紅天女さんからは返事を期待できない。
本命はARAさんだ。前にメル友の縁が終わったあとに処刑人のことでメールした時はすぐに返事をくれた。
この人はメールを無視しない。ということは、返事が無かったら彼女(彼?)の身に何かあったってことだ。
もしくはこれ以上僕に返事をできない状態というか制約がなされてる。
そう解釈してもいいだろう。要は、返事をくれるかだ。
ARAさんにメールを送った。
「お久しぶりです。処刑人について少しわかってきたんですが、情報を検証してくれませんか?」
最初からARAさんは処刑人については敏感だった。オフ会もそのせいで断られたわけだし。
健在なら必ず反応してくれるはず。逆に、反応が無ければ・・
ふと昔にやったゲームに出てきたセリフを思い出した。
「返事がない。ただのしかばねのようだ。」
うわ。


2月3日(土) 曇り
本当に返事が無い。僕理論は証明されたってことだろうか。
一応明日まで待とうと思った矢先、美希ちゃんから計画実行の許可を申請された。
「オフ会いつでもできそうだよ。そろそろ誘ってみない?」
時間的には会ってからまだ一週間だけど、やりとりの回数はそれ以上。
暇人はネットに常駐してるから親密度もすぐにアップする。
オフ会。タイミング的には悪くないかもしれない。
やってみよう。GOサインを出した。
「オッケー。来週の週末あたりにでも誘っとくねー。」と乗り気の美希ちゃん。
僕はそこでさらにやる気を出させてあげた。
岩本理論を展開。あの実名三人の謎が解けたこと。ARAさんの返事は未だ来ないこと。
電話越しに美希ちゃんの声がどんどん張り上がっていった。どうやらお気に召してくれたらしい。
というか声上げすぎ。「そーゆーことだったのね!」を連発。
あまりに興奮しすぎて僕の家に来たがってたけどまた丁重にお断りしておいた。
美希ちゃん、奥田の彼女だってことちゃんと自覚してるのかな。でもまぁ予想以上の驚きっぷりで僕も大満足。
「オフ会うまくいくといーねー。」とお互いホクホク気分だった。と、そんなに焦りすぎると失敗するかもしれない。
冷静になって、慎重に事を運ぼう。念のためさらに核心をついたメールを送った。
「牧原公子。岡部和雄。板倉聡美。この中にあなたの知ってる名前はありますか?」
これで無視されたら本物だ。


2月4日(日) 曇り
ARAさんからの返事はナシ。
そしてケイさんの誘い出しもオーケー。
もう迷うことは無い。オフ会まで突っ走るのみだ。
オフ会の詳細を決める為に美希ちゃんと作戦会議。
転送メールは朝にもらっておいたから僕の家でも会議はできる。
美希ちゃんはケイさんことKを映画に誘った。そしたら見事に食いついてきた。
「映画かぁ。いいよ。最近見てなかったから楽しみかも。」と。
ここからオフ会の詳細を決めなきゃいけない。美希ちゃんは女だから「三木」として現場に出向くのは当然僕になる。
電話番号の交換もできるかな。僕の番号を教えるのもアリだな。
オフ会専用のチャットでも借りてこようかって話になったけど
何かの拍子で赤の他人に見られるかもしれない、という理由で却下された。
僕はそれならICQの方がいいのでは?と提案したら「ソフト使うやつはわかんない」と一蹴された。
とりあえずは日程だ。それをハッキリさせないといけない。
「じゃぁいつがいいか聞いてみるね。一応週末をめどにってことで。」
メールのやり取りは美希ちゃんに任せた。僕は当日の動きとかも考えなきゃいけない。
色々考えておかなきゃいけないことが多くなったけど、むしろそれは楽しかった。
「なんか盛り上がってきたね。」と美希ちゃんも楽しそう。
うん。確かに充実してる。こんなにドキドキするのは久々だ。
他人を罠にかけるってのはあんま良いことじゃないのはわかってる。
そう言ってみたけど、「でも。」と僕と美希ちゃんは声がそろった。
「悪いことほど楽しいよね。」
その通り。



第12週
2月5日(月) 晴れ
オフ会の日取りはすぐに決まった。
Kが「土日は混んでるから平日にしよう。」と言うので金曜日にした。
場所はもちろん渋谷ハチ公前。
待ち合わせは渋谷でしかやったことない僕としては他の選択肢は無い。
時間は例によって午後3時。映画見るにしてもこれくらいが丁度いい。
早速美希ちゃんにメールを送るように伝えた。
「オッケー。じゃあこっちの作戦も考えなきゃね。」と美希ちゃんもノリノリ。
そう。これからが本番。当日いかにしてKに処刑人のことを語らせるか。
それを考えなきゃいけない。というか実はこれが一番難しいんじゃないか?。
オフ会に誘い出すのはいいけど、処刑人の名を出した途端逃げられたら元も子も無い。
それどころか返り討ちってこともあるんじゃないか。
うわ。思ってた以上に難しそうだ。そう思って美希ちゃんにも協力を促した。
「じゃあ一緒に当日の作戦を考えよう。」
「それは亮平君の仕事よっ。私はメール担当だからっ!」
有無を言わさず僕が考えることになった。
最後には「頼りにしてるから!」と爽やかに言われてしまった。
彼女は自分の思いついたものに関しては素晴らしい情熱を発揮するが
なにやら小難しそうな問題に関しては人に押しつける癖があることを改めて認識させて頂いた。
それでも彼女の言いなりになる僕。頑張ったところで見返りなどないのに。
構わないけどね。


2月6日(火) 曇り
僕が考え出した作戦は以下の通り。
Kには僕の携帯の番号を教える。
僕は完全に「三木」となってオフ会にも僕が直接出向く。
美希ちゃんはハチ公前の人混みの中ちょっと離れた所に紛れ込んで僕らの様子を見守る。
その後は美希ちゃんは僕らを尾行。
映画館の場所はすぐわかるから見失わないように注意するだけでいい。
僕の方はKを普通のメル友として応対。
美希ちゃんとのメールの記録を読み返して話題に違和感が無いようにする。
映画を見た後は喫茶店か何かに入る予定。美希ちゃんはこっそり僕らの近くの席にいてもらう。
ファミレスとか人が多いところだとうまく座れないから避けた方がいい。
じっくり腰を落ち着けたところで本題に突入。処刑人の話題を振る。
うまく「処刑人の噂を聞いたことのある第三者」を演じたいところだけど奴が逃げ出す可能性は十分にある。
そこで、逃げ出しそうになったら美希ちゃんにも来てもらい奴を囲む。
そうなったら僕が「WANTED処刑人」の管理人&かつてのメル友であることも
今回の計画のことも全てバラしてしまっていいだろう。
ここまで来れば奴も腹をくくって話してくれるはず。
うん。これで行こう。我ながらナイスな作戦。
まさかKの奴もこんな綿密な計画が仕組まれてるとは思いも寄らないだろう。
美希ちゃんに作戦概要を送って僕の携帯番号を教えるように指示した。
作戦は美希ちゃんにも「すごーい!」とお褒めを頂いたし。
なんかいよいよって感じがしてきた。


2月7日(水) 雨
ケイさんが会う前に名前を教えてくれた。
「本名は風美って言います。ハンドルのケイはカザミの頭文字Kなんです」だと。
意外とかわいらしい名前でびっくり。もっともこれが本名であるかはまだ疑問だけど。
美希ちゃんは「僕のミキは本名です。」などと返答してた。嘘は言ってない。
オフのスケジュールは承諾してくれたし後は会うだけ。
僕の方は特別に準備するものは無いけど、携帯がいつ鳴るかだけが気がかりだった。バイト中に鳴ったら困る。
みんなの前で「はい、三木です。」とか言うのは嫌だったけど幸いなことに電話はかかってこなかった。
電話と言えば美希ちゃんがあのことを気にしてた。
「あっちの携帯の番号ちゃんと繋がるかな。」
風美さんは自分の携帯番号を教えてくれた。確かに素直すぎるかもしれない。でもそれは警戒してない証拠だと思った。
うまく事が進んだら風美さんに何を聞くか話し合った。
まず本当に掲示板荒らしの「K」であるか確認。でもこれは否定されそうだ。
そうなったら問答無用で質問を続ける。牧原さんと岡部君と板倉さんについても聞かなきゃいけない。
あと肝心の処刑人の正体も。結構聞くこと多いな。
全部答えてくれるかわからない。でもできるだけ絞りとりたい。
「なんだかんだでここまで来るのに時間かかってるもんね。絶対成功させようね。」
美希ちゃんの言葉に同意して二人で作戦の成功を誓った。
二人でやればきっと大丈夫。


2月8日(木) 晴れ
今日は僕だけ暇だったのでお昼に奥田のソバ屋としゃれ込んだ。
明日に控えた作戦の決起会。今の内から気合い入れとかないと。
美希ちゃんも注文取りやら配膳やら色々頑張ってた。
奥田は厨房の方にチラチラ見えた。修行の最終段階らしい。
二人が休み時間になるのを待って、久々に三人で食事をした。奥田の修行は日曜日には終わるそうだ。
「もうすぐ終わるから。そしたら俺もその作戦に参加させてくれよ。」
そう意気込んでたけど残念ながらオフ会は明日。
それに奥田は今から入ってきてもネットの状況とかよくわかんないんじゃないかな。
奥田だってそのことはわかってるだろうに。
僕と美希ちゃんが楽しそうにしてるから輪に入りたくなったのかもしれない。
なんて考えてたけど、できればこっち側には来ない方がいい。
なんだかせっかく眩しい道を歩み始めた人をまたダメ街道に呼び戻すみたいだから。
奥田は奥田で頑張ってくれ。僕らはダメなりに頑張るさ。
親友として心の中でエールを送っておいた。(恥ずかしくて口には出せない)
さて、明日は待ちに待ったオフ会。美希ちゃんと最終的な打ち合わせもして準備万端。
あとはもう行くだけとなった。
本当によくここまでこぎつけたもんだ。これも全部美希ちゃんのおかげかな。
彼女に感謝しつつ、明日の成功を祈った。
待ってろ風美さん。必ず処刑人のことを聞き出してやるからな。
僕と美希ちゃん。二人でね。


2月9日(金) 晴れ
オフ会。渋谷は寒かった。
美希ちゃんと僕は万全の装備でハチ公前に向かった。
時間は少し早めで。相変わらず人の多い場所。
ここなら美希ちゃんが紛れ込んでてもバレないだろう。
僕はハチ公前に立った。遠くには美希ちゃんが見えた。
あまり駅の方までは行かないように言ってある。お互いが見える位置で。
3時前になるとさすがに緊張してきた。僕は頭の中でずっとセリフを考えてた。
まず会ったら第一声はどうしようか。リョーヘイであることを明かす時には何て言うか。
じっとしたまま緊張だけが高まっていった。
美希ちゃんの方は植木の後に隠れたり交差点の方に行ったりと、何度も居場所を変えてた。
やっぱり彼女も落ち着かないらしい。
3時になった。携帯はまだ鳴らない。
今回は特にお互いの目印は無い。頼りは僕の携帯だけ。
でも約束の時間。美希ちゃんとちらっと目が合った。こっちから電話するべきか?
確認したかったけど、美希ちゃんと接触するわけにはいかない。
もしかしたら風美さんはもう来てて、僕の様子をうかがってるかもしれないから。
周りを見渡すと多くの人が待ち合わせをしてる風だった。
女子高生。サラリーマン風。僕と同じ様なさえない男。女の子のグループ。
何人かは携帯を片手に腕時計をチラチラ見てたりもする。
なんだかどれも怪しかった。本当に、もうこの中に紛れ込んでるかもしれない。
色んな人が入れ替わりやってくる。電話をかけようとしてる人がいるたびに目を見張った。
でもまだ来ない。3時5分になった。
右隣にはかっこいい眼鏡かけた男の人が突っ立ってた。左にはちょっと綺麗な女の人。
向かい側には女性二人組がおしゃべりしてる。
その横にはお洒落な感じの男が一人。さらに横にはくたびれた服を着た男。
とにかく人が多い。美希ちゃんはハチ公のすぐ後まで来てた。心配そうな顔をして。
3時10分。携帯は鳴らない。もしやまたすっぽかされたのか?でも今回は電話を持ってる。
僕は意を決して電話をかけようとした。
携帯を取り出したその瞬間、鳴った。
ディスプレイにはしっかりと「風美さん」の文字。
すぐに取った。「もしもし。」ブツっと切れた。
はあ?と僕は拍子抜けしてしばらく携帯を見つめてた。
そしたらまた鳴った。今度も「風美さん」から。
今度も素早く取った。「もしもし。」ざわざわと雑踏の音が数秒続いたあと、またもやブツリと切れた。
意味がわからない。電波が悪いのか?それともまだ電車の中とか・・
そう考えてる時の僕の顔はものすごく間抜けだったと思う。
待ち合わせてる人からの意味不明の電話。戸惑う僕。
ああ。その時すぐに気づけば良かったんだ。
自分が間抜け面をさらしてることを。そしてそれが何を意味するのかを。
今になってみれば実に馬鹿らしい単純なことだった。
でも僕は作戦とかなんとか、とにかく僕らが奴を罠にはめてると思ってた。
そのおごりが、自分たちの方こそ罠にかかってることを気づかなくさせてたんだと思う。
腹が立つ以前に恥ずかしい。どう考えても僕の方が馬鹿だった。
しばらく不思議に思ってると、また電話が鳴った。
またか?と思ったけど、今度は美希ちゃんからだった。
ハチ公の後を見ると彼女はもういなかった。別の場所に移ったらしい。
さっそく風美さんからの電話について話そうと思った。
「もしもし美希ちゃん?今さあ・・」
話そうと思った矢先、彼女の方がものすごい勢いでまくしたててきた。
「ねぇ、今となりにさっきの男いる?もう行っちゃった?あ!やだ!もう居ない!!」
突然のことに何の話か理解できなかった。
「さっきの男って誰?何の話?」
「さっき亮平君の隣にいた男よ!ほら、なんかさえない感じの人!あーもう行っちゃった・・。」
隣を見てもさっきの年下っぽい男は居なかった。
女子高生らしきギャルが電話でピーチク話してるだけ。
そういえばさっきの男、いつの間にいなくなったんだろう?
それでも美希ちゃんの話の意味はまだわからなかった。
「ねぇ美希ちゃん。今どこ?その男がどうしたって?」
「あ、それはね、今行くから。私ほら、見える?亮平君の向かいにいるよ。」
前を見るとスクランブル交差点の方から美希ちゃんが走ってくるのが見えた。
息を切らしながら僕のところにたどり着いた。
って会っちゃまずいよ。風美さんがどこで見てるかわからない・・
美希ちゃんは僕が口を開く前にものすごい勢いで話し始めた。
「さっきね。ハチ公の後に居るときね。後から亮平君の様子を見てたの。
そしたら電話来たみたいだったでしょ?で、じっと見てたらね。
なんか様子がおかしいなって思って。それで何だろうって思って近づいて見たらね。
隣の男の人がね。手を後に回して携帯持ってるのが見えたの。
変な持ち方って思ったらね。その男の人がね。ちらっと携帯見て操作してたの。
そしたらすぐに亮平君の方に電話来たみたいでね。私びっくりしてね。
男の人のこと見たらね。亮平君の顔チラチラ見てるのよ!
それでさ。私ピピンと来て、何なのかわかって。亮平君に知らせようと思ったんだけど。
すぐ話かけるとその男が逃げちゃうと思って。少し離れたところから電話しようと思って。
あっち行ってから電話かけたんだけどさ。あいつもう居なくなっちゃってて・・」
「ちょっと待って。」僕は美希ちゃんの言葉を制して言った。
「で、結局その男は何だっての?」
僕はまだ肝心なことが理解できてなかった。だからそんな素っ頓狂な質問ができた。
「え?わからない?」美希ちゃんは驚いて僕の顔を見た。
冷静になってみると、美希ちゃんの話で十分理解できるはずだった。
でも僕はまだ自分が騙されたことに気づいてなかった。そんな発想はなかった。
あれだけ情報の信憑性を疑うようにしてたのに・・
「わからない。」と僕は言った。美希ちゃんがなぜかすごく嬉しそうな顔をした。
たぶん自分だけが真実を明かしたことが楽しかったんだろう。
これ以上ないくらいニコニコしながら叫んだ。
「あいつが風美さんよ。ネカマだったのよ!!」

家に帰ってメールをチェック。美希ちゃんにも家に寄ってもらった。
新着メールが一件。風美さんから。開いてみるとたった一行だけ書かれていた。
「ばーーーか。」
美希ちゃんと二人で大爆笑した。
まさかネカマだったなんて。すっかり騙された。
処刑人の話どころじゃない。奴がオフ会に承諾したのは僕の間抜け面を見るためだったんだ。
最初っからマトモに会話するつもりなんてなかったんだ。
「なんか私たち、すっごい馬鹿だったね。」
「うん。全然気づかなかった。まさかネカマとは思わなかった。」
おかげで作戦はまたもや振出しに戻った。いつになったら核心に迫れるんだろう。
そう考えるとちょっとゲンナリするけど、今日のことにあまり悔しさはなかった。
爽快に騙されると、返って楽しかったりもする。
その後も二人で自分たちの馬鹿さ具合をネタにずっと笑ってた。
風美さんにはむしろ感謝しなきゃいけないかな。こんな面白い経験は早々できるものじゃない。
そうゆうことにしておこう。


2月10日(土) ・・・
奥田は明日で修行が終わる。
その前に美希ちゃんと二人で反省会をした。僕の家で。
それがまさかこんなことになるなんて。
僕は今とても混乱してる。何が起きたのか。いや、起きたことは覚えてる。
けどどうしてそうなったのか。それが僕にはわからない。
ただ一つハッキリしてるのは、それはもう起きてしまって、二度と元には戻らないということ。
壊れたお皿をくっつけても、必ずヒビは残る。どうしてだ。どうしてこうなってまったんだ。
Kも逃がしちゃったしこれからどうしよう。それを相談するつもりだった。
でも昨日のオフ会の興奮はまだ醒めてなかった。
作戦は失敗に終わったけど、全然残念な気持ちにはならなかった。
二人で何かをすること自体が楽しかったから。
「ネカマだったなんて大笑いだね。」
「なんかちょっとした冒険みたいだったよね。」
他にも反省点をあげては二人で笑ってた。
二人で笑い合うのは楽しかった。とても楽しかった。
正直に言うと、美希ちゃんと一緒に笑ってるのが楽しかった。それは認める。
そしてなんてこと無い拍子だった。美希ちゃんが言った。
話が一段落して、笑い過ぎて涙が出てるのを手で拭きながら。
「徹君といるより、亮平君といた方が楽しいな。」
僕はその言葉に驚いて美希ちゃんを見た。
いくらなんでもそれはダメだよ。美希ちゃんは奥田の彼女だろ?自分の彼をそんな風に言っちゃ・・
目が合った。彼女はもう笑ってはいなかった。
真剣な顔をしてた。そしてもう一度口を開いた。
「本当だよ。」
言った。確かに言った。
こたつの中で足が触れた。慌てて引っ込めると座り位置をずらすと今度は手が触れた。
引っ込めようとした。でもダメだった。僕は彼女の手を握ってた。
目は合ったまま。僕は何も言わなかった。彼女は頷いた。拒否してない。
微笑んだ。とても優しい感じで。彼女の目には僕が映ってる。
僕の中で何かがあふれ出てきた。ちょっと前に奥に押しやった感情が。一気に。
こたつを押しのけた。足が引っかかった。強引にどけるとコップが倒れた。
お茶がこぼれた。残りは少しだった。畳にまではこぼれてこない。
気にしない。座布団をテレビの前に放り投げた。
二人が横になるスペースができた。何も言わずに美希ちゃんは自ら体を横たえた。
目を閉じて待っている。僕は何をすべきなのか分かった。
息づかいが荒くなる。乾いた唇。舌で舐めてしめらせた。
欲望に従った。

美希ちゃんが帰った今、僕は途方に暮れている。
夢心地に浸ってると言ってもいいかもしれない。
体にはまだあの時の温もりが残ってる。使ったティッシュはまだゴミ箱の中に。
それは確かに起きたことだった。
・・・美希ちゃんに童貞を捧げた。間違いようのない事実。
心の底では望んでたことかもしれない。望みが叶い、本当なら手放しで驚喜してるところだろう。
けど僕はとても混乱してる。だって、彼女は、美希ちゃんは。
僕の親友・奥田の女。
僕はそれを知っている。彼女もそれを知っていた。
それでも僕らは結ばれた。なぜそんなことができたのか。
わからない。
僕には何もわからない。


2月11日(日)
この三日間は激動だった。
どれも楽しい思い出であるはずだけど、今は思い出したくない。
奥田の免許皆伝のお祝いには行けなかった。
お誘いの電話がきたけど体調が悪いなどと嘘をついた。
奥田と話すのは苦痛だった。美希ちゃんとは話せない。
彼女は僕との関係のことを言ってない様子だった。
奥田は「風邪なら仕方ないな。また今度改めてやろうな。」と普通に話してる。
知らぬが仏とは良く言ったもんだ。これが逆なら僕は・・
やめよう。もう何を考えたって無駄だ。起きてしまったことを後悔したって先には進めない。
でも、先って何だ?僕らの関係に先はあるのか?
美希ちゃんはあの関係に何を求めていたんだろう。
一度きりの遊びのつもりだったのか。それとも本気で僕と。
考えまいとしても次から次へと思考が巡っていった。
布団にくるまって目をつぶっても全然寝付けなかった。何時間も何時間も悩み続けた。
やがて僕は一つの結論に達した。僕が苦悩から脱出できる、唯一の結論。
あれは、彼女が誘ったものなんだ。
思い出してみると確かにそうだ。美希ちゃんから誘惑してきた。
だから僕は悪くない。むしろ僕は被害者だ。
僕が罪悪感で悩む必要なんてないんだ。
僕のせいじゃない。僕は悪くない。悪くない。

悪くない、はずだ。


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  第4章