絶望の世界A −もうひとつの僕日記−
第1部<内界編>
第6章
第21週
4月9日(月) 晴れ
バイトから帰ってから彼女と一緒にネットに繋ぐ。
一人でやっててもいいとは言ったものの、やっぱり電話代は気になる。
彼女もそこは心得てくれて「大丈夫。オフラインでできることだけやっておくから。」と言ってくれた。
リアルタイムで繋がなくても、僕らには整理しなければならない情報はたくさんある。
メールの差出人。掲示板の記録。風美のその後。
美希ちゃんが有る程度まとめてくれてまず僕らが真っ先にやらなければならないことが見えてきた。
「処刑人はどこに登場したのか?」
目撃情報の中にはどこぞの掲示板にリンクを貼ってくれてる人もいたけど
そこを見ても「処刑人」の文字を見つけることはできなかった。
昔の書き込みで流れてしまったのかも知れない。
とりあえず登場場所をきちんと突き止めないと、ということでさっそく掲示板に詳しい目撃情報を呼びかけた。
********
投稿者:虫
処刑人をどこで見かけたのか。場所を教えて下さい。
********
これを突き止めないと何もできない。
4月10日(火) 曇り
ネットの反応は早い。一日経っただけですぐに情報提供者が現れた。
「なんだ。てっきり知ってるのかと思いましたよ。」という書き込みと共に掲示板へのリンクが貼ってあった。
そこにアクセスしてみると、「フリートーク」と題した掲示板が開いた。
ざっとログを見てみる。「処刑人」の文字は無い。かなり過去にまで遡ってみても見つからなかった。
「無いね。ガゼ情報だったのかな」
「有り得るかもね。ネットには嘘つく人多いから。」
「じゃあなんで今頃になって処刑人目撃情報がこんなに多いんだろう?」
「それは・・。」
美希ちゃんは口をとがらせてしまった。彼女にもわからないらしい。
せっかくネットに戻ってきたのにこれでは拍子抜けだ。思わず愚痴を書き込んでしまった。
「偽情報はやめて下さい。処刑人は居ませんでしたよ。」
ネットだと思ったままに文句を言えるからスッキリする。
この調子でみんなの書き込んでたのかもしれない。ネットでは平然と嘘をつける。
もしかしたら全部ガセネタだった?
ひどい奴らだ。
4月11日(水) 晴れ
やたら反論してくる奴がいる。
「そんなことありません。確かに処刑人はいましたよ。
ちゃんと貼ってあったリンクにアクセスしてみましたか?
ログは最後までチェックしましたか?」
噛みついてくるから僕も言い返してしまった。
「掲示板のログには処刑人の文字は見当たりませんでしたが?」
打ち込んでると美希ちゃんがしみじみと言った。
「ネットってこうやって言い争いが始まってくるのよね」
実に。
ネットじゃ顔が見えないもんだから文句が言いやすい。
赤の他人に文句言われると無性に腹が立つ。だから僕も言い返す。悪循環きわまりない。
このまま続くと「バカ」とか言われてますます泥沼にハマっていきそうな気がする。
「そんなんで時間を無駄にしないでね。」と彼女に釘を刺されてしまった。
僕としてもバイトに忙しい身なんで無駄なことは省きたい。
掲示板荒らしなんて(風美を筆頭に)ロクな奴がいないんだから。ガセならガセで無視した方がいい。
この反論君・・「密告者」もイタズラ半分でやってるんだろうな。
言い争いに持っていって荒そうとしてるのか?こいつも処刑人の回し者か?
どうも風美の件以来ネットに対して疑り深くなってしまう。
用心するに越したことはないんだ。
警戒だけはしておこう。
4月12日(木) 晴れ
また「密告者」に言い返されてた。
けど今日のはただの文句じゃなかった。
********
投稿者:密告者
あの掲示板には確かに処刑人の書き込みがありました。
今探しても見つからないのは恐らく発言の内容が過激なために
公序良俗の反するものとして掲示板の管理者に削除されてしまったのでしょう。
ご存じかと思いますがあの掲示板はメル友探しのサイト内にあるものなので
個人情報などすぐに消されて当然です。ましてやその人を処刑すると明言されては
サイトとしても対処しないわけにはいかないでしょう。
虫さん(名前が変わったのですね)がこの「WANTED処刑人」を宣伝してたのも
同じ掲示板だったものですから私も情報を提供できたんです。
恐らく他の人も同じだと思います。
発言が消されてしまった後に「処刑人はいなかった。」と言われても
それは掲示板のチェックを怠っていたそちらの責任ではないでしょうか?
私に文句を言うのは筋違いだと思いますよ?
********
読み終わったあと、とりあえず無性に腹が立った。
なんだこの言い草は。なんで僕がそこまで言われなきゃいけないんだ。
だいたいお前は何様のつもりなんだ。密告してる分際で何を偉そうに!
等と散々彼女に同意を求めたものの「言ってることは正しいよね。」とあっさり言われてしまった。
奴に言われて気付いたけど例の掲示板は「あなたに合ったメル友探し!」のフリートーク掲示板だった。
そういえば昔ここでもサイトの宣伝をしたことがある。
発言が消えてるのは公序良俗に反するものだったから、というのも納得できる。
僕らが散々情報提供を求めておいたくせに放っておいたのが悪いと言えば悪いんだけど・・
ムカツクものはムカツク。こんな言い方はないだろ。
またここで言い返したらそれこそ泥沼。
と言いつつも「これが最後」ということでまた反論してしまった。
「ご説明ありがとうございます。おっしゃることはごもっともなんですが
そこまで高圧的な態度をとられると僕も素直に受け入れられない部分があるんで
もう少し優しく言えないの?なんて思ってしまいました。」
美希ちゃんに呆れられないうちにここで終えておいた。
本当はもっと言ってやりたいけど・・やめておこう。
止まらなくなる。
4月13日(金) 晴れ
バイトから帰ってくると美希ちゃんがかなり焦った様子だった。
パソコンの電源は既に入ってて彼女は「これ見て。」と画面を指さした。
********
投稿者:密告者
私の方がわざわざ情報を提供してるのですから
そちらの方よりは立場が上のはずですよ?
情報を募集しておいて提供者に文句を言うなんて言語道断ですね。
あなたこそ何様のつもりなんですか。
赤の他人に「処刑人情報を教えろ。」なんて命令するのは失礼極まりないですよ。
頼んでる側なら身をわきまえなさい。
ネットだからって少し強気になられてるようですが
現実では面と向かって同じこと言えますか?
あなたのような虚勢を張った人間には無理でしょうね。
「虫」という名前のセンスもかなり人間性を疑います。
最も、ハンドルネームなんてのは人の勝手なんですけどね。
第一あなたは何か勘違いしてますよ。
私はただ単に処刑人があの掲示板に書き込んでたってことを教えにきただけだ
と思ってるんじゃないですか?そうだとしたら、態度を改めた方がよろしいですよ。
私は処刑人の正体まで知ってます。
あまり軽率な発言をされると肝心の情報も取り逃がしてしまいますよ。
********
僕らは顔を見合わせた。
処刑人の正体を知ってるって?こいつ、無駄に喧嘩をふっかけてたんじゃなかったのか。
知ってるからそんなに高慢な態度が取れたのか。軽率に言い返したのは失敗だったかもしれない。
「ハッタリかどうかわからないけど、とりあえずこっちから変に怒らすような真似はやめた方がいいかもしれないわね。」
同意。嘘と決めつけて突っぱねるより、探りを入れた方が懸命。
他に情報筋が何もないんだから。これで本当ならいきなり目的達成だ。
下手に出て相手の機嫌を損ねないように返事を返した。
********
投稿者:虫
処刑人の正体をご存じなんですか?それは大変失礼致しました。
これまでガセ情報が多かったから僕も疑い深くなってたようで。
良かったら詳しい情報を教えてもらえませんか?
********
彼女が真剣な眼差しで面を見つめる。僕も神妙な顔つきになった。
情報待ちの状態は緊張する。処刑人の正体は?そもそも密告者は信用できるのか?
様々な考えが頭に浮かんで頭が疲れてくる。
早く返事しろ。
4月14日(土) 晴れ
掲示板の書き込みが増える代わりにメールが届いた。
「リョーヘイ」の頃のアドレスをそのまま使ってるから
そっちで「虫さん」と呼ばれると妙な感じがした。
はじめまして虫さん。「密告者」です。
掲示板で処刑人の正体を明かすのは危険なのでメールにて失礼します。
ただ、説明をするのは構いませんがその前にそちらの素性を明かして下さい。
見知らぬ人にタダで有益な情報を与えるのはあなたに得でも私にはなんの利益もありません。
第一この情報を何に使うかわからない状態では「教えて。」「はい教えます。」というわけにはいきません。
まずはあなたのことから聞かせてもらいます。
あなたは何者で、なぜ処刑人の情報を集めてるのですか?
返事をお待ちします。
美希ちゃんが一言「あやしいわね。」
僕もそう思う。これは僕の個人情報を聞きたがってるのか?
処刑人情報は知りたい。でもだからって素性を明かせと言われると考えてしまう。
タダで教えてくれるのは調子よすぎかもしれないけど
それなら何でこいつは密告なんかしてるんだって話にもなる。
密告が楽しくてやってるんじゃないのか?ネットの人の考えてることはよくわからない。
とりあえずどうしたものかと案を練った。
無視はしない。でも僕らの素性も明かしたくない。
やっかいなことになってきた。
4月15日(日) 晴れ
一週間が経つのが早かった。
ネットのことばかり考えてるおかげで奥田のことで悩まなくなった。良い傾向だ。
「密告者」との接触で処刑人追跡も徐々に動き始めている。
ネットの人達の行動はイマイチよくわからないけど
考えてみれば相手の方も僕らの行動なんて想像もついてないと思う。
黒い背景と白い文字だけのホームページで「処刑人情報求む」なんてやってるし
宣伝までして募集をかけた割には数ヶ月ほどほったらかし。
久々に更新したとと思った管理人が「虫」に変わってる。
彼女もそれについては同意してくれた。
「私たちの行動って事情を知らない人から見れば謎だらけよ。」
だから「密告者」も僕らのことを知りたがってるのかもしれない。
もしかしたら逃げた「風美」の自作自演かもって話も出たけど
それならそれで好都合でもある。奴には是非もう一度接触したい。
「風美」と「密告者」の二人になんらかの繋がりがあれば
後に控えてる処刑人にもかなり近づいてくる。
なんにしても今ある手駒は大切にしようということで
「密告者」には返事のメールを出しておいた。
「メールありがとうございます。
こちらの素性を明かして欲しい、とのことでしたが
申し訳有りませんがすぐに教えるということはいきません。
例え僕にとって有益な情報がもらえるとしても
個人情報との引き替えではあまりにリスクが大きすぎます。
お互い赤の他人ですのでそこら辺はキッチリしましょう。
ただ、僕の方としても処刑人情報は知りたいので
徐々にお互いのことを知っていく、みたいな形でどうでしょう。
お返事お待ちします。」
やけに丁寧な文章になったけどまぁ問題はない。
今は返事を書かなことには何も始まらないから。
進めるところは進んでおこう。
第22週
4月16日(月)
「密告者」の話し方は今でも不愉快だけど、いちいち腹を立てていられない。
高圧的な態度ではあるけど、ちゃんと返事をくれてるところを見ると割とマメな人かもしれない。
「もしくは相当の暇人ね。」と美希ちゃんが付け加えた。
言えてる。メールもこっちが出した次の日にはちゃんと返事をくれてる。
「反応してくれるまで結構時間かかりましたね。
私はかなり前から情報提供してるのですが虫さんは一体何をやってたんですか?
まぁそれは私に関係ないかもしれません。
例の徐々にお互いを知っていく、というのでも私は構いません。
ただ、処刑人は待ってくれませんよ。
処刑人は今まさにこの時間もターゲットを探してることでしょう。
そんなにのんびりしてたらいずれあなたもターゲット一覧に追加されますよ。
私は決して脅しで言ってるわけではありません。
変な話ですが、これはお互いのためでもあるんですよ。」
お互いのため。また妙な言葉が出てきた。
有益な情報が僕のためになるのはわかるけど、あっちには何のメリットがあるんだろう?
返事をしておいた。
「お互いのため、ですか。確かに僕にとってはメリットがあるかもしれません。
でもこれがなぜ密告者さんのメリットになるのか、気になるところでもあります
ご好意に甘えさせて頂けるのであれば僕も喜んで飛びつきたいんですが
あまりにオイシイ話すぎるのも逆に疑ってしまいます。
僕としては「好きでやってるから」とか「楽しいから」とか何でも良いんで
とにかく密告者さんがなぜ僕に情報を提供してくれるのかを知りたいんです。
差し支えが無ければ教えて下さい。」
送信。
4月17日(火) 晴れ
「人のことが知りたいならまず自分のことから話すのが筋ではないでしょうか。
あなたが話してくれれば私も話しますよ。
これは前にもいったはずですが覚えてないのですか?
処刑人の情報と引き換えにあなたのことを教えてもらうのと同じように
私のことも知りたければやはりあなたは自分のことを話すべきです。
これは単純な取引ですよ。これに納得できないようであれば子供ですよ。
まずはあなたが処刑人情報を求める動機を聞かせてもらいましょうか。」
本当に嫌なやつだと思った。
美希ちゃんと相談した結果、動機に関しては正直に答えてもいいだろうという結論に達した。
もちろん奥田の意思を継いでるからなんてことは言えない。
一番初めの動機の方を話した。
「わかりました。では僕から話をしましょう。
僕が処刑人情報を知りたがってるのは単純に『処刑人は何者なのか?』が気になるからです。
というのも僕は以前メールのみでやり取りする友人が数人いたんですが(俗に言うメル友ですね)
彼らは皆処刑人の名を口にした途端に音信普通になってしまいました。
中には実際に会おうとした時に『処刑人が怖いから』という理由でドタキャンした人もいます。
その時に『処刑人はオフ会をしようとする者を問答無用に殺して回る殺人鬼』みたいなことを言ってたので、
それ以来ずっと処刑人が何者なのかが気になってたんです。
今思えばその時のメル友は例の処刑リストの人たちではないかとさえ疑ってるんですが
そこら辺のことはまだ特定はできてません。
とにかく情報が不足してるのでひとつでも多くの情報が知りたいんですよ。
僕の動機はこんな感じなので密告者さん側の動機もお聞かせください。」
僕らの動機を他人に話すのはこれが初めてだ。
あまり正直に話しすぎるのは良くないけどここまでなら特に問題は無い。
僕らの個人的事情に関わらないことならいくらでも話してやってもいい。
奥田のことを抜きにしても処刑人の正体が気になってるのは本当のことなんだから。
だから早く密告してくれ。
4月18日(水) 曇り
今日のメールはなんとも判断しようのないものだった。
「それはいつの話ですか?うさん臭い話ではありますが一応信じてあげましょう。
というのも、私が知ってる情報も虫さんの話とかなり似てる部分があるからです。
ひとつだけ言っておきますが、処刑人は確実に人を殺してます。
だから虫さん話と私の情報とかリンクしているのであれば
残念ながらメル友の人たちはもうこの世にはいないでしょう。
まだ虫さんの素性が見えてないのであまり深い話はできないんですが
そちらが動機を教えてくれたので私も密告の動機を教えてあげましょう。
お察しの通り、これは私が単に楽しんでるだけです。
処刑人の情報を握ってて、それを知りたがってる人がいたら教えてあげたくなるのは
人間なら当然のことでしょう。ただ、前にも言った通り無償で教えるのは
私の方にメリットが無いので虫さん側の情報を教えて頂く形で
釣り合いをとろうというわけなんです。
これは公平な取引です。ギブアンドテイクでいきましょう。」
楽しんでるだけのくせに取引しようとするのはあやしい。
処刑人は確実に人を殺してる?そんなに簡単に人って殺せるものなのか。
それに、この言い分だとなぜ情報交換が「お互いのため」なのかもクリアになってないと思う。
美希ちゃんの意見では「要は言いたくないんじゃない?」とのことだった。
密告者とはメールでやりとりするようになったので掲示板の書き込みは進んでない。
今のところの情報筋はこいつだけだから信じたいのは山々だけど・・どうするか。
とりあえず探りを入れてみた。
「なるほど。動機に関してはわかりました。
そうなると問題は処刑人情報の信憑性になってくるんですが
ここで一つ確認したいことがあります。密告者さんは処刑人を直接知ってるんですか?
口振りからすると処刑人は密告者さんの知り合いだと思ってしまうんですが
その通りなんでしょうか。だとするとその情報の信憑性が高まってくるので
僕の方も喜んで取引に応じることができます。そこら辺はどうなんでしょうか。」
あっちもさっさと言ってくれればいいのに。
僕だってバイトがあるんだし美希ちゃんも家事やら買い物やらで
(彼女はちょくちょく外に出始めてる)そんなに暇ってわけでもないんだ。
遠回し遠回しばっかは疲れる。
4月19日(木) 晴れ
これはメル友状態じゃないだろうか。
あの頃はチャット状態で一日のうちに何度もやり取りしてたけど
今は一日一通。以前とくらべると随分ペースが落ちている。
(前のメル友たちがよっぽど優秀だったのかもしれないけど)
「うまいこと言ってこちらから情報を引き出そうというわけですか。
下心が見え見えですよ。ただ、これを教えれば信憑性が高まるというのは
一理あると思うのでここは敢えて乗ってあげましょう。
処刑人は私の知り合いです。だから正体を知ってるんです。
これで満足ですか?今度はそちらの番ですよ。私を信用させる情報を提供して下さい。」
美希ちゃんが「人殺しが近くにいるのになんで警察に言わないのかな。」と鋭いところをついた。
「私を信用させる情報」というのも意味がわからない。
なんでこんなにまでして僕のことを知りたがるんだろう。
「人殺しが身近にいるのに放っておいてるんですか?
なぜ警察に言わないんですか?ネットの見知らぬ人より警察に密告する方が自然だと思います。
こうゆう言い方は失礼かもしれませんが、楽しんで密告してるなら
掲示板で暴露してしまえばそれで終わりじゃないですか。
わざわざ僕個人に密告する必要なんてないんじゃないでしょうか?
僕としては掲示板で情報を得ようがメールで情報を得ようが同じなんですが。」
「思い切って突き放してみるのも一つの手よ。」と彼女に助言されて書いたけど
僕は少し言い過ぎたんじゃないかと思う。これで密告者が機嫌を損ねたら
せっかくの情報筋をフイにしてしまう。
大丈夫かな。
4月20日(金) 曇り
「私としても警察に言った方がいいという思いはあります。
でも言えないんです。というのも、ハッキリした証拠が無いからです。
ただし、事情を知ってる者からすればあの人が人殺しであることは明らかなんです。
動機は十分にあるし普段の行動から見ても犯人はあの人しかいません。
そこまで知ってて黙ってるのもつまらないでしょう?だから誰かに密告してやりたいと思ってるんですよ。
いちいち突っかからないで下さい。あまり調子に乗ってると大切な情報を逃してしまいますよ。」
「おかしいですね。メル友の話と処刑人が自分の知り合いだというのはどう繋がるんでしょうか。
それになぜ『処刑人』の名前を知ってたんですか?その人は人殺しかもしれませんが
『処刑人』だという保証はあるんでしょうか?あなたの知り合いの殺人鬼さんと僕の探してる処刑人は
本当に同一人物なんでしょうか。これで別人だったら僕としてはどうしようもないんですが。
(知り合いに人殺しがいる、と言われても僕にはどうしようもないのですよ。)
処刑人だったら僕のメル友たちをどうしたのか、とか色々聞きたいことはあるんですけどね。
悪い言い方ですが、密告者さんの話を聞いてると『知ってるフリ』して僕らを騙そうとしてるとしか思えません。」
情報交換してるのか喧嘩してるのかわからなくなってきた。
彼女は真剣に密告者側の情報を分析してるけど、僕はあまり信用していない。
メールの内容よりもこのやり取り自体が楽しいと感じるようになってきた。
結局のところ僕側の情報はほとんど明かしてないのにあっちがボロボロ話してくる。
こっち側の文章は彼女と一緒に考えてるけど、美希ちゃんは相手の揚げ足を取りがうまくて見てて勉強になる。
突き放せば突き放すほど相手は逆に食い下がってきてる。僕の心配なんて無用だった。
相手の心理を読むのがうまいのかもしれない。
4月21日(土) 雨
「こんな探り合いをいつまで続ける気ですか?
メル友の話と処刑人の話を繋げると私の素性が分かってしまうので言えるわけないじゃないですか。
『密告』は私の素性がばれずに済むから『密告』であって私のことを話してしまっては元も子も無いんですよ。
そんなこともわからないのですか?いい加減疑うのはやめてください。
ここまで来たら私の方から言ってあげましょう。
処刑人はSという人物です。ハッキリ言ってSは狂ってます。」
一見普通に見えるんですが言動がおかしくなってるんです。
間違いなく、人殺しです。これで満足ですか?あなたのことも聞かせて下さい。」
Sってだけじゃ何もわからない。
ただ、もしかしたら本当に処刑人を知ってるかもしれないという可能性も捨てきれない。
「なんかやたら私たちのことを聞きたがるわね。」と美希ちゃん。
言われてみればその通り。僕のことなんか知ってどうするんだろう。
毎日コンビニでバイトして生計を立ててますなんて言ったって何の意味も無い気がするけど。
彼女と同棲してることを教えれば少しは自慢になるか?
大した情報ではないにしろ、一応あっちも約束を守ったから僕の方も言ってやった。
「情報の提供ありがとうございます。今後もそのSなる人物の詳しい情報を教えてもらいたいと思います。
それにはまず約束取り僕の方の情報も提供しないといけませんね。
僕は都内でフリーターをしています。明かすほどのすごい素性ってわけでもないですよ。
貧乏暮らしではありますがインターネットができないほど困ってるわけでもありません。
言えることはこれくらいしか無いんですがよろしいでしょうか?」
本当にどうでもいいような情報だ。こんなことを聞くために律儀に毎日メールを書いて来てたんだろうか。
ネットの人の考えてることはよくわからない。
4月22日(日) 晴れ
「なるほど。虫さんのことはわかりました。
私が知りたい情報はとりあえずそれでも十分です。
これからもお互い情報交換といきましょう。虫さんのもっと詳しい情報を教えて頂ければ
私の方も処刑人情報を提供しますよ。何しろ私の身近にいるものですから。」
なんであんなので十分なんだろう。僕らは頭をひねるばかりだった。
そしてなぜやたら僕のことを知りたがるのかもわからない。
今日はバイトが休みだったので彼女を適当に話し合った。
ネットのことで一日中話し合いをしてると奥田がいた頃を思い出す。
僕は少し嫌な気分になったけど、彼女は真剣に考えをまとめていた。
「もしかしたら、『密告者』さんって私たちのことを疑ってるのかもしれないわよ。」
「信用できないってこと?信用できると思う方が変だと思うけど。」
「違うわよ。私たちを処刑人の仲間だと疑ってるのかもしれないってこと。そんな感じしない?」
「そうかな。いや、言われてみればそんな感じもしないでもない。」
「でしょ?だってさ。なんか高圧的な態度とってる割には私たちのことばっかり聞きたがってるし。」
「あげくのはてに自分から先に情報を漏らしてたしね。有り得るかも。」
「やっぱそうよ。普通はネットで個人情報聞きたがる場合ってさ。自分の近くにいる人をことを知りたがるものだけど
今回は逆なのよ。処刑人が近くにいるもんだから、私たちは全く関係ない人だってことを確認したいのよ。
「処刑人の影響の及ばない位置に居る人がいいってことなのかな。」
「たぶんね。要はこの人、処刑人が怖いのよ。ヘタに知った人に密告すると、バレた時に真っ先に殺される。
なにしろ処刑人はお知り合いなようだから。いつでもやられる可能性はあるのよね。」
「なるほど。でもなんか矛盾してない?そんな危険を冒してまで密告なんてするのかな。」
「うん。そこはあれよ。楽しんでるなんてのが嘘なのよ。」
そこで美希ちゃんは人差し指を立てて得意げに言った。
「この密告は、私たちに助けを求めてるのよ。」
相変わらず彼女の洞察力は恐れ入る。(というかずっと家にいるからそんなことばっか考えてたんだろう)
確かに一理ある。処刑人が身近にいる。自分もいつ殺されるかわからない。
警察に言おうにも証拠がないから言えない。そこで見つけた「WANTED処刑人」
正直に助けを求めればいいものの、ネットの人は信用できないものだから
「密告」という形でコンタクトをとろうとしたのかもしれない。
と、そんな結論に至ったわけだけど。
僕にどうしろと言うんだよ。
第23週
4月23日(月) 晴れ
密告者談義でまた熱くなった。
喧嘩腰だった方がこっちも言い返しやすかったけど、ヘタに友好的に来られてもそれはそれで困る。
なにしろ美希ちゃん曰く「助けを求めてる。」ものだからここで突っぱねるのもどうかと。
「どんな返事をしてやればいいかな。」
「うーん・・・ご要望通り情報交換してあげたら?処刑人のことも教えてくれるって言うし。」
「いっそのこと助けが欲しいんでしょって言ってやろうか。」
「どうかなぁ。私はしばらく様子見た方がいいと思うけど。まだあっちのこともよくわかってないし。」
それともここでまた少し冷たくしてみるってのも手じゃない?
これでまだ私たちと情報交換したがったら本物よ。相当助けが必要ってことよ。」
「そんな駆け引きしてる余裕有るかな。もし助けを求めるとかそんな話じゃなかったら
いたずらに突き放したおかげで大事な情報源をフイにすることになるかもしれない。」
「それは考えすぎだと思うけどな。」
等々議論は耐えなかった。話し合いばかりで結局返事は保留状態。
優柔不断な自分が恨めしい。
4月24日(火) 曇り
あっちから催促のメールが来た。
「お返事が遅れてるようですがアルバイトが忙しいのでしょうか?
私としては提供できる情報がたくさんあるのでメールも頻繁にやっても構いませんよ。
特に最近のSはかなり行動がおかしくなってきてます。
虫さんにとっても処刑人の近況は気になるところではないんですか?
人が狂ってるところを見るのはなかなかの見物です。
返事はすぐに出せるのでいつでもメールくれればすぐに情報提供しますよ。」
なんだこのわざとらしい誘い方は。あまりの態度の変わりように気持ち悪さすら感じた。
「よっぽどせっぱ詰まってるのか、それともただ単に構って欲しいだけのおかしな人か。どっちかね。」
確かにどっちにもとれる。ここぞとばかりに助けを求めてるのだろうか。
それまでの態度が高圧的だったから、素直に言えてないのかもしれない。
露骨に僕の興味を引こうとするのはおかしな話でもある。
彼女の言う「おかしな人」説もあながち否定できない。
また相手が見えなくなってきたので今日もわざと返事を書かなかった。
どうも信用できない。
4月25日(水) 晴れ
掲示板にまで書き込みを始めてる。
「最近更新されてませんね。虫さんはかなりお忙しいご身分なようで。
みなさんも処刑人情報をバンバン書き込みましょう。私しか提供者がいないと
虫さんが寂しがって出てこなくなってしまいますよ(笑)」
「みなさん」なんて言うほどここには人は集まってない。
これまでの書き込みも通りすがりのひとばっかでリピーターはこの「密告者」が初めてだ。
それもいつの間にか常連を気取ってる。何様のつもりなんだろう。
「やっぱり助けを求めてるだと思う。私たちが無視するものだから必死になって色んなアプローチかけてるのよ。
お友達感覚でやってみたけど見事に空回りって感じで。カッコ笑いなんてうちの掲示板じゃ似合わないのにね。」
「僕は単なるおかしな人だと思うな。これまでの情報もガセで僕らをおちょくってるんだよ。」
「だとしたら相当の粘着さんね。ある意味、亮平君のことを気に入っちゃってるのよ。」
「それはヤだな。ネットストーカーみたいなもんか。」
「うん。でも私は『助けて欲しい』説の方だと思うけど。というかそっちの方が面白くない?
パソコンとにらめっこして私たちに返事をしてもらおうと色んな策を巡らせてるのよ。
最初は優位なフリをしてたくせに、今では逆に情報交換を頼み込む側になってる。」
「ネットストーカーよりはそっちの方がまだマシ・・かな。」
「まぁ、どっちにしろロクな人じゃないことは確かね。」
掲示板への書き込みだけでここまで議論される「密告者」
無視すればするほどまた何かやってくれるかもしれない。
あっちからアプローチしてくるようだからもう情報源が断たれる心配は無いだろう。
僕が返事を書けば喜んで処刑人のことを教えてくれそうな勢いだ。
美希ちゃんの言うとおり、いつの間にか立場が逆転してる。
4月26日(木) 晴れ
メールが何通も届いた。
「掲示板にも書かれてないようですが、もしかしてお怪我でもされたんでしょうか。
一刻も早い回復をお祈りいたします。」
「追伸。Sの行動は最近ますますエスカレートしてきてます。
見てる私も気持ち悪くなるほどです。」
「追々伸。一度Sの行動をごらんになってはいかがですか?」
これはつまりオフ会のお誘いなんだろうか。話が随分と飛躍したもんだ。
エスカレートしてくれるのはSよりむしろ密告者の方じゃないのか?
このまま放っておくととんでもない方向に走ってしまいそうだ。
「いい加減何か返事書いてあげましょうよ。」と彼女が言うので仕方なく書いてあげた。
「すいません。バイトが忙しくて返事が遅れてしまいました。
さて早速で申し訳ないんですが、処刑人について具体的な情報を教えていただけませんでしょうか。
Sとかだけじゃどうも話が見えてこないので何とも・・・。掲示板でターゲットにされてた人たちとか
密告者さん自身のSとの関係なんかも教えていただけると助かります。」
ガセでもなんでもとりあえず話だけは聞いてやろうってことになった。
これで細かい話まで全部答えてくれたら、信用してもいい。
あまり期待はしてないけど。
4月27日(金) 曇り
「処刑人についてはあなたが集めた情報の中にちゃんと真実があったんですよ。
狂ったいじめられっ子の復讐劇。Sはいじめられっ子だったんです。
ただ、虫さんが入手した情報と違うのはSはそのままいじめっ子に対して復讐してるという点です。
私はイジメには加わってませんでしたが、端から見てもSはかなりのイジメを受けてました。
それも肉体的にではなく、精神的にです。その恨みが溜まって処刑人と化したのでしょう。
ということで、私はSと同じ学校に通う者だったんです。直接の関係はありません。
虫さんは学生さんでしょうか?学校に通ったことのある人ならどこかで必ずイジメを見てきたこと思います。
いじめられっ子がおかしくなるのも納得できる話ですよね。」
僕がパソコンの画面を熱心に眺めてると、側で彼女が口を開いた。
「ごめん、亮平君。私この前言ったこと訂正するわ。」
僕が顔を上げると美希ちゃんは画面を見据えたまま言葉を続けた。
「この人、私たちを騙そうとしてると思うんだけど。」
「騙す?これがガセだってこと?」
「うん。」
「ホントに?僕はてっきり本当のことだと思って感心してたんだけど。」
「素直に読んじゃったのね。でもちょっと考えてみて。話がうますぎると思わない?」
「そうかな。僕が集めた情報は正しかったんだって少し感動してたよ。」
「まさにそこが狙い目なんじゃないかな。要するに、私たちの情報を元に話を作ったのよ。
そうすれば私たちも信じると思ったのね。でもこんな穴だらけの話を早々信じるわけにはいかないよね。」
「穴だらけ?僕はなんかリアルだなって思っちゃったよ。」
「私もそんな偉そうなこと言えるわけじゃないけど・・ただ単にね。これにはネットの話が全然絡んでないなって思っただけ。」
「あ・・・。」
言われてみればそうだった。
処刑人の存在はネットが前提になってるはず。
いじめられっ子がいじめっ子に復讐するだけなら僕が探してる「処刑人」じゃない。
ネットで関係してくることと言えば掲示板での処刑宣言くらいか?
でもそれは僕のメル友たちとはなんの関係もない。例の風美だって絡んでこない。
同じ学校に通う者だって?そんな奴がなんで必死に僕に情報を提供するんだよ。
情報も行動も不可解なのばかりだ。
4月28日(土) 晴れ
なおもメールは届く。
「そうそう。面白い計画があるんです。虫さんにSを見てもらう、というものです。
ネットで自分を追ってる人が突然目の前に現れたらびっくりするでしょうね。
その時Sがどんな行動をとるか。見物だと思いませんか?
私が案内してあげるので何の心配もいらないですよ。
例え相手が狂人でも二対一なら勝てますから(笑)」
僕らはパソコンに張り付いたまま考えた。
「また変なこと言い始めたわね。これはどう見てもオフ会のお誘いだと思わない?」
「思う。しかもかなり露骨にね。」
「なんかこの人見てると『風美』のことを思い出さない?仮にオフ会をやっても同じ様なことが起きそうな気がするけど。」
「言えてるね。笑われるだけで終わりだ。」
「女っぽい話し方も怪しいし。実は男ってオチだったりね。」
「それくらいじゃもう驚きもしないよね。」
「あ、今思いついたけどもしかしてこの人が『処刑人』かもしれないよ。
ネットで知り合った人をオフ会に誘って皆殺し、なんてね。」
美希ちゃんはさりげなく怖いことを言う。
「冗談よ。こんなヘタな話で本当にオフ会に誘えると思う方がおかしいわよ。
本当にそう思ってるのだとしたら処刑人さんはかなりのおマヌケさんだと思うな。
だからむしろ、処刑人気取りのおかしな人かもしれないわね。」
彼女は笑い飛ばし、僕も一緒に笑ってたけど背筋にはひっそり冷たい汗が流れてた。
僕の中で急激に「密告者=処刑人気取り」説の株が上がってきた。
だから密告者にも思い切ったメールを書いてしまった。
「あなたの情報は信用できません。そんなので僕を誘い出そうとしてるんですか?
話としては面白かったですが、そこまでされるとさすがに僕も身を引くしかありませんね。
メールは今回で終わりにしようと思います。さようなら。」
処刑人の情報源を自分から断つのは少し惜しい気がしたけど、自分の身を守るためだから仕方ない。
彼女も「まぁしょうがないわよね。こんなガセ情報を追っかけても意味無いもんね。」と納得してくれた。
その通り。相手が処刑人本人だったらもっとうまい方法で接触してくるだろう。
処刑人気取りのおかしな人だったら、僕の身が危険だ。
殺されても「処刑人の仕業」で片づけられるかもしれない。いすれにしろ懸命な選択と言える。
なにげにまだちょっと怖かったりもする。
4月29日(日) 雨
世間ではGWの始まりらしいけど、僕の生活スタイルは変わらない。
コンビニにくる客が増えるくらいだ。僕は相変わらずバイトして帰ってネット。バイトは気が向いた時に休む。
美希ちゃんも変わらない。家事をして買い物行って僕が帰ったら一緒にパソコンに向かう。
主婦のようで主婦でない。僕もサラリーマンのようでそうじゃない。
ただ惰性的に生きてるだけ。悪くない。
そんな中に唯一ネットから外の世界からの干渉がある。
「密告者」がしつこくまとわりついてくる。それも見てて痛々しいほどに。
「待って下さい。私の情報は本当なんです。今虫さんとのコンタクトが断たれると非常にまずいんです。
私の知ってる限りの情報を提供しますのでどうかもう一度だけチャンスを下さい。
生意気な態度を取ったことに関しては謝ります。なんでも疑問があったら言ってください。すぐにお答えします。」
「哀れね。」と彼女が言った。僕もそう思う。
ただ、こんなに頑張ってるのにないがしろにするのはかわいそうだった。
「ここまで言うなら本当かもしれない・・とは思わないけど、もう少しだけ続けてみる?」
彼女は「仕方ない」といった顔をして頷いた。
リアルで干渉してこない限りは僕の身も安全でいられると思う。
ネットのままなら大丈夫。うん。相手の姿が見えないかわりに、僕の姿も見えてない。
メールごときじゃ死にはしない。
第24週
4月30日(月) 曇り
昨日送ったメール
「そこまで言うなら続けましょう。僕としても処刑人情報を得られるのは助かりますからね。
まず知りたいのは掲示板に書かれてた人たちです。あの人たちは処刑人とどんな関係があるんですか?
処刑人がわざわざネットであんなことを書く理由も気になります。
あと、もっとも知りたいのは密告者さんはなんで僕とコンタクトを取りたがってるのかってことです。
非常にまずいことってなんしょうか。そこら辺のことも教えてもらえると助かります。」
今日来た返事
「お返事ありがとうございます。一つ一つ答えていきたいとおもいます。
まず掲示板に書かれてたターゲットの人たち。あれは全てSをいじめてた人たちです。
あの中には私の友人も含まれてて、今まさに狙われてるところなんです。
私は彼女を助けたいと思ってます。けど狂気のSに一人で立ち向かうのは難しいと思って虫さんに助けを求めてるわけです。
Sがなぜネットにあんなことを書くのかは私もわかりません。自ら首をしめてるようなものですからね。
Sの行動には私たちにも理解できない不可解なことがたくさんあるんです。まさに狂人です。」
「なんてこった。」と口に出して言ってしまった。
こいつ、本当に助けを求めてたのか。いや、これもまたフリだけなのか?
美希ちゃんは「私にはもうよくわかんない。様子見ることにするわ。」と頭をうなだれるばかりだった。
どこからどこまでが本当なのか。僕にだってわからない。
わかったら苦労しない。
5月1日(火) 曇り
僕のメール
「あと気になるのは、なぜそんないじめられっ子の復讐が、ネットで話題になるかってことです。
処刑人に関してはいろんな噂がありますけど、なんらかの出来事があったからこそ噂ってものができたんだと思うんです。
火の無いところに煙はたたずってやつですね。とにかくそのSとネットの絡みです。
Sはリアルでも『処刑人』と名乗ってるんですか?そうでないとしたら、なぜ密告者さんはSが処刑人だとわかったんですか?」
密告者のメール
「私は虫さんのサイトで数々の噂を知ったんですが、掲示板を見てるとどうも結構有名なようですね。
なぜそんなに広まったのかは私にもわかりません。おそらくSがターゲットを募集するのにネットを利用するからじゃないでしょうか?
私もそれで処刑人がSだとわかったんです。Sをいじめてた人の名前が連なってて、Sの行動もまさに『処刑人』のとおり。
事情を知ってるものなら誰でも気づきますよ。あと、ネットでは不特定多数の人が見ますからね。
ああゆう不謹慎なものは返って喜ばれたんだと思います。
だから噂として広まって、だんだん尾ひれがついてきていい加減な噂も出てきたのかと。
(ターゲットにされた人にとっては迷惑以外なにものでもないですけどね。)
ただ、タチの悪いのはSは散々募集しておいて誰をターゲットにしたのか言わないところです。
私は身近にいるので誰を狙ってるのかよくわかるんですけどね。」
なかなかうまく答えてる。僕は少し納得してしまった。
美紀ちゃんも感心してた。これはひょっとするとひょっとするかもしれない。
まだ油断はできないけど。
5月2日(水) 雨
5月のはずなのに寒い。バイトに行くのも億劫だった。
最近は家に帰ってからのメールチェックが楽しみになりつつある。
日に日に新しい情報が入ってくるから。
昨日送った僕のメール
「なんとなく話の流れは見えてきたんですが、まだわからないところもあります。
僕のメル友たちと処刑人の関係も大きな疑問です。
これを密告者さんに聞くのは筋違いかもしれませんが、僕にとってはかなり重要なことなんですよ。
なにしろ彼女たちに処刑人のことを教えてもらったわけですから。
密告者さんの持ってる情報の中に、それらしきことはありませんか?」
今日の密告者のメール
「彼女たち?メル友さんは女性の方だったんですか?
だとしたらやはり以前虫さんが予想してた通り、メル友さんはあのターゲットの人達だと思います。
ターゲットの人達はほとんど女性だったのは覚えてますよね?
彼女たちの事情に詳しい友人がいるので私も確認してみましょう。
追って報告します。」
この返事次第では僕の疑問は一気に解決。ただし、その情報が本当だったらの話だけど。
見極めるのは難しい。
5月3日(木) 雨
四連休に突入したせいか客の入りが多かった。
雨も降って他に行くところもないような人達だ。
美希ちゃんも駅前まで買い物に行っただけで人の多さに呆れてた。
僕らのように世間の流れから離れたところで生きてる者には休日なんて関係ない。
密告者からのメールもGW関係なくいつものペースで届く。
「どうもあのターゲット=虫さんのメル友は間違いないようです。
知り合いに確認したところ、彼女たちはメールのやり取りを頻繁に行ってたそうです。
その知り合いはパソコンを持ってなかったので仲間には加わってなかった、とのことです。
さらに、彼女たちは『見たこともない人とメル友になっちゃった』と自慢してたんですよ。
知り合いに言われて私も思い出しました。そういえば確かそんなことを言いフラしてた気がします。」
これが正しいとなると、僕のメル友たちは同じ仲間同士だったと考えられる。
だからみんな処刑人のことを知ってた?いや、そもそも僕はどう扱われてたんだ?
当時みんなは「リョーヘイ」からメールをもらってたことになる。
お互いで情報交換をしてればすぐにみんな共通のメル友を持ってることくらいわかるんじゃないのか。
これで散々悩んでると、美希ちゃんが素晴らしい解説をしてくれた。
「たぶんお互い同じメル友を持ってることは知らなかったと思うよ。
ネットでメル友を始めるときって、とりあえず大勢にメールを打ってみるものなのよ。
それで返事来た人とメール交換を始めるの。ピンポイントで一人に絞るってことはまずないと思うわ。
亮平君自身もそうだったでしょ?数人同時にやってたよね。」
だから彼女たちも亮平君だけだったわけじゃないと思う。ましてや女の子だからメル友なんてたくさんいたんじゃない?
自分から募集したら鬼のように届くのよ。ネットには女の子と知り合いたがってる人多いから。
で、そうなるとお互い情報交換したところで、ひとりくらい共通した人がいてもわかりゃしないわ。
まぁこれはあくまで亮平君のメル友=処刑人のターゲット説が正しければって話だけどね。」
実に。僕が新たに付け加えることは無い。
だんだん密告者の話は正しいんじゃないかと思うようになってきた。
完全に本当だと思うわけじゃないけど、信用度は徐々に増してきてる。
今日はさらに突っ込んだ質問をしてみた。
「その知り合いってのは例の処刑人に狙われてるお友達なんですか?
となるとその人は当然『S』さんをいじめてた人ってわけで・・・
僕が言うのも何なんですが、ちょっと自業自得な部分があるんでは?
情報を提供してもらってる身でありながら失礼なこと言ってすいません。
密告者さんがその知り合いの方と親しいようだったら何も言いませんけど・・・
でもやっぱりいじめっ子が復讐を受けてるだけの話だったら、僕に助けを求められても困りますよ。
むしろ処刑を奨励してしまいそう。(不謹慎でしたね。失礼。)」
少し嘘を書いた。本当は単なる復讐劇であっても、処刑人の姿は拝んでみたい。
助けるつもりが無いのは事実。
5月4日(金) 曇り
「違います。彼女はいじめっ子ではありません。ただし、ターゲットの中には入ってる人です。
前は『全員いじめっ子』とアバウトに言ってしまいましたが、正確には違うんですよ。
ひどい話ですが、Sはいじめっ子でない人まで巻き込んでるんです。」
今狙われてるという別の友人は若干イジメには加わっていたようですが、すぐにやめたそうです。
復讐されても文句は言えないようなイジメをしてたのは三人だけです。
しかもその三人は、既にSの手で殺されてるんですよ。
Sは何を勘違いしてるのか、既に殺した人までターゲット募集のリストに加えてますけど。
そこら辺が狂人ゆえの倒錯なんでしょうね。
ちなみに殺された人は、牧原公子、岡部和雄、板倉聡美の三人です。虫さんも心当たりありますか?」
心当たり、大アリだ。この人達は風美が掲示板で「処刑人の被害者」と言ってた三人じゃないか。
「ちょっと目が離せなくなってきたわね。」と美希ちゃんが言った。
確かに。この密告者は割ときちんと答えてる。それになかなか興味深いことばかり言ってる。
最初が最初だけにまだ疑いが晴れたわけじゃないけど、関わる価値はありそうな話ではある。
「一応僕のメル友はみんな女性でしたが、どうもその三人の中には男性もいるようで。
でも今時ネットオカマなんて珍しくもないからあり得ない話ではないでしょう。
僕はメル友の本名は知らないので、本当に彼らが僕のメル友だったのかは定かではありません。
ただし、密告者さんのお話からその可能性も高いんじゃないかと思うようになりました。
さて、これが最後の質問になります。僕はこれまで処刑人を追いかけてる中で、『風美』という人物と何度か接触しました。
メールで何度かやり取りしたのちにオフ会にまで至ったんですが、結局は会えず仕舞いでした。
彼は自ら処刑人の手下だと名乗り、他にも『K』やら『ケイ(この場合はネカマ)』などと名前を変えてます。
彼について何か心当たりありませんでしょうか?」
こいつの存在だけは、密告者の話の中からでも見えてこない。
単に処刑人の手下を名乗ってるだけの騙りだとは思えない。
奴は例の三人の名前を知ってた。絶対関わりがあるはず。
もしかしたらこいつが「ネットで噂の処刑人」と「いじめられっ子の復讐劇」を繋ぐカギになってるのかもしれない。
って考え過ぎか。
5月5日(土) 曇り
「申し訳有りませんが風美という人は知りません。
学校にも風美って名前の子はいないです。風美はハンドルネームでしょうか?
いずれにしろ周りにはその名前を使ってる人はいないので・・
お役に立てずにすいません。
とりあえずこれで最後の質問ということでしたね。
どうでしょうか。私は全部答えたつもりなんですが。
前にもいいましたが、Sに立ち向かうには男手があった方がいいと思ってます。
何しろ女子校なものだから知り合いに男性がいないんですよ。
だから虫さんに事情を説明して協力してもらおうとしたんです。
今時ネットで知り合いを作るのも普通かな、と思ったので。
顔も見たこと無い人に頼むのも恐縮なんですが、是非ご協力お願いします。」
女子校ということで密告者は女だと確定した。
でも美希ちゃんは「ネカマかもよ。」とまだ疑ってる。
そこまで疑ったらこれまでの話を全部疑わなければならない。
とは言っても完全に信じるのは怖い。
「実際会うのは勘弁して下さい。僕もオフ会で色々嫌な目に会ってるもので。
でも相談くらいなら乗りますよ。せっかくたくさんの情報を教えてもらったわけですからね。
これまで通りメールでのやりとりに留めておきましょう。
それでよろしければメールを続けましょう。
そんなの意味無いからいいやというのならこのままメールの返事はしなくて構いません。」
これが僕らの出した結論だった。
真偽の探求と深入りの危険。その境界を見極めないとネットでは生きていけない。
全部がお互いの思い通りにってわけにはいかないんだ。僕らのラインは提示した。
あとは向こうの判断に委ねるだけ。
5月6日(日) 晴れ
きちんと返事が来た。
「相談だけでも乗っていただけると助かります。是非メールを続けさせて下さい。
学校の人達はSのことには関心がないんですよ。だから相談できる相手すらいなかったんです。
結局みんな『イジメは関わらないのが一番』と考えてるんでしょうね。復讐が始まっても同じ。
ましてやわざわざ狂人と関わろうなんて人はいるわけがありません。
でも巻き込まれた人達はかわいそうです。だから私は助けたいんです。
加勢して頂けないのは残念ですが、考えみれば無茶な頼みでしたからね。
いきなり見知らぬ人の話を信じろと言ってもそうそうは信じるわけにもいきませんよね。
その点については私も反省しています。(最初に変な態度で接してしまったのも反省してます。)
メールだけでも十分ありがたいです。これからもよろしくお願いします。」
すんなり受け入れられて少しびっくりした。もう少し波が立つかと思ったのに。
どうしても僕らと縁を切りたくなかったみたいだ。それほど他に頼れる人がいないってことか?
「WANTED処刑人」の管理人ゆえの優越。まぁそんなたいしたものでもないけど。
なにはともあれこれで僕らと密告者のスタンスがハッキリした。
完全にメル友状態。これで良かったんだろう。
「いや、あっちはまだオフ会を諦めてないと思うわ。何度もメールして仲良くなったら
またチャンスが生まれるじゃないかと思って続けることにしたのよ。」
彼女は相変わらず話の裏を読む。言ってることは一理あるけど。
それもそれでいい。このメールを続けることで何が起きるかなんてわかるわけないじゃないか。
メル友か。考えてみると僕は少し臆病になってるのかもしれない。
前はもっと積極的だった気がする。オフ会のチャンスがあればガンガン行ってたような。
なんで今回は断ってしまったんだろう?処刑人気取りのおかしな人じゃないかと疑った時、身の危険を感じたからか?
危なくなったら逃げればいい。そんな発想が無くなってしまった。
身近な人の死をリアルに体験したせいか。死の危険に敏感になってる。
奥田は決してネットで殺されたわけじゃない。けど、今なお僕の心を捕らえ続けるこのモヤモヤとした気持ちは何だろう。
処刑人に関わった者は死ぬ・・・?いやまさか。それなら僕が真っ先に死ぬことになるはず。
処刑人のせいにしてはいけない。奥田の死は僕の責任だ。
奥田。密告者ってやつとメール交換することになった。
これでまた少し処刑人に近づいた気がするよ。
美希ちゃんもネットのことであれこれ考えてる時は楽しそうだ。
僕らはお前の死から立ち直りつつある。けど、決して忘れてたわけじゃない。
忘れられるわけないじゃないか。
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第7章