絶望の世界A −もうひとつの僕日記−
第1部<内界編>
第7章
第25週
5月7日(月)
メル友ができたからと言って普段の生活が変わるわけでもない。
バイトはこれからも続く。ネットをするにしろ、僕らは生きなければならないんだから。
美希ちゃんが「私、まだ働かなくて大丈夫?」と聞いてきた。
ネットに集中してたおかげで奥田の傷が癒えつつあるのは事実。
ふと世間の目を考えた。人の噂は75日、だったかな?
奥田が死んでまだ二ヶ月。もう少し待った方がいい。
「まだ平気だよ。やってることと言ったらネットくらいじゃないか。
特にどこかにでかけるワケでもない。質素な生活だから当分は大丈夫だよ。」
彼女は笑って頷いてた。
今の僕らの唯一の趣味であるネット。「密告者」にメールを書いた。
「さて、さっそく相談に乗りますよ。どんな相談に乗ればいいんでしょうか?」
虫さんの処刑人相談室の始まり。
そんな感じかな。
5月8日(火) 雨
早速お悩み相談が来た。
「最終的な目的としてはSをどうにかすることなんですが、まずは目先の問題を解決したいと思ってます。
今Sに狙われてる友人・・ターゲットのリストに載ってる細江亜紀です。
彼女を助けるのが先決。だから、Sに対抗する手段を一緒に考えて欲しいんです。
私は武力に訴えようと思ってたので男手が欲しかったんですが、そうもいかなくなったので
何か別の方法はないでしょうか。」
なるほど。僕がオフで会えば問題は一気に解決したのに、というさりげない皮肉まで見てとれる。
そこまで突っ込む気はないけど、いきなり別の方法を、と言われても対処のしようが無い。
まずは敵となるSについて詳しく教えてもらわないと。
「わかりました。一緒に考えていきましょう。
僕はそのSなる人物についてよく知らないので、まずはそこから教えてもらえないでしょうか。
体力的に強いのか。頭が良くて卑劣な罠でも仕掛けてくるのか。そこら辺はどうなんでしょう。」
女子校らしいからSも間違いなく女。となると体力は大したことないかもしれない。
男の僕が出ていけば勝てるかもしれない、という考えも納得できる。けどやっぱりそれは・・・
ご遠慮頂きたい。
5月9日(水) 曇り
「Sは体力に関しては並の女です。精神的に狂った状態にあるので知力もさほど無いと思います。
一番の問題はSは『狂ってる』という点です。このおかげで彼女たちは抵抗しようにもできないんです。
善悪の判断がつかなくなってるのか、限界というものを知らないんですよ。
正常な神経はもう欠片も残ってでしょう。この前は皮のベルトをムチ代わりにして亜紀をぶってるところを見ました。
彼女の話によると整髪スプレーを顔面に吹きかけてきたりもするそうです。
ヘタに抵抗すると殺されてしまい兼ねないんですよ。」
そのSって奴は相当危ない奴だ。
狂人ってどんなんだろう?不気味な女を想像して鳥肌が立った。
美希ちゃんが「意外とかわいかったりして。」と茶化した。
そんなのあり得ない。例え美少女でも頭がおかしかったら払い下げだ。
他人事だからまだこんなに茶化せるけど、実際側にいたら相当嫌だろうな。
しかもそいつに狙われるなんて。藁をもすがる思いでネットに助けを求めるのもわからなくはない。
「話を聞くと亜紀さんという方はかなりご苦労されてるようですね。
友人がそんな目に合ってるのを見たら助けたくもなりますね。
これに関わってるのは亜紀さんと密告者さんともう一人、ターゲットのリストに載って人の三人だけですか?
他に援軍がいれば数で勝てるかもしれないかな、と思ったんですけど。
例え狂人でも一斉に抵抗されたらひとたまりもないでしょう。
もしくはいっそのこと警察に相談してみては?傷害事件で取り扱ってくれるかもしれませんよ。」
何にしろ警察に行くのが一番だと思う。
僕のように奥田が死んだ時、自分にやましいところがある時は話は別だけど。
警察が関わると問題は一気に解決するけど、コトが荒立つのが難点だ。
まぁ今回は他人事だからそこら辺のことはどうでもどうでもいい。
これがベストの解決法じゃないかな。
5月10日(木) 曇り
「Sの問題に関わってるのは学校内では三人だけです。私と亜紀と田村喜久子(ターゲットの一人です)。
他に援軍になってくれるような人はいません。先生でさえ頼りになりません。
そもそも頼れる人が居れば最初から虫さんに相談しませんよ。
あとは警察ですか。人が死んでるのに逮捕してくれなかったんですよ?
だからあまり信用できないんですよ。ヘタに騒いで逮捕してくれなかったらあとの復讐が怖いですからね。
既に殺された三人はSのイジメに関わってたので自業自得と言えば自業自得ですが
残りのターゲット二人に関しては巻き込まれただけのかわいそうな人達ですから。
なんとか助け出す方法は無いでしょうか。」
要はそのSを倒せばいいんだな。
なんだか軍師みたいになってきた。ネット越しで殺人鬼を追い詰める。
間違いなく美希ちゃんは楽しんでた。「どうやってやっつけようか。」と嬉しそうに話す。
ちょっとしたゲームみたいなものだ。仮に失敗したとしても僕らには被害は及ばないし。
あっちが真剣だったらこんないい加減な対応はかわいそうかもしれないけど・・
話もまだ完全に信用できてるわけじゃないので大丈夫だと思う。
ちゃんと相談に乗って上げてるだけでも十分良いことをしてるじゃないか。
「すいません。言われてみればその通りでしたね。援軍がいたら僕が相談に乗る意味がなかったんでしたね。
さてじゃぁ本格的にSの攻略法を考えていきましょう。
ちょっと考えたのが、Sの親に言ってみるってのはどうなんでしょうか。
狂人となった娘に親が気付かないわけがないと思うんですが。
親御さんを言いくるめてアタマの病院送りにしてもらえれば解決するのでは。
Sの家族構成とかはどうなってるんでしょうか?」
警察がダメとなれば病院だ。
本当は捕まってから病院行き、が一般的な順番だとは思うけど。
実際に言動がおかしいのなら病院直行も言い訳も立つんじゃないかな。
昔から狂人の行き着く先は決まってる。
5月11日(金) 曇り
「家族ですか。Sとは全然親しくないので詳しいことはわかりませんが確か普通の家庭だったと思いますよ。
ただ、Sがあんな様子なのに何の対処もしてないところを見ると
娘に興味がないのかそれとも諦めてるか、ですね。
病院送りは良い案だと思うんですが誰が自分の娘を進んで病院に放り込むような真似をするでしょうか?
もう少し具体的な対処方が欲しいところです。
あの、相談に乗ってもらっておいてこういうのも何なんですが、できるだけ早く対処したいんですよ。
というのも、どうやら現在のターゲットである細江亜紀への『処刑』は完了したらしいんです。
殺されたわけじゃないんですが精神的にはかなりやられてしまったようです。
Sの次の行動が気になるので私もどうやって対処したらいいのか必死に考えてるんですが
虫さんに相談に乗ってもらう前からずっと考えてても何も出てこなかったものですから・・。」
相談に乗ったからには良い案を出せと。なかなか自分勝手なことを言う奴だ。
最も「男手を募って武力で征する」という案が潰れたのだから必死になるのはわかるけど。
「精神的に処刑ってのもすごいわね。」と美希ちゃん。
亜紀さんなる人物がどんな風に追い詰められたのか少し知りたくもある。
なんだかどんどん処刑人Sのイメージがひどいものになっていく。
殺人だけじゃなくて人を廃人まで追い詰める狂った少女。
なかなかお目にかかれるものじゃない。
「狂った娘をほったらかしにするなんてかなりひどい親ですね。
もしかしたらわかってて敢えて病院に入れてないかもしれませんね。
世間体を気にして何も気付かないフリをしてるとか。
娘が狂人だなんて知られるのが嫌なんでしょうね。(娘が人殺しだと知られるのはもっと嫌でしょうけど)
では密告者さん側としてはどんな対処をすればいいのか?
とりあえず様子見じゃないでしょうか。今のターゲットが『処刑』されたんなら次のターゲットが決まるまでは
何も動けないと思います。それか今の空白の間を利用して逃げてしまうとか。」
どうもあまり良い案が出てこない。
警察もダメ、病院送りもダメ、自分たちだけでどうにかしなければならない。
随分制限の多い相談だ。急いで考えろって言ったってそんな簡単に名案なんか思いつくわけないじゃないか。
僕が愚痴ってると美希ちゃんが素晴らしいことを言った。「私たち暇人には考える時間はたっぷりあるけどね。」
確かに。
でも出ないものは出ない。
5月12日(土) 晴れ
今日は二通届いた。
一通目
「逃げれるものなら逃げてますよ。でもSは追ってくるんです。
一度亜紀も逃げて家に閉じこもったんですがSは家にまで来たそうです。
ああ、ホントにどうしようか悩みます。亜紀にしてもとりあえず処刑は済んだもののいつ殺されるかわからない状態です。」
もう一人の田村喜久子に関してもそうです。Sから狙われたらひとたまりも無いんです。
今、二人の友人を救えるのはSとは関わりのない私だけだと思ってます。
それに虫さんという相談役もいますからね。なんとか突破口はないでしょうか。」
二通目
「すいません。今日二通目です。このメールが届いたらすぐに掲示板を見てください。
Sが書き込みをしています。例の出会い系のフリー掲示板のところです。
管理者に消される前にすぐに確認をお願いします。」
確認した掲示板の書き込み
********
淫売女狐下僕化完了。次のターゲットを募集する。
失格教師 岡部和雄
鬼畜女王 牧原公子(逃亡中:見つけ次第処刑予定)
能無下女 板倉聡美
淫売女狐 細江亜紀(下僕化)
寄生蛆虫 田村喜久子
********
昨日までの投げやりな態度から考え方が一気に変わった。
ついに処刑人をリアルタイムで発見した。間違いない。確かに書き込まれてる。
「WANTED処刑人」においても何人かが処刑人書き込み情報を報告していた。
みんなが動いてる。いや、これすらも誰かの自作自演なのか?
僕はまだネットでしかその存在をしらない。密告者すらも顔を見たことがない。
信じていいのか?どこからどこまでが本当なのかわからない。
僕と同じように処刑人の書き込みで一気に真剣な表情になった美希ちゃん。
「ネットでの情報の真偽なんて、誰にもわからないわよ。」
そうだ。とりあえず信じるしかない。
Sは処刑人で今まさに次のターゲットを募ってる。メールアドレスまで乗っけてる。
ここにメールを送れば誰かに届く。それだけは確かだ。
処刑人当てにメールを送った。
「あなたは本当に人を処刑してるのですか。人殺しじゃないですか。」
いきなり処刑人と接触。こんなに早く実現するとは思わなかった。
突然のことに正直まだ心臓がドキドキしてる。言うべきこと、考えなければならないことがたくさんあったはずなのに。
こんな簡単でいいのか。こんな簡単に会えてしまっていいのか。
僕と美希ちゃんは妙に慌ててしまってとりあえずメールを送っただけで他に何もできなかった。
あれだけ謎に包まれてたのにいきなり本人が登場だなんて・・・戸惑うよ。
参ったな。どうしたらいいんだ。
5月18日(日) 晴れ
「処刑人」からメールの返事は来なかった。
処刑人にメールを送ったことを報告すると「密告者」は喜んでくれた。
「さっそくメールを送ってくれたんですか。行動が早くて頼もしいです。
でも処刑人からの返事はなかなかもらえないんですよ。
というかちゃんとメールを読んでるのかも疑問です。
私もターゲット募集が有るたびに送ってるんですが(もちろん今回も)一度も返事は来ませんでした。
ああいう不謹慎なネタはネットでは歓迎されるでしょうからね。
私や虫さんのメールも何十通も届くメールの中の一つに過ぎないんじゃないでしょうか。
ただ、私たちにはリアルの処刑人を知ってるという強みがあります。
今回はネット側に虫さんという味方がいるので、私も心強く思ってます。
リアルとネットで攻めればなんとかSも落とせるかもしれませんね。」
処刑人は返事をくれないのか。
言われてみればその通りの話だ。甘く考えすぎていた。
処刑人情報を集めてるからと言って、それが「処刑」を妨げることには繋がらない。
そもそもあっちは「WANTED処刑人」の存在すら知らないんじゃないのか?
サイトはずっと前からあって、処刑人のターゲット募集も前からやってるわけだから
これまでに誰かしらチクった奴がいるはずだ。なのにあっち側からはメール一つ来た試しはない。
知っててほったらかしにされてるのか?それともチクリメールはまだ誰も送ってない?
せっかく処刑人にたどり着いたと思ったけど、どうやらまだまだ先は長そうだ。
美希ちゃんがまたうまいことを言った。
「私たち、ようやくスタートラインに立てたって感じよね。」
そう。僕らは処刑人を目撃できただけに過ぎない。これまでは処刑人情報を集めてるくせに見たことすらなかった。
やっとみんなと同じラインに立てたってことだ。
ただし、僕らは「密告者」という裏道を握ってる。
うまく活用すれば早めにたどり着けるかもしれない。(これが本当のゴールかはわからないけど)
でもこれだけは確実に言えるんじゃないかな。
処刑人にまた一歩近づいた。
第26週
5月14日(月) 晴れ
「あなたに合ったメル友探し!」のフリー掲示板にアクセスするともう処刑人の書き込みは消されていた。
「誹謗・中傷・個人情報の公開等、当サイトにふさわしくない書き込みは削除します」と
掲示板のトップにデカデカと宣伝されているのが妙に面白かった。
狂人相手にそんなこと言ったって聞くわけ無い。
でもなんでSはこんなメル友探しの掲示板なんかに書き込んでるんだろう。
処刑ターゲット募集なんて、アンダーグラウンドな掲示板の方が似合ってるのに。
ご本人に直接聞いてみた。
「なんでわざわざメル友探しの掲示板に書き込んでるんですか?消されるのは目に見えてるじゃないですか。
無法地帯なところに書き込めばもっと歓迎されると思いますけど。」
返事がもらえないとはわかっててもつい送ってしまう。
何回も送ってればひょっとしたら返事をくれるかもしれない。
淡い期待を抱いて送信。
5月15日(火) 曇り
返事の期待できない処刑人へのメールばかりでなく(やっぱり返事は来なかった)
ちゃんと「本職」の方にも身を入れなきゃいけない。
「密告者」にも返事を書いた。
密告者のメール
「処刑人へのメールは私も何度も送ってるんですが相変わらず返事は来ません。
虫さんもそんな感じでしょうか?Sの方はまだ沈黙を守ってます。
リクエストの様子をうかがってるんだと思いますよ。
誰がターゲットになるかで私たちも行動を考えないといけませんね。」
今日送った返事
「僕も返事は来てないです。やっぱり早々はもらえないんですね。
あと、一つ聞きたいことがあるんですよ。僕のサイトの存在は既に知られてるのかってことです。
相手もネットをしてるというのであればどこかで目に入ってるかもしれませんよね。
このサイトが立ち上がってから結構経ってるんで誰かがチクったとしてもおかしくないんですが。
それによって僕の行動も変わってくるんですよ。」
そして処刑人へのメールも忘れない。
「あなたは何者なんですか?掲示板でターゲットを募集させて何をするつもりなんですか?」
仕事が多くなってきた。
5月16日(水) 曇り
「Sは虫さんのサイトの存在は知らないと思いますよ。
頭の中はそれどころじゃないですからね。人を殺そうって時に、のんきにネットサーフィンなんかしてないんじゃないでしょうか。
それにSは主に携帯の方でメールを受けてるらしいんですよ。授業中しょっちゅうピリピリ鳴ってるって話です。
誰かがチクったとしてもアクセスできないんじゃないでしょうか?
学校のパソコンを使えば見ると思ったんですが、ただでさえ大量のメールが送られてくるのに
わざわざアドレスを打ち込んでまでアクセスしてくれませんでした。
次のターゲットは誰になるのかまだわかってません。
掲示板で発表したり言葉で言うわけじゃないですからね。
Sがちょっかいを出し始めた人がターゲットだと判断してるだけなんで・・・。」
ターゲットがまだ決まってない。
ここで美希ちゃんがある作戦を閃いた。
「私たちもリクエスト送ってみたらどう?ターゲットをもう死んだ人、板倉さんと岡部君だっけ?
この二人のどっちかにさせるの。そしたら密告者さんのお友達はとりあえず無事ってことにならない?」
僕は思わず「おお!」と叫んだ。
相手が狂ってるのを逆に利用する。既に自分が殺したにも関わらずターゲットの選択肢に入れてる。
そいつをターゲットに選んだら・・・どうなるんだ?
いつかはもう死んでることに気付くかもしれない。でもそれまでは確実に時間を稼げる。
目からウロコの救出作戦。さっそく密告者にも協力を要請しておいた。
三人で鬼のようにリクエストを送れば間違いなく候補にはあがってくる。
板倉さんと岡部君のどっちを殺すかって迷ってくれれば、田村さんって人の安全は保証される。
必要なのは若干の手間だけ。何の問題もない。いいことだらけじゃないか。
素敵すぎる作戦に俄然やる気が増してきた。
5月17日(木) 晴れ
「それいいですね!もっと早く気付けば良かったです。
亜紀が狙われる前にやっておけば・・・ってこれはもう後の祭りですね。
今は喜久子を助けることに全力を尽くします。
私もかなりメールを送っておきましたよ。同じメールアドレスからだけどたぶん大丈夫だと思います。
何しろ相手はアタマがおかしいですから(笑)気付くわけないですよね。」
一つ問題が発生した。
「同じアドレスでメールを送りまくっていいものか?」
密告者は大丈夫と言ってるけど僕はどうかと思う。
いくら相手のアマタがおかしいからってもし気付いたらどうするんだ。
怪しまれたらせっかくの作戦もパーになってしまう。
と、かなり意気消沈してたけど問題はあけなく解決した。
アドレスを変えればいい。ただそれだけのこと。
メーラーの設定で自分のアドレスの欄と名前の欄を適当なものに変える。
それだけで違う人物のフリしてメールは送れる。
これだと仮にSがそのメールに返信したとき、僕が取得してるアカウントのメールじゃないから
適当に打ったアドレスの持ち主が存在しない限り、メールはリターンしてしまう。
つまりSのところにメールが戻ってきてしまって嘘メールがバレてしまう。
けどそれは、美希ちゃん曰く「相手は返事はくれない人だから大丈夫よ。真面目なメールにも返事くれなかったし。」とのこと。
わざわざ無料メールのアカウントをとるのもバカバカしいから
こっちの方法の方が簡単だったので採用させてもらった。
鬼のようにリクエストメール。
板倉さんを殺せ。岡部君をヤッテクレ。次のターゲットは失格教師だ。能無し女をターゲットにしろ・・・
岡部君が教師だったことに最近気付いたけど、構わずに呼び捨てしまくった。板倉さんにしても同様。
悪ノリして書きすぎたかもしれない。まぁやりすぎくらいが丁度いいと思う。
さてどうなるかな。
5月18日(金) 晴れ
「Sはまだ誰かを襲う様子はありません。まだターゲットは決まってないようです。
リクエストもかなり送ったのでたぶん効果はあると思うんですけど・・
誰をターゲットにするのかハッキリと知りたいですよね。」
確かに。誰かを襲って初めて分かるってのは効率が悪い。
もし作戦が失敗していきなり田村喜久子さんが殺されてしまったら元も子もない。
作戦が成功していても、既に板倉さんか岡部氏を狙ってて見えないターゲットを探してる状態であったら
僕らはいつまでも無駄に待ってなきゃいけない。
狙ってる人が誰かわかれば、先回りやら何かできることはあるかもしれないのに。
僕らの方で何とか考えてみて、とりあえうず「本人に聞いてみる。」という結論に達した。
ただし、前みたいにいきなり質問メールを送っても返事が来ないことは目に見えてる。
そこで今回は有る程度布石を打ってメールを送ることにした。リクエストを送りつつ、質問も交える。
嘘リクエストメールはもう送らないで僕のメールだけ注目させるようにする。
「WANTED処刑人」の存在は知られてないってことなので、「虫」の名前を知られても問題は無い。
敵じゃないことをアピールすれば少しくらいは返事をくれる確率が高まるだろうってことで。
「それでも、ほんの少しマシになるくらいだと思うけどね。」と美希ちゃん。
その通り。ダメもともとじゃないか。
「板倉聡美を殺して下さい。」
「やっぱり岡部和雄も捨てがたいです。」
そして最後にもう一通。
「今度のターゲットは誰に決まったのですか?そろそろ結果が知りたいです。」
本当に返事がくればラッキー。
5月19日(土) 晴れ
「次のターゲットは板倉聡美だ。あの能無の血を諸君に捧げよう。」
それは間違いなく「処刑人」からの返事だった。
まさか本当に来るとは思わなかった。リクエストを送ったのが功を奏したのかもしれない。
大喜びで「密告者」にも連絡した。返事はすぐにやってきた。
「次は板倉聡美ですか。自分で殺しておいてこれ以上どうすると言うんでしょうね。
私は今でも覚えてます。あの頃は私たちはみんな同じクラスだったんですが
Sは聡美の死を知った日の帰り道、大声で笑ってたんですよ。
あのおぞましい笑い声は未だに耳から離れません。
そう言えば当時Sもメールにハマってて何でもネットで恋人ができたとかそんな話がありました。
私は結局よくわからないままだったんですが
もしかしたら処刑人にはネットに仲間がいるのかもしれませんね。
聡美が死んだのは『電車のホームに誤って転落しての事故死』だとされてるんですが
今時こんなの信じられませんよね。絶対に誰かに殺されたはずです。
公子が殺された時は川に落とされたって噂で死体が出てないんですが
岡部先生の時は後から刺されて死んだんだから露骨ですよね。
なんだか身近な人が殺されたのを思い出してまた少し怖くなってきました。
これ以上Sのヤツをのさばらせるわけにはいきません。絶対何とかしましょう。」
メールで恋人ってのも面白いエピソードだけど詳しいことがわからなければ使えない。
それよりもリアルな話の方が目に付いた。
板倉さんの死に方はは奥田の死を連想させた。
みんなそうだ。病院のベッドで死んでない時ってのは大概は血なまぐさい死に方になる。
痛々しくてあまり想像したくない。
今度の相手は人をそんな目にあわせておいてその記憶を無くしているヤツだ。
殺した相手を忘れてしまうなんて。まだ生きてると思ってるなんて。狂ってる。
僕らもネットを通じてとは言えそいつと接触してしまった。
奥田のことを思いだしたのも何かの導きかもしれない。
次のターゲットもわかった。
今更怖いからって逃げるわけにもいかない。
5月20日(日) 晴れ
「次のターゲットは板倉さんに間違いありません。本人が自分で言ってたそうですよ。」
ただ、今回はちょっとおかしなことになってるんですよ。
Sは亜紀に『板倉さんを殺せ』と命令したんです。本当に下僕扱いですよ。
自分は直接手を下さないで高見の見物。ひどい話ですよね。
亜紀もやっと解放されたと思ったのにかわいそう。
虫さん、何かいい方法は無いでしょうか。」
いい方法。それが今日思いついた。
もともとは美希ちゃんの発想だった。
次のターゲットはもう死んでる板倉嬢となったことで、何かできないかと作戦を練ってると
美希ちゃんに何か案があるということで話を聞いてみた。
「前の嘘リクエスト作戦の時からちょっと考えてたことがあるの。
死んでる人がターゲットになったらうまく罠にはめることができるかもしれないって。
でも具体的にどうしたらいいのかまだ何にも決まってなくて・・。」
その内容はSが狂ってるのを逆に利用する実に面白いものだった。
漠然としてたので二人で具体案を練りに練った。
毎週日曜はバイトも休みだから気兼ねなく話し合いができる。
そうしてできたのが「プロジェクトS」
別段大した内容じゃないのに名前だけは凄い。
Sを倒すのまでは繋がらないにしても、下僕となった細江嬢を救えるし田村嬢も無事でいられる。
とりあえず目の前の危機を確実に回避できる方法だ。
このプロジェクトは仮に成功したらもう一回できるというスグレモノ。
我ながら凄い作戦だと思う。
本当なら毎日淡々とバイトをこなして単調に生きてるはずだけど
ネットで処刑人なんてものを追っかけてるおかげでなかなか充実してる。
しかも最近は処刑人と接触したりとかなり中身が濃い。
全部が解決したら「密告者」に会ってあげてもいいかもしれない。
でも、「全部が解決したら」ってどこまでのことを言うんだろう。
というかいつまで処刑人を追っかければ終わりなんだろう?
密告者の言ってる事が全部本当でSが僕の追っかけてる処刑人でその正体と目的も全て明らかに・・
このままうまく進めばそこまで行くかな。それで終わりなんだろうか。
それで僕らの罪も償われて奥田も許してくれるかな。
わからない。
ただ、今はそこを目指すしかない。
第27週
5月21日(月) 晴れ
プロジェクトSは密告者も乗ってくれた。
「なるほど。さすが虫さん。なかなかうまいやり方を思いつきますね!
簡単なようでいて意外と効果あるかもしれませんよ。何しろSは狂ってますからね。
バレずにいけると思います。さっそく準備に取りかかりますよ。」とのこと。
準備と言っても用意するものはそんなに無い。
大事なのはタイミング。プロジェクトをいつ発動させるか?
早すぎたらバレるかもしれないし遅すぎると細江嬢の身が危うくなる。
「あまり焦りすぎないように。」と忠告して置いた。
僕らは助言するだけで報告を待つことしかできない。
「なんだかドキドキしてきたね。」と美希ちゃん。僕もだ。
間接的に処刑人を罠にハメる。これで緊張せずにいられるか。
成功を祈る。
5月22日(火) 曇り
作戦決行のまだタイミングが早すぎる。まだ粘った方がいい。
ということで、今のところ僕らにはやることが無い。
その間に作戦後のことも少し考えた。
プロジェクトSが成功したら、今度は処刑人を葬る方法を考え出さないといけない。
メールで「お前の正体を知ってる。」と言って名指しでやることはできないか?
僕のような赤の他人かたいきなりそんなこと言われたらSも驚くかもしれない。
僕はいい案だと思ったけど、「密告者」は反対してた。
「確かに作戦成功後は次の段階も視野に入れないといけませんね。
『正体知ってる』メールを送るのは可能です。
でもそれをやってしまったら、リアルで犯人探しをするに決まってますよ。
仮に虫さんにSの本名や個人情報を教えて追い詰めてもらっても、
奴は『誰かが個人情報をチクった』としてリアルワールドにて犯人探しをするでしょう。
そうしたら私の身が危うくなってしまいます。知り合いというだけでどんな言いがかりをつけてくることやら。
何しろSのアタマはおかしいですからね。仮に私に至らなくても他の人に八つ当たりするでしょう。
私も『正体知ってるぞ』メール送ろうと思ったことはあるんですが、そういった理由で断念しました。」
僕が思いつくようなことは既に検討済みってことか。
それにしても、やっぱり最後はリアルワールドの方が問題になってくる。
このまま「密告者」とつき合い続けたら、最後は僕も処刑人と直接することになるんだろうか。
会いたいような会いたくないような。
5月23日(水) 雨
作戦は順調に進んでる。
「密告者」が状況を逐一報告してくれるので助かる。
実行者となる細江嬢もSをうまく牽制してるようだった。
既に死んでる板倉嬢をもう一度殺す。いや、殺したフリをする。
プロジェクトSなんて大層な名前だけど、やることと言ったらこれだけだ。
Sは板倉嬢がまだ生きてると信じてる。それを煽ってやれば効果も倍増。
だからプロジェクト決行前には準備期間が必要となる。
僕らの案は「板倉さんを見かけた。」とでも言えばSも信じるだろう、というもので
細江嬢も忠実に実行してくれて、Sも何の疑問も持たずに信じたらしい。
狂人の扱いのポイントは相手の言うことにあわせることだ。
見当違いなことを言ってるからといって、ヘタに訂正すると怒るに決まってる。
逆に利用してやればいいんだ。成功したら誰も傷つかずにSも喜んで一石二鳥。
岡部教授がターゲットになった時にも応用できるからかなりの時間稼ぎになる。
うまくいくかな。
5月24日(木) 曇り
そろそろ実際に殺したフリをする時の準備をしなきゃいけない。
最初は「電車のホームに突き落としてきました。」と言わせる予定だった。
言葉だけで殺したフリをできるし何かの拍子でSが「死体を見せろ。」なんて言った時も対応できる。
そもそも精神に異常をいたしてるSがそんなことを言うとは思わないけど用心するに越したことはない。
これでいこうって話で密告者へのメールにもそこまで具体的に書いたけど
僕はギリギリになって嫌な気分になってしまった。
奥田のことを思い出したから。
美希ちゃんにもそのことを言うとサっと顔が青くなった。
「確かにこれは不謹慎よね。ごめん。気付かなかった。」
彼女が謝ることは無い。僕も奥田のことを忘れて悪ノリしてた。
どんなにいい案でも僕らの気分が悪くなってまでやる価値は無い。
作戦に軽いトラブルが生じた。殺すフリの具体案が無い状態になってしまった。
密告者には謝罪と共に具体案の要請をした。
「すいません。いよいよプロジェクト決行という時なんですが
例の『殺したフリ』をする具体的な案を考えてなかったんですよ。
Sのテンションとしてはどんな感じでしょうか?あと二、三日もしないで決行しないとヤバイでしょうか。
時間がないときに申し訳ない。一緒に良い案を考えてくれないでしょうか?
既に死んでる人を殺すんだからそんなに難しいことでは無いと思います。
僕も何とか知恵を絞りますので密告者さんもよろしくお願いします。
うまく案がまとまるまで何とか作戦決行を引き延ばして下さい。」
返事はすぐに来た。
「ちょっと待って下さいよ。今更そんな無責任なこと言わないで下さいよ。
Sはもうかなりやる気になってますよ。すぐにでも板倉さんを殺さないと何をされるかわかりません。
引き延ばすのだって今でもかなりギリギリなんですよ?
私は虫さんが全部考えてあるって言うから従ったのに。ここまで来てそれはひどいですよ!
あなたはネット越しで安全な位置で見てるだけだから平気なんでしょうけど
私たちは常に死の恐怖を向き合ってるんですよ。そんな軽く考えないで下さい。
とにかく私も考えてみますが、虫さんも考えて下さいよ。
お願いです。あなたに信じて言うとおりにしてきたんですから。
中途半端で見捨てるなんてことはしないで下さい。」
こんなに怒るとは思わなかった。ただ、「密告者」の言うことも一理ある。
僕らは命を懸けてまでやってるわけじゃないけど。あっちにしてみれば死活問題だ。
これで「密告者」も処刑人Sに殺されるようなことになったら後味が悪すぎる。
ちょっとこれはマズイな。真剣に考えないといけない。
何か無いか?
5月25日(金) 雨
焦った割には問題はすぐに解決した。
「なんとか一日だけ引っ張っりました。
どうやって殺せばいいかわからないと言ったらSも納得してくれたんです。
でも『刃物で殺せ』とあっけなく命令されてしまいました。
これ以上逃げられません。明日には作戦を結構しないとこっちの命が危ないです。
虫さん。早くなんとかして下さい。」
時間が無いのは分かるけど随分図々しいヤツだ。
こっちは相談に乗ってあげてるのに「なんとかしろ」はひどい。
これはあくまで協力してあげてるだけだってのを忘れたのか?
などと少し腹が立ったけど、僕らとしても作戦の責任をとる必要もある。
それは美希ちゃんが簡単に解決してくれた。
「刃物で殺せって?なんだ。なら簡単よね。
ナイフでも買ってきてそこにケチャップか赤い絵の具か何かをつけてそれを見せればいいのよ。
『これで刺して来ました』って言えば大丈夫じゃない?」
今回は運が良かった。殺し方が指定されたのが功を奏した形になった。
少し考えれば僕でも思いつきそうだ。
さっそく「密告者」にもメールをして問題解決。
これであとは結果を待つだけ。僕らにできることは無い。
気になるところと言えば「死体を見せろ。」と言った時のことぐらいだけど狂人相手だからそれくらい大丈夫かな。
万が一板倉嬢が既に死んでることに気付いたなら、それはアタマが正常に戻った証拠だ。
僕としてはプロジェクトSを通じてSのアタマを正常に戻ってくれればいいと思う。
うまくS自身の口から板倉嬢を殺した証言が取れれば警察に突き出せるはずだ。
もしくは自首するとか。それが一番嬉しいけど・・・絶対にあり得ないな。
とりあえず次の段階に進むとしてもプロジェクトSの結果次第だ。
明日の報告が待ち遠しい。
5月26日(土) 晴れ
「作戦は成功しました。Sは何の疑いもなく聡美を殺してきたと信じてます。
ナイフの偽装もうまくできました。本物の血かどうか確かめられることもありませんでした。
完全にこっち側の思い通りです。」
彼女と二人で祝杯をあげた。
ネット越しとは言え処刑人を罠にハメた!
あっちは知らないだろうけど、こっちは随分前から追っかけてたんだ。
こうしていざ結果が出るとやっぱり嬉しい。途中軽いトラブルがあったけど成功してしまえば何の問題もない。
この先はもうSを破滅に追いやるために全力を尽くすだけだ。時間はまだ稼げるし。
でも、本当に喜んでいいのか?本当に、Sが僕らの追ってる処刑人なのか?
・・・・と疑い始めたらキリがない。
今回の作戦の成功を機に僕らは考えを決めた。
「ねぇ。もうそろそろ考えていいんじゃない?変に疑問を持ったままってのもどうかと思うし。」
「そうだね。中途半端なままでやるよりは覚悟を決めた方がやりやすいしね。」
「となると、いずれは会うことになるかもしれないわよ。」
「そのつもりだよ。仮に違ったとしても、ここまで関わった相手なら会ってもいいよ。」
「じゃあ決まりね。」
「うん。僕らが罠にハメたS。こいつが、本物の処刑人ってことで。」
こうして考えた方がわかりやすい。
今までは単にその方向で検討してただけだったけど、今日からもう決めてかかることにした。
だから美希ちゃんの言うとおり、将来的には会うことになると思う。
密告者の方はむしろ「会って欲しい。」と言っててあとは僕の気持ち次第というところだった。
覚悟は決まった。会ってもいい。
狂人ってのが実際どんなものなのか、僕には想像つかない。
風美のこととか聞いてもちゃんと答えてくれるかな?
それとも、そこまでわからなくなってるほど記憶が錯乱してしまってるか?
会うと決めたら聞きたいことが山ほど出てきた。
夢が広がる、ってのは変かもしれないけど僕らにとっては重要なことだ。
死んだ友人のためってのは言い過ぎかな。
奥田がそこまで、それこそ命を懸けてまで「処刑人」のことを知りたがってたのかはわからない。
ただ、僕らは「処刑人」の名を聞くたびに奥田のことを思い出すのは事実。
どうしても奥田と繋げて考えてしまう。
処刑人に関する全ての真実を明かすまで報われない。
僕と美希ちゃんにはそんな考えが常につきまとってる。
どうしようもないことなんだ。だから今回覚悟を決めたんだ。
処刑人ことS。
会ってやろうじゃないか。
5月27日(日) 雨
「密告者」に僕らのスタンスを伝えた。
プロジェクトSも成功したし、今後さらにさらに新しい作戦を進めて
Sを葬るためにいよいよとなった時には僕も参加してもいい。
オフで会う覚悟を決めた。
と、僕らとしては相当盛り上がってたのに「密告者」のテンションはイマイチ低かった。
「いよいよとなった時には、ですか。ということは今すぐでは無いんですね。
そうやって虫さんはいつも安全な位置から見てるんですよね。
まぁネット越しでお互い顔も知らない状態だから仕方ないと言えば仕方ないですけど。
私は今目の前にある危機を救って欲しいんです。
『Sを葬るときとなったら会う』とかじゃなくて『Sを葬るために』虫さんに協力して欲しいんですよ。
あまり悠長なことは言ってられません。
生意気なこと言ったかもしれませんがこれが本音なんですよ。
そもそも私がネットの人に助けを求めたのが悪かったのかもしれないですけど。」
何が言いたいんだ。せっかくの気分がそがれてしまった。
いくら覚悟を決めたからと言ってすぐになんて会えるわけ無いじゃないか。
何の準備もしてなくていきなり会うってのは無謀すぎるよ。
将来的にはちゃんと会うって言ってるんだから問題ないはずなのに。
美希ちゃんが言うには「あっちには中途半端だと思われてるのかもね。」ということだった。
僕はそうは思わないけど。将来的にしろ会うって決めたことは随分な進歩だ。
彼女はさらに「私たちの覚悟はまだ甘いのかな。すぐに会ってこそなのかな。」とも言ってた。
それは違う。焦りすぎたってロクなことがない。じっくりと本格的にやってこそ効果があるんだ。
そう。処刑人を破滅させると決めたんだ。今まで以上に戦略を練らないといけないんだ。
むしろもっと長い時間をとった方がいいくらいだ。時間はいくらあっても足りない。
対決に向かって突き進む。そのための戦略じゃないか。
これのどこがいけないんだ。
第28週
5月28日(月) 曇り
珍しく僕の方からメールを送った。
「一緒にSを破滅させる方法を考えましょう!」と。
けど「密告者」の反応はどうもおかしかった。
「そうですね。考えないといけませんよね。それはわかってます。
でも申し訳有りませんがそれは虫さんが考えてくれないでしょうか?
というのも、今こっちではちょっとしたトラブルがあってそれどころじゃないんですよ。
ネットでどうのこうのより、現実的な問題を抱えてるんです。
失礼な言い方ですが虫さんの相手をしてる暇がないというか・・
私自身が決断を迫られてる状態なんですよ。
Sの破滅作戦についてはそちらで練ってくれると助かります。」
随分素っ気ない返事だ。決断を迫られてるだって?
これまでの流れならすぐに「虫さん、どうしましょう!」なんて言ってきそうなものなのに。
問題の内容も何も言ってこない。なんでいきなり無愛想になったんだ。
美希ちゃんも「どうしたのかしらね。」と首をかしげるばかり。僕にだってわからない。
せっかくやる気になったってのにあっちがそんな態度じゃ拍子抜けじゃないか。
何かが、ズレてきてる。
5月29日(火) 晴れ
変な気分のままだと嫌なのでハッキリ聞いてみた。
「どうかしたんですか?ここ数日様子がおかしいように思いますが。
Sの行動がまたおかしくなったんでしょうか?困ったことがあればいつでも相談にのりますよ。」
いつもなら即日に返事がくるのに今日は来なかった。
どうも本当に何かあったのかもしれない。いきなり態度が変わるなんて何があったんだ?
美希ちゃんが言うには「もしかしたら、私たちのことを信用できなくなったのかもしれないわね。」とのこと。
確かにプロジェクトSの最中に少しミスをした。
結局なんとかなったけど、どうもその時の対応が気にくわなかったんじゃないかと。
無責任だの散々言われたし。相当ご立腹だった様子。
作戦が成功したあとでもまだ引っ張るなんて。
別に致命的なミスにならなかったんだからどうでもいいじゃないかと思うけど
あっちから見れば僕らは「いい加減」だったのかもしれない。
僕らの命が狙われてるわけじゃなかったからそこまで真剣じゃなかった、というのは認める。
けど今は真剣にやってるんだからオッケーじゃないのか?
それとも一度信用を無くしたらもうダメってことなのか。
だとしたら、心が狭すぎる。
5月30日(水) 雨
ネットは見知らぬ人と仲良くなれる。
何度かメールのやり取りすればすぐにお友達。
さらに言えば、真剣な悩みも気軽に相談できてしまう。
相手だってそれに応えて真面目にアドバイスするだろう。
僕のアドバイスは決して「真剣」では無かったかもしれないけど、真面目には答えてたはずだ。
お互い顔も見たこと無い。でもそれなりの信頼関係はできたと思ってた。
どうもそれは幻想だったらしい。僕が今思うことは一つ。
ネットの人とは仲良くなりやすい。その代わり、切り捨てるのもまた簡単。
今日も「密告者」からメールは来なかった。
「私たち、もう切り捨てられちゃったのかな。」と美希ちゃん。
僕も薄々そう感じてるももの、スッパリ諦めることもできてない。
ようやくやる気になったってのに「やっぱいい。」なんてひどい話じゃないか。
またメールを書いた。
「どうも返事が来ないようなのでまたメールしてしまいました。
昨日のメールは届いてなかったですか?いつもならすぐにお返事が来たので少し心配になってしまって。
それにしても本当に何かあったっぽいですね。何が起きてるのか言って頂ければ相談にのれるんで
これまで通り気軽に言って下さいよいつでもオッケーですから。」
彼女に「ちょっぴりストーカーじみてるわよ。」と笑われた。
そんなことない、と思ったけど読み返してみると確かに少し怪しい。
もう送ってしまったから今更どうしようもないけど。
とりあえず何らかの返事がもらえないと僕としても次の行動に困る。
切り捨てるんだったらハッキリそう言ってくればいいのに。
そしたら僕だってメールは送らない。(今更切り捨ては嫌だけど)
何か言ってくれ。そっちがどうしたいのかを知りたいんだ。
このままじゃ宙ぶらりんだ。
5月31日(木) 曇り
もしかしたらサーバーの調子でも悪かったのかもしれない。
たまたまこの二、三日ネットに接続してなくてメールチェックをしてなかったのかもしれない。
そんな期待は見事に吹っ飛んだ。
「すいません。もうなんかどうでもよくなりました。
どうもあなたに相談したせいで事態が最悪の方向へ進んでしまったようです。
今私は『やっぱりネットの人なんかに相談しなければ良かった。』と思ってます。
目の前の現実が厳しくても自分でなんとかしないと何も解決しないんですね。
私は男手が欲しくて虫さんに相談しましたが、もうそんなことでは解決しません。
例え今すぐ虫さんに来てもらっても解決しなくなってしまったんです。それほどこじれてしまったんです。
色々ご迷惑おかけしました。もう来てくれとは言いません。
放って置いて下さい。」
考えようによっちゃ失礼極まりないメールだった。
僕のせいで最悪の方向へ進んでしまったって?
具体的にどうなったとか何も言わずに一方的に切り捨て。
反省するのはそっちの勝手だけど、やる気になってた僕はどうすればいいんだ。
ふざけてる!
6月1日(金) 曇り
あれ以上何のメールも送ってこない。
怒りにまかせて文句を延々と書き連ねた文章を送ってやろうかと思ったけど
それだとあまりに無意味なのでやめておいた。
だからと言ってこのまま切り捨てられるのもしゃくにさわる。
どうしたものかと二人で考えてると、ふとあることに気付いた。
「『密告者』の言う最悪の方向に進んだ事態とはどんなのかな。」
「メールを送る暇もなくて、仮に僕が駆けつけても解決しないような事態。
というとよっぽどひどいことになってるんだろうね。」
「密告者さんも処刑人に狙われちゃったのかしらね。」
「有り得るね。みんなに助言してるウチに自分がターゲットになってしまったと。」
「でもなんで密告者さんはこれまでターゲットじゃなかったのかな。
なんか話を聞いてると狙われてもおかしくないような位置にいるように思えたんだけど。」
「処刑人Sへのイジメに加わってなかったからって言ってたよね。
あ、でも確かに変だ。細江さんと田村さんだっけ。この人たちもイジメに加わってなかったんだよね。」
「確かそうよ。なのに狙われてるから助けたいって・・。」
「となると『密告者』だって狙われてもおかしくないはずだ。なのにこれまで狙われてなかった。」
「ひょっとして嘘ついてたんじゃない?」
「嘘?どんな?」
「だから、本当は自分も狙われてたのよ。友人が狙われてると称して最初から自分を助けて欲しかったのよ。
あ、なんだかそれっぽい。だからあんなに必死になって助けを求めてたのよ。」
「なるほど。だとすると、密告者ってのはもともとSと関係の深いヤツなのか。」
「というかターゲットの中の一人じゃ・・・。」
それでヤツのこれまでの言動が理解できた。
やたらSの行動に詳しいと思ったら、そうゆう理由だったからか。
密告者のメールを読み返した。自然とこいつが誰なのかが見えてくる。
亜紀の話によると・・・・亜紀とか喜久子がかわいそうだから・・・亜紀がひどい目に合ってるの見て・・・
なんてことはない。こいつは細江亜紀本人だ。
友人のフリして全部自分のことを話してたんだ。
メールを送った。
「密告者さん。あなたは細江亜紀さんですね?」
この一行だけで十分。返事を書かずにはいられないはずだ。
そうだろ?細江さん。
6月2日(土) 晴れ
「虫さん。あなたの観察眼には恐れ入ります。
おっしゃるとおり、私は細江亜紀です。
騙してて申し訳有りませんがそんな大層な嘘でもないですよね?
それに、バレたところで私の状況は何も変わりません。
まぁ今更どうこう言っても仕方有りませんね。
とにかく私は一人でSに立ち向かうことにしました。
もう虫さんの助けは借りません。というより、ネットで助けを求めるのはやめました。
甘い考えは改めたんです。現実に目を向けないと。
所詮ネットで知り合った人なんて赤の他人ですからね。
信用できない。これが結論です。
自分勝手だと思うかも知れませんね。でも考えてみ下さいよ。
相談に乗ってくれたと言ったって、結局何も助けてくれなかったじゃないですか。
むしろプロジェクトがどうのとか言って私のことを振り回したりして。
あの時は本当にギリギリだったんですよ。
そんなわけなのでもうメールのやりとりも終わりにしようと思います。
さようなら。」
決定的なメールだった。これ以上ないくらいハッキリ言われた。
僕と美希ちゃんは画面の前で慌てるばかりだった。もう何を言っても無視されるのは目に見えてる。
どれだけ焦ってもこの事実は変わらない。
僕らは、完全に切り捨てられた。
6月3日(日) 曇り
これからどうするか。
一晩考えて結論が出た。
「なんだか中途半端だよね。消化不良って感じで。」
「いいのかな。結局あっち側では何も解決してないんでしょ?どうするの亮平君。このまま縁を切っちゃうの?」
「どうしよう。この様子じゃメールを書いても無視されそうだしね。」
「そうよね。となるとこれで私たちも『処刑人』への道が断たれたことになっちゃうけど・・・。」
「・・・・。」
「細江さん、大丈夫かしらね。一人で立ち向かうって言ったって相手は人殺しでしょ?」
「・・・・まだだ。」
「何?」
「せっかく掴んだ情報筋じゃないか。ここで逃したらもったいない。」
「それって・・・細江さんを助けに行くってこと?」
「違う。細江さんも言ってたじゃないか。僕が行ったところで何も解決しないって。」
「じゃあ何でそんなことを?」
「処刑人の正体をこの目で確かめる。」
美希ちゃんは驚いてた。
「無茶よ。相手の居場所も分からないのに。」
確かにわからない。お互い住んでる場所の話とか一切したことがなかった。
処刑人Sにしろ密告者「細江亜紀」にしろ、名前はわかっても具体的にどこにいるのかわからない。
それなのにどうやってあっち側へ行くのか?
僕らは世界のどこかで起きてることに場所も分からずに干渉してた。
ただ、そこで何かが起きてることだけは確かだ。
密告者の言ったことが全て現実なのかはわからないが
そこには確実に「細江亜紀」と名乗って僕にメールを送ったヤツがいる。
ネットだからって全ての存在が虚ろになるわけじゃない。
嘘の情報にしろその情報を流す「人間」が必ずいるんだから。
僕はそいつを追っかける。
せっかく処刑人に会えたと思ったのにメールの返事は一回だけ。
これをうまく活用できないかと思ってもその具体的な策は何も浮かばない。
被害者側から接触を試みたら切り捨てられた。
うまくいってるようでうまくいかない。
おいしい餌だけ見せられてじらされてる気分だ。
だけどたまにふと我に返ることがある。
僕はなんで餌をほしがってるんだろう?つまり、なんで僕は処刑人なんてのを追ってるんだろう?
奥田の死のショックがまだ醒めてないころは「自分へのけじめ」とか何とか言ってたけど
日が経つにつれてその気持ちが薄れつつあることに気付いた。
別に「処刑人」に奥田を殺されたわけじゃない。
なんでここまで「処刑人」に固執してるんだろう。美希ちゃんと「けじめをつける」と約束したからか。
それとも自分が楽しくてやってるだけなのか。
答えは見つからない。ただ、目の前に餌がある限りそれを食べたくなるのは当たり前だ。
処刑人の影が見え隠れしてるのに、諦めることなんかしたくない。
むしろ今はこう思うようになった。
処刑人が僕を呼んでいる。
→第1部<内界編>
第8章