絶望の世界A −もうひとつの僕日記−
第2部<外界編>
第9章
第33週
12月24日(月) クリスマスイヴ
今日、全てを終わらせるつもりだった。
その覚悟はできていた。
終わるはずだった。でも、終わらなかった。
何も起きなかった。
何も・・・。
12月25日(火) 雨
クリスマス気分は昨日で終了。
これから年末に向けて忙しくなる。
もうコンビニで働いてた時のようなバイト感覚ではいられないから。
最近は早朝から夜遅くまで仕事するのにもさほど苦を感じなくなった。
仕事の時は奴らのことは考えない。
考えてる暇が無い。
12月26日(水) 曇り
川口から電話がかかってきた。
いつものようにじっくり話をきいてやりたかったけど、今は時期が悪い。
仕事が忙しくてあまり相手にできなかった。
時間ができたらまた飲みにいこうと誘われた。
しばらくは無理かもしれない。
12月27日(木) 晴れ
大晦日に向けて着々と準備が進んでる。
既に予約はいっぱいだった。中の方は割となんとかなりそうだけど、問題は外の方。
実質ほとんど僕が走り回る形になるので今から覚悟してる。
僕もそこそこ仕事はできるようになったと自負してるけど、周りから見ればまだまだかもしれない。
気を使ってくれて「無茶なら断ってもいいから。」と言ってくれた。
なんとかこなせると思う。
12月28日(金) 晴れ
仕事をしてると時間が経つのが早い。
例のクリスマスイヴのことは随分前の出来事のように思える。
肩すかしをくらってしまったけど、過ぎてしまったことは仕方ない。
いずれまたチャンスが来るはず。
その日をじっと待てばいい。
12月29日(土) 晴れ
忙しさの中で改めて自分の技術を確かめてみる。
包丁の技術も随分身に付いた。フライパンの扱いもそこそこできる。
色々作れるようになったし、みんなに味付けも誉められるようになった。
人間なんて時間さえ注げば有る程度のコトは誰でもできる。
その代わり他のことはほとんど犠牲にしてしまった。
大晦日に、一人で仕事をしてるなんて。
一人で外にいるなんて。
12月30日(日) 晴れ
いよいよ明日が大晦日。ソバ屋が一年のうち最も忙しい日。
僕がこの仕事をすることになるとは思っても見なかった。
去年までの、夏までの僕はどこに行ったんだろう。
いつから遊びじゃなくなってしまったんだろう。
知らなくてもいいようなことを知ってしまった時からかな。
いや、もっと早く知ってればこんなことには・・・
この前で終わるはずだったのに。終わらすことができなかった。
だからまだ終わってない。
まだ続いてる。
第34週
12月31日(月) 晴れ
外で走り回ってる間に年は越していた。
大忙しでカウントダウンなんてする暇もなかった。
原チャリを走らせてると、公園で学生っぽい集団が酔っぱらって「あけましておめでとう。」と叫んでた。
僕に気付いた奴がいた。こっちに向かっても「おめでとー。」と叫んだ。
僕は立ち止まってしばらく奴らの方を眺めてた。
奴らはへらへら笑いながら何度も「おめでとう。」を連呼してたけど、
僕が何も言わずに立ってると段々機嫌が悪くなっていった。
「てめぇ何笑ってるんだよ。」と絡んできた。奴らの一人がビールの缶を片手に近づいてくる。
僕はハンドルを握って走り出した。後で「逃げてんじゃねぇ。」と叫び声が聞こえた。
店に戻ると杉崎さんが「あけましておめでとう。」と言ってくれた。
「岩本君、楽しそうだけど何かいいことがあったのか?」
「ええ。年が明けてめでたいじゃないですか。」
時間が過ぎるのはいいことだ。
1月1日(火) 曇
年賀状は誰からも届かなかった。
来るはずもない。住所を教え会うような知り合いはいないから。
年賀メールはいくつか届いてたので返事を送っておいた。
やることが済むとすぐに布団に入った。帰ったのが朝方だったから眠くてしかたない。
正月なんて関係ない。僕にとっては単なる休日と同じ。
布団に入った途端、川口から電話がかかってきた。
「よう。あけましておめでとう。今何やってんの?」
「おめでと。仕事が終わって帰ったとこだよ。今から寝ようかと思ってた。」
「そか。悪い。また今度電話するよ。」
「悪いね。」
川口は物わかりがいいから助かる。
そのまま眠りについた。
1月2日(水) 曇り
今日もゆっくり体を休めるつもりだった。
こたつに入ってテレビを眺めてダラダラと過ごして、ウトウトしてきたらそのまま昼寝。
そんなささやかな幸せを堪能するはずだったのに、奴のせいで予定が狂った。
眠りに入る一番きもちいい瞬間を狙ったかのように、電話が鳴った。
「いえーい!あけましておめでとー!!今年もよろしくねー!!」
テンションの高い不愉快な声が頭に響く。
誰かはすぐにわかったので切ってやりたかったけど、仕方なく相手をしてあげた。
突き放すと逆ギレしてすぐ怒るからタチが悪い。
「あけましておめでとうございます。遠藤さん。」
「おめでとー!!ねぇねぇ。やっぱり大晦日は大変だった?ソバ屋さんの一番大変な時期だもんねー。」
「ええ、まぁ。朝までやってましたね。まだ疲れがとれなくて今日もゆっくりしてるんですよ。」
「げえええええ??朝までぇぇえ??うわー大変だねー。よくやるねー。でもあれでしょ?
ソバ好きだから忙しくてもわりと平気だったりするんでしょ?好きなことだといくらでも没頭できるもんねー。」
「いや、それはちょっと違うっていうか・・・。それに何度も言ってるじゃないですか。
僕はただソバ屋で働いてるだけで、別にソバ好きなわけでもないんだって。」
「またまた謙遜しちゃってぇぇぇ。」
「これは謙遜とは言わない気が・・・。」
そうやって中身の無いどうでもいい会話ばかりでし面白いテレビも全て見逃した。
ようやく電話を切ってくれた時にはもう日が暮れていた。
まったく。
1月3日(木) 晴れ
川口と明日飲みに行くことになった。
こっちの仕事は大晦日さえ過ぎれば当分落ち着く。
休みは家でゴロゴロしてるだけだからいい暇つぶしになる。
川口暇な奴だ。いつも金が無いといってるくせに飲み歩くのが好きなんて。
フリーターで同い年なせいか、まるで以前の自分を見てる気になる。
まぁ何でもいい。奴らの中でマトモな話をできるのはこいつくらいだから。
他はロクなのがいない。
1月4日(金) 曇り
夕方過ぎからずっと居酒屋にいついてた。
僕も川口も、飲みながらダラダラ時間を潰すのは得意技とも言える。
話題はやぱり例のことだった。川口もかなり話したいことがあったようだ。
「なぁ。正直な話、どう思うよ。俺はやっぱ信じられねぇんだよな。」
「どうって言われてもなぁ。」
「田村ちゃんだよ。あの女の言ってること、絶対ウソだね。全部。」
「そうかな。まぁ確かにクリスマスイブの件は疑いたくもなるけど・・」
「な?な?そうだろ?勢揃いさせておいてドタキャンだぜ?あれだけ期待持たせてさぁ。」
「けど田村さんだって気まずそうにしてたじゃないか。電話も繋がらなかったみたいだし。」
「ありゃ演技だね。間違いない。」
「でもさ。遠藤さんは会ったことあるんだろ?散々語ってたじゃん。」
「まめっちか。ありゃグルだよ。てかさ、そもそもあんなブタ信用できないだろ。」
「確かに。」
「第一さ。なんかあいつら違うんだよ。なんでいつの間にか仲良しクラブになってんだよ。目的間違ってるだろ。」
「ああ、それは僕も思うよ。仲良しクラブのフリをしないと肝心のゲストが来ないってのはわかるけど。」
「馴れ合い過ぎ。特にまめっち。てか何だよあの愛称。あんなのブタでいいんだよ。」
「あいつは酷いね。この前もさ・・・」
その後は延々と遠藤バッシングが続いた。
僕もあのタイプだけは頂けない。他の奴らは会話しても苦痛じゃないけど、遠藤だけは駄目。
なんであんなのが生きてるんだろう。
1月5日(土) 曇り
すっかり二日酔いで起きたらすごい頭痛だった。
仕事は月曜からだからと言って飲み過ぎてしまった。
川口は限界を知らないから、奴が飲み相手になってからはこんなのが多い。
まだちょっと酒の気が抜けてない。
そんな中で、また川口から電話がかかってきた。
眠れたかとかまだ酒がとかそんな話の後、川口が違う話を切りだした。
「ところでさ、昨日言い忘れたことがあるんだけど。お前の仕事が落ち着くのを待ってたんだった。」
「何だよ。」
「そろそろ決行しようと思うんだよ。田村ちゃんツアー。」
「ああ、あれね。そだな。うんまぁいいけど。で、何だっけ。田村ちゃんの証言の裏をとるんだっけ?」
「そう。そもそも俺らの集まりってそれが目的だったはずだろ?なのに何をはき違えたか仲良しクラブになりやがって。
あいつら絶対やる気失ってるね。だから俺らで、な。高校もわかってることだし。」
「ほっとくと何もしなさそうだしね。」
「田村ちゃんのやり方も気にくわないんだよな。自分だけ全部知ってるみたいな態度とりやがって。」
「人が知りたがってる情報を握ってるのが気持ちいいんだよ。」
「それが腹立つんだよ。さっさと全部教えてくれればいいのに。小出しにするから疑いたくなるんだよ。」
「それは言える。けど田村ちゃんの『お料理会』の発想は好きだったけどなぁ。」
「肝心のゲストが来ないんじゃどうしようもねぇって。一番見たいもの見せてくれないんじゃぁもう駄目だね。」
「確かに。」
「やっぱぶん殴って全部喋らせれば良かった。」
「だからそれはやめた方がいいって。最初に止めただろ?お互いシャレでやってるんだからそこまでするなって。」
「まぁ・・・・な。でもよぉ。」
今日は田村ちゃんパッシングが熱かった。
川口も本気であいつらのことが嫌いになってきたようだった。
あいつら三人ともそのうち川口に殴られるかもしれない。
そこまで関係が続けばだけど。
1月6日(日) 晴れ
川口と日程を決めた。店の定休日の木曜日に行くことになった。
「そっちのバイトはどうなんだよ。」
「心配するな。俺はサボリ魔だから。何とでもなるさ。」
「いいなぁ。それで通じて。」
「何言ってるんだよ。お前だってバイトしてた頃ってそんなもんだったろ?それとも真面目に働いてたか?」
「言われてみれば・・よくサボってたな。」
「だろ?アルバイトなんてそんなんでいいんだよ。」
「定職に就いちゃうとなかなかそうはいかないけどね」
「相変わらず苦労してんな。まぁ、じゃ木曜に。また近くなったら電話するよ。」
「わかった。」
「おう。俺もそれまでに『処刑人』の足取りおさらいしとくよ。」
処刑人。ハッキリ他人の口からこの言葉を言われると今でも身体が強張ってくる。
田村ちゃん達は仲良しクラブに成り下がってからはあまりこの言葉を使わなくなった。
普通に使ってるのは川口くらいだ。僕もあまり使わない。
言葉にするとあまりに非現実的な響きだから。
あいつらもそのせいでどこか真剣になり切れてないのかもしれない。
田村ちゃんも含め、まだ心のどこかで全部冗談だと思ってるのかもしれない。
そうやって段々分からなくなっていくんだ。どこまでが冗談で済んで、何処からシャレにならなくなるのか。
やってる方もそうだったんだから。
第35週
1月7日(月) 曇り
仕事が始まった。またひたすら料理を作る日々。
ソバ屋のくせに色んなメニューがあるから面倒ではある。
でもそのおかげで人に教えるほどの技術が身に付いた。
それに年末の忙しさを耐え抜いたせいか、普通の忙しさがさほど苦にならない。
客の途切れた時は割とゆっくりとできる。
今週は田村ちゃんツアーがあるだけに、ついあいつらのことを考えてしまった。
しばらく考え込んでると杉崎さんに突っ込まれた。
「どうしたんだよ。また随分と機嫌良さそうじゃないか。」
「いやぁ、大したことじゃないですよ。大晦日に比べるとゆっくりできていいなぁって思って。」
人間、余裕がなきゃいけない。
1月8日(火) 曇り
川口が何かと電話をかけてくる。
「田村ちゃんに見つからないようにちゃんと変装していけよ。」
「わかってるって。でも変装なんてしたことないからなぁ。帽子でも被ってればいいかな。」
「そだな。髪の色も変えていつものひげは剃ってこいよ。それで大分変わると思うぜ」
「いやぁそれは。トレードマークだから変えたくないなぁ。」
「無精ひげとやる気のない茶髪か。つかお前の特徴はそれしかねぇからな。」
「だろ?ひげなんてそんな簡単に生えないし。この髪の微妙な擦れ具合もそんな簡単には・・」
「わかったよ。じゃぁ帽子な。あと眼鏡も変えてこい。」
「オッケー。川口はどうするんだよ。どんな変装するわけ?」
「俺か。俺はお前にならって変な色の眼鏡つけて髪の色を変える。」
「ひげも生やせばいいじゃん。」
「冗談言うなよ。つか最初はそのつもりだったんだけどな。ハンズ行けば色んなひげが売ってるし。」
「じゃぁそうしようよ。」
「やめろよ。そしたら俺ら『変な人二人組』になっちまうって。」
「確かに。」
「なんだ。お前も一応『変な格好』っていう自覚があるのか。」
「いやいや。そんなことないさ。」
趣味が悪い方が目立って面白いじゃないか。
1月9日(水) 晴れ
明日は田村ちゃんツアー。
ただ高校に押し掛けて情報を収集するだけでも、ちょっとした冒険だ。
休憩時間に明日のことを考えてると、杉崎さんが話しかけてきた。
「岩本君、最近楽しそうだけど何かいいことあったんだろ。」
「そんなんじゃないですって。」
「またまた。新しい彼女ができたとか。」
「できないですよ。そんな簡単に見つかれば苦労しないですよ。」
「じゃぁあれだ。美希ちゃんとヨリが戻った。」
「それこそ違いますよ。終わったことまで引っ張らないで下さい。」
「そっかぁ。なんだ残念だな。絶対それだと思ったのに。」
「なんで杉崎さんが残念がるんですか。」
「いい子だったじゃないか。もったいないことしちゃって。また会いたいなぁ。今でも連絡とってる?」
「いや、全然・・・。もういいじゃないですか。あまり思い出させないで下さいよ。」
「そうだな。ごめんごめん。」
・・・明日はツアーだ。
1月10日(木) 晴れ
二人の格好は電話で言ってた通りだった。
ただ、あいつの方が僕よりよっぽど趣味が良くて、むしろオシャレで格好いいくらいだ。
「お前は相変わらずやる気がないな。ホントに帽子被って眼鏡かえただけじゃねぇか」
「でもこれで僕とはわからないだろ」
「そりゃそうだけど・・・まぁいいか。所詮素人のやる変装なんてそんなもんだしな。」
ツアーは好調にスタートした。
高校の場所は既に川口が調べ上げていた。真っ昼間から出かけて高校の近くで時間を潰す。
3時前からポツリポツリと制服を着た人が帰っていくのが見え始めた。
「あの制服、田村ちゃんのトコのだよな。」
「間違いないね。他の制服みないし。」
「どうだ。田村ちゃんはいたか?」
「見ないねぇ。あれ?田村ちゃんをこっそり眺めるわけ?」
「いや、違うけど。もしかしたら処刑人と一緒に帰ってるかもしれないだろ?
直接お目にかかれるかもしれないと思って。」
「そっか。まぁ難しいと思うけどね。見たいならそれこそこんな喫茶店じゃなくて校門の前で張らなきゃ。」
「だよな。お、なんか女の子の集団が店に入ってきたぞ。なんだなんだ。いい感じじゃないか?」
「どうだろ。いやでもさっさと済ませた方がいいかもね。
道端で話しかけるよりも今の状況の方が自然だし。いいタイミングだよ。」
「よし決めた。善は急げ、だ。」
奥に座った三人組の女の子へチラチラ目線を送る川口。
女の子の一人が気付いた。川口が笑うと女の子も少しニコっとした。
女の子の方でこそこそと相談が始まる。川口も女の子へ視線を送りながら僕と話すフリをする。
僕はこの手のことは苦手だから川口に任せっきりだった。
川口の慣れた手口には恐れ入る。僕には到底できっこない。
数分後にはもう僕らは女の子達の隣の席について親しげに会話をしていた。
川口はすっかり打ち解けて笑いながら話してる。僕は適当に相槌を打ちながら会話に耳を立てた。
「でね。俺らさ。その噂を聞きつけて取材にきたワケよ。で、実際どうなの?本当なの?」
「それ本当ですよ。てかすごーい。そんなに広がってたんですねー。」
「え?マジで?本当に死人が出てるの?」
「出てますよぉ。二人くらい死んだんだっけ?」
「うん。確かそのくらいだったね。あとおかしくなって入院した人もいたよねー。」
「いたいたー。てかね、私もあの人が暴れるの見たよ。見応え合って面白かったよ。教室で一人で叫んでて。」
「すっげえ!ぴったりだよ!!」
「何がぴったりなんですか?」
「あ、うん。ちょっとね。こっちの話。で?で?それはいじめられッコの女の子が中心なんだよね?そいつの復讐なんだって?」
「え、あ、ちょっとそれは・・・どうなんだろーね。いじめられッコなんかいたっけ。」
「どうだっけ。イジメとか復讐とか、そんな話しょっちゅうだからよく覚えてないなぁ。」
「ね。調子に乗ってるからシメるとか。男を取られた恨みとか。よくある話だよね。」
「え?よくある話なの?」
「ありますよー。てゆーか普通でしょ?何かあると全部ムカツク奴のせいにしますよね?」
「そうそう。ダサイ奴は即イジメ、は当たり前ですよ。耐えられなくて消える奴なんて腐るほどいるし。」
「うんうん。逃げた奴のこといちいち気にしてらんないしねー。」
「でもさ、さすがに二人も死人が出たらヤバイでしょ。警察とか出てくるじゃん。」
「いや、警察沙汰の話はしょっちゅうですよ。オクスリやったとかウリをやったとかで。」
「イジメくらいじゃ警察動かないよね。それに事故やら失踪やらも腐るほどあるから。」
「死人が出たところでそんな騒ぎにならないよね。」
「え?じゃぁ聞いていいかな。なんで俺の知ってる『謎の殺人鬼に殺された奴がいる』って噂は有名なの?」
「そりゃ『謎の殺人鬼』だからですよ。いつもだとすぐに誰が犯人だって噂が立つのに。」
「ね。死んだ人も死んだって聞いてから初めて存在を知ったって感じ。」
「空気の人達は何やってるかわかんないよね。てゆーか気にしてられないし。」
「はぁ。そうなの・・・。」
「じゃあ、イジメッ子が有名になるってことはないの?」
川口の勢いが衰えたところで、珍しく僕が横から口出しした。
「えー。いつの時代の話してるんですかー。今時イジメだけじゃ有名になんかなれないですよー。」
「ヤクザの女とかウリを仕切るとかしないとねー。人を殺すにしても公開殺人するくらいの伝説作らなきゃ。」
「てゆーかイジメって被害妄想でしょ?やられてる方が勝手にそう思いこんでるだけだよね。」
本人にとってはそれが全てなんだけどね、と僕は心の中で付け加えた。
「で、さっきの話だけどさ。その『謎の殺人鬼』なんだけど、結局誰が犯人かはわからなかったの?」
「私はわかんないです。犯人にできそうな人がいないつまんない事件だったから逆に覚えてただけなんで。」
「私もー。犯人に仕立てる人がいないとつまんないよね。」
「せっかく人が死んだのにね。結局あれは事故とか自殺だったんじゃない?」
「ちょっと、最後に聞かせてよ。俺はさ。その『謎の殺人鬼』は『処刑人』って奴だって聞いたんだけど、何か知らない?」
川口が身体を乗り出して割って入ってきた。奴が一番聞きたいことだった。
目を輝かせて返事を待つ川口。けど、女の子達の返事は実にそっけないものだった。
「処刑人?何それ。」
帰り道、川口がため息をついて呟いた。
「あー・・・なーんか煮え切らねぇなー。」
「そうかな?僕は大成功だと思うけど。一発目で情報を引き出すことができたじゃないか。」
それに、田村ちゃん情報の裏がとれた。これはデカイと思うよ。」
「一発目でなくても良かったんだよ。話してくれる人見つかるまでとことんやるつもりだったから。
問題は田村ちゃん情報が事実だってわかったのも成功。けど肝心の処刑人を知らねぇって言うんじゃなぁ。」
「ナンパでそこまで望むのは厳しいって。今日は今日で上出来だよ。
「うーん・・・・そうかぁ・・・・・。」
そんなもんだよ。
1月11日(金) 晴れ
川口は一晩明けてもわざわざ電話をかけてきて愚痴を言う。
せっかくツアーであの子の情報が正しかったことが証明されたのに、昨日の夜からずっとこれだ。
「田村ちゃんの言い方じゃさぁ。もっとすごい噂って気がするだろ。それがあれだぜ。」
「あの子は誇張したがりだからね。それに、現実の人達はネットのことなんて知らないワケだし。」
「最近の女子高生は人が死ぬくらいじゃ驚かねぇな。やっぱ現実じゃあんなもんか。」
「結構前のことだしね。未だに引っ張ってるのは僕らだけかもよ。」
「それはあるかもな。けど田村ちゃんの態度だって問題あるぜ。中途半端なんだよ。
ありゃもう『処刑人を見守る会』の主催者として失格だね。全ての情報俺に渡して引退しろっつの。」
「いやぁやっぱ一番近くで観察してくれる人は大事にしなきゃ。お前だって女子校にまでは入れないだろ。」
「だからなおさら口惜しいんだよ。活動しないんなら興味持ってるやつに引き継げばいい。」
「なんだ。噂が大したことなくてがっかりしたんじゃないのかよ。」
「がっかりしたよ。けどそれはそれ。俺は何が何でも最後まで見届けるね。」
「最後まで見届けたらどうするんだ?」
「どうするって・・・。いや別に何も考えてねぇよ。処刑人が見たい。それだけだ。」
「処刑人の噂事態が大したものじゃないってわかった今でも、まだ見たいか?」
「おいおい。今更そんな常識振りかざすなよ。ノリでやってるんだからよ。お前、やる気なくしたのか?」
「違う違う。確かめたかっただけだよ。まさかやる気なくしてないだろうなって。」
「俺はとことんやるね。とりあえずあのクソマメには先越されてるんだ。このまま引き下がれるかよ。」
下らない。
1月12日(土) 曇り
今日も川口の愚痴に付き合わされる。
ツアーに行ってからの方がタチが悪くなった気がする。
やっぱりこいつも他の奴と対して変わらない。マシなだけで、同類は同類。
「つーことはだよ。死んだいじめっ子の方も、そんな目立った奴じゃなかったってことだよな?」
「そうなるね。話だけ聞くと学校で一番怖い奴って感じがするけど、実際は全然違うんだろうね。」
「くそう。田村ちゃんオーバーに言いやがって。またツアーでもやってもっと詳しく知ってる奴いないか探すか?」
「やめた方がいいな。どうせ似たような話ばっかだよ。学校内でも田村ちゃんが一番の事情通かもしれない。」
「あー。どの道田村ちゃん無しじゃ無理か。直接処刑人に会えねぇかな?」
「だから誰がそうなのかを知ってるのも田村ちゃんだろ?」
「くそ。どうしようもねぇな。それじゃぁSって子が処刑人だって言われても、保証がねぇじゃん。」
「ここに来てまたでっち上げ説が急浮上?」
「いや俺説が急浮上だね。人は死んでるってのは確かだから、処刑人の存在自体は否定しない。
むしろいるって確信しつつある。俺もあれから色々考えたんだよ。
犯人がわからないってのはネット絡みの匂いがプンプンするんだ。けどそのSが処刑人なのかはまだわからない。」
「けどネットでの噂も下火になってるじゃん。」
「そういや元の管理人ってのも音沙汰無いんだよな。」
「元っていうか、田村ちゃんが『見守る会』を作った時に宣伝してたサイトでしょ。」
「ああ。『WANTED処刑人』だろ?覚えてるって。俺もROMってたんだから。」
「さすが『ROMマニア』。」
「今更ハンドルで呼ぶなっつの。」
「そう言えばこの前見たとき、『WANTED処刑人』もう消えてたよ。」
「そうか。いよいよ俺達だけかもしれないな。またどっかに宣伝すれば活性化するかな?」
「やめろって。何の噂にもなってない今、やる意味がない。」
「そうだよなぁ。あー。早く処刑人見てぇ。」
なかなか危険なことを言う。用心だけは怠らないようにしないといけない。
川口を含め、奴らみんなに。
1月13日(日) 晴れ
田村ちゃんから電話がかかってきた。
ツアーのことを気付かれたかとかなり焦った。
けど、よくよく聞いてみると用件は全然違うことだった。
まったく。タイミングの悪いときに電話してくる。
「こんにちわ。今、平気ですか?」
「ああ、田村さん。久しぶり。どうしたの?」
「そんな久しぶりってほどじゃないですよー。てゆうか師匠、たまには掲示板にカキコして下さいよ。」
「ごめんごめん。仕事が忙しくてね。」
「あはは。かわいそー。でね、いきなりなんですけどちょっと話があって。」
「何?」
「あの、例の子に会ってみません?来週の日曜日の予定なんですけど。」
「え?って問題ないの?また仲良くなれたんだ。」
「あ、そうなんですよー。聞いて下さいよねぇ。あの後大変だったんですから。
全然連絡取れなくてヤバイから家に押し掛けようかと思ってたのね。
そしたらあの子ちゃんと学校に来たんですよー。もうびっくりですよ。でもそこでまたすっごいギスギスしちゃって。
でね。もっとびっくりなのが、あの子謝ってきたんですよ。『クリスマスイブ、ごめんね』とか言って。
何を今更って感じですよねー。けどあんな引きこもりが自分から謝るなんて。あの子も成長したなー。」
「はぁ。なかなか凄いことになってたワケね。それで仲直りしてまたお料理会をしようと?」
「それがちょっと違うんですよー。仲直りはしたんですけどね。それでまたみんなが会いたがってるよって言ったら
あの子、なんか変なこと言うんですよ。『人見知りするから一人ずつ会いたい』とか言って。
ホントわけわかんないですよねー。謝ってきた時は一瞬見直したのに。やっぱ引きこもりは引きこもりなんですね。」
「あらら。まぁそんな人なんだよ。あ、でも来週の日曜日でしょ?ちょっと厳しいなぁ。もう仕事入っちゃってるよ。」
「えー。じゃぁ日程変えましょうかー?」
「いや、別にいいよ。川口か秋山君を誘いなよ。あとは遠藤さんか。」
「師匠に会って欲しかったのになぁ。まめっちはもう何度もあってるからいつでもいいし。
あと私、正直言って川口さん苦手なんですよ。なんか細かいことやたら聞いてくるじゃないですか。もううるさくて。」
「いやそんなの僕に言われても。秋山君にすれば?彼も会いたがってたでしょ。」
「うーん・・・仕方ないか。わかりました。そうします。じゃあ。今度は何を作ればいいかだけ教えて下さい。」
「またそうやって。たまには自分で料理を考えてみなよ。無理なら別に外に食べに行ってもいいワケだし。」
「だってめんどくさいんだもん。それに外に食べに行くだなんて絶対嫌です。
休日にまであの子と一緒に外歩くなんて。仲良く見られちゃうじゃないですか。」
「もう十分見られてるんじゃないの?学校では仲がいいフリしてるんでしょ?
個人的には家に誘う方がよっぽど仲良さげに見えるけど。」
「家に誘ってるだなんて誰にも言ってないですよ!一緒に出歩くのが嫌だから中に押さえ込んでるだけですから。」
「でも親にはバレちゃうじゃん。」
「親のいない時にしか誘ってません!夜までには必ず帰らせてるし。ちゃんと考えてるんですよ。私だってそんな・・・。」
「わかったわかった。とにかくまた何か料理を考えとくから。」
誰かに見られるほど目立った存在でもないくせに、やたら人の目を気にする。
自惚れてる。自分が特別な位置にいると思ってるんだ。
外から見れば視界にも入らない存在のくせに。誰もお前のやることを見ちゃいない。
けど、そんな奴に限って目立ちたがる。自分が目立てる状況を作りたがる。
過剰に悩んで人に相談。自分がいかに悲劇的な立場にいるかを訴え、同情してもらう。
悲劇のヒロインを気取って、そんな自分に浸ってた。
そうかと思えば、今度は圧倒的優位に立てる状況を作りやがった。
自分が主催者。自分が全ての情報を握ってる。みんなが知りたいことを自分だけが知ってる。
そしてその立場を持て余すんだ。自分の力量外のことをやるから。無理して目立とうとするから。
思いつきでやることには終わりがない。キッチリ終われない。
それだと駄目なんだ。ちゃんと終わらせないと。
でないと僕は・・・・・・
第36週
1月14日(月) 晴れ
自分のしてることを間違ってると思わない。
ただ、たまにどうしようもなく苦しくなるときがある。
今日もそうだった。仕事から帰ると急にものすごい自己嫌悪に陥り、頭がガンガンして気持ち悪くなって、吐いた。
ここ最近奴らと話し過ぎたせいかもしれない。胃が締めつけられるように痛い。
嘔吐物と涙を流しながら、僕は同じ言葉ばかり頭の中で繰り返してた。
知らなきゃ良かった。知らなきゃ良かった。知らなきゃ良かった。
真実を知らなければ、僕はこんなことをしてないのに。奴らなんかに関わらないのに。
これはあの子のせいじゃない。僕のせいだ。
僕がバカだったからだ。僕が気付かなかったからだ。
最初から気付いていれば良かったんだ。
そうすればこんな泥沼にはならなかった。
泥沼に。
1月15日(火) 曇り
仕事はきちんとこなさなければいけない。
幸い一晩ぐっすり寝たら例の悪寒も落ち着いた。
杉崎さんに「顔色悪いぞ。」と言われたけど休むわけにはいかなかった。
僕には僕の生活がある。これを維持しないと生きれない。
川口から電話があった。無視した。
田村ちゃんからも電話があった。無視した。
悪いけど今日は相手をしてる余裕が無い。
自分を保つので精一杯だ。
1月16日(水) 晴れ
いつもの調子に戻った。もう大丈夫。
昨日無視してしまったので田村ちゃんに電話した。
「師匠ー。早く料理教えて下さいよー。」
「ああごめん。忘れてた。」
「そんなー。私の料理の師匠なんだから教えてくれなきゃ困りますよー。」
「師匠っていうか。作り方教えてるだけじゃないか。あと、師匠って呼ぶのやめにしない?
みんな本名で呼び合ってるのに。僕だってちゃんと名前があるんだから・・・」
「いーじゃないですか別に。遠藤さんの『まめっち』だってアダ名じゃないですか。」
「あの人とは一緒にしないで欲しいなぁ。」
「あーひどーい。言っちゃいますよー。」
「いやぁそれは勘弁してよ。」
「あ、そうそう。そう言えば昨日川口さんから電話があったんですよ。珍しいですよね。」
「川口から?あいつ何か言ってた?」
「んーなんか処刑人の噂をもっと詳しく知りたいとかそんな話でしたよ。やたら細かく聞いてきた。」
「どんな話したんだ。」
「あはは。やだ。師匠ったらちょっと怖い声になってますよう。
別に大した話してませんよ?前からみんなに話してるのと同じですって。」
「二人死んで一人がおかしくなったって話?」
「そうです。川口さんなんで今更蒸し返すでしょうね。散々話してあげたのに。
あーやだやだ。ホントしつこかったんだから。それより師匠、料理教えて下さいってば。」
「ああ。そうだったね。今度はじゃあ・・・」
田村ちゃんとの電話が終わったあと、すぐに川口に電話した。
何回かコールは鳴ったけど、そのうち自動的に留守電に切り替わった。
出ない。
1月17日(木) 晴れ
せっかくの休日だったけど電話ばかり気にしていた。
川口が捕まらない。電話をかけても留守電になる。
何度目かからは「電波のとどかない所にいます」のメッセージしか流れなくなった。
留守電に「折り返し電話欲しい。」と吹き込んでおいたけど未だに連絡は来ない。
田村ちゃんに電話して聞いてみた。
余計な世間話ばかりしてきて肝心の話に持っていくまで時間がかかった。
「でね。遠藤さんたらあの子に会いたいとかそんな冗談ばっか言うんですよー。やっぱあの人面白いですよねー。」
「まあそんな人なんだよ。あ、ところでさ。川口の奴、この前どっか行くとか言ってなかった?」
「え?何ですかそれ。何にも聞いてないですけど。」
「そうか。ならいいや。」
「どうかしたんですか?」
「いやいや、大したことじゃないよ。今日飲みに行こうと思ったんだけど捕まらなくてさ。」
「そうなんですか。ってかやっぱ師匠と川口さんって仲良しですよね。私はあのタイプ駄目なんですよー。」
「またその話か。」
「いいじゃないですか。聞いて下さいよー。この前の電話の時だって・・・」
また長話に付き合わされた。この子の話は繰り返しの内容ばかりで中身も無い。
ずっと聞き流して、頭では別のことを考えてた。
川口、どうしたんだ。
1月18日(金) 晴れ
川口から電話が来た。
「よう。どうしたんだよ。留守電に連絡欲しいって入ってたけど。」
「ああ。大したことじゃないよ。昨日ヒマだったから飲もうと思っただけ。
で、何やってたんだ?ずっと留守電だったじゃないか。」
「悪い悪い。昨日はちょっとな。大イベントの真っ最中だったんだよ。」
「大イベント?何だよそれ。」
「へへ。聞いて驚くなよ。つか、絶対驚くぞ。」
「もったいぶるなよ。早く話せって。」
「処刑人の証拠見つけた。」
「何?」
「驚いただろ?マジだって。証拠っつかもっと凄いかも。」
「詳しく聞かせてくれよ。」
「へへへ。俺な、今週の始めに一人でまた田村ちゃんツアーやったんだよ。
お前も誘おうと思ったけど電話出なかったし。それにどうせ仕事だったろ?だから一人でいいやと思ってね。
で、例によって色んな女の子に声かけてたらさ。一人いい情報持ってる子がいたんだよ。この前聞き出せなかったこと。」
「聞き出せなかったことって?」
「名前だよ名前。例の噂の登場人物。ホントは全員の名前聞き出したかったんだけどさ。
話の流れ的に一人だけしか聞けなかった。でも凄い成果だったぜ。次に繋がったんだから。」
「誰の名前を聞いたんだ。」
「怖い声するなよ。誘わなかったのは悪かったって。で、聞き出せたのは狂っちゃったって子の名前。
公式には受験ストレスで頭おかしくなってオツムの病院に入ってるってことだったよな?
だから大学生のフリして『受験戦争の犠牲者についてレポート書いてる』って言ったらすぐに教えてくれたよ。」
「頭いいなお前。」
「だろ?けど俺はもっと用意周到だったんだぜ。話はこれだけじゃないんだよ。つかこっからがメイン。
実は俺、あらかじめ田村ちゃんに入院先の病院を聞いておいたんだよ。」
「はぁ!?よく話してくれたな。」
「要は聞き方だよ。頭の病院ってそんなたくさんないだろ?
だから『どこにある病院ってハッキリしなきゃ信用できない』みたいなこと言って聞き出した。
さすがは田村ちゃん。犠牲者と知り合いってことだけあるな。ちゃんと知ってたよ。」
「ということはお前まさか。その病院に?」
「そう!まさにそれ!昨日行ってきたワケよ!そしたらちゃんといたんだよ!マジびびった。
で、そこで凄い発見しちまったんだよ。あーお前にも見せてやりたかったなー。」
「何を見たんだ?」
「いやーあんなのがあるとは想像もつかなかったね・・・」
・・・・
「僕も行くよ。」
「何?」
「僕も見てみたい。明日行こうよ。明日はバイトか?無理なら一人で行くからいいけど。」
「え?あ、バイトはいつでもさぼれるからいいよ。何だよ。急に乗り気になってきたな。」
「うん。話を聞いてたら僕も見たくなっちゃって。自分の目で見なきゃ気になって仕事に手がつかない。」
「いいねぇ!そうゆうの大歓迎だよ。明日な。行こうぜ!」
杉崎さんに「最近体調が優れない。」と伝えたら、すんなり休みをもらえた。
本当に体調が悪い時には休まなかったのに。
1月19日(土) 曇り
「細江亜紀」
確かにその人はいた。
そこは病院と言うより施設だった。重度の患者はいない。
何かに疲れた人が集まる所。仕事に疲れたり、学校に疲れたり、家族に疲れたり。
その場から逃げたいと思ってる人は社会に出ればいくらでもいる。
ここにいる人達は、何かから逃げ出したい気持ちが他の人よりも少し強いだけ。
外の人と違うのはそれくらい。きっかけさえあれば誰でもここに来る可能性はある。
悩みを抱えてない人間なんていないんだから・・・。
というのを施設の紹介として聞かされた。
他にも社会復帰のためのプログラムには長い期間のものから短いものまでどうたらこうたらという説明があったけど
別に興味がなかったので全て聞き流していた。川口は2回目なので露骨に顔をしかめていた。
面会はあまり歓迎されてない感があった。
人と会うのはプログラムに影響を与えるのだとか何だとか。そんなこと知ったことじゃない。
川口は「田村喜久子の紹介の大学生」として入り込んでいた。
奴はバレた時のことを気にするほどの脳は持ち合わせていない。
細江さんにも受験ストレスのレポートを書くという話をしてたそうだ。
けどもちろんそれはただ話しただけで、「ところで田村さんから聞いたんだけど。」と処刑人の話にシフトさせた。
その時、細江さんが黙って川口に見せたものがあれだった。
細江さんはそれだけ見せて「何も話したくない。」と言って引っ込んでしまったらしい。
でも今日は僕も見せてもらった。
面会室に入ってきた細江さんは、僕らを、というより川口を見てけだるそうな表情をした。
「またあなたですか。話なんてありませんよ。」と言ってすぐに引き返そうとした。
川口が笑いながら細江さんに飛びかかった。
そんな無茶をすると後でどうなるのかなんて猿にわかるわけなかった。
川口が細江さんの長そでをめくると、か細い腕に例のモノが醜く刻み込まれていた。
「処刑人済」
鉛筆で刻み込んだらしく、傷自体は治ってても入れ墨状態になって文字が消えてない。
もっとじっくり見たかったけど細江さんが暴れたのでそれ以上は無理だった。
そしてもちろん、僕らはつまみ出された。今後出入り禁止というおまけつきで。
帰りに川口は大笑いしてた。
「見たろ?『処刑人済』だってよ!普通なら『処刑済』だろ?キッチリ文字を間違えてるのも狂ってていいよな!
バカだ。やっぱりバカだ。いいねぇ。やっぱ処刑人はこうでなきゃ。最高のバカだね。
またネットで処刑ターゲットの募集やってくれねぇかなぁ。あのイカレ具合が好きなのに。あー早く会いてぇ!」
バカをするとバカが集まる。呼んでもないの寄ってくる。
しかも妙に行動力がありやがる。野放しにすると暴走しかねない。
例え中心部が醒めてしまっても、群がるだけのバカは意味もなく粘着する。
しつこく嗅ぎまわりやがって。それがたまに見事に当てはまる時があるからタチが悪い。
猿が。
1月20日(日) 晴れ
川口が興奮さめやらぬ調子で電話をかけてくる。
新しい情報を仕入れたわけでもなかったので全て聞き流した。
奴らを見てると何も知らなかった頃を思い出す。
全ての出来事に意味を求めていた。背後に大きな法則があるように思ってた。
本当は逆なのに。法則があるからそれが起きたってワケじゃない。
後から僕が勝手に・・・。最初から気付いてれば良かったのに。
けど、奴らの気持ちも痛いほどよくわかる。
一度ハマったら抜けられないんだ。
自分勝手に盛り上がり、勝手に悩む。そして人を巻き込んでいく。
外から見ないとわからない。もしくは、教えてもらって気付くまでは。
奴らは未だわかってない。わかってないくせに、中心部にどんどん近づいてくる。
その先に何があるのか、お前達は知ってるのか?
・・・無知は罪だよ。
→第2部<外界編>
第10章