絶望の世界A −もうひとつの僕日記−
第2部<外界編>
第10章
第37週
1月21日(月) 晴れ
仕事も大分落ち着いてきた。
最初は料理のいろはなんて何も知らなかった僕がここまで成長できるとは思ってなかった。
思えば僕もかなりの料理を覚えた。今では趣味で新しい料理を開発したりもする。
失敗作も多いけど、おいしければ杉崎さんもメニューに載せてくれる。
汗水垂らして働くのも悪くない。むしろ働く喜びってのを感じる時もある。
「働かせて下さい。」と土下座して頼んだ甲斐があった。
目的は別にあるとは言え、料理人の仕事に就いたのは正解だった。
きっかけなんて関係ないのかも知れない。
1月22日(火) 曇り
川口は細江さんを探し当てて以来すっかり調子に乗ってしまった。
僕に電話してきては次は何をしようかと一緒に案を練ってる。
細江さんにもう一度会いに行ってもっと詳しい情報を聞こう、という話になったけど
あんな騒動を起こしてしまった後で会いにいけるわけがない。
大事な「情報源」を自分で潰したくせに、本人にはそんな意識がない。
第一、もう出入り禁止になってる。
「今度は警察にチクるのはどうだ?殺人事件の犯人の情報を手に入れましたって言えば絶対乗ってくれるだろ。」
「でも割と昔の話だからわかんないよ。」
「そうかなぁ。殺人事件なら今でも捜査してるだろ。実はネット絡みの殺人だなんて警察も掴んでねぇって。」
「警察かぁ。大それた話になってきたなぁ。」
「俺はチクるの得意だよ。つか、110番にイタズラなんてよくやるだろ?」
「いや、僕はしたことないなぁ。」
加えて「お前だけだよ。」と小さく呟いておいた。
外には色んな奴が居る。
1月23日(水) 晴れ
田村ちゃんから電話が来た。
仕事中だったし、会話する気分でもなかったので放っておいた。
すると留守電に妙なメッセージが吹き込まれていた。
「師匠、これ聞いたらすぐ掲示板見てください。大変なことになってます。」
「掲示板」と聞いて一瞬何のことかと思ってしまったけど、よく考えみるとネットとことだと気付いた。
「処刑人を見守る会」。最近ネットでの活動なんか全くしてなかったらすっかり忘れてた。
家に帰ると久々にパソコンの電源を入れた。
ネットに繋げて画面を表示。「お気に入り」の中には過去の残骸が幾つかまだ残ってる。
今はもう何もない「WANTED処刑人」。かつて僕が管理していた場所。
その下に「見守る会」へのリンクがあった。
アクセスすると相変わらずサイトの趣旨にそぐわないデザインのトップページが現れた。
挨拶文やら最近の処刑人の動向やらはまだ残ってるけど、ここ最近全然更新されてない。
掲示板コーナーをクリック。掲示板も他と同じように、アングラとは思えない可愛らしいデザイン。
そこに新しい発言が投稿されていた。
********
投稿者:アッキー
投稿日 2002年01月22日(火)23:05
日曜日、Tさんと一緒に「処刑人」に会いました。
みなさんの話や色んな噂から、もっと気持ち悪い人を想像してましたが
実際会ってみるととても感じの良い人で、第一、可愛かったです。
そこで僕は思いました。
「この人は本当に処刑人なんだろうか?もしかして『処刑人』だと勝手に決めつけてるだけなんじゃ?」
後者の場合、僕らはネットを通して彼女にとても酷いことをしてきたんだと思います。
そう思うと僕は自分の罪に押しつぶされそうになって、とても辛いです。
いっそのこと彼女に全部話して謝りたいです。
今後、僕はこのサイトの更新を望みません。
そっとしといてあげたいです。
また彼女の手料理を食べたいです。
それが僕の望みです。
*********
全て読み終わった後、僕は思わず吐き捨てた。
ガキが。
1月23日(木) 晴れ
緊急会議を開くことになった。
参加者は田村ちゃん、遠藤、秋山君、そして僕。田村ちゃんの意向で川口はメンバーを外された。
開催日は土曜日。学生が絡むと平日開催ができないから困る。
杉崎さんに頼んで土曜は早引きさせてもらうことにした。
最近休みを取るのが多くて申し訳ないと思ったけど
「いつもはがんばり過ぎなんだよ。このくらい休んだ方が丁度いいって。」
と快く受け入れてた。日頃マジメに働いた甲斐があった。
田村ちゃんは「師匠、どうしたらいいですか。」ばかり連呼していた。
自分が始めたことなのに、困るとすぐ人に相談する。
始めるときになぜ想像しなかったんだろう。自分のすることが、何を産み出すのか。
トラブル無しで物事が進むわけがない。
1月24日(金) 曇り
田村ちゃんが必死に秋山君を説得する方法を考えてる中、
掲示板では遠藤が妄言を吐いていた。
********
投稿者:まめっち
投稿日 2002年01月23日(金)15:44
アッキー、君は何か勘違いしてるぞ。
いや、君の言いたいことはわかるんだ。
何しろ僕は何度も『処刑人』に会ってるからね。
僕は君以上に遙かに彼女のことを理解している。
だから敢えて言わせてもらうよ。
罪に悩まされるくらいなら、彼女のことは忘れろ。
サイトの更新を望まないのなら、ここへは来るな。
ここにいる以上は管理者である「密告者」様のルールに従うべきだ。
キツイこと言ったかもしれないけど真剣に受け止めて欲しい。
だって、「処刑人」は君だけのものじゃないんだから・・・。
********
お前のものでもない。
1月25日(土) 雨
昼過ぎから行われた会議はかなり白熱し、夜になるまで終わらなかった。
ファミレスの店員が嫌悪の視線を送ってきてるのにも気づかず、みんな言いたい放題。
「だから、僕はあんないい人騙すなんてもう耐えられないんです。」
「さっきから何度も行ってるけど、別に騙してるわけじゃないのよ。私なりに結論を出してのことなのよ。
秋山君にはわからないだろうけど、あの子学校では酷かったのよ。今は猫かぶってるだけよ。」
「そんな人に見えません。それに、もしそうだとしてもネットとどう関係あるんですか。」
「ネットで処刑ターゲットの募集してたの見たでしょ?私の名前が載ってたのも見たでしょ?」
「僕は見てません。ネットじゃそれくらい簡単にねつ造できるじゃないですか?」
「待った。処刑ターゲットの募集は僕も見たんだ。田村さんの名前が載ってるのも見た。
他のターゲットも田村さんの知り合いなんだよね?で、学校では怪しい奴がいる。当然の流れだと思うよ。」
「実際会ったらそんな人じゃないってわかります。」
「おいおいおいおいおいおいアッキー、君に何がわかるんだよ僕は何度も会ってるからよくわかるけど。
たった一日会っただけで彼女を語るのはよしてくれ。一度で理解したつもりになるなんて愚の骨頂だ。」
「どうせ遠藤さんもあの人が処刑人だと思ってるんでしょ?」
「ちっがあああああああああうう!そんなんじゃないんだってば。そんな話じゃないんだってば。
心の闇は誰でもある。けどそれを受け入れるのが大切なんだよ。君は心の闇の存在を否定してる。
けど違うんだ。光と闇は切り離せない。光の部分しか見ないなんてのは逆にその人を傷つけることになるから
心の闇を認め、それを含めて受け入れてあげた時こそ本当に理解したと言える・・・」
「あ、ちょっと話がズレてきてるから元に戻すけど、秋山君さ。これからどうしたいの?」
「彼女に全部話します。きちんと説明して謝ります。」
「全部説明するってどこから?僕らが知り合った経緯まで説明するの?
処刑人の情報を集めた『WANTED処刑人』ってサイトがあって、そこの掲示板で『密告者』が別のサイトを作って。
そこでオフが行われて。『密告者』が処刑人のターゲットだった田村さんだったことが判明して・・」
「あの子だっていきなりそんな話をされても信用するわけないわ。」
「仮に全部話せても、その子は不愉快な思いしかしないだろね。」
「だから謝って許してもらいたいんです。」
「そんなうまくいくかな?それにね、これは君だけの問題じゃないんだ。
許してくれなかったら田村さんの立場はどうなるんだ。田村さんはこれからも学校で会うんだよ。」
「田村さんも一緒に謝りましょうよ。」
「嫌よ!なんで私があの子なんかに謝らなくちゃいけないのよ。」
「まぁまぁまぁままぁまぁまぁみんなそんな熱くならないで。今すっごい解決策を思いついたから。
要は僕にまかせてくれればいいわけだ。僕が処刑人ちゃんに直接話しててあげればいいわけだね。
仕方ないなぁ一肌脱いでやるかぁ。いやぁまさかこんな役が回ってくるとはとんと考えつかなかったよ。」
「いや、遠藤さん。ここはみんなで解決しましょう。」
「だよね。やっぱみんなで解決した方がいいよね。本当は僕もそう思ってたんだよ・・・」
川口がいなかったのが残念だ。
あいつがいれば三人とも問答無用に殴られて、強制的に黙らされただろうな。
結局何も決まらなかった。誰も自分のスタンスを変えようとしない。
田村ちゃんは「謝るなんて絶対嫌。」で、秋山君は「謝りたい。」。遠藤は何がしたいのかよくわからない。
今後のことは「お互いじっくり考えよう。」ということで答えを保留にしておいた。
とりあえず「誰も先走らないように。」とクギを刺して、会議は終了。
なかなか面白い一日だった。
1月26日(日) 晴
川口が今ごろ秋山君の書き込みに気づいた。
「おいおい、秋山のやつ掲示板に馬鹿なこと書いてるぞ。見たか?」
「ああ。僕も昨日気づいた。なんか遠藤さんも反論してたね。」
「いいねえ。もっとギスギスして欲しいね。それそうゆうの大好きだから。」
昨日のバトルを見せてやりたかった。
「もうギスギスしてるかもね。あんなことかかれちゃ田村ちゃんも黙ってられないでしょ。」
「そうだよなー。お前のトコに何かきたか?お前田村ちゃんに気に入られてるだろ。」
「いや、何も来てないよ。本人同士で直接やりあってるんじゃない?」
「だろうな。かなり楽しくなってきたねぇ。あ、そうそう。お前にひとつ言おうと思ってることがあったんだ。」
「何?」
「この前警察に電話したらさぁ。全然話聞いてくれなかったんだよ。」
「え?本当に電話したの?」
「ああ。けど全然駄目だった。いくら話しても聞く耳もたねぇって感じでさ。ネット犯罪は担当がどうだとか。
証拠はあるのかなんてのも言ってたな。あと、俺の素性まで聞き出そうとしやがるんだよ。もちろん断ったけどね。
そしたら『イタズラじゃないのか?』なんて言いやがって。くそう。あの野郎殺してやりてぇ。」
「そりゃそうだよ。警察はきちんとした証拠がないと動いてくれないよ。」
「でも殺人事件だぜ?くそう。せめて田村ちゃんに処刑人の本名聞いときゃよかった。
Sちゃんだけじゃわかんねぇよ。やっぱ殴って聞き出そうかなぁ。それとも学校に乗り込んでやるかぁ?」
「学校はマズイって。細江さんの時だって結構ヤバかっただろ。学校はもっと厳しいはずだよ。」
「そうだけどさぁ・・・。そうするとやっぱ田村ちゃんから聞くしかないな。」
「急ぐなよ。あの子は殴ったら余計に口を閉ざしそうだから。」
「まぁな。あ、そうか。他にもっといい方法があった。そうだよ。これなら絶対逆にこっちが優位に立てるし・・・。」
「何だ気になるな。そのいい方法とやらを教えてくれよ。」
「犯す。これしかないだろ。」
電話を切ったあとも笑いをこらえるが大変だった。
大声を出して笑いたかったけど、こんなボロアパートだと近所迷惑になってしまう。
田村ちゃん、秋山、遠藤、そして川口。お前ら最高だよ。
全てが崩壊に向かいつつある。
第38週
1月28日(月)
準備は今から整えておくべきかもしれない。
状況が変わってきてるから、前のプランでは厳しくなってきた。
川口は色々知り始めてるし、他の奴らも仲良しクラブじゃなくなってる。
バラバラになってる。みんなで一緒にお食事会なんて雰囲気はもう無い。
奴らも色々考えを持ち始めたり、勝手な行動をとってたりするけど
幸い、肝心な部分にたどり着いた奴はまだいない。
今ならいくらでも調整できる。
1月29日(火)
掲示板に新しい書き込みが加わってた。
********
投稿者:アッキー
投稿日 2002年01月29日(火)01:19
この前はおつかれです。
みなさんはもう結論は出ましたでしょうか?
僕はまだです。というより、出せないです。
それは僕がみなさんより情報不足だからです。
正直、僕は前身のサイトも詳しく知りません。
処刑人にあまり興味がなかったからです。
僕はアングラでオフ会をするという趣旨が面白くてここに参加しました。
だから敢えて聞きたいんです。処刑人が何をしたんですか?
そしてなぜ、あの人を「処刑人」にしたがるんですか?
納得できる情報を提示してください。
納得できなかった場合は、当初の予定通りSさんに謝りに行きます。
注意:勝手な噂話は不可です。説得力のあるものだけ提示してください。
********
ここまで逆ギレする奴も珍しい。
1月30日(水)
遠藤がご丁寧に答えてくれた。
********
投稿者:まめっち
投稿日 2002年01月30日(水)14:08
前身のサイトって「WANTED処刑人」のこと?あれは別のサイトだよ。
Tさんこと「密告者」が管理する「処刑人を見守る会」ができてからすぐ消えた。
「虫」って人が管理してたけど地下に潜っちゃた。
派生したサイトの方が人気が出てきたから嫌になったか、面倒くさくなったかってトコだよね。
それはともかく、処刑人の話だ。
「WANTED処刑人」には使える情報が多々あったから
そこから肝心なものだけ紹介するよ。
*処刑人とは?*
→あるいじめられっ子が、いじめっ子に復讐するために「処刑人」と化した。
*ネットとの関係は?*
→処刑人はネットで次のターゲットを募集し、選ばれたターゲットを「処刑」する。
ターゲット募集をかけてたサイトは、いわゆる「出会い系」のサイト。
僕らは実際にそこで処刑人がターゲット募集をかけてるのを見たから、これは実話だよ。
*ターゲットって?*
「処刑人」はこんな感じで募集をかけてた。(Tさん、嫌なこと思い出させちゃってごめん!)
********
彼らは弱き者を苦しめる罪人である。
よって死刑の判決が下された。
しかし彼らにも猶予を与えたい。
諸君らにお願いする。
処刑して欲しい者を選んでくれ。選ばれた者から処刑を始める。
彼らの運命は君らに託されるのだ。
誰を真っ先に殺すべきか?
メールを待つ。
失格教師 岡部和雄
鬼畜女王 牧原公子
能無下女 板倉聡美
淫売女狐 細江亜紀
寄生蛆虫 田村喜久子
********
みんな実名で実在する人物です。
でも、実際には巻き込まれただけの人も多いんだよね。
*処刑されるとどうなるの?*
これは「処刑人」自身の告知と現実とは若干の食い違いがある。
ネットでの最終告知はこちら。
********
失格教師 岡部和雄
鬼畜女王 牧原公子(逃亡中:見つけ次第処刑予定)
能無下女 板倉聡美
淫売女狐 細江亜紀(下僕化)
寄生蛆虫 田村喜久子
********
これだけ見ると「全然処刑してねぇじゃんよ!」っていいたくなるよね。
けど、現実では・・・Tさんから頂いた貴重な情報はもう知ってるよね?
僕ら関係者しか知らないものだから決して他言しないように!
この掲示板も誰が見てるかわからないから
リアル話は書き込んじゃ駄目だよ?
********
今更ながら、やっぱり見てる奴は見てたんだと感心した。
よく覚えてるな。
1月31日(木) 曇り
秋山も負けじと反論してる。
********
投稿者:アッキー
投稿日 2002年01月31日(木)23:05
まめっちさん。僕の説明不足のようでしたね。
僕はそんな話を聞きたいんじゃないんです。
その「WANTED処刑人」とやらに集められた情報は
所詮噂話でしかないんでしょう?勝手な噂話は不可だと言いましたが?
みなさんが触れようとしないその「リアル話」とやらを聞きたいんです。
噂話があるのは構いません。ネットですから。
実名が出ることもあるでしょう。出された人には本当に同情します。
問題は、それがSさんと何の関係があるんだっていうことです。
Tさん。実名を出された屈辱はお察しします。
けど、結論を急ぎすぎてませんか?
Sさんはあなたにとってひどい人だったかもしれない。
でもそれだけで「処刑人」と断定していいのでしょうか?
酷な言い方かもしれませんが、僕は死んだ人たちが「殺された」と思ってません。
不幸な事故が重なったのを、心無い人が面白おかしく話をでっちあげたとは考えられませんか?
嫌いな人を「犯人」だと思い込んでしまってないか、もう一度よく考えてみて下さい。
********
こいつはもう止まりそうにない。
2月1日(金) 晴れ
今日は珍しい人が書き込んでた。
管理人さまの登場。
********
投稿者:T
投稿日 2002年02月02日(金)22:42
こんにちわ。黙って見てられなくなってきたので私も参戦させてもらいます。
アッキーにあの子がどう見えたのかわからないけど
私はあの子にとても痛い目に合わされてました。
今はあの子と親しいフリをしてるけど、それはこのサイトで味方を見つけることができたからよ。
一人で戦ってたあの頃は本当に辛かった。
たまたまネットで見かけた「処刑人」。
そこに私の名前。友人の名前。露骨に怪しい人間が一人。消されていく友人達。
次は私かもしれないってプレッシャーで、精神的に追い込まれる日々でした。
アッキーの言うように、そんな中だったからこそあの子を「処刑人」と思い込んでたのかもしれない。
でもね、証拠があるの。
あの子が殺人犯だっていう証拠じゃなけれど、あの子が「処刑人」だという証拠が。
しっかり名乗ってるの。形に残して。
一度見せてあげたいわ。
何なら見せてあげようか?
********
随分な大胆発言だ。証拠があるって?
それがあるなら最初から出せばいいのに。
さすが田村ちゃん。情報を小出しにする嫌らしさは誰にも負けない。
証拠か。これは僕も見てみたい。
いや、見ておく必要がある。
2月2日(土) 曇り
田村ちゃんのあとは秋山も遠藤も「証拠見たいです。」という発言ばかり。
僕も気になる。奴は僕の知らないことをまだ隠してるのか。
何か手を打っておいた方がいい。
川口に電話すると、あいつもしっかり掲示板は見てたようだった。
さすがはROMマニア。掲示板に参加せずとも情報だけは把握してる。
「証拠だってな。お前どう思う?」
「あれはハッタリじゃないかもしれないね。本当だと思うよ。」
「何だろうな。まさかSの通信記録を握ってるとか・・・」
「それは無いよ。プロバイダじゃあるまいし。」
「メールの記録かもよ。ほら、処刑リクエストを募集してたときのメール。あれ確か携帯のアドレスだったよな。」
「携帯?そうだっけ。」
「おいおい。お前気づいてなかったのかよ。アドレスが携帯のものか何て見たらすぐわかるだろ。」
「ああごめんごめん。そうだったね。ずっと前のことだったから忘れてたよ。」
「俺はまだ奴のアドレス控えてあるんだけどさ。さすがにもう通じねぇんだよな。」
「そりゃそうだろうね。処刑人さんも忘れた頃にイタズラメールが送られてきたら嫌だろうし。」
「まあな。あー。あの頃はちゃんと返事くれてたのになぁ。」
「あ、川口も処刑人から返事もらったクチなんだ。」
「そうだよ。『リクエストありだとう』とか言って。そういや遠藤ももらってたとか言ってたよなぁ。」
「言ってた言ってた。それがきっかけでファンになったとか何とか。」
「そうそう。」
「ところで、さっきの話だけど。田村ちゃんの言う証拠ってのは見ておきたいよね。」
「もちろん。また渋るようなら殴ってでも見せてもらう。」
「はは。その調子じゃ警戒されちゃうよ。」
「それはあるな。あの女、最近やたら俺を避けてやがるし。」
「会ったら何されるかあの子もわかってるんだよ。」
「くそ。会うことさえ出来れば何とでもしてやるのに・・・。」
お料理会も開催される気配も無いし、「会議」にも外されてるから会うのは厳しいだろう。
自分の行動が仇となってるのに気づかないのは頭が猿だからだ。
まぁがんばってくれ。
2月3日(日) 雨
田村ちゃんに電話した。
「なんか掲示板大変なことになってるね。」
「もう大変なんてもんじゃないですよー。あーなんでみんな言うこと聞いてくれないんだろ。」
「ネットは管理人の思惑通りに動くとは限らないんだよ。」
「でもこれじゃもうぐちゃぐちゃですよ。どうしたらいいかワケわかんないです。」
「ズバっと証拠とやらを見せてあげたら?掲示板にも書いてたけど。あれ何なの?」
「あ、そうそう。ちゃんと証拠あるんですよ。見たらびっくりしますよ。絶対。」
「ホントに?僕も見たいなぁ。」
「見せますよぉ。特に師匠には一番に見せてあげる。あの、けどちょっと問題があって・・・。」
「問題?」
「ええ。その・・・すぐに見せれる状態じゃないんですよ。掲示板ではああ書いちゃったけど本当はそんな簡単じゃなくて・・。」
「はぁ。うーんよくわかんないな。」
「えっと。説明しづらいって言うか全部話すと長い話になっちゃうんですよ。」
「別に長くても構わないよ。いいじゃん。話してよ。」
「うーんどうしよ。色々あって私もちょっと言い難くて・・・・あ、そうだ!師匠、来週どっか空いてます?」
「え?うん。木曜日は定休日だから空いてるよ。」
「決まり。木曜日あけといて下さい。絶対ですよ。」
「何?なんかやるの?」
「特別に師匠に証拠を見せてあげます。というかみんなに見せる前に誰かに事情を説明しておきたいんですよ。」
「いや、僕は全然構わないけど。いいの?僕なんかで。」
「へへへ。みんなの中で師匠が一番信用できますから。」
「そうかなぁ。」
「そうですよ。みんなピーチクうるさいけど師匠はいつも冷静じゃないですか。
じゃ、木曜日一日あけといてくださいね。一緒に行って欲しいトコがあるんで。私も学校サボりますから。」
「わかった。近くなったらまた連絡するね。」
電話を切った後、思わず吹き出してしまった。
あの子は何を勘違いしてるんだろう。僕に何を期待してるんだろう。
一番信用できるだなんて。
第39週
2月4日(月) 晴れ
田村ちゃんはやたら出し渋りをする。
「木曜日行くのはいいけどさ。どこに行くかくらい教えてよ。」
「当日まで秘密です。あせっちゃ駄目ですよー。」
「もしかして処刑人に会わせてくれるの?」
「そうじゃないです。あ、会いたいですか?いつでも紹介できますよ。あの子は私の言うことなら何でも聞くから。」
「そうだね。近いうちに頼むよ。でもその前に証拠ってのが気になって。」
「木曜日にわかりますよ。」
「先にちょっと教えてくれるくらいいいじゃん。」
「後のお楽しみですってば。えへへ。見たら絶対驚きますよー。」
「そう言われると早く知りたくなるよ。」
「ダーメ。あーとーで。」
「ヒントだけでも頂戴。ヒント。」
「ヒント?うーん何だろう。結構生々しいって感じかな。」
「生々しい?それだけじゃわかんないな。」
「生々しいって言うかちょっとグロいかも・・。」
「益々わからない。」
「わざとですよー。私、じらすの好きなんですよー。」
「ひどいなぁ・・・。」
助けを求めてるくせに何様のつもりなんだ。こいつは少しでも甘い顔をするとすぐ調子に乗る。
川口が嫌うのもよくわかる。
2月5日(火) 晴れ
田村ちゃんは時間を見ないで電話してくる。
お昼休みはヒマなんだろうけど、僕は仕事中だというのをわかってない。
「ねぇ今何やってるんですか?」
「今こっちは仕事中だよ。また後でかけてくれる?」
「あ、ごめんなさい。でもちょっとだけお願いします。木曜日のことなんですけど・・。」
「ちょっとだけだよ。で、木曜日行く場所決まったの?」
「えへへ。まだ教えません。」
「じゃあ何?」
「気になってるかなぁと思って。」
「うーん確かに気になってるよ。」
「楽しみにして下さいね。絶対びっくりするから。あ、そうそう。ところで聞いてくださいよ。最近あの子妙に生意気なんですよ。」
「生意気?どんな風に?」
「なんか、調子に乗ってるっていうか。またみんなに会いたいとかそんなこと言ったりするんですよ。」
「いいじゃん。お料理会やろうよ。」
「じゃあ今からあの子に話しますね・・・・って今そんな雰囲気じゃないじゃないですかー。」
「あ、今学校・・・・だよね。この時間だと。」
「はい。お昼ご飯一緒に食べたトコです。いつもお弁当のおかず交換とかやってるんですよ。
でもほら、あの子の作る料理ってまずいじゃないですか。だからさっさと逃げてきちゃった。」
「話し聞かれたらやばくない?」
「大丈夫ですよ。あの子に盗み聞きする根性なんてありませんから。ちょっと回り見てみましょうか?
・・・・うん。別にあの子いませんでしたよ。どうせ一人でボケっとしてるんだわ。私がいないと何もできないんだから。」
「いつもそのSさんは一人なの?」
「そうですよー。友達いないもん。」
「田村さんがいるじゃん」
「やめてくださいよー!私は友達じゃありません。強いて言うならあの子は私の奴隷かな?」
前は逆だったんじゃないのか。
2月6日(水) 曇り
また昼に電話してきた。
「いよいよ明日ですね。」
「そだね。あ、ごめん。後にしてくれる?僕まだ仕事中だから。」
「すいません。でも大丈夫ですよ。私のほうはお昼休みだし。すぐ済みますから。」
「いやいや、そっちが良くてもこっちがね・・・」
「でもこうして喋ってるじゃないですか。ちょっとくらいサボったって平気ですよー。」
「そーゆうわけにはいかないんだよ。店長に睨まれちゃうよ。」
「えー。師匠なんか冷たーい。」
「・・・あのね。田村さん。わがまま言われても困るんだよ。真面目に仕事しなきゃ給料出ないんだから。」
「はあ。すいません。」
「気のない返事だね。・・・・・・・・怒るよ。」
「いや、あの、待ってください。そんなことないです。すいません。」
「それにさ。明日のこともそうだよ。何にも教えてくれなくて。隠し事ばっかだと僕も行きたくなくなるよ。」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ・・・。」
「じゃあちょっとくらい『証拠』の内容を説明してよ。いい加減教えてくれないと僕だって嫌になる。」
「すいません。えっと。その、ホントにちょっと特殊なんですよ。
これ言っただけじゃあまり意味わかんないかもしれないですけど。」
「構わないよ。詳しくは明日聞くから。触りだけでも教えてもらえれば」
「あ、じゃあ、ホント触りだけ・・・あの、前に処刑人のターゲットだって子で細江さんっていましたよね?
その子は頭おかしくなっちゃったんですけど・・・えっと、その子の腕に・・・なんて言えばいいかな。
Sが刺青みたいなことしたんですよ。処刑人済って変な文字を刻み込んでて。それが腕に残っててるんです。
だから明日は細江さんが入院してる病院に行ってそれを見てもらおうと思って、あ、でも病院っていうより施設なんですけど・・
あーこれだけじゃ全然わかんないですよね。すいません。明日ちゃんと説明しますから・・・。」
・・・それだったのか。
2月7日(木) 晴れ
川口と来た道をもう一度辿った。
あいつは自分の足で情報を集めてここまでこぎつけた。
あいつが持ってた情報は限られたものだった。田村ちゃんに嫌われてたから。
頭がおかしくなった人物が細江さんであることすら知らなかった。
他にも遠藤や秋山は知ってて川口は知らないことは多々ある。
でもここまで自力でたどり着いた。
そして破壊した。
田村ちゃん。これは君のせいだ。
君が制限した情報しか渡さなかったから。
調子に乗りすぎた。
細江さんとは会えなかった。
田村さんがまず面接の手続きをしてくるといって施設に入り、僕は外で待ってた。
受付から戻ってきたときの田村ちゃんの顔色はすっかり青ざめていた。
僕に事情を説明する姿は見てて痛々しかった。
問答無用で面接拒否。心無い人が友達を装って問題を起こしたからだとか。
さらに言えば、細江さんの様態は悪化したそうだ。
最近は良くなってたのに、変な人が面会に来たせいでまたぶり返してしまったという。
「誰がそんなことを。」
帰り道に田村ちゃんはそればかり呟いていた。
昨日の電話でも少し気まずくなってたけど、今日の空気はさらに気まずかった。
僕から声をかける雰囲気でもないし、田村ちゃんはうろたえっぱなし。
でも最後はちゃんと理解したようだ。
独り言なのか。僕にわざと聞こえるように言ったのか。
別れ際にしっかり口走っていた。
「まさか・・・川口さん・・・。」
大当たり。
2月8日(金) 晴れ
ちゃんと夜に電話してくるようになった。
「昨日はすいませんでした。何にも見せれなくて。」
「いやいいよ。ちゃんと事情は説明してもらったし。状況は把握できてる。それより掲示板での説明はいいの?」
「いいです。秋山君と遠藤さんには改めて説明します。それよりもっと大事な問題があるんで。」
「大事な問題?」
「そうです。細江さんに面会に来て暴れた犯人。目星はついてるんです。」
「ホントに?誰なの?」
「川口さんです。絶対間違いない。あの人です。」
「川口が!?そんなまさか・・・。でもなんであいつだってわかったの?証拠とかあるの?」
「状況証拠なら。あの人この前、細江さんが入院してる病院はどこだって聞いてきたんですよ。
確か『どこにある病院かハッキリしないと信用できない』とか言って。
私またあの人に色々突っつかれるのが嫌で、つい喋っちゃったんですよ。それくらいなら問題ないだろうと思って。」
「そしたら実際そこまで足を運んでたと。」
「そう!そうに決まってます!失敗したぁー。教えなきゃ良かった。そんなつもりだったなんて。」
「けどあいつだってそこまでするかなぁ。」
「あの人ならしますよ!絶対!あーもう。あの人ならやりかね無いってわかってたのに。
師匠何か聞いてませんでした?川口さんと親しいでしょ?」
「いや、僕は何も。」
「じゃあこっそりやってたんだ。もう嫌。何であの人私の邪魔ばっかするの!何で勝手なことばっかするの!」
「もし本当にあいつだとしたら、今回のは酷いね。そこまでするとさすがに・・」
「師匠からも何か言ってやって下さいよ。何でルールが守れないのかって。
てゆうかもうコレ犯罪でしょ。人の不幸に追い打ちかけるだなんて。信じられない!」
「・・・一度直接話してみる?」
「え?」
「こうなったらハッキリしといた方がいいよ。秋山君や遠藤さんを待たせるわけにもいかないし。
川口と話してみようよ。僕も間に入るからさ。このままじゃ先に進めないし。」
「直接・・・ですか。私あの人苦手なんですよ・・・。師匠、本当に間に入ってくれます?」
「もちろん。その方が話しやすいでしょ?」
「何かあったら助けてくださいね。」
「うん。でもあいつは変な真似はしないよ。その点は大丈夫。」
「でも何か怖そうだし・・。」
「平気だって。イザとなったら僕だって居るんだから。」
「頼りにしてますよー。良かった。師匠が居てくれて。」
「じゃ決まりだね。僕が川口に話ししておくから。日曜でいいでしょ?」
「はい。お願いします。」
その後すぐに川口に電話して事情を説明した。
細江さんの話では大笑いしてた。もちろん日曜日の話し合いの件はオッケー。
「俺も田村ちゃん話したいことあったんだよ。」とやる気になっていた。
僕も是非二人に「話し合い」をして欲しいところだった。
絶好の機会だ。
2月9日(土) 晴れ
掲示板では秋山と遠藤が「証拠まだですか?」と催促していた。
二人には申し訳ないがもう少し待ってもらうことになる。
川口と明日のことで話をした。
「田村ちゃんには悪いことしたなぁ。まさか隠し玉で持ってたのを先に見ちゃっただなんて。」
「しかも破壊してくっていうオマケつきでね。」
「いやーそこまで考えてなかったよ。まぁ関係ないけどね。」
「確かに。」
「ところで明日どうする?何話せばいいかなぁ。」
「適当でいいんじゃない?とりあえず細江さんの件を認めるかって話になるとは思うけど。」
「そんなの認めるに決まってるじゃないか。」
「だよね。田村ちゃんもそっから先のこと考えてるのかなぁ。」
「考えてねぇだろうな。罪を認めたら責めれるだとでも思ってるんじゃないか?こっちは悪いことだと思ってねぇのに。」
「たぶんね。開き直られたらあの子はうろたえることしかできないんじゃないかな。」
「それはそれで見ものだな。何だか楽しくなってきた。」
「あ、そうそう。僕は明日行かないから。」
「はあ?なぁ。それはつまり俺と田村ちゃんが二人きりってことだよな。」
「そうなるね。」
「・・・・・・・いいのか?状況わかってて言ってるのか?」
「わかってるよ。だから敢えて、ね。まぁうまく説明しといてよ。」
「ああ。それは構わないけど。」
「よろしく。」
「なぁ。俺前から思ってたんだけどさ。」
「何?」
「俺よかお前の方がよっぽど悪な気がするんだよ」
「気のせいだよ。」
「・・・そうか。まぁいい。じゃあ明日はうまいこと説明しとくから。」
「頼むね。」
善とか悪とか。そんなのは関係ない。
目的に向かって進んでるだけだ。
2月10日(日) 晴れ
夕方、丁度川口と話し合いをしてる時間。田村ちゃんから電話がかかってきた。
でも仕事中だったのでとれなかった。日曜日の飲食店は客が多いから。
しばらくしたらまた電話がかかってきた。でもワンコールで切れてしまった。
その後はまったく連絡なし。携帯の沈黙が妙に重く感じる。
夜、家で寝転がってると電話が鳴った。画面を見ると川口からだった。
放っておいたら自動的に留守電に切り替わった。
ピーっと機械音が鳴った後、奴の声が吹き込まれる。
「川口だけど。今日の結果報告。田村ちゃん、オトしたよ。それだけ。じゃな。」
携帯を放り投げた。パタンと音を立てて床に落ちた。
パソコンの電源を入れてネットにつないだ。
「処刑人を見守る会」の掲示板には新しい書き込みは無かった。
何度か更新ボタンを押しても発言は増えない。
僕はその場でガッツポーズをした。
誰かが僕の携帯電話を拾った。僕の手に携帯が収まる。
電話しようと思ったけどやめた。逆に電源を切った。
そしてまた放り投げた。今度は誰も拾ってくれない。
叫びたかった。でもひっそり呟くだけにした。
みんな自滅すればいい。
第40週
2月11日(月) 晴れ
田村ちゃんに電話してみた。電源が切れててつながらなかった。
川口から電話があったので今日は相手した。
「さて、どうするか。」
「知りたいことは色々聞けたわけ?」
「まぁな。今度ゆっくり話してやるよ。」
「で、これからだけど。とりあえず秋山君とまめっちが首を長くして待ってるよ。」
「例の証拠ってヤツか。参ったな。ありゃもう見せられないだろ。」
「そだね。でもあの二人を放っておくのも悪いでしょ。」
「じゃどうする。」
「うーん。こっちとしては準備が整ったわけだし・・・そうだ。こんなのはどうかな。」
「何か思いついたのか?」
「うん。ちょっとね。」
・・・
川口は喜んで乗ってくれた。
2月12日(火) 晴れ
田村ちゃんへの電話はまだ繋がらない。
掲示板では川口が新しい発言を書き込んでいた。
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投稿者:ROMマニア
投稿日 2002年02月12日(火)22:58
管理人さんから皆さんに重大な話があるそうです。
ネットで書くのは非常にマズイのでまた集合してもらって発表するそうです。
今週の土曜日に集まるので、みなさん予定を空けといて下さい。
来れない人はこの重大発表の内容を知ることができません。
後日に改めることも無いので、なるべく参加するようお願いします。
以上、管理人「密告者T」の代理・ROMマニアでした。
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代理を騙っても本人から文句は来ない。田村ちゃん自身はもう書き込みができないから。
する勇気もないだろう。
2月13日(水) 晴れ
やっと田村ちゃんに電話が繋がった。
この前行けなかったことを謝ったら「全然平気ですよ。」と言ってくれた。
土曜日の件については少ししか触れなかった。
「なんかそうゆことになってるみたいですね。」と他人事のように話してた。
声にいつもの明るさはなかった。風邪を引いてるんだと言うが、本当なのかは定かじゃない。
Sは今どうしてるか聞いたけど学校を休んでるからわからないという。
「でもたまには外の空気も吸った方がいいですよねぇ。」と独り言のように呟いた。
何かを諦めたような、悟った感じの口調だった。
僕は「気分転換はいいことだよ。元気出してね。」と言って田村ちゃんを励ました。
「ありがとうございます。」と言われた。
機械的な返事だった。
2月14日(木) 曇り
掲示板で秋山君と遠藤が二人そろって会議参加を表明していた。
遠藤がSの手作りチョコを食べてみたいだの書き込んでるのを見て
僕ははじめて今日がバレンタインデーだったことを思い出した。
仕事が休みだと途端に世間の話題に疎くなる。
チョコなんかにはとっくに縁が無くなっててるよ。
と思ってたら夜に田村ちゃんからメールでバレンタインカードが届いた。
どこかのサイトが運営してるグリーディングカードだったけど
本来なら文章が入ってるべきところは空白になっていた。
特に電話は来ていない。
2月15日(金) 晴れ
田村ちゃんに電話してみた。
昨日のバレンタインカードのお礼を言うと「お礼なんていいですよ。」と言ってた。
かなりそっけない様子で早く話題を変えたがってた。
他に用事は無かったけど少し話しをした。
「そういえばもう風邪は治ったの?」
「ええ。まぁなんとか。学校にいけるくらいにはなりました。」
「あ、学校にはもう行ってるんだ。良かったね。明日の会議に間に合って。」
「そういえば明日でしたね。」
「うん。でも大丈夫かなぁ。秋山君はまだ僕らに反抗的だし。前の会議じゃ川口はいなかったしなぁ。
そういえばあいつ前にこっそり会議やったこと知ってるのかな?ハブにされたなんて知ったら怒りそうだな。」
「別に怒ってなかったですよ。」
「あれ。もう言ったんだ。」
「はい。」
「そっか。ま、怒ってないならいいや。」
「はい。」
「そういえばさ。最近処刑人はどうなの?Sちゃんってのは相変わらずなの?」
「はい。おとなしいですね。」
「そうなんだ。」
「はい。今日はお弁当作ってきれくれました。」
「え?田村さんのために?」
「はい。私の教室にまで来て見せてました。」
「へえ。やっぱ仲良いんだね。」
「はい。私の周りを何も言わずにお弁当の中身を見せながらちょろちょろしてたんですけど
無視して自分のお弁当黙々と食べてたらあの子暗い顔して自分の教室に帰っちゃいました。」
「へぇ・・・そうなんだ。」
「はい。」
「仲良いね。」
「はい。」
「ま。とにかく明日はよろしくね。僕も重大発表ってのを楽しみにしてるから。」
「はい。」
楽しみだ。
2月16日(土) 曇り
ほとんど川口が喋ってた。
学校帰りに直接やってきた田村ちゃんは制服のままだった。
秋山君は一度家に帰ったらしく私服に着替えてきてた。
遠藤は相変わらずヒップホップを気取った勘違いファッションだった。どう見ても体型にあってない。
演説してる川口はオシャレな格好をしてた。
僕はいつものやる気のないオシャレとは無縁の服装。
年齢層もバラバラだし、他人から見たら僕らは何の集団か想像つかないだろう。
川口の話も知らない人が聞いたら意味不明だ。
奴が語ったのは「処刑人包囲作戦」
処刑人Sに「お前が処刑人だろ?」と匂わせるようなことをわざと行う。
作戦というよりイタズラか。でもそれは、「処刑人を見守る会」も同じことが言える。
悪ふざけを真剣にやる。それが奴らの行動原理だったのかもしれない。
「だからな。Sの口から『処刑人』って言わせたヤツが勝ちなんだよ。
言わせたらドッキリカメラみたいにみんなで登場。ネタバレの始まりってワケだ。」
「え、ちょ、ちょっと待ってよぐっちー。じゃあつまり、最後にはSちゃんに全てをバラすってこと?」
「まぁそうゆうことになりますね。ってか遠藤サン。ぐっちーってやめて下さいって。川口って呼び捨てでいいから。」
「僕は賛成ですね。方法はともかくあの人には正直に話すべきだと思ってたので。」
「でもこれは正直に話すっていうより、逆に追い詰めてるよ。もっと気分悪くさせちゃうよ。」
「そりゃ『処刑人包囲網』だからな。気づいた瞬間は気分悪いだろうな。」
「その先に何があるのさ。『実は僕らは処刑人をナマで見るためにやって来ました』って言って。
もし泣いたりしたらどうするのさ。僕はどうすればいいのさ。」
「別にいいじゃないすか。泣いた姿を写真にでも取ってネットにアップしましょうよ。俺らが勝利ってことで。」
「待ってよ!そんなことしたらSちゃんがかわいそうじゃないか!第一、仲良くなれないじゃないか!」
「はぁ?処刑人なんかと仲良くしたいんすか?」
「ぐっちー。仲良くとかそんな問題じゃないんだ。要はどれだけ包み込めるかって話なんだ。
処刑人という心の闇を包み込んだ時こそ、始めて、ね。たむちゃんからも何か言ってあげてよ。」
「私は川口さんと同じ意見です。だから川口さんに話してもらってるんです。」
「ムキー!それじゃあ駄目だよ。たむちゃんがそれでどうするのさぁ!」
「つーか遠藤さん。仲良くしたけりゃ全部終わったら勝手にそうしてくれたって構わないですよ。」
「ほぇ?」
「むしろ優位な立場に立てるから、やりたい放題でいいじゃないですか。
別にいいんすよ。俺は処刑人が許しを請う姿を見て笑うのが目的なんで。それが済んだらあとはご自由に。」
「う・・酷い・・・。けど・・・・・うーーん・・・その後はやりたい放題・・・・・・・・・やりたい放題!?」
「ええ。お好きにどうぞ。ぶち込むなり何なりと。」
「し、し、仕方ないなぁ。今回だけだぞぉ従うのは。不本意だけど、ぐっちーのためになら仕方なく賛成してあげるよぉ。」
「どもっす。秋山君は既にオッケーだったよな?」
「ええ。まぁ僕はあの人が処刑人だと決めつけるのが良くないって考えてるだけですから。
あの人とは別の第三者が処刑人って可能性もありますからね。容疑者はまだたくさんいるし。
ですのでSさんには多少不愉快な思いをさせてしまうかもしれませんが、最後に潔癖を証明してあげればいいかなと。」
「前と比べて随分丸くなったね。僕は絶対反対すると思ったのに。」
「いやまぁ僕も不本意ながらの賛成なんですよ。けど妥協できるラインです。
僕が最後に謝ればいいだけの話だし、みんなに謝るのを強制しなくても済みますしね。」
「そうだ。秋山君、言っておくけど抜け駆けは無しだぜ。一人で先に謝っとけばバレないなんて思わないでね。
俺、ちゃんと処刑人に聞いちゃうから。抜け駆けされると興ざめしちゃうからさ。」
「そそそそそそそそそんなこと考えてもませんよカケラも考えてませんよとんでもないとんでもないいい。」
「ならオッケー。で、残りのお二方はもちろん協力してくれるよな?」
「はい。」
「うん。」
「ようし。じゃあ田村さん。処刑人様の住所と携帯の番号教えてあげて。あ、本名も忘れずにね。
重大発表なんだから惜しげなく教えちゃってよ。そしたら処刑人包囲作戦、始めようぜ!」
田村ちゃんが口を開いた。
遠藤と秋山が必死にメモをとる。
川口が「すぐにアプローチするなよ。」とクギを刺していた。
僕にも話し掛けてきた。「お前はメモとらなくていいのかよ。」
僕は頷いた。「覚えれるから。」
その後は与えられた情報を整理できるまですっと黙ってた。
下を向いて自分の手を見つめていた。
指をくるくる動かすと面白かった。
「処刑人包囲網作戦」
誰にも聞こえないように小さく呟いた。
非現実的な響きが耳の奥に響いた。
遠藤は携帯に番号を登録していた。
秋山は携帯を持ってないから、メモに間違いが無いか田村ちゃんに確認していた。
川口は「こりゃスタートは来週にした方がいいかな。」と言っていた。
全てが遠い世界のことだった。
2月17日(日) 雨
川口の声が頭に響く。
「大好評だったな。お前のアイデアのおかげだよ。」
耳に当てた電話機が煩わしい。
「スタートは明日からにしといて良かったよ。秋山と遠藤さ、あの二人なんか妙に対抗心燃やしてるし。」
ハッキリとした声がむしろ不愉快に感じる。
「あいつら何やらかすかなぁ。ま、俺も負けないけどね。」
携帯電話につけたストラップがゴツゴツと頬に当たった。
「それにしても処刑人ってのも意外と普通の名前だったな。」
深く息を吸うと少し頭が楽になる。
「けどまぁそんなもんだよな。変なあだ名持ってるやつって本名は普通だったりするんだよな。」
効きすぎた暖房で唇が乾いてた。
「そうそう。昨日の田村ちゃん見ただろ?すっげえ大人しかっただろ?」
唇を舐めると、乾燥して割れた部分が染みた。
「最初は抵抗してたんだけどさぁ。いざハメちまうと素直になっちまうもんなんだよな。」
川口
「体は正直ってヤツだね。うへへ。」
なぁ川口
「田村ちゃんと意外と可愛いトコあるんだぜ。普段は生意気でもベッドでは。」
もう黙れよ
「ん?なんか言ったか?」
「いや、何も。で?ベッドではどうだって?」
「おお。それがな。あの女には妙な癖があってね・・・・」
雨が降ってた。
寒かったから雪になるかと思ったけどすぐに止んでしまった。
今年はまだ雪が降ってない。
真っ白な雪を見たかった。
外を見た。
雪は積もっていなかった。
家の中に目を移すとパソコンが目に入った。
見たくも無い。目を逸らした。
さっきまで使ってた携帯電話が床に放り投げてあるのが見えた。
これも見たくない。もう目を伏せた。
見たいものがあるのに。今の僕には見る権利は無い。
終わったら見れる。全て終わったら。
それは何時のことだろう。
→第2部<外界編>
第11章