狭間世界 ボクの日記


第二章「動と静」


第五週「音色」

2月5日(月) ハレ
タケシ君が話してくれなくなりました。何かを考え込んでるように目を閉じてじっとしてます。
ボクは仕方なく自分の姿を鏡に映して眺めました。もうタケシ君は邪魔しません。
なんでボクは女の人の体なんだろう。鏡から目を離して自分の姿を見ようとすると、すぐにタケシ君に目を隠されました。
まだ後から耳をふさいできたりするのでおじいさんとおばあさんの声は聞こえないままです。
何も変わってません。


2月6日(火) クモリ
一生このままだと言われても、やっぱり自分のことは知りたいです。
鏡に映った自分をよく見ました。おばさんと呼ぶには少し若いかもしれません。
今は髪の毛がボサボサだけど整えたら綺麗になりそうです。じっと見てると確かに何かを思い出しそうになりました。
ボクは必死に考えました。そしたらものすごい頭痛が襲ってきてそれ以上考えることはできませんでした。
まだ痛いです。


2月7日(水) アメ
タケシ君が話してくれなくなったとおじいさんに言うとおもいっきり頬をぶたれました。
ボクは飛ばされてタンスに体を打ち付けたけどおばあさんは哀れな目で見るだけで助けてくれませんでした。
なんでタケシ君の名前を出すと怒るんでしょうか。何かを叫んでるのはわかりますがボクにはなぜか聞き取れません。
ボクが女の人の体なのと何か関係あるんでしょうか。不思議なことがいっぱい。
謎です。


2月8日(木) ハレ
おじいさんが古い写真をボクの目の前に突き出して何か叫びながらビリビリに破いてました。
とっさにタケシ君に目を隠されたのでその写真に何が映ってたのかよくわかかりませんが
破けた残骸に火を付けて燃やしてるところを見るとよほどそこに映ってるものが嫌いなんだと思います。
その後服を上だけ脱いでお腹をボクに見せつけてさらに叫んでました。お腹には切り傷があって痛々しかったです。
気持ち悪い。


2月9日(金) ハレ
怒鳴っているのはわかるのに耳がふさがれてるので言ってる意味がわかりません。
ボクがそのことを言うとさらに怒った顔をして殴られます。おばあさんもタケシ君も助けてくれません。
さすがにもう嫌になってきました。理由もわからず殴られるのは痛いし辛いです。
タケシ君は何か難しそうな本を読んでてボクのことを気にかけてもくれません。
見捨てられました。


2月10日(土) ハレ
二人を殺せなかったせいでタケシ君に嫌われたと思って一人で枕を叩きながら嘆いていました。
タケシ君に「落ち着け。音たてると後がやっかいだぞ。」と言われたけど「ボクには何も聞こえないからいいよ。」と反抗しました。
そしたらタケシ君に「奴らの会話を聞きたいか。」と聞かれました。ボクは頷きました。
その時おじいさんが枕を叩く音をききつけてやってきて「うるさい!」と叫んでボクを殴って去っていきました。
聞こえた。確かにおじいさんの声が聞こえた。不思議に思ってるとタケシ君が黙ってボクの両腕を掴んでるのに気づきました。
どうゆうことでしょう。


2月11日(日) クモリ
今日もおじいさんが叫んでました。最近では理由もなく怒ってる気がします。
ボクはまた聞こえなかったけどタケシ君と目が合ったら昨日のことを思い出したので「また聞こえるようにして欲しい。」と言いました。
タケシ君は頷いておもむろにボクの両腕を掴んで・・・手を下ろさせました。
おじいさんが「わけわかんねぇこと言ってるんじゃねぇ!」と叫んでるのが聞こえます。音が聞こえる。
どうもタケシ君のせいじゃなく、ボクは自分で自分の耳を塞いでいたようです。
気づきませんでした。



第六週「景観」
2月12日(月) ハレ
意識すればちゃんと耳を塞がないでも済みます。
これでおじいさんとおばあさんの会話も聞こえるようになりました。
けど最初に聞こえたのはおじいさんの「お、今日は耳塞いでねぇじゃねぇか。」という汚い声でした。
おばあさんは怒ったような声で「ボケっとしてんじゃないわよ。」と嫌な言葉を浴びせてきます。
いい気分はしません。


2月13日(火) ハレ
耳が聞こえるようになってから、変なことに気づきました。
おじいさんもおばあさんもボクのことを「アサミ」と呼びます。
アサミ、邪魔だ。アサミ、ご飯食べなさい。アサミ、じっとしてなさい。アサミ・・
知らない名前なので返事をしなかったら「返事しやがれ!」とおじいさんに殴られました。
それでやっとなんでいつもボクが殴られるのかわかりました。でもこれからも返事はしないと思います。
ボクはの名前はアサミじゃないから。


2月14日(水) クモリ
タケシ君に「返事をした方がいい。」と言われました。「その体の主はアサミって名前だから。」
鏡に映ってるおばさんがどうやらアサミさんらしいです。
でもボクはアサミって名前じゃないと文句を言うと
「君はその体を借りてると思えばいい。その方がわかりやすいし。」となだめられました。
仕方ないのでこれからアサミと呼ばれたら返事をすることにします。
その方がわかりやすいから。


2月15日(木) ハレ
ちゃんと返事をするとおじいさんはすぐには怒らなくなりました。
けど別のことで殴ってきます。「お前はなんで老けたんだ!」「お前なんか俺のアサミじゃない。!」「この狂人が!」
その度におばあさんが「アサミだってもう年だから。」と口を挟んで言い争いが始まります。
二人はアサミさんのことで喧嘩をしてるらしいけどボクには関係ないことです。
聞き流しました。


2月16日(金) クモリ
またタケシ君に助言されました。「あの二人の会話を聞いてればきっと自分のこともわかるはずだよ。」
ボクは今すぐ知りたいと言ったけど「二人を殺せないのならじっくり自分で考えるしかない。」とはねつけられました。
鏡でアサミさんの体を見たけどボクらしき部分は見つかりませんでした。
直接詳しく見てみようとすると突然目の前が暗くなります。
こんな変なことばっかりなのにその理由を自分で考えろなんでタケシ君も酷なことを言います。
考えようがありません。


2月17日(土) ハレ
自分の体を見ようともがいてるのをおじいさんに見られて「また狂ったことしやがって!」と殴られました。
血が出たので拭ってるとタケシ君にも「何がしたいんだ?」と言われてしまいました。
自分の体を見たいのに目の前が真っ暗になるのはタケシ君のせいだと文句言いました。
そしたらあっさり言われました。「目を開けなよ。」目を開けました。
見えました。


2月18日(日) ハレ
音も聞こえて目の前が暗くなることもなくなったので心おきなく周りを観察することができました。
家の中をウロウロしてここは狭い家で窓から見える景色もボロボロの塀だけなのがわかったけどボクには関係なさそうです。
他人の体を借りてるのは変な気分だけどもう慣れてちゃんと息してるし
歩けるしご飯も食べれるし部屋で大人しくしてることもできます。
やっと一人前になった気分です。



第七週「思考」
2月19日(月) ハレ
おじいさんとおばあさんの会話を聞いたりしてボクに繋がる材料は無いか探しました。
二人の喧嘩も初めてじっくり聞くことができました。「連れ戻すんじゃなかった。」「あんたがアサミに会いたいって言うから。」
「まさか狂ってるとは思わなかった。」「何度愚痴を言えば気が済むの。」「黙れ。」「ほっとけば良かったのに。」「お前だってアサミに」・・
ボクが畳に座って聞き耳を立ててるのもお構いなしに二人は言い争いを続けます。
ずっと聞いてるとさすがにうるさかったです。


2月20日(火) クモリ
外にも出ようとしたらものすごく怖くなって足ががくがく震えて気持ち悪くなってうずくまってしまいました。
おばあさんに引っ張られて部屋に戻されてしまいましたけど部屋に戻ると安心した気分になりました。
タケシ君に「大丈夫か?」と聞かれたのであまり大丈夫じゃないと答えたら「無理しない方がいい。」と言われました。
「そのまま大人しくしてればあの地獄に戻らなくて済む。少なくとも今は。」
地獄?


2月21日(水) ハレ
やっぱりタケシ君はボクの過去を知ってるようです。でも教えてくれないのはケチだからだと思います。
地獄に戻らなくて済むっていうのが昨日から気にかかってたので聞いてみたら逆に質問されてしまいました。
「自分の状態がおかしいと思うか?」思うと答えました。タケシ君は本をパタンと閉じて続けました。
「奴らはおかしくなった君を他人に見られたくないんだ。だから外に出なくて済む。」
その言葉の意味を考えようとしたけどよくわかりませんでした。
とにかく家に居ろってことでしょうか。


2月22日(木) ハレ
何かヒントがないか部屋の中を引っかき回してたらタケシ君に止められました。「またあいつに殴られるぞ。」
タケシ君は色々知ってるくせに何も教えてくれないから仕方なく自分でなんとかしようとしてるんだと反論しました。
ボクはもう耳も聞こえるし身体を見ることもできる。ヒントさえ見つかればボクだって自分のことがわかるんだ。
「わかった。」とタケシ君が深く頷きました。「今度俺が最終的にどうすればいいのか教えてやるから。今は大人しくしてるんだ。」
いつも「今度」で逃げられてしまうけどボクにはどうすることもできないので黙って待つしかありません。


2月23日(金) ハレ
タケシ君が教えてくれるのを今か今かと待ってみたけど考え込んだフリをしてなかなか教えてくれません。
しびれを切らして「なんでいっつも後で後でとか言って教えてくれないの?」と催促しました。
タケシ君は顔を上げてボクをまっすぐ見つめました。
「なぁ。俺はね。君に話す一言一言にすごく気を使ってるんだよ。何を、どう言えば効果的なのか。タイミングも。
全部考えてる。だから時間がかかるんだ。俺だって悩んでるだ。だからもう少し待ってくれ。」
なんかうまく逃げられた気がするけど待つことにします。


2月24日(土) クモリ
もう待てないので何でもいいから言ってくれと叫びました。おじいさんに聞きつけられて「うるさい!」とぶたれました。
殴られる時、タケシ君は歯を食いしばってものすごく悲しい顔をするけど助けてはくれません。
おじいさんが行ってしまうとタケシ君は観念したらしくため息をつきながら言いました。
「俺が最終的に何をしたいか。結論だけ言うときっと意味がわからないと思う。それでも聞きたいか?」
ボクはうなずきました。そしたら教えてくれました。
「この表現が正しいかわからないけど・・アサミを復活させたい。それが俺の望みなんだ。」
やっぱり意味不明でした。


2月25日(日) クモリ
ボクはボクなりに必死に考えたけど頭が痛くなるばかりで何もわかりません。
手でこめかみを押さえてうなってるとタケシ君がまた混乱させることを言いました。
「深く考えちゃいけない。君はそうゆう風にはできてないんだ。」タケシ君は意味のわからないことばかり言ってボクをいじめる。
これはアサミさんの身体とかアサミさんの復活を願うとか。アサミさんのことはいい。ボクは、ボクのことを知りたいんだ!
ボクが叫ぶとタケシ君は渋い顔をしました。何かを言おうとしてるけど、言葉を吟味してるような。
気にしない。もうタケシ君には頼らないから。自分で考え、自分の力で答えを見つけます。
できるはずです。



第八週「吐息」
2月26日(月) ハレ
耳を澄ませるとおじいさんとおばあさんの会話が聞こえます。
「病院にぶち込むべきだ。」「医者に何て言うの。」「うまく言えよ。俺はもう耐えられん。」「バカ言わないで。」
「ならあっちの家に戻そうぜ。」「引き取ってくれないのはわかってるでしょ。あっちだってせいせいしてるんだから。」
「畜生!これも全部あいつのせいだ!責任取ってこいつも道連れにすりゃぁ良かったんだよ!」「あの子は悪くない。」
「なんだお前。今になって自分を刺した奴のことを許すのか!?俺はこの傷忘れんぞ!」「けどあの子は私たちの・・。」
聞いてると気分が悪くなりました。


2月27日(火) ハレ
家の中をくまなく見て回りました。部屋中を歩き回って。
ご飯を食べるテレビのある部屋。おじいさんとおばあさんが寝る部屋。ボクが寝る部屋。部屋を区切る狭い廊下に引き戸。
玄関には黒ずんだ靴箱と傘がさしてあるバケツ。家は古い感じがするのにトイレだけは新しい様式トイレ。
ボクの部屋はなぜか机が二つ。布団は敷きっぱなしだけど部屋は広めだからもう一人くらい寝れそう。はじっこにタケシ君。
本棚とか押入とか机を引っかき回しても写真とか昔のものはいっさい見つからなくて
ただ疲れただけでした。


2月28日(水) クモリ
深く考えようとしたのに考えたくなくて考えることができませんでした。
話を聞いたり家をウロウロしたりはできるのに何かを考えようとすると途端に嫌になってしまいます。
この異常なまでの嫌悪感はなぜだろうと思ったら頭が痛くなってそれ以上考えることができません。
何もかもが面倒臭くなってしまうんです。このままでいいやって。今度にしようって。思ってしまうんです。
落ち着いたらまた自分で答えを見つけようって気になるけどすぐに諦めてしまって
いつまでたっても先に進めません。


3月1日(木) アメ
きっと外に出ればきっと何かがわかる。そう思って飛び出しました。
部屋から走り出して靴を履いて玄関を出て。外の光を浴びた途端、頭痛に襲われました。
雨が降ってるのにとても眩しく感じられました。それでもめげずに走ろうとしました。
10メートルくらい進んだところで我慢できずに悲鳴を上げました。
気付いたら部屋で寝かされてました。おじいさんが怒声をあげてるのが聞こえてきました。
悲しくなりました。


3月2日(金) ハレ
昨日のお仕置きでご飯がボクの分だけありません。「部屋から出るな。」と言われました。
お昼までは我慢できたけど夕方にはお腹が減ったので部屋から出て冷蔵庫に何かないか探しました。
おじいさんに見つかって冷蔵庫から引き離されました。どうしてもご飯が食べたかったので抵抗しました。
腕を放してくれないので思わず言ってしまいました。「タケシ君、助けてよ。」
タケシ君は部屋から出てきてくれず、おじいさんには「その名を二度と口にするな!」と猛烈に怒鳴られてしまいました。
けどその後に言われた言葉が意味不明でした。「死んだ奴にいつまでもすがりやがって!」
死んだ奴って。


3月3日(土) クモリ
お腹が減りすぎて苦しんでると、おじいさんが笑いながら「そら、欲しいか。」とパンを投げつけてきました。
ボクは顔に当たったパンを大急ぎで拾い、かぶりつきました。久々のご飯は美味しかった。
「まるで獣だな。」と大笑いするおじいさん。そこに突然タケシ君が部屋から飛び出してきました。
怖い顔して、おじいさんに殴りかかろうとして・・・消えてました。拳がおじいさんの頭に当たる直前に。フッと。
部屋に戻るとタケシ君はいつも通り本を読んでました。
タケシ君。おじいさんとおばあさんには見えないこの人。
おじいさんはタケシ君を死んだ奴だと言いました。じゃあ目の前にいるこの人は、幽霊?
タケシ君に触れました。すり抜けるかと思ったのに。確かに人肌に触れた感覚がありました。
そっと腕に手を乗せてみるとちゃんと手のひらから温かさが伝わってきます。
タケシ君が顔を上げました。ボクの腕を掴んで言いました。
「大丈夫。奴らを殺さないでも解決策はあるはずだ。きっと俺が見つけるから。それまで大人しくしてるんだ。」
ボクは黙って頷きました。


3月4日(日) アメ
不思議な存在のタケシ君。他の人には見えないけど、ボクはしっかりこの目で見える。息する音も聞こえる。
幽霊でないとしたらボクにしか見えない幻なんでしょうか。
本物はおじいさんが言ってた通り死んでしまってるのかもしれません。そう思うと悲しくなってきました。
けどいい。幻でも。例え幻だったって、目の前にいるこの人はボクの味方。
彼はボクの為に動いてくれる。ボクは静かに待ってればいい。下手な悪あがきはせず、彼の言う通りにしようと思います。
その方がうまくいきそうだから。
頼りになるから。


第3章「光と影」