世界 カイザー日記

第4章「終着地」


Chapter:13「さようなら」

11/1 横殴りの雨
雨の中、病院に。正式に通院をやめる手続きをしてきた。
と言っても、先生に「もう来ません。」って言っただけだけど。岩本先生に。
先生は「そうか。」と答えただけで、亮平さんの事には触れてこなかった。僕も触れたくなかった。
もうこの病院には来ない。用は済んだ。あっけなく、静かに、終わった。
オクダを見かけた。最後にあいつに会うことができて幸運だったかもしれない。聞きたい事があったから。
声をかけると、相変わらずビクビクしながら僕を見た。「何?」とかすれた声を出した。
僕は気になってたあの事を聞いてみた。
「なぁ、お前の言ってた『変な女』って、どこが変だったんだ?」
オクダはちょっと間を置いてから、答えた。
「あのね、変なんだよ。あいつね、男なのに、女なんだ。変だよね。変だよね。」
・・・・・こいつの話を鵜呑みにしてた僕がバカだった。オクダもまた、「中」にいた奴だったんだ。
病院に通ってるような奴が、マトモな話をするわけ・・・・もうやめよう。今更関係ないか。
結局僕は、「中」に入るほど狂っちゃいなかった。先生が言った通りだ。自分で言えるだけ、マシだった。
横殴りの雨が吹く「外」へ出た。雨が止むまで待とうかと思ったけど、雨は収まりそうになかった。
振り返って病院を見る。色々なことが頭をよぎった。僕は一言こう呟いた。
さようなら、亮平さん。


11/2 曇り
学校では相変わらずつまらない授業ばかり。学校は僕にとって早紀さんの事を考える場でしかなかった。
今日もちょっと考えてた。早紀さんの顔。亮平さんの顔は確かに早紀さんに似てた・・・・と思う。
けど、本当にそうだった?最早そんなことはどうでも良かったのだけど、何となく考えてしまった。
僕は、以前会ったときの早紀さんの顔なんか、すっかり忘れてる。
と言うより、一回会ったくらいじゃ僕は、人の顔なんて覚えられないんだ。
早紀さんだと思って見るから早紀さんに見えるだけだ。それが亮平さんだったとしても。
早紀さんだと思って見たから、ぱっと見だけじゃそれが男だとは気付かなかったんだ。
・・・・でも、確かに綺麗な顔立ちだったな。綺麗な顔してた。だから、いじめられたのかな。
もういい。余計なことは考えたくない。僕は普通の受験生に戻るんだ。
精神病院も関係ない。岩本亮平なんて関係ない。「希望の世界」なんか関係ない。戻るんだ。僕は。
普通の中学三年生に。


11/3 晴れ
休日。と言ってもやることナシ。以前は色々考えることがあって暇なんてなかったけどな。
久々の休養。うん。映画でも見よう。
お気に入りの「ユージュアル・サスペクツ」をレンタルしてきた。見た。やっぱり面白い。
かっこいいなカイザー・ソゼは。僕のハンドルネーム。
ストーリーもいいな。狂言に踊らされる警察。僕も初めてみたときはすっかり騙された。
ホント狂言だとは気付かなかったなぁ。狂言。狂言・・・・・・・・・・・
・・・・・狂言・・・・・・・か。自分の目で見るまで真実はわからない。この映画が教えてくれた。
早紀さんだと思ってた人が亮平さんだった事も、実際目にするまでわからなかった。
自分の目で確認しなきゃ、それが本当の事かはわからない。
何か、引っかかる。
いや止めよう。僕はもう普通の中学生だ。「希望の世界」の事は忘れよう。
ネットで知り合った人たちと手を切るのなんてカンタンだ。何もしなきゃいいんだよ。
そこに行くのを止めればいいんだ。それだけで、赤の他人になれる。
思えば奇妙な縁だったけど、ほんの数ヶ月だったけど、もうお別れだ。
少しだけ、寂しいけど。


11/4 曇り

今日は少し肌寒かった。・・・・日記に書くことはこれくらい。
あとは普通の、ごく普通の日。電車に乗って学校に行って帰ってきて・・・・書くのもつまらない。
普通の生活になってから、書くことが無くなった。これが普通なんだな、と思った。
いつも何かあるワケじゃないんだ。普通はそうだ。でも、この前までは何かしら書くことがあった。
僕の思ってる事とか、色々・・・・今日僕が考えてた事ってなんだろう。
昨日何かが頭の中で引っかかった事、かな。狂言。自分の目で確かめないと、真実なんてわからない。
ずっと気になってる。一日中。それを確かめるのはカンタンだけど、
ああ僕はまた戻ろうとしてる。あの狂気の世界に。手を切ったはずなのに、頭から離れない。
カイザー・ソゼ。この名前はもういいんだ。僕にはちゃんと立派な名前があるじゃないか。カッコイイ名前が。
だからもう・・・・忘れよう。忘れるんだ。
ネットの事なんか。


11/5 晴れ
どうしても頭から離れない。わかった。やるだけやってみよう。
それで反応が無かったらスッパリ諦める。もし、僕の予想通りだったら・・・・・
もう一度、戻る。僕の中で溜まってる色々な疑問。それが一気に解決するかもしれないんだから。
決まった。狂言か否か、メールを送って確認してみる。
確かに僕は、自分の目でその事を確認してない。メールで知っただけだ。
あの人への連絡手段はメールしかない。だからもう一度だけ・・・・戻ろう。
渡部さん。あなた本当は生きてるんじゃ?


11/6 曇り
・・・・・・・昨日のメールの返事。

こんにちわカイザー君。
案外気付くの遅かったね。すぐにわかると思ってたけど。
一度ゆっくり話をしようよ。色々聞きたい事もあるんじゃない?
明日は日曜日だし、暇でしょ?決定。

そうして渡部さんの携帯の電話番号と、明日の待ち合わせ場所が書いてあった。
横浜駅西口東横線改札前に1時。
都合が悪ければ電話してねだって。そんなわけないじゃないですか。
やっぱりそう簡単には手を切らせてくれない。いや、手を切るなんてとんでもない。
こうなったら、全てを知るまで戻らない。最後まで。最後まで僕は・・・・・・ゴールなんて、あるのか?
いいさ。構わない。見てた夢を全てを否定された今、僕は現実を直視しなきゃいけないんだ。
普通の生活には、まだ遠いかもしれない。僕はもう一度戻るから。カイザー・ソゼに。だから今は、
さようなら。普通の中学三年生。



Chapter:14「ワタベさん」
11/7 曇り
ワタベさんと会った。とてもとても長い時間、話をした。
その話の全てが重要で、まとめようがない。かといって全部日記に書くと、長くなりすぎる。
でも、日記に書かないままにしておくことはできない。僕自身、あの話の全てを記録に残しておきたいと思ってる。
さてどうしようかと考えてるうちに、いいことを思いついた。
今日のことを何日かにわけて書く。どうせしばらく日記に書くような事なんて起きそうにないんだから。
渡部さんは今日、別れる前に言ってた。
「また会いましょうね。あなたにはここまで来れた『ご褒美』をあげなきゃいけないし。
でも、しばらく待っててね。一週間くらいかな。こっちにも色々整理しなきゃいけない事もあるから。
それまでは、普通の中学生しててよ。都合が良くなったらこっちから連絡するから。」
普通の中学生でいる間は、特に日記に書くことなんて無い。一昨日まででそれは証明されてる。
渡部さんの話全部を間違いなく覚えてるのか自身は無い。けど、その内容は忘れようがない。
ちょっとくらい表現が違ったところで問題は無いか。
そうだ。小説を書くみたいにすればいいんだ。その方がやりやすいかな。
じゃあさっそく今日の分を。さて、何処から書き始めようか・・・・

渡部さんの話@
今日の午後一時、時間ぴったりになるように東横線の改札前に向かった。
階段を上ろうとした矢先に声をかけられた。「カイザー君。」って。渡部さんだった。
とりあえず落ち着いた所で話をしよう、って事になって西口を歩いた。
ちょっと行った所にジョナサンがある、と言うのでそこに行くことに決まった。
ジョナサンに行く最中も少し話を。先に口を開いたのは渡部さんだった。
「どうだった?」といきなり聞いてきた。僕はその一言で、なんとなく把握できた。
渡部さんは、病院にいるのが亮平さんであることを知ってたんだ・・・・。
「僕も死にたくなりましたよ。」と答えた。
「簡単よ。これから自殺しますって書いてメールで送る。後は掲示板に何も書かなきゃいいんだから。」
実にその通り。たったそれだけで、渡部さんは死んだ事になった。
僕はふと思ったことを聞いてみた。「ここがゴールですか?」
「まだ。ゴールはもう少し先よ。」と渡部さん。そして、続けてこう言った。
「でも、ここまでちゃんと来てくれたんだから、何かお礼をしないとね。」
それが、渡部さんは顔を近づけてそう言ってきたから・・・・・・・なんだか・・・・少しドキドキした。
ああ、何を期待してるんだ僕は。
しばらく僕は顔を赤くして黙ってしまった。渡部さんはそんな僕を見て笑ってた。
そうして歩いてると、ジョナサンに着いた。そこで腰を据えて・・・・色々なことを聞いた。
亮平さんの事も。


11/8 雨
今日は特に何も起きなかった。だから昨日の続きを。

11月7日の渡部さんの話A
ジョナサンで適当にお昼ご飯を頼んだ。
「さて、何処から話そうか。何が聞きたい?」と渡部さん。
そうやって改めて言われると、何から聞いていいのかわからない。僕は少しとまどってた。
とりあえず渡部さん自身の事を聞いてみる事にした。
「なんで死んだフリなんかしたんですか?」
後々考えてみると、これは愚問だった。聞くまでもないことだった。
「それはね。死にたくなるほどショックを受けたから。スッパリ手を切りたくなったって言えばいいかな。」
実にその通り。僕も手を切りたくなった。実際、少し離れていたし。
よくよく考えれば分かることだ。それに渡部さんは・・・亮平さんとの関係を考えると・・・・・
僕以上に、「死にたく」なるはず。いじめっ子といじめられッ子。いやそれ以上の・・・
渡部さんは僕が黙ってるのを見ると、喋り始めた。
「彼女、見たでしょ?」
彼女?と思わず聞き返した。「そう、彼女。それとも『彼』と言った方がいい?」
彼女でいいです、と答えた。『彼』と呼ぶにはあまりに痛々しい。人格は女なんだから『彼女』と呼んだ方がいい。
ショックでした。そう言うと渡部さんはくすっと笑った。
そう言えば僕は聞きたいことがあったんだ。亮平さんの事以上に。もっと根本的な問題として。
「何で僕を亮平さんと会わせようとしたんですか?」
渡部さんは僕に「早紀さんを救って。」と言った。それは、亮平さんの所に行け、という意味でもあった。
渡部さんは少し寂しそうな顔をして答えた。「私の立場を察して。」とても痛々しい響きだった。
「ねぇ、私の立場になって考えてみて。もしあなたが私だったら、彼女のあんな姿を見て、正気でいられる?」
僕は答えられなかった。「私はね、耐えられなかった。死んだ事にして手を切ろうとしても・・・忘れられない。」
「あっちは私のことなんか忘れてて『初めまして』なんて挨拶するのよ。私はね、平静を取り繕ってはいたけどね、
心の中ではね、とても・・・・・とても動揺してたのよ。それでね、もうその時には決めてたわ。身を引こうって。」
ふうっと一息ついてから、また喋り始めた。僕が割り込む隙なんか無い。
「けどね、消えないのよ。あの人、笑顔だったのよ。目をつぶると見えるのよ。男なのに。女っぽい笑顔が。
それがね。辛いのよ。ねぇわかる?辛いのよ。どんだけ振り払っても、消えないのよ。私に微笑みかけてるのよ。
逃げ出したい。でも逃げても決して頭から離れない。分かってた。だから。だから。だから・・・・・・。」
渡部さんは僕の目をじっとのぞき込んだ。
「この気持ちを、分かち合える人が欲しかったの。」
目には涙を浮かべてる。「メール、見たでしょ。早紀さんを救って欲しいって。」
僕はゆっくり頷いた。渡部さんの目に溜まった涙はあふれそうだった。消え入りそうな声で、次の言葉が出た。

私を救って欲しかったのよ・・・・・・

僕の目を見る。そして、寂しげな顔から、ゆっくり笑顔に戻して、一言。
カイザー君。来てくれてありがとう。
両目をこすって涙を拭う渡部さん。僕は渡部さんに何も・・・・・・・・言えなかった。
何も・・・・。


11/9 晴れ
話の続き。

11月7日の渡部さんの話B
しばらく僕は何も言えなかったけど、そのままでいるわけにはいかなかった。
「渡部さん。」と僕は思い切って言ってみた。
何?とまだ目に溜まってた涙を拭いながら渡部さんは答えた。
「亮平さんは、死んだんじゃなかったんですか?」
言ってしまった。でも、これだけは聞いておかないと。日記を見た限りでは、あの人は死んでたはずだ。
渡部さんがふっと笑った。ああその事ね、と言わんばかりに。
「死んだことにされてたのよ。親の二人が共謀してね。・・・・2月の話よ。」
なんでそんな事を。僕は反射的にそう言ってしまった。これも愚問だった。
「妹を犯して、そのせいで妹は植物状態になって、さらには無理心中まで計って、・・・・・・それでも死ななくて。」
渡部さんはそこで一旦言葉を区切った。
「自分の息子がそんな事したら、あなたならどうする?」
僕なら・・・殺してしまうかもしれません。そう答えた。愛する娘を汚されたら、息子が相手でも、殺すかもしれない。
「そう。たぶんあの二人もそう考えたはずよ。都合のいい事に、薬のせいで目覚めないままだし。
けどね、状況を考えてみて。妹は少し変になってたけど、生きてる。兄は、目が覚めないまま。
妹が・・・早紀さんが死んでたら、恐らく兄は本当に殺されてたと思うわ。けど妹は生きてる。
最悪の状態ではなかったってワケ。だからと言って、息子の愚行は許せない。そしてなにより・・・・・
世間体ってのがあるでしょ。そんな狂った息子を抱えてるなんて知られたら、たまったもんじゃない。そう考えて。」
だから、世間では「死んだ」ことにしたんですね。僕は口を挟んだ。言わずにはいられなかった。
渡部さんはまた寂しそうな笑顔になった。
「その通りよ。薬を飲みすぎて、死んでしまった。そうゆう事にして、等の本人は目が覚めないまま、病院へ。」
岩本先生が根回ししたんですね。渡部さんはこくん、と頷いた。
「このシナリオは、親が医者だったからこそできた芸当ね。精神病院に勤めていると言っても医者は医者。
ベッド一つくらい難なく用意できたはずよ。こうして岩本亮平は目が覚めないまま、外では死んだ事にされた。」
さて、と言って渡部さんは一息入れた。「ここからが、最もあなたに聞いて欲しい所よ。」
僕はごくん、と唾を飲み込んだ。


11/10 曇り
11月7日の渡部さんの話C
「岩本亮平が、何故今のような状態になったか?そこが肝心。」
そうだ。何故、あの人は自分を早紀さんだと思うようになったんだ?
「それはね、私が『死にたく』なった原因でもあるのよ。」
少し俯き加減になった。
「あまりに、重くて、生々しくて、・・・・・・・狂ってて。私まで死にたくなるほど。」
渡部さんが僕の目をのぞき込む。「ねぇ、この狂ったお話を聞く勇気、ある?」
・・・・・ゆっくりとだけど、僕は頷いた。渡部さんと会うって決めた時に、その覚悟はできている。
「あまりに強烈な現実よ。」構いません。覚悟は出来てます。
渡部さんはこれ以上ないくらい真剣な顔になった。「わかった。じゃあ、聞いて。」
「6月20日。あの日記が終わった日。何が起こったのかはカイザー君も知ってるわね?
でも、その後は知らないでしょ。岩本早紀が自分のお腹を刺して、日記を書き終えて、気を失った。その後よ。
渚さんが部屋に入った。そこで、血塗れの早紀を見つけて、そして・・・・横のパソコンの画面を見た。
想像してみて。そこには、あの日記が写ってたのよ。愛する娘が、お腹を刺した理由が、そこにあったのよ。
渚さんはそれを見て・・・・こう思ったはず。早紀がこんな事になったのは亮平のせい。あいつのせいで早紀が。
日記を見てても分かったでしょ?渚さんは早紀をとても愛してた。けど、亮平に対しては全く反対。
早紀がおかしくなったのは亮平のせい。それは常々感じてたでしょうね。日記を見るまでもなく。
けど、そこで改めてその事を知らされて・・・娘が自分のお腹まで刺して・・・限界を超えちゃったんでしょうね。」
渡部さんはそこまで一気に話した。声が段々と涙声になっていくのがわかった。
「そこで、渚さんが取った行動。それは・・・・・・それは・・・・・・それはね・・・・・・・・・・・・。」
言うのが辛そうだった。僕は「それは?」と言ってその先を促した。
「それはね。諸悪の根元に、同じ目をあわせた。
つまり、寝たっきりの亮平のお腹を刺したのよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
絞るように喋ってた。痛い。この話はあまりに痛々しすぎる。
その話には、さらに痛い続きがあった。


11/11 曇り
11月7日の渡部さんの話D
「岩本亮平は寝たきりのまま、刺された。・・・・・・・・・・・それでも、やっぱり死ななかった。
それどころか、それどころかよ。渚さんにとって、さらに悪い方向に。」
渡部さんは少し震えてた。僕も何故か寒気がしてきた。
「・・・・・・・・・お腹を刺された刺激で、彼は目覚めてしまったのよ!」
背筋に悪寒が走った。僕はすっかり渡部さんの話に聞き入っていた。
「薬の後遺症なのかはわからないけど、彼は目覚めたとき、自分が誰なのかも分からない状態だった。
そこでね・・・・・・ねぇ。渚さんの事を軽蔑しないでね。あの人は娘を愛しすぎていただけ。
その事をようく胸に刻み付けておいて。すべては、愛する娘の為の行動よ。それだけは、覚えておいて。」
わかってます。だから続けて下さい。渡部さんは深いため息をついて、首を何度も何度も横に振って、言った。
「放心状態の彼に向かって・・・・・・渚さんは・・・・・・・・・・・・渚さんは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・ずっと、恨み言を言ってたのよ。早紀があんな事になったのは、アナタのせいだって。」
渡部さんは喋るのも辛そうだった。歯をキリっと食いしばって、目には涙をためて・・・・
「それで、それでね、彼は何度も『早紀』という名前を聞かされて、そのせいで、そのせいで彼は。」
渡部さんの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
それが自分の事だと思ってしまって・・・・・・自分の名をサキだと思いこんでしまったのよ・・・・・・・・・・・。
「彼」が「彼女」になった瞬間だった。
なんて、なんて皮肉な結果なんだろう。妹は自分を兄だと思いこんでて、その次は兄が自分を妹だと・・・
呪われてる。これが呪いじゃなくて何だって言うんだ。虫だ。虫の呪いだ。
虫と呼ばれた亮平さんの呪い。今のあの人は虫じゃない。サキさんだ。「虫」は死んだ。その呪いだ。
「そのあとは、流れるままよ。渚さんはもう抜け殻同然。全てを諦めて、『彼女』に話をあわせるようにしたの。
当の本人は色々理由を付けて父親の病院に移された。こうして父親の監視のもとで、生き続けてるってワケ。」
呪われてる。僕はそう呟いた。
渡部さんも聞こえたのか、すっと顔を上げて僕を見た。
「そう、呪われてる。この呪いからは誰も逃げられない。もし、解放されてるとしたら・・・・それは、死ぬ時・・・ね。」
僕は目をつぶってしばらく頭の中で渡部さんの話を整理した。
ああ、どう考えても呪われてる。「呪い」は便宜的な表現でしかないけど、これ以上良い言い方は思いつけない。
僕も、この呪いの中にいるんだろうか。渡部さんは、呪いの中で一人きりになるのが耐えられず、僕を呼んだ。
そして僕は・・・・・ああ、こうして渡部さんの話を聞いてる時点で、十分巻き込まれてるんだろうな。
僕は知らない間に泣いていた。気付いたら涙があふれてて視界がぼやけてた。
渡部さんも僕が泣いてる事に気付いたらしい。目を拭って彼女を見ると、またあの寂しそうな顔になってた。
少しだけ、笑って。


11/12 雨
11月7日の渡部さんの話E
ジョナサンから出る頃にはすっかり夕方になってた。
渡部さんと一緒に少し横浜をブラブラした。横に歩いてみると、渡部さんはそんなに背が高くない事に気付いた。
横顔を見た。少し化粧をして大人っぽく装ってはいるけど、幼さが抜けきってないかな、なんて思った。
渡部さんもまた、普通の女の子なんだ・・・・・・そんなことを考えてた。
「今日はありがとう。」と言って渡部さんが僕を見た。
「話したらスッキリした。」そうは言っても、渡部さんの表情は相変わらず寂しげだった。
僕は何と言っていいかわからずおどおどしてしまった。渡部さんはクスっと笑った。
「また会いましょうね。あなたにはここまで来れた『ご褒美』をあげなきゃいけないし。
でも、しばらく待っててね。一週間くらいかな。こっちにも色々整理しなきゃいけない事もあるから。
それまでは、普通の中学生しててよ。都合が良くなったらこっちから連絡するから。」
渡部さんがまた僕の目をのぞき込んで『ご褒美』なんて言うもんだから・・・・・
僕は顔が赤くなった。何を期待してるんだ僕は。くだらない妄想が頭から離れない。
僕のそんな姿を楽しんでるのか、いや、あの人がその時何を考えていたのかわからない。
渡部さんは、そんな僕を見て・・・・・またくすっと笑って・・・・・・僕の頬に・・・・そっと・・・唇を・・・・・・
ああもう書いてて恥ずかしい。とにかく渡部さんは僕の頬にキスをした。
それで「続きはまた今度ね。」とか言ってた。
その後は「じゃあね。」と言って別れた。僕も「じゃあ、また。」とか言って手を振った。
僕の顔は真っ赤だった。

本当に何を考えてるんだろう渡部さんは。あれが「ご褒美」のつもりだったのか?
でも「続き」って・・・・・もうわけがわかんないよ。とにかく先週の日曜日にはそんな事があった。
で、渡部さんからの連絡はまだない。
あれからずっと、僕の中ではくだらない妄想ばかり膨らんでた。
くだらないそんなのあるわけないとは思いつつも、想像せずにはいられない。
あんな事言われて期待しない男はいないよ。しかも僕は中学三年で、一番ああいうことに興味ある時期で・・・・
とにかく今は渡部さんからの連絡待ちだ。余計な事は考えるな。
亮平さんが何故「サキ」さんになったのか。その話を聞いた時のショックは何処に行ったんだ。
渚さんの、あまりに痛すぎる行動。真剣に受け止めるべきだ。その上で僕が今何をすればいいのか考えろ。
ああ、でも・・・



Chapter:15「終着地」
11/14 晴れ
渡部さんと会ってから丁度一週間。渡部さんからの連絡は無い。
一週間くらいって言ってたから、まだ連絡無くても焦ることないか。
今日は時間の流れるのがとても遅かった気がする。
すっと家で渡部さんからの連絡を待ってたから。一日中ドキドキしてた。
早く連絡が来て欲しい。


11/16 曇り
渡部さんからメールが来た!そこには二行だけ文が書かれていた。
たったの二行。でも、内容はとても重い。「いつでもいいから。」って言葉と、携帯の電話番号。
いてもたってもいられなくなり、夜にも関わらず僕は電話をした。
渡部さんはすぐに出てくれた。
「こんばんわ。」と僕。「こんばんわ。」と渡部さん。少し沈黙。
「そういえば。」と渡部さん。「カイザー君の本名、まだ聞いてなかったよね。」
「ああそうでしたね。」
「教えてくれる?」
「いいですよ。」
僕は本名を言った。僕は名前に関してはちょっと自信がある。自分でもカッコイイと思う。
渡部さんも「なんだか芸能人みたいね。」と言ってくれた。僕は電話越しに照れてた。
僕、自分でもこの名前気に入ってるんです・・・・そう言おと思った矢先だった。
「ちょっと待って。」と渡部さんが言った。「ねぇ、その名前ってもしかして。」
直感的に渡部さんが何を言おうとしてるのかわかった。
そして、その直感は見事に当たっていた。僕が事の経緯を話すと渡部さんは何故か笑ってた。
「カイザー君、その名前の持つ意味分かってる?」
何を言ってるのかわからなかった。でも、渡部さんから話を聞いて・・・愕然とした。
「呪われてる。」と僕。「呪われてるわね。」と渡部さん。
渡部さんはさらに続けた。「でもたぶん、それは呪いじゃないわ。何て言うか・・・運命よ。」
そうなんだろうか。僕は自分がした事の重さに潰されそうになっていた。これも運命なのか。
「間違いなく運命よ。偶然で済ますにはあまりに運命的すぎる。けど・・・・やっぱり呪いかもね。」
僕にはもうどっちでも良かった。僕は逃げられないんだから。うまく逃げ切れても・・・・・
ああ、渡部さんと同じ事になりそうだ。頭から離れない。亮平さんのあの笑顔が。あの泣き顔も。あの声も。
「なんだか、ショックうけてるみたいね。また電話してよ。今日はもう充分お話したよね。」
そうして会話は終了した。今日は混乱してるけど、またすぐに電話をかける事になりそうだ。
渡部さんは言ってた。「この気持ちを、分かち合える人が欲しかったの。」
その通り、だ。


11/17 寒い
僕は何をすればいいんだろう。バラバラの人形の破片を見ながらそう思った。
目をつぶると亮平さんの笑顔が見える。男なのに、女っぽい笑い方。
僕は普段人の顔なんてすぐ忘れるのに・・・頭から離れない。離れてくれない。
アザミ。この人形の名前はアザミで、亮平さんの「友達」。
オクダがなんでこれを持ってたのかはわからないけど、どうせロクな理由じゃなさそうだ。
バラバラだし。なんでバラバラに?そんな事はどうでもいいか。
問題は、アザミ人形を僕が持ってるという事。
渡部さんの言った通りこれは運命、違う。呪いなのかもしれない。
このまま縁を切ろうと思ったって無理だ。
人形は?捨てるのか?亮平さんは?ほったらかしに?渡部さんとは?連絡とりあう?
学校に行ったって、今日みたいにボケっとしてるだけだ。
第一、受験勉強に身が入らない。普通の中学三年生に戻るには、全てが解決してくれなきゃダメだ。
受験。もうそんな時期だ。学校の知り合いに「お前は余裕だな。」って言われた。
余裕じゃない。学校じゃ僕は普通に装ってるけど・・・・・立たされてる状況は普通じゃない。
もう戻れない。志望校を下げれば受験には失敗しないかもしれない。だけど、高校生になっても僕は
このままじゃ 普通じゃない 僕は どうすれば 戻れるんだ 渡部さん 亮平さん 岩本先生 渚さん
どうすればいいんですか


11/18 今日も寒い
学校で変な噂を聞いた。何処の高校を受験するのかみんなで話してた時だった。
呪われた高校の噂。

ある男子生徒がいじめられていた。彼に対するイジメはとても酷いモノだった。
その男子生徒はいじめっ子への恨みを連ねていった。その恨みはどんどん膨れていった。
やがてその恨みは弾けた。恨みは呪いとなり、いじめっ子を襲った。
彼はまず何の罪もない女子生徒に呪いをかけた。そして彼女にいじめっ子を殺させた。
いじめっ子を電車のホームに突き落とすように呪った。彼女はそれを実行した。いじめっ子は電車に轢かれた。
ドカングシャグシャバリバリベチョリ
いじめっ子の身体はバラバラに砕け散った。
女子生徒は警察に逮捕された。男子生徒は何の罪もかぶらずに済んだ。
けど、今度はいじめっ子の呪いが男子生徒を襲った。
彼が目をつぶる度にグシャグシャになったいじめっ子の顔が浮かんでくる。
そのうち目をつぶらなくても見えるようになった。物陰、日陰、自分の影。暗いところには必ず潰れた顔がある。
耐えられなくなった彼は発狂した。学校にも来なくなった。
彼は薬を飲んで自殺した。
そこで話は終わらなかった。死んだ男子生徒の「呪い」は身体が滅びたあとも生き続けた。
生活指導の先生が何者かに殺された。それは自分を救ってくれなかった「彼」の呪いだった。
それ以来、暗黙のうちに学校でイジメは無くなった。
誰かをいじめると、「彼」の呪いで殺される。そんな噂が流れた。

そしてその噂は・・・・僕の中学校にまで流れてきた。

あの高校受験する奴いる?とかそんな噂嘘でしょとかでも実際何人か死んだヤツがいるらしいとか
なんか怖いよねとか今時呪いなんて流行らないとかみんな勝手なことばかり言ってた。
僕の受験しようと思ってた高校だった。
「呪われてる。」と僕は呟いた。友達が「やっぱそう思う?」とか言ってた。僕は無視した。
呪われてる。


11/19 晴れ
僕は渡部さんに電話をした。とにかく話をしたかった。
昨日聞いた呪われた高校の話をした。僕がその高校を受験しようとしてた事も。
渡部さんはうん、うん、と優しく相づちを打ってくれた。
渡部さんの高校。そして、亮平さんがいた高校でもある。
僕は話してるうちに怖くなってきた。本当に呪われてるんじゃないだろうか。
受話器を持つ手が震え、歯がガチガチと音をたてた。何度も何度も瞬きをした。息づかいも荒くなった。
怖いんです怖いんです怖いんです怖いんです怖いんです。渡部さんは答えてくれた。
「大丈夫。怖がらないで。」
その一言だけで僕は随分と落ち着いた。渡部さんの声はとても不思議な響きを持っていた。
本当に大丈夫な気がしてきた。平気ですよね。大丈夫ですよね。
「明日会える?」と渡部さん。
「学校あるんですけど・・・。」と僕は答えた。
「サボっちゃえ。」
僕は学校をサボることにした。罪悪感は少しもなかった。
明日の待ち合わせなどを決めて会話は終わった。電話を切ったあと、僕はふと考え込んだ。
これからもこんな関係が続くのかな。
ネット上での知り合いはすぐに手が切れる。でも、渡部さんとは現実に会った。電話番号も知ってる。
亮平さんにも会った。亮平さんの父親にも会った。早紀さんは・・・・やっぱり死んでしまったのかな。
会ってないのは渚さんだけか。これから会うことはあるのかな。そんな状況考えられないか。
そこまで考えると、また怖くなってきた。岩本家との不思議な縁。早紀さんと、亮平さんと、先生と、渚さんと・・・
僕はガタガタと震えた。また歯がガチガチなった。キーボードを叩くこの手が冷たい。
寒いさみむいいさみいさむういいm寒い手がかじかんでる。
渡部さんの言葉あをおおおおっっっもういs思い化ええい返した。・、。
「だいいじょうぶぶ」」だ大丈夫ううう大丈夫大丈夫大丈夫
怖がらないで。


11/20 晴れ
僕は今日という日を一生忘れない。

「渡部さん」の「ご褒美」は僕のくだらない妄想が現実となったものだった。
待ち合わせして、彼女の家へ。部屋に案内された。
部屋に着くと彼女はこう言った。「ここが、私の終着地。」
その後に詳しい説明は一切無かった。ただ一言、「ご褒美」と言って彼女は部屋の電気を消した。
真っ暗になった。服を脱ぐ音がした。何が起ころうとしてるのか・・・・そんなの分かり切った事だった。
僕の顔は真っ赤なってたと思う。心臓の音が部屋に響きそうになるくらいに音を立てた。
真っ暗な空間に彼女の身体の輪郭が浮かび上がった。顔の表情はうまく見えなかった。
でも、笑ってたと思う。
僕も服を脱ぐべきだと思った。ボタンを外す手が震えてた。死ぬほど緊張してた。
頭の中は真っ白になってた。いつものくだらない妄想なんかどっかいってしまった。
手が冷たくなってた。冷たいままじゃダメだ、と思った。暗闇の中で手をこすりあわせた。
まだ服も全部脱いでなかった。脱いだ服はどこに置いとけばいいんだろう。そんな事を考えてた。
彼女が僕の手を握った。僕の手はまだ冷たいままだった。彼女の手はとても温かかった。
裸の女性が目の前にいる。そう考えただけで僕はどうしていいのかわからなくなった。
男としてどうするべきか?立ったままじゃダメだ。押し倒す?僕が?どうやって?いつ?今?
彼女の唇が僕の唇に重なった。
次は?腕は?抱きしめるべきか?唇を離すタイミングは?何か言うべきか?いい匂い?変態だ!
トランクスは?まだ履いたままだ!いいのか?ここで脱ぐ?恥ずかしい!彼女は?下着は?
真っ暗で見えない!触れてみる?身体に?彼女の身体に?冷たい手で?大丈夫なのか?
ああ!渡部さんが唇を離した!どうしよう。これからどうしよう!嫌われた?これで終わり?
腕が!渡部さんの手が僕の背中に!これって、これってもしかして、抱きしめられてる?
いいのかそれで!男だろ!こっちから抱きしめなきゃいけなかったんだ!でも相手は年上だし。
渡部さんいい匂い。そんな事考えてる場合じゃない!僕がやるべきことは?イイ香り。
もういい。もうどうにとなれ。いい匂い。渡部さん。渡部さん・・・・・!
それからの事はうまく覚えてない。とにかく必死だった。恥をかきませんように、と祈ってた。
もちろん僕は初めてだった。

終わったあと、僕は寝転がったままボォっとしてた。部屋の電気は消えたままだった。
大人になった実感は沸いてこなかった。夢中だったから。長かったような、短かったような。
まだ信じられなかった。僕がなんでこんな経験をできるのか。ちょっと前まで、普通の中学生でしかなかったのに。
横で寝てる彼女は寝てなかった。何か考え事をしてるみたいだった。真っ暗でもそれだけはわかった。
僕はまた自分の事を考えた。ネットの事。カイザー・ソゼ。ロロ・トマシ。処刑人。sakky。ああ、あとアレか。
それに、岩本家との不思議な縁。亮平さん。そうだ、亮平さんはまだあんな状態で病院に・・・・
僕だけこんなイイ思いしてていいんだろうか。急にそんな考えが沸いてきた。
今もなお狂ったままの亮平さん。死んでしまった早紀さん。岩本先生と渚さんだって苦しんでるに違いない。
僕だけが幸せ。そんな事許されない・・・・・。
「渡部さん。」と彼女に話しかけた。彼女の顔がこっちに向いたのが分かった。
「何?」と答えてくれた。僕と顔が向かい合った。
あの・・・・僕だけその・・・こんな・・・・・・・なんて言うか・・・・イイ思いをしていいのかなって思って・・・。
渡部さんは優しく微笑んでくれた。
「いいのよ。『ご褒美』なんだから。」
でも・・・・亮平さんは今もあのままで・・・・・早紀さんも死んじゃって・・・・・・
「待って。」と言って彼女は僕に顔を少し近づけてきた。
「誰が『早紀さんは死んだ』って言った?」
え?と僕は拍子抜けした声を上げた。生きてるんですか?
彼女はクスクスと笑った。
「メールには『早紀さんは生きてる』って書いたはずだけど。」
え?あ、そう言えば・・・・そうでした・・・・。
僕の中ではすっかり死んだことになってた。そうだ。確かに誰も『早紀さんは死んだ』とは言ってない。
生きてる・・・・・早紀さんは生きてる・・・・・・・・・・・・え?じゃぁ、じゃぁ・・・・・
僕の中で疑問が膨らみ始めた。生きてる。なら、
何処に?生きてるんなら、早紀さんは今どこにいるんですか?
またクスクスという笑い声。
「バカね。」と言って彼女は僕の口に指を当ててきた。
「私を救って欲しかったって言ったでしょ?」
さっきより長くクスクスと笑い、「バカね。」ともう一度呟いた。

そして彼女は言った。
























「私が早紀よ。」



















早紀さんのお腹に手を当てると、傷跡の感触があった。



Chapter:16「光の世界」
11/21 晴れ
昨日の事がまだ忘れられない。早紀さん。
びっくりし過ぎて逆に落ち着いてたほどだ。でもこうして一日経ってみると、あまりの事に震えてくる。
それにしても僕は・・・・・・何故気付かなかったんだろう。
早紀さんは「髪型変えて化粧するだけで女は化けるのよ。」とか言ってたけど、そんなの・・・そうなのかな。
一度病院で早紀さんらしき人を見たのを思い出した。今考えるとあれは亮平さんだった。
でも亮平さんは見た事なかったから、僕はあの人に早紀さんの面影を見たってことになる。
あの時の僕の精神状態は確かにマトモじゃなかった。そんなの理由になるのか?
ああ違う。テレビか何かで言ってたな。多重人格の人の話。人格が変わると、顔つきまで変わる。
「虫」だった早紀さんと今の早紀さん。顔自体は同じだけど顔つきが違う。それに髪型。化粧。僕の精神状態。
全部だ。その全てが絡み合って、僕はワタベさんが早紀さんであることを見抜けなかった。

入れ替わりは早紀さんからの提案だったらしい。
渡部さんは本当に「sakky」が誰であるかを探ってた。そして岩本家まで辿り着いた。
そこで会ったのが、目覚めた早紀さん。その時すでに人格はモトの早紀さんに戻ってた。
早紀さんが目を覚ました時、渚さんは泣くほど喜んだらしい。そこで、泣きながら亮平さんの事を話した。
早紀さんが僕に語ってくれた話だ。
早紀さんは渡部さんにそれを伝えた。渡部さんもびっくりしたらしい。それこそ「死ぬほど」。
その頃「希望の世界」ではsakkyやら偽三木やらが出てきてた。
渡部さん本来の目的はsakkyの正体を見極める事。早紀さんもそれに乗った。興味があったからだって言ってた。
ここで早紀さんの提案で入れ替わりがあった。
表だった事は全て早紀さんが担当して、渡部さんは裏工作みたいのをしてた。
渚さんとの連絡は渡部さん。実際オフ会に行ったり、亮平さんに会ったりしてたのは早紀さん。
渡部さんは亮平さんと会うのを嫌がってたそうだ。
それから色々あって・・・・・今に至る。

ここまで書いたらまた手が震えだした。生きてた早紀さん。ワタベさんだった早紀さん。
兄に犯され一時は狂ってた早紀さん。「希望の世界」を作ったホンモノのsakkyさん。
そのsakkyさんと、僕は・・・・・・・・・
ああぁぁぁああぁああ


11/22 晴れ
早紀さんからメールが来てた。明日また会いたい、という事だった。
明日は休日だし、早紀さんからの要望であれば断るわけにはいかない。
早速返信しておいた。もちろん大丈夫ですよって。
待ち合わせの場所や時間は既にメールに書いてあった。
一昨日の記憶が蘇る。明日もまた、素敵な経験ができるかもしれない。
僕は胸が踊った。こんなに幸せでいいのか。いや、いんだ。これまで僕はさんざん苦しんできたんだから。
精神病院に通院してまで、狂ってまで、そこまでして辿り着いたんだから。
僕にだって幸せになる権利はある。はず。
考えてみれば、僕はずっと早紀さんの影を追いかけてた。
それこそNSCを立ち上げた時から。ネットストーキングをしてた頃から。
リアルな早紀さん追いかけ始めたのはいつからだったかな。
ああ、もういい。もう追いかける必要はないんだ。早紀さんに会いたければ何時でもあえる。
これからもずっと。早紀さんとはずっと一緒だ。離れない。
離れたくない。


11/23 あぁぁ
約束の時間、そこに早紀さんは現れなかった。横浜駅西口東横線改札前。
来たのは・・・・・あのベルの女の人だった。
「あれ?カイザー君じゃない。」と声をかけてきた。
僕にはこの人が誰なのかもう分かってた。
「渡部さん。」
渡部さんは正体がバレてる事なんかとっくに承知してるようだった。
「あら、もうバレてた?早紀ちゃんもう言っちゃったんだ。」
僕は頷いた。
「ところで、早紀ちゃんは?一緒じゃないの?」
え?と僕は声をあげた。なんで早紀さんさんと会う事知ってるんですか?
「だって私、今日早紀ちゃんと会う約束してたのよ。昨日メールが来てさ。」
僕も来ましたよ。この時間、この場所にって。
「私の待ち合わせも同じよ。」
僕たちは顔を合わせた。何で?どうゆう事?いくら話して見当がつかなかった。
早紀さんは何故こんな事を?僕と渡部さんを会わせる為?今更そんな必要が?
「本人に聞いてみましょう。」
渡部さんは携帯電話を取り出した。えーと早紀ちゃんはっと・・・・・そんな事を言いながら電話をかけた。
出ない。家に今誰もいないのかなぁ。渡部さんは呟いた。電話は諦めた。
「そうそう。この携帯ね、一度早紀ちゃんに貸してあげたのよ。まぁカイザー君には関係なかったけどね。」
そんな事より。早紀さんは来るのか?この時点で既に30分は待ち合わせ時間を過ぎてる。
もう少しだけ待ってみる事にした。
一時間。
早紀さんは来なかった。
渡部さんが言った。「ねぇ、こうなったら早紀ちゃんに直接会いにいかない?家、そんな遠くないし。」
行くことにした。
電車に乗ってる最中、渡部さんはこんな話をした。
「実はね、私どうしても今日早紀ちゃんに会いたいの。昨日のメールの内容がちょっと引っかかってて。
『今まで協力してくれて本当に感謝してます。おかげでようやく終われます。』だって。なんか変よね。」
僕は急激にこの前の早紀さんの言葉を思い出した。
「ここが、私の終着地。」

駅から岩本家まで、心なしか二人とも早歩きだった。着いた。インターホンを。押せ。鳴らせ。
ピンポーン。出ない。ピンポーン。出ない。ピンポーン。出ない。ピンポーン。出ない。
ドアをノック。トントン。返事ナシ。トントントン。返事ナシ。ドンドン。返事ナシ。ドンドンドン。返事ナシ。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。
返事ナシ。
渡部さんがドアを引いた。開いた。カギがかかってない。入れる。すいません、誰かいませんか?
返事ナシ。早紀ちゃん、いるの?返事ナシ。早紀さん、居るなら返事して下さい。返事ナシ。
靴はある。たぶん早紀さんの。渡部さんと顔を見合わせる。頷いた。入りますよ。入った。岩本家へ。
叫んだ。早紀さん!誰もいない。早紀ちゃん!誰もいない。一階は静まり返ってる。誰も、いない。
早紀さんの部屋は二階だ。早紀さん。また叫んだ。早紀ちゃん。渡部さんも叫んだ。
早紀さん。二階へ。階段を駆け上がった。叫びながら。早紀さん。渡部さんも後ろに続いた。早紀ちゃん。
ドアが二つある。ドンドン。返事ナシ。ドアを引いた。ガチャガチャ。カギがかかってる。ガチャガチャガチャガチャ
開かない。なら、隣だ。早紀さん。叫んだ。早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん
早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん
早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん
ドアを、開けろ。開いた。早紀さん!居た。早紀さんが。
目の前に。
黙って。
宙に浮いて。
天井から。
ぶら下がって。
縄で。
首から。
目を閉じて。
だらんと。
浮いたまま。
動かず。
床に椅子が。
転がってて。
静かで。
早紀さん。

返事ナシ

渡部さんが何か叫びながら早紀さんを下ろした。僕も手伝った。
早紀さんは冷たかった。渡部さんは泣いてた。僕は泣かなかった。こんな時は落ち着くべきなんだ。
僕は保健体育で習った事を思い出した。そうそう、こんな時はああすればいいんだった。
うろたえるだけの渡部さん。ダメだよ。こんな時こそきちんとしなきゃ。
僕はうろたえないできちんとやるべき事をする。
心臓マッサージと、人工呼吸。マジメに授業受けといて良かった。これで早紀さんも大丈夫だから。
早紀さんを横たえて、と。ええとまずは確か・・・・気道確保。顎を上に上げるんだったな。
オッケー。次は人工呼吸だ。鼻を指で押さえて、鼻が冷たいなぁ。口を覆うようにして息吹き込む。
ふー。唇も冷たいぞ。仕方ないか。今日は寒いから。ふー。胸がふくらむ。うまいぞ僕。
よし、心臓マッサージだ。早紀さんの胸に手を当てる。いい感触。違う。肋骨の下あたりに両手を重ねて。
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15。
確か15回押すんだったな。で、その後に人工呼吸2回。ふー。ふー。
いいぞ。あとはこの繰り返しだ。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

渡部さんが後ろで何か言ってる。「無理よ。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

渡部さんが後ろで何か言ってる。「死んでる。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

渡部さんが後ろで何か言ってる。「この娘はね」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

「虫の記憶と早紀ちゃんの記憶。両方持ってたのよ。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

「耐えきれるわけなかったのよ・・・・・。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
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心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
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心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

「ねぇもうやめて。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
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心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
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心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

「お願いだから。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
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心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
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心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
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心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

「ねぇ・・・」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
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心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ4回

僕は突き飛ばされた。
顔を上げると、渡部さんじゃなかった。おばさんだった。この人が「渚」さんなんだな、と思った。
渚さんは大声を張り上げた。「私の早紀ちゃんに触らないで!」
僕はまた突き飛ばされた。渚さんが早紀さんを抱え込んだ。これ以上ないくらい泣いてた。
誰かに手を引かれた。渡部さんだった。涙目になりながら言った。「行きましょう。」
僕たちは岩本家を出た。外は真っ暗になってた。
僕は何か叫んだ。

何て叫んだのかは覚えてない。


11/24 雨雨雨
早紀さんから来てたメール

こんにちわ。カイザー君。あなたがこのメールを読む頃、私はもうこの世にはいません。
なんでこんな事になっちゃったか・・・・それは私にもわかりません。
なんてね。覚えてる?この文面。
「ワタべさん」が自殺した時送ったメールよ。
あの時と違うのは、そうね。
私が本当に自殺するってコトかな。
そんな必要ないのに、とか思ってる?
ダメよ。それを言ったら、私とあなたが身体を交えた事にも意味が無くなってしまうから。
一つ教えてあげる。お兄ちゃんは今家にいるのよ。自分の部屋に。
隣の部屋にいるの。
私達がしてたことも、知ってるのよ。私が見せたの。
けど、お兄ちゃんはサキちゃんのままだった。戻らなかった。
戻って欲しくないのに。なんで私はあんなことしたんだろうね。
復讐?自暴自棄になってたから?虫の記憶が重荷?適当に色々並べてみて。
たぶん、その全てだから。
そしてそれが、私を自殺に導いた。そう思っておいて。
悲しまないで、って言っても無理かな。
本当に私のために泣く必要なんてないよ。
あ、でもね。最後に一つだけお願い。
私の事を忘れないで。
それだけでいいから。
土曜の夜のことは、その為にあったんだと思って。

さて、私はそろそろ終わります。
ロープの準備は既にしてあるから、あとは覚悟を決めるだけ。
ちょっと気になるのが、あなたが私の死体を見つけてくれるかって事。
大丈夫だよね。今までずっと私を探してくれたんだから。最後もきっと。

そうそう、私最初はK.アザミってお母さんだと思ったの。だって・・・・・
あなたにこんな話しても仕方ないか。終わったことだし。
私ももう、終わってしまうから。
じゃあね。風見君。あなたの名前、私もカッコイイと思ったよ。
渡部さんにもよろしく言っておいてね。
それからお兄ちゃんにも・・・・。

バイバイ


11/25 クモリ
早紀さんの家の住所を調べること自体そんな苦労はなかった。
けどその後の作業がかなり手間取った。それだけで一日中費やした。
慣れないことをしたからだ。指も痛い。去年授業でやって以来だ。
明日これを送れば終わり。早紀さん、誉めてくれるかな?
これが今の僕に出来る精一杯の事。
いや、今やらなければならない唯一の事だ。
K.アザミとしての最後の責任。それを果たす。
「希望の世界」でのもう一人の僕。sakkyでもない、カイザー・ソゼでもない僕自身を投影したキャラのつもりだった。
ネーミングだって本当は「KAZAMI」ってそのままの名前を付けるつもりだった。
ただ、初めて書き込んだあの日、世間で話題になってた猿の名前が「アザミ」って名付けられたから。
その名を聞いてピンときた。Kの後にピリオドを付けると「K.アザミ」になる。
ハンドルネームそしては上出来。そんな風に思った。猿の名前にKをつけると僕になる。
猿芝居。そんな意味も込めてたと思う。

できあがりはなかなかのものだった。僕にしては良くやった方だ。
改めて眺めてみた。所々に雑な部分がある。けど、これくらい勘弁して下さい。
あんなに汚れてたのをここまで綺麗にしたんだから。
早紀さん。これでいいですよね?

あとは渡部さんの方だ。メールでいいかな。
渡部さんには・・・そうだ。「希望の世界」を託そう。後を任せられるのは渡部さんしかいない。
最後の挨拶と、「希望の世界」のパスワードを送った。

こうして「希望の世界」は僕の手から離れていった。

僕はもう希望を見つけたから。だから必要ないんだ。
僕の希望は・・・・・・早紀さん。あなたそのものです。
初めて「希望の世界」を見つけた時からそうだった。今でも。そしてこれからも。
絶望なんかしてたまるか。僕はいつでも希望を追い続ける。
早紀さんの事は決して忘れない。
虫の記憶を抱えたまま生き続けた早紀さん。
狂った兄の存在に耐え抜いた早紀さん。
僕に幸せな記憶を刻んでくれた早紀さん。
僕の希望、早紀さん。
早紀さん。
あなたは素敵です。

僕の希望は、決して消えない。誰も消せやしない。
消させない。


11/26 曇ってるけど、晴れ
今日、全ての事をやり終えた。
昨日のも送り終えたし、渡部さんへのメールは既に送ってある。
もう僕に出来る事は何もない。
外はそんなに晴れてなかった。もっと、眩しいくらいに晴れて欲しかったな。白く輝くくらいに。
不安材料はそれだけ。あとは問題ない。
だから行こう。早紀さんの元へ。

部屋のドアはきちっと閉めておいた。カギがないのは仕方ないけど、そう簡単にはわからないだろう。
倒れた時に大きな音がするかもしれないけど、その時にはもう、僕は早紀さんの所へ行ってるはず。
僕は机からナイフを取り出した。

そして、自分のお腹に刺した。

ズズ、と肉をかき分ける音を立ててナイフが沈んでいった。
激痛が走った。こらえろ。早紀さんに会う為だろ。
早紀さんは光の世界へ行ってしまった。だから僕もそこに行く。
そこへの行き方は「僕の日記」に書いてあった。早紀さんの前の人格、「虫」も同じ事をしてた。
血がどんどん流れていった。とても痛いけど、なんとか我慢できる。
本当に。僕は今こう思ってる。本当に、お腹にナイフを刺しても日記を書く力くらいは残ってるんだな。
「虫」もそうだった。
僕も。僕も「カイザー・ソゼ」の最後の記録をココに残しておく。「虫」の記録のように。
キーボードを叩くのも億劫になってきた。けどまだ大丈夫。すぐには、力尽きない。
僕はふと本棚を眺めてみた。
学校の教科書が並んでる。突然涙が出てきた。痛さでじゃない。胸が熱くなる。・・・悲しいから?
なんてことない友達との会話を思い出した。受験の話。学校の愚痴。芸能人の話。いろいろだ。
ああ、記憶が走馬燈の様に蘇るって、この状態の事を言うんだ。
友達の中で女の子とした事が有る奴はいなかった。卑猥な話は何度もしたけれど。
結局僕が抜け駆けしたことは誰にも言えずじまいだった。
それでいいのかもしれない。
両親は悲しむだろうか。友達も悲しんでくれるかな。
親は嫌いだったけど、今考えるととても良くしてくれてた。普通だ。そう、普通の家庭だった。
友達もそんなに変わった奴はいなかった。普通の友達に、普通の学校。普通の、中学三年生。
また涙が流れてきた。血の中にピチャっと音を立てて落ちた。
教科書に手を伸ばそうとしたけれど、もう腕は動かなかった。かろうじて手先が動くだけ。
こうしてキーボードを叩く事以外、もう何もできない。
戻れない。
もう戻れない。
最後に教科書を触っておきたくなった。普通の受験生だった頃、必要だった教科書に。
腕は、ピクリと動いた。動け。肩が震えてる。キーボードを叩くのは一時中止だ。
教科書を。手に。


膝の上に教科書が置いてある。血塗れになってしまって何も読めない。
でも僕は満足してる。ちゃんと、自分の手でお別れを言いたかった。
さようなら。
教科書を血溜まりの中に落とした。ビチャリと音を立てて教科書はさらに赤く染まった。
その上に僕の涙がこぼれ落ちた。

光が、光がだんだんと広がってきた。
来た。これだ。これが僕の希望へ繋がる道だ。
スーっと力が抜けていくのがわかる。日記はあと何行書ける?構うな。そんなの決まってるだろ?
力尽きるまでだ。
サーバーにアップする体力も残しとかないと。ふふ。誰か見つけるかな。
光はますます強まってる。下に落ちてるはずの血だらけの教科書も見えない。
足も見えない。周りは、何も見えない。パソコンの画面とキーボードだけが、光の中に浮いている。
あ、早紀さんだ。なんだ。迎えに来てくれたんですね。
良かった。あっちで迷子になったらどうしようかと思ってたんです。
手、ですか?照れるな。手を繋いで行くなんて。
あれ。届かない。早紀さん笑わないで下さいよ。もうあとちょっとですから。
よいしょ。ああもう。まだ届かない。早紀さん。だから笑わないで下さいよ。
それにしても早紀さん、その羽素敵ですね。真っ白で。とても似合ってます。
え?何ですか?僕?
ああ凄い!僕にも羽が生えてる!早紀さんとお揃いだ!
これで、何処へでも行けますね!
早紀さんと一緒なら、何処にだってついて行きますよ。
ええ、わかってます。もう行き場所は決まってるんですよね。
よし。時間だ。羽ばたくぞ。
さぁ行きましょう。
僕の・・・・僕たちの、終着地へ。

翔べ!


第4章「終着地」
 サキの日記