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世界 サキの日記

第四章「終着地」


第十三節「慟哭」

10/31 晴れ
今日も無駄に空は晴れてます。雨でも降っちゃえばいいのに。
なんとなく病院をウロウロしてみました。天気がいいから、屋上にでも行ってみようかな。
階段を上っていくと、看板が出てました。「この先立入禁止」だって。無視。
屋上に出る扉には鍵がかかってました。もう、屋上にすら出られなくなってる・・・。
私はオクダを給水塔に突き落とした時の事を思い出しました。
アザミをバラバラにされて怒ってそれで・・・でも、殺さなかった。殺しちゃダメだと思った。
だから、助けを求めるオクダの手をとって、引き上げた。そうだよ。私、殺さなかったんだから。
人を殺してしまうほど私は狂ってなんかない。ただ、記憶が無いだけ。それ以外は、マトモだよね?ね?
・・・・答えてくれる人がいません。


11/1 大雨
昨日のお願いが通じたのか、外は大雨になりました。もっと降っちゃえ。
ベッドのシーツがベトベトして気持ち悪いです。湿気ってる。今日は来てくれません。
こんな時、いつもはお母さんが新しいシーツを持ってきてくれるんだけど、たぶんもう来てくれない。
シーツはこのまま汚れっぱなし。パジャマもこのまま。下着も、このまま。
雨のわりには気温が高く、汗もかいてしまいました。ベトベト。着替えはナシ。
ちょこっとだけ、雨を憎んでしまいました。
自分から呼んだのにね。


11/2 曇り
久々にアザミのお母さんを見かけました。相変わらず先生の与えた人形を殴ってる。
あんな人でさえ構ってくれる相手がいるのに。私には、いない。誰もいない。
食事を持ってきてくれる人も、会話はしてくれない。話しかけてもにっこり笑って、それだけ。
私にはなんとなくその理由がわかるよ。私が、先生の子供だからでしょ?
大人ってそんな事ばっか気にする。くだらないよ。人間関係なんて。
ほら、私、人間関係なんて難しいコト考えてる。「中」にいるどの人よりもマトモなコト考えてると思わない?
ふふ。誰に向かって言ってるんだろ。


11/3 晴れ
先生が来ました。お母さんが来て欲しかったのに。
「一昨日な、この前の奴が通院やめるって言ってたぞ。」それだけ言って帰ろうとしました。
私は聞き返して少し引き留めました。この前の人って、誰?
先生は名前を・・・・ちょっと不思議な響きの名前・・・・を言いました。その名前に心当たりはないけど。
私は最初それが誰なのかわかりませんでした。でも、「この前の奴」って言ったら・・・・それって、もしかして。
カイザーソゼさん?私は思わず叫んでしまいました。先生は変な顔して言いました。
「カイザー・ソゼ?ああ、お前はそう呼んでたな。そいつだ。」
そして先生は部屋を出ました。私は少し、いや、かなり悲しくなりました。カイザー・ソゼさん・・・・・
やっぱり、もう来ないんだね。


11/4 曇り
ベッドの横の机にお腹をぶつけてしまいました。お腹の傷がまたうずきました。
痛いです。とっても痛かったです。しばらくじっとしてたら痛みはなんとか引きました。
そこで、私はふと疑問に思いました。この傷は、どうしてできたんだろうって。
昔の記憶が無いのでよくわかりません。K.アザミは何て言ってたっけ?
ああそうだ。私が自分で刺したって・・・・本当かなぁ。自分で自分のお腹を刺すなんて、ちょっと信じられない。
今度お母さんに聞いてみよ。


11/5 晴れ
また先生が来ました。お母さんは来ません。
仕方ないから昨日の疑問は先生に聞いてみることにしました。
先生は私の様子だけ見て帰ろうとしたけど引き留めました。「私のお腹の傷、なんでできたの?」と聞きました。
先生は私をなんだか哀れそうな目で見ました。「知らない方がいいぞ。」だって。
何それ。余計気になる。私は「いいから教えて。」と言いました。先生は深いため息をつきました。
そして、何を思ったか急にけけけと笑いました。いいだろう。教えてやるよ。そのかわり後悔するなよ。
後悔しないから教えて、と私。それから先生はまたけけけと笑って・・・・・・・言いました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あんな事日記に書きたくない。


11/6 曇り
昨日まで、お母さん来て欲しいなってずっと思ってたけど、もうそんな風に思わない。思えない。
一日中、お母さんが来ないように祈ってました。もうマトモにお母さんの顔見られない。
先生も酷いよ。私がショック受けるの知ってて言ったんだから。
今でもドアが何時開くのかビクビクしてます。お母さん来たらどうしよう。先生も嫌。
怖いよ。涙が出てくるよ。震えが止まらないよ。聞かなきゃ良かった。知らなきゃ良かった。
外に出たい。ここにいると逃げられない。外に出たい。外に出たい。外に出たい。外に出たい。
ここから、出して。



第十四節「脱出」
11/7 曇り
怖い。怖い。怖い。怖い。私、このままだと殺されるかもしれない。ここに居ると、私、殺される。
先生にその事を言った。先生は私と二人きりじゃない時には丁寧な言葉を使う。
病院の中、先生を探し回って見つけて話しかけたときは「なんですか?岩本さん。」とよそよそしく話してた。
私ここにいると殺されるかもしれないって言ったらそっと耳元に囁いてきた。今更何言ってるんだお前。
それだけ言ってまた何処かへ行っちゃった。他の人の前では愛想良く笑顔を振りまいてた。
こんな時、こんな時誰かそばにいてくれたらどんだけ落ち着くんだろうって思った。アザミ。
いつもはアザミがいてくれたのに。アザミ戻ってきてよアザミアザミアザミアザミアザミアザミ

  ザ
     ミ


11/8 雨
私は、あまりの事にびっくりしました。なんで?なんで?なんで?
突然やって来たワタベさん。死んだんじゃなかったの?自殺するって言ってたのに。お母さんも言ってたのに。
私は「なんで?」としか言えませんでした。ワタベさんはくすっと笑って言いました。「ごめん。あれ嘘なの。」
お母さんは・・・・「渚さんにも言っておいたから、うまく言っておいて下さいって。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘・・・・・・・・・だったんだ・・・・・・・・・・・・・・・
しばらく何を考えていいのかわからずぼぉっとしてました。でも、段々と嬉しさがこみ上げてきました。
アザミもいない。お母さんも先生もいない。でも、ワタベさんが生きてた。戻ってきてくれた!
ワタベさんは私に聞きました。「ここから、出たい?」。私は何度も何度も頷きました。
わかった。近いうちになんとかする。そう言って、ワタベさんは帰ってしまいました。
すぐに帰ってしまってちょっと寂しかったけど、構わない。ワタベさんが戻ってきた。それに、外に出られるって?
嬉しい事が、二つも!


11/9 曇り
今日はワタベさんは来てくれなかったけど、全然寂しくなかった。
嬉しい気持ちでいっぱいだった。これでアザミがいてくれたらもっと嬉しいのにな。
アザミも早く戻ってきなよ。一緒に外に出られるよ。本当に何処に行っちゃったんだろう。
かくれんぼでもしてるのかと思ってベッドの下とかカーテンの裏とか部屋中探してみました。やっぱりいない。
見つからなかった。そう思った途端に、急に寂しくなりました。私一人外に出ちゃったら、アザミはどうなるの?
一緒にいようって約束したのに、私の方から裏切る事になる?でもいなくなったのはアザミが先だから・・・
どうしよう。


11/10 曇り
ワタベさんが来てくれました。少しお話をしました。
「サキさんは、外に出れたら何をしたい?」と聞いてきました。
アザミを探したい。そう答えました。アザミはここにはいないから外にいるのかも。そう思ったから。
ワタベさんは「ああ、あのに・・・・・。」言いかけて止めてしまいました。「あなたの、お友達ね。」
そうです。あれ?ワタベさん、アザミ見たことあったっけ?
見たこと無いけど、知ってる。でも私もアザミが何処に行ったのかは知らないの。
ワタベさんも知らない。やっぱり外にいるのかな。早く戻っておいでよアザミ。外にでるなら一緒の方がいいから。
約束したのにな。


11/11 曇り
お母さんが来た!私は先生の話を思い出して毛布にくるまって震えてました。
お母さん・・・また私を殺そうとするんじゃ・・・お腹の傷がズキズキする。先生言ってた。お母さんが刺したって。
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ殺される殺される殺される殺される殺される殺される
毛布越しにお母さんの手が私の身体に触れて叫ぶのをこらえて毛布を固く握ってもう一回背中に手が触れて
殺されると思って我慢できなくなって絶叫して毛布を投げ飛ばしてベッドから転げ落ちてドアまで走って
途中で転んで膝をぶつけて痛くてでも外に出なきゃいけないくてドアまで這ってると肩を掴まれてまた叫んで
ボロボロ涙を流してたところでお母さんが言いました。
「もう、何もしないから・・・・。」

お母さんも泣いてました。


11/12 雨
今日は先生が来ました。そして、こんな事を言いました。
「お前、自分の名前を言ってみろ。」
何言ってるんだろう?自分の子供の名前もわからないの?私は「イワモトサキ」と言ってやりました。
先生は顔をしかめました。私の顔をのぞき込んで言いました。「外に出たいか?」
もちろんよ。私は頷きました。ワタベさん、もうここまで話を進めてくれてたのね。でもたぶん先生は許可しない・・
そう思った矢先でした。先生が突然けけけと笑いました。いいだろう。出してやる。明日だ。準備しろ。
私は思わず「なんで?」と聞いてしまいました。まさか先生が許可してくれるとは思ってなかったから。
先生は答えました。俺は説得されただけだ。俺はもう疲れた。後はあの小娘が全部背負ってけばイイさ。
またけけけと笑ってました。何度も「どうなっても知らねぇぞぉ。」と笑いながら言ってました。
先生の笑い声が部屋に響きました。私も笑ってみました。けけけ。先生はそんな私を見てもっと笑いました。
けけけけけけけ。私ももっと笑いました。私と先生の笑い声が重なって変な響きになってました。
ケケケケけけケケケケケケェえェェ


11/13 晴れ
ワタベさんが迎えに来てくれました。ドアを開けて、私に手を差し伸べて、言いました。
「さぁ行きましょう。あなたが望んだ『外』の世界へ。」
私は外に出ました。
久々に太陽を身体いっぱいに浴びた気がしました。私は嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
子供の頃に戻ったようにはしゃぎました。見てワタベさん。すごく外は晴れてるよ。眩しいよね。素敵だよね・・・・。
ワタベさんは微笑んでくれました。待ち望んだ「外」。アザミごめんね。一足先に出て来ちゃった。

私は今、自分の家にいます。ワタベさんが連れてきてくれました。夜に先生が帰ってきたらしいです。
顔は会わせませんでした。お母さんが私を部屋から出してくれないから。外から鍵がかかってる。
私は部屋から出れません。



第十五節「迷走」
11/14 晴れ
今日から私の新しい生活が始まりました。病院じゃない、家での生活。
私の部屋にあるパソコンは壊れてます。倒れて、破片が飛び散ってる。キーボードには血が付いてました。
棚の中に壊れたオルゴールがあるのを見つけました。音は出ません。無性に悲しくなりました。
部屋の中をふらふらしてるとトイレに行きたくなりました。でもドアには外から鍵がかかってるので出れません。
我慢しようと思いました。

我慢できませんでした。


11/15 雨
隣の部屋から何かゴソゴソ音が聞こえます。幻聴です。私はおかしくなってるのでしょうか。
これからトイレはお母さんが食事を持ってきてくれる時に済ますことになりました。
昨日の汚れた服は捨てられてしまいました。洗ったらまだ使えるのにと思いました。
お母さんは口をきいてくれません。先生は家に帰ってきてません。幻聴はまだ聞こえます。
部屋には私一人です。アザミを呼んでも返事はありません。今日もノートパソコンに日記を書きます。
楽しいことは何もなかったけど。


11/16 曇り
カチャッと鍵の開く音が。ドアが開きました。先生が立ってました。
「岩本さん、調子はどうですか?」
先生はとても爽やかな笑顔でそう言いました。私も微笑みました。大丈夫です。私は平気・・・・・
「なんて言うと思ったか?ここは病院じゃねぇんだバカ。」
そして、例のけけけって笑い声。私は唖然としてました。先生は笑うだけ笑って部屋を出ました。
カチャン、と鍵をかける音。私は何が起きたのかしばらく理解できませんでした。
理解できた時には泣いてました。


11/17 曇り
久々に、本当に久々に「希望の世界」へ繋いでみました。
誰もいませんでした。
最近誰かが掲示板に書き込んだ気配すらありませんでした。
「アザミに会いたい。」私はそう書き込みました。でも、それだけです。誰も見てくれない。
部屋の中にはアザミはいません。部屋から出られないからアザミを探しにいけません。
お母さんは話し相手になってくれません。いつも泣きそうな顔をしながらご飯を運んできます。
ご飯はとってもおいしいのに。食器を下げる時「おいしかったよ。」と言ったらお母さんは少し笑顔になりました。
けど、すぐに泣きそうな顔に戻ってしまいました。


11/18 とても寒い日
私は「外」にいるはず。でも、部屋からは出られない。私以外誰もいない。
「外」に出たら色んなお友達と遊べるかと思ってた。色んな場所にも行けるのかと思ってた。
そんな事できると思ってた私がいけなかったのかもしれません。
倒れたパソコンはモニターが壊れてます。何となく電源を入れてみました。
電源が入りました。
思わぬ発見でした。全部壊れてると思ったのに。破片まで飛び散ってるのに。キーボードに血まで付いてるのに。
ケースがいくら壊れても、中身は無事だったんだ。
モニタの中の映像は歪んでます。何がどうなってるのかよくわかりません。
不思議な事に、手が自然に動きました。マイコンピュータらしきアイコンをクリック。
凄い。私、このパソコンを自分のモノみたいに扱ってる。
何かのファイルを開きました。モニタの写りが悪いので何のファイルなのか分かりません。
かろうじて読めたのは・・・・「日記」って文字だけ。
誰の?私はモニタに目を凝らしました。読めません。モニタを叩きました。画面は変わりません。
モニタを揺さぶりました。読めません。叫びました。読めません。泣きました。読めません。
読めないんです。


11/19 曇り
またパソコンをいじってました。どうやってもモニタの写りは良くなりません。
はっと気付きました。倒れたラックの近くに散らばってる色んなモノを拾ってみました。
有りました。フロッピーディスク。差し込みました。入りました。うまく保存できるか不安でした。できました。
ノートパソコンの方でファイルを開いてみました。僕の日記。誰の日記?お兄ちゃんのでした。
読みふけりました。止まりませんでした。悲しくなりました。とても悲しくなりました。とても、とても・・・。
K・アザミに教えてもらった事がすべて書いてありました。それだけじゃない気がしました。
お腹の傷。この傷は・・・・お母さんが刺した傷。私は全てを理解しました。そして、泣きました。
この日記を書いてた時の私は、お母さんをかばってたんだ。だから自分が刺したって書いたんだ。
そうに決まってる。お母さんが刺したなんて書けなかったから、私は自分のせいにして。絶対そうだ。
お母さん。私は叫びました。ドアを何度も叩きました。お母さん。
何て言っていいのかわからなかった。でも、とにかくお母さんを呼ばなきゃって思いました。私は叫び続けました。
ドアが開きました。お母さんが立ってました。私はボロボロ涙を流しながら、何かを言おうとしました。
何も言えませんでした。ただ泣くことしかできませんでした。
泣いてる私を見てお母さんは言いました。
「静かにしててね。」
いつもの寂しそうな笑顔でした。バタンとドアを閉めて行ってしまいました。
ドアの向こうで叫び声が聞こえました。


11/20 怖い
お母さんが昨日、部屋の鍵をかけ忘れた事に気付いたのはお昼ごろでした。
お昼ご飯がまだだったのでお母さんを呼ぼうとしたら、ドアが開いてしまいました。
おそるおそる部屋から出ました。「お母さん!」と叫んでみたけど反応は有りません。
家には誰もいませんでした。
このまま外に出れるんじゃないかと思いました。でも思い留まりました。
私は家から出るべきじゃないと思ったから。
夕方ごろ、外が暗くなりかけた感じの時に誰かが家に来ました。
私は慌てて自分の部屋に戻りました。会話が聞こえます。二人組でした。
その二人組は一旦私の部屋の前に止まりました。この部屋の様子を伺ってるみたいです。
男の人が「何やってるんですか?」と言いました。女の人が「別に。気にしないで。」と答えてました。
二人は隣の部屋に入っていきました。
私は怖かったのでしばらく寝たふりをしてました。隣の部屋の音はうまく聞き取れませんでした。
二人が何をしてるのか気になりました。私の部屋にカギはかかってません。
私は部屋から出てしまいました。隣の部屋の前まで行きました。
ドアに耳を当ててみても中で何をやってるのかよく分かりません。鍵穴を覗いてみました。
真っ暗でした。何も見えません。とても気になりました。でも覗いちゃいけないと思いました。
手が勝手に動いてしまいました。ゆっくりとドアのノブを回す。音を立てないように。
ダメ。そう思いました。覗いてはダメ。分かってても身体がうまく動いてくれません。
とうとうノブが最後まで回ってしまいました。大丈夫。きっとカギがかかってる。引いてもドアは開かないよ。
カギはかかってませんでした。ドアがほんの少し開いてしまいました。
隙間から中を覗いてしまいました。真っ暗です。二人がもぞもぞ何かしてるのだけはわかりました。
二人は見られてる事に気付かずに何かをしてました。うっすらと身体の輪郭が見えてきました。
二人とも寝転がって動いてます。ちょうど重なりあうように・・・・・・
私は二人が何をしてるのかわかってしまいました。体中が緊張しました。
ゆっくりと、音をたてないように、ドアを閉めました。閉めると慌てて自分の部屋に戻りました。
見ちゃいけないものを見たのかも。実際にその通りなのでしょう。
それにしても、何故隣の部屋で?そもそもあの二人は誰なの?そう思った矢先、何かが引っかかりました。
さっきの声、何処かで聞いた事あったような・・・・・・しばらく布団にくるまって考えてました。
隣ではまだしてるのに。だからと言って私にはどうする事もできません。声の主に心当たりがないか考えるだけ。
突然、閃きました。思わず叫びそうになってしまうのを手で口を押さえてこらえました。
男の人の声はカイザー・ソゼさん。そして、女の人の声はワタベさんだ。
何故?何故?何故あの二人が私の部屋に?なんであの二人があんな関係に?
私は怖くなりました。よくわからないけど悲しくもなりました。寂しくもなりました。震えてきました。
泣いてしまいました。声を立てないように泣きました。そのかわり涙がボロボロ落ちました。
泣いてばっかり。私はいつもすぐに泣いてしまう。そう思っても涙は止まりませんでした。
自分がなんで泣いてるのかもわかりません。勝手に涙が出てきます。
私は泣き虫です。



第十六節「奇跡」
11/21 曇り
私の部屋にワタベさんが来ました。とても驚きました。話しかけてきました。
「昨日の、見てた?」
私はさらに驚きました。
「私がね、カギ、開けといたの。」
私は驚きすぎて声もでませんでした。
ワタベさんがなんで私の家にいるのかもわからないし昨日なんでカギを開けたのかもわかりません。
「最後のレジスタンス。」
確かにそう言いました。意味はわかりません。それからすぐに部屋を出ていってしまいました。カギをかけて。
しばらく部屋でぼぉっとしてしまいました。

先生が入ってきました。「よう。どうだ?調子は。」
ワタベさん。「何?ワタベ?誰だよそれ。どっかで聞いたっけなぁ。」
さっきワタベさんが部屋に来た。「さっき?さっきこの部屋来たのは早紀だろ?」
え?「え?じゃないだろ。お前の妹だろ。ああ、もう忘れちまってるか。」
違うよ。さっきのはワタベさんだよ。「ああそう。そうですか。」
ワタベさんだってば。初めて会った時そう言ってたもん。「はぁ?何言ってんのお前。」
ワタベさんが自分の名前はワタベですって言ってたもん。「何?あいつが自分でそう言ってたのか?」
うん。
少しの間先生はきょとん、としてました。そしてそれから、例の笑い声。けけけ。
「ウチの家族、みんな狂ってやがる。」
けけけけけけ。笑いながら部屋を出ていきました。カギをかけて。
私は笑えませんでした。


11/22 晴れ
今日ご飯を持ってきてくれたのは、何故かワタベさんでした。なんで私の家にいるんでしょう。
そしてなんで私にご飯を持ってきてくれるんでしょう。不思議です。とても不思議です。
ワタベさんはクスクス笑ってました。何か聞こうとしたらワタベさんは指を私の唇に当ててきました。
目をつぶり首を何度も横に振った後、言いました。
「もう何も言わないでいいから。」
私は何も言いませんでした。ワタベさんは部屋から出るとき手を振りました。バイバイって。
最後まで笑顔でした。


11/23 曇り
お昼頃、突然隣の部屋でガタンと音がしました。私は怖くなって毛布にくるまってました。
ブルブル震えました。しばらくすると電話が鳴りました。誰も出ません。お母さん、出かけてる。
電話は切れました。ちょっと外に出てみようかと思いました。さっきの隣の音も気になるし。ドアを開けようとしました。
無理でした。カギがかかってました。
夕方前に、突然家のチャイムが鳴りました。お母さんだったら鳴らさない。誰だろう。また怖くなりました。
今度はノックの音が聞こえました。音はだんだん激しくなります。
キィ、とドアが開く音がしました。何か叫んでる。家に入ってきた!
耳をすましてみました。何て叫んでるんだろう。それがわかった時、私は耳を押さえてうずくまりました。
男の人と女の人。こう叫んでました。「サキさん!」「サキちゃん!」
私を呼んでる。怖い。コワイコワイコワイコワイコワイ!
女の人の声は聞いたことありませんでした。
男の人の声は・・・この前の事があったからすぐに思い出しました。カイザー・ソゼさん!
女の人はワタベさんの声じゃない。あの人達は何しに来たんだろう。私に何の用なんだろう。
ドアがガチャガチャを音を立てました。私はベッドから跳ね起きました。そして、ベッドの下に隠れました。
この部屋に入ろうとしてる・・・・・。叫びそうになるのを必死でこらえ、ずっと毛布の中で丸まってました。
ドアのガチャガチャが終わると、今度は隣で音がし始めました。叫び声も聞こえます。
私が覚えてるのはここまでです。
この後私は恐怖のあまり失神してしまいました。失禁もしてました。

今はもう夜。家の中も静まってます。こうして日記を書けるくらい回復しました。
でも・・・・・隣の部屋から、誰かがすすり泣きするるるr声エエえがききいきききこえますううすす
コワイコワイコワイコワイコワイ怖いいいいいいいいいいいいいいい
ももうダメまた


11/24 あめ
今日ご飯を持ってきてくれたのは先生でした。いつものけけけはありませんでした。
それどころか真剣な顔してます。しばらく私の顔を見てました。そして言いました。
「ついてこい。」
ドアを開けてくれました。私は部屋から出ました。先生は隣の部屋に行きました。
隣の部屋にも外からカギがかかってます。先生がカギをあけました。ドアが開きました。
先生が中に入りました。私も入りました。
お母さんが壊れてました。
何かブツブツ言いながら大きなお人形を抱えてます。お人形の髪はボサボサになっちゃってます。
お母さんはそれを抱きかかえて笑ったり泣いたりしてました。人形はぐにゃぐにゃしてます。
人形の表情は髪がかかってよく分かりませんでした。
先生がお母さんに近づきました。「もうやめろ。」人形を離そうとしました。
お母さんは悲鳴をあげました。人形を離そうとしません。「死体だぜ。」
人形じゃなくて死体でした。
私はその場に座り込みました。足が震えて立てませんでした。
「こうなる運命だったんだ。」先生はお母さんを説得してるみたいでした。
お母さんは叫びながら何度も首を振りました。「亮平がいるだろ。」
お母さんは自分の髪をむしって私に何か投げつけました。
先生は私の手を引きました。そして、深くため息をつき、首を何度も何度も横に振りました。
「行こうぜ。」
私は自分の部屋に戻されました。
この時初めて私は先生の・・・・・お父さんの涙を見ました。
部屋から出る時、泣きながらけけけと笑ってました。
「畜生。」

一人になった途端、涙が流れてきました。今までになかったくらい、たくさん。
声をあげて泣きました。できるだけ大声で。そうしないと隣からお母さんの声が聞こえてしまうから。
いつの間にか涙は枯れてました。それでも声をあげるのだけはやめませんでした。
やがて声はかすれました。そうすると、お母さんのすすり泣きの声がまた聞こえ始めました。
私は耳を塞ぎました。そして、喉にありったけの力を込めて叫びました。
お母さん。もうやめて!
声にならず、ただ喉からヒューと音が出ただけでした。
何度も繰り返しても同じでした。涙も出ず。声も出ず。

今でも隣からお母さんの声が聞こえます。大声だったり、小声だったり。
それは言葉ですらありませんでした。


11/25 くモリ
お母さんの声は今もまだ聞こえてきます。
一日中聞いてました。
そして悲しくなりました。
私、また独りぼっちになっちゃった。
ワタベさんも来てくれません。カイザー・ソゼさんも。
もう来ないんじゃないかな。そう思いました。
お父さんはいつも家にいなかった気がする。お仕事ばかり。
これからも、そうなんだろうな。私はそれでますます孤独になっていく。
もう外に出たいとも思いません。
誰か。誰かがそばにいてくれれば、それでいい。

お母さの声だけが部屋で静かに響いてます。
私は何も言いません。
言えません。


11/26 ずっと曇り
お父さんはご飯を持ってきてくれました。「あまりうまくないけど勘弁してくれ。」だって。
本当においしくありませんでした。私はけけけと笑いました。
お父さんもけけけと笑いました。
二人ともだんだん笑い声が大きくなっていきました。お父さんは泣いてました。私も泣いてました。
どんなに笑っても、お母さんの叫び声が聞こえてくるから。
お父さんは笑うだけ笑うと行ってしまいました。行かないで。そう思いました。
言えませんでした。お父さんも私に何も言いません。お互い何も言えないまま。
お母さんに壁越しに話しかけてみました。返事が返ってきました。悲鳴で。
意味不明の言葉でした。

私は窓の外を見ました。窓から出れるかもしれない。でも、出て何処に行っていいのか分かりません。
アザミ。私はアザミを思い出していました。結局、一緒にいてくれたのはあなただけだった。
今何処にいるの?約束したじゃない。ずっと一緒だって。アザミ!
私は叫んでました。これまで、何度同じことを叫んできたんだろう。
そしてそのたびに、私の声が虚しく響き渡る。
神様。もう外へ出ようとも思いません。誰かに救って欲しいとも思いません。だから。
だからせめて、アザミだけでも返して下さい。
お母さんの叫び声が聞こえてもいい。お父さんの作ったご飯がまずくてもいい。
アザミだけ。私が望むのはアザミだけ。
いつも私と一緒にいてくれるアザミだけが、私を、救ってくれる。
一緒にいる。それだけで私は救われるんです。
もう叫びません。もう泣きません。もう頼みません。もう、何も欲しがりません。
この願いさえ通じれば。
最後のお願いなんです。
私に、アザミを。


11/27 曇ったまま
お父さんがご飯と一緒に何かの包みを持ってきてくれました。
「お前にだ。」って。
宅急便らしいです。差出人は・・・・はがされてます。お父さんがやったのかな。
ガザガザと包みを開けてみました。
私は叫びました。
アザミ!
凄い。凄い凄い凄い!神様にお願いが通じた!
「約束したでしょ?ずっと一緒だって。」
アザミはちゃんと元通りになってました。バラバラじゃない。くっついてる。
よく見ると継ぎ接ぎの後が幾つか有ります。糸がちょこっとほころんでる。
神様って、お裁縫はへたっぴさんなんだね。
でも、ありがとう。
私はアザミを抱きしめました。隣から聞こえるお母さんの声も、もう平気。
もう何もかもどうでもいいです。ノートパソコンだってもういらない。
私には、アザミが居るから。
すっと一緒だよね。アザミは「うん。」と言ってくれました。
私はふと思いました。アザミの声、誰かのに似てる。
きゅっと目を閉じて思い出してみました。
ああそうだ。ワタベさんと、カイザー・ソゼさん。
二人の声を混ぜたような感じ。
それがアザミの声。
私は微笑みました。来てくれたんだ。あの二人も一緒に。
嬉しくて涙が出てきました。最後に。最後の最後に私は救われたんだ。
もう一度、今度はアザミに向かって言いました。
ありがとう。

アザミは何の反応もしてくれませんでした。
アザミの声をもう一度聞きたいのに。どうしたんだろう。
何度も話しかけてみました。無駄でした。おかしい。アザミが、笑顔のまま固まってる。
何?何?どうして?アザミを色々触ってみました。何も言ってくれません。何も起きません。
そのうち糸がゆるんできました。駄目!私は焦って、糸をなおそうと引っ張りました。
ずるずると、糸がほどけていきます。
頭がとれました。
私は何度も何度もアザミを呼びました。
日記なんかこれ以上書いてられない。それどころじゃないの。
再び頭が離れたアザミと目が合いました。
アザミは笑ってる。私は、泣いてる。

それから何回アザミの名を呼んだかわかりません。
今でも呼び続けてるから。
そしてこれからも呼び続けます。アザミの声が聞けるまで。

奇跡が、起きるまで。


エピローグ
 Final week「影の世界」