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希望世界 王蟲の日記

第二部<迎撃編>
第六章「膜」


第二十一週「裏側」

5月22日(月) はれ
学校に行くのが憂鬱だ。
でも行かなきゃ怪しまれるから行った。
横山は来てない。あいつの机に顔を向けられなかった。
誰とも話をしたくなかったけど、やっぱり西原さんには声をかけられた。
「例のオフ会、秋山君は行ったの?」と。
僕は行ってないと答えた。「見に行くほど物好きじゃないよ。」と付け足して置いた。
西原さんは「なんだ。」とつまらなそうな顔をして自分のクラスに戻った。
それだけで済んだからほっとした。
言えるわけない。怖くなって逃げ帰ってきたなんて。
そして僕が「王蟲」だなんて。
言えない。


5月23日(火) はれ
中学では「情報通」の地位を確保してた僕も、高校に入ったらこのザマだ。
僕はどうも人付き合いが苦手らしい。クラスに溶け込めずにいる。
得意のパソコントークも新しい環境では全然ダメ。
以前は挨拶代わりに「ジャンク情報」のアドレス教えてアングラ情報流してたのに。
唯一話が合い、友達となれた横山。今日も彼は欠席だった。
昼休みには西原さんが遊びに来てくれた。彼女もうまくクラスに溶け込めてないそうだ。
人付き合いがヘタな人は同じ中学同士で固まるしかないのか。
でも彼女はなんかの部のマネージャーなんかやってるから、僕とは明らかに人種が違う。
クラスに溶け込めない、なんてのは僕に話を合わせてくれてるだけだろう。
本来なら、パソコンオタクの僕なんかに構ってくれないであろう西原さんが
遊びに来てくれるは嬉しいけど、今はタイミングが悪い。
ネットの話になるたびに胃が痛くなった。
触れないで欲しい。


5月24日(水) はれ
日記をつけ始めて三日経った。
横山が学校を休んでることに関して気にしてる奴はいない。
西原さんがやたらあのページの事を聞きたがるのが辛い。
中学ではみんなジャンクは面白がってくれたけど
肝心の「絶望クロニクル」自体の方はすぐに飽きられてしまってた。
ネットバトルは記録だけだから、一度見たらそれでオシマイ。
西原さんだけが湖畔にまで興味を持ってくれて、以来一緒にROMってる。
僕は最初から「王蟲」としてずっと居着いているんだけれど。
僕の書き込みが知り合いにROMられてると思うとドキドキしたもんだ。
しばらく特に面白い事もなかったのに、最近何故か人が増えてきた。
そのせいでこんな事になってしまうなんて。
寂れたままの方がずっと気楽だった。
戻りたい。


5月25日(木) はれ
四日目にしてようやく横山のことが話題になった。
先生の「最近横山君見てないね。」の一言だけだったけど。
誰も欠席の理由は聞かなかったし、先生も言わなかった。
まったく学校サボって何やってるんだか。
西原さんは相変わらず「絶望クロニクル」のことを話したがる。
「最近どうなってるんだろうね。オフ会行った人たち書き込んでないみたいだし。」
他の人の書き込みはあるらしい。わざわざ報告してくれる。
僕は適当な返事ばかりしかできなかった。
僕は見てない。もう見なくなった。
できれば忘れたいのに西原さんが忘れさせてくれない。
一度ガツンと言うべきか。その話は止めろって。
意思表示をしないと延々と続く。男らしく言うか。
言うべきだ。


5月26日(金) はれ
結局遠まわしにネットの話はもう止めてと言おうとしたけど
グズってる間に西原さんの方がネット話を止めれない方向に持って行ってしまった。
「ネットにハマり過ぎて入院した人のこと、覚えてる?」と振ってきた。
実に良く覚えてる。ウチの中学では有名な話だ。
僕はそいつと直接面識がなかった。話したことも無い。
というより彼は僕らとは(西原さん以外)明らかに人種が違った。
明るそうで全然オタクに見えなかったし、ネットなんかやってる様にも見えなかった。
その彼が精神病院に入院したと聞いた時には本当に驚いた。
名前は風見君だったかな。カッコイイ名前なのに。なぜネットなんか。
西原さんはさらに話を続けて、僕はますますどうしようもなくなった。
「オフ会の日、ジャンクの方でね。処刑人って人の書き込みがあったの。誰かが死んだって。
なんかタイミング的に怖いじゃない?中学での事もなんか思い出しちゃって。
だからクラスの人とか部の人とかにあのページ宣伝しといたの。これなら私達の身に・・・」
何か有っても、誰かが「ネットで何かに巻き込まれたかも」と気づいてくれるかもしれない、だね。
西原さんは実に健全な精神の持ち主だと思う。
僕にはそんな発想は無い。友達になれそうな人に、自分の見てるサイトを紹介するくらいだ。
第一「ROMってるだけでも何かされるかも」という発想自体が、なんというか、かわいい。
そのせいで僕はますます追い詰められているんだけど。
横山はまだ来ない。


5月27日(土) くもり
放課後、知らない先輩に呼び出された。西原さんも一緒だった。
西原さんがマネージャーやってるテニス部の先輩だった。
名前は・・・渡部先輩。
思わず下の名前まで聞いてしまった。すると渡部先輩が肩を叩いてきた。
「西原にもそれを聞かれたんだよ」
西原さんがペロっと舌を出した。それで事の状況を理解できた。
「俺の名前は渡部ヒロフミだよ。インターネットで書き込みなんかもしてない。」
どうやら西原さんは渡部先輩を例の「ユウイチ」だと勘違いしたらしい。
お姉さんを探してるとかいう奴だ。姉の名前が「渡部美希」だった。
西原さんが「絶望クロニクル」を宣伝して回ってると、渡部先輩が興味を示したらしい。
それで彼女は「あのユウイチじゃ?」と疑ったそうだ。
聞いたら違ってて、逆に「なんでそんなこと聞くんだ?」ってなって・・・
情報発信源である僕のところにも来た、と。
全部説明し終わったら渡部先輩に笑われた。
「俺にも姉ちゃんはいるけど家でピンピンしてるよ。」
僕も西原さんも笑った。
心の中では笑っていられなかった。
・・・・・・・確実に「絶望クロニクル」が広まってる。
このままではいつか横山のことも僕のこともバレる時が来るかもしれない。
横山は結局一週間学校にこなかった。あいつが早く姿を見せてくれればオッケーなのに。
聞きたいことは山ほどある。あの男は誰だったのか。何処に行ったのか。僕の事まで喋ったのか。
早く戻ってきてくれ。


5月28日(日) はれ
どうしよう。横山の親から電話があった。
先週から家に帰ってないって。ヤツは僕が友達であることを親に言ってたらしい。
だから僕のところに電話を。パソコンについては何も話してこなかった。
僕は全て「知らない」で通した。僕は知らない。何も知らない!
確かに「絶望クロニクル」を教えたのは僕だ。湖畔でのルールを教えたのも僕だ。
でも言い出したのはあいつの方だ。
やっぱり止めておけば良かったんだ。あんなアングラっぽいトコでオフ会をやろうなんて。
僕等は他人のフリして、他のメンバーがどんなヤツなのかを見て楽しむ。
「面白そう」なんて言った僕がバカだった。
僕はあんなページを作る「シャーリーン」って人が見てみたかっただけなんだ。
僕がネタを振って、ヤツが企画。
トントン拍子で進むなんて思わなかった。横山だってすぐにやるつもりなかった。
僕も横山も、ネタだけは振っといて「シャーリーン」が出てくるまで待つつもりだった。
けど「ダチュラ」がわざわざメールで「早くやろう。」って言うから。
だからその週にすぐやることにしたんだ。僕等以外にも一人来ることがわかったから。
ダチュラもメールで来るって言ってた。
横山。あの男はやっぱり「ダチュラ」だったのか?
あの日、横山は先に改札前にいた。
僕は少し遅れてた。けどちゃんと着いた。でもそこには・・・
横山が・・・知らない人と話してた・・・。
ベルを持ってた。ダチュラだと思った。あるいは他のメンバーかと。
愚かだった。来るのは僕等と同じような人間だと思ってた。
どうせみんな中坊だと・・・たいしたヤツは来ないだろうと・・・・なのに・・・・あんな・・・・
大人が来るなんて・・・・
なぜ怖くなったんだろう。なぜ横山を見捨てたんだろう。
あいつは僕をずっと待ってたのに。僕はすぐ近くに居たのに・・
行けなかった。回れ右して、帰った。
逃げた。僕は逃げたんだ。
横山が。「ロロ・トマシ」が行方不明。
どうしよう。



第二十二週「下降」
5月29日(月) はれ
西原さんが優しい人だったことを忘れてた。
「横山君、最近休んでるんだね。」
横山と僕が話してるときにクラスに来てくれることもあった。
そんなときは僕は横山をおざなりにして西原さんとのお喋りを優先してた。
だから二人が話す機会なんて全然なかったのに。
それでも彼女は横山のことを覚えてた。そしてこうして気にかけてくれている。
僕は例によって「知らない。」と答えた。
・・・・このままでいいのだろうか。
横山の親も心配し始めたし、西原さんまで気にかけてる。
唯一事情を知ってる僕。ブックマークを消そうと思いながらも消せずにいた「絶望クロニクル」。
久々に行って見た。管理人の「シャーリーン」は湖畔を見ても相変わらず書き込みはない。
こいつは何者なんだ?どうゆうつもりでこんなサイトを立ち上げた?
サイトの更新は一年くらいしてない。掲示板があるのに管理人はいない。
「王蟲」と「ロロ・トマシ」の二人が消えても湖畔は動き続けてる。
今更どうすることもできないさ。


5月30日(火) はれ
どうも本格的に横山が行方不明なったことが問題になってきた。
先生が「誰か心当たりあるヤツいないか?」と聞いていた。
誰かが「秋山はあいつと親しかったよな?」と言った。
僕はまた「知らない。」と答えた。
声が裏返った。心臓はドキドキしまくってた。
「お前耳赤いぞ。」と言われた。それでも「知らない。」と答えた。
変な視線が集まった。みんなが僕を見てる。
耳はますます赤くなって汗が出てきた。
誰も何も言わなかった。黙って疑惑の目を向けてくる。
僕は下を向いたまま時が過ぎるのを待った。
とても長く感じた。


5月31日(水) あめ
みんな僕のことを避けてるような気がする。
目が合ってもすぐにそらすし、話し掛けてもくれない。
僕が教室に入った途端に話をやめたグループもある。
陰口たたいてやがる。
横山が行方不明になったのと僕が関係してるんだと思ってるんだ。
勝手に思うがいいさ。僕は犯罪行為をした覚えなど無い。
最近思うようになってきた。僕が逃げ帰ったのは正解なんじゃないかって。
怖いと感じるのは危険察知に他ならない。
横山はその能力に欠けていた。遊び半分に足をつっこんだ罰だ。
第一、何かあったら逃げることくらいできたはずだ。
あの男が「ダチュラ」という保証も無いのにホイホイついていった横山が悪い。
この行方不明騒動は横山自身の責任と言える。
西原さんだけはいつも通り接してくれてる。
「顔色悪いよ。」って言われたけどそんなことは無い。
僕は至って平気だ。


6月1日(木) はれ
僕の机に大きく「うそつき」と彫られていた。おかげでノートが書き辛かった。
どうも僕はイジメの対象になったようだ。
でも返って気楽な気がする。横山のことを面と向かって追求されないからだ。
もともと僕はターゲットにされやすい人間だし。これくらい耐えられるさ。
それに、こんな僕にも西原さんは構ってくれる。机のことには触れないでいてくれた。
話題は例によって「絶望クロニクル」のことだった。
西原さんはやたら怖がってた。どうも風見君のことを思い出して以来、ネットに対する恐怖が高まったようだ。
そこで横山が行方不明。恐怖心はますます煽られる。
おかげで西原さんはこんな突拍子も無いことを言い始めた。
「あのページと関係あるのかな?横山君、私達と親しかったから。」
西原さんは声が大きい。またみんなに変な目で見られた。
関係無いでしょ、と軽く言っておいた。余裕の態度でいれば怪しまれることもない。
「涙目になってるけど平気?」と言われた。
平気だと言うのに。
とりあえず家に帰ったら久々に王蟲アカウントのメールチェックをしておいた。
ダチュラや紅天女のメールがチラっと見えたけど量が多かったので今日は受信だけにしておいた。
それにしてもキーボードが打ち辛い。
手が震えてるせいだろうか。


6月2日(金) はれ
「うそつき」が一つ増えていた。消しゴムのカスが中に溜まってしまって汚い。
廊下ではなぜか渡部先輩に話しかけられた。しかもとんでもない話だった。
「西原が言ってたぞ。なんか例のページのせいでお前のクラスのヤツが行方不明になったんだって?」
どうしたらそうなるのか、西原さんは「絶望クロニクルと関係アリ」と確定してしまったようだ。
「大丈夫なのかよ。俺もあんな勘違いされた身だからな。どうも他人事には思えなくて。」
大丈夫ですよと言ってあげたかったけど、何故か声は出なかった。
西原さんを探さないと。頭の中ではその事しか考えてなかった。
「何がどうなってるのか説明してくれよ。」
渡部先輩の真っ直ぐな目が僕に突き刺さった。
僕にもわからないんです。自然とこの言葉が出てきた。
嘘は言ってない。ホントに僕には横山失踪の全貌はわからないんだから。
原因は知ってるけど。
渡部先輩は「そうか」と納得してくれた。「とにかく俺に迷惑かかるような真似はやめてくれよな」
ごもっとも。そのまま帰っていった。西原さんが何処にいるのか聞きたかったけど遅かった。
他人のクラスには行けないから西原さんが来るのを待つしかなかった。
やっと来たかと思ったら、僕の机が汚くて弁当が置けなかった。
色々聞こうと思ったけど、机の説明をした方がいいかとか他のことを考えてしまった。
そうしてるうちに西原さんが机に書いてある文字を読んだ。
「うそつき・・・。」
クラスの誰も目を合わせてこなかった。
西原さんは「出直した方がいいかな?」と言って戻ってしまった。そんな必要無いのに。
仕方ないから僕は一人で弁当を食べた。
だいぶ残した。


6月3日(土) はれ
放課後、西原さんが駆け込んで来た。
幸い僕は机の掃除をしてたのでクラスに残ってた。
溝にハマった消しゴムのカスは意外と取り辛いことを体感してる最中だった。
何かの本を持ってきてた。カスが散らばってるのも気にせずパサっとと机に広げてた。
ウチの中学の名簿だった。
「これ見てこれ!」と西原さんが指差した。
僕らのクラスじゃない。指差したのは他のクラスで僕の知らない名前ばかりだった。
伊藤、尾形、風見、川口、北村・・・・・
風見・・・・

風見祐一

西原さんの声が遠かった。
あのユウイチは風見君の名前だとか何とかうろたえてた。
姉の名前が渡部なんだからそんなはずないのにと思ったんだけど
ネットでの自称してるだけなんだしそれを信じるほうが間違ってるような気もするけど
渡部ユウイチさんという全く関係ない人がいるのかもしれないと考えても
やっぱり風見君とネットの「ユウイチ」には何かしらの関係があるように感じてしまうのは
西原さんが「絶対関係有るよコレ!」とわめいてるせいでぼくもそんな気になってきたのもあるし
何より僕自身がこりゃ偶然じゃないだろって直感してはいるが
それはつまり僕はとても嫌なことに巻き込まれてるってことになるから
どうしても信じたくないんだけど関係無い関係無いと思えば思うほど
関係有るように思えてしまうのは何故だろう。
確かに偶然にしては怖すぎる偶然だ。
西原さんはもう完全に「関係アリ」と信じてしまったので僕は何も言えなかったし
僕が何か言っても既にあのページと横山の行方不明を繋げてる時点で説得不可能というか
そっちは本当に関係有るから何とも言えないんだけれど
風見君とユウイチが関係有るとすればなぜに渡部って名前がどっから出てきたかをどう考えてるのか
それはわからないだろうし僕にもわからないし本人に聞いてみればいいって話になって
ということは僕はやっぱり「絶望クロニクル」と縁を切ることができなくて
王蟲の名前を捨てることができなくてロロ・トマシこと横山との関係もバレる可能性も高まって
知らないの一点張りで頑張ってる僕はますます立場がまずくなって
でも風見君とユウイチについては考えすぎってことも有るからそんなに心配する必要も
ないようなきもするけど西原さんは関係アリって信じちゃってるからこのままほっとくと
ドンドン絶望クロニクルが広まって何かの拍子で僕が王蟲で横山がロロ・トマシであったことがバレて
しまいにはオフ会の事までバレて僕が逃げ帰ったことも非難されなくもないけど
そこまで最悪の状況も考えて行動するべきなのかと考えてみると
いずれにしろ僕はまた絶望クロニクルに戻ってユウイチと風見君の関係をハッキリさせなくては
いけないかもしれないけどそこまでしなくても今の状況くらいは知っておかないと
今度の対策が練りようが無いというか西原さんが怖がるから絶望クロニクルが広まるのであって
彼女の不安を取り除くためにはやはりユウイチと風見君のことをハッキリする必要があって
要は僕はもう絶望クロニクルから逃げられないのではないだろうかと考えてしまうのは
考え過ぎではないといってもいいと誰かに言って欲しいけど
肝心の西原さんがそう言ってくれるわけないからなんというかさっきから同じ様なことが
頭の中をグルグル回ってるのは誰もせいでもなく他ならぬ僕の思考であって
こんなまとまりのないことを全部日記に書いてもキーボードの打ちすぎで指が疲れるだけだから
もう考えるはよそう。
こうゆう冷静な判断ができるウチは大丈夫だ。
動揺してない証拠だ。


6月4日(日) はれ
風見君のことがきっかけってワケではないけど、僕は「王蟲」に戻ってみることにした。
溜まってたメールを読んでみると、何気に酷いことになってた。
「オフ会どうだった?ドタキャンして悪かったな。」
「最近カキコしてないけど何かあったのか?」
「ロロ・トマシに何をしたんですか?」
「無事なら返事くれ。」
「私は知ってるんですよ、王蟲さん。アナタの正体を。」
「ロロ・トマシは行方不明になったんですよ?何も知らないじゃ済まされないでしょう。」
「いい加減返事をして下さい。」
「いつまで無視するつもりなのですか?」
「暴露してもいいんですよ。」
「おーい返事してくれよー。」
「早く返事をしなさい。」
等々・・・・

ダチュラからはオフ会の様子を聞かれただけだったが
もっと大量にメールをよこしてるヤツが居た。ほぼ毎日。
紅天女だった。
「王蟲さんの正体知ってるんですよ。」って・・・・
掲示板はジャンクも湖畔も普通に流れている。ユウイチも当たり障りのない事を書いてる。
湖畔ではもう王蟲とロロ・トマシが居ないことには触れられてない。
なのに紅天女はしつこく僕を攻めたてていた。
僕を知ってるって。

嘘だろ。



第二十三週「沈没」
6月5日(月) はれ
別段机がおかしくなっても何も感じなくなった。
結局ダチュラにも紅天女にもメールの返事を書いてない。
いいさ。ほっとけばそのうち忘れるだろう。
何も反応しなければネットの中じゃ「王蟲」は死んだも同然だ。
僕を知ってる?関係ない。
何かを暴露されたところで、僕は犯罪行為など犯してないのだから全然平気だ。
個人情報を明かすんなら、それこそ犯罪だ。逆にこっちから訴えてやればいいんだ。
横山の事はみんなもうスッカリ忘れてしまったようだ。
いない人間をいつまでも心配してても仕方ないしな。
僕は黙って机に座ってるだけでいい。
今日のようにひっくり返っててもまたもとに戻せばいいだけだ。
横山だってもともと影の薄いヤツだ。僕も影を薄くしてれはいいだけの話。
幸い僕には西原さんがいる。こんな僕に構ってくれる。
今日も遊びに来てくれた。
風見君と絶望クロニクルの関わりを気にしてた。
西原さんも全て忘れてしまえば気楽になれるのに。
そのことを勧めたら「忘れるなんて無理だよ。秋山君だって忘れられないでしょ?」と言われた。
僕はもう忘れたさ。そう答えたら「忘れちゃダメだよー。」だって。
マジメだな。


6月6日(火) はれ
そもそもシャーリーンはどこに行ったんだろう。
最初僕は「希望の世界」をROMってただけだ。
どうも管理人の女のコが近くに住んでるらしかったので、なんとなく見てた。
いつか出会えちゃったりして。なんて淡い期待を抱いてたのに。
荒らしが来てドタバタしてるうちにどっかに引っ越してしまった。
その騒動の時に出てきたのが「絶望クロニクル」。
掲示板でアドレスが公開されたかと思うとすぐに流された。
あのタイミングでアドレスを見つけられたのは僕だけだったのかもしれない。
最初湖畔には誰もいなかったし。シャーリーンが湖畔でのルールを提示してただけ。
王蟲、紅天女、SEXマシーン、クラッシュなんたら・・って4つか5つくらい名前があって
そのどれかを名乗らなければならない。確かそんな感じだった。
結局僕は「王蟲」を名乗った。それ以来ずっと居る。
その後は紅天女が来たくらいであまり繁盛はしてなかった。
ジャンク情報の方ばかり人が増え続け、たまに湖畔に誰か流れてくるくらいだった。
ジャンクは「希望の世界」が引っ越した後でも独自の路線で進んでた。
湖畔でも当初のルールを知る人などほとんどいなかった。
横山にはルールをちゃんと教えたけど「ロクな名前がねぇ」とか言って
勝手に「絶望クロニクル」の記録に出てくる「ロロ・トマシ」を名乗ってた。
もういないけど。
そうだ。今日は無人となった横山の机を拝借したんだった。
僕の机ではもう何も書けなくなっちゃったから。
でも机を替えたおかげで西原さんも僕の机でお弁当を食べれるようになった。
替えて良かった。


6月7日(水) はれ
そう言えば最初の頃にも湖畔には「ダチュラ」もいたっけ。
元に戻ってる机を眺めながら何故かそんな事を考えてた。
また横山のと交換した。
毎朝僕が来る前にキッチリイタズラをしていく。犯人は相当の暇人だナ。
僕は平気だけど西原さんが僕の机で弁当を食べられなくなるのは困る。
暴力的なイジメがないだけ、幸せな方とは言えるかな?
みんなに無視されるのは慣れている。そもそも最初からロクに相手もされてない。
高校に入ってからマトモな会話をしたのは数える程だ。
横山。西原さん。あとは渡部先輩か。
中学時代は良かったな。マトモ人間とオタクちゃんがしっかり分断されていて。
それぞれ暗黙の了解でお互いの領域に入ってこなかった。
僕らは僕らで生きていた。(風見君がこっち側の人間だったことには驚いたけど)
西原さんがこっち側にいてくれたのも大きかった。
彼女はこちら側の人間だったが、あっち側の人と話す時は全然物怖じしてなかった。
我々オタクの希望だ。僕にはそんなフレンドリーな行為はできない。
あの爽やかな連中のやることなす事全部が下らなくて仕方なかった。
今でもそうだ。高校になってますます青春野郎が増えてる。
そんな奴等には無視された方がよほど気楽だ。
正直、寂しい時もある。同じ志も持つ横山がいなくなってからは、僕はクラスで完全に孤立している。
だが僕には西原さんがいる。彼女は毎日昼休みになると一緒に弁当を食べてくれる。
嫌なネットの話を差し引いても、その存在価値は遙かに大きい。
イジメには敢えて触れないでいる優しさ。毎日僕の顔を見に来る健気さ。
何かの拍子で「ネットって怖いよね。」と言った時の彼女の表情。本気で怯えていた。
そのか弱さだけで、渡部先輩とかに「絶望クロニクル」の存在を言いふらした罪を許せそうな気がした。
怖ければやめればいいじゃないか。僕のように。嫌なことはなかった事にしようよ。ネットじゃそれができるんだよ?
僕は心の中で呟いた。でも口から出たのは「ネットはホント怖いよ。変な人多いし。」という言葉だった。
もう少し、彼女の怯える姿を見たかったから。


6月8日(木) くもり
横山の机にまでも大きく「うそつき」が彫られていた。
いやそんな事はどうでもいい。
西原さんが来なかった。
いつも来るはずの昼休み。彼女は来なかった。
ずっと弁当を食べずに待ってたのに。待ってるウチに昼休みが終わってしまった。
来なくて初めて気が付いた。クラスのヤツらの、僕を見る目。
ざまぁみろ・・・・いい気味だ・・・・・ダサッ・・・
そんな言葉が聞こえてきた。頭の中に重く響き渡る。
これまで奴等は何も言ってこなかったけど、今日はっきりわかった。
奴等、僕なんかが西原さんと親しい事が気にくわなかったんだ。
横山の事などこじつけだ。「うそつき」だって本当は特に意味もなかったんだ!
それが分かると、途端にいつものような平静な態度がとれなくなった。
横山のことを攻められた時以上だ。皆の目を意識するだけで汗が出てきた。
午後の授業が死ぬほど長かった。誰かが一言でも話せば、僕の事を攻めてる気がしてならなかった。
西原さんが来なかった理由も考えた。今日は事情があって来れなかったんだ。
彼女は休みだったんだ。そう考えることで乗り切った。
しかし放課後、西原さんを廊下で見かけた。彼女はピンピン歩いてた。
なぜ来てくれなかったんだ・・・僕はどうしても聞きたかった。
面と向かってそうは言えない。けど僕は、恐らくこれまで生きていた中で一番の勇気をもって、話しかけた。
彼女はニコニコしたまま「あ、秋山君。なーに?」と答えてくれた。
僕は一瞬躊躇したけど、もう覚悟は決めていた。話しかけた。ならもう行くしかない!
「今日、昼来なかったね。」
彼女の答えはあっけなかった。
「ああそうそう。クラスのコに一緒に食べようって誘われちゃって。今度から自分トコで食べるね。」
悪気無く無邪気な言葉に、僕は何も言えなかった。
そしてとどめを刺された。
「秋山君もクラスの友達と食べなよー。」
できるわけないだろう。精一杯小さな声で叫んだ。
もちろん彼女には聞こえておらず、ニコニコと爽やかな笑顔のままだった。
弁当は家に帰ってから平らげた。

なんともあっけなく崩壊した僕の生活。
急にイジメが怖くなった。分かってはいたけど、こうして実際失ってみると身に染みてくる。
西原さんは、僕の心の支えだったんだ・・・・
横山の事がまた気になり始めた。
「絶望クロニクル」を無視し続けることにものすごい抵抗を感じてきた。
どうしようもなくなった。凄い勢いで現実が押し寄せてきた。
・・・・・これから卒業まで、ずっと一人でいなければならないのか?
今更ながら横山を失った事を後悔した。
新しく友達を作る・・・そんな選択肢もあるかもしれない。
でもダメ。僕にはできない。西原さんは「どうしてできないの?」と聞くだろう。
わかってない。奴等は絶対僕らオタクの事をバカにしてる。
話しかけたりしたらもっとバカにされる。「オタクが話しかけてきやがった」って思うに決まってる。
僕には分かるんだ。みんなそうだ。西原さんだけが違ったのに。
オタクはオタク同士、横山みたいなのとつるむしかないんだ。
西原さん。僕らの心理を分かってくれてると思ったのに。
君だけは分かってくれてると思ったのに。
どうして行ってしまうんだ・・・!!


6月9日(金) あめ
僕の西原さんが消えてしまった。
いや西原さんの人格が壊れてしまったと言うべきか?
あの優しい西原さんが僕に罵声を浴びせるなんてあり得ないことだ。
僕はどうしても彼女と一緒に弁当が食べたくて勇気を振り絞って西原さんのクラスに訪れただけなのに。
それの何がいけないんだ!!みんながみんな僕を非難的な目でみる。
彼女の言葉も不可解だった。
「今更何しに来たの?アンタ何もしないじゃない!!」
ピーピーと喚く西原さん。彼女は別人になってしまった。
僕は弁当を抱えたまま彼女の言い分に聞き入ってた。

「そもそもなんで私が貴重な昼休みの時間を割いてアンタみたいなオタク君と一緒に食事してたと思ってるの?
中学以来のお友達だからとかそんなクサイ事考えてないでしょうね?考えてたでしょ?
昨日は一緒にご飯を食べれなくて寂しさのあまり夜な夜なスンスン泣いてたんじゃない?図星でしょ。
横山君といいアンタといいオタクってホント女に飢えてるのね。ちょっと趣味が同じだからって同類にしないでよ!
もうパソコンはオタク君達の専売特許じゃないのよ。そこんとこ分かってる?普通の人でもやるのよ?
確かにネットではアングラがちょっと好きなのは認めるわ。でもそのおかげで事件に巻き込まれたから後悔してるの。
ねぇ秋山君。アナタも巻き込まれてるのよ。むしろアナタなんか張本人じゃない。私が知らないとでも思ったの?
いいこと教えてあげましょう。アンタの机に「うそつき」って彫ってあるでしょ。あれやったの私。驚いた?
ちょっとボケっとしてないで何か反応しなさいよ。毎朝アンタが来る前にやってたのよ。
うそつき。アンタ本当に嘘つきよ。横山君が行方不明になった理由を『知らない』だって?嘘ばっか!
アンタ『王蟲』でしょ。あ、やっと表情が変化したわね。それこそ明かし甲斐があるわ。
なんで私がそれを知ってるのか疑問に思ってる?ほら、頷くことくらいできるでしょ?そうそれでいい。
それはね。横山君に教えてもらったから。彼アンタの知らないトコでこっそり私にコンタクトとってたのよ。
なんでこうオタクってのは他人を出し抜きたがるんでしょうね。勿論私は軽くあしらってただけだけど。
オフの話もしっかり聞いたわよ。アンタと横山君が企画したんですってね。あとダチュラが関係してたんだっけ?
ロロ・トマシ。それが彼のハンドルネームよね。かわいそうに。行方不明になっちゃって。
彼がどうなったか気になってアンタに聞きに行ったのに。『知らない』って。オイオイそりゃないだろってカンジ。
それから何度も話題を振ったのに無視しっぱなし。正直言ってちょっとはアンタのこと頼ってたのよ?
なのにアンタの態度と言ったら最低極まりなかったわね。いい加減愛想が尽きたからもう頼るのを止めたの。
私は一人で頑張るから。アンタはそうやって知らないフリして見えない敵に怖がってるがいいわ。
は?なんで?なんでって言ったの?今。私達事件に巻き込まれてるのよ?わかってないの?
ああもう男のクセに妙な首の傾げ方しないでよ。気色悪い。なんで私まで事件に巻き込まれてるのかわからない?
メールチェックしてる?だからそんなに大げさに首を振らなくていいから。気持ち悪いわよホント。
メールチェックしてないのね?最悪。散々煽ったのに無駄骨だったじゃないのバカ。
せっかくのオチも台無し。あーあ。え?オチ?そんなの自分で考えなさいよカス。
メール見ればすぐ分かることよ。トコトン無視するってんならそれでいいわよ。勝手にやってなさい。
私は横山君みたく行方不明にはなりたくないの。だから自分の身を守る対策ぐらいはしておきたいの。
ついでに言うなら、もし横山君が誰かに何かをされたのなら、その犯人を突き止めたいの。
見えない敵ほど怖いものはない。そうでしょ?何よ。別にアンタが犯人だとは思ってないわよ。
てゆうか横山君相手ならアンタ負けるでしょ。大丈夫。相手にしてないから。
ところでホントにオフ会には行ってないの?正直に言って。あらまた黙っちゃって。まぁ変な顔。
どうせ答えてくれないだろうって思ってたわ。一生そのまま黙ってればいいわ。デブ。
うわちょっと信じられない。コイツ泣いてる!あんた幾つよねぇ。は?お弁当一緒にって・・・
信じらんない!!この期に及んでまだそんな事言うの!?
うるさいわね!!もう帰ってよ!!二度と話しかけないで・・・・。」

偉いぞ僕。よくここまで彼女のセリフを覚えていた。
まぁ西原さんの発した言葉なら忘れるわけないけどね。
廊下には僕と西原さんの二人きりだった。
すれ違う人はいたけど、喚く彼女をチラチラ見るだけで話の内容を聞こうとしてる者はいなかった。
痴話喧嘩だと思われたのかな?エヘ
で、僕は彼女の言われるままにままに弁当を持ったまま自分のクラスに戻った。
机の「うそつき」は西原さんがやったって・・・・ねぇ。そんな事言われても。
昨日までの西原さんはドコに行っちゃったんだろう。あの爽やかな笑顔はドコに?
いつからあんな饒舌になってしまったんだ。あんなの西原さんじゃない・・!
おかしい。何かがおかしい
横山といい西原さんといい、まわりがおかしくなっていく。
僕だけが普通だなんて。


6月10日(土) あめ
おかしくなった西原さん。それでも仲直りはしたかった。
反省文を書いてメールを西原さんに送った。
しばらくしたら電話がプルプル鳴った。
西原さんだった。

「メールなんかで遠回しにしないでちゃんと口で言ったらどうなの?
それにしてもよくこんなクサイ文章書けるわね。これってなんかの歌のパクリでしょ。
てゆうかモーニング娘じゃないのバカ。どこまでバカなの?全く。
そうそう重要なこと聞くのを忘れてたわ。それ聞くために電話したんだけど。
風見君のことは何か知ってる?ホントに絶望クロニクルと関係無いの?
まぁホントに知らないのね。なら仕方ないわ。は?私?私も知らないから聞いてるんじゃないのカス!
アンタは本当に何も考えてないのね。ギコギコ言ってりゃ満足なんでしょ。
ピンチランナーとか見てなっち萌えとか言ってるんじゃないの?なに?マキちゃん派?
そんなこと聞いてないわよ!余計な事言うのやめてくれる?だからデブって嫌なのよね。
ちょっとちょっと。電話越しに泣きべそかかないでよ。あ、わかった。デブって言われるのが嫌なのね?
わかった。もう言わない。だから泣くのはやめなさい。ブタ。
あらブタはオッケーなの。基準がよくわからないわね。
ハイハイ。説明しなくていいから。別に知りたいとも思ってないから・・・」

残念ながらここまでしか覚えてない。
随分話し込んだから、さすがに覚えきれなかった。
頭に残ったことはなんだろう。
何か作戦があるから協力しなさいとかナントカ。早口だったからうまく聞き取れなかった。
余計な事言うなってワリには一番喋ってたのは西原さんだった気がする。
でもそれを言うとまた怒られそうだったからやめといた。
狂ってしまった西原さん。それでも西原さんは西原さん。
反故にはできない。


6月11日(日) あめ
今日もまた西原さんから電話が来て、彼女はペラペラ喋ってた。
どうも昨日僕が聞き流してた何かの作戦の話だった。
もう一度オフ会を開いて横山の時の状況を再現して・・・とか。
絶望クロニクル。裏で何が起きてるのか調べなきゃって。
意味が分からず、どうしてそんなことするのか聞いてみた。
すると突然お喋りが止んだ。

「ねぇ。あれからメール見た?」と声を抑えて言ってきた。
「見てない。」と答えると、受話器の向こうでため息が聞こえた。
「今すぐ見て。」
その声が少し真に迫ってたので言うとおりにすることにした。
パソコンを起動させてネットに接続。電話をかけながらできるISDNは便利だと思った。
メールチェックするとドサドサメールを受け取った。
この前受け取ったのと合わせるとかなりの量になった。
西原さんが一言。「最後に受け取ったのを見て。」
これも言われたとおりに見てみる。
僕は絶句した。
「口に出して読んでみて。」
何も言えなかった僕に、西原さんは無理矢理口を開かせた。
僕は素直に読んだ。
「ツクエニイタズラシタノハワタシデス」
「送り主は?」と意地悪い質問をする。
僕は答えるしかなかった。
「紅天女。」
ふぅと西原さんが一息入れた。
「理解した?」
僕は頷いた。

しばらく沈黙が続いた。
西原さんの事を考えてた。優しくて大人しめな西原さん。それが突然おしゃべりになった。
机にイタズラする西原さん。あげくのはてに「紅天女」だと言う。
それから僕は、今日初めて自分の意見をはっきり言った。
「西原さんのキャラがわからないよ。」
「私も、秋山君にはどのキャラが一番効果的なのかわからない。」
また二人は黙り込んだ。
今度の沈黙を破ったのは西原さんだった。
「お喋りキャラは嫌?」
うん。
「おしとやかモードの方がいい?」
うん。
「わかった。なら戻す。」
元の西原さんが戻ってきたのがわかった。
「聞きたいことがあったら言っていいよ。」
あのお喋り西原さんの名残は全くなかった。完全に話し方が戻ってる。
ちょっと前まで悪い夢でも見てたミタイだ。でももう大丈夫。
「いつから書き込んでたの?」と聞いてみた。
彼女は素直に答えてくれた。
「最初から。秋山君にあのページ教えてもらってから、ずっと。」
僕はずっと・・・「王蟲」として西原さんを出し抜いてたつもりだったけど
彼女もまた、ずっと僕のことを出し抜いていた。
笑いたくなってきた。
「他には?」
もう無いよ。
何とも不思議な時間が流れた。
沈黙が気にならなくなっていた。いつもと同じ感じ。
随分久しぶりな気がする。彼女がお喋りだった時期が異様に長かった気がした。
「ねぇ。」
この間の取り方。僕の西原さんだ。
「これで私の事は全部話したわ。もう隠してることは何もない。」
この西原さんの中に、あのお喋り西原さんが居るのが信じられなかった。
「だから。」
でも今この瞬間、電話の向こうにいるのは紛れもなく「僕の西原さん」だった。
「秋山君も全部話して。」
この言葉。体中に染み渡っていくような感じだった。
僕は泣いていた。問答無用に目から涙がこぼれ落ちていった。
ボロボロ泣きながら全てを話した。
王蟲として書き込んでいたこと。オフ会以来絶望クロニクルから縁を切ろうとしたこと。
そして、横山を見殺しにしたこと・・・。
それから僕は自分のこれまで感じてきたことも話した。
西原さんと弁当を一緒に食べてると楽しかった。横山のことが話題になると辛かった。
みんなの視線が痛かった。お喋り西原さんは嫌いだった。
全部話した。
西原さんは罵声を浴びせることなく、ウンウンと相づちをうってくれた。
話し終えると、僕はなんだかスッキリした気分になっていた。
最後に西原さんは「私に協力してくれるよね?」と言った。
もちろんオーケーした。

一時は沈没した僕だけど、西原さんに引っ張られ、もう一度浮き出ることができた。
絶望クロニクル。裏で何が起きてるのか。横山はどうなったのか。風見君のことも。
あそこに・・・戻ろう。



第二十四週「藻屑」
6月12日(月) あめ
木曜日にオフ会を行うことになった。
突然過ぎやしないかと思ったけど、どうもその方が都合がいいそうだ。
「いきなりやるからいいのよ。突然だったら普通の人は来ないでしょ?」
確かに。前回もそうだった。突然やったから、僕と横山と犯人(ダチュラ?)しか来なかった。
何て事ない人まで来られると、また話がややこしくなる。
僕と西原さん。そして犯人の三人だけがいい。
横山が行方不明になったのは犯人に連れていかれたと考えるのが妥当だろう。
それが衝動的なものなのか、最初からソノ気だったのかはわからない。
もし後者なら、オフ会をやればまた来るかもしれない。
僕は今回こそあの男の正体を突き止めなければならない。
何しろ今度は、西原さんも危うい立場にいるんだから。
僕がしっかりしなくちゃいけない・・・。
今日の昼休みは作戦会議でとても充実していた。

さっそく湖畔BBSに行ってみた。随分久々な気がする。
SEXマシーン、ダチュラ、ユウイチ、ミギワ、シス卿・・・相変わらず人は多い。
雨が降ってどうだとか、何て事ない会話ばかりだった。
裏では何が起きてるのかわからないと言うのに。気楽な奴等だ。
でも仕方ないな。僕もそうだった。何も知らずに「紅天女」とも話してたっけ。
ダチュラも、ユウイチも、何も知らないフリして書き込んでる。
ココはある意味、腹のさぐり合いだ。ダチュラとユウイチだけじゃない。
SEXマシーンだってミギワだってシス卿だって何考えてるかわかったモンじゃない。
恐ろしいとこだよ。ココは。
僕は「王蟲」を名乗って書き込んだ。
「第二回緊急オフ会!」と。
15日の木曜日決行。しかも真っ昼間だ。
どうだ。来れるモンなら来て見ろよ。僕らは学校サボってまでして行くんだぞ?
他の人も来てしまうのなら、それはそれでイイ。そこに奴も来るのなら。
ダチュラにもメール送った。「今度こそ会えるかもな!」
オフ会以来初めての登場だから、みんなさぞ驚くだろう。
見てるか?犯人。僕は戻ってきたぞ?ん?
西原さんには手を出させないよ?


6月13日(火) あめ
昼休みの作戦会議が楽しくてたまらなかった。
もうまわりの奴等も気にならなくなった。西原さんと一緒にいる僕が羨ましいか?
僕はかなり誇らしげな気分だった。良かった。仲直りしといて。
西原さんの真剣な顔も素敵だった。これからトンデモナイ事が起きるかと思うと、怖くもあり楽しみでもある。
果たして本当にトンデモナイ事になるのかは疑問だけど・・・・起こりそうな気がする。
渡部先輩が作戦会議に紛れ込んできたんだよ?何かあるだろコレは。
本人は飽くまでさりげない登場だったらしい。
曰く「西原に部活の事で話があったんだよ。そしたらこのクラスに居るって聞いたから。」
今日は用事があって部活を休むらしいと。どうせ雨だしトレーニングだけだろって。
渡部先輩が戻ったあと、僕と西原さんの意見は一致した。
「部活の事なんか口実だ。僕らの様子を見に来たんだ!」
こんなタイミングの良い話があるかってんだ。
渡部先輩。「ユウイチ」でなくても、絶対何か関係ある。
僕も西原さんもドキドキしていた。明後日。渡部先輩も来たらどうするよ?
おお。震えてきた。

湖畔掲示板での反響もアツかった。
思った通り、久々の王蟲登場に皆驚いてる。
今まで何やってたんだ・・・・・・あのオフ会はどうなった・・・・・またオフ会やるって・・・・
今回も急過ぎるよ・・・・・でもみんなに会いたい・・・・・誰の話題も。
...さんが来るんだ・・・・・・
・・・・・・・・等々。そして今回のオフ会加表明者:王蟲、紅天女、そして今度はSEXマシーン
一人余計なのが増えたけど、もしかしたらコイツは渡部先輩かもしれないと思うと
また心臓がバクバク鳴ってしまった。これで渡部先輩が全く関係無かったら大笑い。
今の所犯人候補であるダチュラはどうなのかと言うと、これがまた返事をよこさない。
ますますぁゃιぃ。SEXマシーンもぁゃιぃ。
逆の立場で考えてみると、僕らも十分ぁゃιく思われてるだろう。
謎のオフ会を連発し、且つロロ・トマシが消えてるんだから。
うお。ぁゃιぃ奴だらけじゃないか。
木曜日だって、誰が来るかわかりゃしない。例の男(ダチュラ?)を誘い出すどころか
トンデモナイ奴が来るかもしれない。一波乱ありそうな予感。
気ィ引き締めていかないと。


6月14日(水) あめ
イヨイヨ明日と迫ってくるとさすがに緊張する。
何しろ今回は心の準備期間が短すぎる。しかも横山の時以上に、重要な意味を帯びてきてるから。
絶望クロニクルにまつわる謎は腐るほどある。
・・・・・何のために作られた?・・・・・・・湖畔とジャンク情報二つの掲示板の存在意義は?・・・・
・・・・・シャーリーンは何者?・・・・・ユウイチは風見君?・・・・・・・・・・渡部先輩は?・・・・・・・・
・・・・・・・・横山はなぜ行方不明に?・・・・・・・・・例の男は誰?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・裏で何が起こってる?
そもそもの「希望の世界」すら消えてるというのに。
そこからやって来たと謎の発言で登場を果たしたユウイチ。
少々のインパクトは有ったけどバレる嘘はいけない。
「希望の世界」がまだ何処かで存在してるなら、シャーリーンが黙っちゃいないだろ?
となるとじゃぁそのシャーリーンは何者なんだって話しに戻って
グルグルと同じ疑問の繰り返しになる。イタチゴッコだ。
しかし明日。その答えが見つかるかもしれない。
全てをピッタリ説明し得る「何か」が見つかるかもしれない。
そこに来るのは誰か?見モノだ。

西原さんもかなり興奮していた。
目をキラキラ輝かせてその気分の高まりっぷりを説明していた。

「ついに来たってカンジよね。明日は誰が来ても全てを問いただしてやるわ。
最初に私が一時に改札前にいるから。横山君はそれより少し遅れるくらいに来てね。
そこで私が来た人と喋ってるから。で、もし何処かに移動することになったら
ちゃんと尾行してきてね?ドコに行かされるのか。横山君がどんな状況になったのか分かるかも。
少しでも危うくなったら飛び出してきてくれればいいわ。頼りにしてるわよ?
フフ。顔赤くしちゃって。でもね。ホントは私の役を秋山君にやって欲しかったんだけど。
アナタじゃ話がもたなそうだから。私がやってあげることにしたの。
ところであの目印のベルって何の意味があるの?え?昔のラジオ?知らないなぁ。ま、何でもいいわ。
てゆうかさぁ。あそこを作った管理人が誰なのかが分かれば全ての謎が一気に解決すると思わない?
シャーリーンだったわよね確か。変な名前。女の人っぽいよね。明日来るかなぁ。
意外と知ってる人かもしれないわよ。結構そーゆーのって多いじゃない。
信用おけないトコなんか特に。現に紅天女は私だったし王蟲も秋山君だったでしょ?
なぁに今更顔を曇らせちゃって。お互い様なんだから水に流しましょうよ。
シャーリーンも男である可能性も大いにあり得るわ。もしかしたら渡部先輩って可能性もあるかもよ?
昨日はホントに部活に来なかったけど。でもあの人は絶対あやしい。
影じゃ家でこっそりネットに繋いでほくそ笑んでるっぽくない?そう思うでしょ?
ちょっと相槌くらい打ってくれてもいいんじゃない?そう。それでオッケーよ。
にしても横山君は本当にどうしちゃったんでしょうね。まさか死んではいないでしょうけど。
でも秋山君が見たって男に拉致されてる可能性は高いわよ。何のためって・・・
それを調べようとしてるんじゃないのデブ。あ、ごめんね。また言っちゃった。
ああもう。おしとやかモードでいるって約束したのにごめんね?またお喋りモード入っちゃって。
だってさ。明日よ明日。もう明日なのよ?月曜決めてもう明日・・・やっぱ早すぎたかなぁ。
もうなんか緊張しまくっちゃって話してないと落ち着かないのよぅ。今日くらい大目に見てね?
この緊張感分かるでしょ?ね?ほら秋山君だって緊張してるじゃない。お互い様お互い様。
だからさっきデブって言ったのは口が滑っただけだって。こんなところで泣かないでよ。
ごめんね。撤回するから。ホラホラ、お弁当に涙がかかっちゃったじゃない。
・・・・・泣くなって言ってんのよカス!デブなんだからデブって言われても仕方ないでしょ!
あああごめんなさいごめんなさい。私ったらまた余計なことを。泣かないでお願い。
私今すっごく反省してるからお願い。私がいけなかったね。人の気にしてること言っちゃいけないよね。
ごめんね。ごめんね。太ってるからって気にすることなんかないのよ。いいのよそのままで。
ブタ君。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・。」

思い出すとまた悲しくなってきた。
キーボードを打つ指先がプルプル震えてるのがわかる。
涙をこらえるあまり目が痛くなってきた。一人で居るときの方が泣きたくないのはなぜだろう。
鼻の奥がツーンとしてきた。鼻水も徐々に流れ始めている。
さぞ顔はくしゃくしゃになってるだろうと思うと、それがまたタマラナく虚しい気分になってくる。
マウスをコロコロコロコロコロコロコロコロ転がしてなんとか気分を落ち着けた。
しっかりしろ!決戦は明日なんだぞ!
ファイト、僕!


6月15日(木) はれ
僕が協力を誓ったのはあの優しい西原さんであってお喋り西原さんはむしろ嫌悪の対象であり
先日もまた禁句とされていた言葉を意図的に発するなどして嫌悪の対象足たる所以を遺憾無く発揮して
いたために僕のアラユル努力を持ってしてもその根本的な嫌悪は僕の行動の大前提となるべく
心理状態の奥底に根付いてるせいもありその結果としてお喋り西原さんに協力する気が消失せしめたるも
当然の道理でありそれが正しい因果でもあることは言葉にするまでも無く絶対的な事実として
存在されていなければならず僕がその因果を説明するために敢えて非協力的な態度となる
のは飽くまでも必然の結果であると言わざるを得ないのだ。
これを解消したいのであれば西原さんはお喋りモードなる人格を心の奥底に封印して表側に西原さんと
して露出すべき人格は優しい西原さんでならなければならずそれこそが禁句を発する如何にかかわらず
大前提として行われなければならないことであったのは本日の僕の行動からして容易に推測し得る事実
であるのみならずそれを怠った西原さんは今日のこの結果は自業自得と言っても過言ではない。
だがしかしそれ以外の対処方が皆無であったわけではないことは本日のコノ冷静な目で持って判断したのならば
今日のように晴れ渡った日に屋上に上って山を背に向けて手すりに肘を乗せたたところで眼を開き
ビルや民家が乱立したその向こう側に富士山を発見するがごとくクッキリ見えてくるのである。
すなわち西原さんはお喋りモードで僕に与えた嫌悪感以上に優しい西原さんの好感を与えれば良かったのは
自明であり犯した罪をフォローする唯一にして最善の方法であったのだ。事実僕は昨日の夜まではこれまでの
優しい西原さんのイメージを頭に思い描くことでオフ会に対する情熱を維持することができそれにより
お喋り西原さんへの嫌悪感を心の引き出しの中に一時的ではあったけど封印することが可能であった。
しかしして一夜明けてイザ当日となった場合には朝特有の気怠さや思考能力の低下という人間として
避けられない絶対的な心理状態に陥った際にフトした拍子に封印したはずの引き出しが開いてししまい
お喋り西原さんへの嫌悪感がアリアリと僕の心の中に浮き出てきたのはある意味必然的な結果とも言える。
要は西原さんは朝の気怠さの中でもお喋りモードの嫌悪感に打ち勝つ優しい西原さんの好感を僕に与えることが
できなかったせいでありまたその嫌悪と好意が微妙なる均衡状態に陥ったのならばそのどちら側へと僕の心を
動かせば良いのかを判断するのは容易なことではなく選択を一時保留しジックリと互いの選択肢を吟味する必要
がありそこにまた朝特有の気怠さを踏まえてみれば取るべき行動としては制服に着替えて惰性的に学校へと
足を運ぶことになるのは致し方のないことである。
と言うのも僕が西原さんへの好意を選択した場合に取らなければならない行動はまず仮病を使い
親に学校を休む意図を伝えなければならないのであるが先ほど出たように僕の心は一時保留状態で
あったために何も知らない親が朝食を作ってそれを僕が食べた時点でもうこの日取るべき行動の選択肢が
決定的に絞られてしまうからだ。
結論として僕がオフ会に参加せず普段通り学校に行って何喰わぬ顔して授業を受けていたのは
まったく非難の対象にはならず且つ誰も責めることのできない、否、責めてはいけない事なのだ。
敢えて非難されるべき対象をあげるのであればそれは誓いを破りお喋りモードを発動した西原さんとなる
ことは先ほどからの説明から容易に出せる結論である。

って事を西原さんに言ってきかせてあげたかったなぁ、と思いつつお弁当を食べていた。
もちろん僕は一人だった。今日はちょっと暑くて教室にもにクーラーつけて欲しいなって思った。
あとは普段通り家に帰り、普段通りゲームをやって、普段通り晩ご飯を食べて、普段通りまたゲームをして
お風呂に入って、パソコンを起動させて、ネットには接続せず、こうして日記を書いている。
サテそろそろ寝るかな。僕の今日の行動。全く問題無いはずだ。うん。
でもオカシイ。
胃が痛くてたまらないよ?


6月16日(はれ) 金
いやぁ女の子の失踪は反応が早いこと早いこと。
横山の時とは全然違ったよ。しかし僕は納得できない事が一つあった。
それはみんなの態度だ。オマエラもっと西原さんの事心配しろよ!
反応が横山の時と同じで、僕を一通り責めたあとは、西原さんのことなど大して気にもかけてない。
これで行方不明者が二人になったってのに。みんなそれでいいのかよ!
僕はそれであった方がありがたいのだけれど。
その皆の無関心ぶりの理由がわかったのは、渡部先輩のおかげだった。

渡部先輩は昼休みにやってきた。
「よう。」と堂々と入ってきて、ドカッといつも西原さんが座ってるように僕の前に腰掛けた。
戸惑う僕の事などお構いなしに笑顔を振りまく。そして一言。
「いやぁ。お前達が何をしたかったのがイマイチわかんなかったけど、こっちは大助かりだったよ。」
ここにいて当然と言わんばかりに馴れ馴れしく話を始めた。
「おかげで色々わかったし。これでこっちも動きようがあるってもんだ。」
クラスのみんなは渡部先輩が居たところで何も気にしてないようだった。
「で、お礼を言いたかったんだよ。アリガトウ。」
そう言うとまたガタンと椅子を動かして席を立った。
「そんだけ。じゃな。」
クルリと背を向けて行ってしまった。
僕は渡部先輩を呼び止めた。先輩の話があまりに意味不明だったから。
察するに、もしかして渡部先輩は絶望クロニクルに非常に関係してるのかもしれない。
僕がその疑問をぶつけると、先輩は眉をひそめ、またツカツカと僕の所に戻ってきた。
さっきと同じように座り、今度はちょっと声を抑えてヒソヒソ話のように話した。
「なんだ知らなかったのか?いい加減察してるかと思ったのに。」
全然知らなかった。今日そこで初めて知った。
一体アナタは何者なんですカ。絞るようにして聞いた。
コレ以上ない質問だった。
先輩はふっと口元をゆるめ、目は真剣のまま答えてくれた。
「SEXマシーン。」
僕は驚きのあまり目をカっと開いた。
驚きはさらに続いた。
「ダチュラでもある。」
ひっくり返りそうになったのを机をつかんでこらえた。
「ユウイチは・・・俺以外にちゃんと存在してる。」
身体がブルブル震えてきてた。
「湖畔に人が増えたの、突然過ぎだとか思わなかったか?それともネットじゃそんなの日常茶飯事なのか?」
唐突なことばかりで、僕のアタマはかなり混乱していた。
とりあえず渡部先輩が絶望クロニクルに当たり前のように関係していたことは
どんなに混乱してても受け入れなければならなかった。そうしないと前に進めない。
何故渡部先輩が。理由を聞いてる暇など無く、他に聞かなければならないことはたくさんあった。
でも僕のアタマは非常にゴチャゴチャして何から聞けばいいのかとても迷っていた。
かろうじていつも感じていたあの疑問だけは口にすることができた。
絶望クロニクルって何なんですか?
「それは俺にもわからない。」
即答だった。
「だが、わからないナリに利用させてもらってる。」
それからちょっと先輩は考え込んだ。
僕はアタマの中で必死に次の質問を考えた。
何か言わなければ先輩は帰ってしまいそうで、それっきり何も分からなくなってしまう・・・。
なんとかひねり出した質問は、ふと気になったことだった。
その答えをあらかじめ知っていたら、僕はこんな質問をしなかったのに。
それによって、この胃の痛みは死ぬほど安らぐはずなのに。
西原さんはドコへ?
今朝先生から他のクラスの女子・西原さんが行方不明になってるコトを聞いた。
オフ会の次の日に、学校来てみりゃ行方不明。横山と同じ状況。
だがオフ会の次の日であるという事実を知ってるのは、僕と恐らく渡部先輩だけだろう。
世間一般に見れば、ただ二人の高校一年生が行方不明になっただけ(だけという程軽くはないけど)。
サテどんな答えが返ってくるかと待ちわびてると、先輩はそっけなく
且つハッキリとスッパリとキッチリと、答えてくれた。
「ああ、あいつね。たぶん死んだ。」
は?僕は素っ頓狂な声をあげた。
「あと前にもなんか一人居たんだろ?そいつも死んでるだろうなぁ。」
そんなあっけなく言われるとどうしていいのかわからなかった。
ヒソヒソ話しに近い形だったので他の奴等には聞こえてない。
次の質問は自然に口から流れ出た。
イ、イ、イ、イ、一体誰がそんなコトを。
一瞬渡部先輩かと思い、凄い勢いで汗が吹き出てきた。
でもどうやら違ったらしい。
ふぅと息をついて首を横に振った。
「そんなことはどうでもいい。」
そして顔を寄せてきた。
真剣な目が僕に何かを訴えかけていた。
「なぁ、ハッキリ言って俺達はブス原がどうなろうか知ったこっちゃねぇんだ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ブス原って?
「お前が絶望クロニクルに関係してるのは、恐らく偶然だ。居着いてたのがたまたまお前らだったってだけだ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たまたま?
「俺達は海洋深層水より深い事情で、あそこに関わってる。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・事情?
「最初に何の意図でオフ会とやろうとしたのかワカランが、どうせ大した理由じゃないんだろうな。」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「二回目はまぁ一回目に行方不明者が出たからそれをどうたらって感じだったよな。」
・・・・・・・・・・・・
「俺達から言わせてもらえば何がやりてぇのか意味不明ではあるけど。」
・・・・・・・・・
「で、二人も死んだ。」
・・・・・・
「昨日お前が来ていれば、恐らくお前も死んでいた。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「俺達はオマエラを助けるつもりなんてなかったし。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「当然、ブス原も見殺した。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「なぁ秋山君よ。」
はい?
「どうせろくでもない理由で来なかったんだろ?」
そんなこと・・・・・
「その素敵で楽しい思考回路のおかげで助かったんだ。」
素敵・・・・・・
「次は無いぞ。これは命に関わる問題だ。」
次・・・・・
「だからもう、あそこに関わるのはやめろ。」
絶望クロニクル・・・・・・
「書き込みをしないだけで、存在は隠すことが出来る。」
ROM・・・・・・・・・・・
「でもできれば全てを忘れてしまった方がいい。」
記憶から・・・・・・・・・・・
「いいな?もう二度と絶望クロニクルにはアクセスするな。それがお前のためだ。」
でも・・・・・・でも・・・・・・・・
西原さんがいろんな人にあそこを言いふらしちゃったし・・・・・・
横山や西原さんのコト・・・僕に関係してると思われてるし・・・・・
「ああそれか。それなら全く心配ない。」
・・・・・・・・・・・・なぜに?
「ちょっとしたスジから、お前ラの中学時代の話を聞いたんだけどな。」
・・・・・・・・・・中学・・・・・・
「なんか情報通気取りだったらしいじゃないか。誰も頼んでないのに、犯罪少年の画像見せびらかしたり。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「しかもオタクの牙城みたいのまで築いてたとか。いやぁコワイねぇ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「で、みんな思うわけだ。『こいつらキモイ!関わったらオタクがウツちゃう!』。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「今も同じさ。誰もオマエラのコトなど気にしてない。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いや、関わりたくないんだ。関わってくれる奴なんざ居ないよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それが普通の社会だ。ブス原にしろお前にしろ、バカは相手にされない。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お前は一人、部屋に引きこもってるがイイサ。」
そして今度こそ先輩は席を立った。
「あばよ。もう二度と話しかけるな。」
スタスタと歩いて帰ってしまった。
もう戻ってこなかった。

先輩の話を聞いてる最中、僕の『素敵で楽しい』思考回路はスッカリ止まっていた。
ただただ先輩の話をアタマに詰め込んでいただけだった。
今になってもうまく整理がつかないでいる。
なんの疑問も許されず、先輩の話を鵜呑みにするしかなかった。
西原さんが死んだって?行方不明なんかじゃない?
というか渡部先輩がダチュラでSEXマシーン?昨日もオフ会に?
僕が見たあの男は?
結局の所、僕は何も分かってない。
与えられた情報はあまりに脈絡が無さ過ぎる。リアリティが無さ過ぎる。
こんな状態のまま、全てを無かったことにしろというのか!
忘れろと言うのか!

うん。そうしよう。


6月17日(土) あぬ
今日は第三土曜日で学校があった。
しかも雨が降った。
・・・部活は早く終わる。
気付いたら渡部先輩の帰りを待っていた。

テニス部は雨が降るとコートが使えないからトレーニングだけで終わる。
西原さんから散々聞かされた話だった。
踊り場の一角に部室が見渡せるポイントがある。
そこでテニス部の部室をずっと眺めてた。一時にはトレーニングを終えてテニス部の連中は部室に戻ってた。
渡部先輩も居た。僕は先輩がいつ部室から出てくるかと待ちわびた。
窓に張り付く僕をすれ違うヒトタチは変な目で見た。そのたびに僕は歯を剥き出しにしてニッと笑った。
みんな何も言わずそそくさと行ってしまう。笑顔は大切だと思った。
一時半ごろ、渡部先輩が一人だけ部室から出てきた。もう着替え終わってる。
鞄も持ってる。中に何かあいさつしてそのまま一人で帰っていった。
行動開始!僕は先輩の後をつけた。
大急ぎで外へ出ると、先輩は門を出たところだった。テクテク歩いて駅に向かった。
僕もテクテクテクテクテクテク歩いて駅に向かった。
先輩は定期を使って中に入る。僕も中に。
先輩がドコの駅で降りるかわからなかったけど、後で精算すればイイ話。
電車には隣の車両に乗った。先輩はまだ僕の存在に気付いてない。
カンペキな尾行だ。僕には探偵の素質があるらしい。
てゆーか僕、ストーカーじゃんッッッッッッ!! ビシッ
自分でツッコんでおいた。まわりの人が他の車両に移動していった。
先輩が三つ目の駅で降りた。僕もそれに続く。
階段を上って改札へ。幸運なことに僕の定期の区間内だった。
改札を出るとすぐ、先輩は電話ボックスに入った。
数分誰かと話してた。誰と話してるんだろう?
さりげなく近づいてみたけど聞こえなかった。仕方ないからまたストーキングポジションに戻った。
電話ボックスを出たあと、スタスタ歩き始めた。
今度は少し早歩きになってる。
負けないゾ!僕もスタスタスタスタスタスタ歩き続けた。
角を曲がるとき、チラっとこっちを見た気がした。
でも僕はカサでサッと顔を隠した。雨様々だね。
住宅街に入っていくにつれ、人通りは少なくなった。
けっこう歩いた。この時はもう十五分くらい歩いてたんじゃないかしら?
どんどん奥に入っていって、ついに僕と先輩だけになった。
電柱に隠れつつ、コッソリヒッソリ尾行を続けた。
やがてある家の前で立ち止まった。キィ、と門を開ける。
中に足を踏み入れると、何かを思い出したように庭の方に歩いていった。
・・・・渡部先輩の家だ。
へぇ。ヒロ君はそこでおっきくなったんだネ♪
個人情報入手完了。昨日は勢いに乗せらたけど、僕はそんなに甘くないよ?
そんな簡単に忘れられるかっちゅーの!!
先輩が何をやってるのか。これから何をするつもりなのか。しっかり調べさせてもらうよ?
さっそくここまでの道のりをメモしようとした。
誰かに後ろから殴られた。
倒れた僕は、突然の事に混乱状態に陥ってた。
傘が転がり、水たまりに座り込んだ僕は身体がびしょびしょになった。
顔を上げると・・・・・・・・・・・誰?
見知らぬ茶髪の兄ちゃんが立っていた。
小柄で痩せ気味。顔に特徴もない。いかにも普通の若者。
調子にノってる厨房と言ったところか。話し方もエラそうだった。
怖かった。

「ヘィ、デブ二等兵。お前の行動は相変わらず意味不明だな。」
だだだだだだだだだだだ誰?
なんなんなんなんなんなんですかアナタは!!
「うん。なんというか。ボニー&クライドにも仲間はいたってことだ。」
意味不明意味不明。我理解ニ失敗セリ。
「つーかさぁ。最初はこっちだって焦ったさ。なんでデブ山がココに!って感じで。」
デデデデデデデデブ言うなぁぁぁぁぁぁぁ!!
「それはまぁ済んだことだ。もういいさ。あとはお前が舞台を降りてくれればいい。」
だからアナタはなんなんですかぁぁあぁ!!
「何やっても無駄だ。もう余計な真似はするな。」
僕の心の質問に答えろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
「サテそれはそうとして、俺はデブに嫌な思い出がある。」
ぼぼぼぼぼぼぼぼくは関係ないぞォォォぅぅぅ!!
「最後の警告って意味を込めて、ちょいと痛い目にあってもらおうか。」
やーーーーめーーーろーーーよーーーーー!!!
「アイム シーンギン インザ レイン。」
ゴスッ
唄いながら僕を蹴った。何度も蹴った。
僕は泣きながら亀のように身を固めてた。
体中が痛い。なんだ。なんなんだこれは。
なぜこんな目にあう?こんな正体不明の奴に、なぜ僕が蹴られなきゃいけない?
悪夢だ。これは悪夢なんだ・・・・・
どれくらいの時間がたったかわからないけど、いつの間にか奴は消えていた。
嵐が過ぎ去ったようだ。
突然やってきて、荒らしに荒らしまくって、サっと消える。
残ったのは身体の痛み。お腹の痣に腕の擦り傷。口いっぱいに広がる血の味・・・・・
血・・・・・・血だ・・・・・・・・・・・・・・血ィィィィィィィィィィィ!!!!
泣いた。

しばらっくして落ち着くと、事の状況を整理した。
渡部先輩を追ってここまで来て、突然暴漢に襲われた。
事実はたったこれだけ。これ以上の説明はできない。
そこに因果関係などあるのだろうか?
僕はフラフラと立ち上がり、ふと最初の目的を思い出した。
渡部先輩の・・・家・・・・
先輩が入っていった家を見た。ここが渡部先輩の家か。
これさえ分かれば問題ない。これが目的なんだから。
それさえ達成できれば、他の嫌なことなんか。
改めて家を眺めてみた。
こじんまりとした一軒家。ちょっと広めの庭。立派な表札・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・田中?
庭をのぞき込むと、向こうに裏戸が。
通り抜け?

僕はひっくり返った。

家に帰ると傷口にオキシドールを塗って消毒した。
すごくしみて痛みがブリかえってきた。
怪我をしたときの状況も思い出した。
茶髪に蹴られまくる僕・・・・・・・・・・・
また泣いた。
思い出したくない。
もうイヤ。
今度こそやめる。
絶対やめる。
もうやめる。
ヤメるぞ


6月18日(日) あついね
考えてみれば昨日の茶髪兄ちゃんは台風一過のようなものだ。
絶望クロニクルに関係した奴だろうが、あの登場は予測できやしない。
あれは災害だ。事故だ。アクシデントだ。僕に非はない。

渡部先輩はとてもスバラシイ事を言った。
「書き込みをしないだけで、存在は隠すことが出来る。」
まさにその通り。
ってことは、黙ってROMってりゃ問題ないんだな。
横山が死んだ?勝手に死ねばぁ?
西原さんも死んだ?悲しいねェ。
渡部先輩と茶髪君の関係?風見君?オフ会の男?
知らねぇよ!
僕は僕のやり方でアプローチをする。
身近な謎をちまちま解いていっても何も分かりゃしない。
煙にまかれるのはもうゴメンだ!
そこで僕は、誰もが棚上げにしてるアノ謎に取りかかることにする。
最大にして最難関。
すなわち、「シャーリーンは何者か?」
膜に包まれたこの人物。見えそで見えないこいつの正体。
西原さんが言ったように「身近な人物」ってパターンもアリか?
それともオフ会の男や茶髪君のように、さりげなく見たことある人物か?
これさえ突き止めれば、僕は奴等全てを出し抜ける。
で、どうやって調べるのか。
ンフフ。僕のこの素敵で楽しい頭脳にかかれば問題ない。
渡部先輩とかは絶望クロニクルを「利用してるだけ」で、敢えてシャーリーンの正体を調べようとしてない。
事を進めてれば自然に出てくるとでも思ってるのヶ?甘い甘い甘いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ
悪いが僕はもうオフ会があろうが行かないゼ?メ−ルも読まんぞ?無視、決め込むよ?
シャーリーンの正体が分かったら、その時は行ってやるサ!
それにしてもみんな(誰から誰までを「みんな」と言っていいかわからないが)はバカだ。
このご時世、ネットで個人情報調べ上げるのなんて簡単だぜ?
アングラにはイケナイソフトがたぁくさん落っこってる。
その気になりゃぁ誰がドコに住んでるかなんて、調べ上げるの屁でもねぇ!
やるよ?僕は。ソノ気になっちゃったよ?
横山みたく海の藻屑にゃならないよ?
絶望クロニクルのサイト自体、シャーリーンの持ち物だ。
こっから調べりゃいいんだな。さぁて。アングラ巡ってソフト探しでも始めますカ!
僕は怖いよ?怒らせると。
シャーリーン。お前の素性舐め回すように調べ上げて、身体に穴あくくらい見つめちゃうよ?
やると言ったらやるよ?覚悟しとけ!!
・・・・・あれれ?でもなんかちょっと、不安だよ?

死にたくないよ?


第2部<迎撃編>
 第7章「戦」