希望の世界 −ユウイチの日記−
第二部<迎撃編>
第七章「戦」
第二十五週「本陣」
6月19日(月) 晴
アバラがシクシク痛みやがる。足もだ。
畜生。調子に乗って蹴りすぎた。
奴にはちゃんと「俺がユウイチだ。」って名乗っといた方が良かったかな?
どうでもいいか。あの野郎、俺の顔なんざスッカリ忘れてやがったし。
もともと知り合いでも無かったから仕方ないか。
あっちが有名だったから俺は覚えていただけだ。
デブ山。相変わらず気味の悪い奴だったな。
もうデブはコリゴリだ。
だが随分スッキリした。
あと湖畔で素性がワカラナイのは「シス卿」と「ミギワ」、そして「シャーリーン」の三人。
これくらいわからんでもなんとかなるだろう。
ブス原の尊い犠牲のおかげで、敵さんが小田原在住であるところまでは判明した。
司令部もいよいよヤル気になっている。
スタートだ!
6月20日(火) 晴
スタートと言っても相変わらず俺のやることと言ったらネットばかり。
引きこもりやってるわけじゃないが、他にやることナッシング。
電話代が嵩張るけどそんなの俺の知った事じゃない。
「ユウイチ」の名で馴れ合いカキコ。ダチュラ&SEXマシーンと予定調和的会話を繰り返す。
何も知らないミギワやシス卿なんかも加わって、残った奴等で湖畔維持のためカキコカキコ。
たまにジャンクで情報チェック。我らが敵「処刑人」のカキコも流れつつある。
湖畔もなぁ。イチイチパソコン替えなくても誰かが全部自作自演してもいいのに。
用心深い「D.G」様は許せないらしい。どうせみんな暇なんだし構わないが。
だがどうやって敵さんを誘い出すんだろう。アイデアはあるんかな?
またオフ会やるのかもしれない。それが一番てっとり早い。
元々そのつもりで湖畔にメンバー増やしたんだし。四人もいればイイ作戦出てくるだろう。
肝心な時に限ってデブ山が来ちゃったら大笑いだよな。
あいつの行動はイマイチ分からねぇ。
最初アイツを見つけた時はビビった。まさか知ってる顔が来るとは思わなかったから。
それで後をつけてみたら・・・・・・野郎、帰りやがった。
おかげでオフ会は逃すしイワモトセンセイの顔も拝めなかった。
「D.G」には怒られるし散々だった。
そのワリには二回目は大成功。今度はヒロフミさんも繰り出して万全を期した。
デブ山来たら俺が押さえて・・・・・って時には来ないんだよな。
かわいそうに。ブス原は見事イワモトセンセイに連れてかれちまった。
秋山と打ち合わせでもしてたんだろうな。「ちゃんと後から尾行して!」なんて感じか。
ご愁傷様。俺等はセンセイの面も拝み、車のナンバー確認できて大満足。
・・・・なのに「D.G」はまた怒った。「ちゃんと追え。」って言われても。
タクシー代なんか持ってるワケねぇじゃんかよ!
ああ畜生。怒られるのは俺ばっかだよ。
その点ミキさんはイイ。ちゃんとフォローしてくれる。
あんな姉ちゃん欲しいよなぁ。
6月21日(水) 晴
暇だ。せっかく何か始まるかと思ったのに。
ヒロフミさんからの連絡もない。
こっちから連絡取ることは許されないからどうしようもねぇ。
ホントに用心深いよな。今更サツに見られてるとは思えない。
でもその用心深さのおかげで今まで捕まらないでいたんだよなぁ。
隠れてる場所もひでぇトコだ。俺にはあんなトコに潜むことはできない。
大胆不敵過ぎ。よくやるよマッタク。
俺は俺で、またあそこに行ってしまった。
外に出る用事は今となってはこれくらいだ。
病院でも結構馴染みになりつつある。これがまた兄貴に知れたら怒られそうだ。
・・・・・・バレないように祈ろう。
あそこでの俺は「遠藤ユウイチ」。まさか本名の川口正義を名乗るわけにはいかない。
誰にも聞かれないけど、一応設定はあのデブの従兄弟ってことにしてある。
土産を持って巨体に挨拶。カーテン閉めて二人きり。
今日も元気にゥーゥー唸っていやがった。まわりの迷惑考えろ・・って言っても無駄だろう。
俺が顔を見せると途端に暴れ出す。プルプル身体を震わせて意味不明の叫び声。
枕をバンバン叩いてみたり。シーツをバリバリ囓ってみたり。
秋山がデブ二等兵なら、こいつはデブ一等兵だ。
遠藤智久。こいつのせいで、俺はデブ嫌いになった。
土産に持ってきたバナナ。幾つも試したけど、これが一番オモシロイ。
遠藤は食べ物を見ると何でもがっつく。いくら暴れてても食い物の前ではそれに集中する。
バナナも皮なんか剥かずに、見るナリすぐに頬張った。
先端からくわえ込み、涎を垂らしながらシャブりついてる。
そこで手をポォンと押してやると・・・・いやぁ爽快。
喉のズッポリハマってやんの。涙目になってゲーゲーやってやがる。
鵜飼いのごとく喉に刺さったバナナが踊る。何度見てもオモシロイ光景だ。
そんな時に腹の肉を掴んだりすると。ポロポロ涙を流して唸る。
こいつがメリ首の弟みたくかわいげのあるデブだったら同情でもしてやるところだが。
何しろ俺の人生をブッ壊した張本人だ。同情の余地など無い。
たまに殺したくなる時もある。アタマがこの調子じゃ事故があってもおかしくない。
変に動くせいで、傷の治りが遅く新しい傷も絶えない。
・・・それでも元気に動くなんてバケモンだよな。
だから止めを刺したくなる。でもダメだ。できない。
D.G様に止められてる。最初に病院の場所を教えてもらった時に強く言われた。
「間違っても殺すなよ。これ以上事件を増やすわけにはいかねぇ。」
仕方ないからチマチマとイジるくらいで止める。
煮え切らない。何度イジっても煮え切らない。
俺は殺したいほど憎んでるのに。
畜生。何もできねぇ。
チクショウ。
6月22日(木) 晴
兄貴が戻ってくる。ミキさんを連れて、ウチに。
それにしてもよくもまぁここまで持ったもんだ。
二ヶ月、いや三ヶ月か?信じられねぇ。
潜伏先が、彼女の家だなんて。
ミキさんは仮にでも放火の疑いをかけられてる。
それにあちらさんにも親がいるだろうに。家の空気を想像するだけでも鳥肌が立つ。
以前ヒロフミさんにその事を聞いたことがある。的を得た答えだった。
「一度体感してみるか?このギクシャクした空気。胃が痛くなること必至だぞ。」
そりゃそうだ。娘の彼氏、しかも立派な犯罪者が娘の部屋に居着いてる。
いや、もう家を出てるお兄さんの部屋だったかな?
いずれにしろ同じ屋根の下にいるってワケだ。
ミキさんは兄貴と逃げたあと、一度家に戻ったらしい。
そこでサツに見られずすんなり家に入れて・・・そのまま兄貴も呼び込んだ、と。
家族もよく許したよな。そう思ってたが、ヒロフミさんによると一応許せる理由があるらしい。
今日もその話題になった。
「ここだけの話、最初は追い出そうとしたんだ。けどな、姉ちゃん放火で疑われてるだろ?
それでサツが家宅捜索なんてのに来たんだけどさ。その時のユタカさんの活躍っぷり、凄かったんだよ。
何時来るかなんてのも予想通りだった。対策までバッチリだったよ。
サツのやる事全部お見通しって感じで。家のドコに潜めば見逃されるとか、証拠隠滅行為とか。
おかげで姉ちゃんも捕まらないでいる。その点には感謝してるんだよ。親も俺も。」
家族としては、ミキさんが例え放火魔だとしてもできる限り側に居て欲しいんだそうだ。
以来兄貴の存在は黙認状態になった。・・・だからと言って爽やかな空気にはなり得ないよな。
もちろん顔をあわせたりもしないらしい。
「にしてもさ。ユタカさんは何者なんだ?忍者みたいだったよホント。一体ドコであんな知識を・・。」
場慣れしてるんですよ、と説明した。不名誉な特技だが、こんな時には役立つ。
「そんなもんか。でさぁ、そのユタカさんがそろそろサツの監視も薄まったころだろうから、そっちに行くって。」
確かにウチの方が居やすいだろう。俺しかいないし。
狭いが三人なら充分だ。
隻眼になった兄貴はまだ見たことない。俺が退院したのも、兄貴がいなくなった後だった。
「ついでに姉ちゃんもお世話になるからよ。その時はよろしくな。」
構いませんよ。ミキさんなら大歓迎だ。
それから少し話し込んだが、いつも話の最後はこの話題になる。
俺達はなんで兄貴達のやることに協力してるんだ?
そしてお互い曖昧な答えで言葉を濁す。
「親友も事件に関係してたんで。それに今、暇だし。」
俺は毎回そう答えるが、もっと深い理由は別にある。
本当の理由なんて言えるワケない。
ヒロフミさんも「姉貴が困ってるからさ。」と言ったあと、すぐ違う話題を振る。
「いやさ。姉貴が本当に罪を犯したんなら、それを償うように勧めるのがスジなんだろうけど。
その、いつか捕まるとは分かってるよ。でもさ。それは出来るだけ引き延ばしたいっていうか・・・。」
俺にはイマイチ納得できないが、そこはお互い言いっこナシにしてる。
もしかしたら、ヒロフミさんは・・・
いややめておこう。
どうせもう戻れないトコまで来てるんだ。
今更何を言っても無駄。
進むしかない。
6月23日(金) 雨
今日は金が入ってくる日。いつもは二十五日だけど今月は繰り上がりだ。
毎回この時スリルを感じる。金が振り込まれてなかったらどうする?
幸い今月も金は入ってた。生活費をおろす。
柄にもなく親のことを考えた。
渡部家の親は娘を側に置きたがってる。ウチの兄貴の助けを借りてでも。
岩本家もまた、親が子供達の為に殺人まで犯してる。
風見家は・・・素直に息子の死を悲しんでる。
西原家にだって親はいる。それなりに娘の心配をしてるだろう。
俺には、どれも理解できない。
親の記憶はわずかだ。気がつけば、親は金を振り込むだけの存在となっていた。
いないも同然。父親も母親も俺にはもとから居なかったんだ。
それは世間からみると「カワイソウ」なのかもしれない。
俺が怖いのは金が振り込まれなくなることだけ。
親がどうなろうと、知ったこっちゃ無い。
あの遠藤のこともアタマに浮かんだ。アイツもマトモな親はいねぇだろう。
いたらちゃんとオツムの病院入れてもらってるはずだ。
面会に行くたびに看護婦から身内の連絡について聞かれないかドキドキする。
サッとイジってサッと逃げてばかりを繰り返してる。
ふと、一番俺と境遇が似てるのは遠藤なのかもしれないと思ってしまった。
バカな!もうこんな下らない事を考えるのはよそう。
そうだ。今日もヒロフミさんから電話があったんだ。
兄貴達の「お引っ越し」は日曜の夜あたりにするそうだ。
会話ついでに気になってたデブ山のことを聞いてみた。
あれからどうなったんだろう?
「なんか学校来なくなってた。ホントに引きこもっちまったよ。」
二人して笑った。奴に関してはもういいだろう。
オタクには引き籠もりがお似合いだ。
学校ではもう、二人の生徒が行方不明になったことは話題にのぼらないらしい。
所詮オタク二人が消えたところで誰も感心払わないか。
おまけに一番怪しい人間が引き籠もった。学校の方も、もう気にしなくていいな。
これで本当に処刑人部隊と「D.G」組の対決となるワケだ。
まったくどっちがハリソン・フォードでどっちがトミー・リー・ジョーンズかわからねぇな。
それに兄貴も「D.G」なんて気取った名前つけやがって。何が「Destruction God」だよ。
俺は「ハンニバル」の方が似合ってると言ったのに。
こんな文句ばっか言ってると、この日記見られた時怒られそうだな。
何しろこのパソコンは兄貴がなけなしの金で購入したヤツだ。
今更考えても遅いか。何もしなくったって殴るんだ。
兄貴が帰ったらまた殴られる日々が始まるのか。
チクショウ。そればっかりはカンベンだよ。
せっかく自由になれたと思ったのに。
殴られても笑ってなきゃイケナイなんて。
あんなの慣れることなんてできねぇよ。畜生。
・・・・こんな文句書いても無駄なんだよな。
わかってるよ。
クソ。
6月24日(土) 雨
兄貴が戻ってくるということで、部屋の整理をようと思った。
パソコンラックの上にあったフロッピー。これを見て手が止まった。
俺が兄貴達に協力すると約束した時、最初に託されたものだ。
ヒロフミさんに渡された二つの日記。
「僕の日記」「カイザー日記」
これで俺は「希望の世界」を巡る因果を知った。
兄貴達がやたらこだわるのも・・・わかる気がする。
でも俺にとっては、風見の日記の方が重要だった。
あいつとはよく映画のコトで話し込んだ。
ユージュアル・サスペクツを教えたのも俺だし、一緒にLAコンフィデンシャルも見に行った。
まさか自称ネットの帝王の意味が「カイザー・ソゼ」だとは思わなかった。
確かにアノ映画、気に入ってたよよな。
俺と風見は親友の域に達してるのかと思った。
だが違った。所詮俺は、風見のメインマンにはなれなかった。
日記に俺のことなんて、一言も書いてなかった・・・。
ユウイチを名乗ったのは別に寂しさからじゃない。
岩本センセイを揺さぶるのに使える名前だったからだ。
この名前を使っていいのは俺だけだ、と思った。
そしてミキさんの弟となった。姉さんを探してる。
正確には義姉さんを探してる、か。間違ったことは言ってない。
俺が兄貴達に協力するのは、風見の弔い合戦でもある。
あいつがおかしくなって行くのを、俺は全然気付かなかった。
学校では普通にしてたのに。こっそり精神病院に通ってたなんて。
気付いてやれなかった俺は、やはりメインマンになる資格は無かったんだな。
けどこのままじゃあまりに後味悪すぎる。
せめて敵はとってやらないと。
報われない。
風見が。・・・・本当の「ユウイチ」が、報われない。
改めて「カイザー日記」を読み返した。
風見の気持ちになる。風見を魅了した早紀さん。よほど素敵な人だったんだろう。
その早紀さんを失った岩本センセイの気持ち、わからなくもない。
だがアンタは敵だ。風見を殺した。ミキさんからちゃんと聞いてる。
亮平さん。俺にとってこの人が一番謎だ。
今も表舞台にはでてきれない。何も分からねぇと怖さを感じる。
「僕の日記」も読み返し、最初と同じ感想を持つ。
みんな、早紀さんを中心に動いてる。
いなくなった今も尚、この人の遺したモノを追いかけ回ってる俺達。
不思議と「誰にも邪魔されたくない」という気持ちが沸いてきた。
西原とか何の関係ない奴が死んでもマッタク心は痛まない。
この因果に入ってこようとする方が悪い。誰も邪魔はできないさ。
兄貴もミキさんも、いずれサツにつかまるかもしれない。
でもその時は・・・・すべてが終わってからにして欲しい。
しばらくはそっとしといてくれ。
二つの日記はよくできた映画のように思えた。
そして俺は今、その「続編」の中にいる。
そう考えるだけで身震いが。
ハッピーエンドはあり得ない。どちらかがバッドエンドだ。
エンドロールはまだ遠い。
6月25日(日) 曇
兄貴は戻ってこなかった。
最悪の状況に陥ってる。
「マズイ事になった。」
久々の挨拶も抜きに、電話での開口一番はこれだった。
一体どうしたのさ。俺が口を開くより兄貴の言葉が先だった。
「ヒロフミが捕まった。」
その一言に俺はその場で凍りついた。
ヒロフミさんが捕まったって・・・なんだよソレ。
いつ?どうして?どうゆうことだ?アタマの中が整理つかなかった。
兄貴やミキさんが捕まるのなら、突然であっても納得はできる。
でもなんでヒロフミさんなんだ。あの人何か悪いことしたか。
「サツにチクった奴がいるんだよ。」
兄貴は淡々と話し続けた。
その時俺の中にあの人の名が思い浮かび、思わず叫んだ。
「岩本先生だ!」
敵さんがいよいよ本格的に俺達を潰そうとしてきたんだ!そう思った。
だが兄貴は「違う。」と冷たく言い放つ。
「チクられると困るような事してるのはあっちだろ。それに俺達はチクられなくとも追われてる。」
冷静に考えてみるとその通りだった。
現在進行形でコロシをやってるのはあっちの方だ。
もし兄貴達が邪魔なら・・・直接殺りにくるだろう。今だって影で目を光らせてるに違いない。
兄貴と岩本先生はお互いに首を狙いあってる。今更サツにチクるなんておかしい。
となると・・・他に誰がいるんだ。
「なんで捕まったのがヒロフミかってのを考えるとな。一人候補がいるんだ。」
なんでヒロフミさんなのか・・・候補が一人・・・
突然のコトでうまくアタマが回らない。だが次の言葉でようやく理解した。
「お前の方がソイツに詳しいだろ。」
アタマの中が凄い勢いでパッと晴れて、奴の顔が出てきた。
奴は俺の顔を覚えてなかったんだから。ヒロフミさんに行くわけだよ。
あいつしかいねぇ。畜生!
「秋山だ・・・!」
「だろうな。」と兄貴。ため息もまじってた。
あのデブ!大人しく引き籠もったかと思ったら・・・なんてことしやがるんだ!
ヒロフミさんは奴に警告してた。それは「俺は絶望クロノクルと関係してる」と宣言してるのと同じだった。
恐らく秋山は、西原と・・もう一人は横山だったかな?
その二人が行方不明になったことについて、「怪しい奴を知ってる。」とチクったんだ!
「まだ事情聴取の段階だろうが、『絶望クロニクル』との関係は言い逃れできない。
ミキの弟ってことも考えりゃ簡単には解放されないはずだ。黙秘で通してくれればいいんだが・・・。」
兄貴。今ドコにいるんだ。ウチには戻らないのか。
「公衆電話さ。ミキもいる。」
遠くで「こんにちわ。」とミキさんの声が聞こえた。
「渡部家を抜け出した。さすがにこれ以上はヤバイからな。それとウチにも帰らねぇ。
正義。ウチもヤバイんだ。渡部家の電話の記録やメールの記録が調べられりゃウチとの繋がりもバレる
そうなったら渡部家と川口家、いよいよ疑われる。だから俺達は今度こそ逃亡生活だ。」
逃げるって・・・ドコに。
「逃げれる所までさ。金さえあればなんとかなる。ありがたいコトに小遣いはたんまり頂いた。
いいか。このままじゃ俺達は破滅だ。金だっていずれ尽きる。
岩本センセが犯人ですとチクれば済むなんて思うなよ。俺達が逃げてる意味が無くなる。
最悪相打ちになるかもしれねぇが、それだけはゴメンだ。絶対に奴等を破滅させてやる。
だからな。お前が続きをやれ。しばらく俺等は身を潜めるのに専念する。」
俺が・・・・・・・?
「そうだ。立場的にお前が一番マシなんだ。俺達はヘタに動けない。
掲示板でも無難な発言だしな。イザとなりゃいくらでも言い逃れができる。」
でももしサツはやって来たらどうすりゃいいんだよ。
「ついでに母さんの行方でも探してもらえ。」
笑えない冗談を言う。
「ブツもお前に託した。いいな。俺達には時間がない。ヒロフミもいつ解放されるかわからない。
お前が岩本センセを追い詰めろ。誘い出せ。奴等が今ドコにいるのかを突き止めるだけでもいい。
止めは俺がやるから。それまでの舞台を整えておけ。
サツに見られてることもちゃんと考慮に入れとけよ。任せたぞ。」
そんな。どうやって追い詰めるんだよ・・・
「考えろ。しばらくしたらまた連絡する。くれぐれも気を付けろ。」
無茶なコトばかり注文する。だが珍しく最後は俺のことを心配してくれた。
と思ったのも束の間だった。
「失敗したら殺す。」
一方的に電話を切られた。
酷い。最悪の状況だ。こっちの陣営は俺一人しかいない。
・・・・・・・・俺だけ・・・・・俺だけで岩本センセと戦えと・・・・?
あの兄貴の片目を奪った相手に・・・・・俺が・・・・・・・?
え・・・・・・・ええ・・・・!!??
マジで俺だけ・・・???
ええええええ????
第二十六週「奔走」
6月26日(月) 曇
兄貴の言ってたブツが届いた。送り主はご丁寧に「風見祐一」になってる。
偽名を使うのが分かるが・・・よりによって風見かよ。兄貴も洒落たマネをする。
遠藤からパクったモバイルセット。兄貴達もパソコン持って逃げるのは煩わしいんだろうな。
ミキさんのパソコンでヒロフミさんが「ダチュラ」&「SEXマシーン」。
兄貴のパソコンで俺が「ユウイチ」。遠藤のモバイルで兄貴が「D.G」。
これが俺達の役割分担だった。
横山の「ロロ・トマシ」。西原の「紅天女」。そして秋山の「王蟲」。
ヒロフミさん情報によるとこうだったな。
ここにROMの岩本先生達が加わることになる。
「シス卿」と「ミギワ」が岩本先生側の誰かだったら話は早いが
そんなウマイ具合に行くわけない。第一そんなことして何の意味があるんだ。
「絶望クロニクル」は遠藤のパソコンのブックマークで見つけた。
俺達は最初これを作ったのは遠藤、奴こそがシャーリーンかと思ったが
どう探しても肝心のファイルが見つからなかった。
掲示板でのクッキーから遠藤が「ダチュラ」の名で書き込んでたのはわかった。
でもそれだけだった。結局のところ遠藤は早紀さんの罠で捕まって以来
あのページのことは忘れてしまったらしい。
いや、アクセスはしてたかもしれないが早紀さんが居ないから特別は興味は無かっただろうな。
あれを見た限りじゃどう見ても早紀さんが関わってるようには見えない。
派生ページより本家の「希望の世界」をつけ回す方が遠藤にとって大事だったと考えていいだろう。
さて、俺に味方はいない。
サツの目・・・というより秋山の目をかいくぐり、いかにしてROMの岩本先生を引きずり出すか?
畜生。一人でどうすりゃいいんだよ。兄貴も酷な注文しやがる。
一日中考えたがロクなアイデアは出なかった。
俺にだって時間はない。サツがいつ来てもおかしくな状況だ。
焦るな。クソ。落ち着いて策を練るんだ。
考えろ。
6月27日(火) 曇
とにかく外の情報が入ってこない。
ヒロフミさんはもう解放されたのか?もし解放されてたとしてもすぐに連絡はよこさないだろう。
電話にしろメールにしろ通信記録は必ず残る。川口家との接触が確認されればますます面倒なコトに。
秋山の証言だけでドコまで調べられるのかわからない。その証言すらどんなコトを言ったのかわからない。
ウチにまだ何も来ない所を見ると、そんなに深くは探られていないのだろうか。
チクショウ。何もわからない。まわりの動きが見えない。
連絡手段を断たれるだけで、こんなに孤独を感じるなんて。
さりとて打開策はナシ。どうしようもねぇ。
大人しく兄貴の命令に従うしかないのか。それ以外やることが無いんだから。
だがそれもどうしていいのかわからない。アタマが痛くなってくる。
悩みすぎて、一瞬何もかも止めてしまおうかと思った。
これは兄貴達の問題だ。俺には関係ないじゃないか!
兄貴が勝手にやればいいだろう。俺を巻き込むな!!
フン。思ってみただけだ。
そんな簡単に切り捨てることができれば、俺は今頃もっと自由に生きている。
ヒロフミさんとの会話を思い出した。「俺達はなんで協力してるんだ?」
表向きは風見の敵討ちだ。モチロンそれも理由の一つではある。
だが、それよりもっと単純で明快な理由がある。
それと風見の敵討ちとの二つが、俺が兄貴に協力する理由だが・・・
恥ずかしくてヒロフミさんには言えなかった。
というかヒロフミさんにはわかりっこない。
「失敗したら殺す。」
これだよ。この兄貴の言葉。
・・・・・・殺されたくない。
ああそうさ。俺は兄貴が怖いんだよ!
どんなに殴られても、殴り返すことができない。
殴られても「笑え。」と言われりゃ笑うしかない。
兄貴は強すぎる。逆らおうモノなら半殺しだ。
俺は、絶対兄貴には勝てない。
逆らえない。怖いから、反抗できない。
今は遠くにいるのだとわかっていても、染みついた恐怖は拭うことができない。
だから命令通りやるしかない。腹をくくるしかないんだ。他に道は、ナイ。
考えねぇと。次に兄貴から連絡があるまでに舞台を整えておかないと。
早くしないと殺される。兄貴なら本気でやりかねない。
いや、確実に殺られる。
早く。何か戦略を。
いい方法はないか。
死にたくねぇ・・・
6月28日(水) 雨
パソコン画面を眺めたままずっと策を練ってた。
やっぱり書き込みをしないと始まらないか。
絶望クロニクルを見直してみた。
「希望の世界」に対するストーキングから言って、早紀さんの日記に書いてあったことを
シャーリーンは完全に外側から見ていたと考えていいな。
こいつが何者で、何で今は居ないのかはわからない。何の目的でこんなのを作ったのかも。
それに「湖畔専用BBS」と「ジャンク情報BBS」。この二つの存在意義はなんなんだろう。
ジャンク情報には今でも多くの人が集まってるが、それ以外はからっきし。
ジャンクにいる奴等は「絶望クロニクル」という元ページがあること自体知らないんじゃないだろうか。
ホームページで一部のコンテンツだけが有名になることは多々あるらしい。
それは納得できる。ジャンク情報の方は確かに使えるトコだし、それ以外は別段面白くもない。
ネットストーキングったって肝心の「希望の世界」へのリンクが切れてんだから。
湖畔掲示板。ココでの奴等は何故かNSCに関係した名前ばかり名乗る。
西原がそれについて何か言ってたな。ヒロフミさん経由で聞いた。
「シャーリーンの決めたルール」なんだと。
俺達はそんなルール知らないもんだから好き勝手名乗った。
となると「シス卿」と「ミギワ」も後から来たってコトになるな。
本当になんてことなくジャンクの方から迷い込んできただけなのかもしれない。
最近俺達も書き込まなくなってるから湖畔はめっきり寂れてる。
秋山ももう何も書いてこない。
・・・ここを利用しよう。
寂れた分だけ発言は一際目立つ。
ジャンクの方はちょっと書いたくらいじゃすぐ流される。
なにしろいかがわしい情報がたくさんあるからな。
些細な情報流した流したところで誰も反応してくれやしない。
・・・・いや、待てよ。こっちも利用できるかも。
兄貴が「D.G」の名でやったように、さりげなくこっちの情報を流して俺達の存在を匂わす。
見知らぬ人には溢れかえる情報の中のひとつでも、岩本先生には無視できない、そんな情報を。
よし。方針が固まってきたぞ。あとは何て書き込むかだ。
パソコンも二つあるし、自作自演だってできる。
サツにデータを見られても大丈夫な、完ペキな自作自演だ。
少しだけ、希望が見えてきた。
6月29日(木) 曇
俺だってメシを喰わなきゃ生きていけない。
買い物をしに行くのもドキドキモノだった。ヒロフミさんが捕まって以来初めての外出。
ついでに渡部家にも行きたかったが、サツにでも見られたらますます立場が危うくなる。
秋山のトコにも行きたかった。何がどうなってるのか締め上げて聞き出してやりてぇ。
だがそれもできない。火に油を注ぐようなモンだ。
奴にはまだ辛うじて俺の存在は知られてない。あの野郎知ったら即チクるだろうな。
今考えると、奴を蹴り倒した時「ユウイチ」と名乗らなくて正解だった。
おかげで俺だけギリギリの立場に居れてる。
チクショウ。何の事情もわかってねぇあんなクソデブに引っかき回されるとはな。
結局今日はサッサと食料買い込んで帰ってきた。
どこで誰に見られてるかなんてわかりゃしないんだから、できるだけ家にいた方がいい。
・・・・ほとんど引きこもり状態じゃねぇかよ。クソ。
ネットの方も書き込みを始めた。
宣戦布告がわりにジャンクの方にイカした情報を。
********
1 名前:カイザー・ソゼ
投稿日: 2000/06/29(木) 23:56
僕を殺したあの人は、今小田原にいます。
********
そして湖畔の方では「ユウイチ」で梅雨はウザイなどと適当な話題を振っておく。
作戦はまだ始まったばかり。上手く罠に引っ掛かってくれるといいが。
岩本先生、ちゃんと見といてくれよ。
罠はまだまだこれからだ。
6月30日(金) 晴
誰も反応してくれなかったから自分でレスつけておいた。
********
1:2 お知らせ ■ ▲ ▼
1 名前:カイザー・ソゼ
投稿日:2000/06/29(木) 23:56
僕を殺したあの人は、今小田原にいます。
2 名前:カイザー・ソゼ
投稿日:2000/06/30(金) 23:41
僕を殺したあの精神科医の先生は、今小田原にいます。
********
湖畔での発言の方が気を使う。
秋山も「ユウイチ」の名の由来が風見だってこと気付いてるらしいからな。
まだ適当な話題で誤魔化しておいた。皆昨日の話題に乗ってくれてる。
「シス卿」も「雨はホントウザイよな!レインマンばりに外に出たくなくなるゼ」と返してくれた。
こいつも映画好きらしい。ダスティン・ホフマンの名演技に俺も共感しておいた。
「ミギワ」は今日は晴れたからドライブ日和などと普通のこと言ってやがった。つまらん。
直に役立ってもらうから今はこれでいいか。
・・・俺もホントに暇人だな。ネットの奴等のことまで日記につけるようになっちまった。
このまま親しくなっちまったらどうするよ。
これまで「実は知った奴」ってのばっかだったから、アカの他人が新鮮に見える。
わずかにだけど、他人と話すネットの楽しさがわかったような気がした。
最初の「希望の世界」もこんな感じだったんだろうな。
だがそれもハマり過ぎると・・・・俺達みたくなってしまうワケだ。
ネットの向こう側に居る人にだって家族や友人はいるだろう。
トラブルがあればそっちにだって迷惑がかかる。
ヒロフミさんや、俺のように。
巻き込まれる。
イヤでも。
7月1日(土) 晴
しらじらしく名無しまで騙って自作自演。
********
1:5 お知らせ ■ ▲ ▼
1 名前:カイザー・ソゼ
投稿日: 2000/06/29(木) 23:56
僕を殺したあの人は、今小田原にいます。
2 名前:カイザー・ソゼ
投稿日:2000/06/30(金) 23:41
僕を殺したあの精神科医の先生は、今小田原にいます。
3 名前:名無し
投稿日:2000/07/01(土) 14:07
氏ね
4 名前:カイザー・ソゼ
投稿日:2000/07/01(土) 23:12
僕を殺したあの精神科医の先生は、今小田原にいます。
ご自分の車はどうされたんでしょうか。
5 名前:名無し
投稿日:2000/07/02(日) 01:09
誰のことだよ
********
早く反応しないと都合の悪い情報どんどんながしちまうぞ。
あまりやりすぎると秋山チェックに引っ掛かって通報されそうだな。実名はなるべく控えよう。
ネットの奴等は有益だったり面白かったりする情報にはすぐ飛びつくクセに
そうでないモノに対してはトコトン冷たい。カイザー・ソゼの意味不明な発言もまた冷たい反応。
仕方ないから自作自演で「みんなが注目してるぞ」と思わせる。
虚しいこと極まりないが。
湖畔の方でも惰性的な会話が続く。
あちらさんが完全ROMを決め込んでるなら根気勝負になりそうだ。
ジャンクの「カイザー・ソゼ」と湖畔の「ユウイチ」に繋がりがあることを悟ってもらわないと。
名前で既に気付いてるかもしれないが、それだけじゃ足りない。
俺達の存在を匂わせる。そうしていけば自然と奴もやってくる。
舞台を整えたあとは、いよいよ兄貴と岩本先生の対決か。
確実に命のやりとりになるだろう。
そう思うと、少し背筋がゾっとした。
兄貴が死んだら・・・・俺はどうなるんだ?
俺もまた殺されるのか。いや、確実に殺される。
兄貴が殺されてしまったら、俺は全てを明かすだろう。一連の事件の真相を。
今でもそれはできる。だが兄貴の命令で禁止されてる。その兄貴がいなくなれば・・・
岩本先生もそれはわかってるはずだ。となれば、犯人を知ってる俺は口封じに殺される。
かと言ってこの事件から手を引こうなんて思うと、兄貴の処刑が待っている。
どっちにしろ、死。
・・・・・・・・・・頼むよ兄貴。勝ってくれよ。
でないと俺が、生き残れない。ちゃんと舞台は整えるから。お願いだから勝ってくれ。
チクショウ。自力でなんとかならねぇのかよ!
なんで俺ばっかりこんな・・・
7月2日(日) 晴
ついに反応が来た。
********
6 名前:処刑人
投稿日:2000/07/02(日) 17:45
車は知人のを借りてるんでね。
そっちの方に行く時は自分のは使わないようにしてる。
カイザー・ソゼ。お前は一体何者だ?
********
いいねぇ。パッケージ通りのそのセリフ。
犯罪王と当て字をしてくれればもっと良かったのに。
早速こっちも答えを返しておく。
********
7 名前:カイザー・ソゼ
投稿日:2000/07/02(日) 21:58
自分で殺しておいて名前も忘れてしまったのですか?
********
これで間違いなく「ユウイチ」の方に目を向けてくる。
IQ180の心理戦・・・にはほど遠いが、それなりに考えてるだろ?
サツも全然来ないし、どうやら運は俺に向いてきたようだ。
外との連絡を禁止されてるのは辛いが、自分の仕事は順調に進んでる。
電話くらいいいじゃねぇか、と思うこともある。でもそれで足がついた日にゃ兄貴に殺される。
大人しくネットに居着いておくか。
そうやって開き直ったせいか、どうも最近湖畔での会話が楽しみになりつつある。
これしか他人との会話手段がナイからな。
始めは「ミギワ」のどうでもいいような話はウザかったが、こうも妙な状況になると
その普通さがありがたく感じてくる。「シス卿」とも映画話ができるしな。
こいつら実は岩本先生側の人間じゃないかとふと気になる時がある。
だがよくよく考えてみると、そんなことをしたって何の意味もない。
罠を仕掛ける発言は無いし、油断させて何かを・・ってワリには何もしなさ過ぎる。
本当に会話だけだ。純粋にネットでの会話が楽んでるってのなら話は別だけどな。
そんな爽やかな話があるわけねぇ。
などと言いつつ俺は会話を楽しんでる。
・・・・ヤバいな。このままじゃホンモノのヒッキーになっちまう。
アタマを元に戻そう。湖畔は罠のために利用してるだけだ。
「処刑人」も登場して、舞台は着々と整ってきてる。
全てが終われば俺だって解放されるはず。それまでの辛抱だ。
俺は破壊神の下僕。命令通りに忠実に。
耐えろ。
第二十七週「失策」
7月3日(月) 晴
日記をモバイルに移した。念のため。
何かの拍子で俺も逃亡生活になるかもしれないからな。
今のところ大丈夫だが、この家に居れない状況に陥る可能性だって有る。
そしたら兄貴とミキさんと一緒に逃げることになるのか。
逃亡生活・・・・・想像つかないが、ロクなもんじゃなさそうだ。
そうならないように祈ろう。
処刑人さんのカキコはもうなかった。昨日の一言が効いたのかも。
湖畔では「ミギワ」が「最近人少なくなって寂しいね。」等と痛いところをついていた。
そりゃそうさ。逃亡やら捕まったりやらでこっち側の人間は俺しかいない。
第三勢力の生き残り・秋山もROMになっちまた。
結局今湖畔に残ってるのは三人か。
「ユウイチ」「ミギワ」「シス卿」・・どれも絶望クロニクル的には新参者だな。
お互い含む所が無いおかげで罠もはりやすい。
・・・・罠と呼べるほど立派なモノでもないけどな。
できるだけ自然な会話でおびき寄せる。
横山と西原の様にカンタンに殺れると思わせなければ。
何も持たない俺がノコノコやってくると思わせる。
そこで待ってるのは兄貴・・・これが理想型だ。
一丁やってやるか。俺もなんとか活躍を。
立派な舞台整えてやるさ!
・・・・俺の作戦、間違ってないよな。
7月4日(火) 曇
ちょいと妙な展開になってきた。
処刑人サンのレスが。「お前何がしたいんだ。」
何がしたいって・・・兄貴とアンタの対決のための舞台を作ってるんだよ。
それくらい察して欲しい。「アナタを引きずり出す為です。」と返して置いた。
掲示板だからチャットみたくすぐレスが来ない。
今日中のレスは来なかった。ジラしやがって。
湖畔での会話にもそろそろ気を使う。
「今日は夕立が凄かったですね。東京は酷かったらしいですが、皆さんはどちらにお住いですか?」
これで俺がドコに住んでるのか聞き返してくれれば「横浜」と答えられる。
そうして「ユウイチ」が風見であることをより強く認識させることができるはず。
うまくいったら今度は「僕の友人」の話を持ち出す。
そして俺自身の存在を匂わせる。ユウイチは「風見の友人」だと思わせる。
兄貴の逃亡生活はあっちは知らないはずだ。
オフ会の時、来るのは「風見の友人」と思わせることで、兄貴への警戒を無くさせる。
そうすりゃ兄貴も襲いやすいってモンだ。
「ミギワ」が早速レスくれた。「こっちも凄い雨だったよ!海が荒れてそう・・・。」
そんな話はいいからこっちにも話を振ってくれよ。
誰も言ってくれなかったら仕方ないから自分から言うしかないな。
ワザとらしくならないよにしないと。
うまくいくかな。
7月5日(水) 晴
処刑人。「オフ会あればすぐ現れるさ。やればいいだろ。」ときやがった。
そのオフ会を開く秋山が引き籠っちまったからこれまでみたくカンタンにはいかないんだよ!
オーケー。俺がやればいいって思ってるな?
そいつは間違いだよ岩本先生。今はチクリ魔秋山が見てる。
やたらオフ会なんざやるとサツにチクられる。アンタも困るし、兄貴とミキさんも困るんだ。
だから秋山の知らない「ユウイチ」が必要なんだよ。ヤツは風見と岩本先生の関係を知らない。
そもそもの亮平さんやミキさんの因縁も知らないんだ。さりとて実名を出すわけにはいかないが。
知ってるモノ同士しかわからない暗号というか・・そんな感じのでやりとりしようってハラなんだよ。こっちは。
「そちらが今ドコにいらっしゃるのか教えていただければ、すぐにお伺いしますよ。」
丁重なレス。メアドでも載せてくれりゃこんな掲示板使わないで済むのに。
なにが「ジャンク情報BBS」だよ。本当にくだらん情報ばっか流しやがって。
こんなトコにいるようなヤツがネットストーキングなんかやらかすんだろうな。コワイコワイ
シャーリーンもなんでこんなモン作ったんだか。
湖畔のルールってのも意味がわからない。何故NSCのメンバーを・・・・いや違うか。
正確には・・・・・・・・あれ?これって・・・・・・アレだよな。考えて見みりゃそうゆう共通点があったんだ。
なんか深い意味ありそうなないような。全部あの人の・・・・・
まぁいいか。今更関係ない。
湖畔でのカキコ。「ミギワ」さんがナイスな振りをしてくれた。
「今日は雨大丈夫だった?ユウイチ君はドコにお住いなの?」
そして「シス卿」サンが今頃きわどい質問をしてきた。
「そういやお前の姉探しはどうなったよ?三千里くらい訪ね歩いたか?」
危ない話をする。デブ山が見てたら過剰反応しちまいそうだ。
「渡部」の名前が出なかったのは運がイイ。ヒロフミさんがさらにマズい立場になる所だった。
だが未だ連絡がないのはさすがに怖くなってくるな。
もしや完全に捕まっちまったとか・・・・・・・
兄貴やミキさんも実はもう捕まってて、渡部家は犯罪者をかくまったとかで・・・・
それだきゃ勘弁してくれよ!いや、大丈夫。俺の立場を冷静に考えてみよう。
俺はデブ山を蹴っぱくった。これは傷害罪だが・・・・・・違うそんなことじゃない。
兄貴達が捕まりゃウチにサツから連絡があるはず。身内なんだから。
それが無いってコトはまだ捕まってないと考えていい。
ヒロフミさんが捕まるようなコトがあれば、一緒にオフ会に行った俺にも何かアプローチが。
それすらも無いってことは、つまり全てはまだギリギリの状態で保たれてると考えて・・・・いいよな?
チクショウ。誰か早く連絡くれよ!不安でしょうがねぇ。
「処刑人」サンとサシで話すだけでも結構ドキドキしてんのによ。
やだぜ。このまま俺だけであのターミネーターに立ち向かうなんて。ぜってぇ勝てねぇよ!
それに比べて湖畔は気楽だ。ジャンクに比べりゃ爽やかな話題だねマッタク。
ミギワのレスには「僕は神奈川在住です」。風見も俺も神奈川在住。嘘は言ってない。
シス卿のレスには「あれは義姉探しなんです。まだ見つかってません・・・。」
こっちも嘘は言ってないよな。ミキさんが今ドコにいるか分からねぇし。
とりあえずこれで秋山の素敵で楽しい思考回路からはヒロフミさんは完全に消えただろう。
あの人が捕まってる間にカキコがあることも踏まえりゃ「ユウイチ=ヒロフミさん」の線は無いはず。
あとは岩本先生がどう見るかだ。死んだはずの風見のカキコをどう感じてるか?
姉探しは書き込みに注目させる為のネタであったことくらい、既に見抜かれてるだろう。
風見とミキさんは実際にも知り合いだったんだから、ミキさん探しをネタにしても不自然じゃない。
もうちょっとでこのユウイチは「風見の友人」であることを察してくれるかもしれない。
何かの拍子で風見の死には岩本先生が関わってることを知ったから・・・・
そこで「なんだ。コイツは川口豊とは関係ないヤツか。」と思ってくれれば大成功。
ある程度順調に進んではいるな。
あと一押しか二押しか。
7月6日(木) 曇
「お前何か勘違いしてるぞ。こっちはもうお前の居場所なんぞとっくにわかってる。」
処刑人サンのレスを見たとき、俺は一瞬背筋が凍った。
嘘だ。そんなのハッタリ・・・だよな?
第一、そうだ。本当に分かってるんならとっくの昔に乗り込んできてるはず。
横山や西原のように、俺はとっくに消されてる。
それができないってコトは、まだ俺の居場所を知らないからだ。
いや待てよ。もしかしたらあっちは「ユウイチ」を兄貴だと勘違いしてるのかも。
兄貴は亮平さんと同級だから、ウチの住所を知っててもおかしくない。
その意味での「わかってる」なのか?
それともまさか、全てもう知られてる・・・?
あっちは川口豊に弟が居ることくらい知ってるのかもしれない。
考えてみれば、知られてもおかしくない状況だった気もする。
え・・・でも、そう、俺が風見の友人ってことまでは知らないよな?
知り得る状況は無かったと思うぞ。
じゃぁ何だ?なにがどうゆう道理で「わかってる」なんだ?
単純に風見の家を知ってるってだけなのか?俺をビビらせようと?
ああクソ。一人だとどうしても嫌な方向に考えが向いちまう。
誰でもいいから戻ってきてくれよ。誰かアイルビーバックと言ってなかったか?
畜生、まだ一人かよ!!!
気付いたら色んなものが壊れてた。千切れた紙も散らかってる。
パソコンは何時の間にか省エネモードになってて、画面は真っ暗だった。
手も所々が痛む。いくつかのかすり傷まで。
・・・・俺は、無意識のウチに暴れてた。
兄貴がそんな状態になった時、俺はいつも見てるだけだった。
後片づけはいつも俺。今日の後始末だって慣れたモノだ。
俺にはこんなことできないよ。常にそう思ってた。
それが何だ。こんなあっけなく弾け飛ぶなんて。
血は争えないってのか?
そんな陳腐な表現が妙にしっくり来るので、少し笑っちまった。
乾いた俺の笑い声が虚しく部屋に響き渡った。
悪くねぇな。
笑いながらそんな風に思った。
暴れるってのも悪くない。嫌なモン抱えてる時は思う存分吐き出した方がイイ。
兄貴の心境がちっとばかし分かった。俺だってソノ気になれば暴れるくらいワケない。
さらに笑った。
だからと言って、兄貴や岩本先生にゃ勝てねぇけどな!
落ち着いたら再び画面と向き合った。
「どうやって僕の居場所を知ったんですか?興味深いトコですね。」
何かを悟ったからって状況が変わるワケでもなし。結局のところ岩本先生と俺一人でやり合うんだ。
ダイ・ハードよかキツイよこりゃ。
湖畔の二人が異様に羨ましく思えてきた。
「台風近づいてるから気を付けようね。」とか「義姉探しガンバレよ!」とか。
俺も何の深い意図もない書き込みしたいさ。
はやく解放してくれよ。
ホントに俺の正体バレてたらどうしようもねぇよ。
兄貴が戻る前に殺されちまうよ。
誰か助けてくれよ。
誰もいねぇよ。
俺だけだよ。
一人だよ。
畜生・・・
7月7日(金) 大雨
もう無理。もう限界。
処刑人サンのカキコ。「なんなら今からでもそっち行ってやろうか?」
これもハッタリだよな。具体的なことなんて一言も言ってないんだから・・
等と考えるのに疲れ果てた。
都合の良い解釈をするために思考回路を使いすぎた。
アタマから湯気が出てるんじゃねぇのか。
イッパイイッパイってやつだ。
考えるのが嫌になった。
ストレス溜まってるよオイ。
発散させてくれよ。
こんな引きこもり状態じゃ何もできねぇよ。
何かさせてくれよ。何でもイイからよ。
スカっとするモノ。
何かねぇのかよ。
何か・・・・・
気付くと俺は電話していた。
手元には中学の卒業アルバム。プルルプルルと呼び出し音。
「もしもし。」と声が聞こえた。オバチャンの声。俺はヤツの名を言った。自分は名乗らない。
「少々お待ち下さい。」と聞こえた。受話器を押さえておらず「ちょっと電話よー。」と遠くで叫ぶ声まで聞こえる。
何度か叫んだ後「今出るからー。」と間延びした男の声が。
ガチャガチャと受話器を取る音。「もしもし。」と不機嫌そうな声。
秋山の声。
俺は一気に捲し立てた。
「やぁシドニー。今日は台風が近づいててとても物騒だね。直撃しないように気を付けような。」
「はぁ?」と間抜けな声が答えてくれた。俺はさらに続ける。
「覚えてないかな?俺の足の感触もう残ってない?優しく蹴ってやっただろう?」
少しだけ沈黙があり、思い出したように「あっあの茶パツ・・・。」と声を漏らした。
上等上等。俺の髪を覚えていたか。
「つーかさ。お前サツにチクったろ。あれほど大人しくしとけと言ったのに。約束破りやがったな。」
それからのヤツの怯えようと言ったらたまらなかった。
電話越しでも十分リアルにその怯えが伝わってきた。「なんだよう・・・誰なんだよう・・・・。」
「当然罰を受けてもらう。お前の個人情報バラしてやるよ。そしたら次に消されるのお前だぜ?
サツがカキコを見つけるのと、処刑人サンがお前をやっちまうの、どっちが早いだろうな。」
「ままままままま待って下さいよぉぉぉぉぉ・・・・・・違いますチガイマス・・・・・」
言葉があからさまに震えてた。楽しくてしょうがない。
「おう。何が違うと言うんだ?ロミオ・マスト・ダイだ。色男は死ね。」
調子に載乗ってケラケラ笑った。久々に遠藤をイジってるような気分になった。
だがそれもここまでだった。次のヤツのセリフで俺は我に返った。
「ぼぼぼぼぼぼボクは警察には言ってません・・・・・・。」
沈黙。俺も何て言っていいのかわからなかった。
「何・・・?じゃぁあの人がサツに捕まったのは何なんだ?」
正直な感想だった。
「あの人って・・・・アッ渡部先輩ッスか?あの・・・・いや・・・その・・・・それは・・・ボクです・・・・。」
「やっぱお前じゃねぇかよ!」叫んでやった。
「ひぃぃぃぃぃい・・・・・あの・・・・でも・・・あれは・・・・・。」
焦れったい。「何が言いたいんだよてめぇは!」
この一言でようやく口を割った。
「ネ・・・ネットのコトは言って無いんです!絶望クロニクルのことは何も・・・・・・
ボクはただ・・西原さんの行方不明の件には渡部先輩が関わってるかもって・・・・それだけで・・・。」
「ネットのことは言ってない。と言うと?」
「だって・・・・ネットのコトまで言ったら・・・・・ボクだってカキコしてたし・・・・・・・・。」
自分まで巻き込まれるのは嫌ってワケか。
やっぱりこいつは素敵で楽しいアタマをしてやがる。
「あの・・・ネットで何か・・・ボクもうROMってもないから・・・・・」
問答無用で切ってやった。
今頃「結局、今の電話は誰だったんだろう」なんて思ってるかもしれない。
絶対わかんねぇだろうな。俺を見て単なる茶髪君としか思わなかったんだから。
一生悩んでろ。
もう二度と電話してやらねぇよ。デブ。
ケガの巧妙。勢い余って出た行動の割には収穫が大きかった。
やっぱ人間、一度はキレてみるべきだよな。
冷静になった今、兄貴との約束を大きく破ったコトに気付いた。
しかし別に不都合はない。一切の電話を禁止されてたけど・・・俺が秋山に電話する分には
兄貴に迷惑の掛かる範疇ではない。幸い大きな情報も得られたし。
ネットは見られてない。道理でサツが来ねぇワケだ。
いや、それはこれとは関係ないか・・・・
畜生また考えなきゃいけねぇのかよ。ヤメだヤメ。直感でいこう。
ネットじゃ自由だ。ってコトは、もっとカゲキにやっちゃってもいいってコトだよな?
もうこうなったらあっちの情報もきわどい所まで載せてやる。ヘヘヘヘヘ
「妙なコト言ってると、アナタのコト色々バラしちゃいますよ。」
俺だってもう壊れてきたさ。考えるのが嫌になったさ。
カキコの意味を考えるのもイヤだ。
湖畔での普通の会話。幸せ。
おかしくなってきてるか?
まだ平気?大丈夫?
オーケーです。
亮平さんのレベルに比べたら、俺なんてよっぽど普通さ。
ちょっと精神的に不安定なだけ。
俺は、狂わない。
7月8日(土) 晴
兄貴から電話があった。
怒鳴られた。
「お前ありゃ失策だぞ。個人情報出すとサツが黙っちゃいないってコトくらいわかってんのか!」
サツは見てないことを説明しても無駄だった。秋山に電話したことまでなじられた。
いつまでも続く罵倒。俺はもうあまり耳には入ってなかった。
ネットはやれる環境にあったんだ。まぁ今時ネットカフェなんてもんも探せばあるだろうしな。
などと全く関係ないことを考えてた。ミキさんの「もういいじゃない。」って声も聞こえる・・・
だが妙な安心感があった。これまで一人だったから。
やっと兄貴が連絡くれたから?
「もういい。見てられねぇ。そっちに戻る。」
その声で我に返った。というかボケーっとしてた自分に驚いた。
「それに湖畔。何だよアレ。ナゴんでんじゃねぇよ!!」
一応アレも作戦の一環なんだけど・・・言い訳するのはやめておいた。
何を言っても無駄なのは身に染みてわかってる。
「渡部家にも連絡したからな。ヒロフミも戻ってた。あいつは忠実に俺の言いつけ守ってたぞ。」
お前は守らなかったな、と言いたげだった。否定できない。畜生
ヒロフミさんの話になった。やはりネットの話は無かったらしい。
西原についてと、少しミキさんの話もあったそうだ。
それが終わればすぐに解放され、それからは兄貴の言いつけ通りウチには連絡をしなかった。
聞いてみるとなんともあっけない・・・・俺がこれまで散々悩んだのがバカらしいくらいに・・・
問題ナシだった。兄貴だってこうして生きてる。
「明日ヒロフミにウチへ行くように伝えておいた。二人でまた新しい作戦でも考えてろ。
俺達も二、三日以内にそっちへ戻る。そろそろ戻ってもいい頃だろう。集結するぞ。一気にカタをつける。」
今度こそ戻ってくる。でも二、三日以内って・・・・
今ドコにいるんだよ。最初から気になってた質問をした。
「遠くだよ。俺にもよくわからん。とりあえずよほど無理しなきゃ一日じゃ帰れないトコだ。」
・・・・神奈川県どころか、関東でもねぇなこりゃ。
「金も節約していきたいからな。帰るのには二日か三日は考えて置いた方がいい。」
随分と遠くにいったんだな・・・
ところで、今までドコに泊まってたんだよ。気になるところだったか、よく考えてみればわかることだった。
「おいおい。男と女が一人ずつ。全国各地、泊まる所なんざ腐るほどあるよ。」
ミキさん・・・・あまり想像したくない。
「つーかお前、なんか話し方が少し変になってないか?」
はぁ?自分じゃそんなつもり全然ない。
変わってネェよ。それは確かだ。だが兄貴は続ける。
「なんだなんだ。もうこの異常な状況に耐えられなくなったのか?安心しろ。お前はソノ気があるから大丈夫だ。」
ドクター・ストレンジラブ。兄貴の異常な愛情。
「慣れだよ慣れ。俺達が戻るまで、ゆっくりアタマを休ませてな。」
珍しく優しい言葉をかけてくれた。
と思った俺が甘かった。
「余計なことしたら殺す。じゃな。」
ひでぇ。これまでのねぎらいの言葉など皆無。
遠くでミキさんの「がんばってね。」という声が聞こえた。
がんばって休みます・・・・
問答無用に電話はブッツリ切られた。
結局のところ、何だ?俺がこれまでやってきたのは全部無駄だったってコトか?
なんだよそりゃ。そんなのネェよ。失策だって?けっこう上手くいってたじゃねぇかよ!
いや、確かに実のあることは何もしなかった。けどそんな、二週間か。そんだけで結果を出せなんて・・・
それに何だよ。俺の話し方が変わってきてる?
そんなことない。兄貴と話すのが久々だったからなだけだ。
普通のままでいるぞ俺は。絶対あっち側には行かない。
あっち側って何だ?畜生!もうわけわかんねぇ!
「絶望クロニクル」に接続。湖畔じゃいつもの馴れ合いトーク。
見ず知らずのシス卿、ミギワ、ユウイチがじゃれ合ってる。
ナゴんでるんじゃねぇってか。いいじゃねぇかよ。なぁ?
それでお互い楽しんでるんだ。迷惑かけてるワケじゃないんだからよぉ。
ジャンク。処刑人のカキコは無い。
テレビとかで報道されるようなネタもあれば、真偽の怪しい情報まで。
相変わらず騒々しい。俺にはクソ荒らしが集まってるような掲示板にしか見えない。
情報カキコの合間に口論カキコ。吹き溜まりだ。
こんな中に「処刑人」や「カイザー・ソゼ」が居たって誰も相手にしない。
みんな他人の揚げ足取るのに忙しい。速報仕入れて自慢するのに忙しい。
馬鹿な奴等だよ。
ヒロフミさん。明日来るのか。
やっとゆっくり話ができる。一度解放されたんだがら、もうサツの監視も無いだろう。
一人で戦うのは今日でオシマイ。クライマックスは総動員が基本だ。
異常な状況に耐えられない?そうだよ。耐えられネェよ。
俺は普通なんだから。ソノ気がある?ソノ気って何だ?
オーケー。俺はオカシイのかもしれない。
だが誰にも迷惑かけてない。秋山や遠藤をイジる?俺に比べりゃ奴等の方が狂ってるだろ!
いいだろ?それで。文句はねぇよな?
チクショウ。もう寝る。日記書くのも疲れた。
孤独地獄も明日で解放。やっと解放だよ。
もういいさ。兄貴も勝手にやりゃぁいいよ。殴りたきゃ殴ってくれ。
俺はもう疲れた。新しい作戦もヒロフミさんが考えてくれ。
もう何もしないぞ・・・
7月9日(日) 晴
俺は何をこんなノンキに日記を書いてるんだろう。
横であの人がケケケと笑ってる。ヒロフミさんもじっと俺のことを見つめてる。
異常だ。状況も異常なら、こんな時に日記を書いてる俺も異常。
そもそもなんでこんなことになったんだ。
今日の出来事を思い返してみる。
今日はヒロフミさんが来る予定だった。
俺はもうほとんどやる気なかったが、一応二人で次の作戦を練るってコトになってた。
だから家のチャイムが鳴った時、ヒロフミさんだと思ってなんてことなくドアを開けた。
立ってたのは案の定、ヒロフミさんだった。
「よぅ。ユタカさんに言われて来たぜ。」
ああ、どうぞと中に招き入れた。
しかしヒロフミさんは入り口で立ちすくんでた。
あまりに動かないので、「どうしたんスか。入って下さいよ。」と言った。
それでも入ってこない。見ると、ヒロフミさんの顔が強ばってる。
「なぁ、今日のことってどこにも漏れてねぇよなぁ。」
何を言ってるんだろうと思った瞬間、凄い勢いで中になだれ込んだ。
と言うより、突き飛ばされたような・・・
「だから何度も言ってんだろ。偶然だよ偶然。」
あまり聞き慣れない声がした。
それもそうだ。こうしてマトモに顔を向き合わせるのは初めてなんだから。
岩本先生。
なぜかヒロフミさんの後ろに立っていた。
センセイは素早く中に入り込み、ドアを閉めた。
そしてズカズカと上がり込み、家の中を散々引っかき回した。
ヒロフミさんは倒れ込んだまま青ざめてる。
俺は何が起きたのか理解できないままセンセイの行動をただ黙って眺めてた。
なんでこの人ウチに居るんだよ・・・
しばらく何かを探し回ったあと、俺の前にやってきた。
「なんだ。やっぱココにはあの二人はいないのか。」
兄貴とミキさん・・・
「お前がユウイチ君か?なるほどなるほど。ユタカ君の弟ってワケな。」
つーか・・・・・何?
「状況を把握してないな。『処刑人』が言ってだろう。いつでもここには来れるって。だから来たまでだ。」
俺はアウアウと口を動かしただけで何も言えなかった。
代わりにヒロフミさんが顔を上げて「なんで川口家の場所を知ってるんですか・・・。」と聞いた。
センセイは深いため息をつき、首を何度も横に振った。
「お前達、そもそもの俺達の因縁を分かってねぇな。ウチの息子のクラス名簿見りゃすぐ分かるって。」
あ・・・・・
「言っておくけどな。突っかかってきたのはそっちだぞ?あの二人だって逃げて消えちまえば放っておくさ。
だがな、俺のまわりをウロチョロされると話は別だ。消さなきゃならなくなる。」
「消す」って言葉を聞いてヒロフミさんがビクっとした。
俺もその場に座り込んだ。居間の入り口にヒロフミさん。その横に俺。テレビの前にはセンセイが立ってる。
センセイの演説は続いた。俺達は何も言い返せない。
「それでまぁ家を張らせてもらった。家に居るとすれば、いつかは出てくる。飯も買わなきゃ生きていけないだろ。
そしたら二日目にしてコイツが登場した。顔は覚えていたよ。車の後ろをウロチョロしてたヤツってな。」
ひぃぃとヒロフミさんが小さく悲鳴をあげた。恐怖で身体が縮こまってる。
俺は・・・あまりに突然の登場だったので怖がる暇が無かった。完全に神経がマヒしてた。
「捕まえて絞り上げたらすぐに吐いたよ。ネットでのちょっかいはオマエラの仕業だってな。」
すまない・・・・すまない・・・とヒロフミさんの声。良く顔を見ると、赤く腫れてた。
「もうすぐココにアノ二人が戻ってくるんだって?好都合だよ。ついでに消しとく。」
今度は俺が声を上げた。「なんで・・・なんでユウイチが俺だって・・・・。」
聞いてみたら実に簡単な理由だった。
「はぁ?自分で言ってたじゃねぇか。渡部サンのコト義理の姉だって。そしたら川口の弟しか考えられないだろ?」
う・・・・・あ・・・・・でも・・・ならもっと前からわかってたはず・・・・・
センセイは続けた。
「最初はわかんなかったんだけどな。最近カイザー・・・風見の本名思い出してから色々考えたんだよ。
そしたら以前遠藤ハメる時、川口に弟がいたコト思い出してね。こりゃ繋がりあるだろう、と。
もっとも、渡部サンに本当に弟がいたのは計算外だったんだがな。」
ヒロフミさんがガタガタ震えてる。ああ、結構喋っちゃったんだな・・・
次の質問など考える暇もなく、とても嫌な嫌な宣告をされた。
「とりあえず、な。奴等が戻るまでココで待たせてもらう。世話んなるよ。よろしく。」
ケケケと笑い声を上げた。
それってつまり・・・ウチに居着くと?
俺がそう考えた瞬間だった。ヒロフミさんが逃げ出したのは。
倒れてた素早く身を起こし、ドアに吸い付いた。が、開かない。
センセイはご丁寧にカギを閉めてた。慌ててカギを開けようとするヒロフミさん・・・
焦ってるせいかうまくいかない。ようやくガチャンとカギが開いた。
・・・一瞬の出来事だった。
視界の外にいたセンセイが風のようにやってきた。
ゴキッ
何かが折れる鈍い音。
同時に「ぐぇぇ。」と動物のような鳴き声が聞こえた。
それはとてもおかしな光景だった。
ヒロフミさんは外へ出ようとドアに向かって立っていた。
なのに顔だけはこっちを向いている。
逆さまになって。
センセイの左手はヒロフミさんの首根っこを捕らえ、右手には髪の毛をガッチリ掴んでる。
左手を放すと、身体がフラリと揺れて崩れた。
掴んでた髪がブチブチと抜け、ヒロフミさんの身体がバタンと倒れた。
仰向けになったヒロフミさん。目はカッと見開いていて俺と目があった。
俺は目を反らすことが出来ず、濁った目を見続けた。
何が起きたんだ?
突拍子もない出来事続きで思考回路が上手く回らなくなってた。
瞬きしてなかったので目が痛み、その痛みでようやくアタマが動いた。
そうだ。ヒロフミさんは逃げようとしてセンセイに首をへし折られたんだ。
ってコトは・・・・・死・・・・・・・・・・・
死んだ?
え?そんなあっけなく?
ヒロフミさん、殺された?
それを理解したとき、俺のマトモな神経はブッ飛んだ。
糸が切れたようにズルズルと倒れ込む。
うつぶせになってアタマを空にした。
ガチャンと再びカギを閉める音が聞こえる。
その次はセンセイの息づかいが異様にアタマに響いてた。
そして聞こえてくるおぞましい声。
「耐えきれなくなったか。まぁいい。これから奴等が来るまでの間、仲良くしようぜ・・・。」
ケケケと笑い声。妙な笑い方だ。
意識が飛んだ。
目覚めるとヒロフミさんが目を開けたまま壁に立てかけられてた。
首が異様なほど横に曲がってこっちを見つめてる。目は開いたままだ。
身体にぶら下がったアタマが肩の上に置かれてる。
そんな感じだった。
どう見ても、死んでる。
死体。
ちょい前まで普通に話してたのに、もう話すことはできない。
俺はヨロヨロと立ち上がるとパソコンの電源を入れた。
居間に座り込んでるセンセイが「お、起きたのか。」と声をかけてくれた。
「なんだパソコン二台あんのかよ。羨ましいネェ。」
冷やかしてきた。
センセイはデスクトップの方に電源を入れて何かを始めた。
俺はこっちで日記を書いてる。
さっきのぞき込まれて「なんだ日記書いてんのか。俺のことあんま悪い風に書くんじゃないぞ。」って言われた。
今また声をかけられた。
「そのピッチとかネットとかで助けを求めてもいいんだぞ。ま、そしたら逃げるけどな!」
またケケケと笑ってる。
つーか俺、なんで日記書いてんだ。
つーかヒロフミさんこっち見てるし。死んでんのに。
つーか俺、怖くねぇのかよ。
何だよ俺。
意味わかんねぇよ。
兄貴はどうしたよ。
第二十八週「瞬殺」
7月10日(月) 腫れ
朝起きたらヒロフミさんが半分になってた。
上半身だけ床から生えてるように置いてあった。
俺が寝てる間にセンセイが風呂場で解体しらしい。
朝イチでゴミとして捨てたそうだ。そう言えば今日は月曜日。ゴミの収集日。
ご丁寧に残った上半分は居間に戻してある。
センセイ曰くもう二日も経てば素敵なニオイを醸し出すそうだ。
今でも結構キテルのに。その他死体について色々説明してくれた。
死後硬直がいかにカタくなるか等々。推理漫画に良く出てきそうな知識だった。
それよりもっとリアルだった。無理矢理曲げようとするとボキって一気に折れちゃうんだよって。
さすが実物扱ってる人間は違う。モノホンだよ。
ヒロフミさんはまだ俺のことを見てる。目が死んでた。当たり前か。
しばらく見つめ合ってると勝手に俺の手が動いた。
受話器を持って、1、1・・・・
そこでプツリとセンセイに切られた。
「察しが悪いな。助けを求めたら逃げるとは言ったが、その前にお前を殺していくぞって意味も含まれてるんだよ。」
だそうだ。ヒロフミさん。俺、完全に逃げられないみたいッスよ。
センセイは鞄を持ってきてた。中を見ようとしたら止められたが、ノコギリやらがチラリと見えた。
死体処理まで考慮に入れてウチにいる。あ、そうか。兄貴達を殺すつもりだからか。
ヒロフミさんの赤く染まった腹の切り口を見つめてるとセンセイが話しかけてくれた。
「最初は新聞紙で包んで紙袋に入れる。そっからゴミ袋に詰めるんだよ。これだと半透明でもバレないだろ。」
なるほど。
「でもこの方法は初めてだからなぁ。失敗してても文句言わないでくれよ。大丈夫だとは思うけど。」
そんな無責任な。
「ま、川口家のゴミだから俺には関係ない。」
ケケケと笑った。何かあるとすぐ笑う。
家の中なのに帽子なんか被ってる。胸ポケに刺さってるサングラス。改めて見ると普通の人だ。
つーか20歳近い息子を持ってる年には見えない。若く見えるなこの人。それでいて殺人鬼。
その殺人鬼と一緒に住んでる俺。どうよ。
飯は食う気がしなかった。つーかヒロフミさんまだ見てるし。
冷蔵庫を引っかき回して勝手に食事をとる岩本センセイ。
パソコンいじったりテレビ見たりで過ごしてた。
我が家のように振る舞うセンセイとは反対に、俺は終始ポケーっとしてた。横になったり布団に潜ってみたり。
ヒロフミさんがずっと見てるので気になって仕方なかった。
時間が流れるのが異様に遅く感じた。
やっと今日が終わる。
結局、兄貴は戻ってこなかった。
モバイルでネットに接続。湖畔で「ユウイチ」のカキコ。
ヒロフミさんのコトをなんて呼ぼうか迷った。本当の弟がって言うのもオカシイ。
「ウチに処刑人がやって来ました。リアル弟が処刑されました。僕はどうしたらいいんでしょう。」
センセイが画面をのぞき込んでた。「これならオーケー。」とお許しが出た。
投稿。ミギワやシス卿が台風過ぎて暑くなったとか爽やかなオハナシをしてるのに、俺だけ異次元カキコ。
つーかリアル世界の方が異常だし。
ジャンクにも素敵な書き込みがあった。処刑人サンが「我敵地侵入ニ成功セリ。一人処刑完了。」
そのレスも「処刑人」。「了解。次報ヲ待ツ。」
自作自演・・・ってか共通ハンドル?
日記書く前にシャワーを浴びた。センセイはとっくに浴びてくつろいでる。
その間に電話しようかと思ったけどセンセイの「殺していく。」って言葉を思い出したらソノ気が失せた。
で、俺はこうして気分の悪いまま日記を書いてる。シャワーなんて浴びるんじゃなかった。
身体に付いたヒロフミさんのニオイをとりたかった。さっきフラフラと風呂場に行った。
ニオイは洗っても洗ってもとれなかった。ふと壁に何かこびりついてるのに気が付いた。
考えるまでもなかった。ヒロフミさんの肉片。
思い出した。そうだよ。この風呂場でヒロフミさんの下半身は・・・
吐いた。
7月11日(火) 蜘蛛り
ヒロフミさんがダルマになってた。
腕がない。明日捨てるらしく、ゴミ袋が二つほど置いてあった。
それでもヒロフミさんはまだ俺のことを見てる。
皮膚の色が青黒いようなとても気色の悪い色になっていた。
そろそろいい感じのニオイを発してきている。
センセイは隣に漏れるといけないからってドアを締め切ってた。
おかげで中はトテモ素敵な空気に満ちている。
しきりに消臭スプレーをかけていたけど、あまり効果はなかった。
ヒロフミさんには何か塗られてた。少しでもニオイを押さえる為のものらしい。
「いくらかマシになったかな。」とセンセイは言ってたが、俺にはまだまだ匂う。
夕方ごろ、どうも無意識のウチに「兄貴・・・」と声を漏らしたらしい。
それを聞いたセンセイは「さっき来たじゃないか。」とトンでもないコトを言った。
いつ?我に返った俺は聞き返した。
「ついさっき玄関の前まで来たよ。中の様子を伺ってた。すぐに戻っちまったけどな。」
ヒロフミさんと顔を見合わせた。つーかなんでそんなコトわかるんだよ。
気配を察するなんて・・・・やっぱこの人バケモノだ。
その会話を皮切りに少しセンセイと話をした。
これまでの俺達側の動向。消された西原と横山、そして秋山の話。
「確かに最初のヤツは若干太ってたなぁ。捨てるとき大変だったよ。」とか
「そうそう。あの女、顔はイマイチだった。切る時全然抵抗なかったよ。」とか。
平然と答えてた。
次に「シャーリーン」の話になった。
絶望クロニクルは俺達が遠藤のパソコンから見つけ、ジャンクのアドレスを「希望の世界」に書き込んだ。
それを伝ってセンセイ達はその存在を知った。だからお互い「シャーリーン」の正体は知らない。
「そのノートは遠藤のだったのか・・・。」と感心してた。
何度か頷いた後、考え込むようにして黙り込んだ。
ヒロフミさんと一緒にその様子を見てたけど、なかなか口を開かない。
数分後、「なぁ。」と声をかけてきた。
「シャーリーンって遠藤じゃないのか?」
俺達と同じ結論だった。しかしそれはあり得ない。このモバイルにサイトのファイルがない・・・
その事を言ったがセンセイは深いため息をついて何度も首を横に振った。
「遠藤はデスクトップも持ってただろう?家と一緒に焼けちまったやつが。」
・・・俺達のアタマが足らなかった。
言われてみればその通りだ!
引き返した兄貴を恨むのも忘れ、遠藤=シャーリーン説にただただ感心してた。
あのサイト早紀さんに対する異常なほどの思い入れが籠もってる。
モバイルに残されたクッキーが「ダチュラ」だったのもこれで納得できる!
しかしセンセイはイマイチ納得してなかったようだった。
「けどなぁ。早紀に絶望クロニクルの存在を教えてないってのが気になる。
あの遠藤が早紀を必要としないサイトを立ち上げるってのはどうも・・・。」
ヤツのことだから作るだけ作って呼び忘れただけッスよ。
バカだから。
今日は何かつっかえてたモノが取れたような一日だった。兄貴にはムカツイたけど。
おかげで食欲が戻り、センセイと一緒に飯を食った。
ヒロフミさんも食べたそうだったので米を口に運んであげた。腕がないから俺がやってあげないと。
センセイに腕を叩かれた。
いつものように口元はニヤけてるが、目は真剣だった。
あ、そうか。首が曲がってるから飯が喉を通らないか。
納得。
以上今日の出来事でした。
7月12日(水) 張れ
ヒロフミさん観察日記 〜三日目〜
きょうは胸から上だけになってました。
学校にあるエライ人の銅像みたいでした。
でも顔が曲がってるからとても変です。
そのあんばらんすがオカしくて大笑いしました。
まる。
ネット観察日記 〜腐色編〜
ミギワさんがユウイチ君の境遇をしんぱいしてました。
シス卿さんはとても明るく励ましてくれました。
みんなの優しさに触れたユウイチ君は
「大丈夫。」と答えました。
本当は全然大丈夫じゃないのに。
まる。
岩本センセイとの交流日記 〜巨像編〜
ヒロフミさんの話をしました。
彼はなぜ岩本センセイとの戦いに参戦してきたのか?
姉のためにそこまでする必要があるのか?
センセイの答えは「ある。」でした。
「こいつは渡部サンにホレてた。少し話しただけですぐわかったよ。
目の色かえて『そんなコトない!』って言ったけどな。そうゆう感情は隠せないモンだ。
身近でそんなヤツ何人も見てるから俺にはわかるんだよ。」
納得してしまいました。ぼくもそう思った時があったからです。
姉弟で好きになるなんてイカレテルと思いました。
まる。
兄貴の帰還待ち日記 〜迷葬編〜
あの野郎、今日も帰って来なかった。
畜生。
7月13日(木) 貼れ
センセイに「お前もうダメだな。」と言われた。
何がダメなのだろう。ヒロフミさんの顔をブラリブラリさせて遊んでるのがマズかったか?
ヒロフミさんだって喜んでる。別にダメじゃないだろう。
そんな文句を言うセンセイも今日は真剣なオハナシをしてくれた。
ウチに親はどうしてるんだって話になった時だ。
「こいつに川口家には親がいないって聞いたから踏み込んで来たんだが・・・両親はどうしたんだ?」
ヒロフミさんを俺の手から奪いながら話しかけてきた。
俺は普通に答えた。
「いないッスよ。二人とも。蒸発ってヤツっす。
でも僅かな生活資金は毎月送り込んでくれるんスよ。でもいつ止まるのやらって感じッスけどね。」
別に俺達にとっちゃどうでもいいようなコトだった。
兄貴も俺も同情して欲しいと思ったこともないし、両親への憎しみもない。
「残ったのは兄貴の暴力だけっス。
センセイも気を付けた方がいいッスよ。ヤツの暴力は尋常じゃないッス。」
つーかあの腐れサドマニアと瞬殺の殺人鬼と、どっちが強いんだろ。
そんな疑問もフッ飛ぶくらい、センセイの顔つきが真剣になった。
帽子を脱いで(ハゲじゃなかった)深いため息ついて首を何度も横に振った。
「すまない。失礼なコトを聞いた。」
なんで謝るのか理解できなかった。
そしてこう言ってあげた。
「別に平気ッスよ。親の愛情なんざカケラも貰ってネェし。寂しさを感じたこともないッス。」
「親の愛情」って言葉にセンセイの身体がピクリと反応した。
俺はチョコナンと惚けたままその姿を見つけてた。
親の愛情がキーワードらしいッスよ。ヒロフミさん。
ヒロフミさんはセンセイの横に転がってた。
滑稽だなぁと思った。
センセイはしばらく考え込んだ後、ふと口を開いた。
「なぁ。俺はなんでこんなマネしてるんだと思う?」
こんなマネってどんなマネっスか。
またあの自嘲的な笑みを浮かべた。
「息子の要望で、ネットの奴等を消して回ってるマネ。」
その話は初耳だった。兄貴やミキさんの因縁が絡んで複雑な理由があるのかと思ってた。
言われてみればそうだよな。横山や西原が殺された理由ってのを深くは考えてなかった。
兄貴達にプレッシャーを与えるためじゃなかったんだ。
にしても、なぁ。息子の要望って何だよ。
センセイは続けた。
「亮平がな。早紀に関係するサイトに居る奴等を皆殺しにしてくれって言うんだよ。早紀が汚れるからって。」
亮平さんの存在は大きいだろうけど(兄貴とミキさんにとっても)、ネットの人間は関係無いだろうに。
早紀さんってもう死んだ人じゃないスか。それともネット内じゃまだ生きてるとでも?そうなんスか?
そんなんで人殺しちゃっていいんスか?ヒロフミさんだって恨めしい目で見てますよ。
「どう思う?それで本当に人を殺しちまうのを。」
正直に答えた。
「なんてバカなマネを・・・。」
思わず口にしたが、よくよく考えてみるとキワドイ答えだ。
怒ってブっ殺される可能性もあった。でも殺されなかった。
俺の言葉を聞くと、センセイはケケケと笑った。
「そう。バカだよ。けど逆なんだ。俺がこんなマネをするのは、まさにそこなんだよ。」
何が言いたいのか分からなかった。
ヒロフミさんばりに首を傾げた。さすがに本家にはかなわなかった。俺の首の骨はくっついてるし。
センセイの解説はさらに意味不明だった。
「『息子のためにそんなバカな事までしてくれる』って思って欲しいからなんだ。」
何のコトかよくわからん。
その後センセイはまたケケケと笑って会話終了。
釈然としないけど俺が何か言ったところで状況は変わらない。
仕方ない。俺もまたヒロフミさんとのお遊戯に戻った。
センセイに腕を叩かれた。
酷い。
兄貴は戻ってこない。つーか戻ったらどっちか死ぬかもしれん。
なんかもうどっちが勝ってもどうでも良くなってきた。
俺が一番気に掛かるのはミキさんだ。
因縁の中心は亮平さんとミキさんだろ?兄貴とセンセイの戦いに決着付いたらあの人どうなるんだ。
兄貴死んだらミキさんも殺されるかもしれん。
センセイ死んだらミキさんは死なない。
おお。ミキさん死んで欲しくないぞ。
兄貴、がんばーれ。
センセイ死ね。
7月14日(金) 苦盛り
兄貴から電話があって「明日戻る。」と言っていた。
センセイも電話に出て「ちゃんと武器用意しとけよ。」と言っていた。
兄貴が「ぶっ殺す。」と言った。
センセイが「やってみな。」と言った。
映画のセリフみたいだった。
センセイは「お前の弟、完全に壊れちまったよ。」と言った。
兄貴の「確かに。」という声が受話器から漏れて聞こえてきた。
俺のドコが壊れてるんダヨ。
ミキさんは?
俺は横から声を上げた。
センセイに殴られて気を失った。
目が覚めたとき電話はもう終わってた。
センセイが「ヤツめ。俺が家にいても平然としてたな。余裕のつもりなんだろう。」と独り言を言った。
俺がネットで処刑人が家にいるって言ったから知ってたんスよ。
「渡部サンがこいつのコトを心配してたぞ。無視してやったけどな。」
もう首だけになってるヒロフミさんをさすった。
「明日か。俺はお前の兄貴を殺すつもりだ。構わないな?」
センセイの独り言はいつまで続くんだろうと思った。
「渡部サンも殺してしまうかもしれない。」
それはイヤダと思った。
「お前も・・・殺すか。」
それもイヤダと思った。
「嫌か?」
嫌ッス。
心の中で思っただけで口では何も答えなかった。
独り言に返事するなんてオカシイッスから。
そんな俺を見てセンセイは言った。
「やっぱ完全に飛んじゃってるな・・・。」
飛ぶ?俺に羽なんか付いてないッスよ。
ポコンとアタマを殴られた。
また気を失った。
起きて日記を書いてる。決戦前夜。最後の日記かもしれない。
センセイは寝ないで壁にもたれかかって座り込んでる。
虚ろな目で宙を見つめるセンセイ。
明日に備え、集中力を高めてるのか?
その姿。震えた。
オーラでも出てそうだった。
もの凄く緊張感を感じる。
これがリアル殺人鬼か。
すさまじいプレッシャー。
・・・・兄貴よりスゲエ
こりゃダメかもしれない。
俺達みんなヒロフミさんの様に殺されるかもしれない。
全滅。
こんな人に手ぇ出さなきゃ良かった。
まだ兄貴の方がマシな殺し方してくれそうだ。
ヘヘ。みんな死んじまうさ。
兄貴も俺もミキさんも。
みーんな死んで、それでオシマイ。
兄貴だって勝てねぇよ。
センセに殺されて埋められちまうんだ。
俺も明日の夜は土の中。
だから明日の日記はナイ。
今日でオシマイ。
惜しいけど仕方ない。諦めたさ。
もうセンセイからは逃げられない。
殺されるだけ。ヘヘヘヘヘ。
俺の人生、あっけない幕切れだったな。
とりあえず最後の挨拶でもしておくか。ウン。
じゃぁな。俺。
ごきげんよう
サヨウナラ
7月15日(土) 飴
部屋に血がいっぱい。
兄貴のサバイバルナイフが真っ赤に光ってる。
・・・静かだ。
キーボードが赤い。画面にも血がベットリくっついてる。
あ、俺の手が赤いのか。
何が起きたんだっけか。
断片的な記憶しかない。
兄貴達が踏み込んできて・・・・センセイはヒロフミさんの首を投げて・・・・
ミキさんが声にならない悲鳴をあげて・・・・兄貴が一瞬ひるんで・・・・・・
センセイに腕を掴まれて・・・・・持ってたサバイバルナイフ落として・・・・・
そっから会話があったはず・・・
「なぜお前は俺を殺そうとする?片目を奪われたのによほど恨みがあるのか?」
センセイの両手が兄貴の首に・・・兄貴はその手を掴んで苦しんで・・・・
「それで悪いか・・・!」
「悪いね。」
兄貴の足が浮いて・・・・・ミキさんは座り込んで呆然とヒロフミさんの首を見つめて・・・・
俺のことなんか誰も相手にしないで・・・・・・・
「ガキだよ。その発想は。勝てない相手に突っかかって何の意味がある。」
「勝つんだよッ!!」
「無理だ。こうして一瞬のウチに返り討ちにされてるじゃないか。」
「まだだ・・・まだこれから・・・」
「何がこれからだ!!」
センセイが強い口調になって・・・・演説が始まったんだ。
「お前の生い立ちには同情しよう。だがそれを言い訳に荒んだ生き方を選ぶのは許せないな。」
「言い訳になんか・・・・・」
「してるさ。」
今度は声のトーンが落ちた。兄貴は浮いたまま。片目が充血してる。
「お前は片目を失った時点で舞台から降りるべきだった。そこで元の生活に戻れば良かった。」
「それが俺の生き方に何の関係があるってんだよ!」
兄貴の声は虚しく響いていた。主導権を・・・命をセンセイに握られたまま・・・吠えてた。
「自分の生活が嫌だったんだろう?だから渡部サンに付いてきて、俺達の世界に入り込んだ。」
「違うッ!!」
「こっちのオカシな世界は普通耐えられないさ。そこの弟君のように。」
センセイは言っただけで俺を見てはくれなかった。
チョコナンと座ったままコトの成り行きを見つめる俺。
「お前は狂人気取りでやって来て・・・・俺達のまわりをウロチョロしやがった。」
その言葉のせいかはわからないが、兄貴の顔は真っ赤になった。
「気取ってねぇ!!俺は本当に・・・・てめぇを殺す気でいるんだよ!!!」
ケケケと笑い声。センセイだ。
しばらくケケケ笑いが続いた。ミキさんはヒロフミさんを抱え込んで顔を伏せてる。
泣いてるんスか?俺は心の中で聞いてみた。
「何がおかしいんだよッ!」
兄貴の遠吠えは続く。ずっと腕をほどこうと頑張ってるが、センセイの腕は鉄のように動かない。
そしてセンセイ一言で・・・勝敗が決まった。
「なぁ川口君。お前、実際に人を殺したことはあるのか?」
兄貴の顔が固まった。
心なしか腕の力も抜けたような気もした。
・・・・・経験者の岩本センセイが言ったからこそ、説得力があった。
そうだよ。兄貴は散々修羅場をくぐって・・・・暴力を重ねてはいたが・・・・・
結局の所、誰も殺せないでいる。破壊神と呼ばれてはいたが、殺人鬼とは呼ばれてない。
殺さないでいるのか。殺せないでいるのか。
その答えは明白。兄貴の反応を見ればわかる。
「てめぇを・・・・最初に・・・・・・。」
最早負け犬が吠えてるだけだった。
強がるにはあまりにも弱すぎた。
情けない。
勢い込んでやってきたってのに。カッコつけてサイバイバルナイフなんて装備してきたのに。
生首が飛んできただけでひるみやがって。
そのスキに首を掴まれ、ふりほどけないでいる。
兄貴が弱かったのか。センセイが強すぎたのか・・・・・
センセイは遠い目をして兄貴の言葉を聞いていた。
「殺してやる・・・・・」
センセイは兄貴の首を掴んだまま・・・・締めていた。
おかげで兄貴の声はかすれていた。
「・・・・・・離せ・・・・・・・」
ギリギリと見てて襟が絞められているのが見えた。
ときおり「あ・・・う・・・・」と兄貴の嗚咽が漏れる。
「マサヨシ・・・・タスケロ・・・」
その声は俺の耳に届いていた。
でも俺は動かなかった。動きたくもなかった。
なぜだろう?最期の最期に、これまで散々痛い目に逢わされた記憶が蘇ってきたから?
それは俺にもわからない。
とにかく俺は・・・・・・兄貴を見殺しにしていた。
ボケっと・・・・破壊神と呼ばれた男の・・・あまりに哀れな最期を・・・・見つめていた。
「ミキ・・・・・ミキ・・・・・」
センセイは俺やミキさんの方には全く振り向かず
下を向いたまま兄貴の首を絞め続けた。
勝てるなんて思ったのか?心の中で吐き捨てた。
それは兄貴に対してだけでなく・・・俺自身に向けての言葉でもあったのかも・・
そうして兄貴が今にも死にそうになってる時だった。
俺の目の前にサバイバルナイフが差し出された。
誰も俺の姿は目に入ってなかったの思っていたが、この人だけは・・・・
・・・・ミキさんだった。
兄貴の手から落ちたナイフをミキさんが拾った。
ポケナンとそのナイフを見つめる俺に、ミキさんはナイフを差し出した。
無表情だった。目の前で恋人が殺されそうになってるのなんか目に入ってなくらい。
そのまま顔を壁に向けた。センセイの後ろ姿。兄貴の苦悶の表情。
「涎を拭きなさい。」
ミキさんの小さな小さな声が俺のアタマに響いてきた。
兄貴の言葉には何も反応しなかった俺の身体が、ミキさんの言葉で動いた。
俺は手の甲で涎を拭いた。ボカンと開けてた口を閉めた。
その時俺は、ミキさんが何を望んでるのか分かっていた。
目の前に差し出されたナイフを掴んだ。
刺すんですね。確認するようにミキさんを見た。
だがその時のミキさんは・・・・・
俺が今こうしてハッキリとあの時の状況を書けるのは、ミキさんの目のおかげだ。
何しろあの目・・・・・恐ろしいくらい冷たく・・・・無表情・・・・・・・・・
その目で・・・・兄貴を・・・・兄貴の死に様を・・・・・見据えている・・・・・・
センセイはこちらのコトなど気にせず兄貴の首を絞め続けている。
兄貴はもう言葉を発することも出来ずに泡を吹いていた。
ミキさんは、手のひらを俺の前に・・・・「待て」を・・・・・・・
辛うじて聞こえた兄貴の最期の言葉。
「ミ・・・・キ・・・・・・」
ミキさんにも聞こえていたはずだった。
でもミキさんは動かなかった。「待て」の合図を続けてる。
無表情に。何を考えてるのか。
兄貴を、見殺しにしていた。
センセイは顔を伏せ、兄貴を殺すことに集中している。
兄貴を殺すことに特別な意味でもあるように、じっくりと、確実に、殺している。
死の瞬間を感じようとしてるのか。何も語らず、ただ黙って、首を絞めてる。
俺達のことはノーマーク。
ヒロフミさんを抱えて泣いていたミキさんが、俺にナイフを渡したことなど知る由もない。
ヒロフミさんはミキさんの横に無造作に転がっていた。
ガタン、と壁に何かが当たる音がした。
この音こそが・・・・・破壊神が消えた瞬間だった。
力の抜けた兄貴の足が壁にぶつかっている。
ガタン。俺の中で何度も響いた。
不思議と兄貴が死んだことに対してなんの感情も沸いてこなかった。
いや、何かが沸いてきそうな気配はあった。
だがそれもすぐに消え去った。ミキさんの合図で。
ミキさんの手がスッと動いた。
指先がセンセイの背中を指している。
センセイは尚も兄貴の首を締め続け、完全に動かなくなったのを見計らって・・
兄貴の身体を下ろした。
天井を見上げた。そして深いため息をつき、首を何度も横に振った。
フウと一息つくと、やっと俺達の方を振り返った。
さて、後始末でもするか・・・・・
おそらくそんなコトを考えてたんだと思う。
まったくの無防備で振り返っていた。
俺のナイフが待ちかまえてるとも知らずに。
その感触はもう手には残ってない。
夢の中の出来事みたいだった。
センセイの表情。あまり変わってなかったと思う。
ただ、それを見つけた時、センセイは笑った。
ケケケと笑っていた。
「そう来たか・・・・・。」
腹に深々と刺さったナイフを見つめ、ため息混じりに呟いた。
俺はどうしていいのかわからなくなった。
センセイを刺した。ザックリと。
見る見るナイフが赤く染まっていった。
赤い液体がナイフを伝って俺の手に。
腕まで赤く染まってしまった。
恐らく時間にしたら数秒だったのかもしれないが
その時は異様に長く感じた。
このままずっとセンセイのお腹にナイフが刺さってるんじゃないかと思った。
センセイの手が動いた。
ドン、と俺は突き飛ばされた。
ミキさんの横に倒れ込んだ。
俺はセンセイの顔とミキさんの顔を見比べた。
「やってくれたな。」
センセイはもう笑ってなかった。腹からダラダラ血を流し、ナイフが痛々しく突き刺さってる。
それを見てミキさんは・・・・・クスっと笑った。
元恋人がセンセイの後ろに転がってる。
元弟の生首が横に転がってる。
なのにミキさんは、笑った。
笑ってる。
・・・・・俺は震えた。ミキさんが怖かった。
そう思った途端、急に現実感が押し寄せてきた。
兄貴の死体。死んだ・・・・・俺の兄貴が殺された・・・・!!!
そして兄貴を殺したセンセイを・・・・・・
あの無敵のセンセイを・・・・・俺が刺した。
刺した。刺しちまったよ!
俺、人を刺しちまったよ!!!!!
なぜか吐き気が込み上げ、その場にぶちまけた。
センセイの血と混じり、見る見る床が汚れていく。
涙もでてきた。
泣いていた。子供のように泣いていた。
何かが落ちる音。ピチャっと嘔吐物の中に。
兄貴のサバイバルナイフ。
ドアが開く音、ガタン。
閉める音。ガタン。
ミキさんの息づかい。
俺の嗚咽。
センセイは帰った
その思考を最後に、俺は気を失った。
目がさめると部屋の中がある程度綺麗になってた。
兄貴の死体とヒロフミさんの首がテレビの前に横たえられている。
もう真夜中だ。
机の上にミキさんのメモがあった。
「先に寝てるね。美希」
兄貴の部屋を覗いたら真っ暗だった。
ミキさん寝息が静かに響いていた。
俺はまた死体置き場に戻り、日記を書き始めた。
綺麗になったとは言え、まだ部屋にはセンセイの血がいっぱい。
殺された兄貴のサバイバルナイフが、センセイの血を吸って赤く染まってる。
センセイは消えた。あのまま死んだか、家に戻ったのか。
もう俺にはわからない。
外にはセンセイの血が転々としてるかもしれない。
ふと、近所の誰かがこの騒ぎに気付いて通報してくれないかと思った。
そうなることを望んだ。でもそれはあり得なかった。
これまでに散々、兄貴が暴れた時に通報されたから。俺の血が外に飛び散ったり。ガラスが割られたり。
その度に兄貴がサツを追い返した。・・・やがて近所の人は何も関知しなくなった。
もうウチでちょっとした悲鳴があがったところで、誰も感心を払わない。
今日の騒ぎは特別だ。近所の皆さん。諸悪の根元、川口豊は死にましたよ?
それも知られずに終わるだろう。
・・・・・終わりって、何時が終わりなんだろう。
ミキさんのメモには続きがあった。
「先に寝てるね」の下に、大きく、少し雑な字で一行。
俺の脳に直接語りかけてくるように。
ソレは、強く。とても強く俺に訴えていた。
川口豊<岩本先生<川口正義
7月16日(日) 俺
とても嫌な夢を見た。
体中に何かがまとわりついて、ソレは俺の動きを制限する。
逃げよう逃げようとしてもソレのせいで身体は動かない。
無理に引っ張った。ソレと一緒に俺の皮膚までくっついてくる。
それでも引っ張った。バチンとソレは剥がれた。
俺の皮膚も、肉ごとごっそりと千切れた。
真っ赤な血が俺の身体から吹き出る。
腕が赤く染まる。元に戻そうと肉を身体にねじ込んだ。
でもダメだった。なんとかくっつけようと何度も挑戦した。
ズルリと滑ってくっつかない。
俺は何か取り返し付かないようなコトをした気がして怖くなった。
「戻して!」と叫んだ。
どうしようもなく不安になってまわりの闇に向かって「戻して!」ともう一度。
俺は泣き出した。誰も聞いてくれない。
声が枯れるくらい大声で叫んだ。
戻してくれ!
助けてくれよ、兄貴!!
そこで目が覚めた。
泣いていた。嫌な・・・とても嫌な夢だった。
起きると隣に兄貴が寝ていた。
もう昼を過ぎていた。
寝ぼけたまま俺は兄貴をさすった。
兄貴。もう昼だよ。メシはどうする?いつもみたく朝昼兼用にするか?
この前食ったインスタントラーメン、あれまだ残ってたよな。
それでいいだろ。野菜は冷蔵庫にトマトあるから。昨日買っといたんだよ。丸かじりしようぜ。
今日の買い物当番はどっちだっけ。俺昨日行ったから今日は兄貴の番だよ。
やべ。早いトコ洗濯しねぇと日が沈んじまう。
なぁ、俺洗濯するからメシ作ってくれよ。
たまには兄貴もやってくれよ。インスタントだから作るのカンタンだろ?
今日はどっか出かけんの?晩飯作っちゃっていいか?
そうそう。外食控えてくれよな。今月結構使い過ぎちゃったんだよ。
聞いてんのかよ兄貴。メシ作ってくれって。
俺、洗濯しなきゃいけねぇんだよ。
兄貴。いい加減起きろって。
兄貴・・・兄貴・・・・・・
起きろって・・・・・・・・
ミキさんがポンと肩と叩いてくれた。
そのおかげで俺は現実に戻ってきた。
目が痛む。泣き腫らしたせいだろう。
こっちの方が夢みたいだった。
夢と現実の境目がわからない。
昨日のこと。一夜経ってようやく現実と認めることができた。
生き残った俺とミキさん。
いつまで経っても起きない兄貴を眺めながら、俺は呟いた。
「逃亡生活なんて、無意味だったな・・・・。」
普段ならこんな暴言吐いたら速攻で殴られる。
でも今日は殴られなかった。
兄貴は動かず、ただ黙って寝転がっていた。
・・・・・・・・・・・死んでる。
間違いなく兄貴は死んでいた。
「意味はあったわ。少なくとも、ユタカ君にとってはね。」
ミキさんが冷静なまま答えてくれた。
遠い目をして兄貴を見ている。その視線は兄貴を突き抜け、床までの方まで突き刺さってるみたいだった。
「私が初めてだったんだって。マトモな感情を抱いたのは。」
マトモな感情。今となっては悲しい響き。
「だからね。私のために・・・一緒に逃げるコト自体に意味があったの。」
ミキさんの言葉一言一言が兄貴と・・・・俺に、染み渡った。
・・・救われたのか?
兄貴、アンタは最期の最期に救われていたのか?
ミキさんに出会えたコトは、救いになっていたのか?
「狂った者同士の連帯感・・・そんなものが欲しかったのかもしれないわね。」
そしてその中で、狂った者同士とは言え・・・好きになれた。
そうなのか?兄貴。
ヘヘ。兄貴にそんなセンチな感情が気付かなかったよ。
いや、そうか。気付く訳ないか。ミキさんが最初なんだから・・・!
「でもね。ちょっと勘違いしてるところは有ったのよ。」
勘違い?
「そう。岩本センセイを倒すのが目的みたいになってた。それは違うんだけどね。」
違うって・・・
「けど、センセイが邪魔だったのは事実だったから。その意味では正解ね。」
よくわからない。
何が言いたいんだろう。兄貴のやったことってのは意味が・・・
「センセイ、死んじゃったかな。」
ミキさんのこの言葉で俺の思考は中断された。
そうだ・・・俺・・・・センセイ刺しちゃったんだ・・・・・
なぜかミキさんがクスっと笑った。
「また涎がたれてるよ。」
今日は手は動かなかった。
ミキさんはそんな俺にお構いなしに話し続ける。
「マサヨシ君。アナタか刺して正解よ。風見君の友人、風見君の名前『ユウイチ』を名乗るアナタが。」
俺の目をのぞき込んだ。
「ユウイチが刺すべきだったのよ。」
ミキさんはスっと身を引いた。
「風見君に殺されるなら、センセイも納得するはずよ・・・。」
「そうそう。コレどうにかしないとね。すっごいニオイ。」
ヒロフミさんの顔を拾い上げた。
弟さんを「コレ」だなんて・・・・・俺にはもうミキさんの思考回路がどうなってるのかわからなくなった。
考えるのも面倒くさくなった。ミキさん。もうしかしたらこの人が一番・・・・・
「下の部分はどうしたの?」
センセイが言ってたゴミ袋で捨てる方法を教えてあげた。
ミキさんは興味深く聞いてくれた。
「その方法、いいかも。明日早速捨てて来ましょう。あとこっちも。」
兄貴の横にかがみ込んだ。
「解体しないといけないね。できるかなぁ・・・・。」
キョロキョロとまわりを見渡した。
昨日から放って置いたサバイバルナイフに目を止めた。
そしておもむろにそれを取り上げて・・・・
「えい。」
グサッ
兄貴の胸に突き刺した。
まるでたった今兄貴にとどめをさしたようだった。
瞬殺。グサリ。
俺はフラリと居間を抜け出した。
「ちょっと、日記書いてきます。」
ノートパソコン抱えて兄貴の部屋へ。
後からミキさんが「うん。わかった。」と。
続いてグサリグサリ、ネリネリネリと皮を剥ぐ音・・・・
戸を閉める直前、ミキさんがもう一言。
「正義君。貴方が最強よ。」
グサグサグサグサ
ギリギリギリギリ
バキバキバキバキ
グチャグチャグチャグチャ・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・何がなんだか分からなくなってきた。
ミキさんは兄貴の恋人・・・・だったよな???
死んだらゴミ?うん。確かにゴミだ。
でも恋人・・・弟も・・・・・・
え・・・・・
ええええ????????
ええええええええええええええええ?????????
オ・・・・・俺最強。タ、確かなことはこれだけだ。
兄貴<センセイ<俺
ミキさんが言ってくれタ。俺が一番強いんだって。
俺最強。俺最凶。俺、最狂。
カイザー・俺、俺・ネーター、ダース・俺、俺・スカイウォーカー
俺リックス、俺インポッシブル、俺マゲドン
俺リーブス、俺クルーズ、俺ウィリス
俺はカワグチマサヨシ
俺はカザミユウイチ
破壊神を殺した岩本センセイ
そのセンセイを殺した男
この戦いの頂点
最強
最恐
最キョウゥゥゥゥ
→第2部<迎撃編>
第8章「蟲」