絶望世界 もうひとつの私日記

第40週


7/15(月) 晴
家にいない間、この人は一体どんな人生を歩んでたんだろう。
私の見る限りは全く普通の、私が憧れるほど普通の生活をしてたのに。
普通の人に見えたのに。胸の中にはとても大きな闇を抱えてる。
私以上に。


7/16(火) 晴
なぜ外へ出ようとしないの。なぜ部屋からすら出ようとしないの。
何も無い部屋で何をやってるの。何を考えてるの。
疑いたくなくてもあの人の行動は私の考えを肯定してしまう。
耐えられない。とてもじゃないけど耐えられない。
お兄ちゃん。あなたは。


7/17(水) 晴
この一言が何もかも壊してしまいそうでした。
けど私は言ってしまいました。
親も仕事に出た後、昼頃に起き出したお兄ちゃんにあわせて私も居間に行きました。
二人で朝ご飯兼用の昼ご飯を食べてるとき、「あ、そうだ。」と白々しく切り出しました。「お兄ちゃん、奥田って人知ってる?」
その時のあの人の目は忘れられません。
目の奥で何かが光った。
とても・・とても冷たい目で私を見てる。
睨むわけでもない。顔をしかめるわけでもない。
ただ無表情で、ピクリとも動かず、目だけしっかり私を凝視する。
私は思わず目を逸らしました。
いたたまれなくなって「知らなきゃ別にいいや。」と言おうとした矢先、あの人が口を開きました。
「田村さんにでも聞いたの?」
低い声が頭に突き刺さる。背筋が凍りました。
「別に。何でもないから。」そう言い残し、私は自分の部屋に戻りました。
とても疑わしい行動だったかもしれません。
けど私の全身は恐怖で一杯でその場を離れずにはいられませんでした。
「お兄ちゃん。なぜ田村さんの名前を知ってるの?」
私は声にならない声で叫びました。


7/18(木) 晴
私は部屋から出れませんでした。
水をペットボトルで確保して、トイレに行くのも命がけ。
お兄ちゃんが家の中をうろつく音を聞くたびに身を震わせてました。
それでもあの人はやってきた。部屋のドアを叩く。
「早紀、どうしたんだよ。メシくらい食べろよ。」
その言葉の裏に何があるのか。
私は「いらない!」と叫び、ガタガタ震え続けました。


7/19(金) 曇
あの人の声を聞くと全身がしびます。
「早紀、大丈夫か?体壊したのか?」
「別に。」と答える私。それ以上言葉が出ない。
おかしくなりそう。怖くて気が触れてしまいそう。
お兄ちゃん。あなたは何なの。
何でそんな普通にしてられるの。
何か言ってよ。なんで説明してくれないの。
なんで田村さんの名前を知ってるの。
なんで奥田さんなの。なんであなたはそんな風になってしまったの。
なぜ、なぜ、
なぜ私を苦しめるの!!


7/20(土) 晴
何回目の訪問だっただろう。
私は疲弊しきっていたのでその時のことはあまり覚えてません。
ただ、とても致命的なことをしてしまったということだけはわかります。
遠くで聞こえました。
私が叫んだ言葉。私は確かこう言ってた。
「お兄ちゃん。あなたがカザミなの?・・・処刑人なの?」
ドアの向こうの沈黙。ドアから足音が離れる。
とても静かだった気がします。
その後は誰も来ませんでした。
誰も声をかけに来てくれませんでした。
私は暗い部屋で一人、天井を見つめていました。
ただぼんやりと。全てを放棄して。
絶望の中に身を沈めていました。


7/21(日) ハレ
ノックの音が静かな部屋に響き渡る。
そしてあの人の低い声。
「早紀、話があるんだ。」
私は答えない。あの人は話を続ける。
「なぁ早紀。わかったんだよ。俺は何をすべきなのか。」
ドアのノブを回そうとする音。カギが掛かってて回らない。
「全ての罪を裁かなくてはならなかったんだ。」
ガチャガチャとしつこくドアノブを回そうとする音。開かない。
「お前を例外扱いしてはいけなかったんだ。お前は被害者だが、同時に加害者でもある。身に覚えがあるだろ?であれば、お前もまた裁かれなければならない。」
親は出かけてる。今この家には、お兄ちゃんと私の二人だけ。
「本当はずっと前からわかってたんだけどな。今、やっと決心した。」
ドアノブが激しい音を立てて揺れる。ネジが飛んだ。グラついてる。
「早紀。お前への断罪が必要だ。ここを開けろ。」
メキメキと音がしたかと思ったら、バキンと大きな音が鳴った。
ドアが開いた。ゆっくりと、ゆっくりと開く。
半分開いたところで、その奥に立ってる人の顔が見えた。
そこにいたのは、私の知ってるお兄ちゃんではありませんでした。
暗闇に無表情でたたずむその人は・・・
「お前を裁き、全てをゼロに戻す。」
自分は殺されるんだと理解した時には、既に私の首に触手のような手が絡みついてました。
私は叫んでたはずですが、恐怖で声がかすれて自分でも何も聞こえませんでした。
助けて。こんな終わり方なんて嫌。
どれだけ叫んでも私の声などどこにも届きませんでした。
永遠に届きませんでした。

こうして私は実の兄に殺されました。



絶望の世界∀
−完−


絶望の世界A
 第1部<内界編>
 第1章
 第1週


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