絶望世界 もうひとつの僕日記

第1部<内界編>
第1章
第1週



11月20日(月) 大雨
今日もまた、建設的な事は一つも無かった。
僕は何をやってるんだろう。疑問に思うことは多々あっても、お酒が入ると大概どうでもよくなってしまう。
大学に行ってた頃からそんな疑問は常に頭にあった。新しい生活を望んでいたはずなのに、
いざその生活を始めると具体的に何をしたかったのか途端にわからなくなる。
実際のところ、何も考えてなかったんだと思う。大学で得たのは奥田だけか。
奥田と美希ちゃん。今ではこの二人と飲むことだけが僕の生き甲斐になってる。
今日も飲んだ。おそらく明日も飲むだろう。誰かに迷惑掛けてるわけじゃない。
これでいいさ。


11月21日(火) 晴れ
家を出れば何かが変わると思ってた。
でも大学はダメ人間たちの吹き溜まりでしかなかった。
みんな僕と同じように、具体的な考えを持たずに漠然と何かを期待して集まっていた。
そんな連中が固まったところで何かが始まる道理は無い。それでも無理に楽しもうとしてる連中はいる。
僕はそれすら嫌で、結局彼らからも離れてしまった。
同じドロップアウト組の奥田だけは話が合い、それ以来今でもつき合いがある。
けど奥田はマシな方だ。美希ちゃんという彼女がいるんだから。
僕ら三人は皆ダメ人間を自負してるけど、女の子が側にいるだけでだいぶ違うかもしれない。
僕の側には誰もいない。


11月22日(水) 晴れ
バイト。飲む。帰って寝る。今日もいつもと変わらない。別にお酒が好きなわけじゃない。
ただ、「昨日も飲んじゃったよ。」って言ってるとなんとなく有意義に過ごしてるような気がするだけだ。
ビールなんか苦くておいしくない。ワインなんてもってのほか。
こんな退廃的な生活でいいのか。
今日の話題はこれだった。「じゃあ熱く生きたいのか?」奥田がすぐに返してきた。
美希ちゃんが「私たちには似合わないわよ。」と言った。
その通り。ダメっぷりを熱く語ることはあっても、熱く生きるなんてことは似合わない。
「何かしようとしたら、楽しいこともあるけど辛いこともあるでしょ?辛いことはイヤ。だから何もしない。」
渡部美希。君は実に良いことを言った。フリーターやってるのもちゃんと理由があるんだ。
無職で何が悪い。


11月23日(木) 曇り
休日だからといって普段と何も変わらない。コンビニの客が少し増えたくらいだった。
寒かったらおでんがよく売れた。こんな日には時給も少し上げて欲しいと思った。
ふと、奥田のバイトに比べると僕の方がマシかもしれないなんてことを考えた。
あいつは知り合いのソバ屋で配達やってるけど、コンビニの方が会社に雇われてるみたいで
少しだけ優越感を感じる。ちゃんとタイムカードで管理されてるし。あっちは履歴書すら書いて無かったな。
地味に生きるのが信条のあいつには似合った仕事だ。美希ちゃんと似たもの同士。
僕も大して変わりないけど。


11月24日(金) 曇り
今日は意外な事実が発覚した。奥田と美希ちゃんが先週あたりから同棲を始めてた。
飲みの席で「そうそう、俺達同棲してるんだよ。」となんてことなく言っていた。
驚いた。僕にしてみればいつのまにそんな前進的な事をって感じだけど、二人にとっては特別な意味など無いらしい。普段と変わらない様子だった。喜ぶことなく淡々と語ってた。
にしても、同棲なんてそんな簡単にできるものなのか?僕は思わず美希ちゃんに聞いた。
「親は許してくれた?」
愚問だった。美希ちゃんはニヤニヤしながら切り返してきた。
「亮平君は、親と連絡取ってるの?」取ってない。今の住所すら知らないはず。
これで同棲話は終了した。
同棲か。漠然と二人はいつか結婚するんじゃないかなとは思ってた。
でもいざこうして現実を見せられると、なんていうか・・・うらやましい。
やっぱ女の子がいる奴はいいよな。昨日くだらないことで優越感に浸ってたのがバカみたいだ。
あいつらちゃんと、前に進んでるじゃないか!
それに比べて僕は。いけない。このままじゃいけない。
取り残される。


11月25日(土) 曇り
焦ってみたものの、どうしようもなかった。
何をすればいいと言うんだ。「お前も彼女作ればいいじゃん。」実に明快な答え。
女の子がそばにいればきっと何かがかわるだろう。
けどな奥田徹。お前は何も分かってない。そんな簡単に彼女なんかできるわけないだろ!
第一僕の周りにいる女の子と言ったら美希ちゃんくらいだ。美希ちゃんに手を出すつもりはない。
じゃあ新しい出会いを?どうやって?簡単に「彼女作れ。」なんて言うのは、彼女がいる者の傲慢だ。
そのことを奥田に言って聞かせてやった。
奥田は「俺はお前のことを思って・・」とブチブチ文句言ってた。
「コンビニには出会いはないのか?」金髪ギャルなんかお断りだ。
「ナンパはどうだ。」僕にそんな根性あると思うか?
挙げ句の果てに「ホームページ作ってみれば。」なんて言い出す始末。そんな面倒なことしたくないね。
「彼女作れ。」「わかった作る。」で作れれば苦労しないさ。
僕もしぶとく愚痴を言ってると、美希ちゃんが「あ、いい方法がある。」と声を上げた。
「私たちの時みたいにさ、亮平君もインターネットで出会いを探せばいいのよ。
出会い系サイトで。」ネットで!?ホームページは嫌だと言った矢先にこれだ。
奥田まで「そうだ。それがいい。」と乗ってきた。「いいサイト紹介してあげるから!」
そりゃ二人はそれで知り合ったんだろうけど、僕もうまくいくとは限らないしそれに・・
僕が嫌がってるのも気にとめず、美希ちゃんは紙切れにアドレスを書き込んで強引に渡してきた。
「そこは私たちが使った所だからオススメ。ねぇ。絶対やるんだよ!」
もうやることに決定したらしい。奥田は奥田で手を叩いて「やれーやれー。」と喜んでた。
なんでこいつら他人事にはこんなに熱くなれるんだろう。
家に帰ると、なんとなくパソコンに電源を入れてみた。どうやらこのまま流されてしまいそうだ。
さて。「ネットで出会い」なんて初めてだけど。
本当にやるか?


11月26日(日) 快晴
考えてみたら他に出会いが期待できるものは何も無い。
ネットは確かに奥田と美希ちゃんという実績があるし、二人にアドバイスも頂ける。
ダメもとでやってみることにした。埃をかぶってたパソコンも有意義に使えってもらえて喜ぶだろうし。
さっそく美希ちゃんから教えてもらったサイトにアクセス。
「あたなに合ったメル友探し!」よくありそうな名前だった。色んなカテゴリに分かれてる。
まず登録人数の多さに驚いた。世の中、出会いを求めてる人がこんなにいるんだな、と素直に感心してた。
メル友、ICQ友達、ページャー仲間、ML仲間、サークル、合コン・・・種類もすごい。
それにカテゴリの数も。スポーツ、映画、同じ映画でも洋画に邦画、等々。便利なもんだ。
ただ、美希ちゃんから教えてもらったアドレスだと「無職仲間」のカテゴリに直接アクセスすることになる。
・・・あの二人らしい出会いだ。そして当然、僕もここで出会いを探す。
他のカテゴリでなんてまぶしくてやってられない。ここだけでも登録者がいっぱいいる。
これだけいたら本当に出会えるかも。少しやる気が出てきた。
メール登録。自己紹介文。同じ無職同士語り合いましょう。
地域は東京。実家の横浜とは近くて遠い。
あと名前。岩本亮平だから「リョーヘイ」でいいか。
もちろん募集相手は女性。登録完了。
こんな簡単でいいのかってくらいすぐ済んだ。
さてさて、これで本当に来るのかな?柄にもなくドキドキしてきた。
意外とこれって楽しいかもしれない。
出会いが見つかりますように。


第2週