絶望の世界A −もうひとつの僕日記−
第3週
12月4日(月) 曇り
二人に話すと大笑いされた。
「お前それイタズラだったんだよ。うまく行き過ぎじゃないか!」
後から考えてみると確かに奥田の言う通りだった。
短時間で仲良くなれてすぐに会えるってのは、いくらなんでも虫が良すぎた。
畜生。こっちは真剣にやってたのに。
虚しいやら情けないやらでだんだんと腹が立ってきた。
「まだ何人かいるんだろ?そっちで普通にがんばれよ。」
それが懸命だ。渚さんとも仲良くなってるし、紅天女さんとケイさんとも続いてる。
イタズラなんか忘れちまえ。別の人とうまくやろう。
酒をあおって意気込んでると、考え事してた美希ちゃんが口を開いた。
「・・処刑人ってどっかで聞いたような気がする。」
本当に!?そんな怪しげな噂どこで?
気になったけど美希ちゃんは「どこだっけなぁ。」と思い出せずにいた。
まぁいいや。僕は興味を失ってずっと他のことを考えてた。
渚さんに書くメールの内容。今度は失敗しないようにしないと。
地道にいこう。
12月5日(火) 快晴
ARAさんにはもうメールは送ってないし、あっちからも来ていない。
残ったのは三人。渚さん。紅天女さん。ケイさん。
みんな落ち着いた雰囲気があって僕には合いそうだ。
こうして冷静になってみるとARAさんがいかにあやしげだったかがよく分かった。
オフに誘ってきたのもあっちからだったし、何しろレスの早さが尋常じゃなかった。
初めてのメル友だったから頭が茹だってたらしい。結局あれはネカマだったのか?
遠目で眺めて笑ってやがったのかもしれない。
考えれば考えるほど情けなくなってきた。信じた僕がバカだった。
ネットには変なのが多いからそのくらい覚悟しておくべきだったんだ。
あとの三人だって本当に女かどうか。これ以上騙されるのは嫌だ。
メールを書くのも慎重になってきた。
少しスタンスを置いて、焦らずゆっくりやればいい。
次は失敗しない。
12月6日(水) 晴れ
奥田と美希ちゃんにはオフで会う時の心がけを教えてもらった。
携帯番号の交換は必須。会う前に一度電話で話しておくと確実。
ただし、より安全に行きたいからってあまりに突っ込んだ話はナシ。
奥田がこっそり教えてくれた。
「俺だって美希のプライベート全部知ってるわけじゃないんだよ。」
その後美希ちゃんがこっそり教えてくれた。
「いきなり住所とか聞いちゃダメよ。ストーカーに思われるわよ。」
なんとなく二人が初めてあった時のことが想像できた。
奥田の奴、住所聞いて怒られたな。
それでも今では同棲してる。奥田は調理師免許を取りたいとか言ってたし
美希ちゃんは奥田の家(今は二人の家か)でのんびり映画でも見てるらしい。
仕事しろよと突っ込んでおいた。やっぱり二人を見てると彼女が欲しくなる。
そうすれば僕も、奥田の様にちゃんと何かをしようとする気になれるかもしれない。
はやく真人間になりたい。
12月7日(木) 晴れ
コンビニで買い出しに来てた美希ちゃんに会った。
同棲を始めてからは僕の店で買いに来るようになってる。
僕は昼しか働かないから何度も顔を合わせることが多くなった。
「そうそう。処刑人の噂、ちょっとだけ思い出したの。」
思わずパンを握りつぶしそうになった。
「イジメられっ子が狂ってネットで知り合った人を殺しまくるって・・。」
また突拍子もない話が出てきた。美希ちゃんも言っててよくわからなくなったらしい。
顔をしかめて「わけわかんないね。」と自分で言ってた。
僕も激しく頷いた。微妙にARAさんの話とかぶらなくはないけど意味は不明。
そんなくだらない噂より今は未来の彼女の方が大事だ。
もしかしたら渚さんと映画でも見に行くことになるかもしれない。
紅天女さんとは漫画の話をしてるしケイさんとはバイト話を。
オフをするなら明確な目的があった方が誘いやすい。
その意味じゃ三人ともいい感じ。
いけるかも。
12月8日(金) 晴れ
奥田はクリスマスも年末年始も働きづくめらしい。
美希ちゃんのウェイトレスは昼だけだから夜は一人。
「お前も暇ならウチに来いよ。」と言われた。
美希ちゃんも「おいでよ。」と言ってたけどそれは二人きりになるってことだ。
変なことする気はないけど、一応そうゆうのはマズイと思う。
「メールのコと過ごすかもしれないから。」と言って置いた。
笑われた。「若いっていいね。」なんて。三人とも同い年なのに・・
「アテはあるのか?」
僕が反論しようとした矢先にそう聞かれた。
アテは・・ない。僕はとても小さな声でいったのに二人にはしっかり聞こえてた。
ますます笑われた。そして美希ちゃんが冗談混じりでこう言った。
「はやいとこ誰か誘っちゃいなよ。」
それだよ。この一言で僕は決意した。
ARAさんとのゴタゴタはあったけど、他とはそろそろ二週間になる。
ここらで誘ってもいいかもしれない。はやくしないとクリスマスに間に合わない。
夜、渚さんに映画のお誘いをした。
善は急げ。
12月9日(土) 曇り
返事はオーケーだった。素晴らしい。
来週あたりは暇らしいからそこら辺にでもしようかと思う。
彼がいないことは確認済みだし、うまくいけばクリスマスには間に合う。
あとは酷い容姿でないことを祈るだけか。(それが一番問題だけど)
会うとなったら色々決めておかないといけないな。
何の映画がいいか。場所はどこにするか。時間は昼か夜か・・
そうそう。携帯の番号も交換も必要だ。
今度は失敗しないように、と。
そこまで考えるとふとメールを書く手が止まった。
別に問題ないとは思うけど、ちょっとした不安が頭をよぎったから。
・・・また処刑人がどうだとか言われないよな?
美希ちゃんも知ってたからとりあえず噂としては存在するってことだ。
オフで会おうとすると現れるって?イジメられっ子が狂ったって?
突っつけば突っつくほど変な話が出てきそうだ。
渚さんは大丈夫だよな。いや、でもARAさんの時も大丈夫だと思ってたし。
散々悩んだあげく、自分から聞いてしまった。
「処刑人って知ってる?『オフで会う時は気を付けろ』って噂を聞いたんだけど。」
聞く必要なんてなかったのに。どうしても気になってしまった。
これで渚さんまで知ってたらマジモノの噂かも。
予感は的中した。
寝る前にメールチェックをしたら渚さんから届いてた。
「あ、その噂知ってるよ。でも私が知ってるのはちょっと違うな。
今確認するからちょっと待っててね。またすぐメールします。」
そのままメールは来なかった。
12月10日(日) 晴れ
今日は一日中家にいたから暇さえあればメールチェックをしてた。
真っ昼間から何度も何度もやってみた。
結局、いつまでたってもメールは来ないままだった。
僕の頭には「ただ単にメールを送り忘れてる。」という考えはもうなかった。
思ったことはただ一つ。
また処刑人。
布団に寝っころがって処刑人について考えた。
こうなってくるとARAさんも本気で処刑人を心配してたのかもしれない。
あるいは処刑人の噂を利用したイタズラか。
渚さんはなぜ連絡をよこさない?確認した噂がオフ会に関することで、ARAさんみたく会うのが怖くなったのか。
でもただが噂でそこまで怖くはならないだろう。もしかして実際の事件を元にした噂なのか?
いずれにせよ「噂」の内容がハッキリわからないことには何も言えない。
オフで会おうとする度に噂のせいですっぽかされちゃ、おちおち恋人探しなんかやってられないじゃないか。
残りは二人しかいないんだぞ。クリスマスはもうすぐなのに。
誰か詳しく教えて欲えてくれ。
処刑人って何だ?
→第4週