絶望の世界A −もうひとつの僕日記−
第4週
12月11日(月) 晴れ
渚さんのことを報告すると、二人はもう笑わなかった。
連続してくるとさすがに冗談では済まなくなってくる。
三人そろって首を傾げるばかりだった。
奥田は処刑人について何も知らなかった。噂すらも聞いてない。
美希ちゃんも噂のカケラしか知らなくて、詳しいことはわからないという。
「他のメル友の人にも聞いてみたら?」
美希ちゃんの言うとおりにするのが一番いいかもしれない。
知らないなら知らないでオフで会う時の心配が無くなるわけだし
また処刑人のせいで失敗するようなら早めの方マシだ。
残った二人、紅天女さんとケイさんにメールを送った。
「処刑人ってヤツの噂、聞いたことある?」
ないとは思うけど、一応ね。
12月12日(火) 曇り
いよいよ変なことになってきた。
紅天女さんから返事が来たけど、その内容がまた意味不明だった。
>>処刑人ってヤツの噂、聞いたことある?
>知りません。私は何も知りません。
散々否定されたあと、最後にはこんなコメントが付け加えられていた。
「一方的で申し訳ないんですが、これ限りでメル友は止めさせていただきます。」
なんて露骨な嫌いっぷり。そんなに処刑人が嫌なのか?
画面を見つめたまま僕はしばらく途方に暮れた。
ここまで楽しく漫画の話とかしてきたのは何だったんだよ。
貧乏人にとっちゃ電話代だってバカにならないんだぞ!
一通り怒ってみたものの、結局どうしようもなかった。
見知らぬ噂にここまで邪魔されるなんて。
どうなってるんだ。
12月13日(水)
ケイさんが壊れた。
「はぁ?処刑人?何言ってんのお前。バカじゃねぇか。つーかバカだろ。
変な電波受信してんじゃねぇの?死んでいいよ。つか氏ね。逝って良し!
ああもうクセェクセェクセェクセェクセェクセェクセェクセェクセェクセェ
メールからクセェ腐ったニオイがプンプンしてきやがるよ。
わかったお前豚なんだろ豚が豚して豚るってのも豚な感じがして豚豚豚豚・・・・」
あとは延々と「豚」と書かれてるだけだった。
メールを開いた瞬間「豚」の文字が敷き詰められるのを見た時はさすがに怖くなった。
つい前まで普通に会話してた人がなぜ。背筋が冷たくなってきた。
尋常じゃない。これで全滅だ。
四人全員、あいつのせいで終わってしまった。
処刑人。
お前は一体何なんだ。
12月14日(木) 晴れ
どこにもアテは無くなった。
何でもいい。処刑人に関する情報が欲しい。
このまま意味不明のまま終わるなんて納得できない。
僕は最後の望みに賭けた。
ARAさん。この人がそもそもの始まりだった。
詳しい内容を知ってそうなのはARAさんだけだ。
なりふり構っちゃいられない。どうしても知りたいんだ。
ARAさんにメールを送った。
「処刑人について詳しく教えて下さい」
頼む。
12月15日(金) 晴れ
ARAさんの返事はこうだった。
「教えることはできません。知りたいのなら自分で探し当てなさい。」
僕は布団に倒れ込んだ。
暗闇の中に放り出された気分だった。
もういい。何も考えたくない。勝手にしてくれよ。
力を抜いて、頭をカラにして、僕はその闇の中に身を委ねてた。
そこでは何も見えず、何も聞こえず、何かを考える必要もなかった。
しばらくそのままでいると、真っ白な頭の中にフッと現実が沸いてきた。
バイトに行かなきゃ
起きあがり、顔を洗ってひげを剃って服に着替えた。
いつものように支度をしていつもと同じ道でコンビニへ。
何も解決しないまま僕は日常に戻っていった。
心にしこりを残したままで。
12月16日(土) 少し曇り
奥田の出した結論は「ネットには変なヤツが多い」だった。
自分でも釈然としてなかったみたいだけど、僕はもっと納得できなかった。
そんな簡単に終わっていいのか。
さりとて他にそれらしき結論はない。どうしようもなかった。
僕たちは処刑人に関して有益な知識は何も持ち合わせていない。
噂そのものにしたって、信じるべきか信じないべきかを判断する材料すらなかった。
こうやって混乱に陥った時はまずい酒でも煽るのが一番だ。
ヤケになって普段飲まない聞いたこともないようなボトルを頼み、三人で飲み干した。
酔っぱらうと変な話で盛り上がる。
「処刑人はアレだ。幽霊なんだよ。お前のメル友たちはみんな取り憑かれたんだよ。」
「いや、処刑人はイジメられっ子なんだろ?実在するね。本物の殺人鬼だよ。」
「そうそう。最初の被害者はイジメっ子だったりしてね。」
一通りのアイデアが出終わると話すことが無くなった。三人ともしばらく黙って飲んでた。
ちょうどボトルが空になった時、美希ちゃんが「ねぇ。」と口を開いた。
「何も分からないのなら、自分たちで調べましょうよ。」
僕は「自分で探し当てなさい。」とARAさんのセリフを口に出して言ってみた。
無理だね。どうやって調ろと言うんだ。
奥田も「誰に聞くんだよ。」と反論した。
美希ちゃんはクスっと笑って「みんなによ。」と答えた。
みんなに?僕と奥田は顔を見合わせた。
僕が何か言おうとする前に美希ちゃんがとんでもないことを言い放った。
「ホームページを作るのよ。処刑人の情報求むって。」
はぁ!?僕らは思わず叫んだ。
「ねぇいいアイデアだと思わない?ネットでなら誰にでも聞けるのよ。
あ、なんか面白そう。やってみようよ。やるわよ絶対。もう決まりだから。」
僕にネットで出会いを勧めた時と同じように、それはもう決定してしまった。
ただ、今回は奥田も僕と同じようにあっけに取られてた。
酔っぱらうと何を思いつくかわからない。
美希ちゃん一人楽しそうに話してる横で、僕らは苦笑いするばかりだった。
そりゃ処刑人のことは知りたいさ。でも、ホームページを作るだなんて!
「美希、お前が作るのか?夜は暇だからってそんな・・。」奥田が言った。
美希ちゃん何度も首を横に振ってから、僕に顔を向けた。
「亮平君に決まってるじゃない。処刑人と一番関わってるのはあなたなんだから。」
もちろん僕の反論は聞き入れてもらえなかった。
僕がやるのか。
12月17日(日) 雨
ここ二、三週間のメールを読み返してみた。
ARAさん。渚さん。紅天女さん。ケイさん。
最初は確かに普通の会話をしてた。映画の話やゲームの話。フリーター同士のお話も。
楽しかった。この中から恋人ができるかもしれないと期待もしてた。
今ではこの人達からメールが来ることは無い。
僕の中で何かがスッと消えてった。
出会いが欲しい。僕をネットへと導いた一番始めのあの気持ち。
それがとうとう無くなってしまった。
諦めた。
僕は奥田と美希ちゃんのようにはなれない。
ARAさんのメールにあった「処刑人」の文字を画面越しに指でコツンと弾いた。
お前のせいだ。お前が邪魔をするからだ。
僕はこいつを文字でしか知らない。姿も、声も、想像すらできない。
美希ちゃんの言葉を思い出した。「処刑人と一番関わってるのはあなたなんだから。」
そう。一番関わってるのに、何も知らない。
僕は目をつぶって自分の意志を確かめた。
恋人計画を潰した相手だ。くだらないと思うだろうが、僕は真剣にやってたんだ。
このまま終わるワケにはいかない。
目を開けると無機質な画面が相変わらずの光を放ってた。
白い背景に黒い文字で「処刑人」。憎たらしく画面に浮いている。
やってみるかな。ホームページ。
相手はネットに巣喰う殺人鬼。同じ土俵に上がったなら、何かがわかるかもしれない。
決めた。
僕もそっちに行ってやる。
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