絶望世界 もうひとつの僕日記

第1部<内界編>
第2章
第5週



12月18日(月)
ホームページを作る。と言っても僕には何の知識も無い。
美希ちゃんに聞くと実に良く知っていた。
「ウチにホームページ作るソフトあったと思うから。今度あげるね。」
そんなに詳しいなら美希ちゃんが作ってもらおうかな。
ちょっと口に出しただけで猛烈に怒られた。
「亮平君がやるから意味があるんでしょ。」
言ってみただけだ。ちゃんと僕は自分で作るつもりでいる。
フリーターのくせに夜勤を嫌ってるから、夜は時間が空いてる。
その時間を使えばできると思う。そんな難しい作業じゃないだろうし。
ネットの知識なら人並みに持ち合わせてる。
分からないことは美希ちゃんに教えてもらえばいい。
なんとかなるだろ。


12月19日(火) 曇り
ネットで色んなホームページを見てみた。
結構凝ってるのとかあるけど僕には無理だ。僕のは簡単でいい。
ネットを巡るついでに「処刑人」の検索もしてみた。
意外と表示数は多かった。けどどれも映画とか小説ばかり。
僕の知りたい「処刑人」はいなかった。
噂はどうやって広まったんだろう。僕は疑問に思った。
出所が無ければ噂自体成り立たない。
ネットに巣喰う殺人鬼なら、ネットに噂の一つくらい転がっててもいいのに。
全てが謎に包まれてる。一体どっからやってきたんだ?
いくら考えてもわからなかった。


12月20日(水) 曇り
美希ちゃんからソフトを受け取った。
これでいよいよホームページ製作に取りかかれる。
奥田は「格好良く作れ。」と言う。美希ちゃんは「かわいく作って。」などと。
二人とも無茶ばっかり。僕にそんな技術は無いと言ってるのに。
奥田と美希ちゃんにも時々手伝ってもらうことになった。
でも奥田は例によって仕事が忙しく、あまり手伝えないかもしれないらしい。
「もちろんクリスマスも仕事だよ。年末は忙しいんだよ。」と。
ソバ屋と言ってもちゃんとした料理屋。年末年始は忙しい。
奥田は凄いな。僕なら絶対耐えられない。
「クリスマスといえば。」と美希ちゃんが余計なことを言った。
「亮平君。イブの予定はどうなのよ。」
あるわけない。聞かなくてもわかってるくせに。
メル友が失敗した今、僕にクリスマスなど関係ない。
「なら遊びにきなよ。私も暇だし。」断る理由はなかった。
でも「行く。」とは答えなかった。
考えとくよ。それだけ言っておいた。人の彼女とクリスマスなんて。
奥田は気にしてない様子だった。
けどやっぱりそうゆうのは・・・
マズイと思うな。


12月21日(木) 曇り
バイト中もずっとHPのレイアウトを考えてた。
アンダーグラウンドな感じにした方が雰囲気が出るかもしれない。
何しろ相手は処刑人。名前からしてあやしい。
とりあえず情報を集めるに必要なのは何だろう。
掲示板とメール。とりあえずそれだけあれば十分か。
集めた噂をまとめたコーナーを作った方がいいな。これがサイトのメインになる。
僕の知ってる限りの噂を書き留めておいた。
オフ会をすると現れると言う無差別殺人鬼。
処刑人の名を口にしただけで壊れたメル友たち。
狂ったイジメられっ子の復讐劇・・・
書いてみるとますます意味不明になってきた。ここに繋がりなんてあるのか?
情報が足りなさすぎる。もっともっと、集めないと。
とするとサイトの名前は。そうだ。こんなんでどうだろう。
「WANTED処刑人」


12月22日(金) 晴れ
ついにHPができあがった。
「WANTED処刑人」やっぱり題名を付けると一つの世界として成り立ってるように見える。
なかなかうまくできてるんじゃないかな。
プロバイダには自動的にHPサービスもついてるし、あとはアップするだけだ。
FTPの設定も完了。アップロードのボタンを押せばサーバーに。
そこで手が止まった。
今更ながら、根本的な疑問が頭をよぎった。
・・・ここまで処刑人に固執する必要はあるのか?
確かにメル友を奪われた。噂も気になる。だけど何かが違う気がする。
こんな風に思ったのは、アップする寸前にとても嫌な予感がしたからだった。
本能的に危機を感じていた。体中に電気が走ったみたいだった。
ネットの中に入っていく。処刑人の居る場所に。
万が一の時、逃げるのなんて簡単だろう。サイトを消せばいいんだ。
それはわかってる。なのにもう戻れない気がしてならなかった。
色んな疑問がめぐる中、僕は頭を振って全てを追い払った。
直感なんて関係ない。奴を知りたい。それだけだ。
その思いだけを手に込めて、アップロードのボタンを押した。
これで僕もあちら側の人間だ。


12月23日(土) 晴れ
サイトの宣伝は「あなたにあったメル友探し」でやればいいと美希ちゃんに聞いた。
HP宣伝コーナーもあるし、他の掲示板でも勝手に宣伝してしまえと。
そうやって一通り話終えたあと、美希ちゃんが不安げに言った。
「本当に作っちゃったのね。」なんだよ。君が作れと言ったんじゃないか。
気難しい顔をしたまま「そうなんだけど・・。」と何度か頷いた。
「ねぇ。処刑人の情報って極端に少ないよね。それってさ。
噂を伝えようとしただけでどうにかなっちうからだって思わない?」
それだ。昨日僕が感じた危機感。美希ちゃんの不安と同じものだ。
僕のメル友たちもおかしくなった。噂に触れること自体が危険なのか?
奥田の意見も聞きたかったけどあいつは今日も仕事だった。
定例飲み会も段々と寂しくなっていく。
答えが出ないままとりあえずHPはそのまま公開ことにした。今更あとには引けない。
何もわからないのが一番怖いな。改めてそう思った。
「明日さ。ウチで一緒にホームページ見ようよ。」
美希ちゃんが言った。明日はクリスマスイブじゃないか。
僕が気を使って何度も拒否してるのに。もちろん今日も断ろうとした。
だけど女の子に腕を引っ張られて「いいでしょ?」と言われたら・・
断れないじゃないか。


12月24日(日) 曇り
結局奥田の家に行った。もちろん奥田は仕事でいない。美希ちゃんと二人きり。
何をやってるんだ僕は。ずっと自分に問いかけていた。
二人で鬼のように「WANTED処刑人」を宣伝しまくった。
その後もネットに繋げたまま様子をうかがった。
「宣伝したのに誰も来ないね。そんなすぐには来ないのかな。」と美希ちゃんが言った。
僕はちょっと離れて「そうだね。」と頷いた。
距離を置かないと息づかいが間近で聞こえてしまう。
「それにしても亮平君凄いよ。ホームページ結構うまくできてるじゃん。」
美希ちゃんは僕の気遣いなどお構いなしだった。
僕は純粋にHPのことだけを考えるようにした。
「やっぱみんな処刑人なんて知らないのかな。」
何の動きも無かったので、当然僕らは飽きてきた。
美希ちゃんがテレビでも見ようと言ってパソコンを終了させた。
二人でこたつに入ってテレビを見てた。しばらくするとクリスマス特番が始まった。
「そういえば今日、クリスマスイブだったんだよね。」
美希ちゃんがあくびまじりにつぶやいた。
「うん。奥田と過ごせなくて残念だったね。」
「そう?亮平君なら全然オーケーよ。」
鼓動が早まった。さりげない会話だったけど、僕の中ではその言葉が鳴り響いていた。
僕でもオーケー?
待て。美希ちゃん。それはマズイよ。いくら奥田がいないからって・・
普通にテレビを見てるつもりでも、内容は全く頭に入っていない。
頭の中は修羅場と化してた。
何焦ってるんだよ。友達としてってことだろ?。僕の考えすぎだ。自意識過剰だ。
余計なこと考えるなよ。奥田がいるんだ。僕と美希ちゃんは、単なる友達だ!
散々考えたあげく「もう一回掲示板見てみる。」と言ってこたつから出てしまった。
少し距離を取りたくなったから。(狭い部屋だからパソコンもすぐ近くだったけど)
まったく。美希ちゃんの余計な一言のせいで妙に疲れた・・・
そうやって逃げてきたパソコンには、思いも寄らないものが待っていた。
僕は思わず「何コレ。」と叫んだ。
「どしたの?」と美希ちゃんにが振り返る。
僕は言葉も出ずに指さした。二人で画面を覗き込む。
処刑人情報掲示板。
そこにには画面いっぱいに「a」の文字が敷き詰められていた。
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa・・・・・
なんだこれは。


第6週