絶望世界 もうひとつの僕日記

第6週


12月25日(月) 晴れ
投稿者「K」は今でも「a」を書き込み続けている。
昨日は自分のパソコンで掲示板を見た時にも(結局僕は家に帰った)新しい「a」が増えていた。
そして朝チェックした時には投稿時間が新しくなってた。
更新ボタンを何度か押すと、たまに思い出したように増えてたりもする。
美希ちゃんは「処刑人の噂に触れようとしたからだよ。」と興奮気味だった。
噂に触れること自体が危険。「WANTED処刑人」の存在が許せないってことか。
掲示板が荒らされただけで、特に致命的なダメージは無い。
HPを続ける限り、ずっとこんな嫌がらせが続くのか?
なんだか僕らは途方もないことを始めたのかもしれない。
無機質な「a」の大群を見てると、だんだん頭が痛くなってきた。
気持ち悪い。


12月26日(火) 曇り
緊急ミーティング。奥田は「やっぱやめといた方が良かったんじゃないか。」と言った。
正論だ。僕もそう思ってた。いっそのこと消してしまうか。
公開して間もない、今なら気兼ねなくやめられる。
美希ちゃんだけは「せっかく作ったのにやめちゃうの?」とふてくされた。
挙げ句の果てに「嫌がらせなんかに屈しちゃダメよ!」と熱くなったりもした。
仕方なく僕と奥田は「屈しないで闘う」ことに同意した。
なんだかんだで僕と奥田は美希ちゃんには逆らえない。
でも美希ちゃんはなんでそこまで熱くなるんだ。僕が熱くなるならまだわかるのに。
トイレでこっそり奥田に話してみた。美希ちゃんそんなに処刑人が気になるのかな。
奥田は笑って返してきた。
「せっかくの暇つぶしのネタを手放したくないだけだよ。」
納得。


12月27日(水) 晴れ
Kの奴は飽きずに投稿を続けてる。いつまで荒らせば気が済むんだ?
バイト中も目をつぶると「a」の列が浮かんでくるようにまでなってしまった。
こちらとしてもずっと荒らされ続けるわけにはいかない。
せっかくホームページを作ったってのに、荒らされて何もできませんじゃ意味がない。
美希ちゃんは闘えって言ってたけど・・・具体的に何をすればいんだ。
ハッカーとかなら荒らしも追い詰めたりもできるんだろうけど
僕にはそんなにネットの知識があるわけじゃない。
とりあえず管理人としてやるべきことは奴に対する呼びかけか。
今のところそれしか思いつかない。

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投稿者:管理人リョーヘイ

荒らしはやめて下さい。迷惑です。
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これで止めてくれればいいけど。


12月28日(木) 晴れ
「荒らしがそんな一言で引き下がるわけないだろ。」と奥田が言った通り
僕の発言など朝になったら「a」の彼方に消え去っていた。
一日の投稿数は軽く十回は越えてる。全て時間帯はバラバラで。
よっぽど暇な奴なんだろうか。それに「WANTTED処刑人」を狙った理由は?
またもややる気が無くなってきた。面倒くさい。放っておこう。
そうは言ってもやめられるわけが無かった。
美希ちゃんに「処刑人追跡隊の任務を放棄する気なの?」と文句言われた。
やっぱり遊び半分じゃないか。というか美希ちゃんは遊びになると真剣になる。
普段は僕ら同様やる気ナシ夫君なのに。
奥田との会話。
「くだらないことで熱くなるのって女の特性なのかなぁ。」
「さぁ。俺は美希しか知らないかから分かんねぇや。」
「同じく。」
僕と奥田に女の頭の構造など理解できるわけなかった。
僕の妹は暗い奴で、世間一般の女の子とは明らかに外れてたから論外。
普通の女の子で知ってるのは美希ちゃんのみ。(普通の部類に入れていいか疑問だけど)
出た結論は「女の考えることはよくわからない。」
実に。


12月29日(金) 晴れ
本格的にどうにかしなきゃいけない。僕のHPの存在意義が消えかかってる。
今日は僕の家が対策本部になった。奥田は相変わらず仕事で来れなかったけど。
荒らしは放っておくのが一番らしい。でもKの奴は止める気配が無い。
このままだと世紀越しの荒らしをされてしまう。また何か呼びかけるか。
「亮平君の僕の書き込みは当たり前過ぎるのよ。」と美希ちゃん。
今時荒らし相手に「荒らしをやめろ。」は無いそうだ。じゃあ何て言えばいいんだ。
散々頭をひねったあと、美希ちゃんは僕の名で書き込んだ。

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投稿者:リョーヘイ

なんでこんなことするんですか。
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僕は文句を言った。僕が書いたやつと大して変わらないじゃないか。
美希ちゃんは「ほっといてよ。」とスネた。お互い立派な知恵など持ってない。やっぱり同じ人種。
革命的な対策案そんな簡単に出てくるわけがないよね、と慰め合った。
二人で話し込んでると、ふとクリスマスイブを思い出した。
同じ状況だ。二人きり。しかも今度は僕の家。自分の中で何かが沸いてきそうだったけど、
今度は冷静に押さえ込んだ。飛び出そうとするその気持ち。無理矢理奥にねじ込んだ。
力一杯奥に。二度と出てこないように。
一度それが芽生えてしまうと取り返しのつかないことになりそうだった。
年が明ければ奥田も少し暇になる。そうすればまた、三人仲良くやっていけるさ。
自分の意志を改めて確認した。二人の間に割り込むつもりはない。うん。
それでいいんだ。


12月30日(土) 曇り
コンビニで美希ちゃんに「掲示板見た?見た?」と聞いてきた。
朝は見てこなかった。そう答えると美希ちゃんは妙に勝ち誇ったような顔をした。
「私の書き込みのおかげよ。」
帰ってネットに繋いでみると、その理由がよくわかった。
「a」が止まっていた。
美希ちゃんが書いた「なんでこんなことするんですか。」から上は被害が無い。
そして、一つだけ書き込みが増えていた。
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投稿者:K

これは警告だ。処刑人に触れるな。
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見た瞬間、ゾっとした。
予想はしてたけどまさか本当に奴の名が出てくるなんて。
画面の前でため息をついた。マウスを持つ手も力が抜けて、両手がだらりと垂れ下がる。
美希ちゃん。これは笑ってる場合じゃないよ。こんなんじゃいつまで経っても先へ進まないじゃないか。
せっかくホームページまで作ったのに。それもダメだなんて!
愚痴しかでてこなかった。


12月31日(日) 雨

今日だけはネットのことは忘れ、何もせずゆったりと過ごした。
大晦日と正月はコンビニも人手不足だけど、僕がそんな忙しい時に働くわけがない。
夜には奥田の店で三人で年越しそばを食べた。
奥田も美希ちゃんも大忙しだったけど僕だけ店の隅で
チョコナンと紅白を見ながら二人が空くのを待っていた。
空腹に耐えてようやく食事にありつけた頃には11時を過ぎていた。
奥田が打ったソバが出てきた。意外と美味しかった。
二十世紀が終わろうとしている。やり残したことは何だろう。
奥田は生活の為にちゃんと仕事を始めたし
美希ちゃんも奥田と一緒に生きていこうとしている。
いつの間にが僕だけが取り残されていた。僕がやったことは?
ホームページを作った。それだけだ。
いけない。もう二十一世紀になるというのに。
恋人計画は失敗し、今は処刑人の噂なんて下らないことに凝っている。
そんなんじゃダメだ。何か。何かを。
焦れば焦るほど気持ちだけが空回りしていく。
除夜の鐘が鳴り始めた。何か見つけないと。早くしないと間に合わない!
大学に入ってすぐの時の気持ちを思いだした。
今と同じ。何かをしようと焦ってて・・・何も見つからなかった。
何をしたいのかわからなかった。
カウントダウンを初めてもなお僕は自分の未来を頭に描くことはできなかった。
年が明けた。
周りのみんなが「おめでとう。」と言ってる。僕も一緒になって「おめでとう。」と言った。
何がめでたいんだか。二十一世紀になったって僕は何も変わりはしない。
流されるまま生きるだけ。


第7週