絶望世界 もうひとつの僕日記

第7週


2001年1月1日(月) 晴れ
正月だからといって暇なのはいつも同じ。
年賀状は美希ちゃんから来た変な蛇の絵が描いてあるやつが一枚。
他には全く来なかった。ここの住所を教えてないから実家からも来るわけない。
奥田と美希ちゃんは初詣に行ったけど僕は人混みが嫌だったから断った。
僕の正月は毎年同じ。餅を焼いて醤油つけて海苔を巻いて食べる。
今年は新世紀だから特別にバターを乗せたら異常なくらいおいしかった。
これで僕の元旦は終了。
去年から持ち越してる仕事に取りかかった。ネットに繋いで掲示板チェック。
掲示板荒らしの問題を解決しなきゃいけない。
意気揚々とクリックしてたけど、画面を見た途端ゲンナリした。
Kはまた「a」の連続投稿を始めていた。
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa・・・・・・・・・・
正月気分も全部吹っ飛んだ。
僕以上に暇なヤツだ。


1月2日(火) 晴れ
正月休みで久々に三人で作戦会議を開けた。
僕も三が日はバイトをしないことにしてる。
バイト仲間と普段疎遠にしてると、こんな時文句言われないから助かる。
会場は岩本邸。ビール片手にパソコンを囲んだ。
昨日の初詣は散々だったらしい。二人ともはぐれて別々で勝手に帰ってきたそうだ。
やっぱり正月は家にいるのが一番。奥田も美希ちゃんも深々と頷いた。
雑談が終わると本題に入った。処刑人追跡隊の定例会議が始まった。
掲示板荒らし「K」は何者なんだ?
熱い議論が交わされた。まず出てきたのは処刑人の手下説。
崇拝する処刑人の正体がバレないように、近づく奴らを妨げる。
それとも処刑人の噂を知ってるヤツのイタズラか。噂を利用して僕らを怖がらせて楽しむ。
他にもたくさん意見が出てきたけど、もちろん決定的な結論は出なかった。
「こいつはアレだ。中学生だ。今時の中学生なんて処刑人とかの噂好きそうだろ。」
「違うね。意外とちゃんとした社会人なんかがそーゆー変なことするんだよ。」
「そうそう。実は学校の先生とかで問題になったりしてね。」
みんな適当なことばかり言ってる。
いずれにしろKは正月もパソコンの画面にへばりつくかなりの暇人と伺える。
・・・僕らと同類か。


1月3日(水) 晴れ
奥田の正月休みは今日まで。僕も明日からバイト。
そろそろこれからやるべきことの指針を立てる必要がある。
「WANTTED処刑人」こいつが本来の役目を果たせるのはいつになるんだろう。
掲示板は荒らさせるしメールも未だに一通も来てない。
誰も噂を教えてくれないからサイトの更新もできない。
こんなロクでもない状況に活を入れたのは我らが美希ちゃんだった。
「ねぇ。せっかくの新世紀なんだから。私たちも行動を起こすのよ。」
行動を起こす。そりゃ僕だって何か対策を打ち出したいさ。
でも管理人としてできるのは発言を消すくらいだ。連続投稿に対してこれはあまり有効とは言えない。
そうやっていつものように水を差すと、美希ちゃんは人差し指を立てて
チッチと「甘いな。」と言わんばかりのポーズを決めた。「こいつの正体を暴くのよ!」
新世紀にふさわしい無茶っぷり。それでこそ美希ちゃん。
僕と奥田はもう何も言わず、美希ちゃんのプランを黙って聞いていた。
サーバーホストを調べてどっかからハッキングソフトをとってきて
Kの実際の住所を暴く。美希ちゃんは意気揚々と語ってた。
全部話し終わって満足そうに笑顔を浮かべる美希ちゃん。
僕と奥田は声をそろえて言ってあげた。
「無理。」
美希ちゃんは首を横に振った。
「やるのよ。」
やることになった。


1月4日(木) 曇り
下らないことに関する美希ちゃんの情熱は止められない。
というか僕と奥田のような流され人間に彼女を止める力はない。
好きなようにさせて黙って従おう。僕もその方が楽だし。
Kの正体を暴く。
バイト中も僕の持ってるネットの知識をフル動員して考えた。
ホスト名を知る方法はわかる。「表示」タブを押せばいいだけ。
昨日もみんなで確認したけど、連続投稿が同じホストなのを見て
「うん。こいつは全部Kの仕業だ!」と納得して終わりだった。なんて意味が無いんだ。
次の「ハッキングソフトの入手」が一番の難関。
これが簡単にいったら世の中ハッカーだらけになる。
それに、これって犯罪だろ。いや、ただ住所を盗み見るだけならセーフ?
よくわからない。いずれにしろソフトを手に入れないと。
家に帰ってから鬼のように検索しまくったけど
どれもハッキング話とかばかりでイマイチ。ソフトらしきものにはたどり着かない。
Kはそんな僕の苦労もどこ吹く風で荒らしを続けてた。
腹が立つ。


1月5日(金) 曇り
珍しく奥田と美希ちゃんの喧嘩を見た。
美希ちゃんは昨日、ハッキングソフトを探すために一日中ネットに繋いでたそうだ。
アンダーグランド専用のリンク集から飛びに飛びまくって探し回った。
当然、その分電話代がかさむ。奥田はそれを咎めて文句を言っていた。
美希ちゃんがそれでも「Kの正体を暴くため。」と頑張ったけど
奥田は「下らないことに金をつぎ込むのはやめてくれ。」と怒った。
貧乏人が躍起になってハッキングソフトを探すのは確かに馬鹿げてる。
奥田が必死に稼いだ金がネット代で消えるなんて、そりゃ怒りたくもなるな。
結局美希ちゃんはしぶしぶ謝って「別の方法にする。」と肩を落とした。
Kの正体暴露作戦はまだ諦めてないご様子。僕は横で喧嘩を見ててドキドキしてた。
美希ちゃんと別の方法について話し合った。ネットで何か探す必要が無い新しい発想を。
その間奥田は一言も口を開かなかったのが少し気になった。
僕のサイトのせいで仲が悪くなるのはちょっと心苦しいモノがある。
一応二人一緒に帰っていったけど・・・
大丈夫かなあの二人。


1月6日(土) 晴れ
美希ちゃんに「徹君が不機嫌なんだけど、どうしてかな。」と相談された。
そんなの僕にどうしろと言うんだ。
やっぱり自分が仕事で稼いだお金を遊びで使われたからじゃないかな。
僕なりの意見を述べたけど、それ以上のことなどわからない。
美希ちゃんは「そうかもしれない。」と反省してる様子だった。
こんな時に限ってレジも暇で、僕はそれ以上のコメントを求められた。
恋愛経験など皆無な僕にはアドバイスなんてできるわけない。適当に話を逸らした。
美希ちゃんも仕事あるんだから店に行けばいいのに。
そう言ったけど暇してるのはそれなりの事情があった。
店員の仕事は奥田のソバ職人として雇われるのと違って
単なるアルバイトみたいなものらしい。
店の親父さんも美希ちゃんには気を使って「家事があるから。」と結構暇をくれてるそうだ。
それがますます美希ちゃんの暇っぷりに拍車をかけている。
そして美希ちゃんは、休んでいいなら休む人だ。この子が忙しくなるようなことは無い。
と、彼女の暇な理由がわかったけれど相変わらず客は来ない。
隣のギャルバイトの目も気になってきたところで美希ちゃんが「そうだ。」と口を開いた。
「一緒になってネットの問題を解決すれば何か良くなるかもしれないよね。」
懲りない人だ。明日また定例会議を開くことになった。
それを了解したあとも客は全然居なかったけど、
僕は「棚の整理をしなきゃいけない。」と適当な理由を作って仕事に逃げた。
どうも恋愛相談は苦手だ。そんなの当事者同士でやってくれ。
僕は関係ない。


1月7日(日) 初雪
僕が見る限り奥田は普通だった。
美希ちゃんが言うほど不機嫌じゃなかった気がするけど、それはまぁ二人の間でしかわからないことなんだろう。
で、仲直り目的の定例会議だったけど、事態は思わぬ方向に進展した。
お題はいつものように「Kの正体をいかにして暴くか。」もちろんハッキング以外で。
美希ちゃんがしきりに「どうすればいいかなぁ。」と奥田に振ってたのが健気だった。
奥田も奥田で「うーんどうしよう。」といつもの反応。なんだ全然大丈夫じゃないか。
やっぱ僕が気にすることなかったんだよ。うん。
今日はそんな事情で美希ちゃんがひたすら喋ってたんだけど、そこで僕のメル友の話になった。
「処刑人の噂を知ってるのってKの他に亮平君のメル友だけだよね。どんな人だっけ。」
とりあえずみんな無職というかフリーターでARAさんが最初に処刑人の名前を出して
渚さんが映画好きで紅天女さんが漫画の話でケイさんは年上で・・・
僕がざっと説明してると美希ちゃんが変な顔をした。
「亮平君。荒らしがメル友だったんなら最初っから言ってよ。」
はあ?僕は意味が分からず拍子抜けした声を上げた。
美希ちゃんも僕の反応の意味がわからなかったらしく、え?え?と不思議そうにしてた。
「何言ってんの?なんで荒らしがメル友だってわかるの?」
僕は当然の質問をした。美希ちゃんが答えた。
「え?だって今、メル友の名前。最後の人、Kさんって言ったじゃない」
あまりの単純さに、頭の中がぽっかり空いたくらいに呆気にとられた。
ケイさん。Kさん。口に出してみるとわかる。
同じだ。
みんな顔を見合わせた。「亮平君。気づいてなかったの?」
いや、だって、そりゃ短絡的すぎないか?
名前だけじゃないか。証拠が無いよ証拠が。
でもケイさんが最後に寄越したメールには「豚」の文字がびっしり。
掲示板には「a」の文字がびっしり。
・・・似てる。


第8週