絶望世界 もうひとつの僕日記

第8週


1月8日(月) 曇り
美希ちゃんの中ではすっかり同一人物となってるけど、僕はまだ確信が持てなかった。
「疑い深いのね。」と言ってた美希ちゃん。というかなんでそんな簡単に信じられるんだよ。
やっと見つかった解決の糸口に舞い上がってるのかもしれない。
僕と奥田は慎重派だった。もっと説得力のある証拠が無いと信じられない。
誘導尋問で何か引き出せないか。僕は奥田の意見に賛成した。
そしたら今度は美希ちゃんが不機嫌になった。
やっぱり女の子の扱い方はよくわからないと思った。
今日はゆっくりケイさんから受け取ったメールを確認してみた。
ヘッダ情報を見てホストを調べたけど、無料メールだからあまり有益な情報は無かった。
掲示板でのKのホストを見てもケイさんのものとは一致してない。
どこかしら一致する部分を見つけることだできれば同一人物だと断定できる。
今のところ一致してるのは「同一文字をひたすら反復させる」という癖だけだ。
足りない。それだけじゃわからない。
荒らしはまだ飽きもせず続いてる。そこで誘導尋問と行きたいところだけど・・
僕に秀逸な策など思いつけるわけがない。
とりあえずケイさんに久々のメールを送った。
たった一行。「Kはあなたですか?」
なんてヒネリの無い文章。だけどそれしか浮かばなかった。仕方ない。
僕は凡人なんだから。


1月9日(火) 晴れ
不思議なことに、荒らしがやんだ。
昨日の夜を最後にぴたりと止まってる。僕がメールを送った後だ。
もしかして本当にケイさんだったのか?
メールの返事は来てない。だけど段々信憑性が増してきた。
美希ちゃんも仕事をマジメにやり始めたせいで、誘導尋問は僕の役になった。
「私がまた一日中ネットをやるわけにはいかないでしょ。」と電話越しから力のない声が聞こえてきた。
仕事中でお疲れのご様子。奥田もわざわざ電話に出て「今じゃお前が一番の暇人だよ。」と突っ込んでくれた。
こいつの機嫌も治ってる。あっちの問題は解決したみたいだった。
で、これで心おきなくK問題に取りかかれというわけか。
バイト中に窓を拭きながら色々考えた。
「Kはあなたですか?」の一言で図星だったなら、まだまだ突っ込み甲斐がある。
もしかしたらそこから誘導できるかもしれない。
罠をはってやろう。よし、次のメールはこれだ。

「Kさんとは『あなたに合ったメル友探し!』で知り合ったんですよね
僕のサイトもそこで宣伝したんですが、それ見て来たんじゃないんですか?」

もしケイさんが無実なら、言いがかりつけられたらなんらかの返事はすると思う。
壊れた性格のままでいたら激怒して鬼の様にメールをよこすかもしれない。
返事が待ち遠しい。


1月10(水)
また無視された。メールが来てない。
返事が来ないと誘導にまで至らない。
またバイト中、モップで床を拭きながら考えてた。
無視されない文章を考えなきゃいけない。
それってどんなんだろう。無視したらあっちに被害が及ぶようなメールか。
でも実際に「無視したら被害」なんてのは消費者にはあり得ない・・・
なんかどっかで聞いたことあるぞ。
高校の時だっけか大学の授業だったで聞いた話を思い出した。
マルチ商法についての話で、自分も引っかかりそうだからちょっと気にとめてたヤツだ。
いきなり商品が送られてきて「料金を払って下さい」って感じのだったかな。
結構前に聞いた話だから詳しいことは思い出せない。
でも原理はそんな感じだったと思う。無視しちゃいけないような気分にさせる詐欺。
これをメールに応用したら・・・?

「これ以上返事がないようならケイさん=Kと認識します。」

なんだか全然違う気もするけど、突き放した感じがいいかもしれない。
というか僕なら引っかかる。相手は僕のような人間なら。
僕の仕掛けた罠は返事さえ来てくれればいいんだ。
頼む。返事を書け。


1月11日(木) 曇り
とうとうケイさんから返事がもらえた。
たった一言、メールにはこう書いてあった。
「何も知らない。」
微妙な答え。罠にかかってると言えなくもないけどまだハッキリしない。
もう一押し。あと少しで決定的な証拠になるのに。
とりあえず返事がもらえたんだ。これだけでも大進歩。次こそ期待できる。
美希ちゃんに電話したけど忙しくてあまり話せなかった。
とりあえず罠の説明だけはしておいた。
「亮平君凄い。絶対罠にかかるよそれ。」と美希ちゃんにもお褒めの言葉も頂いた。
奥田は電話に出ることすらできなかった。やっぱり生活を支えてるやつは違う。
そんな奥田をよそに美希ちゃんは「徹君、残業まであるから一緒に帰れないのよ。」と
なぜか楽しそうに話してた。自分が早く帰れるのがそんなに嬉しいのか。
「頑張ってね。また一緒にネットの作戦たてようね。」と別れ際には激励を送ってくれた。
その時後ろの方で奥田の声が聞こえてきた。「仕事しろよー。」と。
僕の電話のせいで美希ちゃんがサボリ魔扱いされると困るので早々に電話を切った。
でもたぶん、普段からサボリ魔なんだろうな。奥田が忙しくなるわけだ。
Kが罠にかかるのは後少し。あの二人が落ち着くまでには一区切りつけたい。
慎重に言葉を選んで、またメールを出した。

「何を知らないと言うんですか。
僕が聞きたいのはあなたがKなのかってことだけです。答えて下さい。」

今度こそ。


1月12日(金) 曇り
罠にかかった!
また来たケイさんのメールは「私は荒らしじゃありません。」
そう、この言葉が欲しかったんだ。「荒らし」というセリフ。
僕はメールで「Kは荒らし」だとはいっさい触れてなかった。
「WANTED処刑人」を見てなきゃKを荒らしだと知ることはできない。
なのに「荒らしじゃない。」と言い張った。それはつまり、ケイさんは掲示板を見てるってことだ。
となるとケイさん=K説も俄然信憑性を帯びてくる。
「荒らし」「処刑人」「WANTED処刑人」等々。
こっちの事情を知らなきゃわかり得ないキーワードを引っぱり出せれば僕の勝ち。
僕の誘導尋問に見事に引っかかってくれた。一回目の返事で手応えを感じてたからイケルと思った。
あなたがKか?なんていきなり聞かれたら、まず「Kって何?」と疑問を持つはずだ。
でもケイさんの反応は既にKのことなど知ってるような感じだった。
僕のサイトも荒らしのことも何の疑問も持たず当たり前の様に「何も知らない。」と。
そこからしてもう怪しい。突っ込んだ甲斐があった。
最後に止めをさしてやった。

「僕はKを荒らしだとは一言も言ってませんが?」

これで終わりだ。


1月13日(土) 晴れ
ケイさんから最後のメールは一言「うるさい。」と書いてあるだけだった。
なんて陳腐な捨てゼリフ!
気持ちのいいくらいの馬鹿っぷりに画面の前で三人で大笑いした。
勝利を祝して宴が開かれた。奥田と美希ちゃんも久々の休日だとかで昼間っから飲み明かし。
ちまちま貯めたお金も酒代にすっかり消えてった。やっぱり僕らはお金を貯めるのが下手らしい。
「亮平君凄い。」と酔っぱらった美希ちゃんが抱きついてきたりしてかなり焦った。
奥田も笑って酒を煽るだけで何も言ってこない。二人とも酔っぱらいすぎだよ。
明日仕事だから、とフラフラのまま帰っていった。
奥田も酔っぱらい美希ちゃんの相手をするのは大変だろうに。僕もかなり酔っぱらって夜には頭が痛かった。
一人になってからも画面を見ながらちびちび飲んで楽しんだ。
さてこっからが本番だ。処刑人追跡隊の任務、忘れてたわけじゃない。
邪魔者が消えただけで、謎はまだ何にも解決してない。
ケイさんことKを信者にする(?)処刑人は何者か。これから探らないと。
美希ちゃんと一緒に頑張るか。


1月14日(日) 晴れ
まだ終わってはいなかった。
あれだけで喜んでた僕が馬鹿だった。
今日届いたメールを見た瞬間に凄い勢いで後悔した。

「勝ったとでも思った?別に個人情報知ったわけじゃないのに何喜んでんの間抜け野郎。」

ケイさんの言う通りだ。喜んでる場合じゃなかった。
ケイさんが荒らしだとわかっても僕らには何の得もないしあっちにもダメージはゼロ。
個人情報だ。荒らしを成敗するには正体を突き止めなければいけない。
それを忘れて浮かれるなんて滑稽きわまりない。そして掲示板には新しい発言が加わってた。

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投稿者:K

牧原公子 岡部和雄
こいつらのようになりたくなかったらもう余計なことはするな。
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誰だよこの人たち。美希ちゃんから電話がかかってきた。
「ねぇあいつまだいるじゃない!それに掲示板の人、誰なの!?」
僕は「わからない。」の一点張りだった。
頭の中が情けなさでいっぱいで美希ちゃんの声はあまり届いていなかった。
色々責め立てられた気もするけどあまり覚えていない。
いい印象を与えなかったのだけは確かだ。失敗した。
電話が切れた後もあまりの恥ずかしさでおかしくなってしまいそうだった。
参ったな。美希ちゃんに合わせる顔がない。
電話でも結構怒ってたし。あの子は楽しいことがそがれるのを嫌うから。
謝らなきゃ。もう一回電話するか。このまま失敗君のレッテルのままじゃ辛い。
美希ちゃんに嫌われるなんて、いや、あれ?僕は何を考えてるんだ?
どうも最初の趣旨から外れてるな。
昨日抱きつかれたせいだ。美希ちゃんに嫌われるのが気になって仕方ない。
友達として嫌われるのが嫌なのか。それとも別の・・
友達として、だよ。うん。余計なことを考えるのは良そう。
とにかくネットの問題はまだまだ解決してなかったんだ。
これからそれに取り組まなきゃいけない。美希ちゃんの機嫌を直す為にも。
Kの他にも変な二人の名前も出てきたし。まったく。いつになったら処刑人にたどり着くんだ。
画面を見てると処刑人が向こうでせせら笑ってそうで不愉快になった。
志気を高めるためにも、心の内をわざわざ口に出して言ってみた。
力強く画面に向かって叫んでやった。
今に見てろ、処刑人!

虚しく響いただけだった。


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