絶望の世界A −もうひとつの僕日記−
第1部<内界編>
第3章
第9週
1月15日(月) 曇り
美希ちゃんはまだ怒ってた。
でも約束をしたらそれまで不機嫌が嘘のように笑顔になった。
怒ってるのはフリだけだったのかもしれない。美希ちゃんがよくやる手だ。
約束後も「そんな亮平君が素敵。」と言われて僕はまた焦った。
最近の美希ちゃんの言動は心臓に悪い。もちろん友達としての好意だって意味はわかってる。
別にその言葉には何も感じないし、特に思うことはない。
でも一応美希ちゃんには奥田がいるわけだし。同棲までしてるんだし。
そして僕は女に縁がない。そこら辺のモテない男の心理を分かって欲しい。
僕が気にしすぎてるだけだと思うけど。
とりあえず美希ちゃんとの約束のことを考えよう。
「Kの個人情報を暴く」
機嫌を治すためとは言え、無茶な約束したもんだ。まぁ仕方ない。
嫌われるよりマシだ。
1月16日(火) 晴れ
今日の美希ちゃんとのミーティングでやるべきことをまとめた。
「牧原さんと岡部君」については保留しておくことにした。
いきなりこんな名前出されても意味が分からないって。
Kの個人情報暴きが優先だ。あとでKに直接聞けばいい。
さてその個人情報暴きの方法。これが肝心だ。ハッキングはなんかもう無理っぽい。
僕らのレベルでできることじゃない。それで合意したけど、なら他にどんな方法が?
「二人で一緒に考えましょう。」と美希ちゃん。自分ではアイデアは持ってないらしい。
僕も色々考えてみた。前にも同じ様なことを考えた時はいいアイデアは浮かんでない。
今は前に比べて何か状況が変わったっけ?事態が進展してればそれなりのアイデアも。
新しく得た知識。新しく変わった状況・・
二人して頭を抱えた。掲示板を見れば何か浮かぶかも、と美希ちゃんが言って
画面の前に肩寄せ合って座り込んだりもした。
そういえば奥田が忙しいせいで三人より二人で会うことが多くなったな。
二人の距離が近づいたことで僕はそんなことを意識した。
隣に座ってるとシャンプーの香りが漂ってくる。
結局「何か浮かんできそうなのに。」と愚痴りながらも美希ちゃんは帰っていった。
僕も他のことを考えてたせいで、何のアイデアも浮かんでない。
このまま進展ナシだったら、当分二人でのミーティングも続きそうだな。
美希ちゃんは熱くなるとなかなか止めないし。
全く、世話がやける。
1月17日(水) 晴れ
今の時期受験生をよく見かける。バイト間でそんな話があった。
僕にはどれが受験生なのかよくわからないけど、恐らく多いんだと思う。
大学入ったって何もいいことなんて無いのに。「きっと何かある」なんてのは幻想だ。何もない。
僕はむしろドロップアウトしてからの方が充実してる。
大学行かなくなってから、美希ちゃんと遊ぶ機会も増えた。
奥田が仕事を始めてからは二人だけで会う機会も出てきた。
今では美希ちゃんは僕のバイトに合わせて仕事のシフトを入れるようにしてる。
一緒にネット問題に取り組むためらしい。いいことだ。
ネットの問題はもしかしたらこのまま解決しない方がいいかもしれない。
美希ちゃんと一緒に頭を悩ます時間も増えるから。
今日はわざと何も考えなかった。
僕なんかが「個人情報を暴く方法」なんて思いつくわけないよ。
また文句言われるかもしれないけど、どうせ美希ちゃんだって思くわけないんだ。
お互い様だよ。
1月18日(木) 晴れ
何だろう。最近美希ちゃんのことを考える時間が多くなった。
バイト中も、次に美希ちゃんと会うときは何の話をしようかなんて考えてた。
いけないな。美希ちゃんは奥田のモノだと何遍言い聞かせれば気が済むんだ。
また余計なことを考えてしまいそうだったのでネット問題に集中することにした。
掲示板はまだ「K」の発言で止まってる。
牧原さんと岡部君が放置されてるみたいでちょっとかわいそうだった。
この人たちはアレかな。処刑人に「処刑」された人なのかな。
でないと「こいつらのようになりたくなかったら」って脅しが通用しない。
でも名前だけ出されてその素性も何もわからないんじゃリアリティーが無さ過ぎる。
Kが適当に思いついた名前なのかもしれない。
いずれにしろこの人たちに関しては探りようがないからしばらく保留にするしかない。
Kの正体さえ暴ければ全部わかる。結局やるべきことはそれなんだ。個人情報。
K=ケイさん。わかってるのはこれだけ。
これをなんとか有効利用できればいいんだけど。
ケイさんの個人情報を探る方法を考えればいいのはわかる。
Kが残した掲示板の記録をたどるよりは、メル友の素性を暴く方が比較的楽。
かもしれない。なんとなく。
メル友の素性を暴く。ケイさんがどんな人だったか。どうやって知り合ったか・・
僕も何かアイデアが浮かんできそうだったけど、うまく出てこなかった。
何かできそうなんだけどな。
1月19日(金) 晴れ
マズイ。これは非常にマズイ事態だ。
美希ちゃんのことが頭から離れなくなってきた。
ネットのことを考えようとしても、美希ちゃんと一緒に作戦をたてる姿ばかり想像してしまう。
奥田に電話した。何でもいいから奥田と話しておきたかったから。
仕事中だったけど無理に出てくれた。今日は美希ちゃんはお休みらしい。その方が都合がいい。
「おう。どした。」と奥田は普段通り接してくれた。僕の心の中の葛藤も知らずに。
いや別に。暇だったからさ、と僕も普いつも通り話した。
それからはいつもの雑談になった。仕事はやっぱ大変だろうとか。お前もそろそろ仕事見つけた方がいいだとか。
美希ちゃんの話題にもなった。奥田が笑いながら話してた。
「あいつ最近俺にこっそり電話したりするんだよ。こっちは余裕で気づいてるのに。」
僕は心の中で謝った。すまない。その相手は僕だ。
いたたまれなくなって、最後には僕らしくないねぎらいの言葉までかけてしまった。
「仕事がんばれよ。」「おう。二人分やんなきゃいけないからな。」
わざわざ電話した甲斐があった。この言葉を聞きたかったんだ。
自分の中で改めて確認することができた。
美希ちゃんは、決して僕のモノにはならない。
奥田がいるんだから。
1月20日(土) 雪
美希ちゃんから電話があったけど、僕はもう落ち着いて対応ができた。
普段通りやる気なく。特別な意識は持たずに。
さりげなく最初は雪が降った話題にでもしようと思ったけど、美希ちゃんはいきなり本題だった。
「ねぇ、すっごいいい方法思いついた!ちょっと聞いてよねぇ。」と、かなり興奮気味。
Kの正体を暴く壮大な計画を思いついたという。そういえばそうだった。それが目的だった。
美希ちゃんは僕の葛藤など何も知らずにずっとネットのことを考えてたらしい。知って欲しくないけど。
「今すぐ試したいんだけど、夜は暇?」
最近どうもそんな流れになってばっかだ。いや、僕が意識しすぎてただけか。
またその気になってしまうといけないので「眠いし。雪降ってるし。」と今日は断った。
僕も成長したもんだ。いつもならここぞとばかりにオーケーしてたのに。
「えー。いいじゃん。」としぶとく粘ってたけどその後も丁重にお断りした。
また明日ってことで。
明日は奥田は仕事で僕と美希ちゃんはお休み。
結局奥田は忙しいからネットのことをやろうとするとどうしても二人きりに。
仕方ないんだよ。うん。今日は我慢したんだから明日くらい。
・・・全然振り切れてないっぽい。
1月21日(日) 晴れ。昨日の雪が嘘みたい
美希ちゃんの計画を聞くと、これがなかなか立派なものだった。
「あなたに合ったメル友探し!」この中から再びケイさんを見つけだす。
最初なんでそんなことをって思ったけど、その理由は納得のいくものだった。
「ねぇ。Kはケイさんだってのは認めたんでしょ?これを利用するのよ」
K=ケイさんを利用した壮大な罠。実に楽しそうに語ってくれた。
まず「Kが掲示板を荒らせた理由」から説明してくれた。
「私たちはメル友探しでHPを宣伝したでしょ。Kはそれを見て荒らしに来たのよね。」
それは当たってると思う。メールでは否定してなかった。
「それまで私たちがHPを作ったのなんか知らなかった。
たまたま見つけて、それが処刑人に関するサイトだったから慌てて荒らしたのよ。」
おまけに管理人はかつてのメル友「リョーヘイ」だ。
一度処刑人から切り離した奴が、しぶとく処刑人を嗅ぎまわってる。
うん。Kは処刑人信者だ。慌てて荒らしたってのも納得できる。
「で、Kに関してはここで置いておいて次はケイさんの方よ。」
美希ちゃん理論に拍車がかかってきた。僕はもう感心しっぱなし。
「処刑人の話は亮平君から振ったんだよね。ってことは、処刑人抜きなら普通のまま。
ケイさんは普通にメル友するつもりでメールしてたってことよね。」
実に。
「でも亮平君との関係が終わっても、まだあそこにはいた。
だからWANTED処刑人を見つけることができた。そこんところわかるわよね。ね?」
わかる。
「ということはよ。ねぇ。こうゆうことなのよ。」
どうゆうことなのよ。
「今もいるってこと!」
シビれた。どうせ美希ちゃんの思いついたことだから、とタカをくくってたけど僕が間違ってた。
これは凄い。そこまで考えが及ぶなんて!
ありったけの賞賛を送ると「一週間ずっと考えてた成果よ。」と胸を張った。
・・・ずっと考えてたんだね。さすが暇人。
まぁともかく使える理論であることには変わりない。やる価値はありそうだ。
結論。
名前をかえて再びメル友募集をする。そして仲良くなってオフ会を。うん。
意外と長い道ノリかも。
→第10週