絶望世界 もうひとつの僕日記

第1部<内界編>
第4章
第13週



2月12日(月) 晴れ
バイトをさぼった。
コンビニに二人が来るかも知れないと思うととてもじゃないけど行けなかった。
電話は鳴ったけど取らなかった。
僕は今風邪を引いて寝てる。寝てるから電話はとれない。そう思ってくれ。
テレビを見ても漫画を読んでもどれも頭に入らなかった。
罪悪感に包まれたまま一日を無駄に過ごした。
何も考えたくない。


2月13日(火) 曇り
またバイトを風邪だと言ってサボった。
家ではやることがないのでネットでもやろうかと思った。
Kは逃げた。まだやるべきことはたくさん残ってる。
でも僕はパソコンの電源をつける気になれなかった。
その理由はわかってる。もうわかってる。
結局のところ、僕は美希ちゃんと一緒に何かをしたかっただけだったんだ。
ネットはただの媒介に過ぎない。
処刑人だって彼女があそこまで熱くならなきゃ僕も興味がわかなかった。
メル友を始めたのだって恋人が欲しかったからだ。
それだって奥田が美希ちゃんを一緒にいるのを見て羨ましく思ったからだった。
今では僕の行動の元となるあらゆる動機が失われている。
何もしたくない。


2月14日(水) 晴れ
電話には出なきゃいけない。それはわかってる。
コンビニの店長からの電話には出れる。
流行りのインフルエンザにかかったらまだ復帰はできないと言っておいた。
奥田。美希ちゃん。二人からの電話は何度も無視してしまった。
留守電には「大丈夫かー?風邪は寝るのが一番だぞー。」と
何も知らない奥田の声が入っていた。脳味噌に突き刺さってくる。
美希ちゃんの声まで入ってる。「チョコあげようと思ったけど無理っぽいね。お大事にねー。」と。
そう言えば今日はバレンタインだったか。これまで一度も縁のないイベントだから関係ないか。
それにしても美希ちゃん。あの日のことは全く気にしてないみたいだった。
信じられない。よくも同じ態度でいられる。
僕ならもし今奥田に会ったら、目を合わすことはできないだろう。
それに美希ちゃんにも会えない。何を話せばいいのかわからない。
ほんの数日前まで気兼ねなく話せる親友だったのに。
たった一つの出来事を挟んだだけで、僕は何もできなくなってしまった。
腑抜けだ。


2月15日(木) 曇り
これ以上風邪だと言い訳するのも辛くなってきた。
いい加減顔を合わせないと逆に怪しく思われる。
体は大丈夫なんだから。あとは服を着替えて髪をとかし、そこのドアから出るだけ。
あのことに関して僕は悪くないことはもう納得済みだ。
家にとどまる理由なんて無いだろ?バイトにも行かなきゃ生活費が無くなるぞ?
ありったけの力を手に足に込めて奮起した。外へ出るんだ・・・
駄目だった。体が動いてくれない。外に出ようとしてくれない。
散々悶えたあげくにようやく行動を起こせたのは電話だけだった。
奥田が「もう大丈夫なのか?」と聞いてくる。
大丈夫。体は問題無いんだ。
そう答えようとしたけど、口から出たのは「まだちょっと。完治はまだっぽい。」という嘘だった。
「そうか。ま、ゆっくり治せや。ネットのやつも焦ることないだろ。」
ネットのことなんてすっかり忘れてた。問題はほとんど未解決のままだった。
そんなことを考えてると、突然美希ちゃんが電話に出た。
「亮平君、大丈夫ー?」と明るい声が。
僕は額から汗が流れて来るほど体が熱くなった。
反射的に「うん。なんとかね。」と答えることができたけど、大丈夫なわけなかった。
けど話はすぐに終わり、ギクシャクしたものが全く感じられなかった。
むしろ拍子抜けしたくらいだ。僕の体だけが勝手に熱くなり、電話は切られた。
なんであんなに何も気にいないでいられる?
僕の中でまた言い訳根性がうずき始めた。
やっぱりあれは、本当に遊びのつもりだったんだろうか。次から次へと納得できる理由を作り上げていった。
奥田が仕事で構ってくれなかったから。ちょっとした反抗のつもりで浮気を。
じゃぁ僕が悪くないってのは正しいんだな?
悪いのは誘惑してきた彼女の方。今日の態度でそれが証明されたってことでいいんだな?
僕は悪くないぞ。
悪くない。


2月16日(金) 曇り
二人が見舞いに来た。突然のことで心臓が止まりそうになった。
「風邪も治りかけてるんだろ?酒はから体にいいんだよ。飲もう。」
奥田の気遣いには恐れ入る。でもあいつは知らない。
「小さな親切、大きなお世話。」

僕のせいで随分と遅れたけど、やっと奥田の免許皆伝打ち上げが実現した。
ついでに「風美さんネカマだったのね残念打ち上げ」も同時開催。
「俺もやっとネットできる時間ができるよー。仕事の合間にやるからな。」と楽しそうだった。
僕はこいつの「小さな親切」のおかげで実に息の詰まる思いをしてたというのに。
美希ちゃんは実際に会っても普段通り接してくれた。「あのオフ会は楽しかったねー。」などと。
オフ会よりもその次の日に起きたことの方がはるかに重要だと言うのに。
僕も開き直ろうと思ったけど、やっぱり全然楽しめなかった。
人間、そんな簡単に気持ちを切り替えられれば苦労しない。
ぎこちなく笑うのも全部風邪を引いてるせいにして、とにかく耐え続けた。
二人は台風のごとく、サッと来てサッと飲んでサッと帰っていった。
泊まり込まれずに済んだ。一応病人に対する最低限の気遣いはしてくれたようだ。
やっと終わった。
風邪は嘘だとしても酒はリアルに体に入ってる。飲み過ぎて頭が痛くなった。
頭痛と共に言いようの無い感情がわいてきた。
なんでそんな風に思ったのかわからない。酔っぱらったおかげで頭がおかしくなってたのかもしれない。
でも僕は確かに感じてた。美希ちゃんがあのことについて何も触れないことに、寂しさを・・
酒のせいだ。


2月17日(土) 晴れ
美希ちゃんは一人でやってきた。
ドアを開けた時、そこに立ってるのが一瞬誰だかわからなかった。
美人になってる。普段は化粧なんて絶対つけなかったのに。化粧一つでこんなにも人が変わるなんて。
なぜ美希ちゃんは一人でやってきて、しかも化粧なんかしてたのか?
そんなのは愚問だった。美希ちゃんは呆然としてる僕に目を潤ませながらこう言った。
「本気だったのよ。」あれ以来数日間溜まってた鬱憤が一気に爆発した。
お互い言葉を喋る必要が無いくらい意志が通い合っていた。
僕は彼女が好きだった。それは随分前からわかってたことだった。
問題は、彼女も僕を好きだったということ。
奥田の手前、それを僕に伝えることはできなかった。
僕は自分の感情を伝えてしまったら、僕らの関係が崩壊するのがわかってた。
だから何も言わずに感情を押さえ込んでたけど、決して振り切れることはなかった。
ネットにあそこまで熱くなったのも、美希ちゃんと一緒に話すのが楽しかったからだ。
それは美希ちゃんの方も同じだった。今日それがハッキリした。
彼女が本音を漏らしたあの瞬間から、僕らの関係はしかるべき方向に流れていった。
今日はまだ二回目のだったけど、随分前からの恋人だったみたいに実にしっくり来てた。
端から見たらこれ以上ないくらいお似合いカップルに見えると思う。
決定的な問題が一つ、重くのしかかっているけれど。
美希ちゃんが言った。「徹君、どうしよう。」
僕は答えた。「わからない。けど、僕らのことは言わない方がいいと思う。」
彼女は頷いた。


2月18日(日) 快晴
もう彼女から誘ってきたんだなんて馬鹿な考えは消え去った。
僕らは真剣にお互いのことが好きだということを知ったから。
バイトにも復帰。彼女の心の内がわかった今、ふさぎ込んでてもしょうがない。
久々に外に出たら体中から埃がわんさか舞った。
叩けば叩くほど出てきてこれまで家に篭もってたツケを一気に払った。
新しい空気を吸い込むと体の中が浄化されてる気がした。
コンビニに向かうまで僕は外の世界を堪能した。
大丈夫。僕の心はまだ荒み切ってない。
致命的な問題を抱えてるとは思えないほど爽やかな気分だった。
これからは全力で問題の解決方法を考えなきゃいけないってのに。
奥田。申し訳ない。 お前は頑張ってる。美希ちゃんとの生活を真剣に考えてる。
けど、美希ちゃんにはそれが辛いらしいんだよ。
彼女には僕のようなダメ人間じゃないと釣り合わないんだよ。
それをわかってくれ・・


第14週