絶望世界 もうひとつの僕日記

第14週


2月19日(月)
奥田がネットの話をしたがってる。
これから修行も終わったからこれから前よりは早く帰れるそうだ。
その時間を利用して僕らの仲間に入りたいらしい。
おかげで僕はバイト帰りにわざわざ奥田家に寄らなければならなかった。
「で、作戦はどこまで進んでるんだよ。」と意気込んでた。
美希ちゃんとは例によって何事も無いフリをして接してる。
僕も相変わらずの愛想笑いでこれまでの説明をした。
処刑人の手下・Kの誘い出し作戦。
掲示板に名を連ねた謎の三人。
僕の元メル友との関係ある疑い。
今はKこと「ネカマ」風美に逃げられたところで止まってる。
「じゃぁこれからそのネカマ野郎を追わなきゃいけないな。」
奥田の言う通りだ。電話番号、メールアドレス、まだまだ追跡する材料はある。けど。
僕は気が乗らない。


2月20日(火) 晴れ
本当に毎晩かり出されることになった。
僕も美希ちゃんも奥田から見れば「ネットに夢中」なわけだから断るわけにはいかない。
気乗りのしない作戦会議に参加させられるのはあまり楽しくはなかった。
処刑人追跡は広げればまだまだ面白くなりそうな要素はある。
でも致命的なのは・・・悪いけど、奥田のネタはつまらないってことだ。
これまでの美希ちゃんと僕が考えついたような作戦が優秀過ぎたのかもしれない。
奥田は見当違いなことばかり言う。
「電話番号わかるなら逆探知もできるよな。」
「前にハッキングソフト探しただろ。あれもう一回探してみようぜ。」
「風美ってのはネカマだろ。それをネタに脅してみるってのはどうだ。」
どれもこれもイマイチ君なネタばかり。
一度奥田がトイレに行った時に美希ちゃんと目が合った。
言葉は交わさなかったけど彼女も苦笑いしてた。
奥田は戻ってくるとまた実現不可能な妄想作戦を展開し始めた。
これがずっと続くのか。


2月21日(水) 晴れ
三日目にしてもうウンザリしてきた。
奥田は次から次へと面白くもない作戦を提案する。
「電話帳であの実名の三人の名前調べてみたんだけどさ。東京のには載ってないだよ。」
「美希に教えてもらった風美の電話番号な。非通知でかけてみたけど出なかった。」
なかなか積極的な行動に出てるようだけど、残念ながら空回りしてる。
タチの悪いことに、奥田はこうした作戦会議を開くのを楽しいと感じてるらしい。
僕らはとっくに興味を失ってるというのに。一人だけしか楽しんでないことになぜ気づかないんだ?
挙げ句の果てに僕らに「お前らも新しい作戦考えてくれよ。」と怒り始めた。
いい加減にして欲しい。僕は露骨に嫌な顔をしてやった。
奥田は笑って「そんな顔すんなよー。」と冗談に受け取ってくれたけど、僕は本気で嫌だった。
美希ちゃんに睨まれたので僕も笑って「悪い悪い。」と猿芝居で誤魔化した。
これからもこうやって騙し騙しやるしかないのか。
興味も無いこに楽しいフリして参加する。
勘弁してくれよ。


2月22日(木) 晴れ
奥田は本格的に店に雇われてるけど、美希ちゃんはまだバイト扱いのまま。
仕事する日よりお休みの日が多いのは当然のこと。
そして僕もフリーター。休みは自由に決められる。
今日のようにお互いの休日を合わせるのは造作の無いことだった。
表向きは作戦会議。中を覗けば単なる密会。
小春日和で外も暖かかくなってきたというのに真っ昼間から狂ったように情事にふけった。
美希ちゃんは僕と二人で会うときには化粧をしてくれる。
化粧すると別人みたいに綺麗に見える、と冗談のつもりで言ったら美希ちゃんは素で喜んでくれた。
「徹君の前ではやっったこと無いのよ。」奥田が知らない彼女の一面を僕は知ってる。
あいつより優位に立ってるみたいで嬉しかった。
ことが終わると奥田をどうするか話し合った。とりあえずお互い奥田のダメ作戦は苦痛に感じてる。
「けど、私たちが修行中の徹君をのけ者にしてたせいよね。やっと仲間に入れるようになったのに
今更『もう処刑人なんてどうでもいいです』ってのはかわいそうよ。」
言えてる。散々ネットの楽しさを煽ったのは僕らの方だ。
最初はちゃんと三人でやってたし。社会人修行の為に戦線を離脱してただけに過ぎない。
奥田にしてみれば待ちに待った復帰だろう。仕方ない。
もう少し付き合うか。


2月23日(金) 晴れ
今日も今日とて作戦会議。
奥田先生のお偉い講義を右耳から左耳へ通行させる作業が続いた。
「昨日はどうだった?なんかいい作戦思いついたか?」と聞かれた時はドキリとした。
美希ちゃんは「全然ダメ。」とフォローしてくれたおかげで僕の冷や汗は気づかれなかった。
こうして奥田を目の前にすると密会のやましさが膨らんでくる。
隠すのに必死でネットの作戦なんて考えられるわけが無かった。
奥田は奥田で「風美にさぁ。電話番号公開するって脅そうぜ。」と馬鹿な作戦を提案してた。
そりゃ脅迫だ。思いっきり犯罪行為じゃないか。
僕は反対したけど「ちょっとくらい危ない橋渡った方が楽しいじゃん。」とやる気だった。
確かに悪いことほど楽しい。けど僕と美希ちゃんは犯罪には決して手を出さなかった。
あくまで知能で打ち勝ってきた。(勝ってないけど)美希ちゃん僕と同意見で、奥田の作戦に反対してくれた。
「犯罪はダメだよ。訴えられちゃう。」二人の反対は聞き入られなかった。
「なんだよお前ら弱気だな。大丈夫大丈夫。ネカマだって詐欺みたいなもんじゃないか・・。」
あまりの屁理屈発言に僕らはもう呆れるしかなかった。
しかも明日は奥田も休みだから一日中作戦会議ができるなどと言ってる。
僕も美希ちゃんもバイトは休み。断れるわけがなかった。
いい加減にして欲しい。


2月24日(土) 雨
鬼の一日作戦会議。我慢などできる分けなかった。
我慢の限界を超えたのは、意外にも美希ちゃんの方が先だった。
やたら風美への脅迫文を考える奥田に、美希ちゃんが言った。
「そんな真似止めようよ。犯罪だって言ったじゃない。」
その言い方が気にくわなかったのか、奥田は「なんだよ。別にいいじゃん。」と喰ってかかってきた。
一度言い争いの火蓋が切られるともの凄い勢いで燃えていった。

「楽しいじゃねぇかよ。」
「そんなの全然楽しくない。」
「ならお前がもっと面白いこと考えればいいだろ。」
「犯罪はダメって言ってるだけじゃない。面白い面白くないって話じゃないのよ!」
「なんだその言い草。まだやってねぇのに。もう犯罪者扱いかよ!」
「やるつもりなんでしょ?同じじゃない。未遂も立派な犯罪よ。」
「脅迫に未遂なんてあんのかよ。」
「そーゆーこと言ってるんじゃないのよ!わかんないの?気持ちの問題よ。」
「気持ち?なんだよそれ。悪いこと思いついたのがいけないってのか?」
「わかってんじゃない。」
「ならお前これまで生きてきて一度も犯罪犯したことないのか?悪いこと思ったことも無いのか?」
「うわ。屁理屈。ねぇ。なんでそんな嫌な言い方するの?」
「悪かったな。どうせ俺は口が悪いよ。お前みたいに客に爽やかな笑顔なんて振りまけないよ。」
「なんでお店の話が出てくるのよ!」
「俺は暇じゃないからね。短絡的な作戦しか思いつかないんだよ。悪いね。」
「ちょっとやめて。私が暇みたいな言い方じゃない。」
「わかってんじゃん。」
「ひっどーい!!本気で言ってるの?」
「はぁ?俺は事実を述べただけだよ!」

・・・・二人がここまで熱くなるのを見るのは初めてだった。
僕は居づらくなって「帰った方がいいかな。」と呟いたのに二人は全く聞いてなかった。
口げんかはますます激しくなっていく。
情けないようだけど、仲裁に入る勇気もなく僕はこっそり帰ってしまった。
それから電話も何もない。美希ちゃんから何か連絡あるかと思ったのに。
二人がどうなったのか未だ分からないでいる。
ただ僕は漠然と考えていた。
あの二人、もうダメかもしれない。


2月25日(日) 曇り
いつもの作戦会議の時間、二人そろって僕の家に「謝罪」に来た。
奥田は僕が気を悪くしてないか気にしてた。
そうだった。こいつは口は悪いが中は気弱な奴だったんだ。(だから僕と仲良くなった)
昨日は変なとこ見せちゃってごめんね、と美希ちゃんもしおらしくなってた。
一応仲直りはしたらしい。でもどう見ても二人はギクシャクしていた。
具体的にあれからどうなったのかは聞けなかった。
二人とも怪我をしてないところを見たら僕も少し安心した。
バイト中もずっと気になってた。何しろ美希ちゃんが奥田に敵意を示しようになったのには僕にも責任があるから。
僕らの関係が無かったら彼女だって喧嘩しようとは思わなかったかもしれない。
二人を家に上げようとしたら、美希ちゃんはすんなり靴を脱いだけど
奥田はすぐに帰るつもりだったらしく少しまごついてた。
それでも美希ちゃんがさっさとこたつに入ってしまうのを見届けると
観念したらしく自分も当たり前の様な顔をして靴を脱ぎ始めた。
話してる時も無理に取り繕ってるのが見え見えで、こたつに座る位置を迷ったりもしてた。
奥田のたどたどしい態度を見て僕は思った。こいつもそんな立派な人間じゃない。
あんなに喧嘩したのに、次の日にはちゃんと仲直りしようとしてる。
奥田も彼女を失いたくないんだ。
二人が帰る時、僕は見送りに出てずっと二人の後ろ姿を見つめてた。
以前は老夫婦のような感じだったけど今やそんな仲の良さは見てとれなかった。
お互い距離を取って、顔もあわせず。会話もせず。
奥田のアパートまで歩いて十五分ってとこか。その間ずっとあの調子なのか。
・・・終わってる。


第15週