絶望世界 もうひとつの僕日記

第1部<内界編>
第5章
第17週



3月12日(月) 雨
ご飯くらいは食べなきゃいけない。
食料の買い出しに行った。外を歩くのが無性に怖くて大急ぎで戻ってきた。
美希ちゃんの分も買って帰ったけど彼女は何も口にしなかった。
僕もお腹が減ってたわけじゃないけど無理矢理パンを詰め込んだ。全然味を感じない。
彼女との会話も無い。このまま喋れなくなってしまうんじゃないかと思うほど二人とも黙り込んだままだった。
顔を上げるとパソコンが見える。ああ。処刑人なんてものに凝ってた時期があったな。
下らない。思えば奴に関わったせいでこんなことに・・
思考回路がうまく動いてないせいでその先を考えることは無かった。
寝転がってテレビを見てる。内容は頭に入ってこない。
画面の中で動く人を目で追うだけ。疲れたら寝る。
無駄な一日だった。


3月13日(火) 晴れ
彼女の携帯電話が鳴った。
ソバ屋の親父さんから奥田の葬式の知らせだった。
部屋では他に物音など無かったから隣にいる僕にもところどころ会話は聞こえた。
親御さんが出てきて仕切ってる。
あのアパートはすぐにでも引き払う。
葬式は実家で行う。(そう言えば僕は奥田の実家が何処なのか知らない。これでも親友と言えたのか。)
彼女はずっとはい、はい、と頷いてるだけだったけど
最後に「渡部さんはどうする?」と聞かれた時、一言だけ答えた。
「親御さんに合わせる顔がありません・・・。」
彼女の頬にスウっと涙が伝った。
まだ涙は枯れきっていないようだ。


3月14日(水) 晴れ
携帯が鳴るのを待ってる彼女がいた。しきりにピッピッと鳴らしてはため息をつく。
「店の親父さんからの連絡でも待ってるの?」
美希ちゃんはこくんと頷いた。
「あの人ね。杉崎さんって言うんだけど、私に色々気遣ってくれるの。
この人がいなかったらきっとうまくいかなかったわ。」
「とてもいい人なんだね。」
「うん。」
久々に会話らしき会話をした。
杉崎さんからの連絡は来なかったけど、来たところでどうすることもできない。
本来なら僕も奥田の友人として親御さんに顔を合わせるべきなんだろう。
もちろんそんな真似はできない。どのツラ下げて会いに行けばいいと言うんだ。
万が一の時のため、自分の中で幾つもの言い訳を用意してた。
今のところどれも使わずに済んでる。できればこれからも使わないままでいたい。
今日は彼女もパンを食べた。
良いことだ。


3月15日(木) 晴れ
ポツリポツリと会話をするようになった。
いい加減目を背けてきた現実を受け止めなければいけない。
「ねぇ。警察に行った方がいいかな。」掃除機をかけてる最中にふと彼女が口にした。
僕はテレビから目を離して美希ちゃんの方に向いた。
彼女は下を向いたままで目を合わすことはできなかった。
「必要ないよ。呼ばれてないし。」言ってみたものの僕も少し不思議に思った。
警察なら自殺の原因を調べるだろう。人が一人死んだんだから。
捜査をすれば僕らの存在に突き当たるはず。なのにドアがノックされる気配は無い。
このことに関しては彼女が答えを知っていた。

「ねぇ。この前かかってきた杉崎さんからの電話。話は聞こえてた?」
「ところどころはね。全部は知らない。」
「杉崎さんね。気を使ってくれて警察には私たちのこと何も話さなかったんだって。」
「なるほど。だから僕らの存在は知られてないってわけか。」
「このままじゃいけないかな。ちゃんと本当のこと言った方がいいかな。」
「それが正しいのかもしれない。でも今の状態で言って僕らは何かを話せる?
まさかあいつは僕らのせいで自殺しましたとは言えないよ。このまま甘えさせてもらった方が懸命だ。」
「そうかな。」
「そうだよ。」

最後は励ますつもりで言ったけど、本当は自分で納得するための言葉だった。
警察沙汰にならないで済むならその方がいいじゃないか。
当然の選択だ。


3月16日(金) 晴れ
今日は一緒に買い出しに出た。
彼女も自分の荷物を持ってきたとは言え食料ばかりは常に買い続けなければならない。
レジで財布を開けた時に思い出した。そろそろお金を補充しなきゃ二人とも飢え死にする。
貯金は幾らあっただろう。確かめずともロクに残ってないのだけはわかってる。
僕一人なら金無し生活でも我慢できるけど、何しろ今は美希ちゃんがいる。
彼女は杉崎さんの店でのバイト復帰はもう無理だろう。やっぱり僕が働かなきゃダメだ。
無断欠勤も今日で何日目かな。店長は僕はもう辞めたつもりでいると思ってるだろうか。
まだ働きたいと言ったても認めてくれるかが心配だ。
僕の心配とは別に、彼女は昨日の心配事を引っ張ってた。

「私たち、もし警察に全てを知られたら捕まるのかな。」
「それは無いよ。僕らは犯罪を犯したわけじゃないんだ。」
「捕まらないとしても、やっぱり誰かに自殺の原因は話すべきなのかな。杉崎さんだって知ってるのは別れたことだけ。
お店を辞めてまでヨリを戻そうとしたのに、それが叶わなかったから自殺したと思ってる。私と亮平君の仲までは知らないはずよ。」
「美希ちゃん。仮に言うとしても、もっと落ち着いてからの方がいい。今はとにかく大人しくしてよう。
家に閉じこもるのだって必要な時もあるんだよ。気持ちの整理ってのは一日や二日でできるもんじゃない。
たっぷり時間をかけなきゃいけないんだ。」

彼女は下を向いたまま「そうかもしれない・・。」と呟いた。
顔はやつれたままでこのままじゃいずれひからびて消えてしまうんじゃないかと思った。
思い詰めるのは良くない。


3月17日(土) 曇り
鏡を覗き込むと僕もやつれてることに気がついた。
彼女を気遣うのは大事だけど、自分の心配もしなくちゃいけない。
二人そろってひからびてしまったら生きていけないじゃないか。
いっそこのまま飢え死にするのも一つの選択かもしれない。
けど僕は死にたくない。彼女も死にたくはないはず。
死ぬと言えば今日彼女がこんなことを言っていた。
「せめて親御さんには謝った方がいいかな。このままじゃ罪悪感で押しつぶされて死んでしまいそうよ。」
押しつぶされるというよりは生気を吸い取られてるといった感じだ。
「それこそ自殺だよ。罪悪感が軽くなるどころか一瞬のうちに圧殺される。」
「でもやっぱり・・・。」
「謝りに行くことは無い。罪悪感ならもう十分に感じてるじゃないか。
こうして顔がやつれるまで苦しんでる。無理に自分を追い詰めたって何も解決しない。」
彼女は首をうなだれて僕の話に聞き入ってた。
今なら僕の言うこと全てを受け入れてくれそうだ。そう思って畳みかけた。
「美希ちゃん。僕らは人殺しじゃない。奥田は自殺したんだ。君と別れても生きる道はいくらでもあっただろうに。
僕が言っちゃいけないんだと思うけど、この際だからハッキリ言うよ。奥田の自殺は僕らの責任じゃない。
あいつは自分で自殺を決断したんだ。気負いする必要なんて無い。」
むしろ奥田は僕らへの当てつけで自殺したんだと言いたかったけど、それは喉で止まった。
「しばらくはひっそり生きていこうよ。時間が全てを解決してくれる。」
彼女の肩を叩くと、久々に笑顔を見せてくれた。「ありがとう。」
つい前までの化粧してた美希ちゃんが懐かしかった。
今では痩せ細ってまた別人のようになってる。普通の美希ちゃん。化粧した美希ちゃん。二人はもう戻らない。
今目の前にいるのは痩せた美希ちゃん。見た目が変われば頭の中も変わるのだろうか。
僕が知る由もない。


3月18日(日) 曇り
働こう。ついに決意した。
沈んだ生活を変えるには外に出るのが一番だ。
店長に電話したら明日にでも戻って来て欲しい、とのことだった。
さすが万年人手不足。僕が行かなかった間の店長の忙しさを思うと申し訳ない気分になった。
僕としても早いとこ収入が欲しいので早速明日から復帰。
意外となんのトラブルも無く元に戻れそうで嬉しかった。
彼女にバイトのことを話すと喜んでくれた。
「私も何かしようかな」
彼女の好意は嬉しいけどそれはあまり良い考えじゃないと思った。
「美希ちゃんはいいよ。元気になるまで休んでなって。
倹約していけばバイト代だけでも二人分の生活費はまかなえるから。」
意図的に倹約せずとも自動的にそうなる。とてもじゃないが贅沢する気にはなれない。
服も買わなければCDも買わない。必要なのは二人分の食費と部屋代と光熱費と電話代・・
そう言えばここ最近ネットに繋げてないな。電話代が浮いて好都合だけど。
美希ちゃんも元気になったら外に出て買い物とかしたくなるだろうけど
当分そんな気になりそうにない。食事さえまだ少ししかとってない。
正直言って美希ちゃんにはまだ外にでて欲しくない。だからうまいこと言って家に留めてる。
お金のことよりもそっちの理由の方が重要だった。
奥田に僕ら以外の友人がいなかったのが幸いしてるものの、外では誰の目が光ってるかわからない。
働くとなるとそれなりの人間関係が必要となるし、そこでどんな会話がなされるか。
買い出し程度なら・・いや、買い出しも危険か?これから気を付けないと。
彼女が家に篭もってる限り、奥田の自殺の原因は不明のままだ。
仮に杉崎さんの気が変わって話したとしても「フラれたから」で済む。
僕らとのドロドロとした関係が露呈すると騒がれかねない。
よし。彼女にはなるべく家にいてもらおう。
僕が働く限り彼女が外に出る必要は無いから。
ほとぼりが冷めるまで、大人しく。
誰の目にも触れず。


第18週