絶望世界 もうひとつの僕日記

第20週


4月2日(月) 晴れ
バイトを休んでみると身体が休まるのがよくわかる。
やっぱり根を詰めすぎていたらしい。
これからは彼女言う通りあまり気負いせずに適当にやっていこうと思う。
食べていければいいさ。万が一の時は彼女に手伝ってもらえばいい。
少し前の僕ではとてもそんな風には思えなかったけど、
彼女もまた他人の目にさらされることへの不安を抱えてることがわかったから
逆に大丈夫かもしれないと思うようになった。
無神経に外を歩かれるのが嫌なだけだった。わかってればいい。
杉崎さんも味方になってくれる。
そうしてお金への執着から解放されると、また例の罪悪感が蘇ってきた。
生きていられる安心の次には、必ず「生きてていいのか」という自己嫌悪。
浮いては沈むを繰り返す気持ちの波。悪循環だ。
ただ、ここから抜けるにはどうすればいいのか漠然と感じてることがある。
僕らは罪を償わなければならない。


4月3日(火) 曇り
罪を償うというと奥田の墓参りにでも行けばいいんだろうか。
それとも親御さんに頭を下げに行くのか?
実家はたぶん杉崎さんが知ってる。行こうと思えば行けるはずだ。
美希ちゃんにも話をしてみると顔を真っ青にして否定された。

「謝りたい気持ちはあるけど、とてもじゃないけど顔を合わせることはできないわ。」
「けどこのままじゃいつまでも罪悪感の中で生きて行かなきゃいけない。」
「待って。私が親御さんに会うのが嫌な理由はもう一つあるの。
会ったとき、相手は何て言うと思う?私個人を攻めるのは耐えられる。
でも話がエスカレートして、そっちの親にも会わせろなんてことになるかもしれない。」
「それは・・僕も嫌だ。」
「わがままだと思っても構わないよ。けどやっぱり一度捨てた過去に連れ戻されるのは避けたいのよ。」

その気持ちは痛いほどよく分かった。
お金をせびりに行こうかと思った時でさえ断念したのに。
それにただでさえ勝手に出ていった息子が親友を自殺に追いやったなんて知ったら親は何て思う?
考えると鳥肌が立ってきた面と向かって説教をされるのも嫌だけど、悲しまれるだけなのも嫌だ。
僕のことはほっといて欲しい。僕は家族とは関係のないところで生きていたいんだ。
気が滅入ってると、彼女は励ますように言ってくれた。
恐らく彼女は自分に対しても言っていたんだと思う。
「罪を償う方法は他にもあるはずよ。あの人がやりとげられなかったことを受け継ぐとか。考えてみましょうよ。」
他の方法。
それがあるならそっちの方がいい。


4月4日(水) 晴れ
バイトも奥田が生きてた頃のように力を抜いてやることができた。
稼ぐことばかり考えるより、慣れた仕事を適当にこなす方が気楽でいい。
ただ、時々深い自己嫌悪が襲ってくるのが悩みの種になってる。
小バエが飛んでるのを見ただけで自分を投影させてしまって思わす涙が出てきた。
休憩室でこっそり泣いてたのは店長もバイト仲間も知らない。
明らかに僕は精神的におかしくなってきてる。
奥田の死を無視し続けたツケが今になって回って来たのかもしれない。
お金に取り憑かれた後は自己嫌悪。奥田の呪いなんだろうか?
虫。虫。虫。目をつぶると奥田が僕を「虫」と呼んでいる。
僕はなじられるがままで言い返すことができない。
謝って許されるものじゃない。罪を償わなければいけない。
とは言っても「罪を償う方法」が見つからない。
彼女は「徹君がやりとげられなかったことを受け継ぐ。」と言ってたけど
奥田は何かやってただろうか。ソバ屋の仕事を受け継ぐ?
それは何か違う。もっとこう、あいつが熱くなってたような、何か。
奥田。お前は何をやっていた?


4月5日(木) 晴れ
彼女に相談するとネットの話になった。

「奥田が前にやってたことって何だろうね。」
「罪滅ぼしのために何ができるかってこと?」
「うん。」
「まず杉崎さんのところで働いたよね。でも亮平君は今のままバイトを続けて欲しいな。」
「大丈夫。同じ過ちはもう繰り返さないよ。他には何があったっけ。」
「あと趣味と言えばネットかな。なんだかんだで徹君も楽しんでたよね。」
「そうかな。僕らが勝手にやってただけじゃないのかな。」
「それは違うわ。亮平君が恋人募集をしようって話にも乗り気だったし、
処刑人がどうだってなった時も結構気にしてたよ。」
「あれは僕たちがネットを口実に仲良くなるのが羨ましかったからだったと思ったけど。」
「その気持ちはあったと思うけど、基本的にはネットが好きなのよ。
亮平君は知らないかも知れないけど、一緒に暮らしてたからよくわかるの。
仕事から帰って来たら必ず私にネットの経過報告聞いてたし、風美さんだっけ?
あの人の呼び出し作戦の時もメールの文章考えてくれてたりしてたのよ。」

知らなかった。あいつがそんなにネットに情熱を燃やしてたなんて。
言われてみれば納得できる気もする。ネットで恋愛を成功させてからは完全にネット信者になった。
僕らの作戦に参加したがったのも純粋に面白そうだからってのもあったかもしれない。
(もっとも、あいつが自分で考えた作戦には大したものは無かったけど)
「ネットも考えてみてよ。私も一緒に罪滅ぼしをしたいから。」
ネットか。それもいいけど、問題は何をやるかだ。
目をつぶって奥田の幻に問いかけた。お前は何をやりたい?
奥田は冷たい視線を僕に送ったままずっと黙っていた。
やっぱり答えてくれないか。


4月6日(金) 晴れ
ネットと言えば僕はホームページを持ってたんだっけ。
なんとなく思い出しただけだったけど、それが意外な方向に進んだ。
バイトから帰って来たときに思いつき、彼女になんとなく言ってみた。

「そう言えばさ。僕はホームページを持ってたんだよね。
今思い出したよ。なんかもうはるか昔って感じ。」
「あ、そうだったね。処刑人を追うって言うんで始めたんだったよね。
私も言われて思い出した。しばらくそれどころじゃなかったからね。
ねぇ。あれって今どうなってるかな。ちょっと見てみない?」
「うん。」

久々にパソコンを立ち上げてネットに繋いだ。
「お気に入り」にはまだ「WANTED処刑人」が残ってた。

「なんか思い出すな。三人でネット談義をしてたよね。」
「処刑人なんて下らない噂を真剣に話し合ったりしてね。」
「でも熱くなってホームページまで作ったじゃない。」
「誰が作ろうって言い出したんだっけ。」
「確か徹君だった気がするけど・・」
「ちょっと待った!美希ちゃん、これ見てよ!」

惰性的に掲示板にアクセスした時だった。もの凄い量の文章が目に飛び込んできた。
書き込みの量が半端じゃない。二人して画面を凝視してその内容を確認した。
「報告!処刑人登場してましたよ!」
「処刑はリクエスト制らしいッスよ。」
「処刑人を追わなくていいのか?」
画面をスクロールさせて下の方に行くと、「転載」と題してこんなものまであった。

********
彼らは弱き者を苦しめる罪人である。
よって死刑の判決が下された。
しかし彼らにも猶予を与えたい。
諸君らにお願いする。
処刑して欲しい者を選んでくれ。選ばれた者から処刑を始める。
彼らの運命は君らに託されるのだ。
誰を真っ先に殺すべきか?メールを待つ。

失格教師 岡部和雄
鬼畜女王 牧原公子
能無下女 板倉聡美
淫売女狐 細江亜紀
寄生蛆虫 田村喜久子
********

岡部君と牧原さん。それに板倉さん。知った名前が連なってる。
彼女と顔を見合わせた。お互いあっけにとられて何も言えなかった。
僕らの知らない間に何が起こったんだ。


4月7日(土) 晴れ
混乱したままバイトに出かけても仕事はほとんど手に着かなかった。
考えることは処刑人のことばかり。情報が氾濫してる。
メール。そうだ、メールの確認を忘れてた。帰ったらやらないと・・
家に帰ったらすぐにメールチェック。十何通も届いてた。
いずれも掲示板の書き込みと同じ様な内容。
「処刑人を追わないんですか?」
どれもこれも処刑人。なぜ今ごろになってこんなに盛り上がってるんだ。
空白の期間に何があったのか予想する間もなく、事態はどんどん先へ進む。
書き込みが増えてた。「処刑人がまた登場しましたよ!」
中には「転載」と称してこんなことを書き込む奴もいた。

********
鬼畜女王逃亡により次のターゲットを募集する。

失格教師 岡部和雄
鬼畜女王 牧原公子(逃亡中:見つけ次第処刑予定)
能無下女 板倉聡美
淫売女狐 細江亜紀
寄生蛆虫 田村喜久子
********

美希ちゃんがため息を漏らした。
「まさかこんなことになるなんて・・。」
僕もどうしたものかと慌てふためくばかりだった。
以前は処刑人の情報が少なすぎて困ってたのに。
今度は情報が多すぎて処理しきれない。
何が起きてるのかつかめないのが一番怖い。
僕らが面白半分で始めたことが、何かとんでもない結果を引き起こしたんだろうか?
処刑人が登場したって。噂じゃなく、まさか本当に実在してるのか。
取り逃がした風美。奴は実在してる。あの時あいつをもっと追っていれば良かった。
本当に処刑人が出てくるなんて。僕らはどうすればいいんだ。
混乱に陥って何も手を付けられなかった。
処刑人、本当にいるのか?


4月8日(日) 晴れ
久々にネットに繋げてから二日。僕らはようやく覚悟が決まった。

「処刑人追跡も徹君のやり残したことと言えるかもしれない。」
「それで罪滅ぼしになるかな?返って自分たちだけ楽しんでるようなことにならないかな?」
彼女は目をつぶって首を横に振った。
「こればっかりは徹君にしかわからない。でも、私たちは何かやった方がいいと思うわ。
前は単なるネットのお遊びだったけど、これからは意味がかわる。真剣にやる必要があると思うの。」
「奥田の為に?」
「うん。そして私たちのために。ねぇ思い出してみてよ。
私たちはこの『処刑人追跡』を投げ出した時点で徹君への裏切りが始まったのよ。
今ネットに戻ることは、あの頃に戻るのと同じ意味かもしれないわ。」
「処刑人問題を完全に解決することで、あの頃の僕らも報われる。」
「その通りよ。」

こうして処刑人の追跡を再び開始することにした。
処刑人。お前に誰かを処刑されたわけじゃない。けど僕はお前を追う。自分のために。
実在してるかどうかは僕にだってわからない。
僕らは答えが欲しいだけなんだ。お前が、何なのか?
彼女の言うとおり、この答えを探すのを放り投げてから僕らの関係は壊れ始めた。
もしあのままKを追ってたら?ネットに没頭したままだったら、僕は彼女に手を出してたか・・?
色々な考えが巡る中、僕はホームページを更新した。
やるべきことは多かったけど、とりあえず管理人の名前だけ変更しておいた。
新たな決意を込めるために。今度は投げ出さないように。
新しいハンドル名は、「虫」
美希ちゃんは顔をしかめて「リョーヘイのままがいいよ。」と言ったけど
これは自分を戒めるためだから無理にでも使わせてもらう。
虫。アンダーグラウンドっぽくていいじゃないか。
全てが解決してあの頃の僕らも救われたら名前を戻してもいい。三人仲良くやってた時につけた名前に。
でも今は、奥田にさげすまれる「虫」だ。
美希ちゃんにはわからないかもしれないけど、これは親友を裏切った罰なんだ。
罪滅ぼしが終わるまで、僕は虫のままでいる。
奥田。冷たい目で睨まれ続けたままで構わない。
処刑人の正体がわかったら報告するよ。お前だって知りたいだろ?
だからその時まで。
僕の生き様を見ていてくれ。


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 第6章
 第21週