絶望の世界A −もうひとつの僕日記−
第1部<内界編>
第6章
第21週
4月9日(月) 晴れ
バイトから帰ってから彼女と一緒にネットに繋ぐ。
一人でやっててもいいとは言ったものの、やっぱり電話代は気になる。
彼女もそこは心得てくれて「大丈夫。オフラインでできることだけやっておくから。」と言ってくれた。
リアルタイムで繋がなくても、僕らには整理しなければならない情報はたくさんある。
メールの差出人。掲示板の記録。風美のその後。
美希ちゃんが有る程度まとめてくれてまず僕らが真っ先にやらなければならないことが見えてきた。
「処刑人はどこに登場したのか?」
目撃情報の中にはどこぞの掲示板にリンクを貼ってくれてる人もいたけど
そこを見ても「処刑人」の文字を見つけることはできなかった。
昔の書き込みで流れてしまったのかも知れない。
とりあえず登場場所をきちんと突き止めないと、ということでさっそく掲示板に詳しい目撃情報を呼びかけた。
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投稿者:虫
処刑人をどこで見かけたのか。場所を教えて下さい。
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これを突き止めないと何もできない。
4月10日(火) 曇り
ネットの反応は早い。一日経っただけですぐに情報提供者が現れた。
「なんだ。てっきり知ってるのかと思いましたよ。」という書き込みと共に掲示板へのリンクが貼ってあった。
そこにアクセスしてみると、「フリートーク」と題した掲示板が開いた。
ざっとログを見てみる。「処刑人」の文字は無い。かなり過去にまで遡ってみても見つからなかった。
「無いね。ガゼ情報だったのかな」
「有り得るかもね。ネットには嘘つく人多いから。」
「じゃあなんで今頃になって処刑人目撃情報がこんなに多いんだろう?」
「それは・・。」
美希ちゃんは口をとがらせてしまった。彼女にもわからないらしい。
せっかくネットに戻ってきたのにこれでは拍子抜けだ。思わず愚痴を書き込んでしまった。
「偽情報はやめて下さい。処刑人は居ませんでしたよ。」
ネットだと思ったままに文句を言えるからスッキリする。
この調子でみんなの書き込んでたのかもしれない。ネットでは平然と嘘をつける。
もしかしたら全部ガセネタだった?
ひどい奴らだ。
4月11日(水) 晴れ
やたら反論してくる奴がいる。
「そんなことありません。確かに処刑人はいましたよ。
ちゃんと貼ってあったリンクにアクセスしてみましたか?
ログは最後までチェックしましたか?」
噛みついてくるから僕も言い返してしまった。
「掲示板のログには処刑人の文字は見当たりませんでしたが?」
打ち込んでると美希ちゃんがしみじみと言った。
「ネットってこうやって言い争いが始まってくるのよね」
実に。
ネットじゃ顔が見えないもんだから文句が言いやすい。
赤の他人に文句言われると無性に腹が立つ。だから僕も言い返す。悪循環きわまりない。
このまま続くと「バカ」とか言われてますます泥沼にハマっていきそうな気がする。
「そんなんで時間を無駄にしないでね。」と彼女に釘を刺されてしまった。
僕としてもバイトに忙しい身なんで無駄なことは省きたい。
掲示板荒らしなんて(風美を筆頭に)ロクな奴がいないんだから。ガセならガセで無視した方がいい。
この反論君・・「密告者」もイタズラ半分でやってるんだろうな。
言い争いに持っていって荒そうとしてるのか?こいつも処刑人の回し者か?
どうも風美の件以来ネットに対して疑り深くなってしまう。
用心するに越したことはないんだ。
警戒だけはしておこう。
4月12日(木) 晴れ
また「密告者」に言い返されてた。
けど今日のはただの文句じゃなかった。
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投稿者:密告者
あの掲示板には確かに処刑人の書き込みがありました。
今探しても見つからないのは恐らく発言の内容が過激なために
公序良俗の反するものとして掲示板の管理者に削除されてしまったのでしょう。
ご存じかと思いますがあの掲示板はメル友探しのサイト内にあるものなので
個人情報などすぐに消されて当然です。ましてやその人を処刑すると明言されては
サイトとしても対処しないわけにはいかないでしょう。
虫さん(名前が変わったのですね)がこの「WANTED処刑人」を宣伝してたのも
同じ掲示板だったものですから私も情報を提供できたんです。
恐らく他の人も同じだと思います。
発言が消されてしまった後に「処刑人はいなかった。」と言われても
それは掲示板のチェックを怠っていたそちらの責任ではないでしょうか?
私に文句を言うのは筋違いだと思いますよ?
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読み終わったあと、とりあえず無性に腹が立った。
なんだこの言い草は。なんで僕がそこまで言われなきゃいけないんだ。
だいたいお前は何様のつもりなんだ。密告してる分際で何を偉そうに!
等と散々彼女に同意を求めたものの「言ってることは正しいよね。」とあっさり言われてしまった。
奴に言われて気付いたけど例の掲示板は「あなたに合ったメル友探し!」のフリートーク掲示板だった。
そういえば昔ここでもサイトの宣伝をしたことがある。
発言が消えてるのは公序良俗に反するものだったから、というのも納得できる。
僕らが散々情報提供を求めておいたくせに放っておいたのが悪いと言えば悪いんだけど・・
ムカツクものはムカツク。こんな言い方はないだろ。
またここで言い返したらそれこそ泥沼。
と言いつつも「これが最後」ということでまた反論してしまった。
「ご説明ありがとうございます。おっしゃることはごもっともなんですが
そこまで高圧的な態度をとられると僕も素直に受け入れられない部分があるんで
もう少し優しく言えないの?なんて思ってしまいました。」
美希ちゃんに呆れられないうちにここで終えておいた。
本当はもっと言ってやりたいけど・・やめておこう。
止まらなくなる。
4月13日(金) 晴れ
バイトから帰ってくると美希ちゃんがかなり焦った様子だった。
パソコンの電源は既に入ってて彼女は「これ見て。」と画面を指さした。
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投稿者:密告者
私の方がわざわざ情報を提供してるのですから
そちらの方よりは立場が上のはずですよ?
情報を募集しておいて提供者に文句を言うなんて言語道断ですね。
あなたこそ何様のつもりなんですか。
赤の他人に「処刑人情報を教えろ。」なんて命令するのは失礼極まりないですよ。
頼んでる側なら身をわきまえなさい。
ネットだからって少し強気になられてるようですが
現実では面と向かって同じこと言えますか?
あなたのような虚勢を張った人間には無理でしょうね。
「虫」という名前のセンスもかなり人間性を疑います。
最も、ハンドルネームなんてのは人の勝手なんですけどね。
第一あなたは何か勘違いしてますよ。
私はただ単に処刑人があの掲示板に書き込んでたってことを教えにきただけだ
と思ってるんじゃないですか?そうだとしたら、態度を改めた方がよろしいですよ。
私は処刑人の正体まで知ってます。
あまり軽率な発言をされると肝心の情報も取り逃がしてしまいますよ。
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僕らは顔を見合わせた。
処刑人の正体を知ってるって?こいつ、無駄に喧嘩をふっかけてたんじゃなかったのか。
知ってるからそんなに高慢な態度が取れたのか。軽率に言い返したのは失敗だったかもしれない。
「ハッタリかどうかわからないけど、とりあえずこっちから変に怒らすような真似はやめた方がいいかもしれないわね。」
同意。嘘と決めつけて突っぱねるより、探りを入れた方が懸命。
他に情報筋が何もないんだから。これで本当ならいきなり目的達成だ。
下手に出て相手の機嫌を損ねないように返事を返した。
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投稿者:虫
処刑人の正体をご存じなんですか?それは大変失礼致しました。
これまでガセ情報が多かったから僕も疑い深くなってたようで。
良かったら詳しい情報を教えてもらえませんか?
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彼女が真剣な眼差しで面を見つめる。僕も神妙な顔つきになった。
情報待ちの状態は緊張する。処刑人の正体は?そもそも密告者は信用できるのか?
様々な考えが頭に浮かんで頭が疲れてくる。
早く返事しろ。
4月14日(土) 晴れ
掲示板の書き込みが増える代わりにメールが届いた。
「リョーヘイ」の頃のアドレスをそのまま使ってるから
そっちで「虫さん」と呼ばれると妙な感じがした。
はじめまして虫さん。「密告者」です。
掲示板で処刑人の正体を明かすのは危険なのでメールにて失礼します。
ただ、説明をするのは構いませんがその前にそちらの素性を明かして下さい。
見知らぬ人にタダで有益な情報を与えるのはあなたに得でも私にはなんの利益もありません。
第一この情報を何に使うかわからない状態では「教えて。」「はい教えます。」というわけにはいきません。
まずはあなたのことから聞かせてもらいます。
あなたは何者で、なぜ処刑人の情報を集めてるのですか?
返事をお待ちします。
美希ちゃんが一言「あやしいわね。」
僕もそう思う。これは僕の個人情報を聞きたがってるのか?
処刑人情報は知りたい。でもだからって素性を明かせと言われると考えてしまう。
タダで教えてくれるのは調子よすぎかもしれないけど
それなら何でこいつは密告なんかしてるんだって話にもなる。
密告が楽しくてやってるんじゃないのか?ネットの人の考えてることはよくわからない。
とりあえずどうしたものかと案を練った。
無視はしない。でも僕らの素性も明かしたくない。
やっかいなことになってきた。
4月15日(日) 晴れ
一週間が経つのが早かった。
ネットのことばかり考えてるおかげで奥田のことで悩まなくなった。良い傾向だ。
「密告者」との接触で処刑人追跡も徐々に動き始めている。
ネットの人達の行動はイマイチよくわからないけど
考えてみれば相手の方も僕らの行動なんて想像もついてないと思う。
黒い背景と白い文字だけのホームページで「処刑人情報求む」なんてやってるし
宣伝までして募集をかけた割には数ヶ月ほどほったらかし。
久々に更新したとと思った管理人が「虫」に変わってる。
彼女もそれについては同意してくれた。
「私たちの行動って事情を知らない人から見れば謎だらけよ。」
だから「密告者」も僕らのことを知りたがってるのかもしれない。
もしかしたら逃げた「風美」の自作自演かもって話も出たけど
それならそれで好都合でもある。奴には是非もう一度接触したい。
「風美」と「密告者」の二人になんらかの繋がりがあれば
後に控えてる処刑人にもかなり近づいてくる。
なんにしても今ある手駒は大切にしようということで
「密告者」には返事のメールを出しておいた。
「メールありがとうございます。
こちらの素性を明かして欲しい、とのことでしたが
申し訳有りませんがすぐに教えるということはいきません。
例え僕にとって有益な情報がもらえるとしても
個人情報との引き替えではあまりにリスクが大きすぎます。
お互い赤の他人ですのでそこら辺はキッチリしましょう。
ただ、僕の方としても処刑人情報は知りたいので
徐々にお互いのことを知っていく、みたいな形でどうでしょう。
お返事お待ちします。」
やけに丁寧な文章になったけどまぁ問題はない。
今は返事を書かなことには何も始まらないから。
進めるところは進んでおこう。
→第22週