絶望世界 もうひとつの僕日記

第22週


4月16日(月)
「密告者」の話し方は今でも不愉快だけど、いちいち腹を立てていられない。
高圧的な態度ではあるけど、ちゃんと返事をくれてるところを見ると割とマメな人かもしれない。
「もしくは相当の暇人ね。」と美希ちゃんが付け加えた。
言えてる。メールもこっちが出した次の日にはちゃんと返事をくれてる。

「反応してくれるまで結構時間かかりましたね。
私はかなり前から情報提供してるのですが虫さんは一体何をやってたんですか?
まぁそれは私に関係ないかもしれません。
例の徐々にお互いを知っていく、というのでも私は構いません。
ただ、処刑人は待ってくれませんよ。
処刑人は今まさにこの時間もターゲットを探してることでしょう。
そんなにのんびりしてたらいずれあなたもターゲット一覧に追加されますよ。
私は決して脅しで言ってるわけではありません。
変な話ですが、これはお互いのためでもあるんですよ。」

お互いのため。また妙な言葉が出てきた。
有益な情報が僕のためになるのはわかるけど、あっちには何のメリットがあるんだろう?
返事をしておいた。

「お互いのため、ですか。確かに僕にとってはメリットがあるかもしれません。
でもこれがなぜ密告者さんのメリットになるのか、気になるところでもあります
ご好意に甘えさせて頂けるのであれば僕も喜んで飛びつきたいんですが
あまりにオイシイ話すぎるのも逆に疑ってしまいます。
僕としては「好きでやってるから」とか「楽しいから」とか何でも良いんで
とにかく密告者さんがなぜ僕に情報を提供してくれるのかを知りたいんです。
差し支えが無ければ教えて下さい。」

送信。


4月17日(火) 晴れ
「人のことが知りたいならまず自分のことから話すのが筋ではないでしょうか。
あなたが話してくれれば私も話しますよ。
これは前にもいったはずですが覚えてないのですか?
処刑人の情報と引き換えにあなたのことを教えてもらうのと同じように
私のことも知りたければやはりあなたは自分のことを話すべきです。
これは単純な取引ですよ。これに納得できないようであれば子供ですよ。
まずはあなたが処刑人情報を求める動機を聞かせてもらいましょうか。」

本当に嫌なやつだと思った。
美希ちゃんと相談した結果、動機に関しては正直に答えてもいいだろうという結論に達した。
もちろん奥田の意思を継いでるからなんてことは言えない。
一番初めの動機の方を話した。

「わかりました。では僕から話をしましょう。
僕が処刑人情報を知りたがってるのは単純に『処刑人は何者なのか?』が気になるからです。
というのも僕は以前メールのみでやり取りする友人が数人いたんですが(俗に言うメル友ですね)
彼らは皆処刑人の名を口にした途端に音信普通になってしまいました。
中には実際に会おうとした時に『処刑人が怖いから』という理由でドタキャンした人もいます。
その時に『処刑人はオフ会をしようとする者を問答無用に殺して回る殺人鬼』みたいなことを言ってたので、
それ以来ずっと処刑人が何者なのかが気になってたんです。
今思えばその時のメル友は例の処刑リストの人たちではないかとさえ疑ってるんですが
そこら辺のことはまだ特定はできてません。
とにかく情報が不足してるのでひとつでも多くの情報が知りたいんですよ。
僕の動機はこんな感じなので密告者さん側の動機もお聞かせください。」

僕らの動機を他人に話すのはこれが初めてだ。
あまり正直に話しすぎるのは良くないけどここまでなら特に問題は無い。
僕らの個人的事情に関わらないことならいくらでも話してやってもいい。
奥田のことを抜きにしても処刑人の正体が気になってるのは本当のことなんだから。
だから早く密告してくれ。


4月18日(水) 曇り
今日のメールはなんとも判断しようのないものだった。

「それはいつの話ですか?うさん臭い話ではありますが一応信じてあげましょう。
というのも、私が知ってる情報も虫さんの話とかなり似てる部分があるからです。
ひとつだけ言っておきますが、処刑人は確実に人を殺してます。
だから虫さん話と私の情報とかリンクしているのであれば
残念ながらメル友の人たちはもうこの世にはいないでしょう。
まだ虫さんの素性が見えてないのであまり深い話はできないんですが
そちらが動機を教えてくれたので私も密告の動機を教えてあげましょう。
お察しの通り、これは私が単に楽しんでるだけです。
処刑人の情報を握ってて、それを知りたがってる人がいたら教えてあげたくなるのは
人間なら当然のことでしょう。ただ、前にも言った通り無償で教えるのは
私の方にメリットが無いので虫さん側の情報を教えて頂く形で
釣り合いをとろうというわけなんです。
これは公平な取引です。ギブアンドテイクでいきましょう。」

楽しんでるだけのくせに取引しようとするのはあやしい。
処刑人は確実に人を殺してる?そんなに簡単に人って殺せるものなのか。
それに、この言い分だとなぜ情報交換が「お互いのため」なのかもクリアになってないと思う。
美希ちゃんの意見では「要は言いたくないんじゃない?」とのことだった。
密告者とはメールでやりとりするようになったので掲示板の書き込みは進んでない。
今のところの情報筋はこいつだけだから信じたいのは山々だけど・・どうするか。
とりあえず探りを入れてみた。

「なるほど。動機に関してはわかりました。
そうなると問題は処刑人情報の信憑性になってくるんですが
ここで一つ確認したいことがあります。密告者さんは処刑人を直接知ってるんですか?
口振りからすると処刑人は密告者さんの知り合いだと思ってしまうんですが
その通りなんでしょうか。だとするとその情報の信憑性が高まってくるので
僕の方も喜んで取引に応じることができます。そこら辺はどうなんでしょうか。」

あっちもさっさと言ってくれればいいのに。
僕だってバイトがあるんだし美希ちゃんも家事やら買い物やらで
(彼女はちょくちょく外に出始めてる)そんなに暇ってわけでもないんだ。
遠回し遠回しばっかは疲れる。


4月19日(木) 晴れ
これはメル友状態じゃないだろうか。
あの頃はチャット状態で一日のうちに何度もやり取りしてたけど
今は一日一通。以前とくらべると随分ペースが落ちている。
(前のメル友たちがよっぽど優秀だったのかもしれないけど)

「うまいこと言ってこちらから情報を引き出そうというわけですか。
下心が見え見えですよ。ただ、これを教えれば信憑性が高まるというのは
一理あると思うのでここは敢えて乗ってあげましょう。
処刑人は私の知り合いです。だから正体を知ってるんです。
これで満足ですか?今度はそちらの番ですよ。私を信用させる情報を提供して下さい。」

美希ちゃんが「人殺しが近くにいるのになんで警察に言わないのかな。」と鋭いところをついた。
「私を信用させる情報」というのも意味がわからない。
なんでこんなにまでして僕のことを知りたがるんだろう。

「人殺しが身近にいるのに放っておいてるんですか?
なぜ警察に言わないんですか?ネットの見知らぬ人より警察に密告する方が自然だと思います。
こうゆう言い方は失礼かもしれませんが、楽しんで密告してるなら
掲示板で暴露してしまえばそれで終わりじゃないですか。
わざわざ僕個人に密告する必要なんてないんじゃないでしょうか?
僕としては掲示板で情報を得ようがメールで情報を得ようが同じなんですが。」

「思い切って突き放してみるのも一つの手よ。」と彼女に助言されて書いたけど
僕は少し言い過ぎたんじゃないかと思う。これで密告者が機嫌を損ねたら
せっかくの情報筋をフイにしてしまう。
大丈夫かな。


4月20日(金) 曇り
「私としても警察に言った方がいいという思いはあります。
でも言えないんです。というのも、ハッキリした証拠が無いからです。
ただし、事情を知ってる者からすればあの人が人殺しであることは明らかなんです。
動機は十分にあるし普段の行動から見ても犯人はあの人しかいません。
そこまで知ってて黙ってるのもつまらないでしょう?だから誰かに密告してやりたいと思ってるんですよ。
いちいち突っかからないで下さい。あまり調子に乗ってると大切な情報を逃してしまいますよ。」

「おかしいですね。メル友の話と処刑人が自分の知り合いだというのはどう繋がるんでしょうか。
それになぜ『処刑人』の名前を知ってたんですか?その人は人殺しかもしれませんが
『処刑人』だという保証はあるんでしょうか?あなたの知り合いの殺人鬼さんと僕の探してる処刑人は
本当に同一人物なんでしょうか。これで別人だったら僕としてはどうしようもないんですが。
(知り合いに人殺しがいる、と言われても僕にはどうしようもないのですよ。)
処刑人だったら僕のメル友たちをどうしたのか、とか色々聞きたいことはあるんですけどね。
悪い言い方ですが、密告者さんの話を聞いてると『知ってるフリ』して僕らを騙そうとしてるとしか思えません。」

情報交換してるのか喧嘩してるのかわからなくなってきた。
彼女は真剣に密告者側の情報を分析してるけど、僕はあまり信用していない。
メールの内容よりもこのやり取り自体が楽しいと感じるようになってきた。
結局のところ僕側の情報はほとんど明かしてないのにあっちがボロボロ話してくる。
こっち側の文章は彼女と一緒に考えてるけど、美希ちゃんは相手の揚げ足を取りがうまくて見てて勉強になる。
突き放せば突き放すほど相手は逆に食い下がってきてる。僕の心配なんて無用だった。
相手の心理を読むのがうまいのかもしれない。


4月21日(土) 雨
「こんな探り合いをいつまで続ける気ですか?
メル友の話と処刑人の話を繋げると私の素性が分かってしまうので言えるわけないじゃないですか。
『密告』は私の素性がばれずに済むから『密告』であって私のことを話してしまっては元も子も無いんですよ。
そんなこともわからないのですか?いい加減疑うのはやめてください。
ここまで来たら私の方から言ってあげましょう。
処刑人はSという人物です。ハッキリ言ってSは狂ってます。」
一見普通に見えるんですが言動がおかしくなってるんです。
間違いなく、人殺しです。これで満足ですか?あなたのことも聞かせて下さい。」

Sってだけじゃ何もわからない。
ただ、もしかしたら本当に処刑人を知ってるかもしれないという可能性も捨てきれない。
「なんかやたら私たちのことを聞きたがるわね。」と美希ちゃん。
言われてみればその通り。僕のことなんか知ってどうするんだろう。
毎日コンビニでバイトして生計を立ててますなんて言ったって何の意味も無い気がするけど。
彼女と同棲してることを教えれば少しは自慢になるか?
大した情報ではないにしろ、一応あっちも約束を守ったから僕の方も言ってやった。

「情報の提供ありがとうございます。今後もそのSなる人物の詳しい情報を教えてもらいたいと思います。
それにはまず約束取り僕の方の情報も提供しないといけませんね。
僕は都内でフリーターをしています。明かすほどのすごい素性ってわけでもないですよ。
貧乏暮らしではありますがインターネットができないほど困ってるわけでもありません。
言えることはこれくらいしか無いんですがよろしいでしょうか?」

本当にどうでもいいような情報だ。こんなことを聞くために律儀に毎日メールを書いて来てたんだろうか。
ネットの人の考えてることはよくわからない。


4月22日(日) 晴れ
「なるほど。虫さんのことはわかりました。
私が知りたい情報はとりあえずそれでも十分です。
これからもお互い情報交換といきましょう。虫さんのもっと詳しい情報を教えて頂ければ
私の方も処刑人情報を提供しますよ。何しろ私の身近にいるものですから。」

なんであんなので十分なんだろう。僕らは頭をひねるばかりだった。
そしてなぜやたら僕のことを知りたがるのかもわからない。
今日はバイトが休みだったので彼女を適当に話し合った。
ネットのことで一日中話し合いをしてると奥田がいた頃を思い出す。
僕は少し嫌な気分になったけど、彼女は真剣に考えをまとめていた。

「もしかしたら、『密告者』さんって私たちのことを疑ってるのかもしれないわよ。」
「信用できないってこと?信用できると思う方が変だと思うけど。」
「違うわよ。私たちを処刑人の仲間だと疑ってるのかもしれないってこと。そんな感じしない?」
「そうかな。いや、言われてみればそんな感じもしないでもない。」
「でしょ?だってさ。なんか高圧的な態度とってる割には私たちのことばっかり聞きたがってるし。」
「あげくのはてに自分から先に情報を漏らしてたしね。有り得るかも。」
「やっぱそうよ。普通はネットで個人情報聞きたがる場合ってさ。自分の近くにいる人をことを知りたがるものだけど
今回は逆なのよ。処刑人が近くにいるもんだから、私たちは全く関係ない人だってことを確認したいのよ。
「処刑人の影響の及ばない位置に居る人がいいってことなのかな。」
「たぶんね。要はこの人、処刑人が怖いのよ。ヘタに知った人に密告すると、バレた時に真っ先に殺される。
なにしろ処刑人はお知り合いなようだから。いつでもやられる可能性はあるのよね。」
「なるほど。でもなんか矛盾してない?そんな危険を冒してまで密告なんてするのかな。」
「うん。そこはあれよ。楽しんでるなんてのが嘘なのよ。」
そこで美希ちゃんは人差し指を立てて得意げに言った。
「この密告は、私たちに助けを求めてるのよ。」

相変わらず彼女の洞察力は恐れ入る。(というかずっと家にいるからそんなことばっか考えてたんだろう)
確かに一理ある。処刑人が身近にいる。自分もいつ殺されるかわからない。
警察に言おうにも証拠がないから言えない。そこで見つけた「WANTED処刑人」
正直に助けを求めればいいものの、ネットの人は信用できないものだから
「密告」という形でコンタクトをとろうとしたのかもしれない。
と、そんな結論に至ったわけだけど。
僕にどうしろと言うんだよ。


第23週