絶望世界 もうひとつの僕日記

第23週


4月23日(月) 晴れ
密告者談義でまた熱くなった。
喧嘩腰だった方がこっちも言い返しやすかったけど、ヘタに友好的に来られてもそれはそれで困る。
なにしろ美希ちゃん曰く「助けを求めてる。」ものだからここで突っぱねるのもどうかと。

「どんな返事をしてやればいいかな。」
「うーん・・・ご要望通り情報交換してあげたら?処刑人のことも教えてくれるって言うし。」
「いっそのこと助けが欲しいんでしょって言ってやろうか。」
「どうかなぁ。私はしばらく様子見た方がいいと思うけど。まだあっちのこともよくわかってないし。」
それともここでまた少し冷たくしてみるってのも手じゃない?
これでまだ私たちと情報交換したがったら本物よ。相当助けが必要ってことよ。」
「そんな駆け引きしてる余裕有るかな。もし助けを求めるとかそんな話じゃなかったら
いたずらに突き放したおかげで大事な情報源をフイにすることになるかもしれない。」
「それは考えすぎだと思うけどな。」

等々議論は耐えなかった。話し合いばかりで結局返事は保留状態。
優柔不断な自分が恨めしい。


4月24日(火) 曇り
あっちから催促のメールが来た。

「お返事が遅れてるようですがアルバイトが忙しいのでしょうか?
私としては提供できる情報がたくさんあるのでメールも頻繁にやっても構いませんよ。
特に最近のSはかなり行動がおかしくなってきてます。
虫さんにとっても処刑人の近況は気になるところではないんですか?
人が狂ってるところを見るのはなかなかの見物です。
返事はすぐに出せるのでいつでもメールくれればすぐに情報提供しますよ。」

なんだこのわざとらしい誘い方は。あまりの態度の変わりように気持ち悪さすら感じた。
「よっぽどせっぱ詰まってるのか、それともただ単に構って欲しいだけのおかしな人か。どっちかね。」
確かにどっちにもとれる。ここぞとばかりに助けを求めてるのだろうか。
それまでの態度が高圧的だったから、素直に言えてないのかもしれない。
露骨に僕の興味を引こうとするのはおかしな話でもある。
彼女の言う「おかしな人」説もあながち否定できない。
また相手が見えなくなってきたので今日もわざと返事を書かなかった。
どうも信用できない。


4月25日(水) 晴れ
掲示板にまで書き込みを始めてる。

「最近更新されてませんね。虫さんはかなりお忙しいご身分なようで。
みなさんも処刑人情報をバンバン書き込みましょう。私しか提供者がいないと
虫さんが寂しがって出てこなくなってしまいますよ(笑)」

「みなさん」なんて言うほどここには人は集まってない。
これまでの書き込みも通りすがりのひとばっかでリピーターはこの「密告者」が初めてだ。
それもいつの間にか常連を気取ってる。何様のつもりなんだろう。

「やっぱり助けを求めてるだと思う。私たちが無視するものだから必死になって色んなアプローチかけてるのよ。
お友達感覚でやってみたけど見事に空回りって感じで。カッコ笑いなんてうちの掲示板じゃ似合わないのにね。」
「僕は単なるおかしな人だと思うな。これまでの情報もガセで僕らをおちょくってるんだよ。」
「だとしたら相当の粘着さんね。ある意味、亮平君のことを気に入っちゃってるのよ。」
「それはヤだな。ネットストーカーみたいなもんか。」
「うん。でも私は『助けて欲しい』説の方だと思うけど。というかそっちの方が面白くない?
パソコンとにらめっこして私たちに返事をしてもらおうと色んな策を巡らせてるのよ。
最初は優位なフリをしてたくせに、今では逆に情報交換を頼み込む側になってる。」
「ネットストーカーよりはそっちの方がまだマシ・・かな。」
「まぁ、どっちにしろロクな人じゃないことは確かね。」

掲示板への書き込みだけでここまで議論される「密告者」
無視すればするほどまた何かやってくれるかもしれない。
あっちからアプローチしてくるようだからもう情報源が断たれる心配は無いだろう。
僕が返事を書けば喜んで処刑人のことを教えてくれそうな勢いだ。
美希ちゃんの言うとおり、いつの間にか立場が逆転してる。


4月26日(木) 晴れ
メールが何通も届いた。

「掲示板にも書かれてないようですが、もしかしてお怪我でもされたんでしょうか。
一刻も早い回復をお祈りいたします。」
「追伸。Sの行動は最近ますますエスカレートしてきてます。
見てる私も気持ち悪くなるほどです。」
「追々伸。一度Sの行動をごらんになってはいかがですか?」

これはつまりオフ会のお誘いなんだろうか。話が随分と飛躍したもんだ。
エスカレートしてくれるのはSよりむしろ密告者の方じゃないのか?
このまま放っておくととんでもない方向に走ってしまいそうだ。
「いい加減何か返事書いてあげましょうよ。」と彼女が言うので仕方なく書いてあげた。

「すいません。バイトが忙しくて返事が遅れてしまいました。
さて早速で申し訳ないんですが、処刑人について具体的な情報を教えていただけませんでしょうか。
Sとかだけじゃどうも話が見えてこないので何とも・・・。掲示板でターゲットにされてた人たちとか
密告者さん自身のSとの関係なんかも教えていただけると助かります。」

ガセでもなんでもとりあえず話だけは聞いてやろうってことになった。
これで細かい話まで全部答えてくれたら、信用してもいい。
あまり期待はしてないけど。


4月27日(金) 曇り
「処刑人についてはあなたが集めた情報の中にちゃんと真実があったんですよ。
狂ったいじめられっ子の復讐劇。Sはいじめられっ子だったんです。
ただ、虫さんが入手した情報と違うのはSはそのままいじめっ子に対して復讐してるという点です。
私はイジメには加わってませんでしたが、端から見てもSはかなりのイジメを受けてました。
それも肉体的にではなく、精神的にです。その恨みが溜まって処刑人と化したのでしょう。
ということで、私はSと同じ学校に通う者だったんです。直接の関係はありません。
虫さんは学生さんでしょうか?学校に通ったことのある人ならどこかで必ずイジメを見てきたこと思います。
いじめられっ子がおかしくなるのも納得できる話ですよね。」

僕がパソコンの画面を熱心に眺めてると、側で彼女が口を開いた。
「ごめん、亮平君。私この前言ったこと訂正するわ。」
僕が顔を上げると美希ちゃんは画面を見据えたまま言葉を続けた。
「この人、私たちを騙そうとしてると思うんだけど。」
「騙す?これがガセだってこと?」
「うん。」
「ホントに?僕はてっきり本当のことだと思って感心してたんだけど。」
「素直に読んじゃったのね。でもちょっと考えてみて。話がうますぎると思わない?」
「そうかな。僕が集めた情報は正しかったんだって少し感動してたよ。」
「まさにそこが狙い目なんじゃないかな。要するに、私たちの情報を元に話を作ったのよ。
そうすれば私たちも信じると思ったのね。でもこんな穴だらけの話を早々信じるわけにはいかないよね。」
「穴だらけ?僕はなんかリアルだなって思っちゃったよ。」
「私もそんな偉そうなこと言えるわけじゃないけど・・ただ単にね。これにはネットの話が全然絡んでないなって思っただけ。」
「あ・・・。」

言われてみればそうだった。
処刑人の存在はネットが前提になってるはず。
いじめられっ子がいじめっ子に復讐するだけなら僕が探してる「処刑人」じゃない。
ネットで関係してくることと言えば掲示板での処刑宣言くらいか?
でもそれは僕のメル友たちとはなんの関係もない。例の風美だって絡んでこない。
同じ学校に通う者だって?そんな奴がなんで必死に僕に情報を提供するんだよ。
情報も行動も不可解なのばかりだ。


4月28日(土) 晴れ
なおもメールは届く。

「そうそう。面白い計画があるんです。虫さんにSを見てもらう、というものです。
ネットで自分を追ってる人が突然目の前に現れたらびっくりするでしょうね。
その時Sがどんな行動をとるか。見物だと思いませんか?
私が案内してあげるので何の心配もいらないですよ。
例え相手が狂人でも二対一なら勝てますから(笑)」

僕らはパソコンに張り付いたまま考えた。
「また変なこと言い始めたわね。これはどう見てもオフ会のお誘いだと思わない?」
「思う。しかもかなり露骨にね。」
「なんかこの人見てると『風美』のことを思い出さない?仮にオフ会をやっても同じ様なことが起きそうな気がするけど。」
「言えてるね。笑われるだけで終わりだ。」
「女っぽい話し方も怪しいし。実は男ってオチだったりね。」
「それくらいじゃもう驚きもしないよね。」
「あ、今思いついたけどもしかしてこの人が『処刑人』かもしれないよ。
ネットで知り合った人をオフ会に誘って皆殺し、なんてね。」

美希ちゃんはさりげなく怖いことを言う。
「冗談よ。こんなヘタな話で本当にオフ会に誘えると思う方がおかしいわよ。
本当にそう思ってるのだとしたら処刑人さんはかなりのおマヌケさんだと思うな。
だからむしろ、処刑人気取りのおかしな人かもしれないわね。」
彼女は笑い飛ばし、僕も一緒に笑ってたけど背筋にはひっそり冷たい汗が流れてた。
僕の中で急激に「密告者=処刑人気取り」説の株が上がってきた。
だから密告者にも思い切ったメールを書いてしまった。

「あなたの情報は信用できません。そんなので僕を誘い出そうとしてるんですか?
話としては面白かったですが、そこまでされるとさすがに僕も身を引くしかありませんね。
メールは今回で終わりにしようと思います。さようなら。」

処刑人の情報源を自分から断つのは少し惜しい気がしたけど、自分の身を守るためだから仕方ない。
彼女も「まぁしょうがないわよね。こんなガセ情報を追っかけても意味無いもんね。」と納得してくれた。
その通り。相手が処刑人本人だったらもっとうまい方法で接触してくるだろう。
処刑人気取りのおかしな人だったら、僕の身が危険だ。
殺されても「処刑人の仕業」で片づけられるかもしれない。いすれにしろ懸命な選択と言える。
なにげにまだちょっと怖かったりもする。


4月29日(日) 雨
世間ではGWの始まりらしいけど、僕の生活スタイルは変わらない。
コンビニにくる客が増えるくらいだ。僕は相変わらずバイトして帰ってネット。バイトは気が向いた時に休む。
美希ちゃんも変わらない。家事をして買い物行って僕が帰ったら一緒にパソコンに向かう。
主婦のようで主婦でない。僕もサラリーマンのようでそうじゃない。
ただ惰性的に生きてるだけ。悪くない。
そんな中に唯一ネットから外の世界からの干渉がある。
「密告者」がしつこくまとわりついてくる。それも見てて痛々しいほどに。

「待って下さい。私の情報は本当なんです。今虫さんとのコンタクトが断たれると非常にまずいんです。
私の知ってる限りの情報を提供しますのでどうかもう一度だけチャンスを下さい。
生意気な態度を取ったことに関しては謝ります。なんでも疑問があったら言ってください。すぐにお答えします。」

「哀れね。」と彼女が言った。僕もそう思う。
ただ、こんなに頑張ってるのにないがしろにするのはかわいそうだった。
「ここまで言うなら本当かもしれない・・とは思わないけど、もう少しだけ続けてみる?」
彼女は「仕方ない」といった顔をして頷いた。
リアルで干渉してこない限りは僕の身も安全でいられると思う。
ネットのままなら大丈夫。うん。相手の姿が見えないかわりに、僕の姿も見えてない。
メールごときじゃ死にはしない。


第24週