絶望世界 もうひとつの僕日記

第1部<内界編>
第7章
第25週



5月7日(月)
メル友ができたからと言って普段の生活が変わるわけでもない。
バイトはこれからも続く。ネットをするにしろ、僕らは生きなければならないんだから。
美希ちゃんが「私、まだ働かなくて大丈夫?」と聞いてきた。
ネットに集中してたおかげで奥田の傷が癒えつつあるのは事実。
ふと世間の目を考えた。人の噂は75日、だったかな?
奥田が死んでまだ二ヶ月。もう少し待った方がいい。
「まだ平気だよ。やってることと言ったらネットくらいじゃないか。
特にどこかにでかけるワケでもない。質素な生活だから当分は大丈夫だよ。」
彼女は笑って頷いてた。
今の僕らの唯一の趣味であるネット。「密告者」にメールを書いた。

「さて、さっそく相談に乗りますよ。どんな相談に乗ればいいんでしょうか?」

虫さんの処刑人相談室の始まり。
そんな感じかな。


5月8日(火) 雨
早速お悩み相談が来た。

「最終的な目的としてはSをどうにかすることなんですが、まずは目先の問題を解決したいと思ってます。
今Sに狙われてる友人・・ターゲットのリストに載ってる細江亜紀です。
彼女を助けるのが先決。だから、Sに対抗する手段を一緒に考えて欲しいんです。
私は武力に訴えようと思ってたので男手が欲しかったんですが、そうもいかなくなったので
何か別の方法はないでしょうか。」

なるほど。僕がオフで会えば問題は一気に解決したのに、というさりげない皮肉まで見てとれる。
そこまで突っ込む気はないけど、いきなり別の方法を、と言われても対処のしようが無い。
まずは敵となるSについて詳しく教えてもらわないと。

「わかりました。一緒に考えていきましょう。
僕はそのSなる人物についてよく知らないので、まずはそこから教えてもらえないでしょうか。
体力的に強いのか。頭が良くて卑劣な罠でも仕掛けてくるのか。そこら辺はどうなんでしょう。」

女子校らしいからSも間違いなく女。となると体力は大したことないかもしれない。
男の僕が出ていけば勝てるかもしれない、という考えも納得できる。けどやっぱりそれは・・・
ご遠慮頂きたい。


5月9日(水) 曇り
「Sは体力に関しては並の女です。精神的に狂った状態にあるので知力もさほど無いと思います。
一番の問題はSは『狂ってる』という点です。このおかげで彼女たちは抵抗しようにもできないんです。
善悪の判断がつかなくなってるのか、限界というものを知らないんですよ。
正常な神経はもう欠片も残ってでしょう。この前は皮のベルトをムチ代わりにして亜紀をぶってるところを見ました。
彼女の話によると整髪スプレーを顔面に吹きかけてきたりもするそうです。
ヘタに抵抗すると殺されてしまい兼ねないんですよ。」

そのSって奴は相当危ない奴だ。
狂人ってどんなんだろう?不気味な女を想像して鳥肌が立った。
美希ちゃんが「意外とかわいかったりして。」と茶化した。
そんなのあり得ない。例え美少女でも頭がおかしかったら払い下げだ。
他人事だからまだこんなに茶化せるけど、実際側にいたら相当嫌だろうな。
しかもそいつに狙われるなんて。藁をもすがる思いでネットに助けを求めるのもわからなくはない。

「話を聞くと亜紀さんという方はかなりご苦労されてるようですね。
友人がそんな目に合ってるのを見たら助けたくもなりますね。
これに関わってるのは亜紀さんと密告者さんともう一人、ターゲットのリストに載って人の三人だけですか?
他に援軍がいれば数で勝てるかもしれないかな、と思ったんですけど。
例え狂人でも一斉に抵抗されたらひとたまりもないでしょう。
もしくはいっそのこと警察に相談してみては?傷害事件で取り扱ってくれるかもしれませんよ。」

何にしろ警察に行くのが一番だと思う。
僕のように奥田が死んだ時、自分にやましいところがある時は話は別だけど。
警察が関わると問題は一気に解決するけど、コトが荒立つのが難点だ。
まぁ今回は他人事だからそこら辺のことはどうでもどうでもいい。
これがベストの解決法じゃないかな。


5月10日(木) 曇り
「Sの問題に関わってるのは学校内では三人だけです。私と亜紀と田村喜久子(ターゲットの一人です)。
他に援軍になってくれるような人はいません。先生でさえ頼りになりません。
そもそも頼れる人が居れば最初から虫さんに相談しませんよ。
あとは警察ですか。人が死んでるのに逮捕してくれなかったんですよ?
だからあまり信用できないんですよ。ヘタに騒いで逮捕してくれなかったらあとの復讐が怖いですからね。
既に殺された三人はSのイジメに関わってたので自業自得と言えば自業自得ですが
残りのターゲット二人に関しては巻き込まれただけのかわいそうな人達ですから。
なんとか助け出す方法は無いでしょうか。」

要はそのSを倒せばいいんだな。
なんだか軍師みたいになってきた。ネット越しで殺人鬼を追い詰める。
間違いなく美希ちゃんは楽しんでた。「どうやってやっつけようか。」と嬉しそうに話す。
ちょっとしたゲームみたいなものだ。仮に失敗したとしても僕らには被害は及ばないし。
あっちが真剣だったらこんないい加減な対応はかわいそうかもしれないけど・・
話もまだ完全に信用できてるわけじゃないので大丈夫だと思う。
ちゃんと相談に乗って上げてるだけでも十分良いことをしてるじゃないか。

「すいません。言われてみればその通りでしたね。援軍がいたら僕が相談に乗る意味がなかったんでしたね。
さてじゃぁ本格的にSの攻略法を考えていきましょう。
ちょっと考えたのが、Sの親に言ってみるってのはどうなんでしょうか。
狂人となった娘に親が気付かないわけがないと思うんですが。
親御さんを言いくるめてアタマの病院送りにしてもらえれば解決するのでは。
Sの家族構成とかはどうなってるんでしょうか?」

警察がダメとなれば病院だ。
本当は捕まってから病院行き、が一般的な順番だとは思うけど。
実際に言動がおかしいのなら病院直行も言い訳も立つんじゃないかな。
昔から狂人の行き着く先は決まってる。


5月11日(金) 曇り
「家族ですか。Sとは全然親しくないので詳しいことはわかりませんが確か普通の家庭だったと思いますよ。
ただ、Sがあんな様子なのに何の対処もしてないところを見ると
娘に興味がないのかそれとも諦めてるか、ですね。
病院送りは良い案だと思うんですが誰が自分の娘を進んで病院に放り込むような真似をするでしょうか?
もう少し具体的な対処方が欲しいところです。
あの、相談に乗ってもらっておいてこういうのも何なんですが、できるだけ早く対処したいんですよ。
というのも、どうやら現在のターゲットである細江亜紀への『処刑』は完了したらしいんです。
殺されたわけじゃないんですが精神的にはかなりやられてしまったようです。
Sの次の行動が気になるので私もどうやって対処したらいいのか必死に考えてるんですが
虫さんに相談に乗ってもらう前からずっと考えてても何も出てこなかったものですから・・。」

相談に乗ったからには良い案を出せと。なかなか自分勝手なことを言う奴だ。
最も「男手を募って武力で征する」という案が潰れたのだから必死になるのはわかるけど。
「精神的に処刑ってのもすごいわね。」と美希ちゃん。
亜紀さんなる人物がどんな風に追い詰められたのか少し知りたくもある。
なんだかどんどん処刑人Sのイメージがひどいものになっていく。
殺人だけじゃなくて人を廃人まで追い詰める狂った少女。
なかなかお目にかかれるものじゃない。

「狂った娘をほったらかしにするなんてかなりひどい親ですね。
もしかしたらわかってて敢えて病院に入れてないかもしれませんね。
世間体を気にして何も気付かないフリをしてるとか。
娘が狂人だなんて知られるのが嫌なんでしょうね。(娘が人殺しだと知られるのはもっと嫌でしょうけど)
では密告者さん側としてはどんな対処をすればいいのか?
とりあえず様子見じゃないでしょうか。今のターゲットが『処刑』されたんなら次のターゲットが決まるまでは
何も動けないと思います。それか今の空白の間を利用して逃げてしまうとか。」

どうもあまり良い案が出てこない。
警察もダメ、病院送りもダメ、自分たちだけでどうにかしなければならない。
随分制限の多い相談だ。急いで考えろって言ったってそんな簡単に名案なんか思いつくわけないじゃないか。
僕が愚痴ってると美希ちゃんが素晴らしいことを言った。「私たち暇人には考える時間はたっぷりあるけどね。」
確かに。
でも出ないものは出ない。


5月12日(土) 晴れ
今日は二通届いた。

一通目
「逃げれるものなら逃げてますよ。でもSは追ってくるんです。
一度亜紀も逃げて家に閉じこもったんですがSは家にまで来たそうです。
ああ、ホントにどうしようか悩みます。亜紀にしてもとりあえず処刑は済んだもののいつ殺されるかわからない状態です。」
もう一人の田村喜久子に関してもそうです。Sから狙われたらひとたまりも無いんです。
今、二人の友人を救えるのはSとは関わりのない私だけだと思ってます。
それに虫さんという相談役もいますからね。なんとか突破口はないでしょうか。」

二通目
「すいません。今日二通目です。このメールが届いたらすぐに掲示板を見てください。
Sが書き込みをしています。例の出会い系のフリー掲示板のところです。
管理者に消される前にすぐに確認をお願いします。」

確認した掲示板の書き込み
********
淫売女狐下僕化完了。次のターゲットを募集する。

失格教師 岡部和雄
鬼畜女王 牧原公子(逃亡中:見つけ次第処刑予定)
能無下女 板倉聡美
淫売女狐 細江亜紀(下僕化)
寄生蛆虫 田村喜久子
********

昨日までの投げやりな態度から考え方が一気に変わった。
ついに処刑人をリアルタイムで発見した。間違いない。確かに書き込まれてる。
「WANTED処刑人」においても何人かが処刑人書き込み情報を報告していた。
みんなが動いてる。いや、これすらも誰かの自作自演なのか?
僕はまだネットでしかその存在をしらない。密告者すらも顔を見たことがない。
信じていいのか?どこからどこまでが本当なのかわからない。
僕と同じように処刑人の書き込みで一気に真剣な表情になった美希ちゃん。
「ネットでの情報の真偽なんて、誰にもわからないわよ。」
そうだ。とりあえず信じるしかない。
Sは処刑人で今まさに次のターゲットを募ってる。メールアドレスまで乗っけてる。
ここにメールを送れば誰かに届く。それだけは確かだ。
処刑人当てにメールを送った。

「あなたは本当に人を処刑してるのですか。人殺しじゃないですか。」

いきなり処刑人と接触。こんなに早く実現するとは思わなかった。
突然のことに正直まだ心臓がドキドキしてる。言うべきこと、考えなければならないことがたくさんあったはずなのに。
こんな簡単でいいのか。こんな簡単に会えてしまっていいのか。
僕と美希ちゃんは妙に慌ててしまってとりあえずメールを送っただけで他に何もできなかった。
あれだけ謎に包まれてたのにいきなり本人が登場だなんて・・・戸惑うよ。
参ったな。どうしたらいいんだ。


5月18日(日) 晴れ
「処刑人」からメールの返事は来なかった。
処刑人にメールを送ったことを報告すると「密告者」は喜んでくれた。

「さっそくメールを送ってくれたんですか。行動が早くて頼もしいです。
でも処刑人からの返事はなかなかもらえないんですよ。
というかちゃんとメールを読んでるのかも疑問です。
私もターゲット募集が有るたびに送ってるんですが(もちろん今回も)一度も返事は来ませんでした。
ああいう不謹慎なネタはネットでは歓迎されるでしょうからね。
私や虫さんのメールも何十通も届くメールの中の一つに過ぎないんじゃないでしょうか。
ただ、私たちにはリアルの処刑人を知ってるという強みがあります。
今回はネット側に虫さんという味方がいるので、私も心強く思ってます。
リアルとネットで攻めればなんとかSも落とせるかもしれませんね。」

処刑人は返事をくれないのか。
言われてみればその通りの話だ。甘く考えすぎていた。
処刑人情報を集めてるからと言って、それが「処刑」を妨げることには繋がらない。
そもそもあっちは「WANTED処刑人」の存在すら知らないんじゃないのか?
サイトはずっと前からあって、処刑人のターゲット募集も前からやってるわけだから
これまでに誰かしらチクった奴がいるはずだ。なのにあっち側からはメール一つ来た試しはない。
知っててほったらかしにされてるのか?それともチクリメールはまだ誰も送ってない?
せっかく処刑人にたどり着いたと思ったけど、どうやらまだまだ先は長そうだ。
美希ちゃんがまたうまいことを言った。
「私たち、ようやくスタートラインに立てたって感じよね。」
そう。僕らは処刑人を目撃できただけに過ぎない。これまでは処刑人情報を集めてるくせに見たことすらなかった。
やっとみんなと同じラインに立てたってことだ。
ただし、僕らは「密告者」という裏道を握ってる。
うまく活用すれば早めにたどり着けるかもしれない。(これが本当のゴールかはわからないけど)
でもこれだけは確実に言えるんじゃないかな。
処刑人にまた一歩近づいた。


第26週