絶望世界 もうひとつの僕日記

第26週


5月14日(月) 晴れ
「あなたに合ったメル友探し!」のフリー掲示板にアクセスするともう処刑人の書き込みは消されていた。
「誹謗・中傷・個人情報の公開等、当サイトにふさわしくない書き込みは削除します」と
掲示板のトップにデカデカと宣伝されているのが妙に面白かった。
狂人相手にそんなこと言ったって聞くわけ無い。
でもなんでSはこんなメル友探しの掲示板なんかに書き込んでるんだろう。
処刑ターゲット募集なんて、アンダーグラウンドな掲示板の方が似合ってるのに。
ご本人に直接聞いてみた。

「なんでわざわざメル友探しの掲示板に書き込んでるんですか?消されるのは目に見えてるじゃないですか。
無法地帯なところに書き込めばもっと歓迎されると思いますけど。」

返事がもらえないとはわかっててもつい送ってしまう。
何回も送ってればひょっとしたら返事をくれるかもしれない。
淡い期待を抱いて送信。


5月15日(火) 曇り
返事の期待できない処刑人へのメールばかりでなく(やっぱり返事は来なかった)
ちゃんと「本職」の方にも身を入れなきゃいけない。
「密告者」にも返事を書いた。

密告者のメール
「処刑人へのメールは私も何度も送ってるんですが相変わらず返事は来ません。
虫さんもそんな感じでしょうか?Sの方はまだ沈黙を守ってます。
リクエストの様子をうかがってるんだと思いますよ。
誰がターゲットになるかで私たちも行動を考えないといけませんね。」

今日送った返事
「僕も返事は来てないです。やっぱり早々はもらえないんですね。
あと、一つ聞きたいことがあるんですよ。僕のサイトの存在は既に知られてるのかってことです。
相手もネットをしてるというのであればどこかで目に入ってるかもしれませんよね。
このサイトが立ち上がってから結構経ってるんで誰かがチクったとしてもおかしくないんですが。
それによって僕の行動も変わってくるんですよ。」

そして処刑人へのメールも忘れない。
「あなたは何者なんですか?掲示板でターゲットを募集させて何をするつもりなんですか?」

仕事が多くなってきた。


5月16日(水) 曇り
「Sは虫さんのサイトの存在は知らないと思いますよ。
頭の中はそれどころじゃないですからね。人を殺そうって時に、のんきにネットサーフィンなんかしてないんじゃないでしょうか。
それにSは主に携帯の方でメールを受けてるらしいんですよ。授業中しょっちゅうピリピリ鳴ってるって話です。
誰かがチクったとしてもアクセスできないんじゃないでしょうか?
学校のパソコンを使えば見ると思ったんですが、ただでさえ大量のメールが送られてくるのに
わざわざアドレスを打ち込んでまでアクセスしてくれませんでした。
次のターゲットは誰になるのかまだわかってません。
掲示板で発表したり言葉で言うわけじゃないですからね。
Sがちょっかいを出し始めた人がターゲットだと判断してるだけなんで・・・。」

ターゲットがまだ決まってない。
ここで美希ちゃんがある作戦を閃いた。
「私たちもリクエスト送ってみたらどう?ターゲットをもう死んだ人、板倉さんと岡部君だっけ?
この二人のどっちかにさせるの。そしたら密告者さんのお友達はとりあえず無事ってことにならない?」
僕は思わず「おお!」と叫んだ。
相手が狂ってるのを逆に利用する。既に自分が殺したにも関わらずターゲットの選択肢に入れてる。
そいつをターゲットに選んだら・・・どうなるんだ?
いつかはもう死んでることに気付くかもしれない。でもそれまでは確実に時間を稼げる。
目からウロコの救出作戦。さっそく密告者にも協力を要請しておいた。
三人で鬼のようにリクエストを送れば間違いなく候補にはあがってくる。
板倉さんと岡部君のどっちを殺すかって迷ってくれれば、田村さんって人の安全は保証される。
必要なのは若干の手間だけ。何の問題もない。いいことだらけじゃないか。
素敵すぎる作戦に俄然やる気が増してきた。


5月17日(木) 晴れ
「それいいですね!もっと早く気付けば良かったです。
亜紀が狙われる前にやっておけば・・・ってこれはもう後の祭りですね。
今は喜久子を助けることに全力を尽くします。
私もかなりメールを送っておきましたよ。同じメールアドレスからだけどたぶん大丈夫だと思います。
何しろ相手はアタマがおかしいですから(笑)気付くわけないですよね。」

一つ問題が発生した。
「同じアドレスでメールを送りまくっていいものか?」
密告者は大丈夫と言ってるけど僕はどうかと思う。
いくら相手のアマタがおかしいからってもし気付いたらどうするんだ。
怪しまれたらせっかくの作戦もパーになってしまう。
と、かなり意気消沈してたけど問題はあけなく解決した。
アドレスを変えればいい。ただそれだけのこと。
メーラーの設定で自分のアドレスの欄と名前の欄を適当なものに変える。
それだけで違う人物のフリしてメールは送れる。
これだと仮にSがそのメールに返信したとき、僕が取得してるアカウントのメールじゃないから
適当に打ったアドレスの持ち主が存在しない限り、メールはリターンしてしまう。
つまりSのところにメールが戻ってきてしまって嘘メールがバレてしまう。
けどそれは、美希ちゃん曰く「相手は返事はくれない人だから大丈夫よ。真面目なメールにも返事くれなかったし。」とのこと。
わざわざ無料メールのアカウントをとるのもバカバカしいから
こっちの方法の方が簡単だったので採用させてもらった。
鬼のようにリクエストメール。
板倉さんを殺せ。岡部君をヤッテクレ。次のターゲットは失格教師だ。能無し女をターゲットにしろ・・・
岡部君が教師だったことに最近気付いたけど、構わずに呼び捨てしまくった。板倉さんにしても同様。
悪ノリして書きすぎたかもしれない。まぁやりすぎくらいが丁度いいと思う。
さてどうなるかな。


5月18日(金) 晴れ
「Sはまだ誰かを襲う様子はありません。まだターゲットは決まってないようです。
リクエストもかなり送ったのでたぶん効果はあると思うんですけど・・
誰をターゲットにするのかハッキリと知りたいですよね。」

確かに。誰かを襲って初めて分かるってのは効率が悪い。
もし作戦が失敗していきなり田村喜久子さんが殺されてしまったら元も子もない。
作戦が成功していても、既に板倉さんか岡部氏を狙ってて見えないターゲットを探してる状態であったら
僕らはいつまでも無駄に待ってなきゃいけない。
狙ってる人が誰かわかれば、先回りやら何かできることはあるかもしれないのに。
僕らの方で何とか考えてみて、とりあえうず「本人に聞いてみる。」という結論に達した。
ただし、前みたいにいきなり質問メールを送っても返事が来ないことは目に見えてる。
そこで今回は有る程度布石を打ってメールを送ることにした。リクエストを送りつつ、質問も交える。
嘘リクエストメールはもう送らないで僕のメールだけ注目させるようにする。
「WANTED処刑人」の存在は知られてないってことなので、「虫」の名前を知られても問題は無い。
敵じゃないことをアピールすれば少しくらいは返事をくれる確率が高まるだろうってことで。
「それでも、ほんの少しマシになるくらいだと思うけどね。」と美希ちゃん。
その通り。ダメもともとじゃないか。

「板倉聡美を殺して下さい。」
「やっぱり岡部和雄も捨てがたいです。」
そして最後にもう一通。
「今度のターゲットは誰に決まったのですか?そろそろ結果が知りたいです。」

本当に返事がくればラッキー。


5月19日(土) 晴れ
「次のターゲットは板倉聡美だ。あの能無の血を諸君に捧げよう。」

それは間違いなく「処刑人」からの返事だった。
まさか本当に来るとは思わなかった。リクエストを送ったのが功を奏したのかもしれない。
大喜びで「密告者」にも連絡した。返事はすぐにやってきた。

「次は板倉聡美ですか。自分で殺しておいてこれ以上どうすると言うんでしょうね。
私は今でも覚えてます。あの頃は私たちはみんな同じクラスだったんですが
Sは聡美の死を知った日の帰り道、大声で笑ってたんですよ。
あのおぞましい笑い声は未だに耳から離れません。
そう言えば当時Sもメールにハマってて何でもネットで恋人ができたとかそんな話がありました。
私は結局よくわからないままだったんですが
もしかしたら処刑人にはネットに仲間がいるのかもしれませんね。
聡美が死んだのは『電車のホームに誤って転落しての事故死』だとされてるんですが
今時こんなの信じられませんよね。絶対に誰かに殺されたはずです。
公子が殺された時は川に落とされたって噂で死体が出てないんですが
岡部先生の時は後から刺されて死んだんだから露骨ですよね。
なんだか身近な人が殺されたのを思い出してまた少し怖くなってきました。
これ以上Sのヤツをのさばらせるわけにはいきません。絶対何とかしましょう。」

メールで恋人ってのも面白いエピソードだけど詳しいことがわからなければ使えない。
それよりもリアルな話の方が目に付いた。
板倉さんの死に方はは奥田の死を連想させた。
みんなそうだ。病院のベッドで死んでない時ってのは大概は血なまぐさい死に方になる。
痛々しくてあまり想像したくない。
今度の相手は人をそんな目にあわせておいてその記憶を無くしているヤツだ。
殺した相手を忘れてしまうなんて。まだ生きてると思ってるなんて。狂ってる。
僕らもネットを通じてとは言えそいつと接触してしまった。
奥田のことを思いだしたのも何かの導きかもしれない。
次のターゲットもわかった。
今更怖いからって逃げるわけにもいかない。


5月20日(日) 晴れ
「次のターゲットは板倉さんに間違いありません。本人が自分で言ってたそうですよ。」
ただ、今回はちょっとおかしなことになってるんですよ。
Sは亜紀に『板倉さんを殺せ』と命令したんです。本当に下僕扱いですよ。
自分は直接手を下さないで高見の見物。ひどい話ですよね。
亜紀もやっと解放されたと思ったのにかわいそう。
虫さん、何かいい方法は無いでしょうか。」

いい方法。それが今日思いついた。
もともとは美希ちゃんの発想だった。
次のターゲットはもう死んでる板倉嬢となったことで、何かできないかと作戦を練ってると
美希ちゃんに何か案があるということで話を聞いてみた。
「前の嘘リクエスト作戦の時からちょっと考えてたことがあるの。
死んでる人がターゲットになったらうまく罠にはめることができるかもしれないって。
でも具体的にどうしたらいいのかまだ何にも決まってなくて・・。」
その内容はSが狂ってるのを逆に利用する実に面白いものだった。
漠然としてたので二人で具体案を練りに練った。
毎週日曜はバイトも休みだから気兼ねなく話し合いができる。
そうしてできたのが「プロジェクトS」
別段大した内容じゃないのに名前だけは凄い。
Sを倒すのまでは繋がらないにしても、下僕となった細江嬢を救えるし田村嬢も無事でいられる。
とりあえず目の前の危機を確実に回避できる方法だ。
このプロジェクトは仮に成功したらもう一回できるというスグレモノ。
我ながら凄い作戦だと思う。

本当なら毎日淡々とバイトをこなして単調に生きてるはずだけど
ネットで処刑人なんてものを追っかけてるおかげでなかなか充実してる。
しかも最近は処刑人と接触したりとかなり中身が濃い。
全部が解決したら「密告者」に会ってあげてもいいかもしれない。
でも、「全部が解決したら」ってどこまでのことを言うんだろう。
というかいつまで処刑人を追っかければ終わりなんだろう?
密告者の言ってる事が全部本当でSが僕の追っかけてる処刑人でその正体と目的も全て明らかに・・
このままうまく進めばそこまで行くかな。それで終わりなんだろうか。
それで僕らの罪も償われて奥田も許してくれるかな。
わからない。
ただ、今はそこを目指すしかない。


第27週