絶望世界 もうひとつの僕日記

第27週


5月21日(月) 晴れ
プロジェクトSは密告者も乗ってくれた。
「なるほど。さすが虫さん。なかなかうまいやり方を思いつきますね!
簡単なようでいて意外と効果あるかもしれませんよ。何しろSは狂ってますからね。
バレずにいけると思います。さっそく準備に取りかかりますよ。」とのこと。
準備と言っても用意するものはそんなに無い。
大事なのはタイミング。プロジェクトをいつ発動させるか?
早すぎたらバレるかもしれないし遅すぎると細江嬢の身が危うくなる。
「あまり焦りすぎないように。」と忠告して置いた。
僕らは助言するだけで報告を待つことしかできない。
「なんだかドキドキしてきたね。」と美希ちゃん。僕もだ。
間接的に処刑人を罠にハメる。これで緊張せずにいられるか。
成功を祈る。


5月22日(火) 曇り
作戦決行のまだタイミングが早すぎる。まだ粘った方がいい。
ということで、今のところ僕らにはやることが無い。
その間に作戦後のことも少し考えた。
プロジェクトSが成功したら、今度は処刑人を葬る方法を考え出さないといけない。
メールで「お前の正体を知ってる。」と言って名指しでやることはできないか?
僕のような赤の他人かたいきなりそんなこと言われたらSも驚くかもしれない。
僕はいい案だと思ったけど、「密告者」は反対してた。

「確かに作戦成功後は次の段階も視野に入れないといけませんね。
『正体知ってる』メールを送るのは可能です。
でもそれをやってしまったら、リアルで犯人探しをするに決まってますよ。
仮に虫さんにSの本名や個人情報を教えて追い詰めてもらっても、
奴は『誰かが個人情報をチクった』としてリアルワールドにて犯人探しをするでしょう。
そうしたら私の身が危うくなってしまいます。知り合いというだけでどんな言いがかりをつけてくることやら。
何しろSのアタマはおかしいですからね。仮に私に至らなくても他の人に八つ当たりするでしょう。
私も『正体知ってるぞ』メール送ろうと思ったことはあるんですが、そういった理由で断念しました。」

僕が思いつくようなことは既に検討済みってことか。
それにしても、やっぱり最後はリアルワールドの方が問題になってくる。
このまま「密告者」とつき合い続けたら、最後は僕も処刑人と直接することになるんだろうか。
会いたいような会いたくないような。


5月23日(水) 雨
作戦は順調に進んでる。
「密告者」が状況を逐一報告してくれるので助かる。
実行者となる細江嬢もSをうまく牽制してるようだった。
既に死んでる板倉嬢をもう一度殺す。いや、殺したフリをする。
プロジェクトSなんて大層な名前だけど、やることと言ったらこれだけだ。
Sは板倉嬢がまだ生きてると信じてる。それを煽ってやれば効果も倍増。
だからプロジェクト決行前には準備期間が必要となる。
僕らの案は「板倉さんを見かけた。」とでも言えばSも信じるだろう、というもので
細江嬢も忠実に実行してくれて、Sも何の疑問も持たずに信じたらしい。
狂人の扱いのポイントは相手の言うことにあわせることだ。
見当違いなことを言ってるからといって、ヘタに訂正すると怒るに決まってる。
逆に利用してやればいいんだ。成功したら誰も傷つかずにSも喜んで一石二鳥。
岡部教授がターゲットになった時にも応用できるからかなりの時間稼ぎになる。
うまくいくかな。


5月24日(木) 曇り
そろそろ実際に殺したフリをする時の準備をしなきゃいけない。
最初は「電車のホームに突き落としてきました。」と言わせる予定だった。
言葉だけで殺したフリをできるし何かの拍子でSが「死体を見せろ。」なんて言った時も対応できる。
そもそも精神に異常をいたしてるSがそんなことを言うとは思わないけど用心するに越したことはない。
これでいこうって話で密告者へのメールにもそこまで具体的に書いたけど
僕はギリギリになって嫌な気分になってしまった。
奥田のことを思い出したから。
美希ちゃんにもそのことを言うとサっと顔が青くなった。
「確かにこれは不謹慎よね。ごめん。気付かなかった。」
彼女が謝ることは無い。僕も奥田のことを忘れて悪ノリしてた。
どんなにいい案でも僕らの気分が悪くなってまでやる価値は無い。
作戦に軽いトラブルが生じた。殺すフリの具体案が無い状態になってしまった。
密告者には謝罪と共に具体案の要請をした。

「すいません。いよいよプロジェクト決行という時なんですが
例の『殺したフリ』をする具体的な案を考えてなかったんですよ。
Sのテンションとしてはどんな感じでしょうか?あと二、三日もしないで決行しないとヤバイでしょうか。
時間がないときに申し訳ない。一緒に良い案を考えてくれないでしょうか?
既に死んでる人を殺すんだからそんなに難しいことでは無いと思います。
僕も何とか知恵を絞りますので密告者さんもよろしくお願いします。
うまく案がまとまるまで何とか作戦決行を引き延ばして下さい。」

返事はすぐに来た。

「ちょっと待って下さいよ。今更そんな無責任なこと言わないで下さいよ。
Sはもうかなりやる気になってますよ。すぐにでも板倉さんを殺さないと何をされるかわかりません。
引き延ばすのだって今でもかなりギリギリなんですよ?
私は虫さんが全部考えてあるって言うから従ったのに。ここまで来てそれはひどいですよ!
あなたはネット越しで安全な位置で見てるだけだから平気なんでしょうけど
私たちは常に死の恐怖を向き合ってるんですよ。そんな軽く考えないで下さい。
とにかく私も考えてみますが、虫さんも考えて下さいよ。
お願いです。あなたに信じて言うとおりにしてきたんですから。
中途半端で見捨てるなんてことはしないで下さい。」

こんなに怒るとは思わなかった。ただ、「密告者」の言うことも一理ある。
僕らは命を懸けてまでやってるわけじゃないけど。あっちにしてみれば死活問題だ。
これで「密告者」も処刑人Sに殺されるようなことになったら後味が悪すぎる。
ちょっとこれはマズイな。真剣に考えないといけない。
何か無いか?


5月25日(金) 雨
焦った割には問題はすぐに解決した。

「なんとか一日だけ引っ張っりました。
どうやって殺せばいいかわからないと言ったらSも納得してくれたんです。
でも『刃物で殺せ』とあっけなく命令されてしまいました。
これ以上逃げられません。明日には作戦を結構しないとこっちの命が危ないです。
虫さん。早くなんとかして下さい。」

時間が無いのは分かるけど随分図々しいヤツだ。
こっちは相談に乗ってあげてるのに「なんとかしろ」はひどい。
これはあくまで協力してあげてるだけだってのを忘れたのか?
などと少し腹が立ったけど、僕らとしても作戦の責任をとる必要もある。
それは美希ちゃんが簡単に解決してくれた。

「刃物で殺せって?なんだ。なら簡単よね。
ナイフでも買ってきてそこにケチャップか赤い絵の具か何かをつけてそれを見せればいいのよ。
『これで刺して来ました』って言えば大丈夫じゃない?」

今回は運が良かった。殺し方が指定されたのが功を奏した形になった。
少し考えれば僕でも思いつきそうだ。
さっそく「密告者」にもメールをして問題解決。
これであとは結果を待つだけ。僕らにできることは無い。
気になるところと言えば「死体を見せろ。」と言った時のことぐらいだけど狂人相手だからそれくらい大丈夫かな。
万が一板倉嬢が既に死んでることに気付いたなら、それはアタマが正常に戻った証拠だ。
僕としてはプロジェクトSを通じてSのアタマを正常に戻ってくれればいいと思う。
うまくS自身の口から板倉嬢を殺した証言が取れれば警察に突き出せるはずだ。
もしくは自首するとか。それが一番嬉しいけど・・・絶対にあり得ないな。
とりあえず次の段階に進むとしてもプロジェクトSの結果次第だ。
明日の報告が待ち遠しい。


5月26日(土) 晴れ
「作戦は成功しました。Sは何の疑いもなく聡美を殺してきたと信じてます。
ナイフの偽装もうまくできました。本物の血かどうか確かめられることもありませんでした。
完全にこっち側の思い通りです。」

彼女と二人で祝杯をあげた。
ネット越しとは言え処刑人を罠にハメた!
あっちは知らないだろうけど、こっちは随分前から追っかけてたんだ。
こうしていざ結果が出るとやっぱり嬉しい。途中軽いトラブルがあったけど成功してしまえば何の問題もない。
この先はもうSを破滅に追いやるために全力を尽くすだけだ。時間はまだ稼げるし。
でも、本当に喜んでいいのか?本当に、Sが僕らの追ってる処刑人なのか?
・・・・と疑い始めたらキリがない。
今回の作戦の成功を機に僕らは考えを決めた。

「ねぇ。もうそろそろ考えていいんじゃない?変に疑問を持ったままってのもどうかと思うし。」
「そうだね。中途半端なままでやるよりは覚悟を決めた方がやりやすいしね。」
「となると、いずれは会うことになるかもしれないわよ。」
「そのつもりだよ。仮に違ったとしても、ここまで関わった相手なら会ってもいいよ。」
「じゃあ決まりね。」
「うん。僕らが罠にハメたS。こいつが、本物の処刑人ってことで。」

こうして考えた方がわかりやすい。
今までは単にその方向で検討してただけだったけど、今日からもう決めてかかることにした。
だから美希ちゃんの言うとおり、将来的には会うことになると思う。
密告者の方はむしろ「会って欲しい。」と言っててあとは僕の気持ち次第というところだった。
覚悟は決まった。会ってもいい。
狂人ってのが実際どんなものなのか、僕には想像つかない。
風美のこととか聞いてもちゃんと答えてくれるかな?
それとも、そこまでわからなくなってるほど記憶が錯乱してしまってるか?
会うと決めたら聞きたいことが山ほど出てきた。
夢が広がる、ってのは変かもしれないけど僕らにとっては重要なことだ。
死んだ友人のためってのは言い過ぎかな。
奥田がそこまで、それこそ命を懸けてまで「処刑人」のことを知りたがってたのかはわからない。
ただ、僕らは「処刑人」の名を聞くたびに奥田のことを思い出すのは事実。
どうしても奥田と繋げて考えてしまう。
処刑人に関する全ての真実を明かすまで報われない。
僕と美希ちゃんにはそんな考えが常につきまとってる。
どうしようもないことなんだ。だから今回覚悟を決めたんだ。
処刑人ことS。
会ってやろうじゃないか。


5月27日(日) 雨
「密告者」に僕らのスタンスを伝えた。
プロジェクトSも成功したし、今後さらにさらに新しい作戦を進めて
Sを葬るためにいよいよとなった時には僕も参加してもいい。
オフで会う覚悟を決めた。
と、僕らとしては相当盛り上がってたのに「密告者」のテンションはイマイチ低かった。

「いよいよとなった時には、ですか。ということは今すぐでは無いんですね。
そうやって虫さんはいつも安全な位置から見てるんですよね。
まぁネット越しでお互い顔も知らない状態だから仕方ないと言えば仕方ないですけど。
私は今目の前にある危機を救って欲しいんです。
『Sを葬るときとなったら会う』とかじゃなくて『Sを葬るために』虫さんに協力して欲しいんですよ。
あまり悠長なことは言ってられません。
生意気なこと言ったかもしれませんがこれが本音なんですよ。
そもそも私がネットの人に助けを求めたのが悪かったのかもしれないですけど。」

何が言いたいんだ。せっかくの気分がそがれてしまった。
いくら覚悟を決めたからと言ってすぐになんて会えるわけ無いじゃないか。
何の準備もしてなくていきなり会うってのは無謀すぎるよ。
将来的にはちゃんと会うって言ってるんだから問題ないはずなのに。
美希ちゃんが言うには「あっちには中途半端だと思われてるのかもね。」ということだった。
僕はそうは思わないけど。将来的にしろ会うって決めたことは随分な進歩だ。
彼女はさらに「私たちの覚悟はまだ甘いのかな。すぐに会ってこそなのかな。」とも言ってた。
それは違う。焦りすぎたってロクなことがない。じっくりと本格的にやってこそ効果があるんだ。
そう。処刑人を破滅させると決めたんだ。今まで以上に戦略を練らないといけないんだ。
むしろもっと長い時間をとった方がいいくらいだ。時間はいくらあっても足りない。
対決に向かって突き進む。そのための戦略じゃないか。
これのどこがいけないんだ。


第28週