絶望の世界A −もうひとつの僕日記−
第28週
5月28日(月) 曇り
珍しく僕の方からメールを送った。
「一緒にSを破滅させる方法を考えましょう!」と。
けど「密告者」の反応はどうもおかしかった。
「そうですね。考えないといけませんよね。それはわかってます。
でも申し訳有りませんがそれは虫さんが考えてくれないでしょうか?
というのも、今こっちではちょっとしたトラブルがあってそれどころじゃないんですよ。
ネットでどうのこうのより、現実的な問題を抱えてるんです。
失礼な言い方ですが虫さんの相手をしてる暇がないというか・・
私自身が決断を迫られてる状態なんですよ。
Sの破滅作戦についてはそちらで練ってくれると助かります。」
随分素っ気ない返事だ。決断を迫られてるだって?
これまでの流れならすぐに「虫さん、どうしましょう!」なんて言ってきそうなものなのに。
問題の内容も何も言ってこない。なんでいきなり無愛想になったんだ。
美希ちゃんも「どうしたのかしらね。」と首をかしげるばかり。僕にだってわからない。
せっかくやる気になったってのにあっちがそんな態度じゃ拍子抜けじゃないか。
何かが、ズレてきてる。
5月29日(火) 晴れ
変な気分のままだと嫌なのでハッキリ聞いてみた。
「どうかしたんですか?ここ数日様子がおかしいように思いますが。
Sの行動がまたおかしくなったんでしょうか?困ったことがあればいつでも相談にのりますよ。」
いつもなら即日に返事がくるのに今日は来なかった。
どうも本当に何かあったのかもしれない。いきなり態度が変わるなんて何があったんだ?
美希ちゃんが言うには「もしかしたら、私たちのことを信用できなくなったのかもしれないわね。」とのこと。
確かにプロジェクトSの最中に少しミスをした。
結局なんとかなったけど、どうもその時の対応が気にくわなかったんじゃないかと。
無責任だの散々言われたし。相当ご立腹だった様子。
作戦が成功したあとでもまだ引っ張るなんて。
別に致命的なミスにならなかったんだからどうでもいいじゃないかと思うけど
あっちから見れば僕らは「いい加減」だったのかもしれない。
僕らの命が狙われてるわけじゃなかったからそこまで真剣じゃなかった、というのは認める。
けど今は真剣にやってるんだからオッケーじゃないのか?
それとも一度信用を無くしたらもうダメってことなのか。
だとしたら、心が狭すぎる。
5月30日(水) 雨
ネットは見知らぬ人と仲良くなれる。
何度かメールのやり取りすればすぐにお友達。
さらに言えば、真剣な悩みも気軽に相談できてしまう。
相手だってそれに応えて真面目にアドバイスするだろう。
僕のアドバイスは決して「真剣」では無かったかもしれないけど、真面目には答えてたはずだ。
お互い顔も見たこと無い。でもそれなりの信頼関係はできたと思ってた。
どうもそれは幻想だったらしい。僕が今思うことは一つ。
ネットの人とは仲良くなりやすい。その代わり、切り捨てるのもまた簡単。
今日も「密告者」からメールは来なかった。
「私たち、もう切り捨てられちゃったのかな。」と美希ちゃん。
僕も薄々そう感じてるももの、スッパリ諦めることもできてない。
ようやくやる気になったってのに「やっぱいい。」なんてひどい話じゃないか。
またメールを書いた。
「どうも返事が来ないようなのでまたメールしてしまいました。
昨日のメールは届いてなかったですか?いつもならすぐにお返事が来たので少し心配になってしまって。
それにしても本当に何かあったっぽいですね。何が起きてるのか言って頂ければ相談にのれるんで
これまで通り気軽に言って下さいよいつでもオッケーですから。」
彼女に「ちょっぴりストーカーじみてるわよ。」と笑われた。
そんなことない、と思ったけど読み返してみると確かに少し怪しい。
もう送ってしまったから今更どうしようもないけど。
とりあえず何らかの返事がもらえないと僕としても次の行動に困る。
切り捨てるんだったらハッキリそう言ってくればいいのに。
そしたら僕だってメールは送らない。(今更切り捨ては嫌だけど)
何か言ってくれ。そっちがどうしたいのかを知りたいんだ。
このままじゃ宙ぶらりんだ。
5月31日(木) 曇り
もしかしたらサーバーの調子でも悪かったのかもしれない。
たまたまこの二、三日ネットに接続してなくてメールチェックをしてなかったのかもしれない。
そんな期待は見事に吹っ飛んだ。
「すいません。もうなんかどうでもよくなりました。
どうもあなたに相談したせいで事態が最悪の方向へ進んでしまったようです。
今私は『やっぱりネットの人なんかに相談しなければ良かった。』と思ってます。
目の前の現実が厳しくても自分でなんとかしないと何も解決しないんですね。
私は男手が欲しくて虫さんに相談しましたが、もうそんなことでは解決しません。
例え今すぐ虫さんに来てもらっても解決しなくなってしまったんです。それほどこじれてしまったんです。
色々ご迷惑おかけしました。もう来てくれとは言いません。
放って置いて下さい。」
考えようによっちゃ失礼極まりないメールだった。
僕のせいで最悪の方向へ進んでしまったって?
具体的にどうなったとか何も言わずに一方的に切り捨て。
反省するのはそっちの勝手だけど、やる気になってた僕はどうすればいいんだ。
ふざけてる!
6月1日(金) 曇り
あれ以上何のメールも送ってこない。
怒りにまかせて文句を延々と書き連ねた文章を送ってやろうかと思ったけど
それだとあまりに無意味なのでやめておいた。
だからと言ってこのまま切り捨てられるのもしゃくにさわる。
どうしたものかと二人で考えてると、ふとあることに気付いた。
「『密告者』の言う最悪の方向に進んだ事態とはどんなのかな。」
「メールを送る暇もなくて、仮に僕が駆けつけても解決しないような事態。
というとよっぽどひどいことになってるんだろうね。」
「密告者さんも処刑人に狙われちゃったのかしらね。」
「有り得るね。みんなに助言してるウチに自分がターゲットになってしまったと。」
「でもなんで密告者さんはこれまでターゲットじゃなかったのかな。
なんか話を聞いてると狙われてもおかしくないような位置にいるように思えたんだけど。」
「処刑人Sへのイジメに加わってなかったからって言ってたよね。
あ、でも確かに変だ。細江さんと田村さんだっけ。この人たちもイジメに加わってなかったんだよね。」
「確かそうよ。なのに狙われてるから助けたいって・・。」
「となると『密告者』だって狙われてもおかしくないはずだ。なのにこれまで狙われてなかった。」
「ひょっとして嘘ついてたんじゃない?」
「嘘?どんな?」
「だから、本当は自分も狙われてたのよ。友人が狙われてると称して最初から自分を助けて欲しかったのよ。
あ、なんだかそれっぽい。だからあんなに必死になって助けを求めてたのよ。」
「なるほど。だとすると、密告者ってのはもともとSと関係の深いヤツなのか。」
「というかターゲットの中の一人じゃ・・・。」
それでヤツのこれまでの言動が理解できた。
やたらSの行動に詳しいと思ったら、そうゆう理由だったからか。
密告者のメールを読み返した。自然とこいつが誰なのかが見えてくる。
亜紀の話によると・・・・亜紀とか喜久子がかわいそうだから・・・亜紀がひどい目に合ってるの見て・・・
なんてことはない。こいつは細江亜紀本人だ。
友人のフリして全部自分のことを話してたんだ。
メールを送った。
「密告者さん。あなたは細江亜紀さんですね?」
この一行だけで十分。返事を書かずにはいられないはずだ。
そうだろ?細江さん。
6月2日(土) 晴れ
「虫さん。あなたの観察眼には恐れ入ります。
おっしゃるとおり、私は細江亜紀です。
騙してて申し訳有りませんがそんな大層な嘘でもないですよね?
それに、バレたところで私の状況は何も変わりません。
まぁ今更どうこう言っても仕方有りませんね。
とにかく私は一人でSに立ち向かうことにしました。
もう虫さんの助けは借りません。というより、ネットで助けを求めるのはやめました。
甘い考えは改めたんです。現実に目を向けないと。
所詮ネットで知り合った人なんて赤の他人ですからね。
信用できない。これが結論です。
自分勝手だと思うかも知れませんね。でも考えてみ下さいよ。
相談に乗ってくれたと言ったって、結局何も助けてくれなかったじゃないですか。
むしろプロジェクトがどうのとか言って私のことを振り回したりして。
あの時は本当にギリギリだったんですよ。
そんなわけなのでもうメールのやりとりも終わりにしようと思います。
さようなら。」
決定的なメールだった。これ以上ないくらいハッキリ言われた。
僕と美希ちゃんは画面の前で慌てるばかりだった。もう何を言っても無視されるのは目に見えてる。
どれだけ焦ってもこの事実は変わらない。
僕らは、完全に切り捨てられた。
6月3日(日) 曇り
これからどうするか。
一晩考えて結論が出た。
「なんだか中途半端だよね。消化不良って感じで。」
「いいのかな。結局あっち側では何も解決してないんでしょ?どうするの亮平君。このまま縁を切っちゃうの?」
「どうしよう。この様子じゃメールを書いても無視されそうだしね。」
「そうよね。となるとこれで私たちも『処刑人』への道が断たれたことになっちゃうけど・・・。」
「・・・・。」
「細江さん、大丈夫かしらね。一人で立ち向かうって言ったって相手は人殺しでしょ?」
「・・・・まだだ。」
「何?」
「せっかく掴んだ情報筋じゃないか。ここで逃したらもったいない。」
「それって・・・細江さんを助けに行くってこと?」
「違う。細江さんも言ってたじゃないか。僕が行ったところで何も解決しないって。」
「じゃあ何でそんなことを?」
「処刑人の正体をこの目で確かめる。」
美希ちゃんは驚いてた。
「無茶よ。相手の居場所も分からないのに。」
確かにわからない。お互い住んでる場所の話とか一切したことがなかった。
処刑人Sにしろ密告者「細江亜紀」にしろ、名前はわかっても具体的にどこにいるのかわからない。
それなのにどうやってあっち側へ行くのか?
僕らは世界のどこかで起きてることに場所も分からずに干渉してた。
ただ、そこで何かが起きてることだけは確かだ。
密告者の言ったことが全て現実なのかはわからないが
そこには確実に「細江亜紀」と名乗って僕にメールを送ったヤツがいる。
ネットだからって全ての存在が虚ろになるわけじゃない。
嘘の情報にしろその情報を流す「人間」が必ずいるんだから。
僕はそいつを追っかける。
せっかく処刑人に会えたと思ったのにメールの返事は一回だけ。
これをうまく活用できないかと思ってもその具体的な策は何も浮かばない。
被害者側から接触を試みたら切り捨てられた。
うまくいってるようでうまくいかない。
おいしい餌だけ見せられてじらされてる気分だ。
だけどたまにふと我に返ることがある。
僕はなんで餌をほしがってるんだろう?つまり、なんで僕は処刑人なんてのを追ってるんだろう?
奥田の死のショックがまだ醒めてないころは「自分へのけじめ」とか何とか言ってたけど
日が経つにつれてその気持ちが薄れつつあることに気付いた。
別に「処刑人」に奥田を殺されたわけじゃない。
なんでここまで「処刑人」に固執してるんだろう。美希ちゃんと「けじめをつける」と約束したからか。
それとも自分が楽しくてやってるだけなのか。
答えは見つからない。ただ、目の前に餌がある限りそれを食べたくなるのは当たり前だ。
処刑人の影が見え隠れしてるのに、諦めることなんかしたくない。
むしろ今はこう思うようになった。
処刑人が僕を呼んでいる。
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第8章
第29週