絶望世界 もうひとつの僕日記

第1部<内界編>
第8章
第29週



6月4日(月) 晴れ
手持ちの情報を美希ちゃんと整理した。
処刑人の携帯メールアドレスは握ってる。(番号じゃなくてしっかり変えてるのが腹立つ)
処刑人の被害者となってる「細江亜紀」のメールアドレスも握ってる。
ただし、こっちに関してはフリーメールのアドレスなのであまり期待はできない。
処刑人の周りで何が起きてるのか大体は掴んでる。
処刑人像に関してもある程度は知ってる。
イジメられッ子の女子高生。精神異常。
ネットに流出した処刑人のターゲットのリストもある。
実際に死んだ三名とまだ生きてる二名。
そしてその人達のメールアドレス。かつての僕のメル友だった可能性が高い。
あとは処刑人の手下を名乗る「風見」だけど
あいつは掲示板に人が増えてから全く来なくなってしまった。
真偽を問わない細かい情報ならまだ色々あった。
とまぁ考えてみると僕はカナリの情報を握ってることになる。
なのになんで居場所にまでたどり着かないんだ。
肝心な部分が欠けてる。


6月5日(火) 晴れ
居場所を突き止めるにはどうすればいいんだ?
ネットではここが一番の課題となる。ハッキング技術とかを持ってれば可能かもしれない。
でも僕には無い。美希ちゃんにも無い。
他に頼れる知り合いなんてのもいない。
今ある知識だけでなんとかしようと頑張って考えてはみたけど
無知な二人で頭をひねったところですぐには良い案が出てくるわけがない。
今できることをやるしかないと思って密告者こと細江亜紀にメールを送った。

「あなたは何処に住んでるんですか?場所を教えていただければすぐにでも助けに行きます。」

ストレートな内容でズバっと聞いた。
返事がくれば僕はバイトをサボって本当にすぐにでも行くつもりだ。
騙すつもりはない。


6月6日(水) 曇り
案の定返事は来なかった。
今更正直になったところで信じてくれないってことか。
前は確かに思惑があって色々動いてた。
相手の言葉の裏を推測したりおいしい情報だけもらおうと画策したり。
「すぐに来て欲しい。」という要望ものらりくらりとかわしてた。
僕の方が相手を信用してなかったんだ。ネットだからと警戒しすぎた。
そうやって僕は徐々に信用を失っていったんだと思う。
と、後悔したところで何も先へは進まない。
メル友募集の掲示板や自分のサイトの掲示板を覗いて回ったけど
「処刑人」の書き込みも無ければ「密告者」の書き込みも無い。
停滞してる。あっち側では確かに何か大変なことが起きてるのにネットでは静かなままだ。
誰もパソコンの電源を入れる暇がないほどひどいことになってるのか?
それとも敢えて書き込まずに僕が焦るのを見てほくそ笑むつもりなのか?
それは無駄だ。僕は掲示板に書き込んだりして「焦ってる姿」を見せるつもりはない。
ただし、リアルの僕は焦ってる。
どうすればあっち側へ行ける?


6月7日(木) 雨
ハッキングとかの技術が無い以上相手に知られずにこっそり住所を探し当てるのは不可能だ。
メールの「ヘッダ情報」なるものを見ても僕らにはサッパリだった。
うまく地名でも載ってればわかるのに、そんなにうまい話は無い。
となれば、結局のところは相手に聞くしかないじゃないか。
僕は血迷ったようにまたメールを書いてしまった。

「本当にお返事が頂けないので正直驚いています。
それほどお怒りになられてたのですね。僕の方に不手際があったのなら謝ります。
過ちを償いたいので是非あなたを助けたいと思います。
細江さんはどこにお住いなんですか?住所を教えて下さい。
僕も多少の危険は覚悟してます。だから僕をそちらに行かせて下さい。」

美希ちゃんは「ちょっとやり過ぎじゃないの?逆効果になるかもよ。」と言ってたけど
僕としてはこんな時はがむしゃらにぶつかるのが一番だと思う。
たぶん。


6月8日(金) 雨
やっぱり返事は頂けなかった。
どうしてだ。僕なりに誠実にしてるつもりなのに。何がいけないんだ。

「一度切り捨てられた関係を元に戻すのは難しいわよ。
ましてや顔も見えない相手なんだし。喧嘩別れしたらそれまでよね。
また仲良くなりたいんだったらよっぽど相手にメリットを与えるか・・
あとは脅すかってところかしら。ま、これはよほどの弱みを握ってないとダメだけどね。
でも根本的な問題としてメールを見てないってのがあるかもしれないわよね。
細江さんのメールアドレスってフリーのやつなんでしょ?ブラウザで見るヤツ。
もうメールを見てない可能性が高いわよね。」

美希ちゃんの声を聞きながら僕はとてもひどいことを考えていた。
彼女の話の中にあった言葉がずっと引っかかった。
脅す。脅せば返事をくれるかもしれない。
返事どころか、住所も進んで教えてくれる。間違った情報をつかまされたらまた脅しなおせる。
かならずあっち側に行ける。
細江さんから住所を聞き出せるほどの脅しのネタは・・・・
いや、それはいけない。間違ってる。全うにやろうとした矢先じゃないか。
これでまた余計なことをしたらさらに信用を失ってしまう。
違う方法を考えるんだ。ちゃんとした方法を。
これ以上泥沼にハマってはいけない。


6月9日(土) 晴れ
その場のノリってのは怖い。
最初は悩んでただけだった。

「脅してでも住所は知りたいとは思うけどさ。さすがにできないよね。」
「そうよね。そもそも脅すネタなんてのもある?よっぽどのことじゃないと反応してくれないわよ。」
「いや、それが一応脅せるネタってのはあると言えばあるんだけど・・」
「うそ。そんなのあった?どんなネタ?」
「考えてみればすごく簡単な話なんだけど・・
細江さんってさ。処刑人に自分が『密告』してるのがバレるの嫌がってたよね。」
「あ、そういえばそんなこと言ってた。」
「密告がバレたら何されるかわからないって。」
「すごい。すごいすごい。それってかなり重いネタじゃない!」
「うん。でも根本的に脅すって行為がどうかと。」
「それは問題ないんじゃない?勝手に関係を断ってきたあっちが悪いんだし。
それに気を付けてれば自分が細江亜紀であることくらい隠してたはずよ。
言われたからって認めるのは軽率すぎるわ。もう関係を断ち切るからと思って口が軽くなってたのね。
そのくらいのミスにつけ込んだってお互い様だと思うけどな。」
「そうかな。」
「そうだよ。だって何もお金を脅し取ろうって話じゃないんでしょ?
むしろ助けにいくんだから良いことよ。まぁ脅すって行為は少し抵抗有るかも知れないけど・・
特に問題ないわよ。」

問題ない。最後の一言で決まった。
脅して住所を聞き出したっていいじゃないか。
「メールだと見てくれない可能性があるから掲示板の方がいいと思うわよ。」ってことで
すぐに掲示板に書き込んだ。

「密告者さん。僕の要望に応えてくれないと処刑人にあなたの正体とこれまでの行動を全部バラしますよ。」

書き込んだ直後は特に罪悪感は感じてなかった。
美希ちゃんとどんな返事がくるか本当に返事がくるかとかでけっこう話も盛り上がった。
彼女は「良いことをするために必要悪よ。」と言う。僕もそう思う。
なのにこの後味の悪さはなんだろう。


6月10日(日) 曇り
自分がどんどん嫌な人間になていくのがわかる。
せっかく正直になれたと思ったのに。また逆戻りしてしまった。
それもかなりひどい方向に行ってしまってる。
細江さんは掲示板だけはまだ見てたようだった。

「虫さん。一時でもあなたに頼った私がバカでした。
処刑人にバラすのはヤメテクダサイ。こう言えば満足ですか?
さっさとあなたの要望とやらを言ってください。」

僕は間違いなく細江さんを追い詰めてる。
ただでさえ処刑人とトラブってるのにネット側からも脅しをかけられてる。
かわいそうだとは思う。けど、いいんだ。
顔も見たこと無いヤツに気を使う必要なんて無い。
自分のことだけ考えればいい。僕は処刑人に会いたい。
それでいいじゃないか。


第30週