絶望世界 もうひとつの僕日記

第30週


6月11日(月) 晴れ
メールで要望を伝えてあげた。

「そんなに構えないで下さい。脅すような真似をして申し訳ないとは思うんですが
何も僕は悪いことをしようと思ってるんじゃないんですよ。
せっかく知り合ったあなたを助けたいだけなんです。
それにはそちらの居場所も知りたいし、まず何が起きてるのかも教えて欲しいんです。
返事を頂けたってことはまだご無事なんですね。安心しました。
詳しい住所を教えろってワケじゃありません。
普通のオフ会みたいな気楽な気持ちでお願いします。
突然伺うのは失礼だと思うので一度二人で会ってみませんか?
その上で処刑人Sと闘いましょう。」

思いっきり脅しておいて何を言ってるんだって感じの文章になってしまった。
かと言って「助ける」のがメインなのに「教えないとひどいことになるぞ。ヒヒヒ。」なんてのも嫌だ。
美希ちゃんは「別にそっちでもいいんじゃない?今更どっちだって同じだと思うけど。」と笑ってた。
確かにそうだけど根本的に僕は悪役になりきるのは苦手だから。
ちょっとくらい偽善っぽくてもこっち方が気持ち的に楽だ。
中途半端だと思われたって元々そういう性格なんだから仕方ないよ。
できる限り悪い部分は押さえたい。


6月12日(火) 曇り
しっかりとメールで返事が来た。

「こっちから一方的に関係を断ったことに関しては謝ります。
謝罪だけじゃ許してくれませんか?
虫さん。あなたの狙いがイマイチよくわかりません。
そりゃ最初に『来て欲しい』と頼んだのはこっちの方ですが
もしかして何か誤解してるのでしょうか?
どうしても会わないとダメですか?」

僕はメールの内容がイマイチ理解できなかった。
こいつは何をわけのわからないことを言ってるんだ。
僕は処刑人に会いたい。だから細江さんを利用してるだけなのに。
頭をひねってると美希ちゃんが笑いながら解説してくれた。

「細江さん、何か勘違いしてるわね。
というか昨日送った亮平君のメールの文章が悪かったのかもしれないけど・・・
この人ね。亮平君に下心があると思ってるのよ。」

納得。そりゃ細江さんは女で僕は男だ。
二人で会おうなんてデートに誘ってるようなものじゃないか。
脅して「二人で会いたい。」だなんて言ったらそりゃ警戒される。
うまく別の言い回しをしないと・・・って、他にどんな言い方があるんだ。
変な誤解は勘弁して欲しい。


6月13日(水) 晴れ
ハッキリ言ってやったものの、どうも前と変わらない気がする。

「何か誤解してるかもしれませんが、僕は単純に処刑人に会いたいだけです。
処刑人と闘うってことは、あなたを助けることに繋がるでしょ?だからそう言ったんです。
勘違いしてるのはそっちだと思いますが。
別段なんの下心もありませんよ。二人で会うのが目的ではないんですから。」

大体なんでこんなところでつまづかなきゃいけないんだ。
あっちだって処刑人と何かトラブってて余計なメールなんかしてる暇ないんだろ?
なんだか突然人が変わったように変なことを気にしやがって。
美希ちゃん曰く「ネットの人って豹変しやすいのかもね。」とのこと。
現実の自分とネットの自分を使い分けていれば、素が出ればネット越しだと「豹変」したように見える。らしい。
それは僕も同じことがいえるかもしれない。
散々協力的な態度をとっておきながら、今では脅迫まがいのことをしてる。
お互い様。とは言えこのままじゃ僕の目的が達成されない。
もどかしい。


6月14日(木) 曇り
わさとじらしてるようにしか思えない。

「虫さんの言いたいことはわかります。でもそんな簡単に信じることもできませんよ。
脅しながら会いたいなんて言われたら下心があるとしか思えません。
少し待ってくれませんか?全てが落ち着いたらこっちから連絡しますから。」

だからそれじゃ遅いんだって。
僕は「今何が起きてるか」が知りたいんだ。
美希ちゃんも「あっちで何が起きてるのか見えないと不安よね。」と漏らしてた。
そうだよ。何かの拍子で僕らの存在が処刑人の耳に入ってるかもしれないじゃないか。
こうしてる間にもどんどん状況が変わっていってるに違いない。
情報は早く仕入れないと意味がないんだよ。

「言いたくない気持ちはわかりますが、言わないとどうなるのか忘れてしまったのですか?
いつまでもグダグダ理由をつけて逃げられては僕も強硬手段をとるしかありません。
それとも処刑人に正体がバレようがもはやどうでもいいってことですか?
それならそれでいいでしょう。ただ、とりあえず『密告』はしますけど。
いきなり住所とか言うのが嫌ならまずはそちらの状況からお聞かせ下さい。
このくらいなら言ったって問題ないですよね?」

早く教えろ。


6月15日(金) 雨
やっと口を開いてくれた。

「すいません。教えます。だから『密告』は待って下さい。
こちらはかなりひどいことになっています。
Sが本格的に『処刑』を始めたんです。関係ない人まで巻き込んで人を傷つけ始めました。
ただし、無差別に暴れ回ってるのではないんです。
ある朝、誰かの椅子の上に画鋲が置いてあったり、
酷いときには上履きの中にどこから持ってきたのはわからないけどハムスターの赤ちゃんまで仕込んでました。
知らずにそれを履いた女の子は泣いてましたよ。
そうやってどんどん周りを巻き込んでるのに、私と田村喜久子は何の被害も受けてません。
私たちの近くに居る人が被害にあってるんです。
明らかにわざとです。周りの人は薄々Sが本当は誰を狙ってるのか気付いてます。
今ではみんなこう思ってるはずですよ。『さっさとSにやられちゃいなさいよ。でないとこっちに被害が及ぶから』
えげつないやり方ですよね。周りから攻めて追い詰める。
狂人のくせにそんなこと思いつくなんて。
そうゆう事情で、Sは今私たちの行動をしっかり見張ってると思われます。
だからヘタに応援を呼ぶような素振りを見せたら、助っ人が来る前にやられるに決まってます。
密告なんてもってのほかです。即日で殺されてしまいますよ。
お願いだから冗談半分でも『密告』はやめてください。」

ようやく事態を把握できて僕は満足した。
なるほど。確かに酷いことになってる。
今はSが「様子見」の段階だから無事ってわけなのか。
細江さんと田村さんは周りの目に耐えられなくなるまでは無事でいられるのか。
そうやって精神的に追い詰める「処刑」なのか。
それとも我慢できなくなったところをさらに追い詰めて殺すのか。
いずれにしろロクなことにはならない。
考えてみればただでさえそんな状況なのにネットからも脅されてるっていうのは
細江さんもつくづくかわいそうな人だ。僕の方を信じてくれれば問題ないのに。
下心なんてないんだから。


6月16日(土) 曇り
かなりおかしな方向に進んできた。
なんでこんなことになるんだ?僕はどこかで道を間違えたんだろうか。

「虫さん。昨日のメールでこっちの事情はわかって頂けたかと思うんですが
送ったあと私も色々考えたんですよ。そこで今日、結論が出ました。
やっぱりあなたに助けてもらうことにしました。
でも、助けに来るっていうのは少し変な言い方ですよね。
虫さん。あなたはSを殺すつもりなんですか?まさかそんなことはできませんよね。
だからあなたが『助けに行く』とか『処刑人を倒す』とか言うたびに違和感を感じてたんです。
じゃぁ何で再び虫さんに助けを求めることにしたのか。
それは、あなたに来てもらうんじゃなくて、私がそっちに行きたいんです。
私はこれ以上Sからのプレッシャーに耐えられません。
田村さんには申し訳ないんだけど、私は全てを捨ててここから逃げ出すつもりです。
虫さん。私を助けてくれるって言いましたよね?
助けて下さい。ちゃんとそれなりのお礼はさせてもらいます。
下心を満足させてもらっても構いません。だからお願いします。」

こっちに来たいだって?
冗談じゃない。いや、そうだった。細江さんは知らなかったんだ。
こっち側には美希ちゃんがいることを。
メールのやり取りも全部、「虫」こと僕が全部一人でやってたと思ってるんだ。参謀の存在も知らずに・・
僕も彼女がいるだなんてことは漏らしたことなかったし、漏らすつもりもなかった。
それがこんな結果になるなんて。
こっそり美希ちゃんの顔を見るとかなり不機嫌な顔になってた。
目が合うと僕は慌てて何度も何度も首を横に振ってしまった。
「助けない。助けない。」
彼女はわざとらしくソッポ向いてしまった。気まずい。
「で、どうするの?」
僕の方が聞きたいよ。どうしたらいいんだろ。
こっちに来たい、か。そんな発想思いも寄らなかった。
こうなると「会うだけ」ってのは難しくなる。会ったらそれは「受け入れる」と思われるだろう。
それに、痛いところも付かれた。処刑人を倒すって言ったって、何も殺すワケじゃない。
じゃぁ具体的に僕は何をすればいいのか?
単純に「処刑人を見たい」ってだけで、その後のことなど何も考えてなかった。
また脅して住所を教えてもらうだけに留めるか?
でもあんな覚悟決めてる細江さんに脅しなんて通用するか?
僕は単なる好奇心だけだけど、あっちは命がかかってる。
楽しみながらどうこうできるレベルじゃなくなってきた。
畜生。深く関わりすぎたかもしれない。
けどこれでまた全部捨てて別のアプローチを考えるのも嫌だ。
何のために脅してまで細江さんとメールを再開したのかわからなくなるじゃないか。
答えが出ない。


6月17日(日)晴れ
相手の意図が読めると、次に取るべき行動が見えてくる。
今日はまさにそれを地で行ってた。

せっかくバイトが休みだってのに僕は一日中ゴロゴロしながらメールの返事をどうするか迷ってた。
相変わらず買い物以外で外に出ない美希ちゃんも一緒に寝転がってた。
友人もいない。近所づきあいもない。外界へはネット越しでしか接触しない。
そんな環境だからこそ、内側に対するエネルギーが相当なものになってるに違いない。
今日の彼女の冴えっぷりは目を見張るモノがあった。

「返事何て書けばいいかな。あんなこと言われたんじゃ会うに会えないよね。」
「別にいいのよ。私に気を使わなくても。」
「いやいやいや。そうゆう問題じゃなくって・・。例え一人だとしても迷うよ。」
「そうかしらね。細江さんの言うように本当は下心があったりするんじゃないの?」
「そんなことないって!下心がどうだとかなんて、言われるまで思いも寄らなかったよ。」
「言われるまで、ね。相手のせいにする気?」
「違う違う。最初っからそんな気もなかったし今でも無いって。」
「どうかしらね。私がいなかったらオイシイ話に飛びついてたのかも・・・。」
「飛びつかないって。あっちが勝手に言ってるだけだよ。」
「・・・・・待って。」

冗談交じりで意地悪なことばっか言ってた彼女が突然真剣な顔になった。
僕があっけに取られて黙って彼女の顔を見つめてた。一人で何かしきりに頷いてる。
しばらくすると結論が出たのか、くるっと僕の方に顔を向けてきた。

「ねぇ。まさか、これを狙ってたんじゃない?」
「何を?」
「オイシイ話よ。自分の身体で亮平君を釣ろうと思ってるのよ。」
「え?え?どうゆうこと?」
「わかんない?つまりね。いきなり下心がどうだとか言い始めたのは、『それもアリ』って思わせる為なのよ。
細江さんは私の存在を知らないわけでしょ?だから男を釣るのに一番いい方法を考え出したってわけ。」
「じゃぁあの『誤解』はわざと・・・」
「そう。いきなり『私の身体を捧げますから助けて下さい』って誘うのも突然すぎるでしょ?
だからその前に布石を打って、話の流れをそっちに持ってってたのよ。この人、とんだ策士ね。」
「僕を誘うつもりでそんなことをしたってことだね。でも、どうしてそんなことする必要があるんだろ。
僕はもう『助けに行く』って宣言してるんだから。普通に言ってくれても問題ないのに。」
「たぶん状況が変わったせいよ。助っ人が来たくらいじゃ何も解決しなくなったから。
それに細江さんはその場から逃げ出したいんでしょ?でもただ逃げただけじゃ寝場所が無いわよね。
だから受け入れ先にネットで知り合った男を利用しようと思ってるのよ。」
「まさか最初っからそのつもりで『密告』を?」
「それはたぶん違うと思う。やっぱり状況がせっぱ詰まってきたからじゃないかな。
縁を切ったもののどうしようもなくなってるところに再びメールが届いた。
脅すとか色々言ってるけど、逆にこれを利用すればここから逃げられる。むしろこれはチャンス・・・
そんな風に考えた。ってのはどう?」

納得。この一言に尽きる。
あとは次の行動に移るだけだ。相手の意図がわかったおかげで話し合いもサクサク進む。
そしてある計画を思いついた。その走りとしてまずはメールに返事を書いた。
内容は、「会ってもいい。」
罠には罠で返す。


第31週